第239話 朝食は1日のエネルギー? 食べるのもパイロットの仕事です

※今回ほぼ朝食を食べて喋ってるだけです。




 最近は夢見が悪い。


 以前は寝たら朝まで電源が落ちたみたいにグッスリだったってのに。違ったのは風邪を引いたときくらいだ。


 ただ具体的にどんな夢を見たのかは覚えてない。


 腹が立ち、イライラして、たまらなく悔しい。そんな感情の残滓だけが残って目が覚める。


 体調不良はもう無くなったんだがな。オレは何が気に入らないんだか。


 ここには飯もあれば水もある。屋根もあれば壁もある。暖かい寝具に清潔な風呂。娯楽さえあるだろうに。


《おはよう低ちゃん。今日は早いナ》


(おはようスーツちゃん。近頃どうも眠りが浅くてな)


 嫌な汗を吸った寝間着を脱いで下着を脱いで、軽くシャワーで流して頭をリセットする。


 勝手知ったる他人の家ってな。すっかり赤毛ねーちゃん家に居ついちまったなぁ。


《不調の原因は成長期だからかな? 低ちゃんの場合は回復というか体の復元力が強くて、成長を異常と誤認されて不調になるのかもネ》


 あん? 成長が異常?


(つまり? 寝起きだから分かりやすく頼む)


《伸びる頭を押さえられてるようなものカナ? 低ちゃんは今の姿が復元基準、デフォルトだから。成長しようとする体に反応して『作っては壊し』みたいな状態になってるのかも》


 ああ。そういやオレの今の体は傷の治りとかが早くて、何より正確なんだったか。


 創作にありがちな超高速で治るってほどの物じゃない。けどそれでも常人からすると異様に治りが早いし、醜い傷跡が残るような大怪我でもきれいに治ってくれる。


 逆に拳を鍛えて皮膚を厚くするような事もできないから、この辺は一長一短の性能だがな。


 今回のケースは一長一短の『一短』のほうか。


 この中坊の体は遺伝子の設計図に基づいて、思春期らしく成長のためにオレが寝ている間に肉体を作ろうとする。

 しかし今の体をオレの基本と設定している回復力は成長を不具合と認識して、元に戻そうと伸びた分の細胞を壊すと。


 そりゃあストレスになるわ。賽の河原かよ。


(回復のバランスが崩れたらパニック物に出てくる化け物になりそうだなぁ)


《フラグが立つまで無敵だったり、倒してもしばらく行動不能になるだけで結局は倒せないやつネ》


(ストーリー途中で高所から落ちたりしたパターンだと、後でパワーアップして戻ってくるやつな)


 まあこっちは化け物じゃなくてもありがちだがよ。ラストで落下や爆破オチだと続編で生きてたりするよな。


(じゃあ当分は不調のままかよ。女の成長期って何才くらいまでだっけ?)


《今の低ちゃんが14相当だから、もう2、3年くらい?》


(3年もこれか。たまんねえな)


《まあ今回は成長期とか生理とか知り合いとの敵対とか、色々なストレス要素が絡んでるし、ここまでうまく回ってた歯車がたまたま軋んだくらいの異常だと思うヨ? 体と心のバランスが落ち着けば安定するサ》


 ……花鳥たちに関しては割り切ってるつもりなんだがな。オレなりに冷静なつもりの頭の裏で、そこそこショックはあったって事か。


 綺羅星きらぼし。夏堀。花鳥。


 出会う人間全員と仲良しこよしなんて夢は見ちゃいない。見ちゃいないが――――立て続けはヘコむぜ。






 今朝は先日の残りの鳥のもも肉を入れたホワイトシチューをメインに、取りたいやつは取る方式のロールパンの山。後はオーソドックスなサラダとオレンジだ。


 鳥はだいぶ安くなってきてサイタマ都市のスーパーマーケットを賑わせている。それもあってちょいと買い過ぎたので、本来はシチューには使い辛い部位のもも肉とか入っちまったい。


