第244話 女王の憂鬱? ダブリン城の主は極東を夢見る

<放送中>


 公務として長年にこやかな顔を張り付けてきた女王は、己の側近から望まぬ報告を聞いても特に表情を崩すことはなかった。


 もとより近年の自国のSチーム活動は目に余る。より具体的には王室の公務を代行する国務顧問らの出しゃばりが。


(ブリテン文化に影響されて選民意識が高い者たちが多いのは以前から気にかかっていたけれど。ここ数年で本当に悪化してしまったわ)


 宗教をよりどころにより高圧的に選民を先鋭化させていくブリテンから距離を置き、先祖のケルト文化を復興させて新たな統治でまとめ上げたアイルランド。そのかじ取りは間違いなく良い方向に国を動かした。


 だが王室の血脈は不運にも子に恵まれず、いつしか公務をこなすことのできる家族も減ってしまい今では国務顧問にほとんどの代行を頼らねば立ち行かないほどに衰退してしまっていた。


「女王陛下。いずれ彼奴らは『このうえは国際法に基づいて断固たる態度で挑まねばなりますまい』と、ことさら大きく口にし出すでしょう。まるで陛下の意思を代弁したつもりの顔で」


 側近は忌々しいと言うように一度言葉を切って首を振り、頭に渦巻いた奸賊どもへの罵詈雑言を喉の奥に封じてから再び続けた。


「裁判を開いたところで今のサイタマを相手に国務顧問たちの望むような形にするのは不可能です。下手をすれば逆に我らのほうが冷笑を買うでしょう」


 第二都市から戻ってきたSチームの報告を聞いた顧問たちは、法に守られているはずの自分たちの一団が暴行を受けたことを理由としてサイタマ都市を槍玉に上げることを画策していた。


 ――――とはいえ、彼らは別段と勤勉でも無ければ潔癖でも無い。


 国際法に則って他国にいる罪人の家族までもいちいち底辺送りにするなどという、他人の部屋の隅の汚れを削ぎ取りに行くようなお節介が目的な訳がなかった。


 彼らの狙いは最初から潔癖とはかけ離れた『対外政策』という名の、他国を食い物にする事を前提とした欲深きもの。


「連中はワールドエースを釣り出すのに成功したと自慢していますが、自分が大魚によって海に引きずり込まれる可能性に思いが至っておりません」


 彼らはサイタマ都市ではなく、そこに属するひとりの少女に対してこそ悪辣な調略を仕掛けたのだ。


 それは自分たちを相手に国際法を犯させる事。


 一介のパイロットでありながら戦果という形で都市に莫大な利益を生んでいる少女の性格を分析し、その行動を予想してわざと挑発したのだ。


 彼女の友人を底辺送りにする事をチラつかせて、あえて実力行使で妨害させるために。


 そうすることで彼女の所属する独立国サイタマから、賠償金を始めとした莫大な利益を得ようとしていたのである。


 別にこの時点では失敗してもいい。そのときは2名の罪人をダブリンで拘留し、のちのち間接的な形で利益を要求する形に切り替える。


 例えばダブリンの望む戦利品が出る場所に常に出撃するよう、それとなく促すという形で。


 単純に物資が多量に流通すれば必然的に安くなり、それが欲しいダブリンも安く買える。国が買う規模となればわずかな差額でも莫大な利益となる。


 薄く長く搾取するのだ。逆らえば友人を底辺に落とすという脅迫によって。


 他者に止められるなどして狙い通り直接的な暴力を振るわなかったとしても、分析されたワールドエースの性格であれば2人の友人を完全に見捨てることは出来ないだろう。


 ならば罪人の身柄を押さえてしまえば、よほど無茶な要求でない限りはダブリンの言いなりになると考えられた。


 もちろん罪人の長期拘留について他国から嫌味を言われるかもしれないが、そのときは利益のお零れを渡してやればいい。


 幸いにして当初の目的通り少女は直接的な手段という、もっとも利益を望める行動に出た。不当にもSチームに暴力を振るって罪人たちを奪ったのだ。


「これにて大義名分が立った。世界最高峰のパイロットにダブリンから首輪をつけることができる。重大な違反に目をつぶるのと引き換えに――――などと考えているのでしょうね」


