第240話 不法棄民・都市に属さず不法に国内に住む人間の事。山賊や海賊など、犯罪によって生計を立てている

※今回主人公パートはありません。というかオッサンオンステージ。




<放送中>


 先ほどから鳴り響いていたドアガンのせいか、未だに硝煙のチリチリとしたにおいが流れてくる錯覚を覚えながらS・国内対策課の釣鐘つりがねはヘリの眼下に広がる地獄絵図を冷たい眼差しで見下ろす。


 空には砲まで装備した地上支援用のガンシップと、ドアガン装備の複数の多目的ヘリ。地上からはサイタマ都市が誇る現役戦車と兵員を乗せた装甲車。それに随伴するアーマード・トループスの機動部隊。


 山賊の集落程度にやり過ぎと言われたらそうですとしか言えないような戦力をもって、サイタマから部隊運用を一任されたS課課長の釣鐘つりがねは棄民の集落を急襲していた。


 否。たった今終わった。


<地上班。制圧しました。生存者5――――>


 そこで通信先から釣鐘つりがねの聞き慣れたS課装備のライフルによる重い銃撃音が響く。



<――――4名です>


「こちらに負傷者は?」


<無し。今ちょうどアンクル8がヘマをして撃たれたくらいですか。小口径の拳銃なのでプレートで止まってます>


「アンクル8、休暇返上の研修を楽しみにしておきなさい。この世の地獄とは生きていられたから訪れるんですよ」


 やがて騒音防止を兼ねたヘルメットの向こうでアンクル8と呼ばれる地上班の職員から小さな悲鳴が上がったのが聞こえると、釣鐘つりがねは小さく苦笑してから後始末の指示を出す。


「街道の正面だけでいいので死体とスクラップの撤去を。予定ではもう30分ほどでサガから護送車両が通ります。それには子供も乗っているので……さすがに死体を踏み潰しながら通ってくれは酷ですからね。あまり死体が見えないよう片付けてください」


 これから眼下の国道を通るであろう車両は山賊たちが襲撃を予定していた護送車両である。


 サガでクーデターを起こした政治家などの犯罪者を乗せたものであり、同時にサガに派遣したまま取り残されていた釣鐘つりがねの部下である女性職員の『加藤』や、彼女が守っていたサイタマ出身の少年少女が乗っている。


 この機動部隊による潜伏していた山賊への徹底的な攻撃は、事前に襲撃を察知したS・国内対策課の指揮の下に行われた殲滅作戦であった。


「賊の武装は都市の横流しなのでまあまあでしたが、兵と指揮官の質はお察しでしたね」


お世辞おべんちゃらはよろしい。地上班と合流します。我々の仕事はここからですよ。この出来立ての死体だらけの場所で長い長い尋問と調査タイムです」


 瞳孔が縦に割れていない事を不思議に感じるほど蛇に似た上司の視線に射すくめられ、ヘリに同席していた体格の良い男性職員があぎとに飲まれる直前の小動物のようにブルリと震える。


 彼からしたら緊張を解すための軽口だったのだろうが、釣鐘つりがねからすると少々不謹慎に映ったためつい当たりを強くしてしまったと怯える部下を見て反省する。


 心配していた部下の加藤やクーデターの起きたサガで怖い思いをしただろう学生たちが、またも犯罪に巻き込まれそうだった事で気が立っていたのもあるかもしれない。


 しかしそれで部下に当たるのは上司のすることではないと釣鐘つりがねは自分を戒めた。


 ただし不謹慎なのは事実なので、後で教育することだけはやめるつもりはないが。


 公務員とは戦争屋でもなければ俳優でもないのだ。転がっているのは犯罪者の死体とはいえ、それを前に皮肉めいたセリフを吐くのは正しい役人のスタンスとして違うだろう。


 ……また山賊の武装の質がまあまあだったという事は、つまるところ善良な都市民の納めてくれた血税が不正に流出していたという事に他ならない。


 つまり不正を行い肥え太っていた寄生虫が都市側にもいるという事である。賊に金と引き換えにこれらの装備を引き渡した犯罪者がだ。


(犯罪で儲けた金から税金を納めろとは言いませんがね。どのみち罪は罪です――――あなた達に墓など不要、道端でアスファルトと土に混ざって朽ちるのがお似合いですよ)


