第274話 空の上の慟哭? 煮詰められていく悪意

<放送中>


(サガにあったアレが?)


 今日も忙しく政務を行っていた赤毛の女性、ラング・フロイトは思わぬ部署からの報告に目を通して片方の眉を怪訝につり上げる。


 事の発端はサイタマ学園で発生した銀河残党によるテロ騒ぎ。


 この事件を受けてサガから緊急帰還した玉鍵たまと同じく、彼女の援護役としてついてきたサガのパイロットがいた。


 指名は確かミミィ・ヴェリアン。玉鍵や姪の話では人格的に同年代より未熟だが、パイロットとしては高いセンスを持っているとの事だった。


 ただそんな彼女が乗ってきた機体は大変な難物である。


 曰く、『パイロットに特定の血筋を求める』。


 曰く、『認証装置となるアイテムが無ければ本格稼働ができない』。


 曰く、『特定のキーコードを音声入力しなければ真価を発揮しない』。


 このようにあまりにも選民思想に染まったセキュリティが施されていたため、いざ乗ってきたはいいものの、ミミィ・ヴェリアンは機体をまともに動かせずテロ鎮圧には参加できなかった。


 以来この機体はサイタマの隔離棟の片隅にポツリと置かれたままになっている。


 件のスーパロボットの名は『VENUSウェヌス』。10メートル級の可変型に分類される小型機である。


 ギリシャ神話におけるアフロディーテと同一視される存在の名を冠したこの機体は、いずれの基地の登録も持たない存在しない機体ゴーストマシンであった。


 当の乗ってきたサガのパイロットも自分が使えない機体の事はすっかり忘れてしまったようで、サイタマから依頼している玉鍵たまが戦利品として得た特異なスーパーロボットの調査に掛かり切りとなっている。


 そんな忘れ去られていた幽霊に転機となる出来事が起きたらしい。


(亡命してきたアイルランドの王子様が動かせる可能性あり? どうなってるの、これ?)


 あの機体はサガの秘匿強襲兵器『リボルバーカノン』の中に隠されるような状態で発見された物。


 にも拘わらず、そのサガにおいても機体の登録さえ無かったというキナ臭いロボットである。


 偏ったセキュリティの件といい、なぜ海の向こうにある他都市の王族となど関係があるのか?


 いくら考えてもサガとアイルランドの繋がりが分からないと、ラングはひとり首を捻る。


 VENUSウェヌスはただの小型機では無い。情報が確かであれば『王家の血筋のみをパイロットに認める』という、極めて政治的な意図をにおわせる機体。


 安全なところにいる指導者側の人間があえて前線に立つことで民を鼓舞するパフォーマンスは、それこそ大昔から行われていた人気取りのひとつ。


 やがてラングは恐らくこの機体はそんな古臭い政治思想を持たされ、都市を統治する支配者のためだけに生まれてきたのだろうと結論した。


 ラングはこれを上に立つ者の矜持によって生まれた高潔な鎧。などとは決して解釈しない。


 バカの極み。自己満足。あるいは政治屋の空虚なパフォーマンスの産物だと吐き捨てる。


 何せロボットの頭部にわざわざ昔の船の意匠を思わせるような、嫌みなほど華美に作られた女神像など載せている代物なのだから。


 こんな無駄と血筋主義のエゴだけで出来た代物、戦士の思想から生まれた機体では断じてない。それが元パイロット、ラング・フロイトの持つ感性が導き出した答えだった。


(アイルランドのダブリン都市……歴史的に大日本ともサガとも、さしたる接点は無いはずなのだけど)


 自分の知識に無いだけかもしれないが、少なくともラング・フロイトという人間が生まれた後の歴史で大日本とアイルランドが深く関わっていた記録はない。


 過去に何かしら秘密協定でもあったのか? 考えてみれば腐った大日本から離脱したがっていた都市はサイタマだけでは無かったのかもしれない。


 リボルバーカノンの件と合わせれば、存在しない機体による他都市強襲の筋書きも浮かび上がる。


 もはやそれも過去の話だが。サイタマは離反し、サガが平定され、トカチに潜伏していた大日本の政治屋たちもほとんどがS課によって逮捕された現在では。


 ともあれ。今はとうの昔に立ち消えた反逆計画をほじくり返す場面でもないだろうと、赤毛の大統領は思考を中断した。


 今言えるのはせいぜい『渡りに舟』という事。すでに旧式であろうが、他国であるアイルランドの技術を解析して、サイタマ基地のデータベースにささやかな厚みを加える事ができるチャンスとも言える。


