第257話 少年の抱く青い野心? それはそれとしてサイタマ学園、文化祭準備中
※今回主人公パートはありません。
<放送中>
ラビ・フィアナが目を覚ましたのは二週間に及ぶ遭難生活から生還し、丸1日が経過した昼過ぎだった。
脱水と栄養失調、そして疲労とストレスからくる衰弱によって体の芯から体力を削り取られた少年。彼がまともに思考できるようになり、ベッドから上半身を起こせるようになるまでさらに1日を要した。
(当たり前の日常が送れるって、素晴らしい事なんだな……)
トレーに用意された消化効率優先の薄いスープと素朴なパンを口にして、しみじみとその味わいを噛み締める。
点滴による味気ない栄養補給から、軽い食事ながらも経口摂取に切り替わったのがこんなにも嬉しい。
まだ重いものは出せないしサプリメントなどを併用するが、近いうちに普通の食事が出来るようになると看護師からも言われている。
何より自分の足でトイレに行けるようになったのが何より喜ばしかった。
「だいぶ体調はマシになったかしらね? フィアナ」
「おかげさまで。改めて救助と治療を感謝します、
互いに自己紹介を終えたのち、やや気安い口調で話しかけながらベッドの横にある椅子に座った女性にラビは本心から感謝を述べた。
ラビから彼女への第一印象は『迫力のある大人の女性』である。いささか陳腐な言い回しをすると、その燃えるような赤毛に相応しい熱量を持つ実力と自信を兼ね備えた強者であり、人生の成功者と映った。
彼女の名はラング・フロイト。ごく最近に大日本国からサイタマ都市を率いて離脱した独裁者という触れ込みが、ダブリン都市に属するラビという少年パイロットの知っているすべてである。
「先日も簡単な聞き取りはしたけれど、これからサイタマのSチームからもう少し詳しい事情聴取があるわ。担当するのはちょーっと恐い顔のおじ様だけど、別に取って食べるわけじゃないから気負わずにね」
他都市の遭難者ひとりにわざわざ見舞いに来た大統領。そのトップらしからぬ対応にラビは自分の生まれからくる配慮を感じた。
「タマからも貴方の事情は聞いているわ。希望するならサイタマは亡命を受け入れるつもりよ。まあ、都市の税金だけであまり良い暮らしはさせてあげられないけどね」
小さな皮肉が入ったジョークにラビは苦笑し、首を横に振る。
おそらく大統領はラビの事を扱いかねているのだろう。なにせ暗殺されかけた他国の王子だ、厄介事なのは間違いない。
たとえごく最近になって突然序列が繰り上がってしまっただけの、ほとんど平民と変わらない少年であろうとも。
「生まれの血筋はともかく、
義理の両親も血筋を辿れば中々の名家であるものの、数代前の先祖が野に下ってからは一般的な家庭と変わらない程度の収入しかない普通の都市民である。
それでも名家の出として礼儀作法は必要と、物心つく前から貴族としての嗜みをラビは義両親から教えられてきた。
実際は貴族どころか自分が王族の血筋であると知ったのはごく最近の事。これまでの教育は義両親の先祖が名家であった事からくるものではなかったのだ。
ラビにも貴族としての教育が施されたのは、養子に出す際にあらかじめ国から義両親に命じられた事。ラビは序列の高い後継者たちにもしもがあった場合の予備として教育されていたのだ。
もちろん序列通りに権力が推移すればラビには王家所縁と明かされず、そのまま義両親と同じ『先祖が貴族なだけの平民』として生を終えるはずであったのに。
「ホント、困ってます。詳しい話を知ったのはほんのひと月そこら前なんですから」
「厳しい事を言うけれど、自分に降ってきた火の粉を払えるのは自分の手だけよ。身を縮めても逃げ回っても、一度付いた火は消えないわ。今後の立ち回りをよく考えるのね」
「恥ずかしくても死にたくないから女装までしたのに! それでも狙ってくるような相手ですよ! もうどうすればいいのか分かりませんよ!」
別に女装の趣味はない。この姿はいわばダブリンの伏魔殿に巣食う権力者たちに向けての白旗だった。
事故を装って暗殺しようとする輩に口で言っても効果はあるまい。だから身を切ったのだ。
ラビなりに道化を演じて王の座に興味など無い、相応しくないとアピールしたつもりだったのだ。自分が思うよりずっと女の姿が似合ったのは酷い皮肉であったが。
それでも権力闘争の最中に放り込まれたくないという、育ちが平民であるラビ・フィアナという少年なりのあがきだった。
「それは他人が『こうしなさい』と教えられる事じゃないわね。特に私みたいな立場の人間が言うと誘導みたいに言われちゃうし――――けど、国にクーデターを敢行した人間として一言だけ言うわ」