 釣鐘つりがねは納税の義務を果たす善良な国民のために働く事を旨とする公務員であり、同時に税金逃れをする者に人権を認めない差別主義者である。


 当然として表に出せない不労取得など許せるものではなかった。


 血と土埃を吹き飛ばして着陸したヘリから降りた彼らは、そのまま地上班の護衛を受けて街道近くに発見された集落の中心らしき施設に向かう。


 途中には高密度の砲火と銃撃によって一瞬で蹂躙された賊だった肉が飛び散っており、穴だらけで火を噴いている車両もまたいくつも転がっている。


 大半は輸送部隊襲撃用の対地装備だが、中には対空用の機関砲を積んだ車両やミサイル車両もあることに呆れてしまう。


(やはり一気に潰して正解でしたねぇ。悠長に降伏勧告などしていたらこちらもヘリの1機くらいは落とされていたかもしれません)


 事前に偵察して規模と装備の確認こそしたものの、どうも偽装して隠れた車両があったようで報告と数が合っていなかった。


 この報告を上げた職員らも研修だなと頭にメモし、山林の奥に隠れるように建てられたもっとも立派な建物に入る。過去に何かの施設だったのだろうが、それは釣鐘つりがねたちには関係ない話だ。


 すでに突入した兵士たちが室内を制圧して安全を確保しているので、S課は目的の部屋へすぐに辿り着いた。


「おや。これはお久しぶりです」


 釣鐘つりがねから思わず漏れ出た言葉はそのイントネーションから他人には皮肉・挑発に聞こえたかもしれないが、これは目の前にいる人物たちが意外すぎたため。つまり本当に驚いて出たものだった。


 なにせ生き残りのうち2名は釣鐘つりがねと悪い意味で面識があり、2名は書類上で顔だけは知っていたのだから。


「底辺行きの判決が下りた者がまだ地上にいるとは。銀河には逃がし屋がいるとは聞いていましたが……度し難い話ですねぇ」


 まず拘束されている4名のうち2名の若い男女、学生ほどの少年少女に向けて冷淡な目を向けた釣鐘つりがねは、目の前の2人の犯罪歴を思い出して唾を吐きたい気分になった。


 釣鐘つりがねの不機嫌な顔を見て怯えているのは『織姫』という家の姉弟である。


 姉の名は『織姫ラン』といい、かつて軍事部門の会社を支配する一族としてサイタマにのさばっていた銀河一族の分家の娘。


 その精神は未成年ながらに邪悪そのもの。家の力を背景に数々の不正や陰湿なイジメを繰り返し、取り巻きを使ったリンチによる多数の怪我人はおろか、二桁近い死者・自殺者さえ出していると調べがついている。


 なお二年下の弟も姉ほどではないが実績は似たようなもの。順当に年を重ねれば姉と同じ年齢になる頃には同程度の犯罪歴になると思われた。


 すなわち、生粋の暴君の家系――――すでに落ちぶれたが。


「学園のボス猿だったあなたたちが、今度はこんな猿山で親類に頼って生存中とは思いませんでした」


 この近辺で山賊行為を働く集落の棄民たちは、調査する限り銀河の関係した者たちで構成されている。


 それも密輸などのやり取りのために組織された意図的な棄民集団であり、他にも銀河の権力をしても罪を免れなかった身内を逃がす、一種の避難所として使われているという噂があった。


 そして書類上他の親類と合わせて親子共々に底辺行きとなっているはずの織姫らが居るという事は、この噂は真実なのだろう。


(面倒ですが彼らを引き渡した底辺層の輸送隊の面々をひとりひとり入念に洗いますか……まあ、すでに消滅・・しているかもしれませんがね)


 銀河に連なる者の多くは『テイオウの粛清』によって消滅している。ただ傾向を調べた限り特に悪質な者ほど優先されているようなので、逃がし屋のような間接的な不正を行った者がどの程度あの少女・・・・にとって悪質に入るのかは予想がつかなかった。


(やはり未成年は例外なく粛清の非対象なんですね……この娘にはおそらく一番腹を立てたでしょうに)


 ――――多くの人間を消滅させた『テイオウの粛清』。しかし悪質であっても対象から意図的に外されたと思われる者たちがいる。


 それは未成年、子供だった。


 もっとも年齢的に子供というだけで、銀河に連なる子供たちの素行は大人の犯罪者と比較しても大概であったが。だからこそ釣鐘つりがねもさして心を痛めず生き残りの子供を底辺へと叩き込んだのだ。


