第232話 真

<放送中>


 アウト・レリックによって掌握された基地システムの奪還を試みている技術班と並行し、整備班たちも総出で1機のロボットに群がっている。


 当初、玉鍵らの援護をするための味方機を発進させる事を考えた基地側だったが、この騒ぎが起きた直後からコントロールに強制ロックの掛かる機体が続出していた。


「もう一度ぜんぶ外せ! システムボックスを積み替えるんだ! 内部バイパスを弄って完全なスタンドアローンにしちまえ!」


 医療室を抜け出してきた獅堂整備長は頭の包帯に血を滲ませながらも、少しでも早く玉鍵に援護を出すため機体の復旧に努める。


「……クソッ! 駄目だ! 中古も新品も、繋いだ端からダウンしてしまうねぇ! あれが設計したすべての部品の基礎プログラムに裏コードを隠してあるのかもしれない」


 迅速に4基目のシステムボックスを接続した三島ミコトは、システム画面に古風なドット絵のピエロがジャグリングするアニメーションが映った事で珍しく口汚い声を漏らした。


(あのピエロぉぉぉぉ、いつから準備しとったんじゃ!)


 全体の指揮を執りながら自身もクンフーマスターの右腕を修理していた獅堂は、コックピット周りを分解バラしていた三島ミコトの報告に、持っている工具を壊さんばかりに握り締めた。


「あんとき殴り殺しておけばよかったわぁ!」


 かつてファイヤーアークの違法改造事件に怒り、護衛兼監視の保安を振り切ってアウトに暴行を働いたことで罪に問われかけた獅堂。


 こんなことになるならあの時に殺してしまった方がよかったと心底後悔するも、すでに遅い。


 基地のシステムはもちろん、基地内のすべてのロボットが動かない。そして画面に表示されるこれみよがしのピエロのドットアニメーションは、それが誰の仕業なのか隠すことなく物語っていた。


「……爺さん、ミコト。アレは動かせないのか?」


 苛立ち交じりの暗い空気の中、1戦を終えてタラップで機体の修復を待っていたメイド服の少女、綺羅星きらぼしヒカルがミネラルウォーターのボトルから口を放してあごをしゃくる。


 そのあごの方向には最近に格納庫と隔離されたスペースがある。普段行きかう整備士たちはもちろん、パイロットからも何かと『邪魔だ』と愚痴られている隔離された区画。


「あれは駄目じゃ」


 なるほど、という顔をしたミコトとは正反対に老人はヒカルの意見をバッサリと切り捨てる。


 メイド服の短いスカートをわずかに気にしつつ寄りかかっていた手すりから身を起こしたヒカルは、指し示すようにボトルを隔離区画に突き付ける。


 残っていた水が容器を振られてわずかに零れる。その水滴はヒカルの苛立ちを表していた。


あれ・・ならババアの手は入ってねえ。動くはずだ!」


「確かにねぇ。あれはこちらの調査機材の接続を受け付けないから困っていたが、それはそれで狂人にも変な事をされている可能性が低いと言える」


「駄目じゃ。何が起きるかわからん――――敵のロボットだぞ」


 安易に起動させてパイロットの操作を受け付けずに暴走したらどうなるか。味方を送るつもりでさらなる敵戦力となってしまっては愚の骨頂。


 あるいはSワールドに向かうことなくこの場で暴れ出す可能性さえある。何か分からぬものを使うなど正気の沙汰ではないと、長として責任を持つ獅堂は切り捨てた。


「どのみちクンフーこいつじゃ動いても戦力にならねえよ!」


 一瞬、ヒカルの言葉に場が静まり返る。ヒカル自身も言い終わる前にこの発言はよくないと、うっすら直感したが結局は止まらなかった。


 ……クンフーマスターは過去に獅堂が設計の一部に関わったこともあり、老人にとって思い入れのある機体。さらに防衛戦での活躍を受けて国に機体の強化案を通すなど、今もクンフーへの思いは強かった。