ラビの目を見た赤毛の女傑は、まるで自分にも言い聞かせるようにはっきりと言葉を紡いだ。
「『正しい手順で守れるものばかりじゃない』。……世界って狡いやつが得をするようになってるの。この国にも『正直者はバカを見る』って言葉があるくらいにね。だから何が何でも得たいものがあるなら、それこそ逃げず隠れず戦いなさい」
悪党に降参しても骨の髄までしゃぶられるだけよ。最後にそう付け加えると、サイタマの大統領は席を立って振り返ることなく部屋を後にした。
「戦うって……本当に王位継承レースに参戦しろとでも言うのか?」
それは図らずも遭難中にラビも考えていた事。
初めは自分をこんな目に遭わせた黒幕に復讐したいがために考えもした。遅ればせながら王族のプライドを持ったような気になって、敵に復讐する未来を思い描く事で最後の気力を繋いでいたのは事実だった。
けれどあの地獄から生還し、ベッドの上で気が抜けてしまってからは『王子のラビ』ではなく『平民のラビ』が顔を出していた。
復讐なんてどうでもいい。相手がもう手を出してこなければ有耶無耶でも構わないと。
だがあの赤毛の大統領から伝わってきたニュアンスからは、『平民のラビ』をダブリンの国務顧問派閥から絶対に守るという意志は感じられなかった。
人道的な意味で義理は果たすが、サイタマ都市としてはそれ以上の事は保証しかねる。その程度の感覚。
しかし同時に別方針であればサポート出来ると仄めかしてもいた。
「
平民のラビが泣きながら逃げ隠れするのを助ける気はないが、『王子のラビ』として血を吐いても戦うならバックアップしてやる。あの赤毛の独裁者は暗にそう告げている気がしてならなかった。
「あの子……タマカギならこんなもの迷わないんだろうな」
『ゲート』から出る直前のやり取りはよく覚えていない。ラビは何かしら訴える玉鍵に日本語で怒鳴られ、訳が分からないうちに失神してしまった。聞き取れたのはせいぜい『パラシュート』くらいである。
事情を把握したのは目を覚ましてから観た『スーパーチャンネル』の映像でだった。
ラビに出会うまでの戦闘の鮮やかさ。乗り込んでいた敵戦艦を使っての豪快な肉弾戦。
そして落ちてくる核ミサイルに向けて、片道キップ上等の大ジャンプまで敢行したその決断力。
敵艦
同時に彼女の向けてくれた力強い優しさを思い出す。
弱っているラビを元気づけようと励ましてくれた優しさ。女装している事に一言も言及しない気遣い。そして最後まで見捨てずにいてくれた強さを。
(……もしも、もしもの話だけど。彼女と付き合うだけの資格に何が必要かと考えたなら。きっと色々な資格が必要だろうな)
相手は世界が注目する時の人。今後も多くの恩恵を人々に与えては不動のエースであり続けるだろう。ならばそのパートナーとて世間に恥ずかしくない人間であるべきだ。でなければ誰からも笑われて祝福などされまい。
必要な物は能力? 財力? 地位? 名誉? ――――あるいは出生。
そう。例えば『王子様』くらいの立場はいるだろう。
<放送中>
「まさかお化け屋敷の設計をすることになるなんて……」
愚痴りながらも自らの端末を弄って淀みなく製図していくベルフラウ・
グラウンドに建築予定のお化け屋敷の迷路は中々に大きい。これを用意したゴーグルに3Dホログラフを使って擬似的に表示し、素人でも設計図と睨めっこせずに組み立てられるよう設える。
迷路自体はレンタルしたコンテナやカーボンパネルを組み上げて作るプレバブ式の簡素なもの。これに内装を加えてアジアン風のホラーハウスにする予定になっている。
いくら生徒が減ったとはいえ普通授業はある。さすがに文化祭の準備のためとはいえ2週間以上もグラウンドを占拠するわけにもいかないため、他で作ったパーツを前日にドッキングさせる手筈だ。
そのためにもベルフラウの引く設計図が重要になる。組み立て前日になってパーツが合わなかったり、余分なパーツを作っているようでは困るのだ。
「中央にはお化け屋敷のセーフゾーン兼イベントステージとしてホラーがテーマのカフェ。その入口周りに同じくホラーがテーマのアジア風の屋台通り。うーん、思った以上に大規模になったわね」
横から端末を覗いてきた先輩、先町テルミがこれから建築する出し物の規模を正確に把握して唸る。
「1年だけじゃなく2年も3年も巻き込みましたからね。玉鍵さんが声を掛けたとミズキが言ったら二つ返事のクラスばかりだったそうですよ。おかげで設計するサイズが本格的な規模になっちゃって」
