第231話 ジャーンジャーンジャーン!(銅鑼の音色)

 シャトルに導かれ投げ込まれたのは黒い世界だった。


 闇とは光との落差を感じることで初めて黒いもの。光が無くてはそれはただの『無』。


 その黒の中にかすかに見える赤。吹き上がる灼熱の溶岩が黒い世界を照らしていればこそ、人はここが真っ暗な世界だと理解できる。


(原始の星かよ……)


 かつて重力によって寄り集まり続けた塵芥。それはやがて肥大化し、内圧を掛けられ続けることで内部が溶けるほどの熱を持った。


 それが初めての星の脈動。冷えていた無機質な塵の塊が熱という活動を始めることで化学反応の土壌が生じ、命を生み出す切っ掛けとなる宇宙の奇跡。


 何もない黒い世界にただ1点。星の始まりを写し取ったかのような惑星と、どこまでも続く火山地帯。


 噴火という産声を上げ続ける高熱の大地。それは荘厳でありながらも醜く――――まるで地獄の底のようで。


《大気は薄いというかほとんど無いネ。溶岩の固まった場所でも人間が生身で近づいたら触れるまでもなく焼け死んじゃう。全方位火山の噴火口の最奥って感じ》


(気密が壊れたらあっと言う間に焼け死ぬな)


《居座ったらネ。それでもパイロットスーツがあるから数分は平気だヨ。もちろんスーツちゃんを着ている低ちゃんはもっと長持ちするぜぃ》


 逆に言えば中枢にダメージを受けると持って数分か。そうでなくともこんな辛気臭い場所に長居はしたくねえや。


 先着のタコは何を考えてるのか。ボケーッとこっちを眺めているだけで特に仕掛けてはこなかった。


Z2.<タマ、あんなのはさっさと終わらせましょ。他の敵が来たら面倒だわ>


 アスカの言う通り余計な邪魔が入るのはうまくねえ。ここはSワールドであり、この場所に突入できた時点でオレらの近くに敵がいるのは確定している。


 少なくともゼッターや愚者王の機動力で接敵できる距離にいるのは間違いない。常に動き回っているタイプ、戦闘音を出したら寄ってくるタイプ、その場から動かないタイプと違いはあるがな。


 それがSワールドのルールだ。敵の数や強弱の差はあれど、倒せば帰還できるだけの条件は必ず揃っている。基本的に帰還不可能な条件にはなっていない。


 つまり最低でもこの地獄にだって2機はいるだろうよ。おそらく局地用の厄介なのがな。確かにそんなやつに遭遇したらタコの回収してる暇が無くなる。面倒はとっとと片付けちまおう。


「アスカ、初宮。ゼッターは速い・・ぞ、気張れよ」


 合体難度ばかりが取り沙汰されるゼッターだが、こいつの1番恐いところは単純にパワーがあるところだ。


 ゼッター炉の高出力に裏打ちされた加速力は尋常じゃない。特に速度に優れるツーワンはそれこそパイロットが潰れかねない勢いで動くことができる。


Z3.<玉鍵さんは大丈夫なのっ? スーツを着てないんでしょ?>


Z2.<バカね、ジャージの下に着てるんでしょ。でなきゃタマでも死んでるわよこんなの。スーツ着てても死ぬかと思ったもの>


「そういうことだ。心配ない」


《戻ったらすぐ更衣室にいかないといけないネ》


(ジャージまんまだもんな)


 スーツちゃんはヘルメットやら手袋なんかは別途成形できる機能があるが、衣服としては常に1着だ。

 どういう理由かは知らんがね。オレら人間がクローンを忌避するみたいなもんかもな。衣装としては自分1着でありたいのかもしれん。


(タコの乗ってる操縦席はどれだ? ライオンか?)


 あれは獣型ビーストタイプを起点とした合体機。しかし複数の分離機のどれにメガネが乗っているのかいちまいち判然としない。


 ……最初にタワーを襲っていた人間サイズのあれもそうなのかね?

