第246話 ここは地の果て? 特に野心は無い

<放送中>


 サイタマ都市に限らす日本列島に点在する3つの都市、すなわちトカチ、サイタマ、サガの外周には巨大な壁がそそり立っている。


 かつて巻き起こった都市間戦争の名残りであるが、このうちサイタマは壁の高さが他に比べると低く少ない。これは都市間戦争の終結後に破壊された壁の再建がようとして進まなかったからである。


 ただし、その理由について当時の大日本政府から都市民に明確な説明はなかった。


 一般論で考えられる理由はいくつも推測される。主に考えられたのは再建費用の捻出に苦慮したため、戦争終結に伴い別の事に税金を優先的に回すためというお金にまつわるもの。先立つものがなければ人手も資材も用意できないのだから順当であろう。


 そしてこれは当たらずとも遠からじの推測であった事が、大日本政府からフロイト政権になったことで解明された。


 なんの事はない。再建に掛かる費用が権力者たちによって中抜きされていただけという、どこの国でもよくある話でしかなかった。


 もはや言うまでもなく、多くの罪人たちの出自は悪名の更新が止まらない銀河の関係者たちである。


 ――――過去の悪事が暴かれていくたびに無表情になる調査員たちの事はともかくも。この話の要点はもっと単純な事。


 サイタマを囲む物理的な守りは低く薄く、壁を管理する末端の職員らもまたその勤務態度はお察しである。

 過去に銀河の武装飛行船が都市内に乗り付けてきた反則はまだしも、他の都市に比べれば壁を通る方法は多く存在した。


 例えば都市の中に潜んでいた小集団が秘密裏に、あるいは暗黙の了解としてそっと壁を越えて外に出られるくらいには。


 フロイト政権による都市権限の浄化政策は順調に進んでいる。小遣い稼ぎに賄賂の受け取りや汚職を行ってきた末端職員に至るまで、いずれ法の名の下に槍玉に挙げられるのは時間の問題であろう。


 しかし、今ではない。


 その日、サガ方面に向けて都市を出て行った集団の記録が残されることはなかった。


 なぜなら都市の出入りの管理をする職員たちにとって、それが金を払う限りにおいて記録上存在しないからである。








 赤黒く脆そうな岩肌と、消えることのない砂埃。乾いた空気を容赦なく貫いて降り注ぐギラついた太陽の日差しは朝っぱらから焼けるように熱い。


 大地は硬く、生ぬるい命を受け入れることのない厳しい世界がどこまでも続いている。


 ここは荒野フィールド。その真っ昼間。


 もう暑い・・じゃねえ、鉄板の上を走ってるみてえに熱い・・わ。こいつあんまエアコン効かねえな! 体温調整してくれるスーツちゃんを着てなかったらとっくに汗だくになってるぞ。


〔低ちゃんは~荒野の~デリバリーヘルスさ~♪〕


「断じて違う! 誰が出張するお水の姉ちゃんだ。このクソ暑いのにわざわざ操縦席のスピーカー使ってラジオみたいな音質で曲を流すなっ」


 知り合いにごちゃごちゃとあったが出撃日。サイタマで申請していたから一旦地下から戻ってきた。


 まだまだ心配なところはあるがオレにもオレの人生がある。ずっと他人の面倒は見てられねえ。


 そしてオレの人生と言ったらパイロットだ。


 生まれた最初からドン詰まりで人間扱いされていなかったオレにとって、Sワールドパイロットって肩書は人権とワンセット。


 パイロットになったあの日から、オレにとってこの職業は二度と手放せない宝物だ。


 オレはパイロット。自分がそうだと思っていられるうちは安心できるから。


 あのゴミ溜めみたいな世界に……底辺層の扱いさえマシに思える環境に戻りたくない。だから何度死のうがオレはロボット乗りを続けているんだ。


 正直な話、うまいこと引退まで生き残ったらどうするかなんて具体的には考えてねえ。いずれ年齢制限で乗れなくなる日が来るとしても、最後までパイロットで居続けたい。そんくらいだ。先の事なんてさっぱりさ。


《ドライブと言ったらラジオやカーステから流れるノスタルジックな流行歌でショ? 今日のナンバーは金属生命体なダンゴ虫に乗って運び屋をしている陽気な姐さんの歌デッス》


「説明されても分からないとかある? そも金属生命体って何?」


《他にライオンとオオカミ。後半になると謎の味方としてプテラノドン×2も出ます。個人的に皇子様は実は女の子展開だったらもっと良かったナ。メインヒロインと主人公を取り合ってほC》


