第245話 勧誘? パイロット専用高級寮の管理人募集中(締め切りました)

<放送中>


 キャスリン・マクスウェルの住むマンションは第二都市のA区にあり、自宅の窓から玉鍵が住むこの寮が見えるほどには近い。


 しかし近くてもそれはそれ。これまで訪ねていくような事はしなかった。


 別におかしな事でも無いだろう。長く住み慣れた地元であっても行ったことのない場所があるのは普通の事。用のない店や場所には行かないものだ。


 そんなキャスリンが初めてこの家を訪ねる正当な理由を捻り出せたと思ったのは、幼い頃から知性の高い彼女らしい格式ばった思考がゆえ。


 本当に幼い子供の頃でさえ友人宅に突撃する事を躊躇うような性格のキャスリンにとって、他人の家への訪問理由とは鋼鉄の扉のように重いのだ。


(元は寮というだけあって大きいわね。それに新しいし豪華だわ)


 玉鍵の買い取ったこの物件、元々は裕福な学生向けの高級寮であったらしい。それが閉鎖されて個人に投げ売りされた経緯は聞く限り不快なものだったが、その代わりに証拠隠滅を目的として丁寧にリフォームされていたので、物件の前歴を気にしなければ悪いばかりではないのだろう。


 寮を囲むセキュリティ付きの塀と門。内側には中庭と駐車スペースまである。大きく背の高い建物は元より、それを収める広い敷地は地下都市の物件と考えるとそれだけで相当な贅沢と言えるだろう。


 もっとも、今そこに住んでいると言える人間はもういないのだが。


(タマとチームメイトの1人はエリート層に。もうひとりは三島ミコトの預かりで、彼女のラボに隔離状態。この家に毎日寝泊まりしている人はもういない……これじゃあ家というより別荘ね)


「コバンワ、コバンワ。ワタシワタシ、ファダヨ」


「ゆうちゃん。わざと怪しい中華人みたいな言い方するなよ」


 もう時刻もだいぶ遅いというのに、門のインターホンの前で悪ふざけを始めたシスターズチームに呆れてキャスリンが前に出る。


こんばんわWhat’s up? タマ、アポ無しでごめんなさい」


〔――――開けるから入ってくれ。お茶は出すが茶菓子は出ないぞ〕


 とりあえず門前払いという事は無く、タマは自分たちの来訪を受け入れてくれるらしい。


 それが分かった途端、ドッと汗が出た。キャスは内心で自分でも驚くほど緊張していた事を自覚する。


(友達の家、なんていつ以来かしら……)


 キャスがチームメイトたちと交流ミーティングをするのは決まって基地内の休憩所。自宅に招いたり逆に招かれたりはしたことがなかった。


 他のパイロットたちは仲間内で街の飲食店や娯楽施設などを利用することもあるらしいが、キャスは非効率だとしてこれらの施設での交流ミーティングは採用していなかった。


「リーダー行きましょう。なるべく外にいるのは避けないと」


 自動で開いていく門が開き切るのを待たず当然のように隙間をすり抜けていくシスターズチームの面々に面喰らっていたキャスに、チームメイトの『シェリル』が『荷物』の事を仄めかして急かす。


「そうね、先行してシェリルシェリー彼女・・は私がエスコートするわ」


 チームでは柿山と同じくアタッカー役を務める少女に指示を出して、キャスリンは殿に回る。これは今までチームリーダーとして戦ってきた中で、責任感の強い少女に自然と身についたクセだった。


「リーダーぁ、戦闘じゃないんだからもっと気楽に行きましょうよ」


 この人はもう。そんな声が聞こえてきそうな顔のメンバーに見詰められ、いつもは天才と呼ばれる少女は自分の学生らしい人生経験の少なさを自覚すると年相応の表情で赤面した。