「ちょっとしたテーマパークレベルね。資材足りるのかしら」
〔そこはあーしに任せてちょーだいな。もう廃棄するコンテナとか親戚のおっちゃんトコにいっぱいあるから。スクラップにする前に貸してもらうんだ〕
テルミの懸念に答えのはスピーカー越しの明るい声。
AT部の
「いやー、操作の練習にもなるしお金も入るしで、あーしのクラスだけじゃなくAT部としても願ったりだよ」
重機の代わりとしてATを用いた運搬作業を任されたAT部は、ここまで滞っていた部費の代わりのように学園側から機材運用費を渡され一気に懐が温まっていた。
「大丈夫なの? 親戚とはいえコンテナなんていくつも」
同級生のテルミの心配に、当のつみきは手を『平気だ』と言うようにヒラヒラさせて応えた。
「その親戚のおっちゃんトコからL級の新中古品を3台買うおまけだよ。鹵獲したH級がそのまま貰えたから下取りに出して。まあ現物同士の
学園でのテロに使われたH級ATのうち何機かを強奪したつみきたちは、その所有権を学園を通して都市と交渉した。その結果、テロの鎮圧に協力した点を鑑みて正式に学園側に引き渡されたのである。
ただAT部の使っている機種はL級で統一しており、つみき含め部員たちはH級に馴染みが無かった。またテロに使われた機体をそのまま使う気にもなれず、売却してL級の機体購入費に当てたのである。
破損品が多いため機数のわりにお金にはならなかったが、つみきの親戚であるスクラップ屋のゴウダはATの販路も持っているので、ゴウダから直接購入する事で相場より安くしてもらっていた。
なおコンテナの貸し出しはつみきの粘り強い交渉の成果であったが、それを周りに自慢するほど無粋な少女ではない。
「これでやぁぁぁっと大会分の5台揃ったよ。まあ予備パーツがぜんぜん無いから安定して戦えるかと言うとまだまだだけどさ。あーあ、あーしも早く出撃して稼ぎたいねぇ」
「教官がサガから戻ってくるまで無理だと思いますよ。もし許可なく出たら……生きて帰ってこれても鬼を見ることになるからやめといたほうがいいです」
「教官の野暮用ってサガ都市反乱の鎮圧だったのがビックリだよねー。しかもたまさんと2機のATで空挺作戦って。たまさんがスゴイのは当然として、教官の腕もやべーっしょ。そこらのAT乗りじゃ出来ないよ」
オーバーなリアクションで降参のジェスチャーをする同級生。
ベルフラウとの会話内容とその返答内容に微妙なズレがあるのは、それだけサガで起きた戦闘に同じAT乗りとして関心が強いからだろう。
なおテルミはあの日のサガにいた当事者のひとりだが、玉鍵と天野教官のコンビが行った詳しい戦闘内容についてはつみき同様に『スーパーチャンネル』の特別放送で知ったクチだった。
「最小サイズとはいえ仮にもスーパーロボットをATで倒すとか、たまさんマジパネェ」
『スーパーチャンネル』は基本的にSワールドに向かうパイロットたちと、その活躍が放送される番組。
しかし過去にそれ以外で放送された特別回がある。それはこちら側でのパイロットの活躍が放送された回だ。
そして驚いた事にこの特別放送がこのところ多発していた。
例えば学園を占拠したテロリストたちと戦ったつみきらも、その活躍を特別放送として取り上げられている。同じくサガでの戦闘や、第二基地で起きたアウト・レリックの暴走の件も。
だがやはり一番クローズアップされていたのは先週も今週も、とある特別なパイロット――――
〔春日部、新しいトラック来たぞ〕
――――ちょうど通信から漏れた音声の主、ワールドエース玉鍵たまだろう。
都市を核ミサイルから救ったかの少女は、そんな事はおくびにも出さずにいつも通りの顔で割り振られた文化祭の準備をこなしている。
「おっと、お仕事お仕事。たまさん、こっちそろそろ場所が一杯っスー」
〔分かった。トラックは裏手に誘導する〕
「よろー。
インカムからの音声を聞いたつみきは嬉しそうにゴーグルを付け直し、ベルたちに手を振ると白と青の美しいカラーリングを持つスコープダックに飛び乗った。
サイタマ学園の制服のままで乗っているせいで短いスカートから中身がもろに2人に見えたが、別に女同士なのでちょっと気恥ずかしいだけである。
ただ揃って『ギャルっぽくないショーツだな』とは思った。
春日部つみきが今日穿いているのは、あの日に見たもっとも尊敬しているAT乗りの穿いていたものと同じメーカー製で同じ柄。
白と青のボーダーであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます