第243話 火種がチラつき出した導火線? その先にあるもの

(い、生きた心地がしねえ……)


 他人任せの絶叫マシンほど怖いものは無いぜ。急ぐよう頼んだのはオレだがよ。


 渋滞中の本道を外れて裏路地やら廃ビルの隙間やら、とにかくCARSが通れると判断したところを無理やり通ってやってきた基地区画手前。


 気付けば55フィフティーファイブは作りかけのビルの建設現場に飛び込み、まだ基礎だけの建物を器用に登ってビルの5、6階の高さまで。


 最後は上から落下するみたいな形で基地区画の正門ゲートをジャンプで強引に飛び越えた。車スタントというより B級カンフーコメディのラストみたいな間抜けな気分だぜ。最後にスローモーションになって大爆発をバックに映像が止まるやつ。


 まあ55こいつは車体の下部に短時間フロート用の高性能フィンがあるから、それを利用してジャンプ台が無くても高く跳ぶことができるし着地も安全にできるがよ。それでもシートベルトしているのにトランポリンで跳ねた気分だったが。


《法子ちゃんとの車間距離80センチで、向かってきた車との車間距離は2センチ。どっちもギリギリだったネ。横滑りで傾いたときバンパーにコツンと当たったヨ》


 それだけでも大概なのに、落下地点の間近に何故か半裸になってる長官ねーちゃんがいたのは完全に予想外だっての。CARSが着地復帰直後にプロレーサーばりのスピンで躱さなきゃペシャンコだったぞ。


(ただの車だったら空中でエア吹かして落下地点を変えるとか無理だからな。よく躱したもんだ)


 その分でエネルギーを殺しきれずに対向車に当たりそうになっちまったがな。それでもCARSはうまいことドリフトかまして横滑り。左サイドに追突する寸前でなんとか止まった。


 事故って死なない速度にしてもたまんねえわ。機械らしい見事な運転だけどよぉ。


「良い腕だ。パイロットなら負けないが、ドライバーとしてはCARSのほうが腕が良い」


〔光栄です。お客様から頂けたお言葉として、社内データベースに登録させていただいてもよろしいでしょうか?〕


「好きにしてくれ。外に出るぞ。55フィフティーファイブはちょう、ン゛ン゛ッ、高屋敷長官を乗せてやってくれ。なんだあの恰好……」


 シャツもスーツもスカートも内側から弾けたみたいにビリビリじゃねえか。靴なんかどっちもヒールが折れてるじゃん。


(見た感じ怪我は無いようだし、誰かから暴行を受けたって感じじゃねえか。それにしたって何があった?)


《戦闘モードになるためにバンプアップしたトカ? 肩パット付きのデニムのジャケットを毎回ビリビリしてた暗殺者みたいに》


(どこの世紀末覇者だ。というかあの主人公は暗殺者カテゴリーでいいのか? 拳法家じゃね?)


 一子相伝の暗殺拳の伝承者だし、結果として当代の暴君たちを殺して回ってるから完全には間違ってはいないか? 当人はヒロインを助けに走り回ってるだけで、別に暗殺を請け負ってないけどよ。


《アサシンというよりタフボーイ?》


(どのみち格闘家みたいになった……)


〔畏まりました。後部に毛布が用意してございますのでよろしければ〕


「助かる。用意がいいな」


ワン17セブンティーンからの提案です。お客様が車中泊をなさる場合のためにと。エチケットセットなどもございます〕


「ああ、本気だったの(か)、あれ」


 サガで寝泊まりするところがイマイチ信用できなくて、女組はCARSの車内で寝たんだよな。アップデートの早いこった。


 後部座席から降りて、車体サイズにしては小さめのトランクルームに備えてあった薄手の毛布を取り出す。災害救助なんかで出されるやつだな。


 毛布をコンパクトに括っているベルトを解いて、まだ立ちんぼになってる長官ねーちゃんに投げ渡す。さすがのねーちゃんも空から車が降ってきたらビビるか。


「怪我はある(か)?」


 見る限りは無くてもこういう呼びかけは人として常識だよな。


「たまちゃんっ!」


 オレの質問に対してはいでもいいえでもなく、笑顔で名前だけ返してくるのはどうなんだ。パニクってんのかね?


