第229話 駆け下りろ! ゼッター2!

 地下都市で人工の竜巻なんて迷惑極まりない現象が晴れたとき、そこには胸にライオンの顔を頂くスーパーロボットが基地の上空に浮かんでいた。


(サイズは全高30メートル強、ってとこか。4機合体にしては小さいほうだがその分全体的にマッシブだな。ボディに筋肉が詰まってるみたいにミッチリしてやがる)


《31.5メートルかナ。ライオンが中枢、ドリルロボは足、トレインは肩、ステルス機は腕と背中の翼》


 黒を基調にしたカラーリングに金と銀を添えたゴージャスな機体色。存在感を見せつけるような厚みを持った力強いデザイン。


 こりゃスペシャルだ。間違いなく同サイズ枠なら最高水準のロボットだと分かる。


 ――――スーパーロボットってのは表記されたカタログの値からは分からない『存在の強さ』みたいなものがある。カタログ上は同じ性能なのに強さがピンキリな事例が散見するのが何よりの証拠だ。


 具体的に言い現わし辛いんだが、ザックリ言うと『カッコいいやつ』は強いんだ。


 ただしカッコいいの定義は色々で、外見がブサイクなロボットでも意外に強かったりもする。


 じゃあカッコいいは関係ないんじゃないかというとそうじゃない。それっぽくカッコいいデザインのロボットってだけじゃダメって話。ダサくても味のあるデザインのロボットは強い。


 言ってて意味不明なんだがこれは芸術分野の話に近いかもしれねえ。つまり製作者の『才能と魂』が入っているロボットこそが強いんだ。


 そして目の前の『愚者王』とやらは、見ただけで間違いなく設計者の『才能と魂』が込められていると分かる。デザインだけでそこらのロボットを蹴散らす勢いを感じるぜ。


 それだけに合体を阻止できなかったのが悔やまれる。全高だけでもこっちの3倍。あんなもんに暴れられたら地下なんてあっという間に崩落しちまうぞ。


(まさか射撃管制にロックが掛かるとはな。おかげでタイミングがズレてしくじった)


《あれは参ったナ。解除はしたけど時すでにおSUSI》


 38サーティエイトの胸部スペースをまるごと使っている大口径砲『ホワイトホーク』をドリルロボに撃ち込もうとしたとき、外部信号を受けた38サーティエイトの射撃制御が強制停止した。


 妨害ジャミングどころの騒ぎじゃねえ。これは破壊クラックだ。


 しかも外から受けた信号の情報量の少なさを考えると、この強制停止は初めから仕込まれていたプログラムだろう。


 そうなるとアウトとか言うピエロ、オレが乗り込むより前に38サーティエイトのシステムをハッキングしてやがったんだ。


(システム洗浄はどのくらい掛かる?)


《もう終わってるヨン。これはガンドールがロールアウトした時点から仕込まれてるプログラムだネ。簡単な信号を受けるだけで特定の機能が停止しちゃうようになってたヨ》


(チッ……そういや昔からのS技術の開発者だっけな。ピエロが手がけたロボットやらなんやら、こんな感じのバックドアを設けてやがったわけだ)


 いざってときに向けての仕込みか? 例えば今みたいなとき用にな。だが『やりたい事』が見えてこない。何がしたい?


「アウトだったか? 何がしたいんだ、あんた」


AL.<今回の疑問や謎についての質問は随時受け付けているよ! お葉書でドシドシ応募してほしい。今は紙媒体の郵便なんて無いけどねぇぇぇぇ?>


「話す気はないってことでいいな(、クソ野郎)」


(スーツちゃん)


《居場所の特定は無理。通信を高度に何重にも欺瞞してる。実はもう地下にはいないかも》


 ダメ元だったがやっぱすぐ見つかるような真似はしてねえか。


AL.<そんな恐い声を出さないでおくれBaby。私はあくまで脇役、舞台装置、背景なのさ。舞台に演者がいるのに出しゃばる監督がまともだと思うかい?>


《わりといるけどナー》


(自分が主演で撮ってるならいいんじゃねえの? 本人が一端の役者だったらよ)


AL.<後はこの舞台に立つ若者たちで楽しむといい。そ・れ・で・は! 花鳥ノリアキくぅん! 君の願いは確かに叶えたよっ? ではアデュー!>


K.<あ! この! クソピエロ! 待て!>


AL.<おーやおや? 気持ちよく去らせてくれないかいレディ? 君との逢瀬は終わったはずだ>


K.<ふざけんなッッッ! てめえのせいであたしは!>


AL.<それは完全に言いがかりだ。確かに手を差し伸べたのは私だが、その手を取ったのは他でもない君だろうに。リスクの説明もした。施術前に確認もした。そうだろう? ……そこだけは決して譲らないよ?>