 機体制御用とかで小さいちまいロボットを積むスーパーロボットもたまにあるから分からん。


《さすがに推測不可。それにゼッターガーディアンは完全な戦闘用だから解析センサーの類は弱いからNo》


 理屈なら負荷の掛かる率が少ない中心部に操縦席があるんだが。スーパーロボットってやつは手足みたいなブンブン振り回す場所にさえ、平気で人が乗るところを付けるからなぁ。


 起点のライオンが最有力。だがドリル、ステルス、トレインのどれかって線もある。


 エンジンの破壊で無力化を狙うより、パーツごとに切っちまうほうがいいかもな。ロボットの手足を全部もいじまえば間違いはあるめえ。


「いくぞ。ダブルゼッタァァァー、アックスッ!」


 音声認識で肩アーマーのスパイクが飛び出し、ゼッターの装甲と同じ材質を持つロッドが瞬時に斧の形状を取る。腕部のカッターでもいいが、ここは叩き切っちまおう。


 武器は切れ味がいいばかりがメリットじゃねえ。鈍い衝撃は切断部によらず中枢機構にダメージが入るし、人間相手なら乗り物が強い振動を感じるってのは存外恐怖を伴うものだ。


 ビビリだせば動きも鈍る。元気だと半端に避けるから却って危ないんだ、いっそ抵抗する気力も失せるほどボコボコしてやるわ!


「アックスゥッ! ブゥゥゥゥッ、メランッ!」


 鋼鉄のロボットでありながら、まるで筋肉という弦をしならせるように全身を連動させてゼッターが片方の斧をあらぬ方向に投擲する。


 そして棒立ちの黒き獅子へ目掛け、こちらは一直線に赤い竜を突撃させる。


 ここまで見た限り敵のバリアは1方向のみの展開。左腕の手の平を向けた側にしか生み出せないと見た。


 なら2方向から攻めりゃいい! ブーメラン軌道で側面に回り込むアックスと、もう1本を携えたゼッターワンで接近戦だ!


GGG.<ブロウクンナックル!>


 やっと状況を理解したのかこっちを迎撃するためにロケットパンチを放つ愚者王。けどそんな悠長なモーションで当たるかボケェ!


 飛んできたパンチを螺旋軌道で巻き取るようにグルリとすり抜け、ガイサイガーの目前であえて大きくアックスを振りかぶる。


GGG.<プ、プロテクトウォール!>


 こちらの大振りによって切られる前にガードが間に合ったガイサイガー。


 だが、直後に忘れていた側面からの投げ斧が背面のステルス機の翼を片方切り飛ばす。


GGG.<あ゛ぐっ!?>


 打撃のように鈍い切断によって衝撃を受けた黒いボディはわずかに動きを阻害され、思わずバリアの構えを崩したタコの隙をついてその腕をアックスで叩き切る。


《ドリルッ》


「おっと」


 所詮はヒョロイ眼鏡。投げ込んだ斧の衝撃ですぐ目を回すと思ったが、攻撃されつつもドリルのついた膝で蹴りにくるとはな。まあまあ根性あるじゃねえか


 ……チッ。ドリルで追撃の間が外された。楕円軌道を描いて返ってきたアックスを掴んで、ここから仕切り直しだ。


 代わりに戻ってきた愚者王の右腕をマグマに叩き落とす。厄介だったバリア機能を持つ左腕もすでに溶岩の海の中にボチャンと落ちて沈んだ後だ。


 腐ってもスーパーロボットの腕。まだ溶けてはいないだろうからドブさらいに行きたきゃ行くといいさ。こっちは攻撃を続けるがね。


 このアタックで翼の片方と両手を無くしたガイサイガー。後の武装は脚部のドリルくらいか? 潔い良いくらい武装が少ねえな。


 こういうシンプルなやつは乗ってるやつが強かったら、むしろ色々できるやつよりクソ強いんだがな。


 タコ野郎、やっぱおまえじゃダメだ。連れて帰ってやるからサンダーたちに泣いて謝んな。


 てめえはさすがに助けられないかもだが、兄弟が連帯にならねえようなんとかしてやるよ。


GGG.<こ……んな……こん、な>


 足は操縦席のありそうな部分とドリルが近い。ここは切らずにおくしかねえな。スラスターだけ捌いちまおう――――なんだ? 変な感じするぞ。


《! 溶岩の中から巨大な人工物2! 回避回避回避!》


「っ!?」


 トドメを図っていたところに不意の違和感。さらにスーツちゃんの警告を受けて、ゼッターの機動力に任せて大きくその場から距離を取る。


Z2.<ちょ、何?>


 オレたちのいる上空を目指すように地表から持ち上がっていくのは、鈍く緋色に輝いていた超高熱の液体。マグマ。


「バカ!? 逃げろ!」


 エネルギーを溜めに溜め、ついに間欠泉のように吹き上がった溶岩。


 それに気付いていなかった愚者王が熱の塊をまともに浴び、そのまま半固形の質量を受けて跳ね飛ばされた。


 マグマはたとえ液状だろうとその密度と質量は水の比ではない。液体金属をぶつけられたようなものだ。


 この打撃が効いたらしいガイサイガーの合体が解けて、パーツ機たちが四方へと飛び散る。


 数が多い。どれかしか選べねえ!