 それだけに、実際に乗ったパイロットから『戦力外』の言葉を受ける心情はいかばかりか。その気持ちをおもんばかった全員が言葉に詰まるも無理はないだろう。


 あのミコトでさえ同じ技術畑の人間として老人の気持ちを理解し、気を遣っていたというのに。


「……整備長。酷い言い方だがヒカルの言い分もパイロットとして一理ある。地下都市の防衛機・・・として調整したクンフーカスタムでは、制限無用のSワールドでの戦闘に却って向かない」


 事実とはいえ獅堂の心情を汲まずに暴言を吐いたヒカルを叱るべきかもと考えたミコトだったが、機体に命を預けるパイロットの意見としては至極真っ当だと自分に言い聞かせて親友の援護に回る。


 そしてその濁りのある視線を、この場に持ち込んでいた端末に中継されている映像に向けた。


 玉鍵らの突入したフィールドの映像はリアルタイムの『スーパーチャンネル』で放送されている。


 戦闘フィールドを満たすようなマグマの光に照らされて対峙する2機のロボットは、今すぐにでも戦闘を始める気配だった。


 基地のシステムまで掌握されている現在でも、整備棟の機材などは普通に動いている。おさらくあの狂人は必要以上の操作をする気が無いのだろう。


「あの黒いロボットにも、このフィールドにも、クンフーでは分が悪い。それは事実だ」


 飛行能力は得た。武装も追加した。だがそれだけ。


 根本的にクンフーマスターの10メートル級のボディには、大幅な強化を受け入れるプラットホームとしての余裕が無い。改造強化は限界だった。


 他ならぬ強化案の発案者、獅堂フロストは理解していたのだ。この機体は今さらどう弄ろうと局地用だと。


 だからこそカスタムを提案しても、『地下都市用の防衛機』としての基本デザインを崩さなかったのだから。


「あれを動かすとしてどうするんじゃ。誰が乗る? あんな得体のしれない物に」


 ゆらりとヒカルのほうを向いた古参兵の迫力に思わず気圧されるのを感じ、それに反発を強めてヒカルは自分を親指で指し示す。


「あたしが乗るさ。言い出したのはあたしだ」


「搭乗経験者、という意味ではボクもかな。ガンナーしかやってなかったけどねぇ」


 ヒカルが乗り込むなら自分も行くと言い出すミコトにその人的価値を知る者たちがざわつくも、当の天才少女は気に留めない。


 ――――敵から鹵獲した初のスーパーロボット『エディオン』。


 3機の分離機が合体して誕生する100メートル級の巨躯に秘めるその力は、撃破数という形ですでに立証済みであった。


「3機合体なんだからもうひとりいるわよね? 私が乗るわ」


 ここに来て初めての声に全員の視線が向く。


 猫渡りにいたのはパイロットスーツ姿のキャスリン・マクスウェルだった。


「早朝の出撃だと意気込んでいたらこの調子でしょ? ちょうどいいわ」


 キャスリンの率いるチームは6時の出撃に合わせて準備をしていたが、ピエロの事件によって狭いコックピット内で缶詰を喰らっていた。


「チームのは今回休みかい? 物が物だから経験者のほうがいいんだが」


 敵基地からエディオンを鹵獲した場面にはキャスリンもいた。しかしエディオンに乗り込んで三島たちと共に戦ったのは、彼女のチームメイトのひとりである柿山という少年である。


