10月 #2

川谷パルテノン

10月 #2

 天馬とは長い間戦友という関係でやってきた。何と戦ってきたかと言えば臭い言い方で青春だ。青春はいつ始まり何をもって終わるのか。きっとそれは男女間の友情なるものを信じれなくなった時であろうと私は考える。四季折々重ねた年月の中で共に築き上げた青春の一ページ、一ページ。同じ時間と同じ空間の中で意識すると私は天馬のことが好きだった。

 取り返しのつかない想いに苦悩する。今までそういうことは考えないできた。身長がまだ一メートルに足るか足らないかの頃から近所にいた天馬と私は兄弟姉妹のような感覚だった。嘘偽りのない言葉のやり取りがあった。ところが今では私が何かをひた隠しにしている。言葉にしなければ嘘にはならない。そんな言い訳はずるずると二、三日を過ごす程度ならまだしも、時が経つ度に心苦しさは重しになる。いっそのこと玉砕覚悟で思いの丈をぶちまけてしまえば楽になれるかと天馬の前に近づいてみると出てくる言葉は家族の話やテレビの話。これ以上先に行けない見えない壁があった。そうした思いを抱えたまま悶々と過ごす日々は次第に私を腐らせる。もしアイツに彼女が出来たら、私より先に誰かが名乗り出たら、私は自分でもどうかしてるんじゃないかと、なんとかせねばという気持ちで枕に顔を突っ込んで喉が張り裂けるほどに咆哮した。そんな場面を繰り返し見ていた妹には本音で話していた。最初はめちゃくちゃおちょくってきてマジで○したろかと思ったが私の本気度はどうにか伝わったらしく、天馬にバラすだの、自分が立候補するだのといった冗談めいた脅迫は口にしなくなった。誰よりも心強い味方でいてくれた。同時に感じるのは日に日に分からなくなる天馬のことをやはり家族ではなかったんだと、戦友でさえもはや……そんな寂しさだった。


 妹が背中を押してくれる。ここまで来たら打ち明けるしかないでしょうよと。それはそう。私は青春と私欲を天秤にかけていた。どちらに傾いたかだけを見ないようにして。しかしながらかけた以上答えは出たはずで、後は天馬の気持ちを知りたいという探究心だけだ。口火を切らねばなるまい。私は明日と覚悟を決めた。


 体育館裏で待つ。LINEした。待つ間、ひとりの男子がかぼちゃを両手に「バカ野郎」とか「なんつって」とかブツブツ言いながら立っているのを見た。ひとしきり言い終えると胸のあたりをぎゅっと握りしめて息荒げにその場を立ち去る。そうこうするうちに天馬が現れた。動悸、息切れ、きつけ。落ち着け私。


「どったの? こんなとこ呼び出して。今部活抜けてきてっからさ」

「テテテテテ」

「え? 何? 大丈夫か?」

「わたわたわたわたわた」

「おい、どうしたの? 保健室行った方が」

「す、好き! ウチ、あんたのことずっとここ最近好っきゃねん!」

「え、なんで関西弁? てか、はぁ?」

「ウチなあもう戻られへんねん! 引かれへん! 媚びれへん! 省みられへん! 好きで好きで死ぬほど好きでどっしょもあらへん!」

「まてまて、いやあ、そのえっと」

「ああああ嗚呼嗚呼アアアンッ」

「マジか。泣くなって。わかったから」

「嗚呼アアアン、え?」

「だから、そのわかったっていうかこちらこそ宜しくお願いしますっつうか」

「ホンマに? ホンマにいうてんの?」

「まあ、二言はないというか。なんで関西弁?」

「ハッキリ言えや! 私のこと! 天馬も好きやと言うてくれ!」

「す、好きだよ!」


パァン! 鳴り響く破裂音。金キラキンの紙吹雪が舞った。なんだ。どこからともなく流れ出す珍妙で、けれどもそれでいてキャッチーで軽快な音楽。脇からぞろぞろと現れた滑稽な格好の輩たち。全員がリズムに合わせて踊り始める。その動きは一糸乱れぬ統一感。

「マールティー グンダーエ ケーシュ ピャーレー グングラーレー!」

「は?」

 天馬が謎の言語を発し始める。

「ムク ダーミニー スィ ダムカト チャール マトワーリー チャール マトワーリー」

「何?」

 周囲の輩も愉しげに踊り狂う。

「サル セ モーリー チュナリー ガイー ガイー ガイー サル セ モーリー チュナリー ガイー サラク サラク サラク」


 そっか。天馬、インド映画ダンスシーン再現部だったっけ。

「サル セ モーリー チュナリー ガイー ガイー ガイー サル セ モーリー チュナリー ガイー サラク サラク サラク」

 結局これってどっちなのかな。自然と涙が溢れた。

「サラク サラク サラク サラク サラク サラク サラク サラク サラク……」

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10月 #2 川谷パルテノン @pefnk

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