「ちょっとタマ、ホワイトシチューなのに大根入ってるわよ? あと練りもの」


 そう言ってアスカがスプーンですくった中には、煮物向けにカットされた大根とちくわが入っている。


「鳥ももと大根とニンジンとちくわ。冷蔵庫の残り物一掃シチューだ。特にちくわ。いいやつなのに賞味期限をブッチ切って消費期限がヤバかったぞ」


「あれは前に和美がラングとの晩酌用に持ってきた、どっかの贈答品よ。2人とも冷蔵庫に突っ込んだまま帰って来やしないから困るわ」


 赤毛ねーちゃんはサイタマの大統領。訓練ねーちゃんも今やその大統領直属のエージェントだ。どっちも忙しいだろうからな。


 しかしこいつ、いたらいたで邪魔そうに悪態をつくクセに、いなきゃいないで寂しいらしい。


 ……そういやアスカの親とかの事情って知らねえな。赤毛ねーちゃんは叔母であって母親じゃねえし。


「カズミ? ってたまちゃんさんと一緒に来たおねーさん?」


 横でシチューの具を選り分けてすくっていたミミィが入ってくる。こいつも親がいないらしいな。


 初宮もこの年で一人暮らしで、オレは言うまでもない。『玉鍵たま』としてのプロフィール上はいるんだろうが意味の無い話だ。


 って、おいおいここで朝飯食ってる面子、全員親の問題ありかよ。今の時代は親と良好な関係で一緒に住んでられるやつは幸運な方なのかもしれねえな。寒い時代だぜ。


「あの人もけっこう強かったねー。ミミィ、たまちゃんさんと戦う前にモニターで見てたよ」


「S用ロボットの訓練教官だ。アーマード・トループスは本職じゃないが元エースコンビの片割れだし、そこらの乗り手より強いと思うぞ。それよりニンジンと大根を避けるな」


「えー? ニンジンいらないよ」


 ちくわと肉だけ食ってんじゃねーよ。ニンジンはともかく大根は野菜嫌いでも比較的食べ易いはずだぞ。


 こりゃあサラダもどう食わせたもんか。ドレッシングを工夫するだけじゃ限度がある。他にもサラダ用の肉とか味の付いた天カスでも入れて、少しでも食べやすくしないと野菜食わねえなこいつ。


「どうした初宮? 食欲無いか?」


 オレに言われて根野菜と睨めっこを始めたピンクを横に、朝からぼんやり気味の初宮に水を向けてみる。初宮は一番食い気があるほうなんだけどな。体調不良か?


「……ううん。なんでもないよ」


「昨日の超能力検査が気になってんでしょ。結果は『超能力の才能・有り』。まさかあんたがねぇ?」


 何かと隠したがる初宮を気遣ったんだろう。スプーンでもも肉と格闘していたアスカがズケズケと悩みに切り込んでいく。


 せめて骨から削いでから入れるべきだったな。オレも食べ辛くてしょうがねえ。骨付きの方がダシが出るかなぁ、とか思っちまったのが敗因だ。


「パイロット適性検査の時は無かったんだけど……」


「適性検査後に生えたんでしょ。パイロットなら別に珍しくないわよ」


 アスカの言うように特異な才能がパイロットになってから目覚めるケースはままある。


 潜在的な才能が戦闘という極限の緊張から発現するってやつだ。同じ才能でも超能力まで行くとさすがに珍しいがな。


(初宮が念動力者ねぇ……)


 パイロットとしてそこまで訓練を積んでいないはずの初宮が、アスカさえ失神する強烈な負荷に耐えられるのを訝しんだのは、別都市のパイロットで初宮と付き合いの浅いミミィだった。


 この辺は盲点というか、オレを含めて『覚悟と気合いがあれば意外となんとかなる』って根性論者が多いのが気付かなかった原因かもしれん。


 具体的には訓練ねーちゃんとか教官ねーちゃんが悪い。


 あの辺の『努力・根性・勝利』のスポーツ根性漫画の方程式が大好きな大人たちの思想に、付き合いのある全員で思想汚染されてた面があるんじゃねえかな。


 初宮も覚悟と気合いがあるから耐えられたんだろうってよ。


 それを言ったらアスカだって呆れるほどの意地の持ち主。初宮が耐えられたならアスカだって耐えられるはずなのによ。


《正確には『内包的な念動力者PK』。東洋の神秘、気功プラーナの才能だネ》


 以前サイタマにいたチームに、パイロット全員が超能力者で構成されたジャリンガー4ってのがいたのを思い出す。確かリーダーがPK持ちで、スカートめくりなんてしてる思春期野郎だった。


 まあスカートめくりはともかく。オレのイメージする超能力者らしい超能力はアレだ。外界の物体を手を触れずにフワフワと動かすってやつ。


 これに対して初宮のPKは自身の内面のみを操作する。ざっくり言うと肉体強化の才能らしい。


(思い出すと合点がいく。オレでさえスーツちゃんの高度な補助が無ければかなり厳しいのに、スーツちゃんより低性能のパイロットスーツを着てる初宮が何とかなってるのは確かに変だった)