「風邪を引いて休養。人間だし、自己管理してもそういうこともあるわ。そっちもティコは休みでしょ?」


 ヒカルとミコト、そして野伏ティコは同じチームを組んでいた友人であり、ヒカルがチームを辞めた後もその名義だけは残してある。


 ただ今週のティコはいわゆる月のものがあり、彼女のそれは重めであるため薬を飲んで夜からベッドで休んでいた。起きてくるのは昼前頃になるだろう。


「あれはワスプとはタイプがずいぶん違う。大丈夫かい?」


 ミコトの素の口調からやや皮肉に聞こえてしまうが、今回のそれは真面目な分析である。


 なにせミコトだけでなくヒカルも乗るのだ。不慣れなパイロットをチームメイトとして、愛する人や自分の命を危険に曝したくはない。


「お互いさまでしょ? キラボシだってあそこまで大きいのは初めてでしょ」


「合体機はキングタイガーで経験済みだ。あれも3機合体だし、おまえより慣れてるよ」


 キャスリンに侮られたと感じたヒカルがふたりの会話に割って入る。


 過去に即席とはいえチームメイトとして戦った経験があることもあり、その実力をヒカルは認めている。それだけにヒカルにとってキャスリンはライバルのひとりだった。


「まあ慣れていなくともそこらのパイロットより腕は良さそうか。整備長、あまり時間も無いことだしこの面子でどうだい?」


 端末の画面ではついに戦闘が始まり、最初の1撃ですでにゼッターがガイサイガーを圧倒している。順当に行けば玉鍵の勝ちは揺るがないだろう。


 だがあのピエロが関わっている事である。このまま終わるわけがないと、ミコトだけでなくその場の全員が漠然とした不安を抱いていた。


「……すぐに動かなかったら諦めろ。それでいいな?」


 全員の視線を受けて獅堂が譲歩する。もとよりあれは未知のロボット、動かそうにも再起動するかどうかさえ分からないのだ。


「決まりだ。玉鍵の乗ったやつはあたしが乗るぜ」


「その前に着替えて来たら? 見てる方が恥ずかしいんだけど」


 短いスカートに脇の出たブラウスというヒカルの衣装に、キャスリンが痴女を見るような目で顔を顰める。


「ぐっ、これはあたしの趣味じゃねえよ!」


「心配ないさ。そのメイド服はパイロットスーツの機能がある特注品だ。でないとクンフーであんなに暴れたりはできないよ」


 この衣装はミコトの趣味ばかりで着せているわけではない。いつ何時あるかもしれないチャンスを逃さないために、ヒカルが即座に出撃できるようしつらえたメイド服型パイロットスーツなのだ。


 なおメイドと言うにはあまりにもいかがわしい点に関しては、特注品スーツの発注をした代金代わりとしてヒカルの体で払ってもらうつもり満々である。


 主にヒカルとキャスリンで口やかましく言い合い、ミコトが白衣の袖を揺らしながら付いていく形で隔離区画に進む。


 先行して区画の隔離設定を解除していた獅堂は、今から死地に向かうかもしれないはずの少女たちの肝の太さを眺め、己の齢を感じて深い溜息をついた。


「――――ん? んんっ、開かん?」


 隔離と言ってもそこは本来は機材やロボットの退避スペースである。空けてある場所に『KEEP OUT』の警告テープなどを張り、警報等を設置してエディオンの分離機を置いているだけ。


