大気圏突入 2
「こちら猫丸号。惑星開発部エレメン基地、応答願います」
イリアは緊張しながら、渡されたヘッドマイクをつけ、話をはじめる。
「第三惑星開発基地、レイ・フジモトです。サンダース女史、お久しぶりです」
回線が開かれて、モニターに若い男性が映った。
「お久しぶりね、フジモト副長」
イリアは丁寧に頭を下げる。フジモトは、惑星開発部エレメン基地の副長だ。イリアとは旧知の間柄で、よく知っている。少し記憶より頬がこけているように思えた。
もっとも、いくら人類が生息可能な惑星とはいえ、未開発惑星に駐留するのはかなり不自由な生活を強いられるし、心労も多い。それだけで、第三惑星で異常事態が起きているとは言い難い。
「上空からはお天気が良さそうですが、地上はいかがですか?」
イリアはゆっくりと質問を始める。
「現在、晴天です。ただ、やや風が強いです」
フジモトも口調はやや固い。イリアの記憶では、もう少しくだけた感じだったように思うが、そもそもこういった通信は私信とは違う。固くても不思議ではない。
「現在こちらは『秋』ですので、若干、朝晩は冷えます。枯れ葉で何もかも隠れてしまうので、このような日は掃除が大変ですよ」
フジモトはこわばった顔のまま口の端を上げる。
「滑走路が隠れないといいんですが」
イリアはちらりとリンダの方を見た。鋭い目をしたリンダがゆっくりと頷いて、小さなメモをイリアに渡した。
「現在、こちら機器のメンテナンス作業をしております。そちらが終了次第、大気圏突入いたしますので、よろしくお願いいたします」
イリアはメモを読み上げると、「了解」とフジモトが答え、通信は切れた。
「どうでしたか?」
リンダに尋ねられ、イリアは首を傾げる。
「はっきりとそうだとは言えまないけれど、どこか疲れているようにも感じたわ」
「そうですね。ダラス、地上の写真は撮れている?」
「既に地図と照合はしましたが」
ダラスは言いながら、写真を拡大する。
「気になるのはここですかね。ちょうど滑走路の近くなのですが、建設予定にまだなっていない場所に、どうやらシートがかかっています。木の葉で埋もれている箇所もあって、上空からでは何を覆っているかはわかりませんが、かなりの大きさです。しかも高さから考えて、木の葉が溜まるのはちょっと不自然ですな」
「宇宙船一隻、十分隠れる大きさだわね」
リンダは肩をすくめた。
「なるほどね。何もかも隠れてしまうわ」
「どういうこと?」
「十中八九、ここに宇宙船が隠してあります。先ほどのフジモトさんは、枯れ葉で隠しているって言いましたよね?」
「では、フジモト部長は?」
「教えてくれたのだと思います」
言われてみれば、彼はまだ若いとはいえエリート中のエリートだ。こんな業務連絡に近いような通信で、あんなに固い表情をするのはおかしい。
「どうするの?」
「うちとしては、このままおりて、ラマタキオンとあなたをおろせば、仕事は終わりますが」
リンダはにやりと笑う。
「追加報酬をいただけるのなら、安全に惑星開発ができるところまで、サポートしてもいいと思っております」
「追加?」
「宇宙空間での戦闘は料金内ですが、それ以外は料金外ですので」
今回の依頼料は相場の倍の三百万クレジットだ。とはいえ、確かに契約の条項に、地上での戦闘などは入っていない。
「もちろん、すぐに突入せず、連邦宇宙軍に通報するのもありだと思います。たとえ、惑星上に悪漢がおらずとも、この宙域に宇宙海賊が現れ、我々が交戦したことは間違いございません」
「連邦宇宙軍……」
「プラナル・コーポレーションには、宇宙海賊と交戦した旨は報告させていただきました。サンダース氏が通報するかどうかは、まだ返信が来ておりません」
リンダは、現在カーナル宇宙ステーションが深夜であることを告げ、社長のサンダースの決断に時間がかかるかもしれないと補足する。
今回の事項はイリアの独断で決めることではなく、社長の判断を仰がなければいけない事項である。ただ、もしも、第三惑星の開発基地が何者かに占拠されているのであれば、それは由々しき事態だ。
賊の狙いが『ラマタキオン』なのか。それとも、このプロジェクトの妨害なのかはわからない。何にせよ、賊がいるならフジモトをはじめとする基地の人間の命にもかかわることだ。
「個人的には、連邦宇宙軍に通報して、ここで待つのが一番我々は『安全』だと思います」
リンダの提案は、猫丸号の安全という点である。基地の人間の安全は考慮していない。もっとも、ラマタキオンを狙っているのであれば、人質として『生かして』おくことはするだろう。それを安全と呼べるかどうかは別だが。
「今、ここで連邦宇宙軍に通報して、軍が来るまでどのくらいかかるの?」
「一日で来れば、早い方だと思います」
エレメン星系は辺境だ。近隣に開発されている星系もほぼないに等しい。プラナル・コーポレーションが要請すれば、出動はするだろう。ただ、どこまでの規模で出動してくるのかもわからない。
「父、社長と話すわ。超空間通信を使ってもかまわない?」
「どうぞ。お部屋でなさいますか? それとも、こちらで?」
「こちらでお願い。状況の説明は、私がするより、船長にしていただいた方がいいと思うし」
「わかりました。たぶんあちらは、深夜ですけれど」
「社長は、仕事人間なの。超空間通信が入れば、たぶん、寝ていてもワンコールでとるはずよ」
イリアは回線番号をコンソールで入力をした。
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