 スーツちゃんにはパイロットに必要な操縦や安全の支援機能がいくつもある。


 強烈なGによる失神を防ぐための血流の操作や、慣性負荷でレバーひとつ動かせない体を動かすための筋力補助とかな。


 これを初宮は無自覚に超能力で補強していたってわけだ。


 体に強烈な負荷の掛かる中でも潰されぬよう抵抗し、血液の流れを阻害されぬよう血を巡らせ、指一本動かせない重圧の中でもロボットの操縦を可能とする『気』という才能で。


『気』。過去の科学ではオカルトの分野とされつつも、多くの古代武術で似た物が秘伝として語られてきたミステリアスパワー。


 むしろ下手に細かく細分化されてる超能力よりサブカルチャーで大人気の能力だ。


 とりあえず不思議な現象は気とか魔力とか言っておけばいいや、みたいな設定自体が曖昧な能力だからだろう。どうでもいいが。


《まだ自分の意志では自由に使えないみたいだけどネ。極限状態とかで初めてスイッチが入るっぽい》


(最初の才能の発現がそんな感じだったんだろ……思えばこいつと最初会った時、遭難したところを助けた時から変だったかもしれねえ。碌に鍛えてないのに運動部の夏堀より体力を残してた。あれもで低温の中でも体力を維持していたのかも)


 当時は夏堀より脂肪があるからかと思ってたが。考えれば考えるほど初宮はわりとおかしい面があった気がする。そこまでおかしいと感じない程度の些細なものだから、個人差くらいの感覚で気にしてなかったわ。


を自由に使えるようになったらすごいかもナ。使ってるロボットの顔がはっちゃんの顔になって、この馬鹿弟子がぁ! とか言いながら猛回転して突撃するようになる》


(爆発! ってやかましいわ。言っちゃ悪いが、は使えても初宮に格闘技の才能は無さそうだぞ。ロボットの操縦補助と日々の健康を保つくらいじゃねえの?)


 逆説的にアスカが一番スゲーな。根性大好きな師匠の教え通り、努力と気合いだけでゼッターをなんとかしてるって事だもんよ。


なによあによ? ちゃんとサラダも食べるわよ」


 オレの感心の視線が偏食の疑いに見えたのか、まだ丸々残っているサラダにドレッシングをブッかけていくアスカ。初めて会った頃より食わず嫌いも格段に減った。そこも感心してるぜ?


「アスカは良い教官になるかもな」


 やっぱ才能を努力で磨いてるやつは違う。努力しない天才が努力した凡人に負けることはあっても、努力もしてる天才が負けることは無い。


 努力の価値も知ってる天才。それは得難い特性だろう。


「急になに言ってんの? 私は現役真っ只中よっ」


 口を尖らせてスライスしたキュウリを貪るアスカは、こちらをチラリと見た後で小さく咳払いをしてから初宮に続けた。


「何を心配してるのか知らないけど使いこなせれば戦術の幅が広がるし、操縦に超能力が必要な機体も選択肢に入るんだから。強い手札が増えたと喜んどきなさい」


「そーだよ! 選ばれたパイロットしか乗れない機体に乗れるってステータスだよ? サガだったらものすごく妬まれて、毎日下駄箱の靴の中に画鋲が溢れるよ」


「碌でも無いわねサガ……」


 あっけからんとサガパイロットの暗部を話すミミィにアスカがドン引きしている。


 才能もコネもあるアスカは妬まれる側だが、やられたら10倍返しを躊躇わないタイプ。こういうやつは陰険なタコ共のターゲットにはされ辛い。イジメってのは健気に我慢するようなやつがやられるもんさ。


