第78話第十五章15-2:学園長
15-2:学園長
魔術学園であるボヘーミャは国では無い。
ここは古くから魔道を学ぶ者の学び舎として存在していて世界中から留学生が訪れる。
そしてここでは各国の依頼で魔道に関する研究や開発、解析なども請け負っている。
さらに連合軍と言う世界の安全維持の為の組織の司令塔でもあり、そう言った立場から中立かつどの国にも属さない独立都市となっている。
「とは言え、これではどこかの国の首都と言われても納得してしまう大きさだな」
「此処は古くからある街だからね。治安維持も街の運営も事実上学園長が取り仕切ってるわ」
船から降りて俺の「鋼鉄の鎧騎士」も港の端に置いてからシャルと話をする。
ユーリィ当主からこの学園の学園長宛に親書を預かっているのでただで運んでもらった都合上その親書を渡す役目もある。
「とは言え、いきなり行って会ってもらえるものか?」
「大丈夫じゃない? ユーリィの親書を持ってきたのであれば学園長も会ってくれるわよ」
シャルはそう言うが俺はもう一つ気になっている事が有る。
それはアルファードの奴の居所だ。
シャルにエルフのネットワークで聞いてもらった所、既にボヘーミャを出発したらしい。
ここまで追い詰めたのだ、すぐにでも奴の後を追いたい。
「だったら早い所この親書を渡してアルファードの奴を追いたい。まだガレントには入っていないのだろう?」
「昨日の時点ではね。風の精霊は海上だと遮蔽物も無いから伝達はずっと早いはずだからね」
それを聞いて俺はアインシュ商会のボヘーミャ支店の事務所に急ぎ「鋼鉄の鎧騎士」を預ける。
流石にあれで学園には行けない。
俺はシャルと街の中央にある大きな塀で囲まれた学園に向かうのだった。
* * * * *
「外来の方ですね? アインシュシュ商会の親書ですか? 失礼ですが親書を拝見させてください」
門の所でそう言われ持ってきた親書を出す。
それを門番が確認していると向こうから一人の魔導士姿の男が走って来る。
「おーい、今連絡が有った。エルフ連れの傭兵風の人はすぐに学園長の所に連れて来てくれだと!」
言いながらぜーはーぜーは―息をしている。
ずいぶんと手回しが良い事だ。
もしかしてアインシュ商会から何らかの連絡が来ているのかもしれないが、手間が省けて助かる。
学園長と言うからには老齢の魔導士か何かなのだろう。
早いところ手紙を渡してアルファードの奴に追い着かねばならない。
俺たちはその男に案内されて学園長室へと連れていかれるのだった。
* * * * *
コンコン。
「どうぞ」
重そうな木の扉を案内してくれた魔導士はノックすると中から女性の声がした。
しかも声からするとだいぶ若い。
首をかしげながら案内してくれた魔導士と一緒に部屋に入る。
すると大きな机に座った小柄な女性が書類に何か書いていた手を止めこちらを見る。
俺はそれを見て怪訝に思う。
どう見ても二十歳前、この世界では珍しい黒髪で細い線の少女にしか見えない。
そして彼女の顔には目元を覆うようにマスクがされている。
「お連れしました、学園長」
「ご苦労様です。下がってよろしい」
そう言いながら立ち上がり部屋の中に備え付けられているソファーへと歩んで行く。
そして俺たちに手をかざしそこへ座るよう促す。
俺は招かれた通りにそこへ行く。
「学園長をしているユカ・コバヤシです」
「アインと言う」
手を差し出され握手を求められるので握手をする。
と、その瞬間に感じるこれは!?
「ふむ、どうやら本当のようですね。エリリア、そんな所にいないでこちらに来なさい」
「やはりお告げの通りだね。始めまして、僕はエリリアと言う」
もう一人いたのか?
