第238話 企画と規格のすれ違い? 無茶ぶりされた現場の悲鳴が狂気を呼ぶ!
※今回主人公パートはありません。
<放送中>
『ミミィ・ヴェリアン』はサイタマの地にて青春を謳歌していた。
子供として、学生として、パイロットとして。ミミィという少女は久しぶりに楽しいという気持ちで満たされていた。
故郷であるサガではパイロット同士、あるいはパイロットとそれ以外の人間とでギスギスとした関係が常態化しており、それに比べてパイロットに嫌な視線を向ける者がいないサイタマの環境はミミィにとって驚くほど過ごしやすかったのである。
「ミミィ、いっちばーん!」
天野教官から体力作りとして課せられているアスカたちのランニングに参加したミミィは、その持ち前の身体能力を誇示するように1周目を先頭で走り抜いてご満悦だった。
「バッカじゃないの? 何周あると思ってんのよ」
そう言いつつミミィの挑発に乗って初周からハイペースで走った『アスカ・フロイト・敷島』は、調子に乗って後ろ向きで走るピンク髪の少女に付き合うことなく2周目に入る。
どこかイライラとして明らかに体調不良と見て取れる玉鍵に、さすがに今日の訓練はやめろと休ませたアスカたち。
だがこの能天気な少女が玉鍵にくっ付いていると結局休まらないと判断して、ミミィのお守りを引き受けるために訓練に誘ったのだ。
アスカからすればしょうがないという付き合いだったが、ミミィからすれば
ミミィらの後方には『花代ミズキ』と『ベルフラウ・
「やっぱりこの中だとアスカちゃんさんが一番強いの?」
「まーそうなるかな?」
「バスターモビルの模擬戦ではね。生身の運動能力では私やミズキとそこまで変わらないわ」
追いついてきた2人にミミィが問いかけるとミズキは呑気に、ベルフラウはややプライドを刺激された口振りで答える。
実機を使った模擬戦や、基地のシミュレーションでの戦績はどちらもアスカに負け越しているのは事実。
ただアスカもベルもミズキもほぼ同時期に天野の訓練に入ったこともあり、純粋な身体能力については同程度に鍛えられている。そのため今のところこの3名に大きな差はない。
仮に素手で10回戦えば3、4本は取れるだろう……今はまだ。
強いて差異を上げればアスカは体力と反射神経などパイロットに必要な才能全般に伸び代を大きく持ち、ベルは肉体より頭脳、状況判断と戦術の理解に明るい。
ミズキはパイロットとしての地力はふたりに劣るものの、超能力レベルで他者の視線に気付く索敵能力の才能と、人当たりの良さからくる交友関係の広さという大きな武器がある。
「あーしからしたら3人とも化け物っスよ。化け物。ハンデありでも
ふたりに続いてやってきたつみきはSワールドパイロットを目指しているが本来はAT乗り。そのためシミュレーションはともかく、実機のATを使った訓練であれば経験と知識面を駆使して前の3名にも引けを取らない。
またパイロットとしての能力ではないが空気を読む力に優れており、よほど軋轢のある相手でなければのらりくらりと付き合える人当たりの良さも得がたい技術であろう。
実際ミミィもこの中ではつみきが一番ウマが合う。人との距離感がよく分かっていないミミィとでも、特に不快を示すことなく笑って付き合えるのはつみきならではの処世術であった。
「これは由香ちゃんさんが一番弱いのかなぁ?」
つみきからさらに遅れてやってきた初宮はフォームを意識して走れという、天野教官の言葉を反芻しつつ顎を出さないようにして走っていた。
「自覚は、あるよ、まだまだ、ぜんぜん、だもの」
初宮はミミィからの煽りにも聞こえる不躾な質問に走り続けながらなんとか答えた。
彼女が本格的な運動をするようになったのはパイロットになってからのごく最近の事。そのためまだまだ体力作りの段階である。それもあって1周目からでもアスカたちのように話しながら走るような余裕のある心肺機能は培われていない。
「なんか由香ちゃんさんて、普通だね? ミミィの知ってるパイロットはみんな『私私私。私が一番優秀』って感じなんだぁ。本当にスゴイ人もいるけど、そうでもない子でもだいたいそんな気が強ぉぉぉい感じ。弱い子は似たような弱い子と固まってるからすぐ分かるけど」
前者は独尊姿勢がとにかく強く、後者はイジメなどの常習者のグループや、その逆でイジメのターゲットにされないために固まっているような者ばかりである。いずれも付き合っていて楽しい相手ではないため、お気楽なミミィをしてもサガで交流のあるパイロットは少数だった。