「チッ!」


Z2.<うぐっ>


Z3.<はおっ!?>


 ペダルを踏んでかっ飛ばし、マグマに落ちていこうとした人型ロボットを捕まえようとして――――寸前で斜め下・・・から伸びてきた高速のマグマの激流にガイサイガーの何もかもが飲まれて……消えた。


「……(てめえ)」


 明らかに不自然な溶岩流の放出。その答えは攻撃。


 放たれたマグマの先には巨大な青い人型ロボットと、白い虎の獣型ビーストタイプがいた。


 垂れ落ちる溶岩を残すその姿は、まるでこの星からたった今生まれた生物のよう。


 やがて龍を人の形に落とし込んだような姿をした人型ロボットが、鋭い爪のあるマニピュレーターをかざす。


 その手に出現したのは、かつて大陸に住んでいた人々の文化で見られたもの。『お札』。


 朱色の墨で書かれたそれは青いロボットの手が掴む頃には、手品のように巨大な金色のロッドへと変わっていた。


Z3.<て、敵?>


 初宮の言葉を肯定するように、青いロボットは長大な棍を担いで虎型の獣型ビーストタイプ共に襲い掛かってきた。


《共に推定30メートル級》


(これがこのフィールドの敵か! 最初のっけからずいぶん見せ場を作ってくれんじゃねえの!)


 メガネの事は半分諦めちゃいたが、だからって目の前で知り合い落されて許す気はねえぞ!


 応戦の構えを見せたこちらに、獣型ビーストタイプが真っ先に衝撃波らしきものを放って下から攻撃してくる。


 あっちは陸戦機か? 乗るのは溶岩の固まった部分を選んでるんだろうが、あんな不安定な足場でよくやるぜ。


 先に機動力の限定的な虎を潰すことを考えるも、思わぬ距離から突き込まれたロッドを躱すため、思考を中断して回避に専念する。


Z2.<あの金ピカの棍、伸びたわよ!>


 どうやら青い方の持つ武器はゼッタースリーのフレキシブルアームのような伸縮を可能とする武装らしい。そしてこっちは飛べるようだな。


 となれば相手は空と陸と、部隊運用するにはチグハグだ。それぞれ得手とするフィールドも違えば機動力にも差があり過ぎる。


 しかも陸は溶岩地帯で虎は走るのもままならないはず。長所が死んでるぜ。


 いっそこいつらの連携が完全に取れない距離まで、青い方を引っ張るか?


 どちらもなかなか強そうだが片方ずつなら訳はない。追ってこないようなら遠間でゼッタービームをかましちまえばいい。


 ――――とでも考えるべきなんだろうなぁ。普通ならよぉ。


「アスカ、初宮。踏ん張れ(。突撃するぞブッ込むぞッ!)」


 知り合い殺されてんのにチマチマやれるか! 面倒くせぇわ!


 ザワッと髪が浮き上がる感触と共に、出力系をいじることなくゼッターのパワーが跳ね上がる。


 戦意をくみ取ったゼッターが己の秘めた力を開放し、オレに満面の笑みでバトンを渡してくる。


 ――――やっちまえ。そう言ってきた気がした。


 こちらの気配が変わったのを察したのか、青いロボットが無数の札を飛ばして雷撃の範囲攻撃を放つ。同じく陸からは口を開けた虎がエナジー系の光散弾を放ってきた。 


(しゃらくせえ!)


 ゼッター光の軌跡を残し、赤き竜が飛ぶ。


 電撃の網? そんなふわっとしたもんで竜が止まるか!


 ほぼ直角に曲がった軌道で電磁網のエリアを回避し、まだ術者のようなポーズでいた青いロボットの胴体をゼッターの加速に任せてアックスで強引に叩き切る。


(次ぃ!)


