第242話 お役所仕事?  アイルランド・ダブリン都市所属のS対策チーム

「立て続けに悪いな55フィフティーファイブ


〔とんでもございません。契約したお客様のご要望が第一。これがCARSの業務理念でございます。お望みであれば24時間どこにでも参りますし、どこにでもお付き合いいたします。サガ都市やトカチ都市への御旅行の計画などございましたら、ぜひ私をご利用ください〕


 ジジイの入院していた病院から出る前に送迎サービスのCARSに連絡を入れたんだが、オレの契約している車両の55フィフティーファイブは病院にオレを送迎したあともそのままオレを待っていた。


 退室の時間がわかんなかったし、その辺をタクシーよろしく流してくれてもいいと言っていたんだがな。まあこれも最上級プランってやつの契約通りなんだろう。


 出た足でノンストップで乗れたCARSに頼んで第二基地に向かう。しかし来た時と同様に本道は混雑したまま。目的地の到着まで思ったより時間が掛かりそうだ。


 花鳥……いや、ガイサイガーが暴れた地下都市は復旧工事のために、あちこちが通行規制や通行止めになっている。片付けられていない瓦礫の転がっているところもまだ多い。


「飲み物もらうぞ。爺さんに質問攻めにされて喉が渇いちまったい。問診かっての」


〔本日はアイスにS産のアップルティーと、ストレートのマスカットジュース。ホットに同じくS産のほうじ茶とココアをご用意しております〕


 ブドウでいいか。パイロットは意識して野菜や果物を採らねえとな。車内のクーラーボックスに入った瓶を取り出して栓を抜く。やっぱガラス瓶の容器は高級感があるねぇ。


「いただきます」


 備え付けのカップに注いだ輝くような果汁に口をつけると、自然な甘みと酸味がすっと喉を通っていく。その爽やかさは近頃ずっと頭の奥に残っているイライラを流してくれるようだった。


〔どうかご自愛ください。お疲れ気味に思えます〕


「まあ、連戦でちょっとな。怪我はしてねえから平気さ。55フィフティーファイブの方は大丈夫だったか?」


〔問題ありません。何かと荒事の多い玉鍵様用に14フォーティーンワン17セブンティーン、そして私こと55フィフティーファイブは本社決定によりVer.Upいたしました。もはや少々の爆発や小銃弾程度では傷つかない、新調したばかりの自慢のボディでございます〕


「皮肉も言えるとは大したもんだ。最初の頃より楽しい性格になったな、おまえさん」


 初めてこいつに乗ったのは長官ねーちゃんに同席させてもらった時だった。あんときは星天とかいうタコの雇った連中に襲撃されたっけな。当時は契約前だったからオレの言うこと聞いてくれなくて参ったぜ。


〔恐縮です。当社のAI車は定期的にデータを統合して疑似人格を平均化するのですが、どうも玉鍵様とのドライブは思考構築に大きな影響を与えるらしく、人格に個体差が出やすいようで〕


「他より個性が出てくるって事か?」


〔左様です。思考の高度化が顕著となっており、平均化しようとしても他が我々に引っ張られるため統合にあたって少々不具合が。玉鍵様の優先順位が契約外の車両でも上がってしまいがちで〕


《なにか車に口説かれてるみたいでナイ、コレ?》


(何言ってんだ。自分はAIだから学習することで個体ごとに差が出てくるって話してるたけだろ。まして皮肉られた通りにオレの周りはどうもドンパチが多いしな。刺激的な体験をすりゃあ他の平和な車両との落差だって大きいだろうさ)


「さすがに自発的なサービスに金は出せないぜ? まあ、お得意さんとしてちょっとしたおまけでも期待しとくよ」


〔そのときはご期待ください。ちょうど話に出ましたのでサガのワン17セブンティーンからの情報を。玉鍵様のご友人である大石様と先町様はサイタマ都市に出発したそうです〕


 三年男子の力士くんと予知能力者の二年坊か。サイタマがゴタゴタしたせいでサガに置きっぱなしになってたが、元はあいつら助けに行ったんだよな。訓練ねーちゃんとS課の顔見知りのねーちゃんに預ける形になっちまったい。


