第273話 骸骨の骨組み始め? 亡霊を天に送る準備

 試作された最新式シミュレーターのテスト――――というお題目でいよいよ本格的に『スカルゴースト』の訓練に入る。


(数値上は50メートル級に偽装するあたり徹底してんな)


《建造される実機は打ち上げロケットに詰めるギリギリの10メートル級だモンニ》


 スカルゴーストは全高15.9メートル。本体重量9.5トン。最大装備重量248トンの小型機だ。


 現実の打ち上げロケットではこれが限界。後付けの武装に至っては積載量が足りず、別に打ち上げて宇宙で拾えってなもんだ。無茶言ってくれるぜ。


 しかしそれもこれも事情が事情だからしょうがねえ。秘匿性第一だ。


(ピエロにバレたら何されるか分かんねえからな)


 なんせ相手は衛星軌道でSワールド製の大砲持って待ち構えてるうえに、地上にも訳わからん秘密の戦力を伏せている。察知されたらそれで手詰まりってのが赤毛ねーちゃんの言い分だ。


 この仮想訓練を1基だけ他の機材やシミュレーターと物理的に遮断し、完全なスタンドアローン状態にしているのもピエロ対策だ。


 あの野郎は開発に関わった機械に利己的なプログラを混ぜ込んでいたようで、第二都市での騒乱においてほとんどの機械を制御不能の状態に陥らせた前科がある。


 これを受けてサイタマや第二都市だけでなく、すべての都市で機材の検査と代替が進んでいるらしい。


 特にS基地や軍事施設、重要インフラは突貫で。どれも押さえられたら都市丸ごと人質に取られるのと変わらんから、他から『お行儀が悪い』なんて皮肉られるような都市でも真面目なもんさ。


(内蔵式の頭部バルカン砲はまあいいとして、なんだこのワイヤークローって?)


《腰裏のスカート装甲に格納された2本指のクローをワイヤー付きで射出できる装備だナ。ワイヤーの長さは最大500メートルだって》


(いや、絶対スカートに収まんねえだろ。どこに入れてんだよワイヤー。それに見た限りまあまあ太いぞ?)


《ゼッターの変形技術を参考にしてるみたい。その場で成形するから格納場所いらずなんやデ》


(Sワールドでしか使えない技術じゃん。例のやつってホントに使えんのかね?)


 通常、S技術を用いた機械はSワールドでしか機能しない。現実の物理法則を無視して暴れまわるスーパーロボットも本星こっちにくれば置物だ。


 それが『Fever!!』の課したルール。オレ個人としてはS技術を使ってタコな人類が争わないように、『F』が上から目線で先回りしたんじゃないかと思っている。


 スーパーロボット使って本気で戦争なんてしたら、アホな人類は星くらいあっさりブッ壊しちまうだろうからな。負けが込んだ権力者が『死なば諸共』とやる可能性は少なくないのが人間ってクソバカな生き物だ。


 しかしこの法則には例外がいくつか存在する。


 例えば基地での運用だ。『本星』からSワールドに出撃する関係上、こっちでも動かせないと出撃自体が出来ないからな。


 開発や整備、修理に補給と基地でやらなきゃいかん事は山ほどある。動かせませんじゃ困るんだ。


 そしてこの『動かせる例外範囲』とは基地の敷地内の事。


 S技術を使ったものは基地からある程度の距離を離れると、急速に性能が落ちて最後は機能しなくなる。


 逆に言えば基地の敷地内ならこっちでもSワールド並に動くってわけだ。


 この点に着目した技術者が色々試したところ、『基地の延長』と見なす抜け道が見つかっている。


《設置すると『基地の施設』と見なされる、基地から伸びるケーブルを宇宙まで。成層圏を抜けて衛星軌道まで接合する中継点、実に100ヶ所以上。まさに力技だナ》


 はっきり言うと現実の技術だけでスカルゴーストの建造は不可能だった。これならいっそ宇宙で活動できるようにアーマード・トループスを改造した方が良いくらいだったらしい。