(スーツちゃん、今わかってる状況の解説を頼む。何かオレが取り零してる情報はあるか? 場合によっちゃ暴れるのはナシだ)


《それを話すにはまずお菓子業界の掌で戦い続ける不毛な勢力について知る必要がありマス。むかしむかしあるところに、血みどろの争いを繰り広げるうすしお騎士団とコンソメ教団がおったそうナ》


(簡潔に! 関係ない情報を入れんな。チップスの二大派閥は関係ないだろ。あとナレーションの婆さんみたいな声を出すな。ああもうっ、会話ひとつで何個突っ込ませる気だよ)


《塩とコンソメで二大って言うけどサー、ホットチリとピザ味も勢力図に加えられるくらいジャネ?》


(油菓子の話はもういい! どうせオレは食わねーし!)


《海外のS対策チームが第二基地とサイタマのS課の制止を振り切って、ミナセっちその他を国外に連れて行こうとしたんでショ。それを法子ちゃんが体を張ってダイナマイッ! って感じで止めようとしたト。追加情報は無いカナ》


(最初からそう言ってくれ。でもスーツちゃんが野郎のサンダーをその他扱いするのはいいとして、ダイナマイッ! てなんだ?)


《ウォーターメロン頭リブート!》


(中華版ゾンビと一緒に自爆したのに、もう再起動してんじゃねえよ。あのシリーズはあれで最後だ)


《ままま。スーツちゃんが説明しなくても向こうから説明してくれそうなお姉様が来てるゼイ。化粧で若作りしてるけど推定30代の半ばくらいカナ》


(歳の情報はいらん)


 護送用の大型車の前にいた先導の乗用車。そこから降りてきた数名の目つきの悪い大人たちは、断固として車道を塞ぐCARSの車体を忌々し気に見つめたあと、そこから降りてきたオレの方を見た。


「貴方がタマ・タマカギですね。ワールドエースにお会いできて光栄です」


 まず話しかけてきたのはチームの窓口担当らしい女職員。役人らしからぬ変わった制服してんな。袖が妙にデカくて長くて。ほとんどコスプレみたいなセンスだ。


 これみよがしに電子証明のバッジを掲げた女は、そのまま国際法があーだこーだと頭の弱いガキに言い聞かせるみたいにペラペラと喋りだす。


「つまりさっさとどけって言いたいのか? 2文字で済む話を丁寧にありがとうよ」


 相手の言い分も聞くだけ聞いて、オレなりの義理は果たした――――ここからこっからはその次の事だ。


 お互いにしたい事を譲らないならどうなるか? ガキでも分かる事だよな。


《お。殺っちゃう? でも丸腰でどーするん?》


(殺しをするわけじゃねえよ。得物はこいつらが持ってきてくれた電磁警棒スタンロッドでいいさ)


 仮にも武装してる組織の隊員。オレの空気が変わった事に気が付いて臨戦態勢に入ろうとしたところを先制して、目の前の栗毛の三十路ねーちゃんのバックルから電磁警棒スタンロッドをかすめ取る。 


「こくさ――――」


 押し当てられた警棒から流れた電流によって痙攣を起こした女の膝裏を足で押して、ヒザカックンの要領で後ろに転ばせる。


55フィフティーファイブ! 長官守ってろ!」


 オレの言葉に急発進したCARSの車体は劇的な速度で切り返し、長官ねーちゃんが流れ弾の射線に入らないよう盾になる位置取りをした。


 オーライ。やっぱ良いアシストするぜおまえ。


《残り12。ただし最初の標的はまだ無力化まではしてないゾ。痺れが取れたら銃くらい撃てるデ》


(今からお寝んねさ。こういう連中は……あったあった。お薬)