 側近と共に溜息をついた女王は、腰かけていた椅子に深く寄りかかり天を仰いだ。


(他人に言う事をきかせる決め手は法律ではない。法律はルールというだけ。何よりまず相手とのパワーゲームに勝たねばならないのに)


 小人がコイントスに勝ったからといって、それだけでどうして大男から大金を巻き上げることが出来るだろうか。相手が暴力に出れば殴り殺されるだけだ。


 ダブリンがサイタマに、ひいてはワールドエースに要求を飲ませるなら最低でも複数国の賛同がいるだろう。それこそサイタマだけ孤立するほどの多数の支持がいる。


 でなければどんな裁定が出ようと意味は無い。判決に従わせる力が無ければつまらないお喋りをしに行くだけになる。


 そしてサイタマが従う事はないだろう。むしろダブリンが他国の支持を得ることさえ不可能だ。


 どちらについたほうがうま味があるかなど、分かりきったことではないか。


 ワールドエースを抱え、さらに凶悪極まる未知のスーパーロボットを抱えるサイタマを相手に何が保証されるだろう。


 ましてパイロットを特別視し、特にあの少女を気に入っているらしい『F』が黙ってはいまい。


「……私も年を取ったし、死ぬ前に一度会いに行ってみたいわね」


「何を言われますか。陛下にはまだまだご健勝で頂かないと――――時に、どちらにでしょう?」


 今や世界の権力者たちが顔色を伺うサイタマ都市の若き大統領か。


 あるいは。


「黒髪って、ミステリアスで素敵よね」








 頑固な汚れにゃつけ置き洗い。洗剤が流れちまわないように紙なんかを被せておくといいんだってな。紙媒体が主流の時代は新聞紙ってやつを掃除用に使い捨ててたって話だ。


「くっそー、物の見事にカビてたな」


 水回りに冷蔵庫の中身。炊飯器もアウトだ。特に炊飯器はもう洗っても使う気になれん。5.5合炊きの世界に小宇宙を形成されたら捨てるしかねえわ。


《水回りと言ったら他にもなっちゃんとはっちゃんの部屋もあるネ》


「うへえ、手が回んねえよ」


 せっかく初めて買った家だが、これは本当に手放さなきゃいかんかもしれん。情けねえなぁ。


 まあ元は防犯のために諸々の事情を呑み込んで買った物件だ。一人暮らしには最初からデカ過ぎるんだよ。


「改めて適当な広さの家でも見繕うって手もあるが……星川たちがなぁ」


 あいつら前からここの部屋を賃貸したいって言ってんだよな。それなのに断りも無く店仕舞いもあれだ。


 ……初宮だって夏堀だって戻ってくるかもしれねえしよ。


《管理人でも雇う? 信用できるかって点が一番難しいけどサ》


「それだよなぁ。雇うにしてもオレは面接なんてしたこと無いぞ。信用なんてどこを見ればいいんだ?」


 履歴書なんてアテになんねえ。どっかに背後調査でも頼めばいいのかねぇ。けどそれ自体が信用できるかって話になっちまうと堂々巡りだ。


《まず耳たぶに注目しマス》


「ほう。目とか仕草はよく聞くが耳たぶは初めてだ」


《両方の耳たぶから真下に線を落としていくと、だいたい胸のボッチ上を通る位置》


「ビーチクの位置を当てる方法を聞いてんじゃねえよ」


 中学男子のアホ会話か。体は中学だが女子で、中身はもうとっくにオッサンだ。女の胸の句読点で盛り上がれる年齢じゃねえわ。


《信用なんてあって二次元キャラのセンシティブな部分と同じ。見えないから結局は無いようなものデショ? 募集をかけてその時点ではシロでも、後でどこかの紐付きとかばかりになりそうヤン》


「CKBの話はともかくいわんとすることは分かる。けど学生の家ひとつにそこまでするか? もう星天とか銀河とか言うタコどもは潰したろ。クソみたいな社会でもちったあマシになったはずだ」