 当然だよな。それがクリア出来てたらもうどっかの国で兵器なり重機なりで現物があるだろうよ。


 だから技術者たちは視点を変えた。


 問題点の打破するのに必要なものをたった16メートル・重量10トン未満の人型兵器に託すより、外部からのアプローチでなんとかしちまえと。


(衛星軌道まで垂らす単一分子ワイヤーと、それを接合する巻き尺めいた無数の中継器。これをピエロの根城まで引っ張っていく。スーツちゃんの言う通り、こりゃとんでもねえ力技だ。その単一分子ワイヤー自体もS技術が無きゃ作れないし使えないもんな)


 これがスカルゴーストと同時進行された外部支援計画。赤毛ねーちゃん命名『アンビリーバブル・ケーブル作戦』だ。


 初めて聞いたときは反応に困ったぜ。基地から宇宙までケーブル引っ張っていくのも頭悪いが、スーパーロボットに紐付きで戦えってんだからよ。聞いたことないわ。


 厳密にはロボットに付けるわけじゃなく、宇宙にケーブルを敷設することで『ここまで基地の範囲ですよ』と見なされるよう、法の抜け道みたいな擬似フィールドを作るって作戦だがな。


《サイタマに攻め込んできた銀河の飛行船やハワイに乗り付けたブリテンの潜水艦の時と違って、向かっていく場所に基地は無いからニィ。戦略シミュレーション風に言うと『自軍エリアから戦地まで補給線を広げる』感じ?》


(だな。銀河とブリテンは攻め込む相手側の基地エリアを利用して、持ってきた自軍のロボットを動かす形だった。燃料を現地接収したみたいなもんだろ)


 だが衛星軌道にあるピエロの隠れ家はS基地じゃない。スーパーロボットを使って研究コロニーに取りつくためにはこっちが補給線を伸ばすしかないのだ。


 まあ一番の問題は、ここまで面倒な事をしてまで生きたまま捕まえなくちゃいけないって縛りだがな。


 テイオウを使ってブッ殺せば楽なんだがなぁ――――どうもオレがテイオウの事を嗅ぎまわってるのを赤毛ねーちゃんに薄々勘付かれてるきらいがある。先日さらに警備が厳重になっちまった。


 スーツちゃんってチートを持ってるとはいえ、結局オレは潜入訓練ひとつ受けていない素人だ。そりゃテイオウに紐づいたデータ周りをウロウロしてたらすぐ保安に『こいつ怪しくね?』と気付かれるわな。


 それでも最後までアプローチは続けるつもりだが、ちと無理筋臭いと自分でも思ってる。


《言うなればこの作戦は空挺部隊の強襲みたいなものだネ。少ない兵員と物資、かつ短時間で敵軍の重要目標に致命傷を与えまShow?》


(少ないどころか単機突撃だけどな。それに現実の防衛機構とかはまだしも、エディオンが動き出したらスカルゴーストこいつじゃ太刀打ちできないぞ)


 エディオンが本格戦闘の出来る状態かは知らんがな。


 あのロボットは未知の存在だ。これまでのスーパーロボットと同じ理屈が通るかは分からない。

 なんせ基地エリアから離れても動き回り、第二都市の天井に穴をあけて宇宙まで飛び立った代物だ。


 ……ピエロは第二で捕虜にしていたブリテンの女パイロットを誘拐したそうだが、あいつをエディオンのパイロットにするつもりなのかね?