 おまえらみたいなのは捕獲対象を手っ取り早く昏倒させる薬物は常備してるよな。銃も一応もらっとくぞ。オレは使わないがね。


 近代銃は工具なしでもかなり分解できる設計になっている。マガジンとスライド部分を外してブン投げちまえばしばらく使えまい。


 犯罪だ国際法だとゴチャゴチャと喚いて銃を向けようとしてくるタコどもが。テメエらの言い分は破綻してんだよ。


「大日本からS課を引き継いだサイタマに権利が無いと言うなら、引き渡しの条約だって無効だろうが! 都市同士で文言まとめてから出直してこい!」








<放送中>


<おーけい……もう突っ張り切るしかないわね>


 通信先の赤毛の美人、ラング・フロイト大統領は何もかも面倒になったという、悪い意味で晴れやかな顔で肩を大げさにすくめた。


「たまちゃんを責めないで。これは私の責任よ」


<そーね。あんたが悪いわね。あの暴走特急を好きにさせたらこうなると分かってたはず――――止められなかったんじゃなくて、止めなかったのよ。あんたは>


 ラングの指摘に法子はグッと言葉に詰まる。


<感情だけで車の前に立ちはだかって、後の事なんて考えてなかったんでしょ? そういうお涙頂戴のアクションは相手を見てしなさいな。あんな連中がほだされるわけないわ>


「ごめんなさい……」


<そこに現れたタマが実力行使に出たとき、あんたは止めないといけないと思いつつ心のどこかで喜んだんでしょ? 自分にできない事をしてくれたことに>


「ごめんなさいっ」


<……法子、私が何に怒ってるか分かる?>


 口を結んでホロホロと泣く法子に何を思ったのか、画面の先にいるラングは大きく溜息をついた。


 ――――そこからカメラに顔を目いっぱい近づけて、赤毛の親友はあらんかぎりの声で叫ぶ。


<やると決めたんならあんたがいの一番にブッ飛ばしなさいよ! 大人ぶって中途半端に止まってんじゃないッ!>


 それまで身を包んでいた罪悪感がヒュッと引っ込み、同時に法子の大きな瞳からこぼれていた涙も思わず引っ込む。


「え? いや、ちょ」


<何よ車の前に立つだけって!? バッカじゃないの? やるなら徹底的にやりなさい! 昔のあんたなら護送車に乗り込んで行って奪い返したでしょ! 私がRivalだと思ってた熱い法子はどこに行った!>


「ラング……」


 この親友は決して愚かではない。大統領としての思考では報告された惨状に法子を罵りたいくらいだろう。


 だがラング・フロイトという法子の学生時代からの親友は、むしろ大事なときに動かなかった法子をこそ咎めた。


 自分たちが目指しているのは合理で組織をまとめるだけの冷淡な社会ではない。血の通った統治なのだと態度で示す。


「ごめん。もう平気……ありがと、ラング」


<べ、別に? ふがいないから発破かけただけよ>


 らしくなく気恥ずかしくなったらしい赤毛の女傑は、カメラから軽く目線を逸らして小さく咳払いをして仕切り直した。法子もまた涙を拭って話を続ける。


<法的解釈は都市のパワーバランスでなんとでもなるわ。タマはそのへんよく分かってるわね。一番の問題は人質を取られる事だったから。身柄さえ渡さなければ海外の組織なんてピーチクパーチクうるさく鳴くだけよ>


 人質を押さえられたら最後、どんな交渉も要求もそれは潜在的な脅迫となる。常にナイフがチラつく交渉のようなものだ。


 そしてその場合、サイタマ勢としては人質を見捨てる方針を取ることになる。


 厳しい事を言えば都市にとって、いやさフロイト大統領にとってサンダーバードと雉森ミナセという人材に大した価値は無いのだから。


 だからこそ玉鍵たまという少女は誰にも期待せずに単身で動いたのだ。外国に連行されかかっている2人の友人として。


 自分が動かねば国の利益の天秤に掛けられ、友達が順当に見捨てられると判断して。


<幸い誰も殺してないし、ダブリン都市のS課は前から他国でも恨まれてるから根回しはそう難しくないわ。国際条約についてもタマが啖呵を切った通りだしね。人質さえいなければ問題ないわ>


 下手な軍人より入念な訓練を受けているはずのS対策チームたるSSであったが、それでも本気になった玉鍵を相手取るには不足であったらしい。


 職務柄無用に傷つけることが許されないパイロットの相手も慣れているはずの彼らをして、彼女の影さえ捕まえることができずに一人残らずのされている。


 しかも全員が大きな怪我など負わされることなく。まるで教官に軽くあしらわれた初日の訓練生トレイニーのように。


 過去にハワイでも次々とテロリストを葬った玉鍵の戦闘力を目の当たりにしている2人から見ると、むしろ玉鍵側のほうがSSを殺さないように気を遣っていることがよく分かった。


