第76話第十四章14-7:海の見える街で

14-7:海の見える街で



 俺たちは「鋼鉄の鎧騎士」を歩かせ北へと進む。

 やがて森の北側に精霊都市ユグリアが見えるもシャルがそこへ行くのを嫌がるのでそのままさらに北にある貿易都市サフェリナに向かう。



 『しかし、なんでまた精霊都市に行くのを嫌がるんだ?』


 「あ、あなたには関係無いでしょ?」



 そう言って黙り込む。

 まあ精霊都市ユグリアに立ち寄らなくても特に問題も無いしこれ以上彼女にどうこう言っても仕方ない。

 俺は黙ったまま「鋼鉄の鎧騎士」を歩かせるのだった。



 * * * * *



 「見えてきたわね。あれが貿易都市サフェリナよ」



 シャルがそう言って「鋼鉄の鎧騎士」の肩の上に立ち上がる。

 身軽な彼女なので大丈夫だろうと放っておくが、ちらりと見るその表情は何やら嬉しそうだった。


 しかし俺としてはそうもいかない。

 既にケガを治すので一月以上も時間がかかってしまった。


 アルファードたちは多分そのままウェージム大陸へと渡っているだろう。

 俺たちの襲撃で量産型の「鋼鉄の鎧騎士」はほとんど失っているはず。

 アルファードのオリジナルの「鋼鉄の鎧騎士」が残っているだろうが、もしそれだけならさらに身軽に移動が出来、完全にウェージム大陸へと渡ってしまった後だろう。


 ぎりっと歯を鳴らす。


 ウェージム大陸の何処にいるかは分からないがそこまで行けばガレント王国も目の前になる。

 そして流石にガレント王国に入られればアルファードの奴を倒すのが難しくなる。


 『貿易都市サフェリナに着いたはいいが、アルファードの野郎共はもうウェージムに渡ってしまったのだろうな……』


 「普通に考えればね。一つ教えておいてやるわ。エルフのネットワークで知ったけど今アルファードたちは魔法学園ボヘーミャにいるわよ」



 『なんだと?』



 俺の予想ではもっと先に行っていると思っていた。

 いや、むしろ既にガレント王国の首都ガルザイルについてもおかしくないと思っていた。


 『何やってんだあいつら?』


 「さあ? 流石にそこまでは分からないけどアルファードたちがボヘーミャの学園で何かやっているって話ね……」


 俺は思わず「鋼鉄の鎧騎士」の頭をシャルに向ける。



 「きゃっ!」



 いきなり頭を動かしたので肩の上に立って片手を頭に着けていたシャルはバランスを崩し肩から滑り落ちる。


 まさしく猿も木から落ちるじゃないが完全に予想外だった。

 慌てて肩から落ちるシャルを「鋼鉄に鎧騎士」の腕をあげて受け止める。

 いくら身軽なエルフとは言え、「鋼鉄の鎧騎士」の肩の高さから落ちたらただじゃすまないだろう。


 受け止めたシャルはこちらに顔を向けて睨む。



 「いきなり動かさないでよ!」



 『すまん、つい驚いてしまってな。それよりそのエルフのネットワークってのはなんだ?』


 この世界には風のメッセンジャーと言う魔道具あって、短いやり取りのメールの様なものが重要機関同士でやり取りできる。

 これによりこの世界での情報伝達は格段に速くなり、伝書鳩などの使用より確実に、そして正確に情報が世界中を駆け巡る。

 

 しかしエルフ自体もそんなネットワークを持っているというのだろうか?

 どんなものかは知らないが流石に前世のように個人レベルでネットの世界に繋がれるとかは無いだろう。


 「私たち外に出ているエルフたちは『渡り』と呼ばれファイナス長老が管理する風の精霊王によって情報のやり取りをしているのよ。風の精霊を使うからメッセンジャーのようにいちいちどこかに行ったりしなくて済むのよ」


 そう言って何故か偉そうにする。


 それはこの世界ではものすごい事だろう。

 エルフと言う種族はその長寿のせいで外界とのやり取りが薄くなってしまう。

 だからこそ外の世界に出る変わり者には外の世界の情報を伝達させているのだろう。


 情報とは戦略に対して最も重要な要素だからな。

 流石にエルフの長老と言ったところか。


 俺は偉そうにするシャルに向かって言う。



 『それは凄いな、流石にエルフ族だ』


 「凄いでしょう?」



 ちらっと盗み見ると耳が上下に揺れている。

 俺なんかに褒められてうれしいのか?

