第79話第十五章15-3アガシタ
15-3アガシタ
その声にここにいる者全員が驚きそちらを見る。
そいつはへらへらと学園長が座っていた椅子に腰かけ学園長が書いていた書類を見ている。
「相変わらず忙しいようだね、ユカ。しかし人間はいちいちこんな書類を作らなければ約束すら守れないモノなのかね?」
「神ならざる者であるなら致し方ありません。しかしアガシタ様が直接こちらにお越しになるとは一体どう言う事でしょうか?」
「ほんとだよ、アガシタ様の気まぐれは知っているけど単独で来られるとはね」
学園長の彼女はすっと刀を引き鞘に納めながらアガシタに聞く。
アガシタの奴、こんな時に一体どううつもりだ?
「アガシタ様は今のこの秩序にご不満がおありか?」
「まあね、彼女の作った秩序は一見平和そうに見えるが女神を敬うと言いながらその力を一点に集めすぎている。それは免罪符となり人の欲望を加速させる。そしていずれは破滅の道へと突き進む。なるべく人の世に関わらないようにしている所は賞賛するけど君たち人間は不完全だ。適度に僕ら女神が手を差し伸べなければまた破滅の道を歩んでしまうだろう?」
「だからと言って、彼を使っての行動はやり過ぎじゃないのかい、アガシタ様?」
アガシタの説明にエリリアが異を唱える。
「彼は僕の思惑通り動いてくれているよ。それに君もあの『鋼鉄の鎧騎士』の封印を解こうとしてくれているじゃないか。ユカだって彼のその力を確かめるつもりなんだろう? これで駒はそろったよ。後はガレント王国がどうするかだけど、第一王子のアルファードはその考えを変えるつもりはないだろうね。シェルがわざわざ出向いたと言うのに」
「姉さんが!?」
アガシタは書類を机に置き、立ち上がりながらそう言う。
それにシャルが思わず声を上げる。
「流石に彼女も今の状況は良くないと思っていた様でシェルを使って現国王に話はしていたみたいだけど第一王子の暴走は止められていなかった様だね。しかし事は起こってしまった。彼やその取り巻きがして来た事は正しく世界征服。ただでさえ現世界の盟主となっているガレント王国がこれ以上その権力を集中させることは良くないからね」
「それで俺に奴とぶつかるようにしたというのか?」
「結果的にはそうなった。もともと君には北のホリゾンでガレントの進行を止めてもらうだけでよかったんだけどね。そしてそこにアルファードが引っ張り出せればよかったのだけど、まさか一番遠いイージム大陸に行っていたとは思わなかったよ、しかも宝物庫からオリジナルの『鋼鉄の鎧騎士』まで持ち出すとはね」
完全にこいつの手のひらで俺はもてあそばれたと言う事か?
まったく、悪魔とは言えやはり女神か!?
「俺は悪魔のお前と契約した。女神のお前とでは無いぞ?」
「ああ、だから僕は今の秩序を壊してもらいたいだけだ。その具現化したのが今君が恨みを持っているアルファードなんだろう? 君は仇を取る、その後の世界の安定は今まで通り各国が摩擦を起こしながら相互に監視し合う、それで好い事づくめじゃないのかな?」
そう言ってアガシタは手のひらに天秤を出す。
「僕は天秤が揺れている事が世界の平和につながると思っている。多少の揺れは人がその痛みを知るために必要不可欠な事なのさ。しか片側が重くなってまったく揺れが無くなってしまっては天秤は崩壊する。世界が破滅するのさ」
言っている事は分かる。
そしてその原理も理解はできる。
しかしその為にアーシャやザシャ、ベニルにルデン、ベリアル、オクツマート、そして沢山の仲間が死んでいったのか?
「ふざけるな! そんなモンの為に俺は今まで抗って来たんじゃないぞ!?」
「アイン、もし君がその理不尽を許せないというなら僕を恨んでくれてもいい。でもそれは全て君が辿って来た結果だよ? 僕は君にあのオリジナルの『鋼鉄の鎧騎士』を与えただけだ。そして今のこの秩序を壊してくれと頼んだだけだ」
「ぐっ!」
アガシタの言う事は道理が有った。
確かにこいつは「鋼鉄の鎧騎士」を俺に与え、今の秩序を壊してくれとしか頼んでいない。
アーシャやザシャ、ベニルたちが死んだのは結果であり、アガシタのせいではない。
「君は『迷いの森』で危うくあの黒い外装の呪いで『魔人』に取り込まれる所だったが運良くそれを免れた。オリジナルの『鋼鉄の鎧騎士』自体は『魔人』には取り込まれないだろうけど君自身が取り込まれれば話は違う。ほんと運がよかったね」
あの外装を奪い俺の「鋼鉄の鎧騎士」に取り付けたのは俺たちだった。
それは俺たちが招いた失策だった。
そして結果としては「迷いの森」を守ったと言う事でエルフたち、アインシュ商会の協力を得られた。
その事実が俺にこれ以上異を唱えさせない。
「……俺は、俺はどうすればいいんだ?」
「簡単だよ、君の思う事をすればいい。それが結果的には僕の望み通りになっているだけの事だ。僕は女神では無い。君と契約した悪魔だよ?」
アガシタはそう言いあのにんまりとした笑いをする。
それは正しく悪魔の微笑み。
「ふむ、良いでしょう。アガシタ様のお考えがそうであり、彼女も動いているというのであれば彼を試します。エリリアも『鋼鉄の鎧騎士』の方はお願いします」
「良いのかい、ユカ? まあ僕は神託の通りにするつもりだけどね」