<言っとくけどあんたも根回しを手伝ってよね。こっちはただでさえ忙しいんだから>


「分かってるわよ。それとSSには帰ってもらうけど、たまちゃんはこっちに戻――――」


<法子ぉ?>


「あ、あくまで貸すんだからね? たまちゃんは第二所属なんだから」


<サイタマと第二の両都市所属でいいでしょ? 面倒くさい>


「そう言って事実上サイタマで持っていくんでしょう! その手には乗らないわ!」


<はいはい。タマはもうサイタマで出撃申請してるから諦めて>


「どうしてぇ!? たまちゃーん!?」









 っと、くしゃみが出た。この体のせいかクシュンなんて可愛いくしゃみになるのがなんだかなぁ。


 駐車場の車止めに腰かけて一休み。さすがにケンカして汗をかいちまったし、こういうときは車の中より風のある外がいい。


 まあここは空なんて無い地下都市って閉じた空間で、吹き抜ける風も空調のプログラムで流れる人工風だがよ。


《ホコリでも吸った? 前回の戦闘でまき散らされた粉塵が多かったし、地下都市の空調フィルターが悲鳴を上げてるのかモ》


(ありえそうで嫌だなオイ)


 2人を奪い返された海外のS課は態勢を立て直すと長官ねーちゃんの方に詰め寄ったが、目の据わったねーちゃんは正式に身柄の引き渡しを拒否した。


 さらに長官ねーちゃんや整備長のじじい、そして他の整備士や訓練に来ていたパイロット、基地内の売店のおばちゃんに至るまで大勢の基地関係者が続々と集まりだして連中を睨みつける異様な事態になっちまった。


 ま、それだけサンダーと雉森は周囲から人望があったんだろうよ。身内の話があってなお。


 変なスリーブ集団もさすがに分が悪いと感じたようで、捨て台詞を吐いて地上に帰っていった。三十路のねーちゃんその他のバラした拳銃のパーツ。ぜんぶ忘れていったわ。ダブリンに着払いで送ればいいのかねえ?


「大丈夫か嬢ちゃん? 風邪か?」


 オレのくしゃみを聞いたらしいジジイが駐車場にやってくる。似合わない患者服は着替えていつもの整備士用のツナギになっていた。


「ホコリだ。サンダーたちは?」


「ん、ちと落ち込んどるがしょうがあるまい。時間が必要ってやつだ」


 底辺に送られそうになったとなれば恐怖だし、それを盾に都市同士の駆け引きに使われた思ったら嫌にもなるか。どっちにしろ人格なんて無視して完全に物扱いだもんな。やってられっか。


「……すまんかったの。また嬢ちゃんに頼っちまった」


 あん?


「あいつらに助けを求められたのは儂だってのに。こんな年まで生きてるくせによ、ガキのひとりふたり助けるためのコネさえ持っとらん」


《頑固爺ちゃん気弱モード》


(茶化すな)


「いかにおまえさんでもこんな事をしたら確実に立場は悪くなる。それなのに――――」


「馬鹿(言ってんじゃねえよ爺が)! これでいい(だろ)」


 辛気臭え顔してんじゃねえよ。あんただってデカいスパナ持って後先考えずに駆けつけてきただろうが。長官ねーちゃんも、他の連中だってだ。ヤベエと思っていても前に出た。


 オレもそんな気分だったってだけさ。


「――――嬢ちゃん」


「2人とは無関係じゃない。(オレは)手を貸した事になんの後悔も無い……もしあいつらが連れていかれていたら、そのときはもっと派手な事をしていた(さ)。世界がそれさえ咎めるというのなら」


 あのクソみてえなところに知り合いを落とすなんざ御免だね。そんな事になるぐらいなら。


「いっそ、この世界の枠組み事ぶっ壊してやるさ」


 エリート・一般・底辺。こんな階級が、今の世界にそんなに大事なものかよ。もう人なんて十分に死んだじゃねえか。











《…………あはっ♪》

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