第275話 箱詰め旅行? 今日から始めるコンテナ生活(日本からハワイ、衛星軌道までの旅)
ハワイ諸島は赤道から近い事や列強に支配されてきた経緯から、その青い海と緑に似つかわしくなく宇宙ロケットの打ち上げ施設が設けられている。
とはいえ。長い時間と労力をかけても一度に送り出せるのは1基のみ。スケジュールは長期にわたって組まれており、これに割り込んで臨時で打ち上げるとなれば現場の混乱は苛烈を極めるようだった。
(どこも現場がワリを食うのは一緒だな)
24時間昼夜問わずの準備作業。ハワイはカジノ街から漏れるネオンで夜も華やかなもんだが、作業ライトに照らされているロケットも負けちゃいねえ。クリスマスツリーかっての。
――――明かりの無いこの部屋は打ち上げ施設の片隅にある、廃材なんかの一時置き場だ。
部屋にあるのはせいぜい管理者用の事務机と椅子くらいなもんで、老朽化対策の改装の名目で立ち入り禁止になっている。
待合室にしても殺風景なところだぜ。娯楽は打ち上げ施設を照らすライトが織りなす夜景くらいなもんだ。
《原動力は労働者ひとりひとりのやりがい》
(ドブラック)
《ホホウ、ドブみたいなにおいがプンプンする黒い経営陣だけに?》
(大してうまいこと言えてねえぞ)
軍用機で秘密裏にホノルル入りしたのはついさっき。アウト・レリックが寄こせと言っている物資群に紛れての入国だ。
赤毛ねーちゃんの計らいで少しは快適に過ごせるようにと、輸送コンテナの内装を個室みたいな形にした4畳間ほどのスペースに押し込められていた。空調があるとはいえ精神的にはなんとも息苦しい空間だったぜ。
これがロボットの操縦席なら平気なんだがなぁ。やっぱ自分で動かせないってのはストレスだ。もし輸送機が落ちたらオレも道連れでオダブツになっちまうからよ。
《時差的に今ごろサイタマは文化祭だナ》
(一応事情書いたメッセージは残したが、アスカあたりがキレてそうだ)
打ち上げロケットのスケジュールとサイタマからハワイ入りするため移動時間、そして隠匿性を考えると文化祭の後では間に合わない。
赤毛ねーちゃんはギリギリまで調整してくれたようだが、隠れてハワイに入るためにはやはり文化祭をまたぐタイミングしかないらしい。
――――悪いなアスカ、これで予定通りなんだ。
オレは最初から文化祭の不参加が濃厚だった。赤毛ねーちゃんには別にいいと言ってあったのに、かなり無理して調整を続けてくれたがやはりダメだったと謝られちまったい。
《はっちゃんとミミィちゃんと一緒に、『たまちゃんインフルなのぉ』と口裏あわせてヨロ。うむ、アスカちんならキレるな》
キレならピエロにキレてほしいぜ。元からぜんぶあの野郎のせいだろ。
まあトンデモ衣装を着てウロウロしなくてよくなったのはいいがね。ああいうのは恥も何も青春の一言でうっちゃれる若いやつがするもんだ。中身がおっさんのオレにはキツいっての。
ブスくれてないでクラスの面倒を見ててくれよな。おまえ親類のねーちゃんと同じくらい指導者の才能あると思うぜ?
(……あと何分だ?)
《コンテナに格納した幽霊に乗り込むのは15分後。そこからロケットに積み込みが始まって、だいたい4時間してやっと打ち上げだナ》
(エコノミー症候群ってやつになりそうだぜ。今のうちにストレッチでもしとくか)
明かりを点けていない部屋で窓の向こうの夜景を見るのも飽きたしな。
《先に着替えれば? パイロットスーツはお着替えにまあまあ時間が掛かるし》
(細かいアクセサリーが多いんよなぁ、このスーツ。便利だから付けるけどさぁ)
机の上に置いた専用ケースを開いて中身を出す。
中には折り畳まれた白いレオタードみたいなインナーと、ケースのくぼみにピタリとはめられているメカメカしいグローブ、ヒール状のブーツ、星型のデカい髪留め。
他にもいくつかの装飾品。どれもSFキャラのコスプレで使う小物みたいな代物だが、これでいて慣性緩和や生命維持装置なんかの機能を持つ実用品ばかりだ。
例えばこのメカっぽいヒールとか見た目から想像がつかないほど地面にフイットするし、操縦席のフットペダルを踏んでも微細な操作に違和感が無いんだぜ?