〔犯罪者の護送を兼ねているので時間が前後するかもしれませんが、発った時間から逆算してあと2時間ほどで到着するでしょう〕


「民間用の車両じゃなくて犯罪者用のいかつい護送車に同乗してんのか。あいつらも苦労してんなぁ」


 乗り心地はもとかく安全性はそっちのが高いからむしろマシかね。たまに食うに困った棄民の山賊が出るって言うしよ。


 汚染や地雷源があちこち残る都市外の土地でも、先人のトライアンドエラーで生存圏を見つけて生き残ってる連中がいるんだよな。都市の犯罪組織と繋がってるから完全な自給自足ってわけじゃないらしいが。


《ドラマなら道中で襲撃されて護送犯と共闘ルートだナ》


(護送してるのが例の立て籠もってた連中なら無理だろ。オレが残らず顎を叩き割ってやったしよ)


 何が『抵抗しないから正当な扱いを要求する』だよ。オレらが突入するまでセカセカと証拠品の抹消をしてた分際で。


 治安じゃないオレに逮捕権なんざ無いが、代わりに法だ条約だと言われて止まってやる義理もねえわ。未成年の主張よろしく鈍器片手にボコボコにしてやったぜ。


 ……強襲したオレらと大真面目に戦って散ったブーメランヒゲの部下とか、あんなタコいやつらを守るために殺されたんじゃ浮かばれねえっての。


 それを含めての仕事だとしてもな。好き好んで銃を持つ仕事なんて就くもんじゃねえや。


〔そのワン17セブンティーンより『サガに参られたときはぜひご指名を』、との事です〕


「覚えとくよ。ああそうだ、くんれ、じゃなくて天野さんはまだサガか?」


 ピエロの件でサイタマも大わらわだろうし、赤毛ねーちゃんもぼちぼち片腕に戻ってきてほしいだろう。一番信用して頼ってるみたいだしな。


〔申し訳ありません。確定した情報がございませんので、天野様の所在地はサガ都市から得た一般的な情報からの推測になります。よろしいでしょうか?〕


「ああ、いいや。客以外の話なんてわかんねえよな。力士くん、じゃなくて二人が襲撃されそうだって伝えてくれたのも、たまたま見かけたのを教えてくれただけだしよ」


〔必要でございましたら本社経由でサガ基地にコンタクトをお取りいたしますが?〕


「忙しいだろうからいい。まあ、なんだ、ちょっと気にかけてやってくれ。ひとりで他所の土地は不安だろうしよ」


〔畏まりました。天野和美様はCARSが責任を持ってバックアップいたします〕


「いやそこまでは……まあいいか。頼りにしてるぜ」


 飲み干したコップを片付けて暇つぶしに窓の外を眺める。渋滞が続いている道路は景色に代り映えがしていない。相も変わらず遠くに岩盤がそびえる辛気臭い地下都市だ。


(しっかし進まねえな……クンフーだったらもう着いてるぞ)


《どこでも走れて飛行もできるバイクと比べたらしゃーナイ。そのクンフーだけど、ヒカルちんに譲るの?》


 先の都市戦でガイサイガー迎撃に先行していたのは綺羅星きらぼしの駆るクンフーマスターだった。


 あのロボットは操縦席がバイクとして分離でき、オレも手軽な移動手段として使わせてもらっていた経緯がある。だが正式な乗り手が決まったならオレの方は遠慮すべきだろう。元は潰れた車の代わりに借りただけだしよ。


(あいつが欲しけりゃな。バイクだけオレが乗り回すわけにもいかねえ――――ああっ、思い出した! 38サーティエイトの事、ジジイと整備ガキに謝ってねえ)


 さっき二人には謝っときゃよかった。ブッ壊しちまったのに整備の連中に何もねえんじゃ、パイロットとして義理が立たねえわ。


(しょうがねえ。ここから病院に戻るのも間抜けだ。先に基地にいるガキどもに謝って、爺さんたちは次の機会に詫びを入れよう)