 まるで犬だな。


 そう思いザシャを思い出す。

 ザシャは同じエルフでもダークエルフ。

 例え何かでザシャを称賛しても絶対にこうにはならないだろう。

 俺は思わず苦笑をする。



 「ん? なに? なんか笑われたような気がするのだけど?」


 『何でもない。それよりアルファードの事はもう少し詳しく分からないか?』


 「そうね、ちょっと聞いてみるわ」


 そう言ってシャルは目をつむり両の手を上げる。

 すると彼女のまわりに風が巻き起こりふわっとうっすらと輝いたと思ったら直ぐに消えた。


 「これで良し、早ければ今日中に、遅くても明日には何かの情報を回してくれると思うわ」


 『驚いたな、こんなに簡単にできるとは。凄いじゃないか』


 「そ、そうかしら?」


 表情には出さないようにこちらから顔を背けるが耳が激しく上下している。

 俺はまたまた苦笑をするのだった。


 

 * * * * *



 貿易都市サフェリナ。

 世界中でいち早く「鉄の船」による交易を始めた都市。

 ここは何も無い土地ではあったが、唯一海路による交易が盛んであるためにウェージム、サージムそしてイージム大陸の三大大陸との交易の要になっている。

 

 三大大陸の特産物やウェージムの大量に生産される食料はここから全世界に回されると言っても過言ではない。

 故にどの国もここへの手出しは一切しない協定が成り立っているという。



 「此処が噂の貿易都市サフェリナか。確かに屋台店なんかが多いな。って、おいシャル?」


 「うふふふふっ、ここってエルフには作れないような装飾品とか衣服が沢山有るのよね! 手持ちに余裕が有るから少し店を回らせてね!!」


 言いながら彼女は風のようにどこかへ行ってしまった。

 

 そう言う事か、精霊都市ユグリアに寄らず急ぎここサフェリナに来たがっていたのはこう言う事か。


 俺は大きくため息をつく。

 いくらエルフとは言えやはり女性だったという事か。

 これは当分帰ってきそうにないな。

 

 俺はあきらめ顔で港の方に海を渡る為の船を探しに行くのだった。



 * * *


  

 港は流石と言うしか無かった。

 あの「鉄の船」が沢山有って大量の積み荷を乗せている。


 「流石だな、こんなに鉄の船が有るなんて」


 ガレント王国の海軍もこの鉄の船を所有している。

 多分今この世界ではこことガレント王国ぐらいだろう。

 魔道で動くとしてもその原理を知らない者には想像もつかない構造だしな。

 ちらほらと帆船なんかも見えるがその大きさが違い過ぎる。

 

 俺は近くの水夫に声をかける。



 「すまんが、大きな荷物をウェージム大陸まで運びたいのだがどこに問い合わせればいいんだ?」


 「ん? あんたここは初めてかい? だったら素直にアインシュ商会に行った方がいいぞ。下手に代金ケチってあそこに目をつけられるとここで今後商売できなくなるからな。アインシュ商会の事務所はこの港の大通りを行けば分かる。でかい事務所が有るからな」


 「そうか、ありがとう、助かった」



 俺はそう言って言われたそのアインシュ商会へと向かうのだった。



 * * *



 「此処がアインシュ商会か……」



 言われた大通りですぐに見つかった。

 まるで百貨店か何かの様な大きな建物に事務所と商店が一緒になったような造りになっている。

 商店は客でにぎわっているようで、女性客を中心に店には客が出入りしている。

 俺は何となくそれを見ると「シーナ商会サフェリナ店」と書いてあった。


 「ん? アインシュ商会じゃないのか?」


 「あれ? アインじゃないの、どうしたのよこんな所で?」


 こんな所に知り合いはいない。

 しかしこの声は間違いなく彼女だった。


 「シャル? なんでお前さんこんな所にいるんだ??」


 「それはこちらのセリフよ。シーナ商会になんであなたが来てるのよ?」


 「いや、俺はアインシュ商会を探して来たんだがな……」


 俺がそう言うとシャルはすぐ隣の入り口を見る。

 つられてそちらを見ると確かに入り口の看板に「アインシュ商会」と書いてあった。


 「此処はシーナ商会とアインシュ商会の共同店なのよ。買い物はこっちのシーナ商会。商談はあっちのアインシュ商会ね」


 「シーナ商会はここにもあったんだな……」


 シーナ商会は俺たち傭兵でも知っている大きな商会だ。

 噂では一国にも相当する財力と権力を持ち、義を重んじ正統であればなんでも品物を都合つけてくれるという噂だ。

 今までもホリゾンでもイザンカでもドドスでもその支店が有るというのは聞いた事が有るが来た事は無かった。

 

 だがシャルのあの表情やすでに手に持っている買い物袋で状況は理解できた。



 「精霊都市ユグリアには無いのかよ?」


 「あ、あそこはだめ! みんなにバレるし姉さんにすぐにいろいろ言われるし……」



 エルフの中にもいろいろ有るんだな。

 俺はため息をついてからアインシュ商会の扉をくぐるのだった。



 * * *



 「それでお客様の積み荷とは何なのでしょう?」



 中年のオヤジが俺を値踏みするかのように見ているが、どう見ても傭兵風情の俺にそこそこ地位のありそうなやつが出てきたのは横にいるシャルのお陰であるというのは俺にも理解できている。