 受け渡しの義務として機体の状況を最終確認するため、獅堂はパイロットへの引渡し前に自分でコックピットを見て回る。機体が機体だけに別の整備士には任せられない。


 まず先頭に置かれた仮称『Aパーツ』のハッチを開こうとした老人は、取っ手に半端な抵抗を感じて困惑した。


 開きはする。だが開き切らない。メカのハッチとして明らかにおかしい。ガチャガチャとハッチを動かすと隙間ができるのだ。


 その隙間から中を見ると、向こう側のドアの取っ手に鉄パイフらしきものを差し込んで原始的にかんぬきにしている様子であった。


「なんじゃこりゃ……」


〔入ってます〕


「はあ!? き、貴様!」


 中から聞こえてきた声は聞き覚えがある汚い声。


 先天的に痛みを感じないというこの異常者は、この酒焼けしたような汚い声で獅堂にどれだけ殴られようとゲラゲラと笑っていた。あの耳障りな声に相違ない。


〔やぁぁぁあ、ジェントルメェェェェン。こちらは使用中だ。ノックくらいしたまえよぉ〕


「おまえ! なんでここに!?」


〔では御機嫌よう。ささやかな忠告をするとそこは危ないと思うよ、老ぉぉぉ紳士殿ぉ?〕


 にわかに赤い機体が動き出す。振動によってタラップから投げ出された獅堂は4メートルほど下の床に叩きつけられた。


「爺さん!」


「来るな! 退避! 全員退避じゃ! こいつ飛ぶ気だぞ!」


 走り寄ってくるヒカルとキャスリン。それを見て倒れた痛みに構わず老人は叫ぶ。


「チーフ、立てないの!? キラボシ!」


「腰が……儂はいいから逃げろ!」


「うおっ!? 重てえ」


「工具入れのチョッキなんて外したまえっ、これだけで何キロあるんだい」


 30メートルもの分離機が発進すれば噴射炎の影響も甚大となる。


 もし発進用のシールドが展開していない状態でエンジンを吹かされたら、後方に人間がいた場合その排熱をモロに被ることになってしまう。


「整備長ぉ!」


 整備士たちの多くは慌てて退避用の部屋に向かうも、中には獅堂の下に駆けてくる者もいた。少年整備士のアーノルドたちである。


 そこらのパイロットよりよほど重い物に慣れている少年たちは、ヒカルたちに代わって老人にしては筋骨たくましすぎる獅堂を4人で担いでエッホエッホと走り出す。


 退避ルームのドアから手招きする整備士たちの下にアーノルドたちが滑り込む。最後にヒカルがドアを閉じようと引っ張っているところで、本格的に噴射を始めたノズルの排気炎の圧力に押された金属製のドアが彼女の手を弾くようにバンッと閉じた。


「あっぶねえ……」


 ヒカルが強烈な勢いで閉じたドアを見つめる間、他の者は思い思いの場所に注意を向ける。


 アーノルドやキャスリンたちは怪我をした整備長に。そしてミコトは強化ガラスの向こうに見えた発進していくエディオンの分離機たちに。


「なぜアウトがあれを動かせる? ……いや、大事なのはあれを使ってどこに行くつもりで何をするつもりなのか、か」


 分離機たちは第二基地のゲートを通らず、ゼッターの空けた穴を通ってサイタマの上空に消えた。この事をミコトたちが知るのは数分後の事になる。


 さらに数分後、ミコトにとってはささやかな異変の情報がもたらされた。


 それはS課が身柄を預かっていたとある少女が誘拐されたというもの。


 ――――その少女もまたあの未知のロボットに乗り込んでいたひとりであり、メンバーの中で誰よりも特別視していた事は……偶然であろうか?








「~~~~っ!」


 のし掛かってくる山脈の下スレスレをゼッターが飛ぶ。だがこのままでは間に合わない。溶岩との間に挟まれる! 挟まれたら質量の暴力でマグマに引きずり込まれる! 


「ビルドアウッ!」


 寸前で機体の面積を小さくし、さらに合体を解く勢いでギリッギリッで山脈の範囲からなんとか退避する。


(《っぶ》)


 なんだありゃ……見かけより遥かにデカい山脈だったぞ。


 空から落ちてきた岩はすぐに山のような大きさになり、その山がこっちに近づくほど連なる山脈の如き巨大さになった。おかげでゼッターワンの速度でも効果範囲からの脱出が怪しかったぜ。


(チッ、まるで孫悟空にでもなった気分だった……肝が冷えたぜ)


 あの中華ロボ、空間に干渉するタイプの武装でも持ってるのか? 武装の影響範囲が掴めないのは厄介だぞ。


GGG.<ディメンション! ドライバァァァーッ!>


 再合体した直後のゼッターワン。そのタイミングを見計らってガオサイガーが突撃してくる。


「当たるかっ」


 ドライバーを斧で弾いてカウンターを――――することなく、初手から危険な予感に任せて全力回避する。


 分かる。あのクソデカ工具、絶対に触れちゃマズイやつだ。


《ごめん、警告が遅れタ》


(合体支援をしてくれてたんだから、こっちまで手が回らなくてもしょうがねえさ)


 さっきのビルドアウトでアスカと初宮が目を回した。それを察知したスーツちゃんが1号機側からオートに切り替え、最悪の事態を防いでくれた。ありがとよ。


「連携してるつもりかっ!」


 ガイサイガーの攻撃に合わせて、口から業火を吐くという妖怪みたいな攻撃をしてきた中華ロボに一気に踏み込み、腕部に備えた丸鋸型カッター『スピン・リッパー』で切り刻む。


 遠距離から中距離主体のロボットだな。近距離よりさらに近い超接近戦クロスファイトは一番苦手と見た!