――――ただし、そのミミィからしてサガの独尊系パイロットの上澄みであり、同様に癖が強い性格から避けられているひとりなのだが。
他の上澄みメンバーに比べて非常にフレンドリーなのは良いとして、無邪気というより『空気を読めない考えなし』というマイナスの評価が定着していて敬遠されている。
そんな灰汁の強いパイロットたちの中にいたミミィから見た初宮は、端的に言って『普通の学生』。パイロットと言われなければ分からないかもしれない凡庸さだった。
見ての通りの低い運動能力。戦術面にも取り上げる面は無い。シミュレーションの戦績もこの中では最下位。いっそサイタマのパイロット全体で見ても下のほうかもしれない。
「なのに不思議と強いときもある。うーん、わかんなーい」
目の前のパイロットを弱いと感じる一方で、ミミィは初宮に奇妙な感覚を抱いている。
端的に言えば『普段は弱い』が『土壇場になると異様に粘り強くなる』と。
こうしてランニングをしていても筋力体力の低さが目立ち、そもそも体の使い方からして幼い頃から運動をしてきた人間と違い、どうにもぎこちないというのに。
稀に球技をしたことが無い人間が軽くボールを投げる事さえメチャクチャなフォームになったり、水泳をしたことがない者がバタ足さえまともにできなかったりという感じの、真性の運動音痴のぎこちなさが見え隠れする。
走ることに関してはかなり矯正されたようだが、それ以外の運動はおそらく酷いものだろう。
だがこんな調子の初宮が、体力も技術も圧倒的に上にいるはずのアスカと共にあの難物の代名詞のようなスーパーロボット『ゼッターロボ』を駆って戦い抜いた。
むしろ鍛えこんでいるアスカ以上の耐G能力を見せたのである。これは身体能力の道理に合わないことだ。
まるで肉体に頼らぬ力――――物理法則にそぐわぬ未知の恩恵を持っているような気がミミィにはした。
「もしかして由香ちゃんさん、超能力とかある?」
「……ちょう、え? きゃあ!?」
息切れせぬよう無心で走っていた初宮は、不意に間近で耳打ちしてきたミミィの一言に足をもつれさせて転んだ。
<放送中>
スーパーロボットの製造を担う施設は俗に建造棟と呼ばれ、ひとつの基地に複数の性質の異なる建造棟が存在する。
性質の違いは建造するロボットの違いからくるものであり、単純にサイズ差からくる製造ラインの規格の違いも大きい。
それ以外にも現実の施設とは事情が異なる、特異なケースから別設備を流用することも多かった。
例えば初めは特定のエネルギーや鉱物などの研究設備から始まり、後に研究していた技術を使って設計されたロボットの建造まで担う、というパターンもある。
こういった施設はそのまま特殊なロボットの専用基地として転用され、建造棟・研究棟・整備棟とも兼任になる場合が多い。
もし奇抜なデザイナーがサブカルチャーの表面を擦ったような、利便性皆無の奇抜な建物が基地区画にあったなら。それはまさしくこのケースの基地であろう。
そんな独特のフォルムが多い建築物に埋もれるように立つその建物は、個性的な基地の密集したサイタマ
なぜなら見た目通りにごくごく汎用的なパーツを製造することに従事している、非常に地味な建造棟だからである。
「主任。この『
そもそも巨大ロボットにマントってなんだよ。という言葉を飲み込んで若い職員は発注された装備に疑問を呈する。
「主任。このヒートダガーという装備ですが、電熱で高熱を持たせるための電力はサイズ的に確保出来ないのでは? こんなものバッテリーがすぐ干上がりますよ」
ヒートダガーは高熱に耐えうる金属で実体のロボット用ナイフを作り、そこに電力供給して熱エネルギーで溶断するという非常に乱暴な兵装。これを実際にやったならバッテリーうんぬんより先にブレード本体が持たないだろう。
溶断するより先に自分の発した熱で変形を始め、叩いた端から曲がるか折れるに違いない。否、まず実用的な温度まで発熱させるまでいつまでかかるやら。
「主任。ナックルパートに粒子加速機なんて付けられませんて。仮につけられてもあっという間にパイロットが被曝します」
企画段階では粒子加速砲の応用のように説明されたが、加速発射した粒子が砲身から出た直後に空間を漂うかすかなチリにぶつかった時点で核爆発する。