そう言って学園長である彼女は俺たちについて来るように言うのだった。
* * * * *
そこは円形のドーム状の場所だった。
まるで闘技場ではないかと思うような頑丈な壁で覆われ、天窓から光が差し込んでいた。
「ここは?」
「ここは各国の依頼を受けて秘密裏に試験を行う試験場です。対魔、耐衝撃処理がされた場所なので大概の魔法や衝撃では壊れません。ここで私と手合わせをしてもらいます」
学園長はそう言って試験場の真ん中まで行く。
そして俺を手招きする。
「さあ、本気で行った方がいいよ。彼女は強い。君の持てる力を出し切った方がいいよ」
「簡単に言ってくれるな……」
手招きされそちらに歩み出るとアガシタは高みの見物よろしく俺にそう忠告する。
言われなくても彼女の強さは身に染みている。
俺に一歩も動かさせず刀を喉元に当てる芸当が出来るのだ。
「本気でかかってきなさい。手加減無用です」
「分かった、なら!」
俺は既に同調をして瞳を金色に輝かせながら彼女の魔力やマナの動きを見ようとして驚く。
それもそのはず、ほとんど魔力が見えないしマナの動きと肉体がほぼ同時になっている。
それはそれだけ強いと言う事だ。
「くっ! 『操魔剣』!!」
魔力を脚力と腕力に振って強化魔法を発動して一気に飛び込み剣を入れる。
しかし彼女はそれを流すように刀で軌道を外す。
「同調は出来ますね、英雄の器は有ると言う事ですね。では!」
すぐに彼女に返す剣で叩き込もうとするもゆらりとその姿が揺れて二つに分かれる。
そして完全に二人に分かれた!?
「なっ!? ニンジャかよっ!?」
「「残念ながら二人とも本物です」」
言いながら彼女は刀を振る。
まずい、よけきれない!!
「くおぉおおおおぉぉぉっ!」
魔力を防御に回し迫り来る刀の片方を剣で受け止めるがもう片方は俺の胴体に入りそうになる。
其処へ腕を剣の柄に近い所に差し出し威力を落とす。
ざくっ!
ずっ!
「ぐっ!」
わき腹に斬り込みが入るが、犠牲にした腕のお陰でその刀は止まる。
腕の刀は骨まで到達しているが柄に近いおかげで切断される事は無かった。
ぶんっ!
ばっ、ばばっ!!
刀を受けた剣を二人に分かれた彼女たちに振り回すも簡単に飛び退かれ間合いを取られる。
「「ふむ、経験が豊富のようですね。センスも良い。しかしせっかくの同調の覚醒も力任せになっている。本質の理解が及んでいませんね? 良いですか、その目で見える魔力やマナ、その流れを見なさい」」
「流れだと?」
痛む腕に止血の為に点火魔法で傷口を焼く。
切り口は鋭利なおかげで痛みが少ないが自分で焼いた火傷の痛みは心底しみる。
おかげで片腕は使えそうにもない。
俺は言われた通り彼女をもう一度よく見る。
すると言われた通り魔力の微小な流れやマナの動きが流れている事に気付く。
それは今まで見て来た世界を一変させるものだった。
彼女自体は魔力がほとんどない。
見えないのではなく無いのだ。
周りをちらっと見るとシャルもエリリアもそしてアガシタも魔力やマナが見える。
そして驚く。
アガシタの膨大な魔力とマナに。
それは濁流の如く体の周りを流れている。
もう一度シャルを見る。
シャルも体の周りに魔力やそれに追従するマナが有りそれはうごめいている。
「流れ…… 魂から出る魔力が練られマナになり、そしてそれに肉体が付いて回る。この世界の全てに魔素が有り、それは魔力となり、練られマナとなる。全てのモノにそれらは存在するというのか……」
「「もう良いようですね? 行きます!!」」
そう言って彼女たちが飛び込んでくる。
彼女たち自身には魔力やマナがほとんど見えないが、その身にまとう服や刀にはマナが有る。流れが見える!
「このぉっ!」
きんっ!
ざざっ!
迫り来る刀のマナの一番流れの悪い所に剣を当てると簡単に折れた。
そして刃のマナの流れが見えると言う事は太刀筋も見切る事が出来る。
もう一本の刀を避けて滑り込む様に彼女の懐に入る。
そして動かない腕を振り回しながら力ある言葉を発する。
「【爆炎拳】!!」
完全に接触はしていないが「鋼鉄の鎧騎士」で覚えたあの魔法をぶっぱなす。
するとその衝撃波を彼女の腹にぶつけ大きく吹き飛ばす。
もし完全接触していたらその破壊力で細い体の彼女くらいなら爆破させ上半身と下半身が離れていただろう。
しかし吹き飛ばされた彼女は瞬時に消える。
そして刀を折った方の彼女が一人残っているがその場で止まる。
「見事です。それがこの世界の本質。私たちがいたあの世界との大きな違いです!」
どっ!
言われて俺はその場に跪く。
それもそのはず、最後に彼女が投げた鞘が見事にみぞおちに入っていたからだ。
「これの何処が見事なもんかよ…… 戦場だったら殺られていた所だ……」
心底冷や汗をかいた。
上には上がいるというのは嫌と言う程知っていたはずだった。
ぱちぱちぱち!
「凄いな、ユカに一本入れるとは! 流石は僕が見込んだだけの事はあるね!!」
嬉しそうに拍手するアガシタに悪態をついてやろうとしながら気が遠くなって俺はその場で倒れるのだった。
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