《そうさせないための強襲でおすし? どんなロボットも動く前なら愉快な形の置物でオマス》


(たまに自動防衛装置が搭載されてるのもあるけどな。なんにせよ、さっさとコロニーに取りついてピエロを締め上げるしかあるめえ。エディオンと正面から戦うには最低でもザンバスターかゼッターがいる)


 残念ながらどっちも本星こっちじゃデカすぎて使えないがね。


 このアンビリーバブル・ケーブル作戦で動かせるロボットにはサイズ制限があるらしく、20メートル以上のロボットは無理らしいのだ。


 ゼッターは分離機状態なら使えそうだが、さすがに戦闘機形態でエディオンに対抗は不可能だろう。


 この辺の制限を考えると、人類は『F』を出し抜けたわけじゃないんだろうな。あの放任気味の存在が告知してないだけで、昔からこんな仕様だったんだろう。意地の悪いこった。


(無い物ねだりしてもしょうがねえ。持ってるもんでなんとかするしかねえわ)


 赤毛ねーちゃんは武装コンテナも上げられるだけ上げると言ってくれている。だが突貫工事で作ったスカルゴーストの稼働時間は短く、全力戦闘は1回が限度だとも念を押された。


 だからこのシミュレーションで最終武装の選定を行う。


 オレが命を預けるに足ると感じる武装の、最初で最後の選択を。







<放送中>


 アイルランドのダブリン都市から少年、ラビ・フィアナは疲労と栄養失調で崩していた体調を順調に回復し、先日からリハビリを兼ねて基地内を出歩けるようにまでなっていた。


「アリガト、ダイゴロー」


 しかしダブリンから正式に亡命表明したばかりのラビを、病人とはいえ自由に歩き回らせるほどサイタマも甘くは無い。


「おう、のうプロブレムのうプロブレム。はっはっはっ」


 英語こそ堪能ではない大石大五郎だが、微弱ながらヒーリングの超能力を持ち人当たりも良い彼はサイタマ基地からの正式な要請でラビの介添えを行っていた。


 これはもちろんラビの監視・護衛の意味も含まれる。


 現在フロイト派閥の有能なエージェントの多くはサガの統治回復に代表される多くの仕事を抱えており、亡命してきた他国の王子とはいえ十分な世話役や護衛を割く余裕はなかった。


 そこで白羽の矢が立ったひとりが大五郎である。


 サガでの活動に始まりレース場での狙撃手捕縛の手柄などを受け、慢性的な人手不足に悩むんでいたラングの目に止まったのだ。


 ラビ側がギリギリ簡単な日本語を習得しており、大まかな意思疎通であればさほど不自由が無いのも都合が良かった。


 もっとも、ラングは大五郎自身には『監視役』としての役割は伝えていない。


 あくまで同年代の少年が遭難から生還したばかりで弱っているので、ヒーラーとしての力を見込んで介助の仕事をしてくれないかと持ちかけただけである。


 大五郎からすればサガで自分の我儘で迷惑を掛けたという自覚があり、また単に善意からこの仕事を引き受けていた。


「遭難したのにまたロボットを見たいとは。おはんは立派なパイロットじゃのう」


 体力を戻すための散歩代わりにラビがしたいと言い出したのは、サイタマの格納庫と病室の往復である。初日となる今日の行先は『玉鍵とラビが鹵獲したロボット』の見学であった。


 ただし厳密に言えばここはサイタマの格納庫では無く、様々な理由から他のロボットと離しておかねばならない特異な機体の保管場所だが。


 すでに簡単なレストアを終えたというブルーカラーの巨大トレーラーは、壁や天井から伸びるアームで保持された状態で変形システムを試される段階にきていた。


「あれが……人類側が使っちょる機体とあまり印象は変わらんのぉ」


 むしろあれに印象が似ているロボットもサイタマにはある。思ったよりずっとカッコいいロボットだ、それが大五郎の第一印象だった。


 青いトレーラーの名は『ザ・グール』と言うらしい。


 あれならかつて大五郎たちが乗っていたジャリンガー4のほうが、よほど異形のデザインだったと回想する。


「ダイゴロー、アレ、ミル」


「どうしたラビはん?」


 ラビが指さした場所はちょうど合体変形を終えて20メートル級のロボットになったザ・グールではなく、隔離棟の片隅で『KEEP OUT』のテーピングをされ雑に隔離された小さな機体だった。


(あの白い機体……確かサガで『パラディンメイル』と言われとった機種だっかのぉ?)