K.<……っ>


 ふざけ散らした気配を一瞬だけ消したピエロはモニターいっぱいに星のマークが描かれた目をギョロリと映し、やがて気圧された綺羅星きらぼしが押し黙ったのを見ると、眼球だけでも分かるほどニヤリと笑った。


AL.<私は才能に悩める子供の才能が欲しいという切なる願いを叶えただけ。その力をどう使ったかはすべて君の罪だ。オーケィ?>


 銃を携えて犯罪を犯した者がいたならそれは銃を使った人間の罪。道具に罪など無いという理論。


AL.<引き留めてくれる友達の手を、大人たちの手を、わずらわしいと残らず振り払ったのはどこの誰かなぁ? 私だって一度止めたじゃないか。覚えてないとは言わせないよカラテガァァァァル>


 それでも罪を手にしたのは綺羅星きらぼしだと、ピエロ事実だけを叩きつける。


 子供に銃を握らせる罪など知ったことではない。大人の道徳など知ったことではない。力が欲しいという願いを叶えてやっただけだと悪びれない。


RB.<耳を貸すなヒカル!>


CP.<ヒカルちゃん、戦闘に集中しなさい! あんな変態の言うことは聞いちゃダメよ!>


AL.<HENTAI! さすがに酷い表現だ! 50代女子として訴えちゃうぞ! カラテガールの異変に気付かなかったクセにぃ>


 ピエロのボソリとこぼした一言に喉を詰まらせる音、歯ぎしりの音がかすかに漏れた。


 子供が銃を乱射するほどのストレスを与えた社会を裁かないクセに、銃を与えた側だけ裁くのはいかがなものか。そんな暴論のはずのセリフに三島と長官ねーちゃんが黙る。


 三島は友として、長官ねーちゃんは大人として、綺羅星きらぼしのケアが行き届かなかった罪悪感があるからだろう。


(バカバカしい。敵を前にグチグチと……)


 個人的には綺羅星こいつみたいな猪突猛進タイプは何言っても聞きゃしねえと思うがな。


 失敗すると忠告されても危ないと叱られても、自分で試さなきゃ絶対に納得しないって正真正銘のアホだ。何を言われようと反発して周りの心配なんて鬱陶しいくらいにしか思わねえよ。


 ――――そしてずいぶん後になってから強く感謝するようなやつさ。例えるなら不良校に赴任した元ヤンキーの熱血教師。そんな古臭い学園ドラマの主人公を字で行くような直情のドアホだ!


 そんなアホのクセに口でケンカしようとしてんじゃねえよ!


綺羅星きらぼしぃ! 口だけで突っ張るような女かおまえは! グチグチ文句つけるよりブン殴るこぶしを握っとけ!」


K.<っ!? 玉鍵、おまえに言われなくても分かってらぁ!! クソピエロ! てめえは絶っっっ対ブン殴ってやるからな!!>


(チッ、それでいいんだバーカ)


《ツンデレ供給乙》


(ちーがーいーまーすー)


AL.<あらやだ素敵! ちょっと汗臭くて甘酸っぱい青春ストーリィしてるじゃない。そこはぜひ彼も混ぜてあげてほしいかもねえ。――――ねえ? 花鳥くぅん?>


 なんだよさっきから課長って、……………かちょう? 家長、加重――――


「――――花鳥!?」


 それまで魂が抜けたように宙に止まっているだけだった黒いロボットが、オレの声に反応したように動き出す。


 ただしその動きは緩慢で、ロボットは自らの手の平を見ているような人間臭い仕草をしていた。


 硬質なロボットのマニピュレーターを握り、開き。まるで人が体の調子を確かめるように。


(花鳥って、ガンドールのメガネ? あんな名前は他に無いよな?)


