大気圏突入 1

 リンダがブリッジに戻ると、エリンから超空間通信が入っていた。

「プラナル・コーポレーションの様子は?」

 モニターに映ったエリンに、リンダは話しかける。

「社長、連絡はしましたけれど、こっちは今、夜中ですから」

 よく見れば、モニターのエリンはガウンを羽織っていて自宅のようだ。カーナル宇宙ステーションの標準時間では、真夜中である。会社に連絡したところで、誰も対応してくれなくても当然の時間だ。もちろん、大企業であれば時間外の対応もそれなりにはしてくれる可能性もあるけれど。

「どこまで迅速な対応をしてもらえるかわかりません。私から連邦宇宙軍に通報しておきましょうか?」

「うーん。そうすると、後々トラブルとやっかいなのよね」

 リンダは顎に手を当てた。

 この仕事に関して、三毛猫商会としては守秘義務がある。連邦法に違反することに関してはその限りではないが、できればプラナル・コーポレーション側の意向に任せたい。

「とりあえず、急場はしのいだから、プラナル・コーポレーションの対応にまかせるとするわ」

 リンダは肩をすくめる。

 海賊船は撃退した。周囲に他の船影もないことから、すぐに他の船が襲ってくることはないだろう。大気圏突入をして、荷物と客をおろせば、仕事は終わる。その後、再び海賊が来ても、それは三毛猫商会には関係ない。

「わかりました。それから社長、プラナル・コーポレーションの内部抗争について詳細をメールでお送りしましたが」

「えっと。ごめん、まだ見てないわ」

 リンダは頭を下げた。

「エレメン星系の開発についても、二つに意見が分かれておりました。レジャーに特化した開発を推し進める派と、移民して居住地として推し進める派に分かれていたそうです。移民派は惑星改造そのものも反対していたみたいです」

「なるほど」

 マナベス・サンダースは、第三惑星の開発を極力控えて、食糧生産の拠点として二つの惑星を惑星改造する計画を立てていた。

 だが、それにはコストがかかる。また、ここは辺境で、リゾート地にするには、まず客船の定期便を作るなどの事後投資も必要であろう。

 それより、もともと居住可能な第三惑星を宅地として分譲する形の方が、手っ取り早いのではないかと考えたのであろう。もちろん将来的は、他の惑星を改造していくにしろ、まずはこの星系を買った費用を回収すべきだという考えなのだ。

「どっちが正解ってこともないわね。この星系は辺境だから、どちらにせよまず、安全確保の方が大事よ」

「正論ですね」

 エリンが苦笑する。

「どちらにせよ、宇宙軍がそちらに到着するのは、早くても一日はかかると思います」

「まあ、そうね」

 リンダは頷いた。

「ありがとう。引き続きよろしく。そろそろ、こっちは大気圏突入準備に入るわ」

「了解。社長たちも気を付けて。サンは元気ですか」

「もちろんよ」

 エリンが安心したように微笑むのを見て、リンダは通信を切る。

 そしてそのまま、客室に電話をかけた。

「はい」

 数コールの呼び出し音ののち、出たイリアの声はこわばっていた。

 客室に閉じこもっていたとしても、猫丸号が戦闘状態であったことは当然知っているだろう。宇宙の旅は初めてではないにしろ、戦闘に巻き込まれたことはないに違いない。怯えや緊張は当然だ。

「サンダースさん、第三惑星に連絡をします。一度、ブリッジに来ていただけませんか?」

「ブリッジに?」

 イリアは怪訝そうな声を出す。

「ご面倒ですが、あなたに連絡を入れていただきたいのです」

「え、ええ。わかったわ」

「お願いします」

 リンダは頷いて電話を切った。

「デューク、大気圏突入の準備は出来ている?」

「いつでもいけます」

「ダラス、客人をこちらに連れて来て」

「了解」

 ダラスが席を外すと、リンダはデュークの方を見た。

「デューク、思うところはあると思うけど、あなたは大気圏突入に備えて、集中していて」

「俺は別に気にしていません」

「パイロットがデリケートなのは、当たり前のことよ。平気なふりをする必要はないって、前に言ったわよね?」

 パイロットは命を預かる立場だ。ほんの少しの狂いも許されないゆえ、気を張りつめなければいけない。

 デュークは生真面目で、ため込むタイプだ。宇宙を飛ぶ仕事は彼の天職ではあるが、航行中はなかなかゆっくり休めず、ストレスからの回復が難しい。

「的外れな苦情より、社長に命を預けているって言っていただいた方が、数倍嬉しかったですから、大丈夫です」

 デュークは、リンダの方を見てにこりと笑う。

 年齢より幼く見えるその笑顔はかなり可愛らしい。

 リンダはどうにもこの顔に弱い。

「わかっていればいいのよ」

 思わず顔を背け、コンソールに視線を戻す。こういう時、どう対応したらいいのかリンダはよくわからない。

 ニャ

 ゲージに入れられたサンが、不思議そうな声を上げる。

「社長、客人をお連れしました」

 ダラスがスペースジャケットを着たイリアを連れて、ブリッジに入ってきた。

「私が連絡するってどういう意味ですか?」

 イリアは、案内された補助シートに座りながら訊ねる。

「通信に出た人物を知っていたら、普段と様子が変わらないかどうか出来る限り確認して欲しいのです」

「様子?」

「既にご存知と思われますが、我々は海賊船五隻に待ち伏せを受け、交戦もしました。海賊は必ずしも『宇宙』だけにいるわけではありませんので」

 リンダの言葉にイリアの顔が青ざめる。

「そんなこと」

「ええ、杞憂であればと私も思います。通信をお願いできますか?」

「わかったわ」

 イリアが頷くのを確認して、リンダは地上へ通信の準備を始めた。

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