 かの機体はセキュリティの影響かブラックボックスとなっている部分が多く、ほとんど解析が出来ないために仕方なく放置していたのだ。


 これを動かせるパイロットが現れたのならロックを解いて機密を開示してくれるはず。そこまでで無くとも、技術者たちによる解析の取っ掛かりにくらいにはなるだろう。


Give Permission、と……タマ、あんた思わぬ物を拾ってきたわねぇ」


 ラビ・フィアナによるテスト許可のついでに、調査にさいして少額の報酬も設定してやる。


 当面の彼の生活費はサイタマから支給することになるとはいえ、こうした仕事を自分で行い小遣いを稼ぐのは一個人の精神的にも悪いことでは無いだろう。


 切りが良いと感じたラングはここで小休止に入る。


 手にしたのは挽く前の高級なコーヒー豆。紅茶と同じく、このレベルから手間をかけてじっくり淹れるのがラングなりのリセット・リフレッシュ方だった。


 政務中に惰性で飲むならコーヒーメーカーに突っ込んであるアメリカンコーヒーで十分。だがひと息入れるならやはり本格的に余裕のあるひと時を楽しみたい。


 紅茶も好きだが今回は茶菓子との相性を考えて、ラングはやや苦みの深いコーヒーを淹れる。


 甘く香しい豆のにおいが湯気と共に執務室に立ち込める。


「ホントに持ってきてくれるなんてね」


 ラングがコーヒーに合わせていそいそと用意したのは、サイタマ学園の文化祭用に試作したという玉鍵が作った『ホラーケーキ(仮)』。


 開催中に時間を作って覗いてみようかしら、などと考えながらサイタマ大統領はひと時の甘味を味わう。


 なお彼女のケーキへの評価は『可』。なんとか売り物にはなる味だが、デザインを優先しすぎて味のバランスが悪いという辛辣な評価。


 ……子供の作った物に厳しすぎると言えなくも無い。しかしこれはラングなりの称賛である。


 素人が素人の労力で作った素人菓子が、金銭を取って販売するプロフェッショナルの世界において『売り物になる』と認めたのだから。






(これを着ろと? 14の中坊に? しかも見せろと? 学校行事で? 人前で?)


 雑なカテゴリー分けをすればギリギリでチャイナドレス? と呼ばれるかもしれないデザインの衣装がハンガーに掛かっている。


 服以外のパーツも多いので他はロッカーの棚の上だ。例えばわざとダボく作った袖とかな。この中に暗器でも隠すつもりかよってくらいダボダボのヤツ。


《ムムム、発注した難しいデザインを見事に立体物として起こしておる。これはまさしくJapanese TA・KU・MIの仕事!》


(匠じゃなくてHENTAIの所業では? これを女子中学生が着ると知った時点で止めないものか?)


《ソーナンス! 聞いてよ低ちゃん。原案だと鼠径部とかもっと際どかったのに、『さすがにこれはどうなの?』と匠から修正案が来たんだって。モー余計な事を! タッくんのバカァ!》


(修正してコレかよ……)


 ミニチャイナのミニの部分に対して、男の欲望が具現化したような短すぎる丈。あと垂れているスカート部分の面積が狭い。


 フンドシのヒラヒラかっての。足の根元まで見えるじゃねえか。


 例えるならノースリーブの超ミニワンピースってところか? これに羽織っている意味があるのか分からん肩出しの上着と、二の腕にベルトで固定するダボ袖を付ける。


 で、足元はガッツリ生足だ。靴だけは危ないって事で、オレの案が通って若者向けなデザインのスニーカーになった。


 ただしすげえカラフル。ストリートファッションでスケボー片手にイキってるやつが履いてそうだ。


「これはすごい(な、悪い意味で)」


「どうよ。立派なもんでしょ」


 オレの言論制限された一言を肯定的にとったのか、アスカたちが鼻を膨らませて誇らしげにしている。ドヤるなバカタレども。


 てめえらも似たようなの着るって自覚してるか? ふんぞり返ってんじゃねえよ。土壇場で学園から規制されても知らねえぞ。


「下着はさすがに問題があるし、中は見せパンかレオタードにしたの。これならまあ見えてもいいし」


 初宮が梱包から袋入りでガサガサと出してきたのは新品のレオタード。入ってた箱を見る限りサイズと色は複数あるようだ。黒が多いか?