《花鳥は名前じゃなくてファミリーネームだネ。個体名はノリアキみたい》


 あれに乗ってるのかよ。何がどうなってる? 確かにドリルロボにせよステルス機にせよ操縦席はありそうだが。なんであんなピエロに協力してんだ、あの馬鹿。


GGG.<――――すっきりした気分だ。今までの何もかもが他人事のような、詰まらない事に思える>


 通信に届いてきたのは聞き覚えのある声。電子音声のようなエフェクトが掛かっているが、このイントネーションは確かに聞いたことがあるメガネのもの。


 しかしその声は酷く冷たく、まるでロボットのようだった。


K.<おいおまえ! 聞いてただろ! そんなクソピエロに協力しても碌なことにならねえぞ! 第二にいたらオレやマコトがどうなったか知らねえわけねえよな!?>


 綺羅星きらぼしなりに花鳥に同情が湧いたのか、同じピエロに関わって後悔した先達として声を掛けた。


 ピエロの言うように道を踏み外したのは綺羅星あいつや夏堀の意志だろう。


 だが違う。誰にでもある心の隙間を突いて、素知らぬ顔でガキを奈落に誘導したのは間違いなくこのアウトって野郎だ。その事はさっきの2人の会話で十分分かる事。


 邪悪。このピエロは性根が真っ黒だ。善も悪も理解したうえで子供を破滅に陥れることに何ひとつ罪悪感が無い。


 自分は止めたし、説明した。そんな言葉はたとえ事実であっても口ばっかりだ。最初から止める気なんてさらさらない。しかし――――


GGG.<だから?>


K.<だからって……>


 ――――しかし、綺羅星きらぼしがそうであったように。夏堀がそうであったように。


 醜悪なピエロに取り込まれたガキは、他人の説得なんて聞く耳は持たない。その身が破滅する瞬間まで愚かであり続ける。


 そうするしかない崖っぷちまで、あの狂ったピエロに誘導されたのだから。


GGG.<終わらせよう。人間なんて、どうせすべて無意味なんだ>


「花鳥! いい加減にしろ、何が目的だ」


GGG.<……玉鍵、今とってはなんでおまえにあれだけ固執したのか分からないよ>


「固執……何? なんの話だ?」


GGG.<そうだよな。おまえには一生分からないんだろう。僕の気持ちなんて……そんなおまえごと、僕は、僕は、ボクハ>


 無機質だった口調を昂らせた花鳥が愚者王の右腕を天へと掲げる。


 その太い腕はナックルアームがそれぞれ逆に回転を始め、やがて黒い巨人は掲げていた拳を大きく振り被った。


 その狙いは、まさかのタワー!? それを壊したらどうなるかなんて第二に住んでるなら分かってるだろ! 分かっててやるつもりか!?


「やめろ!」


GGG.<この腐った世界を! 僕が、僕が潰してやるよぉ! ブロウクンッッッ――――>


(やっぱロケットパンチか!)


 さっきはシステムクラックに邪魔されたが今度こそ38サーティエイトの大口径砲『ホワイトホーク』を発射する。


 脚部のロックをしてなお反動で路面を後退していく38サーティエイト。それでも虎の子の6連発を躊躇わずに黒いロボットへと叩きつける。


 このクソメガネっ、いくらおまえがガキでも地下都市を壊滅させるつもりなら容赦はねえぞ!


(……クッソ、大して効いてねえ)


 全弾命中も有効打なし。


 それでも実体弾の打撃力でよろけたことでタワーを狙ったパンチは大きく逸れて、崩落防止用に申し訳程度の硬化措置を施された岩盤に命中した。


 ホワイトホークは38サーティエイトの最大火力。これが効かないとなったら撃破する方法が無いぞ。


GGG.<できれば僕の手で殺すのはしたくなかったんだけどな。やっぱり玉鍵は僕が殺すしかないのか>


 姿勢を戻した黒いロボットが忌々し気にオレを睨んでくる。最初に潰すべきはこいつだと認識するように。


K.<ふざけんなっ! ナックルブースター!>


 拳を合わせたクンフーマスター。その拳部分が愚者王に向けて発射される。こっちはこっちでまた別系統のロケットパンチ。


 だが組み合わさったパンチは黒いロボットの掲げた左の手の平に生じた光の膜にあっさりと止められてしまう。


GGG.<無意味だ。雑魚に用は無い>


K.<誰が雑魚だ! さっきはてめえが負けただろうが!>


 合体前の勝負では綺羅星きらぼしがカウンターを決めて勝利をもぎ取っている。確かに負けた花鳥側が雑魚呼ばわりするには黒星が目について失笑ものだ。


GGG.<何を言っているのかわからないな。恐怖で頭がおかしくなったのかい? おまえと戦ったことなんてない>


K.<こぉぉんのっ! 都合の良い記憶力してやがんな!>


 弾かれて戻ってきたパンチをお互いが装着する。クンフー側はもともと破損していた右手がさっきので完全に壊れたようで、左手しか戻ってこなかった。


(やべえな。別のロボットに乗り換えたいところだが、さすがに待ってはくれそうに無い)