 思わず引こうとする相手を許さず、その青いボディを掴んだまま連続で切りつける。


 こちとら接近戦は嫌いだが苦手じゃねえ。


 こういう機体をぶつけ合ってガッツンガッツンやる泥臭い戦いは、むしろさんざんに慣れた得意分野なんだよ! 底辺は割り当てられたロボットにまともなもんがないときはしょっちゅうでな!


 最後に薪割りよろしくアックスで正中線にブッた切る。横で駄目なら縦に割ってやるわ。


GGG.<ブロウクン――――>


「邪魔ぁ!」


 ロケットパンチの発射体勢に入っていた愚者王に、中華ロボを両断した勢いのままゼッターアックスを投げつけて妨害する。


GGG.<うぎっ!>


《ナイスカウンター♪》


 こっちの投げ斧に怯えて溜め切れずに放ったロケットパンチはアックスを逸らせず弾かれ、逆にこっちの斧はそのまま相手の右肩を千切ってガイサイガーをふっ飛ばす。


 どだい愚者王は30メートル級だ。50メートル級のゼッターが使うアックスの重さに十分加速してないロケットパンチで敵うかよ。


《山のときはさすがにピンチにはなったけど、まあ完封かナ? スーツちゃんがサポートしなくても大丈夫だったネ》


「即席の連携ではな」


 こっちもスーツちゃんとの連携は取れなかったしアスカたちも体力切れで参ってる。


 となったら、泣き事言わずに大人が踏ん張らねえとなぁ。


(それにしても手が込んだアイテムを持ってやがる。まさかのフィールドを作り変える機能とはよ)


 ガイサイガーがドッキングした巨大なドライバーを模した支援パーツは、武器のような分かりやすい装備とは違った特異な種類の支援メカだった。


《一時的に空間を歪曲させて、更地以外『何もない』フィールドを作り出すみたい。開発理念としてはクンフーやBIG-Kの衝撃緩和装置と同じで、戦闘で重要施設に被害を出さないための防衛用ガジェットだネ》


 下には敵の落とした山脈とマグマを押しのけた円形の異様な空間が広がっている。


 その形状はまるでコロシアム。全方位をマグマが滝のように落ちていく地獄の闘技場。


(空間ごと人や建物を歪曲させて押しのけるってか? おっかねえ装備だなぁ。危なくねえのかよ)


《かなり危険かナ。空間が戻るときに物体があると干渉して対消滅に近い現象が起きるゾ。もちろん制御なんて出来ないから膨大なエネルギーが破壊に使われるだけダナ。ブラックホールが圧潰するレベルの力の本流で、この星とその周辺一帯までメチャクチャになるネ》


(かなりって気楽なレベルじゃねえ……この世の終わりだわ)


《質量の小さいものなら空間が戻るとき波を受けたように弾かれるだけだから。分子ひとつ混入しただけで惑星崩壊、なんてことにはならないヨン》


(当たり前だ。都市ひとつ守るために星を危険にさらすのに、分子ひとつでアウトとかそんなピーキーでたまるか)


 しかし本来の用途はともかく、それをロボットに向けるとはな。あやうく空間ごとゼッターを圧縮されるところだっわ。


 ガジェットの性質上受けても人は死にはしないんだろうが、効果中は身動きどころか思考さえ出来ない状態にされそうだ。


 幸い膨大なエネルギーを食うパーツのようで、ガイサイガーは大地に誤爆した後はすぐにドライバーを左腕から除装している。


Z2.<はぁっ、はぁっ……>


Z3.<はぁー……はぁー……>


 失神からすぐに回復した2人だが、体力的にすでに限界が近いのが呼吸音で読み取れる。


《うむ。女の子の荒い呼吸音ってエッチだネ》


(状況考えてボケろや変態無機物。ボチボチ決めるぞ)