その女性は大きな眼鏡をかけて本棚の影から出て来た。
年の頃シャルと同じく位の見た目だ。
「エリリアさんまでいるの?」
「君がアルファードを見切ってこの人に着いたというからね。そうしたら神託が来たのさ」
どうやら知り合いのようだ。
俺は同じくエリリアと言う女性とも握手をしてから親書を引っ張り出し学園長と言う少女に渡す。
彼女は何も言わずそれを受け取るとソファーに座るように勧めて来てお茶を出してくれた。
「先に親書を見させてもらいます。アイン殿よろしいですか?」
「ああ、かまわない」
俺が返事をすると彼女はすぐに封を切りその内容を読む。
そしてそれをそのまま隣にいるエリリアとか言う少女に渡す。
「ふむ、神託通りだな。であるならばユカは彼を、こちらはその『鋼鉄の鎧騎士』の封印を解くとしよう」
「封印? 俺の『鋼鉄の鎧騎士』の事か?」
「そうです。アイン殿には私と手合わせをしてもらいます。そしてあなたの乗っているオリジナルの『鋼鉄の鎧騎士』は封印を解きます。それはあなたで無ければ扱えないモノになるでしょう、異界の魂を持つあなたにしか」
「なっ!?」
俺は思わず立ち上がる。
そして思い切り警戒をするが学園長である彼女は静かにお茶をすすっている。
「何故俺が異界の魂を持っている事を知っている……」
「先ほど握手して確信しました。あなたは本当に珍しい方です。彼女と同じ異界の魂を持つ者として」
この学園長、少女の癖に色々と知っている様だ。
それに傭兵の俺にはわかる。
この女隙が無い。
「まあまあ、そんなに警戒しないで。順を追って話そう。君が異界の魂を持つ転生者ってのは神託で知った。あ、僕は知恵の女神オクマスト様の分体で知恵の塔の管理者だ。そしてここにいるユカは異界からの召喚者だよ」
「異界の召喚者だと?」
俺がそう言うと彼女は仮面を外す。
すると黒髪と同じ真っ黒な瞳が俺を映す。
「まるで日本人じゃないか……」
白肌につつましやかに整った美しい顔、黒い髪の毛が流れるように伸びている。
生前写真で見たヤマトナデシコとか言うのとイメージがぴったりだった。
「その通りです、私は日本人です。この世界に来てもう四百年近く経ちますがね」
「四百年? なんでまだ少女の姿なんだ!?」
「それは追々話しますが、あなたはガレント王国の第一王子アルファードを討ち取るというのですね?」
そう言う彼女の瞳は冷たく俺を見据える。
それはまるで日本刀のような冷たさを感じる。
「ああ、俺の目的だ」
「何故ですか?」
まるで喉元に刃を突き付けられたような気分だった。
そう、あの黒龍のコクの時にも匹敵する。
「ユカ、そんなに脅しては可愛そうだよ。でもアルファードはやり過ぎた。彼女の作り上げたこの世界を結果混乱させる原因となった。それは許される事では無いんだよ」
すっとエリリアが彼女の肩に手を当てる。
まったく、この世界には一体どれだけの化け物がいるんだ?
いくら「鋼鉄の鎧騎士」が有っても心許無くなってしまう。
「俺は、生きる為だけにあがいて来た。もともとテグの奴隷戦士だ。戦う事しか知らなかった。しかしそんな俺にも引けない理由が有る。それがアルファードの野郎をぶち倒す理由だ」
俺がそう言うと目の前の少女はまた仮面をつける。
「あなたは今のこの世をどう思いますか?」
「どうたって、どこもかしこも腐っているのは同じだろう? あっちの世界もこっちの世界も」
「ではあなたは今のこの世界を破壊したいと思っていますか?」
「それは無いな。俺はただ生き延びたいだけだ。そして俺の中でつけなきゃいけないけじめを今は果たそうとしているだけだ」
学園長である彼女はそこまで聞いてから頷く。
そして俺が動く前に俺の喉元に何時の間にか抜き去った剣先を向けていた。
「何!? 何時の間に!!」
「あなたのその意思が本物かどうか確かめさせてもらいます」
まったく動けなかった。
かなりの腕とは思っていたがここまでとは!
「まぁまぁ、そんなにいじめてやるなよユカ。君から見れば人間は誰だって未熟そのものだよ」
「あなたがここへ来られるとは、一体どう言う風の吹き回しですか?」
剣先を俺に向けたまま学園長でさえその声に驚く。
そう、聞こえて来たその声は間違いなく奴だったのだ。
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