 玉鍵たまと天野教官がATを駆って死闘を繰り広げた最小サイズのスーパーロボット、パラディンメイル。


 大五郎の記憶ではミミィ・ヴェリアンという少女がサイタマ学園でのクーデター阻止のためにトンボ返りした玉鍵たまと共に、あの機体に乗って出撃したはずである。


(基地には辿り着いたものの、特別な搭乗条件があるせいで不具合が起きて活躍出来なかったとか聞いたの)


 大五郎にとっては学園が守られたという事実だけが重要であり、対クーデターで誰が活躍して誰が出来なかったかなどの話は気にしていなかった。


(もしもおいたちがあのまま銀河の手の中だったら、ジャリンガーチームの皆でクーデターに使われておったんかの。グナイゼナウやマグネッタたちも)


 銀河派閥の大人たちの手によって気付く事も無く心まで囚われ、子供の自分たちまで銀河の手先にされていた未来もあった。そう思い至ると大五郎はどうしても憤りを感じてしまう。


 ジャリンガーチームの4人のうち2人は日常に支障を来す障害を残し、マグネッタチームの2人はロボットに乗るためだけに人の体を失ってしまった。


 グナイゼナウチームはそういった目に見える害こそ無かったものの、倫理観の欠如していた水瓶博士に感化されていた彼らは十代特有の蛮勇が特に目立っていた。


 博士亡き後はこれまで繰り返した問題行動が表面化し、自分の行動を振り返る理性が戻った頃にはすでに遅い。今後の人生に影を落とす悪評を周囲に深く刻んでしまっていた。


 滅亡後も人々を苦しめ続ける銀河という怪物たち。もしあの一族が滅んでいなければ今もサイタマは、この日本という島国は狂った人間で溢れていただろう。


「チカク、ミル、デス」


「ん? おお、そりゃかまわんが。まず職員に許可を貰わんと。こういうところをおろそかにすると問題になってしまうからの」


 大五郎もラビもパイロット。申請自体はそう問題ではない。


 特に大五郎の場合、昔から年上に礼儀正しく人当たりの良い彼はジャリンガー4所属時代からも職員に好意的に見られていたので、その対応は早かった。


 さらに簡単な機体データもおまけに付けてもらえた大五郎は、それを心よくラビに渡してやる。


「アリガト、デス」


任せておけまかしんしゃい


 まだ短い付き合いだが、大らかな大五郎にラビもすっかり気を許している。


 全体的に華奢でともすれば女性にも思える顔立ちのラビは、遠目に見れば気安く異性と仲良くしているようにも見えた。


 ――――その光景を資材の影から覗き見ている二つ影。


(な、なんだろう、この感覚……)


 ひとりは大五郎と同じジャリンガー4に所属していた少女、先町テルミ。1学年上の彼とは幼少期からの顔見知りでもある。


 たまたま見かけた大五郎に何気なく声をかけようとしたところ、ラビの姿に気が付いたテルミはなぜか隠れて2人をつけてきてしまった。


 チームの最年長でいつも頼りになる兄貴分の大五郎。その彼が女性のような容姿を持つ少年と仲良くしている。


 その衝撃的な光景を目撃したテルミは何か良くない興奮を覚えて戸惑っていた。


 なおテルミが腐女子・NTRという業の深い単語に思い至るのは家に帰ってからである。


 そのような若い性癖を発露させている少女とは別に、もうひとりの影は人知れず静かにラビを監視する。


 場合によっては護衛を。だが、もしあの亡命の王子様がサイタマを裏切るような行動をしたら、そのときは――――それが彼に与えられた任務。


「……定時報告。異常なし」


 サイタマから特別に与えられた隠密の最新装備をまとった彼は、本来エリート層にはいられない一般層の人間。


 様々な要因からフロイト大統領直々に指名され、実績を積む機会を与えられたエージェント見習い。


 名は向井グントという。

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