第241話 終わりを見据える整備士
第二都市にある一番デカい病院の個室にて。
受付を経て要人用らしい豪華な部屋に入室すると、整備長の
「――――サボりたいからって毎日来んじゃねえよ。明後日には退院だぞ? 仕事が滞ってたら拳骨くれてやるからな」
オレを別の誰かと勘違いしたらしい
「元気そう(だな
声で予想の相手とは別人と気付いたんだろう。画面からチラッと視線をズラした
「嬢ちゃん?」
完全に予想外の人間がいたことで放心し、目を丸くした爺さんに構わず見舞いの品で溢れた棚にオレの分を置く。
(見舞いが多いな、机から溢れて床置きされてら)
《S基地の整備長ともなると早々替えがきかないし、国家レベルのVIPだからネ。ご機嫌伺いや繋がりを持ちたい個人・団体もいるでショウ》
スーツちゃんの言うように、見舞いにはコネ目当ての企業やらなんやら名義の見るからに高価で派手な品も多いようだ。他に埋もれないよう必死だねぇ。
しかし贈った連中の思惑も空しく、この辺はまったく開けられていないし無造作に床に置かれている。
どれも物が大きいから必然的にそうなってるとも見れるが――――逆にそれに混じって個人で贈ったものらしいささやかな品はどれも開封済みで、ちゃんと机に乗っていた。
どっちの品の価値が上だ高潔だなんて臭い話は、俗なオレにはどうでもいいがね。
贈ってきた相手がどんなやつでどんな思惑であれ、見舞いを持って様子を見に来るくらいこの爺さんを大事にしてるって事だろう。
ようは人としても人材としても爺さんは立派って事。価値の無いやつほど弱った時は周りが寂しいもんだからな。
「……いや、まさか嬢ちゃんに見舞ってもらえるとはの」
何か文句でも言おうとしたがうまく言語化できなかった、って
「本当に大した事はない。だと言うのに基地の連中、入院なんぞと大げさにしおって。窮屈で敵わんわい」
オレが腰かけると偏屈なこの爺さんは、まず会話の走り出しを探して知り合いへの不満を言い出した。
いるよなぁ、こういう文句から入る爺さん。当人からすりゃ照れ隠しもあるんだろうが。
「もののついでに休ませるためだって聞いた(ぜ?)見た感じあまり効果は無さそう(だがな)」
《症状は軽い打ち身とギックリ腰だし、動かなければ痛くないんだろうネ》
(年齢はともかく体はやたら鍛えられてるから、高いところから転落しても軽症で済んだんだろうな。高さを聞いたがそこらの爺さんだったら骨折ものだぜ)
けどそのぶん体力が有り余ってるから結局は仕事をし出すと。
ワーカーホリックってのは心の病気だな。仕事人間を休ませるには商売道具を遠ざけなきゃ意味がねえのに。
まあこういう仕事ばっかりの年寄りを長く休ませると一気にボケたりするし、塩梅が難しいか。
「ちょっとくらいええじゃろ。何にもしねえで寝とるだけのほうが体に悪いわい」
そう言うと爺さんはベッドに持ち込んでいる端末の画面をこちらに向けてくる。
《スーパーロボットの操縦方式の見本だナ》
「三島の嬢ちゃんはアームレイカー+タッチパネル式主軸を推しとるが、おまえさんは何がいい?」
アームレイカーはスティックの代わりに半球体のコントローラー兼用の保持部があり、そこに手を乗せてすべての指を使ってショートカット操作なんかもできる。比較的新しい形式だ。
もちろんボールとアーム自体も可動して、簡素な押し引きや傾けで機体の挙動を調節する形になっていて、かなり体感的な操作が可能になっている。
そんな感じに古風なスティックタイプに比べて慣れれば素早い入力が可能なので、高い慣性制御機能を持つロボットに向いていると言われてる。
同じくタッチパネルは『それがどんなものか』触る部分自体が画面にボタンとして表示されるので、見た目でとにかく分かりやすいのが利点だな。目的のスイッチがどれか悩まなくて済む。
一方でこのふたつは操縦席が機動のたびにワッショイワッショイとお祭り状態になるような、パイロットへの慣性制御機能が低いロボットにはあまり向いてない。
このタイプは強烈な
(三島がアームレイカーやタッチパネルが好きそうなのはなんとなく分かるが、あいつの好みをオレに聞いてどうすんだ?)