《ウッス。さっきみたいにビュンビュン突っ込むのはアスカちんたちが危険かモ》


 確かにこれ以上の接近戦はやめたほうがいいな。飛び込むたびに揃って失神しちまう。


(なら温存していたエネルギーの出番だ。ゼッタービームで遠間から消し飛ばしてやる)


 クローンメガネ、おまえにも言い分はあるだろうが恨むならタコな本体とピエロを恨んでくれや。


 おまえにオレが贈れるのは速やかな死だけだ……ゼッター、おまえの光でこいつを連れて行ってやってくれ。


「ゼッタァァァァァッ!ビィィィィィムッ!!」


 咆哮のような照射音と共に、ゼッターワンの額からビームが走る。


GGG.<た、まが――――>


 聞こえねえ……そんな今際のセリフ、聞かせないでくれ。


 ビーム光で荒れたモニターが完全に復旧すると、膝から上が蒸発した愚者王が一瞬の間を置いて爆発したのが映った。


「ピエロ、まだやるか?」


 正直ウンザリだ。ピエロの返答を待つこともない。


(戻るか。サイタマでテイオウに乗り換えるぞ)


《まだ無理っス》


「……なんだと?」


Z3.<はぁー、はぁー……玉鍵、さん、どうしたの?>


(おい、まさか)


 振り返れば中華ロボがいない。さっきと違って縦に両断したんだ、完全に中枢を破壊したはずだぞ。


《どうやらオカルト系統のロボットみたい。倒されても倒されても、そのたびパワーアップして復活してくるみたいナ?》


(そんな少年漫画の主人公みたいなロボット許されるか!)


《たぶんこの星そのものから復活のエネルギーを供給されてるんだネ。惑星から引き離さないと倒せないかモ》


 自己修復能力ってやつかよ。こっちにもそれに類する機能を持つロボットはいるが、こんな短時間では無理だ。ましてやられるとパワーアップする機能なんてありゃしない。


 創作じゃよくある展開だが、相手する側からしたらむかつくってレベルじゃねえな。チートだ、チート。


(星から引っぺがそうにも向こうだってその辺は分かってる。追いかけてこなかったら意味が無いぞ)


 遠間でチクチク攻撃して軽く引き寄せるくらいは出来そうだが、それでも星から一定距離は離れないだろう。


 ……強すぎる。正攻法では倒しようが無い。


しかもここまでお膳立てされているところを見るに、恐らくこのフィールドにはこいつしか敵がいない。フィールド自体がデス・トラップのような空間だ。


 そして思い出す。前にも似たような空気の相手と戦ったことがある事を。


 たった1隻だけで宇宙フィールドを支配していた巨大戦艦。海洋フィールドを支配していたオニカサゴめいた潜水艦。


 出会ったら最後のスーパーロボット殺し。


 こいつ、SRキラーだ。


「どうやらSRキラーに引っかかったらしい。倒しても星のエネルギーを受けてすぐ復活してくる能力持ちだ」


Z2.<マジ!? で、でも倒したらすぐにゲートを呼んで、そのまま逃げれば>


「完全に倒さないとゲートが起動しないようだ。僅かでも復活の可能性があると駄目らしい」


Z3.<ズルすぎるよ、SRキラー……>


 帰還ゲートの開口には最低でも敵を1機を倒す事が条件だ……敵と言ってもさすがにガイサイガーは当てはまらないようだがな。


(次に復活してきたやつを跡形もなく消し飛ばしたらどうだ?)


