基地 1
雨が激しくなってきた。遠いけれど雷鳴が聞こえる。
深い森はオフロードバイクのライトだけでは何も見えず、ざわざわと木の葉が音を立てる。当然、野生動物はいるだろうが、これだけの雨が降れば、出てくるものは少ないだろう。
アクロバティックな走りで、森を駆け抜けていたリンダとデュークは、残り一キロという地点で、バイクを降りた。
バイクのエンジン音は、それほど大きくはないが、人工物のほぼない惑星ではかなり遠くまで聞こえる。雨音でかなりかき消せるとはいえ、油断は禁物だ。
「嵐になりそうですね」
デュークはため息をつく。
地面に水が浮き始めている。足元はかなり悪い状態だ。
「嵐の方が、好都合だわ」
リンダがにやりと笑う。
二人ともポンチョ型の雨具を羽織っただけなので、髪はどうしても濡れる。デュークは顔を軽くぬぐいながら、地図を確認した。
「もうすぐですね」
暗いせいであまり先が見えないけれど、間もなく森を抜けるはずだ。森の向こうは基地の敷地になっている。
「森の出口は気をつけて。たぶん電気柵があるはずだから」
「了解」
森から侵入する野生動物を防ぐために、基地の周りには幾重にも電気柵がもうけられている。
明らかに見えるように作るのが定石だが、暗い夜では裸電線などはわかりづらい。
ゴロゴロという雷鳴が近づいてきた。雷光が辺りを照らすたびに、世界が真っ白になる。
「電気柵はどうやって超えるつもりですか?」
「んー。きっとなんとかなるわ。人を防ぐためのものではないから、いろいろわかりやすく配置されているはずだから」
リンダはくすりと笑う。
「惑星開発初期はあくまでも、『現地の生物』から職員を守るためのものだわ。人に対しての防犯とは種類は違う。つまりザルよ」
「しかし、下手に切ったりするのもまずいのでは?」
この惑星にそこまで凶暴な獣はいないとされているが、肉食獣や大型の獣がいないわけではない。電気柵はそれを防ぐためのものだ。
「森は終わりね」
かなり遠くに人工的な建物が見える。明かりはほぼ見えない。何か作業や研究の必要がなければ、夜間に起きている必要はほぼないのだろう。
何より『外』から人が訪れることはないので、外灯の必要はない。設備はあったとしても、必要がなければ切っているだろう。この星で生産できるエネルギーはまだわずかだ。
「基地に行くまでの柵は二種類。一つは外の電気柵。内側にある木製の柵は、特に仕掛けはないともうわ」
目の前に三メートルほどの距離に打たれた杭を結ぶように、張られた裸電線が五本。杭の高さは、一メートルほどだ。
柵の前後一メートルはシートで地面がおおわれている。雑草対策だろう。
その電気柵から十メートルほど離れて、木製の柵が作られている。そちらの高さも一メートルくらいだ。
「あれが、送電装置」
リンダが指差した先に小さなソーラーパネルがあった。
「衛星写真でわかっちゃうンだから、ザルにもほどがあるわよね」
「人が侵入することは、想定してませんから」
デュークは苦笑する。
二人は、柵に触れぬように気を受けながら、ソーラーパネルの方へと向かった。
「送電装置に止めるのは難しいけれど、柵へと電気を流す出力コードを物理的に切っちゃえばいいのよ」
ソーラーパネルで蓄電するタイプのごくシンプルな電気柵は、構造も簡単だ。
送電装置は柵のすぐそばにおかれていて、実にわかりやすいコードで、柵につながっているのが見えた。
「コード一本くらいなら、復旧も簡単だし。この大雨の中、野生動物が押し寄せることもないでしょう」
この電気柵は原始的で、中から異常を感知するものではない。センサーや防犯カメラと連動するものもないわけではないが、これはそこまでを想定したものではなさそうだ。
できるだけ手つかずの状態で一部だけ宿泊施設を作るというコンセプトだったため、現在作られている大きな施設と言えばこの基地と、簡単な宇宙船の発着施設だけである。それはプラナル・コーポレーションから提供された資料と、衛星軌道から撮った写真から考えて、間違いない。
不用心かもしれないが、普通ならこのような辺境の開発前の惑星を襲う賊は、ほぼいない。
リンダは器用に手をのばして、ペンチで送電用の出力コードを切った。
「さて、第一関門突破ね」
電気柵を飛び越え、木製の柵も超えると、そこは畑になっていた。
簡単な農作物を育てているようだ。惑星開発は長期滞在の仕事になるから、現地で出来るだけ食物を生産することも大事だ。とはいえ、それほど広い畑ではなく、家庭菜園の延長のような広さで、育てている種類もそれほど多くない。ひょっとしたら、育てられるかどうかの実験も兼ねているのだろう。
ピカリと雷鳴が光り、辺りを照らす。
雷鳴が響き渡る音と、激しい雨音で、森の木々も騒がしい。
「雷に打たれたくはないですね」
「とりあえず、祈りなさい」
発見される危険は低くなるが、野外にいること自体が危険だ。
畑を通り過ぎると、ソーラーパネルが何台も並んでいた。
ここで使われる電気は、ほぼソーラー発電でまかなわれており、夜は余剰電気の蓄電と燃料式の発電機を使用しているらしい。
「制御室はあそこね」
リンダが手元のライトで指し示す。基地の建物に近くに、小さな小屋があった。発電や蓄電した電気の電圧をコントロールして、基地へと流すための施設だ。人影はなく、錠もかかっていない。不用心と言えば不用心だが、本来は必要のない『用心』だから、当然なのかもしれない。
二人は警戒はしながら、小屋に入った。
「停電、させるのですか?」
「良い考えでしょ?」
大きな稲光がして、時を開けずにバリバリという空気を引き裂くような音がした。
「電気を落としても、今なら落雷ですむわね」
リンダがにやりと口の端を上げる。
「ついているわね」
「この状況がついているって言えますかねえ?」
デュークは肩をすくめた。外は大嵐だ。いくら物音を立てても気づかれにくいとはいえ、建物の外を歩くこと自体が危険だというのに。
もっとも、だからこそ、今がチャンスということも間違いない。
「さて。電気を止めてみましょうか」
リンダが制御装置に手をのばす。
雷光が輝き、雷鳴が轟く。すぐ近くに、雷が落ちたようだった。
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