究極的にロボットの操縦形式なんて、乗り手の好みとハード側の都合だろ。
そもそもいくらパイロットが好んでも望み通りの入力形式に出来ないロボットだって多いんだ。軍隊の装備と似たようなもんさ。使う側が訓練して合わせるのが基本だからな。
《ミコっちゃんの乗るロボットじゃなくて、新型に採用する操縦方式なんでナイ? 例えば低ちゃん専用機とかかもヨ?》
(オレの専用機ぃ? 既存のロボットを特定のパイロット用に調整する話はたまに聞くが、完全な新設計まではしねえだろ。軍用兵器で言ったら個人のために大枚はたいて戦闘機を作るようなもんだぞ。無駄遣いの極みだ)
国によっては戦果を挙げたパイロットに専用のカラーリングや、個人認識マークを認める制度とかは実際にあるがな。
ただし費用はパイロットの持ち出しだ。
ケッ、あんなもの国がパイロットに払った報酬を回収するための制度だぜ? なんせ物がデカいから色塗りだけでも結構な金額になるからな。
例を挙げるとキャスたちの使ってるワスプタイプとかならわりと好きに塗れる。
キャスは全体をブルーにして白のライン。ステーキ君はグレー主体で翼にグリーンのラインを入れていたな。
そういやあいつらまだ生きてるかねぇ? 会えるかは知らんが後で基地に寄るか。
《ままま、ええヤン。このお爺ちゃんだと他に話題らしい話題が無いっしょ。付き合ったりーナ》
(使えてないカンサイ・イントネーションやめーや。言いたいことは分かるがよ)
見ての通りの完全な仕事人間だもんなこの爺さん。機械いじり以外に他人と話せる趣味なんて無いんじゃねえか?
「(オレの)好みで(か)?」
「おう。出来るだけ細かく頼む」
細かく? まあいいか。細かい方が話に突っ込めて話題が続くって事だろう。
「基本はしっかり握れるスティックとガッチリ踏めるフットペダル。手袋をしていても操作できるハードスイッチ。タッチパネルもあったほうがありがたいが、これは非戦闘状態時に使う程度でいい」
「しっかり握れるってのはなんじゃ?」
「戦闘中に思わず強く握りしめたり、踏ん張るために持ち手を掴むことがある。だからスティックの掴みにゴチャゴチャとスイッチがあるタイプは嫌だ」
小指だけで保持しろってのか、って言いたくなるくらいスイッチ山盛りのやつがたまにあるからな。あんなもの慣れる前に誤入力で死んじまうわ。
「――――こんな感じかの?」
オレの意見をかなりしつこく聞いて端末を弄っていた爺さんが、再びこっちに画面を向ける。
映像は実際に操縦席側に乗ったような視線から。やや上に向けて斜めに設置された左右のスティックが見えた。
「理想形だ」
スティックに備わったボタンもゴテゴテとはしておらず、これを操作するための指は親指と人差し指のみ。これなら他の指は常に操縦棹を握っていられるだろう。
外連味の無いスッキリとした形状をしたそれは、今のオレの小っせえ手でも扱い易そうなデザインに思えた。
「スティックには一部アームレイカーの技術を取り入れて、スティックに前後に動く余地をつけるか? 入力手段が多い方が細かい機動が楽になるじゃろ」
「それよりはパーツを減らしてとにかく頑丈にしてほしい。どんな機械も壊れるのが一番困る」
色々やれて便利なんて代物は、いざって時に使いこなせなかったり壊れたりで、結局なんにも出来ないもんさ。
どんな腕の良いパイロットだって操作出来なきゃ新米以下。高性能でも
――――そうやって爺さんの質問に答え続け、ぼちぼち喉に渇きを覚える頃に別の見舞い客がやってきた。
「た、た、玉鍵さん!? おおおおっ、お久しぶりですっ!」
現れたのは黒い肌を持つオレとも顔見知りの少年整備士だった。
齢は17だったか18だったっけ? 高校には行かずに整備士になったとか、前に雑談で聞かされたが忘れちまったい。
「声がデケえ! 病院だぞアルぅ!」
「《あんたが一番うるさい》」
耳がキーンとしたわ。そういやこの爺さんからの通信は音量下げてたくらいだもんなぁ。
整備棟みたいなただでさえうるせえところで仕事してると、自然と声がデカくなるんだろうがよ。
「すごい美人の先客って玉鍵さんだったんですねぇ。てっきり高屋敷長官かと」
《んー、どっちかと言うと法子ちゃんは美人より可愛い系じゃね? 実年齢はともカク)
(童顔なのは間違いないが実年齢に言及せんでいい。実際に顔は良いんだしよ。顔は)
中身はディープなロボオタ+アニメオタの残念ねーちゃんでもな。特撮もいけるクチらしい。
なんにせよちょうどいい。ボチボチ
「じゃあ(オレは)これで」
椅子から立ち上がり少年に譲る。スカートのプリーツがしわにならない座り方ってのも自然になっちまったなぁ。
ああ、嫌だ嫌だ。脳は女でもインストールしてる記憶は野郎なのによ。