 さっきまではロボットとして活動する機能を破壊しただけで、残骸はまるっと残る形だったからな。それさえ消えてなり、星側のエネルギーを受け取るロボットがいなくなれば。


《可能性はあると思う。『再生産』されるかもだけど、それでも再生じゃないなら1機は倒せたカウントになるんじゃないかナ》


「なら、最大出力のゼッタービームで完全に消し飛ばす」


 これしかねえ。また照射機周りをブッ壊しちまうが、勘弁しろよ整備。


《敵、やっぱり反応増大。予想通りさっきよりさらに大きい》


(2度目のパワーアップごくろうさん。上がってきた直後にフルパワーで撃って、今度は欠片ひとつ残さず消滅させてやる)


 もしこのアタックで仕留めきれなかったらエネルギー切れでデッドエンド。だが、ケチッて倒せる相手じゃねえ。張り込んでやらぁ。


GGG.<Go! to! HELL!>


 覚悟を決めて待ち構えていたとき、その声は通信機を経由して響いた。


Z2.<ちょっと、まだいるの!?>


GGG.<Go! to! HEAVEN!>


Z3.<これもクローン? き、機体まで何機も>


GGG.<はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>


 青味の掛かったエメラルドのような光の渦が3機目のガイサイガーの両腕から放たれ、ゼッターを包まんと迫る。


「いつのまにっ」


 なんの攻撃か不明だが動きは鈍い。渦を躱すため飛び上がろうとしたとき。


「っ!?」


 動かそうとした機体が鈍い。まるで磁力にでも引っ張られているように、その場をほとんど動けない!


《あの渦だよ! 映像として見えていないだけで、もうゼッターはあの渦の影響下に入ってるんダ。あー、でもゼッターのフルパワーなら振り切れると思うナリ》


(クッソッ! なら引き千切ってやる!)


《ほいほい――――まあそれをすると、低ちゃんはともかく2人は死んじゃうと思うけドネ》


(おい! 今なんて言ったなんつった!?)


《フルパワーで飛んだらガイサイガーの攻撃から逃げられるって言ったヨン。でも、ゼッターの最大加速に2人の体はついていけない。これまでの最高速はそれでも抑えたものだからネ。気付かなかった?》


 ……ヤベエとは思っていた。まだ余力を残す出力系の目盛りを振り切るのは。


《低ちゃんは無意識に2人の限界を感じてセーブしてたんじゃないかな? それでも2人にはきつかったろうけど。抑えてこれでは死んじゃうと思うヨ。まーこれもコラテラルコラテラル。3人で死ぬよりマシでショ》


「ふざけんな!」


《でも早くしないと。たぶんこれってクンフーのドラゴン・ジャッジメントみたいにエネルギーフィールドで敵を拘束して、思い切り突進してくる技だよ。逃げるタイミングが遅れると引っかけられちゃうゼ》


 最大出力で飛べば拘束は振り切れる。だがそれをしたらアスカと初宮が強烈な負荷に耐え切れず死ぬ。


《言っとくけど視聴率はまだ足りてない。これで死んだら終わりだよ――――さあ、どうする低ちゃん? ここで打ち切りかい?》


「こ、このっ!」


 まるで祈る様に組んだ手を前へと突き出し、滑るように突撃してくるガイサイガー。


 その合わさった拳には、受ければゼッターと言えどただでは済まないと感じられる圧を感じる。


 ビルドアウトは駄目だ。合体状態でもフルパワーでなければ抜け出せないのに、分離機で逃げられるわけがない。


 ダモクレスの必殺技は緊急分離することで躱すことができたが、あれは回転で制御不能になった機体を、一度分離することで受けた回転をキャンセルしたようなもの。


 これはあれとは性質が違う。クンフーと同じ拘束系だ。力技で抜けないと脱出できない!


 こんな、こんな事で終わるのか!? アスカと初宮を道連れにして!


 ……やっと、やっとたくさん手に入れたのに。


 きれいな水を、まともな食べ物を、暖かい寝床を、清潔な服を、お風呂を、娯楽を、友達、学校、笑顔――――ナ ニ モ カ モ キ エ ル ?


 ボ ク  カ ラ  マ タ  ウ バ ウ ノ ?


