宇宙海賊なんて怖くない!

秋月忍

三毛猫商会

「くぁーっ。このままじゃ駐港代も払えなくなるぅ」

 リンダ・ヘミルトンはわめいた。

 燃えるような赤い髪は、腰まで長い。透き通る肌に崩れないプロポーション。端整な作り物めいた顔。三十二歳になったものの、容色は衰えることを知らず、黙って立っていれば、絶世の美女である。

 もっとも、彼女が黙って立っていることはまず無い。

 人呼んで、炎の堕天使。宇宙の何でも屋、三毛猫商会の社長であり、宇宙船『猫丸号』の船長でもある。

 かつては宇宙軍に所属したエリートだったらしいが、セクハラ上司をぶち倒して、この商売を始めたらしい。

 三毛猫商会は零細であるけれど、では、腕が良いと評判だ。

 とはいえ。フリーランスの仕事は、仕事がぴたりとこなくなるということがある。

 従業員は、三名と一匹。リンダを含め四人と一匹が食っていくのはなかなかに厳しい。

 宇宙港のすぐそばのボロアパートに構えた事務所で、三毛猫のサンが退屈そうにのびをした。

 窓からは、宇宙港へと向かう人の波が見える。

 カーナル宇宙ステーションは、銀河連邦の管轄するステーションで、どの星系国家にも属していない。

 ステーションのある『マリボ』星系は、銀河連邦の軍事拠点である。どちらかと言えば、銀河系政府の中心や、人類の発祥の星、地球テラ星系からも遠く離れた宙域だ。

 けれど、宇宙軍が常に駐在している星域のため、安全性が高い。ゆえに商社や運送業者の拠点としてとても栄えている星域だ。

 もっとも、安全性が高いということは、宇宙船を係留するための駐港代などの維持費もばかにならない。

 遊んでいる余裕はないにもかかわらず、二週間近く仕事が途絶えている。こんなにも仕事がないのは深刻だ。

 応接セットのソファに腰を下ろしたものの、リンダは頭を抱えるしかすることがない。

「社長、こうなったらいっそ、港で日雇いの仕事でも見つけてきましょうか?」

「何言ってンの。宇宙船乗りが、船から降りてどうするのよ」

「今だって、ずっと船から降りているじゃないですか」

 デューク・ヒアンラインはリンダの隣に立ったまま、大きくため息をついた。こげ茶色の短い髪は少々くせっ毛で、くるくるとうねっている。大企業の宇宙船のパイロットだったが、超過勤務で身体を壊して退職。

 リンダに拾われて、現在に至る。年齢は二十九歳。

 最近はすっかり健康を取り戻し、体を鍛えてもいるのだが、未だにリンダからは『虚弱』扱いされている。

 デュークとしては納得ができない。けれど人間、第一印象が大事ということなのかもしれない。

「社長、依頼が!」

 声をあげたのは、エリン・ブレット。

 かつてはリンダとともに宇宙軍にいたというエリンだが、今は家庭を持っている関係で、社員の中で、唯一船に乗らない。

 三毛猫会の事務と、この商会のコンピュータを管理しているのも彼女だ。

 船という実務にこそ参加しないものの、エリンがいなければ、この会社は動かない。財務も、営業も、実質は彼女がやっている。

 肩書は副社長兼、経理部長。部長と言っても、この会社に経理部は存在しないので、ただのあだ名のようなものだ。

「何?」

 リンダは立ち上がって、エリンの見ているディスプレイを覗き込みに行く。

「えっ。プラナル・コーポレーション? 信じられない。大企業じゃない?」

「社長令嬢をエレメン星系に連れていく、というのが依頼のようですね」

 エリンは画面をスクロールしていく。

「エレメン? どこにあるんだ?」

 デュークが怪訝な声を出す。確かに聞いたことのない星の名だ。

「今、出します」

 エリンはセカンドモニターに星図を呼び出す。

「うわっ、K-17方面って、相当な辺境じゃないか。あんなところに人は、住んでないだろう?」

「……ここからだと、二百五十光年ってところかしら。空間転移でもここは三日はかかるわね」

 リンダは顎に手を当てる。

 宇宙船の移動は通常飛行の場合は、光の速さを越えられない。

 人類がここまで銀河系に進出できたのは、『空間転移システム』と呼ばれる、一番近いであろう異空間を選択して飛ぶ方法を見つけたからだ。

 星図があれば、基本的に銀河系内なら移動できる。

 星図がない場所、『外宇宙』については、座標計算ができない。星図があっても、あまり船が行き来していない場所の場合、計算が最適化されていないから、移動に時間がかかることが多い。

 もっとも片道三日の行程は、決して長いものではない。

「契約日数は二十日。三百万クレジットだそうです」

「相場の倍ね」

 リンダはふっと口元をゆるめた。

「詳細は、本社に来てほしいとありますが?」

「当然、行くわよ」

 リンダは迷わず言い切る。

「しかし、社長、怪しくないですか? プラナル・コーポレーションなら、宇宙船なんていくつも自前で持っている大企業ですよ? 相場の倍ってのも、かなりヤバい証拠じゃないですか」

 リンダを止められないことはわかっていながらも、デュークは一応、異を唱えてみる。

「私もそう思います。社長。これは、かなり危険な仕事の香りがします」

 エリンもデュークと同じ考えのようだ。

 常識で考えて、破格の金額の仕事はそれなりの理由があるものだ。

「今の私たちに、仕事を選ぶ余裕はなくってよ」

 リンダは決めつけて、おろしていた髪を簡単に束ねた。

 それは、デュークもエリンもわかっている。それに『危険』な仕事ほど燃えるのは、宇宙船乗りのさがだ。安全で手堅い仕事をしたいなら、もっと別の仕事についている。それはリンダだけの話ではない。

「少なくとも、話だけは聞く価値はあると思うわ。ダラス、宇宙船をスタンバっておいて」

「あいよ」

 返事をしたのは、猫のトイレの砂を掃除していた大男のダラス・ギーバニオン。

 大きな体に似合わず、細かな作業の得意なエンジニアだ。

「デューク、行くわよ」

「大丈夫ですかねえ」

 デュークは肩をポキポキとならす。

「当然、備えはしていくわよ」

「社長は、嬉しそうですね」

「当り前よ。いつまでも事務所にこもっているよりは、ずっといいわ」

 リンダはくすりと笑って、洗面台の前でルージュを引き直した。

 

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