《どうせならシャワー浴びた後にすぐ着替えれば良かったネ。シャンプーの香りをさせた少女がこんな暗くて人気のないところでお着替え。Ou! 何も起きないはずも無く!》
(起きねえよ。アホか。けど確かに盲点だったなぁ、着替えは)
ジャージを脱いで下着を脱いで靴下も脱いで。床に直立ちは抵抗感があるからシューズの上に素足を乗せて、モソモソと着替えを始める。
なんせこのパイロットスーツは希少なプリマテリアルを使った超が付く限定の1点もの。普段はスーツちゃんにモーフィングしてもらっているから、こいつを着た回数は実はかなり少ない。
《下着はちゃんと畳みませう》
(へーい)
レオタを着た後、空のケースに畳んだ下着や靴下、袋に入れた靴も押し込んでロックする。暗証番式のやつだから大したセキュリティじゃねえけどな。
いつもはスーツちゃんにパイロットスーツになってもらい、その上に普通のジャージを着るんだが今回はそうもいかん。
それはつまり、オレが出撃で着ているときは事実上1点物のはずのパイロットスーツが2着ある事になる。これがバレると面倒なんだ。
もしスーツを預けたケースが持ち出されて犯罪者あたりに暴かれたら、パイロットが着ているはずの分と合わせて2着あることがバレる。それはスーツちゃんってオレの切り札がバレる可能性を上げるリスクだ。
言っては悪いが、まだハワイを防犯の意味ではあまり信用してないからなおさらだ。オレがいない間にケースに変な細工でもされそうでよ。
それ自体はスーツちゃんがいれば見つけられるとはいえ、今回の問題はあくまで特別製のパイロットスーツの所在だ。
これがただのパイロットスーツならなんとでも誤魔化せるんだがな。
けどこのスーツに使われているプリマテリアルってのは各国各都市で厳重に管理されてる希少素材。正規の品ならやろうと思えばわずかな繊維からでも供給元を辿れちまう。出所不明はおかしいんだ。
スーパーロボットに使うべき希少素材を人間のスーツに使うって無茶が許可が下りたのは1着分だけ。予備を作る材料があるわけがないって話になってくる。
ここを突っ込まれると言い訳が効かん。下手するとオレが秘密裏に他国からも支援を受けているのかと第二やサイタマに勘繰られちまう。
だからもしもを考えるといつもと逆でスーツは本物を着て、ジャージをスーツちゃん製で行くしかない。出先は不便ってやつだな、普段はこんな事を考えなくてもいいのによ。
あーあ、こんな事ならプールでアホなガキが水着を家から着てくるみたいにサイタマから着て来ればよかったぜ。
インナーめいた白スーツの上にアレな部分を隠す意味もある黒いパッチをつけて、髪をまとめる髪飾り、ブーツ、最後にガントレットみたいなグローブを付ける。
このグローブも見た目のゴツさのわりに繊細な指の動きが出来る優れものだ。メカッぽい部分がまさしくメカらしいギミックで伸縮し、握力補助のために稼働するからな。
しっかし髪飾りを始めとしたスーツのあちこちが緑色にボンヤリと発光しているのはなんでなんだか。調光して光を抑えておかないと目立っちまうっての。
《それではレディオゥ体操、第2ぃ~》
(そこは第1だろ。知らねえよ第2は)
《ストレッチパワーが溜まる感じでどうぞ。まずはペタンと股割り行こうゼ。カメラを意識して恥ずかしそうにドウゾ》
(この床と恰好ではやりたくねえよ。あといかがわしいジャンルの撮影じゃねえわ)
いちいちボケてくるスーツちゃんに突っ込みながら体操してると、オレをここまで運んできた運ちゃん、つまり輸送機のパイロットがそろそろ移動ですと部屋の外から声を掛けてきた。
「また貴方を運べたことを光栄に思います、プレゼント1」
あん?
コンテナへと案内されている最中、ふいに前を行っていたおっさん軍人が奇妙な物言いで話しかけてくる。プレゼント1? どっかで聞いたような?
