基地 2

 基地内の電気が切れたのは、外から見ても明らかだった。

 辺りは闇に包まれている。

 雨脚は弱くなることはなく、雷鳴も鳴りやまない。外に出るのをためらうほどだ。

 もっとも、今、ここに留まっているのは、天気のせいではないが。

「来ますかね?」

 デュークは半信半疑だ。今は既に深夜で、停電したからといってそれほど困ることはないだろう。必要な器具にはバッテリーを用意してあるのが定石だ。

「五分五分ってところね。十分だけ待ってみるわ」

 落雷で停電したとすれば、火災などが起きている可能性もある。電気系の責任者が様子を見に来る可能性はゼロではない。

「来ましたね」

 扉を閉めているので様子は見えないが、足音が近づいてくる。音から考えると、一人ではなさそうだ。

 デュークとリンダは扉のすぐそばの壁に張り付いて、レイガンを抜く。

「……ですが、雷がどこに落ちたかによって、処置は異なりますから、すぐ復旧できるとは限りません」

「ごたくは結構。さっさと直せ」

 気弱そうな男と、柄の悪そうな男の話し声だ。足音は小屋の前で止まった。

 扉のノブがガチャリと動く。

 外開きの扉が開き、ライトが周囲を照らす。

 息をひそめていたデュークたちには気づいていないようだ。

 先に入ってきたのは、おそらく技術者だ。おどおどとした様子から、脅されているのかもしれない。

 見回した男と目があったリンダは、指を口にあて、ウインクした。

「どうした、早くしねえか!」

 苛ついた声とともにもう一人、男が入ってきた。

 手にしたレイガンを見たリンダが、男の手首を蹴り上げる。

「なっ」

 突然のことに男はレイガンを落とした。

 すかさず、男の腹にデュークが膝を入れる。

「くはっ」

 男が思わず膝をつくと、リンダは男の額にレイガンをつきつけた。

 デュークは、扉の外を見て、他に人がいないことを確認してから、ゆっくりと扉を閉めた。

「ち、ちくしょう、おめえら、なんなんだ!」

 レイガンを突き付けられた男がわめく。

「あら。あなたこそ何? まさか停電の復旧にレイガンがいるとでも?」

 リンダは冷ややかに男を見下ろした。

「私は気が短いの。下手な抵抗をするなら、いつだって引き金を引くわよ」

 なまじ美しいリンダの顔は、酷薄な印象を受ける。もちろん、本人はそれを計算してやっているのだ。

 銃を突きたてられていないはずのもう一人の男も、恐怖で立ちすくんでしまっている。

「もう一人のあなた、あなたはプラナル・コーポレーションの社員なの?」

 リンダはレイガンを構えたまま、最初に入ってきた男に問いかけた。

「は、はい」

 事態がつかめないから、男の声は震えている。

「こいつは?」

「そ、その人は、き、基地を占拠している傭兵です」

「やっぱりねえ」

 リンダはにこりと笑い、デュークに男を拘束するように指示をした。



 技術者の男は、ランド・ハンドールと名乗った。

 ひょろ長い印象を受ける体格で、神経質そうな顔つきをしている。惑星開発そのものより、それをするための基地を快適な環境にするために駐留している技術者だ。

 もっとも、彼のような人間がいなければ、基地の運営が成り立たないので、やはり惑星開発には必要不可欠の人間と言っていいだろう。

 基地のスタッフ名簿を照合したが、間違いない。

 捕まえた男は、どうやら『氷結団』に所属している傭兵らしい。傭兵と言っても、どちらかといえば、かなりあくどいことに手を染めている奴らだ。やっていることは、海賊と大差はない。

 手足を拘束され、猿ぐつわをかまされた男は、小屋の隅に転がされている。

 それにしても宇宙空間で猫丸号を狙うより、基地を占拠したというところが、どうにも狡猾だ。

 何も知らずに猫丸号が滑走路に着陸していたら、基地のスタッフを人質にしてラマタキオンを簡単に手に入れられたに違いない。

「それで、やっぱり基地は占拠されているのね?」

「はい」

 ハンドールは頷く。

「何人いるの?」

「十名ほどでしょうか。そもそもここのスタッフもまだ三十人しかいないので」

 二日前。氷雪団は、ラマタキオンの輸送を請け負ったと偽って、滑走路に降り立った。

 対野生動物の対策はしていても、海賊や傭兵の襲撃には備えていなかったため、基地はあっという間に制圧されてしまったらしい。

 そして、ほとんどのスタッフは一か所に集められて閉じ込められており、かなり劣悪な環境にいることがわかった。

 ハンドールは、この停電を回復させるために、ここに連れてこられたのらしい。

「つまり、停電が回復するまでは、あなたは自由ってことね」

「えっと。そうなりますかね」

 ハンドールは首を傾げる。

「私たちは、サンダース氏から、基地の解放を依頼されているの。協力していただけるかしら?」

「それは……私にできることであれば」

「できるわ。あなたは基地のライフラインを支える技術者だもの」

 リンダはにこりと笑う。

「しかし、二日前ということは、かなり情報が早いですねえ」

 デュークは肩をすくめる。

 猫丸号は多少の遠回りをしたものの、ほぼ最短に近い日数でここにたどり着いている。

「サンダース氏がうちの会社に契約を持ち掛けたとほぼ同時に、情報が流れたのでしょうね」

 リンダが眉間にしわを寄せる。

「私たちがステーションを出るころにはすでに、動いていないと、さすがに足がはやすぎだわ。違法移動くらいしているかもしれないけれど」

 違法移動とは、空間移動を、二十時間をまたずに、連続で行う行為だ。非常に危険を伴う行為だが、『必ず事故になる』というものでもない。

 実際には、十時間開ければ大丈夫だという説もあるし、軍に追われた海賊が、連続で空間移動を行って逃げたという話もある。

「なんにせよ、いまのうちに始めたほうがいいわね」

 リンダは小屋の扉を開く。

 雷鳴がまだ鳴り響いていた。


 

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