《低ちゃんは義理堅いどすえ》


(オイランか。ロボット乗りは整備とマンツーマンだろ。パイロットのオレはロボットを動かせてもそれだけ。まともな整備は出来ないんだからよ。何より感謝と義理を忘れたら整備不良グレムリンが出ちまうよ)


 パイロットを殺すのに敵はいらねえ。ネジの一本でも抜けばいいってな。自分の手足になる道具を他人に任せてるって意味を自覚してなきゃ、パイロットってやつは生き残れねえもんさ。


〔玉鍵様。第二基地所属の獅堂フロスト様より通信が入っております〕


「あん? オープンで頼む」


 病院からなんだよ。寄るなら基地にある着替えでも持ってこいってか? いいけどよぉ。


〔――――嬢ちゃん! 手を貸してくれ!〕


 大音量にオレが顔をしかめたのを察して55フィフティーファイブが言われる前に音量を調節してくれる。悪いな、この爺さんどうも声がデカくてよ。


「なにをすればいい?」


 声が大きいのはいつもの事だが病室で会ったときとは明らかに空気が違う。のんびりしたお願いじゃねえだろう。


〔サンダーたちが連行されちまう! 尋問してた他国のS課が勝手に身柄を押さえちまった! 気付いた長官とこっちのS課が抵抗してるらしいが、あいつら国際法を盾に言うこと聞きゃしねえ! 儂も向かうが嬢ちゃんのほうが速いはずだ! おまえさんの持っとる権限なら――――〕


55フィフティーファイブ!」


〔急行いたします。車がたいへん揺れますのでシートベルトのご確認を〕


 下部のギミックから噴き出した超圧エアによって大きく浮かび上がった車体は混雑している道路を外れ、CARSは道ならざるルートを走り出す。


 顧客たっての要望とあればCARSに道路交通法などありはしない。


 金と契約によって担保された車一台の自治領区。それが高級送迎サービスCARSだ。







<放送中>


 高屋敷の前に立ちはだかる栗色の髪をした女性職員は、世界的な組織として権限の行使を認められている事を証明するバッジを掲げて、ひどく平坦な日本語で護送車へと押し通ろうとする高屋敷を牽制した。


「タカヤシキ長官殿。これは国際法に基づいた我々Special Sleeveの権利です。一国の法よりも、一都市の法よりも。SSの権利が優先されます」


 スペシャル・スリーブはアイルランドのダブリン都市に拠点を持つ、国際的なSを取り締まる監視組織のひとつである。大日本の関係者からはその制服の独特の袖になぞらえて隠語で『袖付き』と呼ばれ、他国他の縄張りに対しても干渉するなど強引な事で知られていた。


 なおアイルランドはかつてブリテンに植民地とされていた歴史を持つために似通った面もあるが、その血脈はケルトにこそルーツを持ち、現在ではケルト文化を復興させてすでにブリテンの搾取と支配から完全に離脱している。


「同じS組織で大日本のS・国内対策課が止めているでしょう! 他国から来たあなた達に搔っ攫う権利は無いはずよ!」


 そう言って高屋敷が『見ろ』と言うように手を振って周囲にいるS課の職員たちを示す。


 彼女の横や後ろには確かにS課の職員たちがいた。


 ただボスである釣鐘つりがねが不在であることや、元Sワールドパイロットのエースとして戦い抜いてきた女傑の迫力に押されて、まるで彼女の取り巻きのような情けない事になってはいるが。


「それは大日本に属していた過去の話です。サイタマ都市がSチームを引き継ぐ形となったと申告していますが、それはまだ国際的には満場一致で認められていません。そして我がダブリンシティでは現在のサイタマに属するSチームに、S犯罪者の扱いに関する優先的な発言力は無いものと判断しています――――よってこちらの2名の扱いは『国際法の判断』に委ねていただきたい」


 SS女性職員扱う日本語はなかなかに流暢で、それだけに彼女の言葉の裏に含まれる小馬鹿にした空気は日本語を理解できる者たち全員によく伝わった。


「ふざけんな!」


 思わず掴みかかろうとした高屋敷を近くの職員が慌てて止める。いくら基地長官とはいえ相手は世界的に独自の権限が認められてる組織。特にS課の職員たちはその権力の強さをよく分かっているため、高屋敷が犯罪者とならぬよう必死に止めた。