《利益のためには平気で倫理のハードルを飛び越える後ろ暗い企業とか政府なんて、他にいくらでもあるデ。それこそワールドエースの秘密が少しでも握れそうなら外国からでも仕掛けてくるんでナイ? もちろん裏事情は入念に偽装してネ》


「オレの秘密なんてスーツちゃんの件くらいだよ。これがバレたら知ったやつは何人だろうと殺すしかねえ」


 スーツちゃんはオレの切り札だ。世界でたったひとつのスーパースーツ。こいつがいてくれたから最低の底辺にいたオレでもまだ生きてこれたんだ。


 まあ厳密には何度も死んでるがな。いっそ『存在できてる』と言い換えたほうがいいか? リスタートで別人になってはまた死んで、それでも諦め悪く別人のフリしてやり直しているだけ。


 成仏できずに迷ってる地縛霊みたいなもんさ。オレは。


 死に切れずにチートを使って割り込んでくる人生の部外者。1周目を懸命に生きてる生者からすりゃ迷惑なこった。何がワールドエースだよ、ズルしてるだけじゃねえか。


 ……ま、今さら悪びれる気は無いがね。それも含めてのオレの運さ。その運で拾った便利な物を使って何が悪いよ。


《ムホホッ、ヤンデレ低ちゃんの愛が重くて夜も眠れナイ》


「アホこけ。そもそも眠らないクセに」


 やっと大浴場のカビを取り終えてシャワーで流す。乾燥させたらもうしばらく使わんほうがいいな。使うとしても個人部屋の風呂で十分だ。


 後は個室の2部屋かぁ。マスターキーがあるから初宮たちの部屋には入れる。あいつらがいなくなってから使ってないから、風呂はともかくトイレはそこまで汚れてないだろう。


《……終わらない楽しい夢は見ているけどネ♪  そうそう、信用度がまだマシという条件なら知り合いとかでどうジャロ?》


「知り合い? ああ、入居者に管理代行させるって事か」


《ウィ。管理人として給料を出したりお家賃を安くしたりすればいいんでナイ? それでなくてもこの寮の家賃設定は高いし、それが安くなるとなれば手が上がるっショ》


「これでも家賃は相場よりだいぶ安くしてるぞ。治安良し環境良しのA区の一等地だもんよ、どうしたって他地区より高くはなるさ。給料は管理人の能力次第だな。住み込みで働いて貰うとしてどのくらいが相場かねえ」


《管理してもらう代わりに家賃タダで、さらに給料も出すよーとはしないんダ?》


「相場に合わない条件は雇う側にも雇われる側にもよくねえよ。どっちかが一方的に施しするようなもんだろうが。それはダメだ。良い関係じゃねえ」


 最初は感謝するかもだが、世間的にどんな割のいい条件でもいずれ当たり前に感じるようになるもんさ。逆もそうだ。こんな良い条件で雇ってやるんだからと傲慢になりがちになる。


 人間ってのは基本恩知らずでバカなんだよ。恩だ義理だと右往左往するより、ビジネスライクに締めるところはキッチリ締めるほうが良い関係でいられるもんさ。


《低ちゃんは施すという行為が嫌いだよナー》


「はっ、オレはプライドなんてとっくに擦り切れてるから金が無くて腹が減ってればなんでももらうがね……自分から乞食に物を投げてやるのは好きじゃねえのさ」


 無償に思えても施しってのは受ける側からすればタダじゃない。


 手に取った時点で。情けを掛けられそれを受け取った時点で。そいつは個人としてのプライドを切り売りすることになるのさ。


 自分だけじゃ生きていけませんと卑屈になって、お助けくださいと人に頭を下げるのさ。


 そのときそいつは普通の人間より『下』になる。愛だ優しさだと口でお綺麗な文句をどう並べようと、まともなプライドがあるなら他人から生活を支えられるなんて恥かしいだろ? 恥かしいって意味を知っているなら感じるはずだ。