《基地の格納庫に戻って、38サーティエイトを降りて、そして乗り換え。うーん、確かに時間が掛かり過ぎるネ》


 綺羅星きらぼしに任せたとして何分持つ? クンフーのほうが38サーティエイトより1発の火力はあるが、すでに腕が壊れて消耗している。


 なんとか拳銃を関節にでも捻じ込むしかねえか。合体機なら隙間は多い。銃口くらい入るだろ……問題があるとすれば38こっちは空を飛べないってことだ。


GGG.<玉鍵、おまえにも僕の感じた絶望を教えてやる。どうやっても何もできない、無力という絶望を>


「おまえっ! 自分が何を言っているのか――――」


GGG.<うるさい! 上からの説教なんて聞きたくないんだよ! まずはこの女が潰れるのを見てるがいいさ! ブロウクンッ、ナックル!>


 猛回転を付けたパンチが再び放たれる。


 しかし愚者王のロケットパンチは事前のモーションが大きい。クンフーの瞬発力と綺羅星きらぼしの反応速度なら十分避けられる。


 ……その避けた軌道上に基地が無ければ。


「(このアホ)!」


 確かにクンフーの反応は早かった。だがその動きは単純に回避を選んでいた。後ろに何があるか考えてねえ!


《低ちゃん、何を?》


 脚部稼働を全力。さらに全てのスラスターを吹かして38サーティエイトを突進させ、飛来するパンチ目掛けて体当たりをかます。


 相手は30メートル級とはいえ、その腕だけなら質量では38サーティエイトが勝る。加えて真横からの軌道への干渉はギリギリパンチを基地から逸らした。


 ただし、その代償は大きい。


《何やってんの!? このロボットはそんな丈夫なほうじゃないんだヨ!?》


 たった1発の攻撃をいなしただけで操縦席にアホみたいな数のレッド表示が点灯し、損傷アラートが鳴り響く。


「しくじった……」


 もっとも深刻な損傷を伝えるのは足とスラスター。これはパンチの威力だけじゃなく、先程の大砲6連発の反動も潜在的なダメージになっていたかもしれねえ。


 機動力を奪われた。38こいつはもう、動けない。







<放送中>


「いいからどけ! タマが危ないのよ! あんたワールドエースが死んだら責任とれんの!?」


 止めてくる整備士を強烈な一言で振り払ってアスカ・フロイト・敷島は強引にシートにつくと、断固たる意志のもとに風防キャノピーを閉じる。


 たとえシミュレーションにおいても発進訓練を欠かしていない少女は、各スイッチを指で弾いて淀みなく機体の立ち上げを行っていく。


「由香! そっちもさっさとしなさい!」


Z3.<やってるよ!>


 アスカほどスムーズにとはいかないが、味方用のサブモニターではパイロットスーツを着た初宮由香もまた3号機の立ち上げを始めていた。


「コントロール! ゼッター2、3! 発進するわよ! 1号機もオートで追従! 機体の近くにいるやつは退避しなさい! 吹っ飛ばしても知らないんだから!」


 まるでアスカの戦意に応えるようにたちまちに吹き上がる2号機のゼッター炉。その秘めたパワーをシート越しに感じ取った少女は、かつて一度だけ乗りこんだ超弩級クラスのスーパーロボットを思い出した。


CP.<フロイトさん! 貴方の出撃許可は出ていません! やめなさい!>


「あんたら今すぐ『スーパーチャンネル』を観なさい! 第二でタマが戦ってるでしょうが!」


 ――――早朝から何も言わずに外出した玉鍵の事を訝しんだ初宮によって叩き起こされたアスカは、すぐさまサイタマ基地や叔母のラングに問い合わせた。


 だがこの時点ではまだ第二都市の情報が錯綜しており明瞭な回答は返ってこず、アスカは漠然とした不安に包まれるしかなかった。


 しかし、ここで思わぬ行動に出る者がいた。


Z3.<3号機発進よろし!>


 それが初宮である。彼女は落ち着いた情報収集などすっ飛ばし、即座に自らのパイロットスーツの入ったバッグを掴んでサイタマ基地に向かったのだ。


 初宮の行動に明確な根拠など無い。ただ、出撃の日と玉鍵たまという組み合わせなら基地だろうと決め打ちした。


 そして慌てて追いかけてきたアスカ、ミミィと3人で基地内にある観賞用の大型モニターの近くを通った時、流れていた番組映像の中に玉鍵が映っていたのだ。


『スーパーチャンネル』。それはSワールドに関係する映像をリアルタイムで基地内に放送する謎の配信である。


 政府などの権力者の意向を一切考慮しないその放送は基地内にのみに流れるもので、この放送を修正したものは都市版と銘打って外にも流される。いずれにおいてもロボットとそのパイロットの活躍をメインに流す番組となっていた。