「もしかしたら由香ちゃんさんも超獣機を使えるかも! 試してみようよ」


「わ、私はゼッターで手一杯だから」


 前回の戦闘で得た戦利品は2体1組のスーパーロボット『超獣機』だった。


 これまで機械の設計図などが出たケースはあるものの、スーパーロボット自体が戦利品として出現したのはこれが初めてになる。


 ロボットのログで確認できた名称はそれぞれ『青鱗』と『白牙』。


 四方を司る獣の龍と虎を模したこの2機は、『P-LINK』という操作に超能力を用いた独自の操縦形式が取られていて、特に念動の才能の無い者には使えない仕様らしい。


「ミミィ、青鱗は動かせるんだけど何故か白牙はダメなんだぁ。由香ちゃんさんが動かせれば合体だって試せるよ」


 初宮の超能力適性が判明してからすぐ、超獣機のテスト依頼がサイタマ基地名義で舞い込んできたのはオレも知っている。


 戦利品として初めて出たスーパーロボットだけに、サイタマ基地だけでなく世界中がその秘められた性能に注目しているのだ。


 サイタマとしては他の都市から調査名目で紐付き・・・の超能力持ちパイロットを送り込まれる前に、自分のところで運用できると示したいところだろう。


 でないと宝の持ち腐れだなんだと言われて、他に譲渡する話まで出ちまうだろうしな。


 初宮を正式なパイロットにするかはともかく、未知のロボットを抱えている基地として出来るだけ早く使える戦力にしたいのが政治的な本音だろうよ。ただの観光用の置物にしとくにはスーパーロボットのサイズはちょいと邪魔だしな。


「せっかく私たちの下に来たんだし、売却前に1度くらい乗ってあげなさいな」


 戦利品と言ってもパイロットの手に余る品は個人所有できない。そういったものは買い戻し不可だ。まあ法的にアウトな以前に、巨大ロボットなんて危険物を個人では到底管理できるわけないからな。


「もう! 他人事だと思って」


「私やタマじゃ出来ない事を、同じチームメイトのあんたに頼むってだけよ。あの機体は私たちの戦果なんだから」


「ちょうどもう1機を動かせるミミィがいる。軽く性能検証をしてみてくれ。正直、個人的に気になってる」


 無人のせいか戦闘技術こそ稚拙だったが、超獣機は倒してもより強化されて復活してくる厄介な相手だった。それと完全に愚痴だが、オレは何回SRキラーにブチ当たるんだ? マジで運が無いぜ。


 あのフィールドを選んだのはピエロだが、さすがにこれまで未確認だったSRキラーを当て込んでピンポイントで送ることは出来ないだろう。

 単にピエロ好みの戦場としてあの未探索だったフィールドを選んだだけで、その未探索っていう山札に眠ってたババをたまたま引いたんだろうがたまんねえや。


 それでもあのときはゼッターガーディアンが謎パワーを発揮して、再生エネルギーの源になっていた星ごと消す形で強引に倒す事が出来た。


 ……だが超獣機と呼ばれるあの2機の、特に合体した後のスーパーロボットとしての性能の底はまだまだ見えていない気がする。


 無人ではあの通りだったが、もし良いパイロットが乗ったならそれこそ手が付けられない強さを秘めているような。


 いまだ地に伏せる、飛翔の時を待つ龍の気配。身近であの2機を見た時、そんな気がした。


 あいつらは浅く眠ったまま、自分に相応しい乗り手を夢うつつの中で待っている。


「玉鍵さんまで……分かったよぉ」


 しぶしぶという形で了承した初宮は、5つ目のロールパンにまたバターと苺ジャムをたっぷりと塗って食った。食いだしたら速えーわこいつ。ちゃんと消費しないと横に太くなるぞ。


(そういや気のせいか初宮の背丈がまた高くなったか?)


 今はお互い座ってるからそこまで感じないが、なんとなく以前より初宮の視線が高い気がする。


《そりゃあ成長期だもん。はっちゃんだけじゃなくアスカちんもミィちゃんも確実にボディが! 成長してるゾイ》


(なんでボディを強調した?)


《甘えぜ! まで言うとちょっとエロい意味に聞こえるし? 女の子の体に甘いとか、燃えたろ? はさすがにアウトかと》


(なんのこっちゃ)


《はっちゃんの場合は栄養状態の改善と運動で、体がますます活性化してるからだろうネ》


(もともとデカくなる素養はあるってことか。羨ましいねぇ)


 オレンジの酸味を牛乳で流して食事を終える。カルシウムが背を伸ばすって話は迷信だが、栄養状態が良ければ悪いより背が伸び易いのは事実だ。ガキはジュースより牛乳飲め、牛乳。


《というわけで、そろそろブラのサイズを上げたほうがいいと伝えてチョ。もちろん下着は一緒にランジェリーショップで付け合いっこして選ぼうZE!》


(そのときはエロスーツをロッカーに仕舞っちゃおうね)


《なして!? こういうシーンこそTSった物語の見せ場でしょ!》


 ……成長か。


 オレの基本の目的はパイロットとして長生きすることだ。引退後は考えてない。そこまで長生きしたことがないからな。


 けど、もしも首尾よく生き残って長生きしたとすると、オレの体に周りは違和感を覚えるかもしれねえわけだ。


 知り合いの中でオレだけ中坊の姿のままだってよ。

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