 エルフの冒険者なんてのもいるがそれは稀だ。

 エルフ自体を見るのもほとんど無いのだから、そいつが俺と一緒に居るとなれば鼻の効くアインシュ商会もまともに取り合ってくれる。



 「何、俺は傭兵でね。相棒の『鋼鉄の鎧騎士』をウェージム大陸まで運びたいのさ」



 下手に隠しても仕方ない。

 まずは直球でそう告げる。



 「傭兵の方ですか……」



 対応をしていた奴の態度ががらりと変わる。

 そして周りの空気も一気に変わった。



 「失礼ですがお客様、この件は重要なお話となります。ここでは詳細をお話しできませんのであちらのお部屋にどうぞ」


 「……そうか。分かった」



 やはり一筋縄ではいかないか。

 ガレント王国の有るウェージム大陸に「鋼鉄の鎧騎士」を持ち込むのだ。

 アインシュ商会としてもいろいろ有るのだろう。

 

 しかし今更ここから逃げ出すわけにもいかない。

 シャルだってこの位の事は大丈夫だろう。

 ちらりと見るそれは特に変わらない。


 俺はため息を軽くついてから言われた部屋に映るのだった。



 * * *



 其処は窓の無い完全に閉鎖された部屋だった。

 扉もやたらと分厚く、おかれているソファーやその他もかなり簡素なモノばかりだった。

 しかし特別な部屋である為か魔法の明かりでへ全体は明るく、小ぎれいではある。



 「どうぞこちらへ」


 そいつは俺たちをソファーに座るよう勧めると使用人にお茶を持ってこさせ、まずは自分から口をつけた。

 変なモンは入っていないと示す為だろう。



 「それでお客様の荷物である『鋼鉄の鎧騎士』とはどう言った理由でウェージム大陸に運び込まれるというのですか?」


 「言わなきゃダメかね?」


 「我々にも義が有ります。内容によってはお断りさせていただきます故」



 まあ当たり前だろう。

 これだけの商会が訳も分からず戦争の火種になりそうな「鋼鉄の鎧騎士」をウェージム大陸に運び込むなどできない。


 

 がちゃ



 俺たちがそう話をしているといきなり扉が開き、身なりの良い中年の女性が入って来た。



 「あなたがアインですね?」



 その女性はいきなり俺の名前を呼ぶ。

 驚きそちらを見るが扉の横に控えていた屈強な男たちも俺と会話をしていた奴もその場でこの女性に頭を下げる。


 「いきなりだな、あんた誰だ?」


 彼女はつかつかと歩いて来て相向かいのソファーに腰を下ろす。



 「ユーリィ、久しぶり!」



 しかしシャルはそんな緊張する空気の中あっけらかんとそう言う。


 「相変わらずね、あなたは。あの頃と全然変わっていない。私はこんなにしわくちゃのおばさんになってしまったと言うのに……」


 「そう? ユーリィだってあまり変わっていないと思うんだけど?」


 言われたそのユーリィと呼ばれた中年の女性は苦笑してから俺に向き直る。



 「私はユーリィ=アインシュ、アインシュ商会の当主を務めるものです。シャルと一緒に居ると言う事はあなたがアインで間違いないのですね?」


 「良く知っているな。確かに俺はアインだ」



 俺がそう言うと彼女はすぅっと目を細める。

 そしてしばし俺を見てから話し始める。



 「既にエルフのファイナス長老からは話を聞いています。あなたがウェージム大陸へ『鋼鉄の鎧騎士』を運ぶことを手伝いましょう」


 「ほう、あの長老の差し金か?」


 「ふふふっ、それだけでは無いのはあなたも分かるでしょう?」


 「あ~、ユーリィしばらく会わないうちに悪い顔するようになった」



 俺とユーリィ当主が話をしているとシャルがお茶を飲みながら割り込んでくる。

 するとユーリィ当主はシャルを見ながら笑う。



 「ほんと、あなたはあのころと変わらないわね。おかげで気分だけでも若返った気がするわ。人間ってね、三十年もいろいろとあるとこうなってしまうモノなのよ」


 「ん、でも今のユーリィの方が好きかな?」



 シャルがそう言うとユーリィ当主は笑いながら言う。



 「ほんと、久しぶりねこんな気分になれるのは。気分が良いわ。今日は私のおごりよ」


 「ほんと? やったぁ! 買い物で結構使っちゃったのよね!!」




 こうして俺たちは彼女の晩餐会に招かれる事となったのだった。

 

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