 股の切れ込み角度はマジでなんとかならんのか……。


 そういや初宮に限らず、訓練ねーちゃんの教え子はみんな普段からTOPスーツってハイレグレオタで訓練してんだったなぁ。もうどいつもこいつも女として羞恥心がマヒしてんじゃねえの?


「インナー扱いの服は自腹で買い取りだから、渋って買わない子もいるけどねー。水着を着る子もいるみたいっスよ?」


「こういうのはお祭りだし、テーマパークのアクセサリーとでも思えばいいのにね」


 春日部の言葉を引き継いだ花代が自分の分らしいレオタを体に合わせる。こいつはオレンジか。


 前にテニスしたときもウェアにオレンジを選んでたっけな。あとやっぱ股の角度エグいぞオイ。他人で対比すると分かりやすいわ。


 これと似たような角度を平気で訓練に使ってんのがこいつらのおっかないところだぜ。もう少し女としての自覚を持て。どいつもパイロットらしく結構な美人なんだからよぉ。


 それもこれもひとまず置いて。出来上がった衣装を学園の更衣室のひとつを借り切って試着するって事になったんだが、なんで試着が済んだこいつらまでいる?


 試着してないのはオレだけだから微調整を考えて着替えるんだよな?


「たまちゃんさんのは基本インナーはレオタね。パンツタイプでもいいけどこっちは少し野暮ったくなるから、ミミィはレオタを勧めるよっ」


「パンツだとどうしてもドレスのスリットから布が覗いちゃって、ちょっとみっとも無くなっちゃうんですよね。玉鍵さんは肌がすごくきれいで処理もしなくていいし、足が映えるレオタードが良いかと思います」


(足がきれいに見えるとかどうでもいいわ。というかインナーのパンツが見える面積ってどんだけ見せてんだよ!)


《んだ、処理は大事ダスな。二次性徴期から一気に剛毛になる子いるっぺよ。低ちゃんなら何もしなくても余計なパーツが外界に飛び出ないでヤンス。グェヘヘヘ》


(どこの話をしているっ。それと汚らしく訛るな! スケベ中年か!)


 あ゛ー面倒くせえ! 制服のお披露目なんざせいぜい開催の挨拶くらいだろ。後は裏方なんだからジャージでいいわい。とりあえずこの場で試着だけでして後は誤魔化しちまおう。


「じゃあ着るから――――ジロジロ見ないでくれるか? 着替え辛い」


 なんで6人がガン見してるところで1人だけ着替えんだよ。アホか。どっか行けや。


「そーだ! どうせだったらみんなで着替えて1枚撮らない?」


 おう春日部、何を『イイコト思いついた』みたいな顔で抜かしてんだ。


「いいかもっ! たまちゃんさん、ミミィとツーショットも撮って!」


 脊髄反射みたいな勢いでピンクが豪快に脱ぎ出すと、それに釣られるように他の連中まで自分の衣装を梱包から出して脱ぎだした。


《Fooooooooo! 更衣室! お着換え美少女だらけの女子更衣室! これぞ学園物の夢の花園!》


(興奮すんな)


《地味に嬉しいタイプの汎用イベントシーン回収だZE!》


(ゲームか。ったく、女ってのはやたら記念を作りたがるな)