 垂直降下で白い虎の首を踏みつけ、白と黒の虎縞をした脳天をアックスで叩き割る。


 後はそのまま踏み台のようにして脆い岩盤の下、マグマの中へと押し返した。


 胴体泣き別れとなった青いロボットもまた、相棒の後を追うようにマグマへと落ちる。溶けて一生埋まってろ。


「大丈夫か? 初宮、アスカ」


Z2.<~~~~むっ、む、無茶苦茶すんなバカ!>


Z3.<……暗い?>


 モニターで見える2人はだいぶグロッキーのようだ。


 ちょっと機動が無茶すぎたか? ――――なんかこいつに乗ってるといつもより無茶がきく気がするから危ねえな。抑えないと。


《2人とも半分ブラックアウト状態。しばらくは安静にしないと失神するゾイ》


 頭に血が行くレッドアウトよりマシだが、脳貧血を起こすブラックアウトも危険だ。もう全開で飛び回るのはやめたほうがいいな。


 ゼッターワンの数少ない遠距離攻撃『ゼッタービーム』は強力だが、放つ際の隙がややデカいうえにエネルギーをやたら食う。

 片方には確実に当てられてももう一方まで照射が間に合うか微妙に思ったから、堅実に肉弾戦をしたのが仇になっちまった。


(帰るか。もうここに用は無い。次はピエロだ)


 サンダーたちには悪いがメガネの死体さえ持って帰れない。みんな焼けちまった。その落とし前は、これまでのすべての元凶に取ってもらう。


 あのピエロがどこにいるか知らないが、そんな事はどうでもいい。テイオウを動かせばどこにいようが1発だ。


 ガキを何人も弄びやがって。てめえみたいな大人が取引だなんだで罪を許されて、平気で生きてるから世界がおかしくなるんだよ! もういい、世界情勢も国際法も知るか! ブチ殺してやる!


《帰るって、低ちゃん。まだ倒してないゾ?》


(なに? いや、だいぶ致命的にブッ壊しただろ)


 青い方は上下に真っ二つ。虎の方は頭を潰した。まだ動いたとしても内部機構が露出した状態でマグマの中ではもたないだろう。


 しかし、スーツちゃんの言葉が正しかったとすぐに理解する。


 辺りにただならぬ振動。それは地震、星の脈動。


 暗黒の世界にポツリとある生まれて間もない星の下で、再び何かが激震と共に蠢いた気がした。


 ――――死と再生。そんな言葉が浮かぶ。


《ゲート出現。飛来物》


「今度はなんだ!?」


 基地からの増援か? だがタイミングがおかしい。では帰還用のゲートか? それも違う。


 スーツちゃんに倒していないと言われたからには帰還申請もしていない。申請したとしてもゲートが開くのが早すぎる。


 つまり、これは出撃とも帰還とも違う、別の用途のゲート?


GGG.<ラストッ、フュージョンッ!>


「<<《はあ!?》>>」


 訝しみながら眺めていたゲートの先から現れたのは、あろうことか白いライオンが変形した例の人型ロボット。


 さらにドリル戦車、ステルス機、それに牽引されたトレインまでもが飛び込んでくる。


 4機はゲートを抜けたと同時に合体に移行して――――


GGG.<ガイッ! サイッ! ガー!>


 ――――オレもアスカも初宮も、そしてスーツちゃんまでもが竜巻の中から現れた愚者王の姿に唖然とする。


<んふーっ。お代わりは気に入ってもらえそうかぁい? ワールドエェェースッ>


 通信を入れてきたつの顔を見るまでもない。目に星のマークを描いた醜いピエロが嗤っている。


Z2.<同型の2機目?>


Z3.<この声……花鳥さん?>


「無人……いや」


 Sワールドへ行くにはいくつかの条件がある。その中のひとつが『有人機を含む』だ。無人機だけではゲートに入れない。


 前にオレがゼッターで2号と3号を無人で運用できたのはそれが分離機であり、オレの乗った有人の1号機がいたからた。


 有人の機体がひとつあれば、突入する他の分離機や支援パーツには無人機を含んでもいい。Sワールドへはそういう抜け道がある。


 例えばブレイガーのブレイキャノンのように、途中で呼び出す支援パーツも問題ない。ジャリンガー5のように頭部パーツ以外の手足が無人でもかまわない


 ただし、それはSワールド側に有人機が健在ならだ。すでに落ちていたらゲートは開かないし、途中まで進んでいても強制的に戻される。


「なんだ、これは……(なんだよこれは! 説明しろクソババアッ!)」


 メガネは死んだ。マグマに飲まれて何もかも消えた。もう追加の支援パーツも分離機も入ってこれるわけがない!


 第一、オレがタワーで見た白いロボットは追いかけてきたあれだった。すり変わったわけじゃねえ。後から来たほうにメガネが乗ってるはずがない。


 なら、それでも後からやってきたこいつは……なんだ? お代わり? どういう意味だよ。


<もちろんノリアキくんだよぉ? 彼


 も?


