イリア・サンダース

 イリア・サンダースは、お供を引き連れ、デカいトランクを五つも持って宇宙港へと現れた。

 服装は、長袖のシャツとハーフパンツ。どこかに旅行に行くかのようなファッションである。

──最近の研究者って、随分とカジュアルなんだな。

 荷物の積み込みを手伝いながら、デュークはまじまじとイリアを見る。

 無論、『ラマタキオン』を狙っている奴らや、プラナル・コーポレーションの商売敵へ情報が漏れないようにするための、カモフラージュもあるだろう。

 荷物に見せかけたトランクは『ラマタキオン』なのかもしれない。

 とはいえ。彼女の格好は客船に乗る格好だ。惑星改造が終わるまでは宇宙船内で過ごすことが圧倒的に多いことを考えた場合、緊急時には簡易宇宙服にもなる、スペースジャケットを着る方が普通である。

 ふんわりとした雰囲気を持つイリアの横顔をデュークは眺めながら、彼女の格好は、常識がないのか、カモフラージュなのかどちらなのだろうと首を傾げた。

──まあ、どちらでもいいか。

 そもそも、プラナル・コーポレーションを全面的に信用できないとデュークは思っている。

 というのも、エレナの調べによれば、ここのところプラナル・コーポレーションはあちこちに自社商船を運行させており、エレメン星系に自分の船を動かしたところで、外部に秘密が漏洩する確率は低い。

 外部に仕事を発注するということは、どちらかというと内部に不安があるともいえる。

 もっとも『ラマタキオン』があるとなれば、ハイエナのごとく狙ってくる輩がいるのも事実だ。

 プラナル・コーポレーションとしては出来るだけ誰にも悟られない形で、『安全』に運搬したいに違いない。

 リンダ曰く。護衛艦のつかない商船など、海賊のいいカモなのだから。

「どうぞこちらへ」

 デュークは、『猫丸号』の船内にイリアを案内した。

「あら、思ったより狭いんですね」

 イリアは居住区の客室を見回して呟く。たぶん、悪気はないのだろう。

 猫丸号は見た目の規模より、居住区が狭い。

 便利屋家業用の船は、戦闘可能な小型機と惑星探索用のジープなども収納していて、一般的な商業船舶より格納庫のしめる割合が大きい。

「食堂は、通路の突き当りです。シャワーなどは、通常空間航行中のみ使用可能となっています。困ったことがあったら、ブリッジに連絡を。基本的にはこの部屋から出ないように願います」

超空間通信ハイパーウエイブは使えますか?」

「必要なときは、ブリッジに許可をとってください。無法者に察知される可能性もありますので」

 イリアは仕方ない、という顔で頷く。

「可能であれば、スペースジャケットを。サイズが合うかどうかはわかりませんが、ロッカーに一着入っています。ご質問は?」

「特には」

 イリアが首を振るのを見て、デュークは「それでは」と声をかけてから、ブリッジに上がる。

 ブリッジでは、リンダが航路の計算をしていた。

 その脇で、ダラスが狭いシートに大きな体を沈めて、計器の最終チェックをしている。ダラスの横には、ゲージが置かれており、三毛猫のサンがすやすやと眠っていた。

「客人を客室に案内してきました」

「ありがとう。あと三分で計算が終わるわ」

 リンダの声を聞きながら、デュークはメインパイロットのシートにつく。

 三毛猫商会に来る前。

 デュークは恒星間を移動する商船を運航していた。

 当時は就業環境は劣悪だったこともあり、出航の一時間前になるとプレッシャーで息苦しいほどだったけれど、今は程よい緊張感があるだけだ。

 もっとも、宇宙ステーションからの発着は、Gがかからないし、天候の影響もない。それだけで、パイロットの負担は大きく違う。

 三毛猫商会のような宇宙の便利屋がこうしたステーションに拠点を置くのは、なんといっても身動きがしやすいからだ。

「社長、全計器異常なしオールグリーン。いつでも出航できやす」

「了解。エリン、聞こえる?」

 ブリッジのメインモニターに、エリンの姿が映る。

「はい。聞こえます」

「その後、プラナル・コーポレーション周辺の様子は?」

「特に何も。出航したら連絡が欲しいと言ってきてますが」

「そうね。三時間後に連絡しておいて。何かあったら、連絡を」

「了解」

 すぐに出航の連絡を出さないのは、情報の漏洩を少しでも防ぐためだ。

 とはいえ、宇宙港の発着は、管制塔を通して行われるので、完全に秘密裏に行うことはむりなのだが。

「計算完了、出港準備。デューク、始めて」

「了解」

 デュークは大きく息を吸い込み、管制塔への通信を開く。

「こちら登録番号#22CAT、猫丸号、出航許可を願います」

 メインモニターに管制塔の役人の姿が映った。

「出航申請を確認いたしました。離床台は37のA。ゲートはB6です。現在、連邦宇宙軍の模擬演習中で、D宙域への航路は制限されています。詳細は添付ファイルでお送りしますので、ご確認を」

「了解」

 デュークは応え、コンソールのスイッチを入れていく。

 発着する宇宙船は、管制塔によって離床台に移動させられて、そこから指定されたゲートを通って、ステーションを出る。

 猫丸号を支えていた床が、ゆっくりと沈み、離床台へと進む。

「排出開始、十、九、八」

 管制塔のカウントダウンを聞きながら、デュークはその時を待つ。

 ゲートを開く前に、離床台の空気を抜いているのだ。空気を排出するのと同時に、重力装置もオフになる。

 身体がふわりと浮いたような感覚。ステーションに働いていた重力が切れた証拠だ。

「三、二、一、大気の排出を終了しました。ゲートを開きます」

「了解」

 ほどなく、モニターに、開いたゲートが映る。

「ゲート開きました。#22CAT離床してください」

「了解」

 デュークは管制塔に応えると、ゲートの外の深淵にむかって、船をスタートさせた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る