大気圏突入 3

 イリアの言ったとおり、回線はすぐにつながった。

 エリンからの返信はまだ来ていないが、会社に連絡するのと社長本人のホットラインでは、速度が違って当然だ。

「……と、いうわけなのです」

 モニターの向こうのマナベス・サンダースは、シャツにガウンを羽織っただけの格好だ。髪もナチュラルな状態で、おそらく寝起きだろう。

「わかった。そのような状態ならやむを得ない。こちらから連邦宇宙軍に通報しよう」

 マナベスの顔は険しい。夜中にたたき起こされて、悪いニュースを聞かされれば当然だろう。ただ、リンダとしては、もう少し通報を渋ると思っていただけに意外だった。軍に通報すれば、当然エレメン星系でプラナル・コーポレーションが何をやっているかは周知の事実となる。とはいえ、今、これ以上の大事になれば彼の進退問題につながるのは間違いない。

 開発の秘密を守ることよりも、マナベスとしては、まず基地内のスタッフの安全とラマタキオンの方が、大事なのだろうから。

「それで今後はいかがすればいいでしょう? 軌道上で宇宙軍が来るまで待機すればよろしいですか?」

 リンダが丁寧に確認すると、マナベスの顔の皺がさらに深くなった。

「通報したところで、軍はすぐに動かないだろう。辺境の惑星に宇宙海賊が現れること自体珍しい事じゃない。迅速に動いてくれて、五日というところだろう」

「天下のプラナル・コーポレーションさんでも、そう思われますか」

 リンダはため息をついた。

 駐留地から最速で一日の距離だ。とはいえ、通報すればすぐに軍が動けるわけではない。広大な銀河での距離は絶対的なものがあって、それはどうやっても埋まらないものだ。通報したところでまず賊がつかまるものではない。

 ゆえに、軍の駐屯地から離れれば離れるほど、海賊は増える。まして通報はあちらこちらで頻繁にされるため、軍は後手にまわるしかない。政治に影響のある大企業の通報は多少優先するだろうが、やはり遅いことには変わりないらしい。

 定期的なパトロールをするなどをして、軍も辺境の治安を守るよう努力しているが、結局のところ、軍がそばにいるときだけ安全になるにすぎない。

「追加に百万クレジットを出せば、基地のスタッフを解放できるかね?」

 マナベスは深刻な面持ちで話を切り出した。

「必ずとはいえませんが、最大限の努力はいたします」

 リンダはにやりと口の端をあげる。

 マナベスが追加業務を提案するのは予想済みだ。いつ来るかどうかわからない軍を当てにして待つわけにはいかない。ただでさえ、プラナル・コーポレーションの内部は割れている。基地のスタッフの求心力を失うわけにはいかないのだ。

「契約の詳細は、当社のエリン・ブレッドとお話し下さい。では、これ以上は傍受される危険もありますので失礼いたします」

「わかった。よろしく頼む。それからイリア、無理はするな」

 最後に父親らしい顔をみせると、マナベスは通信を切った。

「どうするの?」

 イリアは不安げにリンダの顔を見る。

「待って。今から説明するから」

 リンダはコンソールに指を走らせた。

「見て。アルテミスの湖よ」

 モニターに地図が表示される。かなり大きな湖だ。

 基地から離れた位置にある、森林に囲まれた湖である。

「アルテミスの湖は、基地から少し離れていてかなり広いスペースがあるわ。デューク、ここに着陸することは可能よね?」

「水面着陸ですか?」

 デュークはにやりと笑った。

 猫丸号は水面着陸もできるように設計されている。着陸の際、十分な滑走スペースがない場合を考えてのことだ。

「これだけの広さがあれば、着水位置をそれほど考えなくても大丈夫ですね」

 デュークは頷く。

「しかし、ちょっと遠すぎませんか、社長」

 ダラスが異を唱える。

「平地とはいえ基地までは森林で八十キロほどあります。道はほぼ整備されていませんから、ジープは使えないかと」

「オフロードバイクは使えるでしょ?」

「それはそうですが」

 ダラスは首を振る。

 オフロードバイクと言えども、道なき道を行くのは骨が折れるだろう。だが、山間部ではなく、地理がわかっていれば問題はない。

「GPS衛星を軌道上に置いていくから大丈夫よ。それに、基地から近すぎたら、すぐにみつかってしまうわ」

 基地にどの程度の観測機器があるのかは知らないが、『着陸地点を見誤って、不時着した宇宙船』の捜索をするには時間がかかるだろう。場所がわかっていても、すぐに行けないくらいがちょうどいい。車が入れないというのは、向こうからこれないということにもなる。

「私とデュークで基地に潜入する。ダラスはサンダースさんを護りつつ、猫丸号で待機。合図をしたら、基地へ来て」

「しかし、社長。敵がどのくらいいるのかもわかりませんし」

「そうね。手に負えないなら宇宙軍に任せるわ」

 リンダは肩をすくめる。

「もちろん、そうなったら追加料金がもらえないけれどね」

 出来ないことを無理にしようとしているわけではない。リンダは、あくまでも自分たちで出来る範囲のことをするだけだ。

「ダラスには私たちが捕まった時のことを頼むわ。ラマタキオンがこちらの手にある以上、人質が増えたところで、なんとかなるでしょ。軍が来るまでの間、時間を稼いでちょうだい」

 もちろんリンダは捕まる気などない。ただ、最悪のケースは常に考えておく必要がある。

「あの。二人でなんとかなるの?」

 イリアは怪訝そうな顔だ。

「少なくとも、何か起こっているかの確認はできます。デューク、ダラス、大気圏突入は、日没まで待って行うから準備が必要よ。デュークは大気圏突入の準備。ダラスは念のため湖から基地までの上空写真を撮って。とりあえず、私は一回寝るわ。三時間後に交代ね」

 リンダは大きく伸びをする。

 大事の前にはまず休息が必要だ。

「サンダースさんも休んでくださいね。大気圏突入はかなり体に負担がかかりますから」

 リンダは手をひらひらと降ると、ブリッジを後にした。

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