「仲良いのね。マクスウェルさん」


「茶化さないでください……まあ悪い事は無いです」


 シスターズチームと共に護衛・・してきた年上の女性に微笑まれて、キャスリンはますます顔が熱くなったのを感じた。


「戦っていればおのずと団結も強くなりますから。でも今回は男子メンバーは参加禁止です」


「うちのバカ兄弟は入れたし、言えばたぶん入れてくれたわよ? ……ああ、でもだいぶ遅い時間だしね」


「そういう事です」


 相手に先に入るよう促したキャスリンも彼女に続く。そして来訪者を招き終わった門が閉じられるまで、部外者が入り込まないよう見届けてから寮に足を運んだ。









(最後のひとりは雉森だったか。何気に制服姿は初めて見たかもしれん)


 確か17だっけ? いや18か? 今の時代は決まった年齢でみんな揃って入学ってやつばっかりじゃないから、学年だけで年齢は割れないんだよなぁ。オレも1年坊だけど設定は14だしよ。


 まあいいか。雉森が何歳でセーラー服を着ててもオレが困るわけじゃねえ。


《うーん。すでに制服にいけないコスプレ感があってグッド》


(雑巾と一緒に洗濯カゴに放り込んどくぞオメー)


 確かにもう若干ムチムチしてるがよ。人によってはパイロットを引退するとあっという間なんだよなぁ。オレもうっかり生き残ったら気をつけねえと。今までの戦績で言えば『生きて引退』なんて未来、オーガーが笑いそうだが。


 他の面子も顔見知りばかり。基地からの帰りに寄ったせいか全員制服だ。


 それだけに年上で制服違いの雉森が悪目立ちしてるのもあるか。第二は高等部がブレザーでサイタマとは逆だ。あっちの高校生はセーラー服で中坊がブレザーになる。


「日本茶だ。今日はレパートリーが他に無いから諦めろ」


 一応パックのやつじゃなくて茶葉のやつだ。変なメーカーのやつは原料以外にもオレの体に合わないものを使ってたりするから、予防としてこうした高いやつを買っている。それでも赤毛ねーちゃんみたいにお茶に凝ったりする気は起きねえが。


「あざっス」


謝謝シェイシェイ


「ノッチー、軽すぎ。ちゃんとして」


 口調はともかく手を合わせてるあたり、槍先は以外にお行儀はいいほうか。窘める星川も優等生らしく座り方はしっかり女の子してら。


「…おかまいなく?」


「あー、昔は作法でそんな風に言うんだっけ?」


 逆にイマイチ怪しいのは雪泉と湯ヶ島だ。何も言わずにすぐ口をつけている。いいけどね。


 謎なのはファだな。口をつける前に手を合わせたのは槍先と同じだが、片手をグーにしてもう片方の手の平で包む感じにしていた。昔のカンフーファイターかよ。


 ともかく星川ズは何度か来て慣れてきたのか、勝手知ったる他人の家って感じにくつろいでいる。


 逆にキャスんとこのメンバーはうちに来るのは初めてなのもあってか、借りてきた猫って感じだ。特にキャス。こいつこんなやつだったっけ? いつもは戦闘以外だとトロンとしている顔つきなのに、狭い迷路を飛行機で飛んでるみたいに張り詰めてら。


「キャス。トイレは廊下に向かって左だ」


「トイレに行きたいわけじゃないわ……」


 まあ放っとけば落ち着くか。人間は緊張しっぱなしでいるなんざ無理な生き物だ。


「それで要件は?」


 聞かずともなんとなく察するが。間違いなく雉森の話だろうな。


「ミナセ先輩の事なの」


 話を主導したのは星川だった。当事者の雉森はあまり積極的に話す気にはならないようで、星川の言葉を静観している。


(先の連行事件のショックで祖母が倒れちまって、付き添いに祖父と母ちゃんが病院に行っちまったから雉森が家にひとりになっちまう、か)


 家族ごと治安にとっ捕まったばかりで変な噂が広まってるし、しばらく女ひとりでいるのは危ないと兄貴のサンダーに言われたらしい。


「それなのに長官や整備長が基地に泊まれって言ってくれたのを先輩ったら断っちゃって。見てられないから私たちで捕獲したの」


(ちょっと前までS課に拘束されてたんだから、もう何日か延長すりゃいいのに)


《それでも他国に連行されそうになったから怖くなったんでショ》


 あーハイハイ。細メガネのオッサンも存外頼りにならねえな。いや、今は上に行ってて不在なんだっけ?