《サガ都市にカチコミかけたときのコードだナ》
(……おお。そういやそんな呼び方したっけな。途中から来た訓練ねーちゃんはプレゼント2だったか)
「あのときの
「相方もおります。お姫様の
帽子を脱いで頭を下げられたがなんかあったっけ? とりあえず軍人らしい短く刈った頭を上げるよう言って歩きながら話す。
(そういや輸送機の脱出を援護したんだった。ああ、思い出した。アレのせいで着地予定の場所がズレて焦ったわ)
《あれからそんな経ってないのに忘れル? 低ちゃん、もしかして若年性アルツハイマーかニャ?》
(ここ最近イベント目白押しでな。Sワールド以外でも毎度のようにドンパチしてて、いちいち過去の戦闘なんて覚えてられねえんだよ)
このおっさんのイジメられてた娘さんってのが陰険な銀河派閥が消えたことで復学できて、相方の恋人はオレが戦利品で得た治療法で難病を克服できたんだとさ。
《ムホホ、今までの行いが回りまわって感謝された今の気分は?》
(オレからはそりゃよかったなとしか。他に感想は
輸送機の離脱を援護したのは味方として当然だし、他は自分の目的のためにやった事が間接的にこのおっさんたちの利益になっただけ。これを他にどう思えと?
映像の向こうの正義大好きマンみたいに、自覚があって弱い人間たちのために戦ったわけじゃねえ。結果としてそうなっただけさ。
「もし地球への帰還で降下地点がズレても、自分たちが必ず拾いに行く。海の上でも他の都市のド真ん中でも。だから必ず生きて戻れ――――ん゛ん゛、失礼しましたっ! 言葉遣いが。娘と年が同じなのでつい」
このくらいの齢のおっさんなら中坊の子供くらいいて、どこのガキが相手だろうと自分の子供の面影をつい重ねちまうもんかもな。
ガキに優しい大人は良い大人だ。そうやって優しくされたガキも大人になったときふと昔を思い出して、尊敬できる大人を真似てガキに優しくする。
こういうやつが多いと世の中うまく回るんだがなぁ。そしてこういうやつだから今の齢でも輸送機を飛ばすような階級なんだろうよ。
嫌だねえ、出世するのは要領の良いキャリアばかりで。義理固いなんざ損しかねえもんさ。
「そのときはよろしく頼む、
<放送中>
「よう、どうだった?」
お姫様のエスコートから戻ってきた相棒に気が付いた兵士は、輸送機のチェックリストから顔を上げてドリンクを放った。
今日の自分たちの仕事はここまで。度数が低ければアルコールの入った飲み物を1本くらいはよいだろう。
「相変わらずの度胸だったよ。これから宇宙に行くってのに欠片もビビってない」
「そうじゃねえよ。ちゃんとお礼を言っておいてくれたか? あーあ、いくら目立つからってお姫様の案内役がひとりだけってのはあんまりだ」
元から酔い易くすでに酒が回っているらしい相方は口も軽くなっているようで、あぶれた事を大げさに嘆くと『すごい美人だよな』と玉鍵という少女をほめそやした。
初めて彼女と
ただしクジで負けた彼は自分の機体の検査をしていたため、移動中に遠目で見ただけ。そのためエスコート役になった相棒に自分の分のお礼を託したのだった。
――――可能性は極小だが、もし玉鍵たまをハワイで取り込もうとする動きがあった場合に備えて念のため緊急脱出の手筈を整える意味もある。
最悪は都市間戦争になってもワールドエースを連れ帰る。それがサイタマ大統領の意志。これは玉鍵に恩のある2人にとっても望むところ。すべてを振り切ってサイタマに帰還する事を誓っていた。
「そんな事言ってると恋人にスネられるぞ、ロリコン」
「ロリコンじゃねえよ! そういう気持ちじゃない!」
ついからかってしまったが、それは年上の彼も知っている。病を克服できる事が確定した彼女と正式に結ばれるのだと、飲みに行くたび延々と惚気られたのだから。
「……帰還するときもエスコートできるといいな」
「
玉鍵に向けて自分が言った事と同じようなセリフを言った相棒に苦笑する。
「いや、やっぱり出番が無いのが一番だ。こんな厳ついトナカイで帰るより、あの子にはみんなに祝福されて凱旋してほしいよ――――せめて、楽しみにしていた文化祭がふいになった分のご褒美もつけて」
14才で命賭けの秘密作戦に参加させられる玉鍵たまという少女。彼女は娘と同い年であり、同じサイタマ学園に通っている。
そして今日は文化祭の日。
大人たちの前ではなんでもない事のような顔をしている玉鍵。しかし一人娘の親である彼は、あの気丈な少女も心の奥で一抹の寂しさを抱いていると感じていた。
「―――最終チェック。武装」
コンテナという名の棺桶に押し込まれた白骨。その中に居残る成仏してない魂のように、呪われた言葉を口に出す。
ここにあるのは何もかも人殺しの道具。武器。人の悪意の結晶。
剣に、銃に、爆弾。
人間の血まみれの歴史の前では神も悪魔も敵いはしない。
殺しのための道具、その名前だ。これ以上の呪いの言葉なんざあるまい?