<そろそろ種明かしと行こうか。このままじゃキモチワルゥーイ! しね?>


 モニターのワイプ画面がピエロから移り変わる。


Z3.<これ……花鳥さん?>


 息を飲んだのは顔見知りの初宮。


 そこに映っていたのは透明なカプセルに浮かぶメガネ。SFでよくある液体の中に人が漂っている謎の設備だった。


《oh……男の裸はノーセンキュウ》


(黙ってろッ)


<その通り。よく漬かっているピクルスだろう? 浅漬けというやつさ……ジョークだよ。そんなビームが出そうな目で睨まないでくれたまえ>


「(クソババァ、)そいつに何をした」


<安心してほしい。彼には何もしてないさ。使っているのは彼の記憶・・だからねえ。それではここでサービスだ、ヒント映像と行こう>


 再び切り替わる映像。そこに現れたのはひどく陳腐な代物だった。


Z2.<脳みそ……>


 水槽に入った生き物の脳と思しきもの。これもまたSF界隈じゃよく見る使い古されたアイテムだ。


《あー、なるほど。そっちを使ったのか》


「(だな。)クローンか。クローンの脳に被験者の記憶だけ突っ込んで――――パイロットに仕立てた」


Z3.<!? そ、そんな事が……>


 可能なのか。おそらくそう口にしそうになった初宮は、込み上げるあまりの不快感からか口を閉ざした。


 クローンとはいえ知り合いの脳みそだ。そんなもん見るのは気持ちのいいもんじゃない。


<おぉ、正解。ではノリアキ君がどんな状態か分かるかね? 解答とは数式も書かないとねぇ>


「(クソ野郎。)記憶だけ吸いだして眠らせてるだけだ。ロボットに入ってるのは吸いだした記憶を焼き付けただけの、当人のクローンの脳髄」


 記憶をブチ込むにしても他人の脳を使うより適性は高いだろうよ。それだってとても長生きはしないだろうがな。


<うぅーん。打てば響くとはこの事だ。分野を問わない天才は大好きだよ。その通りさ。いやねえ? ノリアキ君は機械に自分の意識を入れたいと言ってねえ。でもそれはどうかと思うんだ。もっと簡単な方法があるんだから>


「その方法がクローンか。クローンの脳に記憶を入れて、自分はロボットであるように思わせただけの、ペテンだ」


<いぇーす。しかもこの方法なら脳をクローニングするだけで『何体でも同時に、同じパイロットが複数のロボットを動かせる』んだよ。それとペテンは酷いな、後で本体にクローンでの戦闘記憶を追加すれば『ロボットになって戦っていた』気になれるよ。クローンとはいえ本人の脳と記憶だし、ウソとも言い切れないだろう?>


Z2.<複数同時って……そんなの気付かないわけないじゃない! 頭おかしいんじゃないの>


<簡単だよそこの女子パイロッ。オウ、パイロッ! それぞれの脳に自分だと認識させなければいいんだから。そんなものほんの小さなプログラムひとつで簡単解決さ。現に今もノリアキ君は認識してないんだよ? 都合の悪い事はぜぇぇぇぇんぶね>


 機械に組み込まれたのはクローンの脳だけ。なら外部からの入力はコンピューターをかますしかなく、脳とは電気信号で認識する生体部品でしかない。


 プログラム上で情報を弄ってしまえば、脳に入る情報などいくらでも改ざんできるってわけだ。


 例えば今こうしてオレたちが相対している場面でさえ、脳に画像が届く前の段階で消すことができる。


 それだけでメガネのクローン脳はオレたちはおろか、複数いる自分のクローンさえ認識できない。


 たぶんメガネ自身は機械に意識を移したひとりオンリーワンのつもりで戦っているんだろう。クローンの脳がそれぞれに。


 戦うも戦わないも、認識するもしないも。プログラムを弄れるピエロの思うまま。


<支援用のパーツの制御にもノリアキ君のクローン脳を使っているんだ。凄いだろう? この方法には過去に試したとき得られたちょっとした副産物があってねぇ>


 また画面が切り替わる。合体であれだけ騒いでいた当然ガイサイガーは棒立ちだ。解説に邪魔だから思考しないよう機能停止したんだろう。


 次に現れたのはファイヤーアーク? 操縦席内の映像からすると初期のやつじゃない。銀河帝国とかいうクソバカが飛行船で運用した後期タイプ……ああ、はいはい。


「これにも脳みそが積まれていたのか」


<あぁーん、テンポバツ! グン! まあこちらはクローンではなくご本人のおミソを使ったけどね? そしてこのロボットは驚くことにパイロットじゃない脳でも動いたんだよ。これって大発見だと思わなぁーい? クローンより不安定だし生存時間が短いから、実用性には欠けるけどねぇ>