 その施しを口にしたとき、自分の大事な何かを削いでしまうと。


「道徳が好きな他人がどうしようが関係ないがね。炊き出しでもなんでも、いくらでもしてくれりゃいい。オレはしねえってだけだ」


《あははっ、歪んでるネ。でも金持ちの寄付は施しじゃないデ? 税金対策でショ》


ちげえねえ。出さないよりはマシなんだろうがな」


 大日本じゃ成金の庶民がどんな富を得ても3代続けば相続税でスッカラカン。てのが昔から言われてることだ。


 ホントの金持ちってのは先祖代々から税金対策していて、一族で税金を払わないでいい仕組みを作って初めてセレブの仲間入りなんだとよ。


《今の低ちゃんの資産を考えると税金で持ってかれる額はすごいだろうネ。セレブリティに寄付でもする?》


「クソみてえなチャリティーに投げるもんは無えよ。それならいっそ赤毛ねーちゃんのやってる都市事業にでも預けるさ」


 たまに基地側のシャットアウトを潜り抜けて、どっかの慈善団体から寄付しろって話とか舞い込んでくることがある。ハワイで接待分を突っ返すためにやったのがマズかったんだろう。


 あんなのばっかりさ。金を投げると知ったらわっと群がってくる。他人の施しを期待して目を血走らせてるクソみたいな連中だ。


 ……大嫌いだ。あんな連中。本当に困ってるやつの事からは余所見して、誰も救ってくれやしない。


「チッ。あーテンション下がったわ。掃除はこれで終わったし、後はもう仕込みして寝ちまおう」


 整備のガキどもへの詫び入れ用に肉たっぷりのメニューだ。爺さんの話だと前より下っ端の労働環境や給料が良くなって、だいぶまともに飯を食えるようにはなったらしいけどな。


 昔みたいにヒョロヒョロのやつはもういないが、それでも育ち盛りへの差し入れにゃ腹いっぱいの食い物だろ。


 サンダーたちを庇って外に集まった中にはあいつらもいた。その礼の分も含めさせてもらうぜ。


《低ちゃん、お客さんだよん》


「あん?」


《カメラに映っているのはマイムちゃんたちだネ。それにキャスちんとそのチームメンバーもいるナ。もう1人は誰ジャロ? カメラに足しか入ってないけど女子がもうひとりいる。白いソックスに包まれた実に良いふくらはぎだZE!》


「ふくらはぎって……キモ」


《キモくねーし!?》


「まあいいや。なんだよ、こんな遅くに」


 門前のカメラから送られてくる映像には、スーツちゃんが言う通り制服姿の星川ズとキャスのチームがいた。微妙に距離があるのは両チームがさほど打ち解けてないからだろう。


〔コバンワ、コバンワ。ワタシワタシ、ファダヨ〕


〔ゆうちゃん。わざと怪しい中華人みたいな言い方するなよ〕


 インターホンカメラの前でコントを始めたのはファと槍先。ファはついに腕のギプスが取れてリハビリ中だ。


こんばんわWhat’s up? タマ、アポ無しでごめんなさい〕


 それを押し退けてインターホン前に出たのはキャスリン。こいつは順番待つ程度には行儀が良い方なんだが、漫才コンビに任せてたら埒が明かねえと思ったんだろう。


 よく分らんが門前でやり取りするために来たわけじゃあるまい。なんの用だ?


「開けるから入ってくれ。お茶は出すが茶菓子は出ないぞ」


 もう遅いしな。ガキがこんな時間にお菓子を食う習慣をつけたら後が大変だ。


(なんの用かね? まあ先にお湯を沸かすか)


 後はCARSに連絡入れて帰りの車を回してもらうか。さすがに人数多いから別料金になりそうだな。


《これはダックがリークを背負ってやってきたのでハ?》


(だ、なんて?)


《そこそこ信用できる管理人候補ダヨ。しかも2チームも》


(あー……でも星川たちはともかく、キャスはどうか分かんねえだろ。オレの寮に入りたいとか聞いたことねえぞ)


《SP寮、ついに女子寮として本格始動ス。オオ、女子寮ッ。なんたる神秘か。女子寮ッ。素晴らしい響きジャマイカ》


(聞けやド変態)

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