 そういや第二でも星川たちがメイドメイドと煩かったな。何かと言うと仲間を引っ張ってきて記録を取っていた。それはいいがオレまで何度も巻き込まないでほしいぜ。


 ……まあガキにとってはこれも大事な青春の1ページか。おまけで参加する大人が無粋な事を言うもんじゃねえな。


 星川たちはどうしてっかな? 一般層は文化祭も終わってこれからしばらく生徒が喜びそうなイベントは無い。せいぜい体育祭くらいか? 嫌いな生徒も多そうだがよ。


 オレは今から憂鬱な方だ。なんせ第二の体操服はブルマだからよ。たとえオレだけ浮いても絶対ジャージで通してやる。











<放送中>


 ゴン。ゴン。


 その鈍い音は宇宙に響いていた。そう思えるくらいにこの暗い一室の中、リズミカルでいながら異様に感じるその音はよく響いていた。


 衛星軌道上のコロニーに設けられている居住区において、人工的に発生しているこの音色は今日に始まった事ではない。


 空調の響かせる羽虫のような振動音に紛れて規則的に聞こえるその汚い音は、とある少女に用意された個室が発生源であった。


「そのうち顔が潰れてしまうよレェェェディー? せっかく治してあげたんだ、女は顔を大事にするんだね」


 唐突に部屋にやってきた相手の言葉に何も反応せず、彼女はそういう機械だとでも言うように頭を壁に打ち付けるのを止めない。


 軽量であることを第一とした素材で出来たこの壁は安物のプレハブよりも脆い。


 ぶつけ続けた額の部分から順当にくぼんでいき、今では壁の表面が彼女の顔の形にへこんでいる。


 これは自傷行為。


 少女を苛んでいるのは過去に刻み付けられた決定的なストレス。そのストレスとなった出来事が原因で心が決壊してしまったための、壊れた人間特有の奇行。


 あるいは歪んだSOSとも言える。壊れた人間なりに訴えているのだ。


 私を助けてと。


 だが彼女の叫びを正しく受け取る他人は、この狭い空間にはいない。


 少女の名は――――否。この限られた空間では彼女に名前など無いも同然。


 ここにいるのは彼女ともう一人。そしてその『もう一人』は傷の心配をしているように見せて、少女の名前など個体として記録する気は毛頭なかった。


 雑な白塗りが施された顔に笑顔という凶相を浮かべたその中年女性は、世間一般にピエロと呼ばれる古風なサーカスに登場する道化師の化粧をしていた。


「分からないなぁーっ。そんなに辛いものかね? 完全に、どうしようもなく、言い訳が利かないほど。万人が認めるほどに信仰が否定されたことが辛いのかね? ――――君の神なんて最初から作りものじゃないか」


 定期的な音が止む。


「世界を作ったのは神じゃない。自然さ。自然を作ったのは神じゃない。環境だ。人の理解できるような存在であるはずがないだろう? んー?」


 猛獣のような奇声をあげて中年太りのシルエットに飛びかかろうとした少女は、自身を繋ぐ拘束用ワイヤーに阻まれて宙を舞った。


パイロットパイロォォォゥ、おお哀れなパイロットパイロッ。無重力の中では無茶な動きはするもんじゃないよ、レディィィィーパイロットパイロォォォッ! これでも君には期待しているんだ、せめて約束の時まで体は大切にねぇ? もちろん訓練は続けてくれたまえ――――君が彼女に勝てると示せるまで」


 でなければ君たち・・に何の価値も無いだろう? 先祖代々、虚構に跪いてきた哀れな使徒よ。


 最後にボソリとそう告げて、この日一番に口元を吊り上げたピエロは部屋を後にする。


 通路には道化師の引き笑い。部屋では人と思えぬ呻き声。それはドアが自動で閉じるまでコロニーに響いていた。


「そろそろ来てくれるかい? ワァァァールドエェェェース。出ないと君と遊ぶ前にお人形が壊れちゃうじゃないかぁ。せっかく君に合わせて同じドレス・・・・・も用意しているだよ? こっちのカラーは黒いがねぇ」


 ピエロの視線の先にはこのコロニーの倉庫がある。


 水・食糧・生活用品・研究機材。コンパクトながらに多くの物資が詰められている。


 そして外、宇宙空間にはコロニーが小さく見えるほどに連結格納されている複数のコンテナも影もあった。


 道化はこのコンテナを自らの権限のもとに、ある時期から中身を伏せていくつも打ち上げさせている、中身が何なのかは誰も知らない。当時の情勢ならピエロの権力を背景に金さえ積めばいくらでも無茶が言えたのだ。


 都市の共通規格のそれは最大で全長30メートルを誇る物資コンテナ。内装を変えることで納められる物資は多岐にわたる。精密機器も、爆発物も、何もかもをこのコンテナは収めてくれる。


 ――――例えば、20メートル以下のスーパーロボットを丸ごと。

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