第272話 文化祭準備スパート? 試作の看板デザートは墓穴から蘇る死者カステラ(内容物はチョコとクリームと台湾カステラです)

 月曜の放課後。学園の調理実習室を借りてひと仕事。


(んー、こんなもんか?)


 サイタマ学園でやる文化祭出し物はアジア系のホラー喫茶。そこで台北タイペイ都市に伝わるらしいメニューから台湾カステラってのを作ってみた。


 名前にカステラと付いちゃいるが生地の食感はずっと軽くてスフレに近いな。生地のタネに食用油と牛乳をふんだんに混ぜ込んでるからだろう。


 これに食紅を入れて色の調整を行い、墓穴に入れた石棺みたいなテイストにしてみた。棺の中にはブルーベリーを混ぜてうっすら青くしたクリームと、血の代わりのストロベリージャムを垂らす。

 そしてトリュフチョコで作った死体を入れている。死体と言ってもトリュフチョコを人型にこねて成形しただけの泥人形みたいな姿だがな。


 このレシピの利点は台湾カステラの制作に家庭用炊飯器を使えることだ。使った後は洗ってもしばらく甘ったるいにおいがして飯用に向かなくなるがよ。それに時間が経つとクリームが生地に染み出てくるからあまり保存が利かないのも難点か。


 カステラ生地と死体チョコだけ作り置きして、お出しするときにクリームを詰める方式にすれば回るかねえ。


 文化祭の開催まで1週間を切った。この喫茶のオリジナルメニューのラスト一品。ぼちぼち決定稿を出さんといかん。


「おぉー、これはもうお店クオリティ、痛っ」


 脇からニュッと出た花代がケーキ用のちっせえフォークを躊躇いなく刺そうとしたところを引っぱたく。外見ガワ含めて見本なんだよ、勝手に食うな。


「映像撮るからそれが終わってからな」


《日常の何でもない事でも映えるショットを撮って、空虚な現代人の乾いた自己肯定感を満たすのだナ。そして終わったら捨てると》


(商品をクラスの審査に回すだけだ。映像撮るだけ撮って食い物捨てるアホがいたらオレはブン殴っていいと思うぞ)


 クズの極みだ。そいつ自身が生ゴミみたいな人格のクソ人間だろ。リサイクルしても社会の毒にしかならねえから捨てっちまえ。


 端末で撮った映像をうちの面子に回していく。だいたいの連中はそれだけ見て『良いんじゃないいんじゃね?』くらいの感想のようだ。


 参考にならねえなぁ、なんかもっとこう意見言えや。採用するかは別だけどよぉ。


LF.<やっぱ食べてからでしょ。もって来なさい>


(あん? あ、やべ。赤毛ねーちゃんにまで送っちまったい)


《むーん、なんか短い文章なのにプレッシャーがあるナ》


(なんの相談も無くレーサーなんてやった事で珍しく小言貰っちまったし、まだ怒ってんのかね……)


 まあ赤毛ねーちゃんの側からしたら怒るのは分からんではない。事故って怪我でもしてたらカチコミの予定が狂っちまうからな。


 もちろんオレだってこれ以上あのピエロを好き勝手させたい訳じゃない。それでも知り合いに通す義理があったってだけだ。


 ――――本社を預かるCARSの統合AIは当初の目的である宣伝には十二分だとオレを賞賛してくれた。


 今期のレースはリタイヤするしかないとはいえ、本社からすればあくまで会社の宣伝が目的であってモーターレースはその手段でしかないんだろう。


 ……レーサーとして自覚を持ちレーサーとして散った11あいつは、やっぱりCARSの中で特殊な形に育ったAIだったんだろうな。


 へっ、何日も喪に服するようなやつじゃなくて悪いな11イレブン。死に別れは初めてじゃないんだ。


 飯食って寝て、次の日にはこうして平常運転さ。文化祭の準備も押してるしよ。


BK.<さすがにディテールが凝り過ぎている気がします。特にお墓の石を模した板チョコに字を掘るのはかなり面倒かと。見本のような精度では玉鍵さん以外で手早く精密に作るのは困難です>