「性癖で作品を評価すんな。っと、ぼちぼち合体しとくか。ホバー移動で楽だからついボケッと走りすぎちまったい」


《荒野で大きなタイヤを使って走るのは砂煙が上がって映像的ロマンはあるけど、乗ってるドライバーからしたらデコボコでしんどいだけだもんに。路面を気にしなくていい浮遊移動は最高》


「フレームと幌だけのバギーとか、あの辺の粗野な見かけの車は嫌いじゃないがね。けどやっぱ過酷なところは窓とエアコンが無いといかんなぁ」


 荒野フィールドには夜の時間帯に出撃したことがあるが、やっぱあん時とは気温が大違いだな。


 同じフィールドにいた星川ズと連携して、帰りになんでか知らんがエリート層に迷い込んじまってと色々あったもんだ。


 まあ今回は知り合いで出撃しているやつはいないし、オレも基地から注文受けてる訳でもない。好きに戦えて好きに逃げられる。


 気楽なもんだ。戦闘ってのはこういうのでいいんだよ、こういうので。


 掟もルールも何も無い。責任持つのは自分の命だけ。それが一番楽ってもんさ。


《汗だくの美少女も見かけは実にイイケドナー。高揚した肌、濡れて透ける服、伝う雫。素晴らしきかな新陳代謝》


「雑談をいちいちそっちに持っていくな。女だって汗かいて時間が経てば普通に臭えだけだぜ?」


《ムムッ? 低ちゃんの汗を吸ったジャージ、これは大金が動くアイテム!》


「売るか! 帰ったら洗剤にでも浸けるわい」


《今回は普通の白ジャージの下に、スーツちゃんがモーフィングした例のパイロットスーツ着用デッス。においも汚れも付かないからインナーとして最優秀でありマス》


「誰に何を説明してんの? たまに外宇宙から電波でも受信してんじゃね?」


《なおわっちは水着やレオタードにはなっても下着にはモーフィングしんセン。ただしパイロットスーツはインナーの機能があるだけで下着そのものじゃないからセーフとしマス。そこんとこ夜露死苦ゥ!》


「その拘りは知らんがしなくていい。というかわっちなんて一人称初めて聞いたわ。それ以前にオイランガールとヤンキーで合体事故を起こすな。ああもう、突っ込みで息切れするっての。いいから合体準備だ」


《あいあい。ギャリーB、合体信号を正常に受信。増速しつつギャリーAと軸線合わせ。ドッキング準備》


 予定通りに搭乗したのは30メートル級のスーパーロボット『ワーカーギャリー』。2機合体の陸戦型だ。


 オレの乗ってる上半身部になるギャリーAはホバー式。ロボット形態で背面ローターになる部分がくっ付いているのを利用している形だな。動きが滑らかでタイヤ式より楽だが周りに砂埃が舞うのが難点っちゃ難点だ。


 一方、下半身部に該当するギャリーBは3輪式。なんでよりによって一番コケやすい3輪なんだか。下手すると制御にコンピューター噛ませた1輪式のほうが安定するぞ。


 合体後のロボット形態はスモーレスラーみたいなずんぐりとしたシルエットになる。人は乗り物に女の名前をつけたりすることが多いが、こいつは間違いなく太っちょの男の子だろ。


 そのわりに背面に搭載されている大型ローターによるホバー機構の恩恵によって見かけ以上に身軽であり、完全な飛行こそ出来ないが短時間の滑空能力と、その滑空ができるだけの高いジャンプ力を備える。まさに動けるデブって感じだな。


 基本色の明るいグリーンの色味といい、跳ねるメロンみたいなコミカルさがあって個人的には嫌いじゃないぜ。


 ズンッ、という振動と共にギャリーBが後部に接続され、ロボット形態時の操縦形式に切り替わったのを操縦席のランプで確認。右足のフットペダルを踏みこんで背面ローターと各部のスラスターを大きく吹かす。


 うつ伏せで寝そべっていた人間が上半身を逸らしつつ足を手前に引き込むようにして、極めて簡素な変形を終えたワーカーギャリーが立ち上がった。


 グワッと操縦席がせり上がって高くなる感覚はエレベーターのすごいやつって感じ。視点が一気に高くなって遠くに見えていた地平線がより顕著になる。こういうところで落ちていく夕日を見たら綺麗かねぇ。


《合体すると全高が高くなるから見つかりやすくなるし、平面で考えると背が高いほうが射線が通りやすいデヨ。超遠距離の攻撃に気をつけてネ。》


「あいよ。二足走行でも思ったより足回りの衝撃はこないな。30メートルの高さだしもっとグラグラするかと思った」


 合体後も止まることなく足で走り続けるギャリーは、荒野をふたつの足で交互に踏みしめ進んでいく。雑な見かけのわりに走行の振動は少なくて地味に助かるぜ。ロボットによっては慣れてるやつでさえゲロることになるからな。


