第75話第十四章14-6貿易都市サフェリナ

14-6貿易都市サフェリナ



 「もういいわ」



 シャルに包帯を取ってもらい傷の具合を見る。

 癒しの精霊魔法は【回復魔法】の様に肉体の自己回復促進では無く、薬草などで回復するのと同じく外部からの作用が強い。

 焼けただれたはずの皮膚はかざぶたがもうぺりぺりとはがれ始め痒い。



 あれからひと月近く俺はこのエルフの村で療養をしている。


 

 シャルが俺の見張り兼世話係としてこうして傷の手当の手伝いをしてくれている。

 だが特に仲が良くなるわけでもなく事務的な対応がほとんだった。



 「すまんな。おかげでだいぶ良くなった」


 「役目だからね。そうだ、明日ファイナス長老が話が有るので来るわ」



 包帯のかたずけをしながら思い出したかのように言う。


 どうもエルフは時間的な感覚は俺たち人間と違うようだ。

 

 すぐに来ると言って一週間くらいしてからやってきたり、このあいだとか言って何年も前の事を言ったりと、気をつけないと人間の感覚とかなり違うので困ってしまう事が有る。

 先ほどのシャルの話も以前すぐ来ると言って一週間も放置された事が有り、それを言ってからすぐでは無く明日とか二日後とか言うようにしてもらっている。



 「明日か? 分かった」



 俺はそれだけ言うといつもの鍛錬を始める。



 「ほんと、人間ってわからないわ。ケガが完全に治っていないのに何故鍛錬なんか始めるのかしら」


 「動けるようになれば少しでも体を動かしておきたいんだ。でないと体がなまるからな」


 「そんなモノかしらね……」



 言いながらシャルは檻を開けて出て行く。

 特に移動する必要も無いので俺はずっとこの牢屋の中にいる。

 鍵をかけられるわけでもなく、自由に出入りも出来るがエルフの村の中を出歩く気にはなれない。

 見張り兼世話役のシャル意外のほとんど他のエルフとも接触も無いが特に問題が有る訳では無い。


 むしろ早いところ回復してアルファードの奴を倒しに向かいたい。


 俺はいつも通りに体を動かすのだった。



 * * * * *



 「だいぶ回復したようですね?」



 俺が日課の鍛錬をしていると声をかけられた。

 そちらを見るとファイナス長老がシャルと複数のエルフを連れてやって来ていた。



 「おかげでだいぶ動けるようになった。感謝する」


 「いえ、感謝には及びません。しかし完全に傷が癒えていないというのにそのように動いて大丈夫なモノなのですか?」


 「むしろ動けるようになったら体を動かした方が治りが早い。戦場ではいつもこうしてきた」



 俺たちの様にいつ戦いになるか分からない者は動けるなら常に鍛錬を行っておきたい。

 でないと戦場では死ぬ羽目になる。

 


 「それで今日は?」


 「はい、今日はあなたの乗っていたあの『鋼鉄の鎧騎士』についてお話が有ってやってきました」



 俺は鍛錬を終わりにしてファイナス長老のその話を聞く。



 「あなたの乗っていたあの『鋼鉄の鎧騎士』ですが、中身は確かにオリジナル。しかし外装はあのジュメルの作り上げた呪いの外装。それは魔力を沢山持ち、英雄の器のあるモノが『鋼鉄の鎧騎士』を動かした時にその呪いが発動するように出来たいたようです」


 「またずいぶんと気の長い話だな」



 英雄などと言う存在がその辺にごろごろいる訳では無い。

 だと言うのに呪いの発動条件が「英雄」クラスの者が動かさないと発動しないとか。

 まあ、それでも奴らの思惑は的中したのだが。



 「それで、俺の所に来たという事は何とかなりそうだという事か?」


 「そうですね、他の長老たちが協力して外装にかけられた呪いの封印が出来ました。しかしもしあなたが英雄としての力を使うとなればその封印が何処までもつかは分かりません」



 俺はそれを聞いて思わずファイナス長老を見る。

 彼女は穏やかな表情をしている。

 しかし取り巻きのエルフやシャルはそうではない。



 「どう言うつもりだ?」


 「貴方には成すべき事が有るのでしょう?」



 そう言ってほほ笑む。


 まったく、この御仁は本当に食えぬ御仁だ。



 「ケガはもうほとんどいい。封印までしてもらえたなら『同調』をせずに奴を倒せばいいだけの事だ」


 「そうですね、英雄の力を使われると外装にかけられている呪いが活性化します。その呪いは一種の召喚魔術であなたとあなたの乗る『鋼鉄の鎧騎士』を依り代に『魔人』になりこの世界を滅ぼす事でしょう。英雄としての力を使わず目的を達成するには相手も同じオリジナル、かなりの困難を極めますよ?」