《ウィ。まず頭部内蔵の60ミリバルカン2門、片方40で計80発。最大で300発のところを重量制限で切り詰めたからこんなもんジャロ。1回でほぼ撃ち切りの数だナ》
「その分かなり威力はあるのが救いだな。ちょっとした大砲クラスの口径を連射できるんだ」
《反動はスラスターで相殺する形だから動きが鈍るので注意ネ》
「あいよ」
《ヒートダガーが2本。赤熱化は起動から0.5秒で実用温度。7.7秒で使い切り。基本は暗器として足裏に備えるけど、マニピュレーターにも一応持てるジョ》
「発熱電力をロボット側が担保してんだっけ?」
《起動の走り出しだけナ。発動後はエッジ側に溜めてる電力ドス》
おっと、ちゃんと読んでなかったぜ。なんせ受け渡し直前まで仕様がコロコロ変わっててよ。
《次、腕部にエナジーマーカーを2基。ナックルパート。アルファベットのX状に低速ビームを形成するゾイ。貫通力重視の高速ビームと違って標的を通過するのが遅いから、命中した箇所周辺の破壊規模が大きくなるナ》
「エナジーシールドの技術を攻撃に転用した武装だな。展開する規模を大きくすればシールドの役割も出来るらしい」
《腰部スカート装甲にフックワイヤー。最大で500メートル伸びるこのワイヤーはエナジー系の攻撃にもちょっと耐性があって、けっこう頑丈でヤンス》
「そりゃありがてえ。縄がポンポン切れたら意味ないもんな」
《最後に
「戦闘域が狭いからな。逃げ回るのは限界がある」
今回のコンセプトは急襲だ。とにかく最短でコロニーに取りつくのが第一の目標。これはエディオン対策としての側面が強い。
しかしエディオンが動き出す時間を稼ぐために、ピエロが多少なりと迎撃装置の類を持ち込んでいる可能性は低くない。それを強引に突破するためにも速度と防御力がいる。
今回ばかりは攻撃力が二の次だ。現実の防衛装置なら物の数じゃない。ロボットで引っぱたけばそれで壊れるくらいだろうよ。
だがこっちも相手の攻撃力だけはバカに出来ないんだ。スーパーとはいえ所詮16メートル足らずの小型のロボット。さしたる耐久力は持っていない。
アンビリーバブル・ケーブル作戦で得られる活動範囲も広くないしな。どれだけ回避したくても水槽の中にいるような状態では無理な場面も出てくるだろう。
そもそも時間制限があるんだ、多少無茶をしてでも突っ込む必要がある。
エナジーマーカーにしても武器というより盾としての効果を期待してのチョイスだ。
展開したアンビリーバブル・ケーブルの範囲内から一気に突っ込んで取りつく。これが骸骨姿の亡霊に課せられた役割ってわけさ。
《あとは別途打ち上げる武装コンテナに入った分だネ。リボルバーカノンで『Sワールドの不思議パワー』を期待してブッパするからまともに届くか分からんけどナー》
「それに関しちゃアテにしてねえよ。この装備でなんとかするさ」
逆にモタモタしたあげくにあの赤い巨神が出て来たりしたら、武装コンテナなんざ焼け石に水だ。10メートルの装備でなんとかなる相手じゃない。
「……そろそろか」
傍受を懸念して一切の通信は飛ばさない。バレるまでは。
時計合わせをした時刻――――激震が走る。
よう、ピエロ。てめえは幕の裏にいるような職じゃねえだろう? 引きずり出してやるぜ。
目的はアウト・レリックの捕縛。少なくともそう依頼されてオレは宇宙に上がる。ああ、引き受けたよ。
……知った事かよ。殺してやるぞ、クソピエロ。オレのダチを狂わせた落とし前をつけさせてやる!
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