 あの優しい少女が子供に手にかけるより、新たなサイタマの秩序を預かる大人たちが断罪するほうが相応しかろう。


「そこに転がっているのがアンクル8を撃ったやつです。山賊のリーダーでしょう。どうも織姫姉弟こいつらを人質に逃げるつもりだったようで」


 突入班の隊長が小銃で死体を指す。爆薬などを持っていないかはすでに調べ終わっており、兵士たちにとってはもう汚い血が零れるだけの物体でしかない。


「無意味な事を」


 入念な訓練によって培った的確な射撃と冷静さによって人質を抱えた胴体部を避け、そこ以外に銃弾をしこたま撃ち込まれて絶命している中年男をチラリと見る。


 釣鐘つりがねも兵士同様、死体になった人間に用は無い。彼からからすればこの死体を見た感想は、アンクル8以外の兵士や職員の練度が誇らしいだけであった。


(子供の人質に思わず動揺したアンクル8が動きを止め、しかし抵抗する者は射殺が前提の他のメンバーたちが構わず銃を向けた。そのため賊リーダーが破れかぶれで応戦……後は通信の通り、ですか)


 メンバーで唯一撃たれたのが人質を気にして攻撃できなかったお人好しのアンクル8というのが皮肉だと、釣鐘つりがねは少しやるせない気分になってそっと溜息をついた。良い人間が先に死ぬという格言は、こういう事を表しているのだろう。


 たとえ人質を取られようがS課には、いやさ都市の治安組織には関係ない。


 職員たちはたとえ無辜の市民が人質としていても『テロリストの要求は一切飲まない』という、基本的な対テロ思想を大前提として教導しているのだから。


 それでも思わず躊躇してしまうのはS課の職員として失格でも、人間としては正しいと考えることができる。研修の成果によってはアンクル8はもっと穏便な部署に回してやったほうが全体のためにもなろうと脳にメモをする。


 人情味のある部下の今後の扱いはともかく。自分たちにはまだまだドブさらいの仕事が山積みなのだと彼は改めて仕事に集中する。


 すぐ目の前で物言わぬ肉塊になった山賊の頭――――おそらくは銀河の血族、織姫の親類――――を凝視して恐怖から過呼吸に陥っている姉弟を無視して釣鐘つりがねは、汗で滑った眼鏡の位置を軽く直すと最後のひとりに1歩、無造作に歩み寄った。


 それまでおびえ切った顔で震えていた生存者の男たちはついに自分に矛先が向いたと悟り悲鳴を上げ、拘束されたままの手足で必死にもがく。まるで口を開けて襲い来るワニから逃げるように床を這いずって


「どうも。第二基地では直接会えませんでしたね『地頭』さん。どうやら火山長官に逃がされた後も、なかなかに苦労されたご様子」


 諦め悪く、未だ1センチでも遠くへ逃げようとする男の背中を乱暴にコンバットブーツで踏みつけ動きを止める。


 長く着続けたことで布地が劣化してヘロヘロのTシャツは薄く、頑丈なブーツの向こうからでも男の痩せこけた体が解るようだった。


「そちらは『速水』さん、でしたか? 自慢の特注サングラスは――――ああ、その様では持っているわけはありませんか」


 踏まれた男にかまわずしゃくとり虫のように後ろ向きに逃げ続けるもう1人。


 顔に大きな傷を持つこちらの男の名は速水アキトという。その顔に遠慮なく硬いブーツのつま先を見舞って見苦しい動きを止める。こちらもまた格好は驚くほどみずぼらしかった。


「なるほどなるほど。どちらも失踪してから足取りがつかめないと聞いて第二都市の治安の怠慢を疑っていましたが、エリート層に逃がされていたのでは。これは一般層の治安には追えませんねぇ」


 地頭という中年は第二基地においてBULLDOGというスーパーロボットから部品を抜き取り、暗黒街に横流ししていた元整備士である。

 奇しくもその機体はあの玉鍵たまの初の乗機となり、最悪の整備不良で彼女を死なせかけた男でもあった。


 後に逮捕された地頭は基地の独房に拘留されていたが、S課へ引き渡し前に先代の第二基地の長官で地頭の親類でもある火山によって逃がされて以降、行方不明であった。


「ほれはらりもしれない! らりも――――ん゛!? ん゛ん゛ん゛うっっっ……っ!」


 ブーツに前歯を折られた速水がそれでも呂律の回らない口で叫ぶ。恐らく『オレは何もしてない』と言いたいのだろうと釣鐘つりがねは正確に解読したが、聞く価値は無いのでまだ口に押し込んだままのブーツに力を込めて黙らせる。


