プラナル・コーポレーション


 カーナル宇宙ステーションの中の一等地に広大な敷地面積を持つプラナル・コーポレーションの本社は、宇宙港から少し離れた位置にある。

 人工物の塊のステーションだというのに、その敷地内に緑生い茂る公園まで整備していて、まるで惑星上に降りたのかと思えてしまう。それだけでも銀河で指折りの大企業である証拠だ。

 リンダとデュークは、巨大な本社ビルに入った。

 ふきぬけになっていて高い天井の巨大なエントランス。

 とても広々とした空間だ。床は磨き上げられていて、光沢を放っている。

「三毛猫商会ですけれど、社長のサンダースさんはいらっしゃいますか?」

 リンダは、受付の女性に話しかけた。

「少々お待ちください」

 受付の女性はリンダに頷くと、コンソールを操作する。

「生身の受付嬢は久しぶりですね」

 デュークがリンダにだけ聞こえるように呟いた。

 昨今は受け付けはアンドロイドのことが多い。人を配置できるということはかなり会社経営に余裕があるという証だ。

「お待たせいたしました。そちらのエレベータをお使いください」

 受付嬢は柔らかく微笑みながら後方を指さした。

「ありがとう」

 リンダは受付嬢に礼を述べ、二人はエレベータに乗り込む。エレベータは直通のようで、壁面のパネルには、開閉ボタンしかなかった。

「それにしてもいったい、このビル何階あるんですかね?」

「さあ? カーナル宇宙ステーション内の建物は、構造上、百階以上は立てられないはずだから、それよりは低いはずよ」

 他の階に止まらないはずなのに、昇降時間はとても長い。

 時間を持て余し気味のデュークの問いに、リンダはそっけなく答える。

「なんにせよ、ステーション随一の面積を誇る会社だもの。高さがステーションで一番のビルだとしても驚かないわ」

「この仕事、やっぱり、なーんか嫌な予感がするんですけどねえ」

 デュークの言いたいことは、リンダも承知している。高額の報酬のことだけでなく、これだけの『大企業』が、宇宙船を一つしか持っていない会社に依頼をするというのが、まずありえないことだ。

「プラナルくらいに大きい会社だと、違法なことを依頼したりはしないわよ。とはいえ、やっかいな臭いはするけどね」

「だったら」

「安全、簡単なお仕事なんかに興味はないわ。それとも、降りたい?」

 ふふっとリンダは笑う。

「何、言っているんですか。俺なしで、どうやって仕事を受けるつもりなんです?」

 デュークは頬を膨らませる。

「そうね。デュークがいないと困るわね」

 リンダは顎に指をあて、首を傾げてみせた。その仕草は少女のように可愛らしい。

「……相変わらず、社長は卑怯です」

 デュークはリンダから顔をそむけた。

 リンダに遊ばれているのはわかっているのに、ついドキリと胸が躍る。その理由に心当たりはあるけれど、デュークはまだそれを認めたくない。

 エレベータの動きが止まる。目的地についたようだ。

 扉がゆっくりと開く。

「お待ちいたしておりました。リンダ・ヘルミトンさま」

 上等なスーツを着込んだ男が頭を下げる。秘書だろうか。

 男は、パーテーションで見えない奥へと、二人をいざなった。

 完全に部屋への直通エレベーターだったようだ。

 防犯上のためか、窓は見当たらない。

 大きな執務机が置かれているところからみて、ここは社長室なのだろう。

 広い部屋の真ん中に、大きなテーブルとソファが置かれていて、女性と男性がそれぞれ座っている。

 女性は二十代前半。鮮やかなブロンドの髪。白のワンピースを着ている。いかにもお嬢さまという印象だ。

 彼女は、二人の姿をみると軽く会釈をした。

 もう一人の男性は五十代。がっしりとした体格。端整な顔立ちで、老獪な笑みをたたえている。

 さすがにこの顔はリンダの記憶にあった。プラナル・コーポレーションの社長、サンダースだ。

 リンダとデュークは勧められるままに、ソファに腰を下ろす。

 男はやはり社長のマナベス・サンダースで、女性は娘のイリア・サンダースと名乗った。

 エリンの調べてもらったデータにあった、サンダースの娘と名前は一致している。サンダース家は、子供が多く、男が三人、女性が三人おり、それぞれが既に仕事についていて、プラナル・コーポレーションで働いている。

「お嬢さまをエレメン星系に連れていくとのことですが?」

 リンダは挨拶もそこそこに話を切り出した。

「正確には、娘とあるモノを運んでいただきたい。私の甥がエレメンで新規に事業を立ち上げております。エレメンは辺境で便もなく、また、一応まだ事業については機密のため、本社の宇宙船を動かすわけにはいきません」

 サンダースの言葉に、とりあえず嘘はなさそうだ。筋は通ってはいる。

「ちなみに、何の事業を立ち上げになるか、うかがっても?」

「エレメン星系には、惑星が四つあります。うち、一つは改造するまでもなく、非常に人類の生息に適しており、かつ、知的生命体もおりません」

「移住地としてですか?」

 銀河系にはたくさんの惑星があるものの、惑星改造テラフォーミングをしない状態で生息可能な環境を持つ惑星は少ない。

 とはいえ、そうした惑星でもすぐにも住むのは銀河連邦法で許可されていない。

 連邦の審査官によって、『知的生命体』がいないと確認することになっている。もっとも、今まで『知的生命体』が住むと認定された惑星は一握りで、それもまだ、『火』さえ使わないレベルの生命体ばかりだ。未だ、人類は人類以外の知的生命体と遭遇してはいない。

「いえ。観光地にしようと思っております。四つの惑星のうち、あと二つ、惑星改造を行って、そちらで食糧生産などを行う予定です。なにぶん、エレメン星系はかなり辺境ですからね。ある程度自給自足できませんと」

「それは、そうですね」

 もともと生息可能な惑星というからには、独自生物もいるだろう。惑星独自の生物体系というのは、それだけで観光の目玉になる。

「失礼ですが、お嬢さまの専門は?」

「惑星の大気改造をしております」

 にこりと、娘は微笑んだ。

「つまりは、惑星の惑星改造テラフォーミングのスタッフとして、向かわれると?」

「……まあ、そうですね」

 娘は頷く。

「一緒に運ぶというのは?」

「元素変換装置に必要な『ラマタキオン』です」

 サンダースはコホンと咳払いをした。

「ご存知の通り『ラマタキオン』は、希少鉱物なので、無法者に狙われる可能性があります」

「なるほど」

 ラマタキオンは、惑星改造に使う『元素変換』装置に使われる特殊鉱石だ。エネルギー効率が非常に高いため、うまく使えば『光を越える』速度の宇宙船が出来るかもしれないとも言われている。

 ラマタキオンを運ぶ

 つまり。だからこそ、情報漏洩を恐れて、三毛猫商会に依頼する気になったのだろう。

 ひょっとしたら、ダミーで何社にも頼んでいる可能性まである。

「荒事になりそうね」

 リンダはデュークを見て、そっとウインクをした。

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