 お、勝鬨かちどきから来たダメ出しは的確だな。そうそう、こういうのが欲しいんだ。


「あー、ベルっちはいっぱい食べられればいいタイプだからなぁ」


 相方の打った文章を脇から覗き見てきた花代が肩をすくめる。こいつにはすでに決定した別メニューの習熟を頼んでいたんだが、結構多彩なタイプのようですぐにコツを掴んでいた。


 最初に調理で手を挙げた初宮やアスカは飯自体は問題なく作れるが、デザートの造形に関しては素人丸出しだったからな。凝った作りのデザートはちょっとした立体の細工物みたいになるから、あれでわりかし難しいんでしょうがねえ。


「このチョコで作ったお墓が雰囲気だしてて良いのに。まあ文字まで掘って本格的すぎるのは――――Champion、11?」


勝鬨かちどきの指摘はもっともだ。本番用は適当に文字っぽく引っ搔くだけにしよう」


「あ、うん」


 AIに墓なんて無い。底辺にもそんなものは無かった。


 けれどあのクソみたいな下層でさえ、オレたちは壁に刻んだんだ。いなくなったやつの名前をさ。国に番号で呼ばれるなかでも。


 文化祭ってのはつまり祭り。それも今回はホラーを題材にした死人や幽霊のカーニバル。亡くなった連中を交えての宵闇の宴。


 11イレブン。おまえの名前をちょっとだけガキのお遊びに付き合わせてくれや。










<放送中>


「これでシミュレーションの上では要求された性能はすべてクリアしました……テストとしては甚だ不十分ですが」


 突貫にもほどがある作業であったが、サイタマ大統領によって立案された『スカルゴースト計画』のキモとなる機体はついに完成を見た。


 この報告を大統領自身に直接目通りして伝えたプロジェクトの主任は肩の荷が下りたと感じる一方、まだまだ気が休まらないとも感じていた。


 パーツ自体のテストが不十分すぎる。仮想上でのテスト回数でさえ通常の10分の1に満たない。これを実機として建造した場合、下手をすると組み立てるパーツのすり合わせ自体がうまくいかない危険性まである。


(せめて実機の建造を現場で見てやれればいいんだが)


 極秘裏に開発することが最優先の環境上、通常のスーパーロボット建造とは明らかに異なる制限が開発陣にも建造班にも重く伸し掛かり、とてもおのおのの部署の意思疎通やサポートが万全とは言い難い状況であった。


「Great。本当によくやってくれたわ」


 主任の不安を察しているだろうに、それでも満足気に頷き彼を労う赤毛の美女の名はラング・フロイト。


 若くして大日本に反旗を翻し、クーデターによってサイタマ都市の独立を成し遂げた女傑である。


 その影響はこの島国の地表・地下にある6つの都市に瞬く間に広まり、今やサイタマこそが世界の目から見ても大日本に代わる新たな国家となりつつあった。


「すぐ建造班にデータを送るわ。打ち上げ場所への輸送とロケットへの格納準備を考えると今日中に建造しなければならなかったから、きっとヤキモキしてるわよ」


 主任もそれは聞いている。だからこそのデスマーチであり、もし本当に間に合わない場合はハワイでの建造を依頼せねばならなかった。


 サイタマの英知を結集して設計したロボットをだ。主任たちはそれが嫌だからこそ必死になったまである。誰が自分が苦心して生み出した子供を他に預けたいか。


 しかもこの種類のロボット建造技術はハワイよりサイタマのほうが明らかに勝っているし、そもそもサイタマの建造精度を前提にパーツの設計をしている。他で作った部品ではまともに動かない可能性が高すぎた。


「念のため申し上げますが、とんでもなくピーキーな仕様です。おそらく正常に稼働するのは2時間未満。全力戦闘は1度が限度かと」


「……限界の限界をそぎ落とした機体ですものね。乗り込む訳じゃない私が言っていいセリフでは無いけれど――――あの子も覚悟の上よ」


 つい蛇足の言葉を並べてしまったと感じ、主任という役職を全う仕切った男は痒みの強い頭を掻いた。


 まずは死ぬほど寝て、それから数日ぶりに風呂に入ろう。


 そう考えていた彼が次に目覚めたのは医療室のベッド。


 大統領室で事切れるように倒れ、眠った時間は12時間あまり。連徹記録5日目の出来事であった。











〔次のニュースです。関係者間で騒がれていたCFSグランプリでのチーム・アオバの不正疑惑について、アオバを擁する会社青葉から正式なコメントと合わせ関係者の謝罪会見が――――〕