当然として放射能汚染以前に、粒子加速砲のもっとも近くにいることになる自機は重粒子の衝突で生じる超エネルギーで消滅するだろう。
「主任。アンカー付きワイヤーの射出機構の搭載はまだしも、肝心のワイヤー本体はどこに格納するんです? 現実的な剛性を持つ太さとなると巨大すぎて積む場所がないのでは?」
ワイヤーは長いほどに格納場所も肥大化する。通信用の細いケーブルでさえ100メートルもあればどれほどコンパクトにまとめても一塊であり、積むロボットはランドセルでも背負うような形になるだろう。
「俺に言うなよ! 発注してきた上に言ってくれ!」
複数の職員から同時にツッコミを入れられた『スカルゴースト開発チーム』の責任者は、それぞれ技術者としてごくごく当たり前の指摘を受けて絶叫した。
それだけでは積みあがったストレスの発散には到底足らず、自分が抱えていた不満をやけっぱちの精神で若者たちへと叩きつける。
「ただでさえこんなバカみたいな合体ギミック積んだロボットなんだぞ! 装備だってそりゃあ無茶を言ってくるさ! なんだよ、バーニヤで一番負荷が掛かるところが脱出ポッド兼任で胴体から外れるって! チャチな脱着機構なんか噴射の
これらすべての問題はSワールドで使う機体であるかぎり問題にはならない。Sの技術で作られた物質・エネルギー・理論がすべての非科学的事象を魔法のように解決してくれる。
だが今作っているものは『現実の技術』のみを用いねばならない。
空想という恵みが通用しない、どこまでも乾いた現実の宇宙。自分たちが住んでいる重苦しい重力と大気の支配するこの惑星で。人の科学はあまりにも無力だった。
どこまでもリアルを突き付けてくるこの世界で『スーパーロボット』を実現するとなると、要求される技術難度は跳ね上がる。
レーザーなどの光の集束を妨げたり、揮発して熱を拡散する塗料などは作れなくはない。だがそれでマントを作りあまつさえロボットに被せるなど狂気の沙汰だ。推進器や関節に干渉してすぐに破けるか、最悪は噛みこんでしまうだけだろう。
熱を使って溶断する器具は現実にも工業用で存在する。しかしそれとてなんでも切れるわけではないし、サイズが大きくなれば発熱まで時間を要する。
そもそも工場作業ならまだしも戦闘のようにとっさで使うには向いていないし、作るにしても戦闘用として熱と衝撃に耐える新素材から開発しなければいけないだろう。
粒子砲は問題外だ。実は核爆発など起きない。そもそも重粒子を加速するための装置を現実の機材で全高20メートルに満たないロボットに積めるサイズにするのは、どう考えても今の技術では不可能だからである。
アンカー付きワイヤーはある意味で一番不可能だ。格納場所をクリアしたところで重量制限に引っかかる。このロボットは衛星軌道に打ち上げればならないというのに、何が悲しくてアンカー付きのワイヤーなどという重いだけの物を搭載しろというのか。
(そもそも何が
いっそ怨念さえ感じる眼つきで性能要求の数値を眺めた主任は、
このような感じでキレては頭を抱える事を繰り返して何度目か。それでもジワジワと開発が進んでいるのはチームの全員が技術者として十分に優秀だからだろう。
「あと4日ですよ……試作機、間に合いますかね?」
「そりゃ建造はすぐにできるさ。ロボットなんて複雑な機械でもS技術の開発機材を使えば……性能は全く要求値に届いてないけどな」
まるで申し合わせたような静寂。そして一斉に深い溜息をつく。
設計図はすでにある。図面として起こされたのがかなり前のものなので多少の手直しを要したが、当時としては立派なものだろう。後は建造装置に必要な材料やパーツを投入してやれば機械が自動で素材を加工してパーツを組み上げてくれる。
しかし組みあがる機体の性能はいただけない。下手をすれば直立しているのがやっとの、それこそ歩行したとたんに自重で自壊するような代物になることが完成予想の性能値として出ていた。
(使う素材が重すぎるんだよ。15.9メートルの人型ロボを10トン未満に収めるとか無理だろ)
現実の動力付きの機械は重い。
航空機に使う軽量のアルミ合金やチタン合金を全身に使ったとして、それでもダンボールより薄い空っぽの箱状にしても不可能というレベルなのだ。動かすための機械部品を詰めたら軽く見積もっても数千トン。船舶のような重さになってしまう。