 ちなみに合体後にキメポーズとセリフを叫ばないといけないロボットも多いが、こいつは特にそういうのは無い。性能以外だとこの辺も気に入ったポイントだ。


 乗るからには割り切るにしても、選べるならそういう恥ずかしいのはなるべく選びたくねえもん。


《遮蔽物もほとんど無いから見晴らしも良好だネ。でもギャリーはそこまでレーダーは効かないから、電子装備の方は信用しないほうがええデ》


「外も内も見かけからしてレトロだもんなぁ、コイツ。電子装備はお察しだ。レーダーに至っては平面表示で光点がチカチカするやつだもんよ……これホントに動いてるか? レーダー波の表示が無いからイマイチわっかんねえ」


 当初ワーカーギャリーはSワールドにおいて戦闘以外にも、採掘した資源の運搬なんかの重機めいた運用も兼任として考えられていたロボットだ。そのせいか操縦形式からしてハンドルとクラッチ、後は各種レバーとフットペダルで操作するってタイプで、まさしく車や重機の延長みたいな代物になっている。


 これでも細かい動きは思考トレース式らしいんだが、あくまで指先とかの本当に細かい部分であって基本操作はモロにアナログだ。


《各種電子装備は正常に稼働中。現在レーダーに感なし。でも地面に比較的新しい移動の痕跡があるし、この方角へ機械的な物体が通ったのは確実でショ》


「これまでSワールド突入直後に敵と出くわす事が多かったから身構えてたが、今回はこっちから探すくらいとは平和なもんだ」


 シャトルからの降下時に遠方に小型の敵も何機か見えたから、最近よく戦ってるSRキラーとタイマンのフィールドってことも無いだろう。


 つーかあんな鬼畜仕様を何機相手にさせる気だよ。このペースだと引退どころか一年も待たずにダブルスコアになっちまうぞ。そんなポンポン戦う相手じゃねーわ。出会っちまうから仕方なく戦うだけで、別に好き好んでSRキラーの相手なんてしたくねえっての。


《それだけ敵の散開が広いって事でもあるし、見つけた相手を積極的に狙っていかないと時間が掛かるニィ。いっその事おびき寄せる?》


「そりゃ花火を上げれば嫌でも寄ってくるだろうがよ。待ち構えるつもりで包囲されたらたまんねえよ。このまま追跡だ。発砲はギリギリまで控える」


 今は降下中に見えた小型の敵がいる方向に移動している最中。欲張らずに見かけた2、3機を倒してとっとと帰るつもりだ。


 というかそれが普通なんだ。今回のリスタートは出てくる敵の数と強度が毎回バカすぎらぁ。前世だと3機も倒せれば食ってくだけの利益上がりが出たのによぉ。


《のどかだニャー。これならはっちゃん辺りをサブに連れてきてもよかったかもナ》


「オレはもう完全に麻痺してるが、ロボットってのは訓練無しのブッつけで乗せるもんじゃねえぞ。あいつはすでにバスターモビルとゼッターの二足の草鞋で大わらわだろ。ここに来てまた別のロボットに乗せちまったらパンクしちまう」


アーマード・トループスも乗ってるしナ。低ちゃんの周りは複数掛け持ちが多いノォ》


「普通は最初に決めた1機だもんな。操縦形式の共通化でも出来ないもんかね」


《量産機でさえシリーズが違えば別物の業界に言っても無理ジャネ? サイズ差からくる操作感覚の違いもあるデヨ》


「あー、10メートル級と50メートル級じゃまるで違うもんな。操縦形式はその辺も考えないといかんか」


 基本的にロボットはサイズが小さいほうが扱いやすい。なにせ空気抵抗や慣性が段違いダンチだからなぁ。同じつもりで動かすとすぐに事故ることになる。


 操縦はロボットの大きさに見合った反応レスポンスを返してくれる形式が一番いい。反応が遅くても過敏でも使い辛いだけだ。


 それでもいいかげん試行錯誤の段階は過ぎてもいい時期なんだがなぁ。コントロールはおろかロボットに使うエネルギー源からして多種多様な世界だから、どれかに絞るのは不可能なのかね。