 基地から帰宅中のCARS14フォーティーンの車内モニターに流れる報道映像に目を止める。


 そこには鼻に包帯を厚く巻いたタコ女と、その親父である会社社長の姿があった。


 この親子がカメラの前にそろって出てくるのはこれが初めてか? ニュース自体はもう何度も観たがよ。いい加減ゲンナリだぜ。


「社長自ら顔出しで謝罪会見とか、結構思い切ったわね」


 画面の向こうで殊勝な顔をしている親子に向けたかのようにハンッ、と小馬鹿にした感じに鼻を鳴らしたアスカが座席にふんぞり返る。


〔実の娘の不祥事という事もあるでしょうが、社の利益を守るために徹底的に損切りするクレバーな判断なのだと思われます〕


 14フォーティーンの言葉は数時間前にCARS本社を訪問した青葉社長からの直接の謝罪を分析したものらしい。


 チーム・アオバのオーナーをしていた娘がやらかした事が大きく世間に広まる前に、火元をパージした事をアピールする事でとっとと火消しにあたる選択をしたらしいとの事。


 ボヤを隠さず公表して、心象からくる業績へのダメージを抑えたいって魂胆かね。


「刑事罰は無理そうだと聞いたけどさー、なんで?」


 車内に備えた棒付きキャンディを加えていたミミィが、小さい口からマスカット色の飴玉をツルンと出して疑問をぶつけてくる。


「大した罪に問えないからだよ。殺人依頼ではないし、間接的な殺人未遂で立件してもその程度は金を積めば釈放されちゃうの」


 答えてやった初宮が自分で言って不愉快だったのか顔をしかめた。


「ラングもいずれその辺は厳しくするらしいけどね。法律の公布となると段取りがあるみたいよ」


 唾を吐きたそうな口ぶりで初宮の後を続けたアスカもミミィにならい、包装紙をはがしてオレンジ色のキャンディを齧り出す。


 車内にフルーツフレーバーを付けたあまったるい香りが漂う中、チラリとこちらを初宮はさっきからオレに何かを言いたそうにしていた。なんか用か? 黙ってたら流すぞ。おまえはもっと自主性を養わねえとな。


(アオバはこれでいいとして、友大を撃ったほうはまだ捕まっていないのか……こっちはオレとCARSで落とし前をつけたほうがよさそうだな)


《実行犯はもう死んでるかもだけどネ。殺人依頼ともなると依頼主も口封じが前提でない?》


(まあな。その辺を気を付けるプロに依頼するようなケースばかりじゃあるめえ。食い詰めた三下に銃でも渡してパンパン、後は金を払う場面で殺して証拠隠滅ってのは定番だよな)


 ドン詰まりのチンピラなんてどんなに慎重に動こうとしても権力者の掌の上だ。アウトローでも使われる側ってのはそんなもんさ。


「ねえCARS、今後もレースは続けるのよね? ――――ドライバーの当てはあるわけ?」


〔候補はございます。また来シーズン以降に向けてCFS運営より規約改定が通知されておりまして、ある程度のまとまった人間スタッフの動員も必須となりました。そこにちょうどよい物件が件のアオバよりチーム単位で放出されていたため、目下交渉中でございます〕


 こちらから視線を逸らした初宮が、なんか『ドライバー』の単語に妙な含みを込めて14フォーティーンに問いかけた。


 それを受けて14フォーティーンが先にオレに言っていた話を明かす。


(チーム・アオバの城、城、なんだっけ? あのレーサーの名前。城なんとか)


《カスミの嬢?》


(それは間違いなく違う)


《途中からビーチバレーになったりしたくノ一格闘家。あれはエロかったネ。でもシリーズが続いているうちにコスチュームがすっかり迷走してノゥ。初期コスが一番エロカワイイ。あれは白も青もどっちも好きデッス》


(分けわからん愚痴を吐くな。同意を求めるな。二重三重にボケるな。拾えねえよっ)


 イタい格好の古代の特撮ヒーローの相棒とか知らねえわ。戦利品で出た大昔の娯楽作品の映像を片っ端から買ってるオレくらいだろ。


《でも曰くありの妹も勝気な感じであれはあれでスキ》


(拾えねえって言ってんだろ! 脳内で畳み掛けてくんな!)