「おう。近いうちに三島の嬢ちゃんにも会ってやってくれ。あっちも意見を聞きたいはずだからよ」
「(あん)? このまま寄るつもりだから、そのときにでも会えたら」
基地に寄ったついでに第二でロードワークでもするか。ここ数日は体調不良で訓練サボってたしよ。サイタマに戻ってガキどもの飯作ってとやってたら、ズルズルと今日もサボっちまいそうだし。
(ついでに家にも寄るか。ああ、クソ。水回りにカビが生えてそうだなぁ)
《低ちゃんの『ピエロ・グランダッシャー! 作戦』だとしばらくはサイタマに詰めとかなきゃだし、いっそ管理人でも雇えば? 知り合いのパイロットとかサ。仕事してくれたら家賃もお安くしまっせーッテ》
(ブッコロッシャーな。グランダッシャーってなんだよ。あーあ、初めて買ったオレの家なのに。持て余してる別荘みたいになっちまったなぁ)
オレが堂々と住めるオレの家。普通の家庭に生まれたやつには当たり前の住処。それをこんな形でほったらかしにしちまうとは。
……生まれの根っこが卑しいやつは、どれほど金があろうとこんな感じに根無し草になっちまうのかね。
どこにも居付けない。引っかからない。流れ者のように。
<放送中>
「……なにを迷っとる? いいから追いかけてって基地まで乗せてもらえ」
アーノルドと入れ替わりで玉鍵がするりと退室すると、当の少年整備士は玉鍵の消えたドアの先と部屋を交互に見てなぜか迷っていた。
獅堂は一瞬、見舞った端から出ていくのが気まずいのかと思った。
しかし少年の視線の向きにかすかな違和感を覚えて、その視線の先を追って――――悪い意味で得心した。
(嬢ちゃんの座っとった椅子が気になるんかい。ったく、若いのぉ)
十代の健康的な男子であるアーノルドは、『玉鍵の座った椅子』に未練があるのだ。
今でこそ老いたりとはいえ、獅堂とて異性が気になる若い時代はあった。だからその青臭い感覚を理解してしまい気恥ずかしくなる。
「そんなムッツリやっとったら女なんぞ寄り付かんぞ。さっさと行け!」
「す、すみません! 失礼します。っと、これサンダーからです。それじゃ!」
ポケットに入れていた記録媒体を机に置かず、ベッドにいる獅堂に直接投げたアーノルドはそのまま玉鍵を追い掛けて行った。
「あいつに嬢ちゃんのを射止める目はねえな。どうしようもねえぞありゃ……」
身内びいきでアシストしてやったものの、玉鍵が彼を異性として気に入る場面が思い浮かばず、獅堂はいずれ失恋するアーノルドを思い浮かべて先回りの溜息をついた。
(わざわざ復旧中のタワーを使って見舞いに来てくれるとはの)
すでにサイタマで無くてはならない人材となってるだろう少女が、好きで穴倉にいる自分のような人間を気に掛けてくれていることに暖かいものを感じる。そしてこの気持ちを残されている時間の間に、なんとしても返さねばならないと老人は改めて決意した。
――――この病室にいる間、獅堂は体調不良を感じたことはない。だが、不思議と予感がある。
自分には整備士として万全に働ける時間があまり残されていないと。
遠からず何か大事なものが不意にゴッソリと減って、それっきりとなるだろう。
だからせめて整備士として、最後に最高の仕事をやりとげたい。
完成した玉鍵専用のスーパーロボットの最初の整備を手掛けたい。『整備士の獅堂フロスト』という偽名で生きてきた人生は、もう本名でいた時間より長いのだから。
(……ま、それはそれ。生きてきた中で出来た他の義理も果たさんとの)
「暗号化?」
獅堂はアーノルドから渡された記憶媒体を、いつものクセでウィルス対策の中継器を噛ませて読み込んだ。これを中継すれば媒体がウィルス感染していても悪意あるプログラムを遮断し、本命の端末を守ってくれる。
入っていたデータはほんのわずかでありながら暗号されており、通常手段では読み込めない。キナ臭いものを感じた獅堂は、これがただの知り合いからのメッセージで無い事を察する。
「――――おい、どういうことだ」
老人は媒体に記録された情報を慣れた手順で解凍し、開かれたテキストを一読して迷うことなくナースコールのボタンを押した。
記載されていたのは確かにサンダーバードからのメッセージ。ただし、あの気の良い好青年からの見舞いの言葉などではなかった。
「今すぐ退院するぞ。荷物は基地に送ってくれ」
やってきた看護師の制止を聞かず、老人は着の身着のままで部屋を出る。支度をする時間さえ惜しいために。
届けられたのは慌てて書かれたらしいほんの数行の、短く誤字だらけのメッセージ。
そこには『尋問の受け答えでしくじった。自分も妹も底辺送りにされそうだ』と書かれていた。
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