 「それでも俺はやるつもりだ」



 俺がそうきっぱりと答えるとファイナス長老は何も言わずシャルを引っ張り出す。

 シャルはものすごく不満な顔つきだったがファイナス長老は構わず続ける。



 「あなたの『鋼鉄の鎧騎士』は今結界である妖精界にあります。結界を再度稼働させるにはあなたの『鋼鉄の鎧騎士』が邪魔となってしまいます。シャルがあなたを導きます」


 「そうか、だったら俺はそのまま貿易都市サフェリナに向かいたい。多分ガレントの連中はもうウェージム大陸に戻ったのだろう?」


 「はい、そうですね。それと、もしウェージムに渡るなら魔法学園ボヘーミャに行くことを強く勧めます。そしてそこで学園長に会い協力を要請する方がいいでしょう。必要であれば親書も書きます」



 ファイナス長老は俺にそう言う。

 俺は思わず彼女の顔を見直す。



 「……どう言うつもりだ?」


 「いえ、アルファードにはそれ相応のけじめをつけさせたいのです。我々エルフとの約束を守らず『迷いの森』を焼いた責任は取ってもらわなければなりません」



 しれっとそう言うが、俺をここまで回復させ「鋼鉄の鎧騎士」の呪いを押さえた理由はそう言う事か。



 「シャルをそのままあなたに同行させましょう。いろいろと役に立つはずです」


 「なっ! ファイナス長老、私はこいつを森の外にまで誘導するだけじゃ無かったのですか?」


 「ガレントについて、アルファードについてエルフの中で一番詳しいのはあなたでしょう?」



 ファイナス長老がそう言うとシャルは「うっ」と小さく唸ってそれ以上何も言わなくなった。

 


 「エルフとガレントの長きに渡る盟友に傷をつけたのです。その報いは受けてもらわねばなりません」


 「……そうか。分かった」



 俺はそれだけ言うとファイナス長老は俺に出発は何時かと聞いてくる。

 俺は早い方がいいので明日にでも出発したい旨を言うと「分かりました」とだけ言って牢屋を出て行ってしまった。


 シャル一人を残して。



 「……貧乏くじだわ」


 「すまんな」



 思わずそう言う俺にシャルは「きっ!」と俺を睨んでから何も言わず出て行ってしまった。

 俺は軽いため息をついてから持ち物の確認を始めるのだった。



 * * * * *



 「それではご武運を祈ります」


 『ああ、必ずアルファードの奴を倒して見せる』



 あの全てが金色に輝く森の中で俺は『鋼鉄の鎧騎士』に乗り込み立ち上がる。

 今のところは今まで通りで特に変わった事は無い。

 外装も元の黒い外装に戻り今まで通りだった。



 「森を出たら結界を発動させます。後はシャルが道案内をしてくれます。それと渡した手紙はボヘーミャの学園長に渡すと良いでしょう。きっとあなたに協力をしてくれるでしょうから」


 『分かった。だが先ずは貿易都市サフェリナに向かう』



 俺はそれだけ言うとそのまま「鋼鉄の鎧騎士」を森の外に向けて歩き出させる。


 

 「森を抜けたら左に行って。そのうち道が見えるから後は道なりに行けば精霊都市ユグリアを経て貿易都市サフェリナに行けるわ」



 「鋼鉄の鎧騎士」の肩のあたりに乗っているシャルはそう俺に告げる。

 俺は言われた通りに森を抜けると、後ろで気配がして振り返れば普通の森になっていた。



 「結界が発動したのね……」



 シャルがそう言った此処は地面が焼け焦げ周りの木々がなぎ倒された場所だった。

 

 俺はある一点を見る。

 もう一月以上経ってしまった為そこには何も無いが、そこはオクツマートを俺が殺した場所だった。


 首だけ他の場所を見る。


 そこにも何も無いがその場所はルデンとベリアルが最後にガレントの連中にやられた場所だった。



 『すまん、オクツマート、ルデン、ベリアル……』




 俺はそれだけ言うとまた「鋼鉄の鎧騎士」を北に向かって歩き出させるのだった。

 

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