だが現実とは何に祈ろうと改善はしない。もはや代替となるアイディアは出し尽くし、優秀な彼らをして『無理』を連呼して床を転げまわりたいくらいに追い詰められていた。
やがてストレスという狂気に飲まれたひとりが学生時代に戻ったような手つきで挙手をした。
「主任……ハードウェア側で無理ならソフトウェアでなんとかなりませんかね?」
その場の全員から『なに言ってんだこいつ?』。という顔を向けられたマント担当の彼は、とある現実の事象を述べた。
「Sワールドの技術の多くは基地区画以外では機能を低下させ、最終的には停止します。けれどいくつかの非現実的なはずの現象は基地区画以外でも確認できています」
「回りくどい。俺の煮詰まった脳みそにこれ以上負荷をかけるような事を言ったら、この端末をお前の頭に叩きつけるぞ」
古い機種の端末を鉄板でも掴んだようにして持っている上司にやや怯みつつ、彼はこの問題の突破口となりそうな事象について話し出した。
「超能力とかパイロット側の能力でなんとかする、とか出来ませんかね? 機体が自壊しないよう保持したり、むしろ動かすための補助にする感じで。パイロットに超能力者っていたでしょう?」
「ばぁか。あんなもの正式な超能力者のパイロットだってスカートめくりがせいぜいだったぞ。超能力によるロボットの操縦補助はS技術の領分だ。基地区画を離れたら超能力を増幅する機械は使えない」
ダメかあと嘆く若い職員にゲンナリとしつつ、主任と呼ばれる中年の男は不意に小さなアイディアが脳内に生まれたのを感じた。
――――もしも外部から干渉を続けることで、可能な限りS由来の性能を維持することができたなら。この世界でもSワールド並みの性能を発揮できるスーパーロボットになるのではないか?
「例えば……基地とケーブルで繋ぐ、とか? いやさすがに。しかし……」
紐付きの間抜けなスーパーロボットを夢想して男は思わず自嘲した。この方法ならもしかしたら基地区画より遠くには行けるかもしれないが、今回の目的地は衛星軌道。ケーブルなど繋いで打ち上げられるわけもない。
だがこのアイディア自体は使えなくとも、それを呼び水として違うアプローチの方法が漠然と頭に浮かび上がる。
「ケーブルだ、いっそ基地と繋がる『中継地点』を最初に作るってのはどうだ。軌道エレベーターみたいなやつを」
本当のエレベーターでなくていい。基地区画とケーブル1本で繋がるだけの、天に上る糸を垂らすのだ。衛星軌道に居座るあのピエロの居城まで届く糸を。
誰の返答も待たずに独り言のように呟くと、主任は続けざまに頭の中に湧いたアイディアを何も考えずに漏らし出した。
「まずはテストだ。俺は上にハワイへ協力を取り付けてくれるよう具申してみる。おまえらはスカル本体と武装の設計を1から練り直せ。ケーブルから離れて機体が機能停止する時間をシミュレーションで正確に出すんだ。あ、もちろん既定の重量はクリアしろよ。ロボットはS式でも化学燃料吹かして飛ぶ現実のロケットに積むんだからな」
「い、いや、主任。それならもう既存の機体でいいんじゃ?」
基地区画の問題が解決できるなら通常のS用ロボットでもいいはずである。そこを指摘した職員に主任は過重労働で壊れかけた人間特有のヘドロのような笑み浮かべた。
「もちろんサイタマにある機体は残らずシミュレーションにデータを突っ込んでテストするんだよ。スカルはぜんぶダメなときの保険だ。Sの機体でも10トン未満なんてなかなか無いしなぁ。ああ、コンテナに積む形状も考慮しろよ」
そう言って更衣室に向かおうとする上司を止める若い職員たちだったが『他にアイディアがあるのかよ』という、至極冷静かつ狂気に満ちた反論に黙るしかなかった。
――――かくして2時間後。いくつかの問題を別部署から上がった情報によって修正されたこの案、『天の糸作戦(仮名)』は採用を受けた。
サガの誇るリボルバーカノンによるケーブル機器の射出と連結役の宇宙用装備のATの発射。そしてハワイのロケット打ち上げ施設による『アウト・レリック逮捕用スーパーロボット』の打ち上げを同時に行うと。
※ザブ〇グルの資料を見返したら、ギャ〇アのAパーツ側にちゃんとバズーカをマウントする装備があった……。しょ、初期型ということで(汗)
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