「考えてみれば操縦形式うんぬん以前に、車にさえ乗ったことがないガキが巨大なロボットを操るってのも大概だったわ」


《いまさらw だからどれだけ事故っても暴れてもいいSワールドがあるんじゃない》


「そらそうだ。カタパルトを使って半強制で飛ばされるのも、未熟なガキに余計な時間を都市の近くでウロウロされたくねえからかもな」


 パイロットになれるのは14才から。どいつも車の運転なんてまともにしたことが無い年齢だから無理もねえわ――――夏堀みたいに天性の適性があるやつはいるんだろうがよ。


 あいつも薬抜きは終わって綺羅星きらぼし同様に三島のところでリハビリ代わりに働いているらしい。ラボの外に出る段取りはまだ先になるが、そのときはオレも立ち会うつもりだ。夏堀に断られないかぎりは。


《ロボットの操縦はともかく、どうせ合体したら砲手くらいしか出来ないサブパイロットは未熟でもいいのデハ?》


「分離合体のロボットってのは分離機でも戦えるようにするもんだ。非常時以外で『おまえは乗ってくれてればいい』ってのはやりたくねえ。チーム組むならある程度は単機でこなせるパイロットが理想だろ」


 生き残るって意味ではサブにもキッチリ自己責任はあるんだぜ?


 メインパイロットになるチームメイトに命を預けると言えば聞こえはいいが、未熟なタコが人任せにするのは恨みの種だ。そういうやつに限ってピンチの時に下手うったメインを罵ったり、ワアワア泣き叫んだりと大騒ぎだからな。


《車形態の分離機ならそこまで難しくないッショ。ダイジョブダイジョブ》


「ダメだ。こっちが不安でしょうがなくなる。強い敵より未熟な味方のほうが恐――――」


 背面にマウントしてある大型バズーカを右手に携行し、背中のローターを吹かして一気に加速する。


 遠くでチカチカと瞬いた発光はわずかな時間差を経て、やがてギャリーのいた近辺を掠める。


 焼けた空気を一瞬で切り裂いていったそれは、オレのすぐ背後で爆発というくわを振るって地面を大きく耕した。


 着弾地点から結構離れているってのに、地面に質量が叩きつけられた轟音と衝撃が体に伝わってくる。


「砲撃か!?」


 ミサイルやロケット弾じゃねえ。大砲だ。クッソデケエ砲弾が飛んできたぞ!


《網膜投影で発光地点をズーム》


 数少ない岩の陰から微かに覗くのは、赤茶けた大地に溶け込むような色の人工の建物、砲台トーチカ――――いや、艦橋か? ニョッキリ出てる建物みたいなシルエットは巨大戦車って感じじゃねえ。


 戦車はもっと平たく車高を低くが正義の兵器。あんな風に自己主張してる出っ張りはできるだけ遠くを見たい船舶にしか付くもんじゃねえわ。


「デカいぞ!? どこに隠れていやがった!」


 あれが艦橋だとすると戦艦くらいのサイズがあるぞ。こんな荒野のド真ん中で船が地面に埋まってのか? 陸上戦艦とか言うなよな!


《元が川だったとかであの辺りは大きく窪んでるんでナイ? 環境を利用したハルダウンってやつだネ》


「戦車で使う戦術のアレか。チッ、整地された場所じゃねえんだ、まったく同じ高さの大地が続いてるわけもないか」


 現在は荒野や砂漠でも、昔は川があったとか海の底だったなんて土地は現実本星でもよくある。ここもそうだって事かい。


 地面の窪みで車体を隠し、被弾面積や発見されるリスクを減らすのがハルダウンって戦法だ。自然環境を使うこともあれば自分で穴掘って隠れることもある。ようは歩兵の墓穴タコツボ戦術と一緒だ。


「スーツちゃんは観測機を警戒してくれ! あんなもん誘導なしに撃てるもんじゃねえ。こっちの位置を三次元的に伝える観測者がいるはずだ」


 いや、戦艦の主砲にしてはずいぶん近いところから撃ってきたし、向こうもかなり近づかれてから接敵に気が付いて直射してきたのか?


 のんびり狩りの時間と思ったら大間違いだったぜ。もしかしたらオレが狩るつもりで追いかけていた小型機は、この親玉の下に誘い込むための囮だった?


 ……だとするとここはもう殺し間か? 包囲されている?


 ひとつ前のオレの死因の感覚が蘇る。


 あのときは生身に機銃掃射を受けての内臓破裂がドドメだった。うっかり十字砲火クロスファイヤのポイントに踏み込んでの間抜けな死に方。


 大きな視点で言うならパイロットの死因の大半を占めるのは油断。慣れてきた頃が一番危ない。


 どうやらオレは、懲りずに油断したらしい。

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