「目ざといわね……もう粉かけてんの?」


 しっかり戦績を残してるチーム丸ごとの放出、いや謀反だ。資本体力があって他企業の顔色を伺う必要がない企業ならそりゃあ買い上げるだろうさ。

 CARSの場合は先任のスタッフもいないからその意味でもちょうどいいだろう。新しく雇っても首を切る必要さえない。


 メカニックに類する技術者を他所から雇えれば、CARSが欲しい分野の技術も間接的に手に入れられるかもしれねえしな。契約で技術流出を縛ってようと、結局こういうところからうっすら漏れるもんさ。


 ……次のマシンはCARSが苦手としていたブースターの耐久性が向上するかもな。出来ればもっと安全になってくれよ。


「このおばさんはいい気味ぃー。チームが無くなっちゃったねー」


「……なんだ、じゃあ玉鍵さんはもうレースはしないんだね?」


 初宮のほっとしたような一言に違和感を感じる。


 まるでオレがパイロットを辞めて、このままレーサーを続けたいような口ぶりじゃねえか。


〔左様です。CARSとしては引き続き玉鍵様にメインドライバーを務めていただきたいのですが。残念ながら来シーズンの契約は断られてしまいました〕


「えー? どうして? たまちゃんさん結構楽しそうだったのに」


「ミミィ、喋るときは物を口から消せ」


 甘い香りをさせて顔を近づけてきたピンクの頭を押さえる。ふごっという声を上げて大げさに仰け反ったアホを席にそのまま戻し、答えを待つようにこっちを見ていたアスカたちに口を開く。


「楽しいかそうでないかなら楽しかった。けど、パイロットを続ける限りレーサーを本職にするつもりは無い。今回引き受けたのはCARSへの義理と……友大の話があったからだ」


 戦うべき場所、死ぬべき場所以外で殺されたやつの無念。それが同じ戦ってる人間として気に入らなかった。


 やるならレースって土俵で叩き潰せよ。それをしないで何の正当性を主張するつもりだ? 殺しを依頼したタコ野郎が。


14フォーティーン、友大を殺した連中を見つけたら(オレにも)教えてくれ」


〔そちらはCARSの総力を挙げて有力と思われる命令者を洗い出しております。しかし、直接の制裁は難しいかと〕


《あー、たぶん大企業の幹部とかだろうしナー。青葉の時みたいに黙って通してはくれないよネ》


 チッ、金持ちは金持ちってだけで身を守る方法をしっかりしてやがる。なんとかうまいこと暗殺するか。


〔ご安心ください。こちらはかならず我々がかたきを討って御覧に入れましょう――――玉鍵様、あなた様はどうか手を汚されるような事のございませんように〕


「タマぁ、変な事考えてんじゃないわよ? それより帰ったら出来上がってるあんた用の制服に袖を通してよね。もうあんただけよ、手直ししてないの」


 あー、そういやもう本職に発注したキョンシー衣装が出来上がってんだっけ? オレの衣装はレースと訓練とメニュー開発で忙しくて、もうクラスに投げっぱなしだったからなぁ。


「(オレの)要望が反映されていればいい」


 露出控え目で丈長め。飯屋切り盛りするのに不便の無いデザイン。ずっと裏方をやってるつもりだから服にそこまで気合はいらないわ。


 ……いや、裏方とか関係なく中身が野郎なんだから服に女みたいな気合はいらねえんだっての。あ、あぶねえ、なんか女の部分に浸食されてんぞオレ。疲れたか?


「たまちゃんさんのコスはメッチャ気合が入ってるんだよ! ミミィも自分のを参考にしてデザイン手伝ったんだ」


「待て。おまえのデザインを参考にしたと聞こえたぞ?」


 パイロットスーツに変形ビキニみたいなもん平気で選んでるこいつのセンスで作ったら大事故が起きるだろ!?


「丈が股下2センチはどうかと思ったから修正したよ。スパッツ穿かない前提なのにミミィちゃん露出に抵抗が無さすぎなんだもの」


《スーツちゃんのデザインチェックはOKデース。なので素通しで大丈夫。スーツちゃんの攻略本だよ?》


 なんにも大丈夫じゃねえわ!

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