「あそこまで迷惑かけてるのよ。もうこれ以上は……」


 かと言って長官ねーちゃんやジジイに頼るのは心苦しいってか。それで若者らしいプライドで援助を断ったと。


「他に頼る当てはあったのか? ノープランだろ?」


 オレの問いに答えず俯く雉森。


 ……そりゃあ頼るのを悪びれないヤツよりまともだとは思うがな。意地を張るところを間違えてんぞ。


「パイロットを引退したセンパイは気をつけないといけない。特に女子は」


 ここまで黙っていたキャスがダンマリの年上に切り込んでいく。


 パイロットは『F』に守られていると周知されている反面、引退したらそれが外れる事もよく知られている。だから素行の悪かったパイロットは引退後にお礼参りをされることもあるくらいだ。


 同時にかねてから目をつけていてなんて悪質な犯罪者の標的にされる事例もある。キャスの言うように女は特にな。


 まして身内から犯罪者が出た雉森たちは、世間のバカどもがちょっかい掛ける精神的なハードルが下がる。犯罪者の姉だから好きにしてもいい、なんて考える下半身だけで生きてるタコとかな。


 雉森たちの事をよく知ってる基地内の連中はまだしも、暗黒街まであるこの第二都市にはろくでなしが山盛りだ。確かにあぶねえわ。


「玉鍵さん、しばらく先輩を匿ってもらえない?」


「っ、マイムちゃんそれは――――」


「嫌なら今から基地の仮眠室に連れていきます。センパイ、ひとりで自棄にならないで」


「キャスリン……」


(こいつら雉森と思ったより接点があるみたいだな)


 あの場でサンダーたちを連れていくのに抗議してた連中は多かったが、中には状況に流されて参戦してたやつも多いだろう。しかし星川ズとキャスのチームは雉森に対してそれ以上のものがあるようだ。


 友情か感謝か、あるいは義侠心か。なんにせよ青春だねぇ。


《そりゃあ年上のお姉さまザマスから。シスターとしてお救い差し上げねバ》


(第二に耽美なフリした臭っせえラフレシアを咲かせる女子高はえよ)


 この無機物に掛かるとなんでもソッチに行っちまうぜ。まあいい、そこまで分かったら問題は雉森の気持ちだけだ。


 このまま数の意見で押し切ってもいいが……それをやると後でフラッと失踪しそうだな。めんどくせえ。


「頼るだけが嫌ならビジネスの話だ。雉森、うちでしばらくアルバイトをしないか?」










<放送中>


「――――というわけで、雉森にはしばらく住み込みで寮の管理をしてもらうことになった」


 朝からサイタマに戻るのも面倒くさいし、自宅に泊まった後は第二の学校でそのまま授業を受けて放課後。基地に来たオレに長官ねーちゃんから呼び出しがあった。


 前にキャスや綺羅星きらぼしと一緒に長官ねーちゃんの話を聞いた会議室みたいなところで待っていたのは、ジジイに連れられた形のサンダーと月、月、月影? だった。こいつ影薄いから全然覚えられん。おっ立てた髪型からトサカ君でいいか。


 サンダーの方は褐色の肌だから分かり辛いけど、爺さんに説教付きで殴られたのか青タンが出来てら。


 雉森が星川やキャスに引き留められて孤立するのを思いとどまったように、サンダーたちも爺さんたちにとっ捕まって、こんなときに馬鹿な遠慮はするなと説教されたようだな。


 特にサンダーは顔こそ腫らしていても、その顔は助けた時よりずっとすっきりしている。あの暑苦しいくらい明るいいつものサンダーだ。頼りになる大人がいるとガキは健全に育つもんだよな。