 それこそ、もはや嘲笑の笑みを隠さなくなったSSの思うツボであろうから。


「ご安心を。ただちに底辺層SCUMとなるわけではありません。拘留期間に『なんらかのリアクション』があれば、あるいは処遇は変わるかもしれませんね」


「ダブリンに賄賂BRIBEを送れとでも言いたいわけ!? やってる事はブリテンと変わんないわね!」


「Don’t do it Together!」


 一緒にするな! 発作的に目を剥いてそう叫んだSS職員は、やがて感情の発露を恥じるように苦虫を嚙み潰した顔になり、時間を気にする風を装って冷静さを取り繕った。


「……では我々はこれで。護送を妨害した場合、本当に国際犯罪として扱いますのでそのつもりで」


 踵を返したSS職員を止めようとする高屋敷だったが、やはり周りから押さえられて追いかけることはできなかった。


 基地から離れていくSSの車両群。そこに抵抗さえ出来ずに乗せられているだろう少年と少女の事を思うと涙が出てくる。


 S基地の長官に着任し、大日本を汚染していた権力者を排除し、まともな国にしようと動き出したばかりだというのに。それでも他国の思惑ひとつで見知った2人の子供が汚い国同士の駆け引きの場に連れていかれてしまう。


 確かにあの2人の弟は犯罪者だ。連座の刑罰も法的に決められている。ダブリン都市の言い分は国際的には否定されるものではないだろう。


 しかし、その鉄の法を粛々と行使するのではなく、国同士の、都市同士の、薄汚い駆け引きに使うというのなら。


 その行為は決して正しいとは言えまい。


 ――――高屋敷法子という、熱き心にエンジンが掛かる。いつしか眠りについていたパイロット時代の気力に火が入る。


「い! か! せ! なぁぁぁぁぁい!!」


 押さえていた職員たちを劇的な膂力で弾き飛ばし、タイトなスーツがブチブチと音を立てる。


 社会人の女性として、長くスーツに封じていたパイロットとしての肉体の可動域が蘇る。


 そして高屋敷は駆けた。SSの車両が通る基地ゲートに先回りすべく。後ろから追いかけてくる制止の声など聞こえない。


 ここで立ち止まったら自分の正義が終わる。子供が大人たちの都合で翻弄されるこの社会に敗北する。それだけは許せなかった。


 もちろん冷静な自分は頭の中にいる。こんな事をしても2人は助けられないし、自分が危うい立場になるだけ。それはサイタマ大統領となったラングと、常に法子を支えてくれた和美という親友たちの努力に水を差す事になるだろう。


 それでも! 法子という一本気な人間は! こんな事を認められないのだ!


 引退しても体力作りを怠らなかった身体は敷地を存分に駆け抜け、ついに先回りを果たした法子はゲートの正面に立ちはだかろうとした。


 すべてを賭けて。


 だが護送車の急ブレーキ音は、立ちはだかる法子の体よりはるか前で鳴り響いた。


 ――――その音を鳴らさせたのは、封鎖されているゲートの向こうから文字通り飛び込んできた1台のレトロな乗用車。


 あわや直前にいた法子を轢きかけてスピンし、さらに向かってきたSSの車両に激突しそうになりながらも、ギリギリ道路のど真ん中を遮る形で停車する。SSの先頭車が急ブレーキをかけなかったら本当に追突していただろう。


〔高屋敷様、道路の中央に立つのは危険かと存じます。今後はどうかお控えください〕


 道路を塞がれたSS車からけたたましくクラクションを鳴らされている中、いっそ呑気に聞こえるCARSの人工音声が法子を窘める。


 白く煌めく車体ナンバーは55。


 後部座席が開かれ、焼けたタイヤのにおいがする道路に堂々と降り立った少女の姿を見た法子は、それだけで根拠を伴わないはずの奇妙な感覚に襲われた。


 きっとなんとかなる、と。

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