 速水の体が激痛と呼吸困難で引きつるも、差別的な公務員にとってはただの人体の生理反応でしかない。


「元教え子たちから起こされた裁判で賠償命令を受けているはずですよね? それを払わず逃げておいて何もしてないは無いでしょう。金額は十分払える範疇だったはずなのに。賠償額の一部は国にも入るんですから、逃げられては困ります」


 本当に窒息する寸前に足を抜く。ゲホゲホと血と折れた歯の欠片を吐き出した速水が床に横たわったところで、S課の課長は無造作に速水の頭を踏んだ。


 すぐに床とブーツの硬さと重さに苛まれた速水から悲鳴が上がる。念のためフル装備の歩兵と変わらぬ戦闘装備を身に着けた今の釣鐘つりがねの足はさぞ重かろう。


「厳密には私の仕事ではないのですが、あなたに下された賠償請求には知り合いのお友達の分も含まれましてね。出来れば彼女たちに吉報を届けてあげたいのです。持ち出した資産はまだ残っていますか?」


 本当に一応、念のため聞いたたけで今の速水には資産など残っていないと確信している。だがその資産が流れた先が分かれば、あるいはまとまった額を取り戻せるかもと彼は足に体重を込める。


 ただし聞くまでもなく、彼の持ち逃げした金がどこに流れたのかは予想がついていた。


「ほいつらにうばはれたっ! ほれなのに、ほれをどれいみたいにこきつかっへ!」


 頭を踏まれたまま叫んだ速水の目は棄民リーダーの死体と織姫姉弟を交互に見ていた。彼の中にこれまでため込んできた憎悪と共に。


(そういえば彼も血縁が遠いながら星天の分家の血筋でしたか。それでここまでは来れたと。どのみち地下では栄華を誇った星天の血筋がみじめなものです)


 親類の伝手で暗黒街の逃がし屋を頼ったはいいものの、一般層出の彼らがエリート層に来ても居場所などありはしなかった。


 この集落に落ち延びている他の銀河や星天一族のコミュニティにおいても、彼らは血が薄く立場が弱かったのだ。そのため残ったなけなしの財産も没収されて、賃金を払う必要のない労働力として奴隷のように使われる日々だったのだろう。ここに住む権利を対価として。


「なによその目はぁ! 銀河の直系たる織姫の私に向かってぇ! 地底人のくせにぃぃぃぃ!」


 不意にそれまで過呼吸状態で黙っていた織姫ランが、格下である速水の憎しみの眼つきが気に入らなかったのか発作的に騒ぎ出し、さらに同じく興奮した弟や地頭まで交えて聞くに堪えない罵り合いを始めた。


 自分は悪くない。どうして私がこんな目に。おまえが悪い。


 彼らの言葉をかみ砕くとそのような責任の擦り付けと呪いの言葉の応酬ばかり。もはや誰の相手をする気にもなれず、釣鐘つりがねは部下に命じて薬物を投与して黙らせる。


(今度こそ責任を持って底辺送りにしないといけませんね……このような形で不法に義務を逃れて税金を払わず住み続ける棄民たちも、いずれ残らず駆除しなければ)


<アンクルリーダー。護送車を確認、予定通り通過します>


「分かりました。後詰の1隊を護衛としてつけてやってください。まあ後は都市まで一直線なので不要でしょうが、緊張続きの長旅で疲れている加藤君たちを安心させてやりましょう」


 通信を終えた釣鐘つりがねは、引き続きここに隠されているだろう都市に潜む犯罪者たちとの連絡手段やこれまでの履歴、物資購入用の金品などを捜索に当たる。


 ――――そして調べるうちにこの集落の原型となったこの廃墟施設が、かつてどのようなものかを知ることになった。


「秘匿されたミサイルサイロ……ですか。それも核ミサイルとは」


 それはかつての都市間戦争よりもさらに前の時代の遺物。まだ世界が核の傘と呼ばれる戦略構想にまみれていた頃の古い古い負の遺産。


 核兵器施設。かつての日本にはあってはならないはずの物。


 サイロに装填されているミサイルは1基のみだが現存していた。そしてこのミサイル施設が大日本に存在する唯一の、『まだ稼働する核兵器施設』だと知ることになるのは、ここから数時間後の事である。

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