 基本的にはSワールドでの戦闘活躍を放送する構成だが、本星こちら側を映した場面も多い。例えばパイロットの帰還する姿を映したり、出撃前の最後の追い込みをかける整備士たちをカメラが捉えることもある。


 また、活躍の大きいひとりのパイロットにクローズアップするコーナーもあった。


 しかして今週の『スーパーチャンネル』に映し出されたのは、やはりワールドエースの玉鍵である。


 ただし、彼女がいたのはSワールドでもなければサイタマ基地の中でも無く、ましてスーパーロボットのコックピットでさえない。


 そこは車のシート。CARSと呼ばれる高級送迎サービスの車内、その運転席であった。


 さらにカメラが切り替わり第二都市の天井が映し出されると、アスカと初宮は即座に更衣室に飛び込んだ。


 レトロなシルエットに見合わぬ高性能を持つ車両は地下の道路を爆走しており、地を進む車に猛禽の如く飛来する黒い翼はどう見ても味方ではなかったからだ。


CP.<アスカ! 初宮さん! 2人で何やってんの!>


 基地の通信に現れたのは先ほどのオペレーターではなくアスカの叔母。サイタマの指導者ラング・フロイトだった。


 かなり急いでいたようで、普段は隙のない叔母らしからぬ身だしなみの粗さがモニター越しでも見える。


「何度も説明させないで! タマが地下で戦ってるのよ、それもかなりヤバイやつ。いくらあいつでもあんなヒョロイ機体じゃダメ!」


 アスカは『スーパーチャンネル』は廊下を行く間も端末で視聴し、さらに2号機のモニターで今も流している。そこには玉鍵の乗る銃を模した白い機体の3倍はサイズ差があるだろう、黒く不吉なロボットが竜巻の中から現れたところだった。


Z3.<行かせてくださいっ! 玉鍵さんが、第二都市が危ないんですっ!>


CP.<頭を冷やしなさい! どうやって行くつもり! まさかタワーのシャフトを直滑降でもする気じゃないでしょうね!? そこに行き着くまでに機体が停止するよわ!>


 Sの技術によって作られたロボットは活動範囲に制限がある。動かせるのはSワールドか、もしくは基地区画のみ。それを超えてしまえば急速にパワーダウンを起こして最後には機体が停止することが分かっていた。


 いかにアスカたちが機体をうまく飛ばそうともタワーは基地区画の外にある。これではシャフトに飛び込む前に機能停止して墜落するのは目に見えていた。


「街に出た敵のロボットだって動いてたわ!」


 だがこの叔母の指摘に対してアスカは吠えた。


 人類だけの技術で作ったロボットであれば基地区画以外でも動くが、『スーパーチャンネル』の映像を見る限りどう考えても敵の機体はS由来のもの。複雑な関節を持つ人型ヒューマンタイプなど動くわけがない。

 そもそも人類の技術だけで20メートルものロボットを作ったらフレームの重量だけで数万トンは行く。そんな重さを重力下に置いたら置いた端から自壊してしまうだろう。映像のように飛び回るなど夢もまた夢だ。


CP.<――――BIG-K? まさか第二都市にハワイみたいな機能が?>


 姪の言葉に一瞬考え込んだラングは、つい最近にあった事件にすぐ思い至った。


 それはハワイ都市の隠していたとある秘密。基地区画の判定を都市全体にまで拡充することで構築した対外国用の迎撃機能。


 スーパーロボットを都市全域で機能させるために張り巡らされた、スーパーロボット用の運搬レーン。これを使って玉鍵が乗り込んだスーパーロボット『BIG‐K』がブリテンのスーパーロボット3機を迎え撃ったのは記憶に新しい。