 あんときテイオウで消し飛ばした敵側のロボット、マグネッタやグナイゼナウはパイロットだけは残っていた。だがファイヤーアークのパイロットは跡形も無くなっている。


 それはこれが理由か。テイオウと繋がっていたオレでさえ、そいつらを人間と認識しなかったんだろう。


<でもクローンなら実用レベルで運用できる! 優秀なパイロットを安定して量産できるぅ! ハハッ、才能の無いパイロットや未熟なパイロットに無駄なリソースを削る必要が無ぁい。これは素晴らしいと思わないかい? 最優秀のパイロット、ワールドエェェェス>


Z3.<狂ってる! こいつ、き、気持ち悪いっ!>


Z2.<吐き気を催す邪悪って、マジでいるのね……>


「……つまり本体は無事か。なら遠慮の必要はないんだな」


<ホワイ?>


 ここにいるのはメガネの影。それが聞ければ今は十分だ。


 何機でも出して来い。1機残らず潰してやる。クローンの人権とかそういう話は後だ。どうせそれだって長生きはできねえんだろ?


 だったら寿命を待つまでもねえ。オレがここで終わらせてやる。


 こんなバカげた裏技、『Fever!!』が許そうとオレは許さねえ。


「スーパーロボットは人が乗るから希望なんだ。部品・・なんかお呼びじゃねえよ」


《……ウヒョヒョ、同感。ただ低ちゃんが熱く燃えている場面に申し訳ないけど、ちょーっと悪いニュース。さっきの敵より大きい反応がマグマの中から急浮上中》


(おい、ガキじゃねえんだ。燃えちゃいねえよ。ムカついてるだけだ)


《ハイハイ。戦闘に備えて備えて――――来るよ》


 内部でマグマを蒸発させながら飛んできたビームを躱す。


 さっきよりお行儀悪いじゃねえか? ああ? 無様に負けたのがそんなに悔しかったか? リベンジほど正面から行くもんだぜ? 本当に悔しかったらな。


《推定50メートル。修復されてるというか、ニコイチ的に合体した感じ?》


 現れたのはさっきの青いロボット、否。


Z3.<こいつさっきの>


Z2.<合体機だったってわけね。敵にもいるのは知ってたけど遭遇する初めてだわ>


 胴体に白い虎を受け入れたその敵は、分離状態より明らかにパワーを増していると感じる。


 口がきけたら『ここからが本番だ』とでもいいそうだ。ケッ、そんな捨て台詞吐くやつは決まって勝てねえさ。


<おいおいおーい。いくら弱くてもノリアキ君を忘れちゃかわいそうでしょう? そんなに無視するなら――――無視出来ない戦闘力にしちゃおっかな>


《再びゲート開通。うわー、サイタマか第二のシステム完全に掌握されてるんじゃない?》


(2機目が出てきた時点でお察しだろ。両方でも驚かねえよ)


 ピエロから待機プログラムが解除されたのか、クローンメガネが動き出す。


GGG.<ガジェットコネクト!>


 ゲートから飛び出した銀色の工具のようなシルエットのパーツに追走したガイサイガー。やがてその銀の表面は雪のように散り、そこから本当に巨大な工具マイナスドライバーが現れる。


 腕に装着されたそれを誇らしげに掲げる愚者と、同じく巨大な中華刀を呼び出した敵ロボット。


《うーん、これは2対1だネ》


 ああ。なんでか知らんが『ゼッターこいつを片付けてから』って空気がどっちからもプンプンするわ。メガネはともかく中華ロボのほうのプログラムはどうなってんだ?


(まあいいさ、どっちも片づけるのはこちらも同じだ)


《アスカちんたちの体力を考えると――――上! 回避!》


 スーツちゃんからの突然の警告。その一瞬後に何も無かったはずの空に巨大な何かが現れた。


「――――岩、山ぁ!?」


 どこかの山脈でも切り飛ばしたような質量の塊が、ゼッターの真上から音もなく落ちてきていた。



※中華ロボは元ネタと若干違う面があるかと思います。〇王機と〇人機を誤解してへん? というツッコミが来そうで震える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る