 ――――そして、強い衝撃が機体を貫く。


Z2.<きゃああああっ!>


Z3.<下から!? 高温警報!>


 だが、その衝撃は予想した横からでは無かった。打撃の正体は吹き上がったマグマ。その質量に押されてゼッターが拘束力の最も強い中心からわずかに逸れる。


「っ!」


 全身に浴びた溶岩を引いて、わずかな時間差で脱出したゼッター。そして虚空となったフィールドをガイサイガーが走り抜けていく。


Z3.<こ、このマグマ普通じゃないっ、まだ機体が焼けてる!>


Z2.<全身の装甲を強制剥離実行ぉ! タマ、全身を再装甲化するまで20秒! それまでにまた受けたら私たちごとバーベキュウよ!>


《おー。これがほんとのコラテラルかナ? ダメージは受けたけど全員で脱出できたネ。ラッキー》


 頭に響くその声に、スティックを潰さんばかりに握り締める。


 そうだ、こいつは、こいつはぼくの救い主なんかじゃない。思い出した。こいつは! ――――まだダメよ――――今は――――でも――――鍵が先――――頭が……濁る。


(~~~~っ、っ、頭、痛いっ……)


《え? うわっ、脳圧を調整、血流制御。小さく軽く呼吸して。また低ちゃんだけでセルフ思考加速したね? やっぱり癖がついちゃうととっさに出ちゃうか》


 ……何か知らんが、なんだ? なんでオレ、こんなに苛ついてんだ? 何もかもが憎いくらい。オレは何をこんなに憎んでる?


 駄目だ、苦しい、苦しい! 抑えきれない。堪えられないっ! 誰か、誰か、誰でもいい――――もう、誰でもいいから! 八つ当たりさせろ!!


Z3.<マグマ来ますっ!>


Z2.<ただのマグマじゃないわ! 当たったらゼッターでも持たないわよ!>


 そこで目に映ったのは構えを解いた愚者王と、三度浮上してきた中華ロボ。


 オレはたぶん笑みを浮かべていたと思う。このイライラを存分に発散させる正当な理由を見つけたから。


 頭に芽生えた黒い希望。それは無意識にオレの体を動かした。


Z3.<ぐうっ、玉鍵さん!?>


Z2.<いきなり動かないでよ――――なに、このパワー……ま、まだ上がる!? タマ! 何を!?>


 敵がいる。敵がいる。敵いる。イライラをぶつけてもいい相手がいる!


 おまえたちに見せてやる! おまえたちに思い知らせてやる!


 オレの痛みの根源を!


「スゥゥゥゥゥパァァァァァァッッッ!」


 憎い! 憎いっ! 憎いぃぃぃぃぃっっっ!! 何もかも! 何もかも!


 ゼッターの手の中で高まり続けるゼッター光の激流が、ひとつの光球を作り上げていく。


 光はやがてゼッターを飲み込まんほどに肥大化し、それでもなお止まることなく輝き続ける。


 ――――それは憎悪の光。泣きたいほどの憎しみを込めた涙の炎。


「サァァァン!! シャァァァァァァィン!!」


 溢れる涙の意味も分からずに、それを放った。


 暗黒の世界にポツリとあった、たったひとつの星を飲み込んでいく。


 それは太陽のよう。


 恒星の灼熱の輝きは星を砕き、そこにいるだけの矮小な存在もまた、等しく光の中に包む。


 生命を育むはずの愛の光が消え去った時、そこにはもう何も無かった。


《……撃破確認。なにその技? 設定・・されてないんだけど》


「設定?」


《あ……あー、うん。ロボットの武装って意味でネ。とにかく撃破おめでとう低ちゃん》


 疲れた……まるで抜け出せない迷路を何十年も彷徨っているような気分だ。


 けど、その出口が少しだけ見えたような。終わりが見えて嬉しいような、悲しいような気分。


 意味も分からずイライラして、腹が立って、変な気分だ。


 オレは――――何を忘れている?


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