「良かったぁ……引き留めてくれてありがとう、たまちゃん」


「あのバカめ。小娘がいっちょ前に遠慮しおってからに。何が『友人の家に泊まるから』じゃ」


「SORRY。本当に、本当に感謝する。TAMA」


 あれからこの2人とサンダーには日付が変わる前に端末で大まかな事情を送信している。向こうも星川たちに任せたはいいが不安だったようで、こうして顔を合わせて詳しい話を聞きたかったらしい。


「感謝するなら(オレじゃねえよ。)星川たちとキャスたちに言って(くれ)」


「……YES。そうだな、必ず全員に会って言わせてもらう」


《あーつーくーるーしー。タンクトップと筋肉とドレッドヘアーと男泣きのムサさで空間が埋め尽くされるようダ》


(夜通し妹を心配してたんだ、泣きもするさ)


《せめて法子ちゃんの大人しめの香水を肺いっぱいに嗅いで癒されたイ》


(肺どころか呼吸してねえだろおまえは)


姉さん・・・は住み込みかぁ。玉鍵さんの家なら変なやつは近づかないから安心だ」


(トサカ君は雉森を姉呼びできるくらいになったのか。まあ元からわりと社交性が高いやつなんだろうな)


《月影エイジね。スーツちゃんの記憶領域に男の名前なんて呪いの言葉を入れているのは、人の名前をぜんぜん覚えない低ちゃんのせいゾ》


(記憶力が悪くてすまんね。しばらく付き合ってたらさすがに覚えるんだが、こいつとはイマイチ接点が薄くてよ)


「こっちからはそんなところだ。サンダーと月影は?」


「オレたちは家族が倒れたわけじゃないし、すでに放免されたから家に戻っている」


「こっちもだよ。兄さんと違って現役だから、周りの嫌がらせの心配もそこまででは無いしね」


「第二もサイタマのS課と連携してサンダー君たちの名誉回復に努めるつもりよ……こう表現するのはアレだけど、花鳥君とサンダー君たちは異母兄弟だから連座はなんとか回避できそうなの」


 細かい点はまだまだ詰めないといけないが、連座回避の抜け道が無いわけじゃないらしい。


「ここら辺はなんとか落ち着くところに落ち着いたかの。油断はできんが」


 ジジイがそう言って、しみじみした顔でオレを見る。それに釣られたように長官ねーちゃんやサンダーたちも、何か痛ましいものでも見るみたいな目つきになった。


「……やっぱりダブリンのSSが騒いでいるの。他の都市の多くは中立か私たち寄りになってくれているんだけど。公の場で裁判を求められているわ」


「それも第二都市ではなく嬢ちゃんを名指しでの。フンっ、考えが見え見えだわ」


(あん? 殴ったのはオレだから当然だろ? 考えってのは何だ?)


《鈍い低ちゃんにヒント。刑期短縮を餌にして犯罪者に秘密エージェントをさせる映画やドラマ》


(ああ、はいはい。罪に問われたくなかったらオレたちの言うとおりに働けってやつね)


《各国の都市状況的にあまり現実的じゃないケドナー。イケイケのサイタマを敵にする都市がおるかいナ?》


 ケッ、まあなんでもいいさ。


 チーム丸ごとノしてやったんだ。組織としての面子のためにも黙ってるわけにゃあいかねえのは分かるしよ。勝ち負けに関係なく報復って意味で、一度くらいは咬みついておかないと今後一生舐められるもんな。


「ラングとも話し合ってるけど、裁判の席に立つ事は避けられそうにないの。でもたまちゃんの無罪は問題なく勝ち取れるはずよ、安心してね」


《フラグ乙》


(やめれ。オレも嫌な予感がしてんだから)

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