 このハワイのような機構が何者かによって密かに第二都市にも張り巡らされて、あるいは限定的にでも張られていたとしたら。


「ラング!」


 即断即決の女傑が珍しく思考の海に入ったのを見て、痺れを切らした姪は声を上げる。


 口ではどう言おうと誰よりも尊敬している大人の女性。そんな彼女が小物のように難しく考えているのが我慢ならなかったのだ。


CP.<タワーはそうでも地表ではどうか分からないわよ。>


「はんっ、それならそれでここから・・・・下りればいいじゃない。この機体なら、ツーなら行けるわ」


 ゼッター3種の形態のうちアスカが乗る2号機がメインとなる機体の特性を思い出したラングは、その整った顔の眉間にしわを作ってモニター越しに姪を睨みつけた。


CP.<……下手したら貴方たちまで生き埋めよ? いいのね?>


「誰に言ってんの。スーパーロボットこの化け物に乗ってるからパイロットって言うのよ、今さらビビるか!」


CP.<初宮さん>


Z3.<行けます>


 その返事は決して大きくはない。だが初宮の答えは早かった。


 アスカは以前に玉鍵が言っていた初宮の評価を事を思い出す。あいつは度胸はある、と。


 大きな声を出して自分に発破をかけねばならない自分と比べてどちらが本当に度胸があるのかと、アスカはモニターに映るもうひとりの相棒を見て皮肉めいた笑みを浮かべた。


CP.<勝っても帰ってきたら思いっきり説教だからね。でないと私が和美に殺されるわ>


「ちょっとやめてよ、生き残る気力が失せるでしょうが――――そのときはタマも正座させてよね。あいつが一番悪いんだから」


CP.<タワーを行くなら構造体は絶対に傷つけないでよ。それで崩落したらあんたたちが地下都市を潰したって永久に言われるからね>


「だから変なプレッシャーかけんな! もう! さっさと出させて!」


CP.<――――変わります。出撃許可下りました、2号、3号、1号の順で発進してください>


 肩をすくめるラングからサブモニターの映像が切り替わり、先ほどの発進を指示する役割のオペレーターが顔を見せる。


「由香、あんた操縦下手くそなんだからシャフト突入前に合体しとくわよ」


Z3.<事実だけどアスカは言い方が悪すぎるよ。チーターね>


「ゼッターツーでいいわよ。なんか言い辛いしダサいじゃない、ゼッターチーターなんて」


Z3.<アスカでもそういうの気にするんだね。こっちもスリーでいいかな。ゼッターベヒモスって語呂が悪いし>


 アスカたちの乗り込んでいるゼッターガーディアンには合体後の形状に合わせて3つの名称が用意されている。

 2号機をメインとした高速形態『ゼッターチーター』。3号機をパイロットにした耐久形態『ゼッターベヒモス』。


 そして1号機をトップとした純粋な戦闘形態『ゼッタードラゴン』。


 ゼッターガーディアンは3人のパイロットがそれぞれのメインを務めるという、3機合体にして3つの形態を持つスーパーロボット。


 だが、あえてこのロボットのメインパイロットの名を上げるとするのなら。


「それじゃあ私たちを置いて行ったせいで苦戦してそうな薄情者に、優しい私たちが力を届けてあげましょうか」


 発進カウントの『轟!』 の表示と共に噴射光を残し、カタパルトから2号機が飛ぶ。


 そのはるか先の空に輝いているSワールドへと続くゲートはもちろん潜らない。続いて初宮の3号機が、最後に無人操縦の1号機が飛び上がる――――最初ミミィが1号機に搭乗すると騒いだが、2人は教官譲りの『甘えるな!』の一言で一蹴した。


 自分たちとてこのロボットに乗るために死ぬ気で訓練したのだ。シミュレーションさえしたことが無いミミィが乗るなど許せるはずもない。


「由香、合体をじゅ――――」


 ――――このとき、味方の合流を待つため基地上空を旋回していた2号機内に流していた『スーパーチャンネル』に異変があった。同じく、3号機内の初宮のサブモニターにもそれは映し出された。


 そして映像を観ていたアスカと由香の脳内へ、激流の如く戦意高揚の麻薬物質が流れ込む。


「由香ぁぁぁっ! 緊急合体ッ、死ぬ気で合わせろぉ! ――――チェェェェェンジ! ゼッタァァァァー! ツ-!」


 2人の脳にアドレナリンが駆け巡り、サイタマ基地の上空で赤、青、黄の3機の分離戦闘機が空高く舞い上がる。


Z3.<1号、オート合体! ビルド! オン!>


 過たず合体を果たしたゼッターはその異形のシステムによって形状を見る間に変化させ、1機のスーパーロボット『ゼッターチーター』……否、パイロットの意向によって『ゼッターツー』へと名を改めて顕現する。


「このままぁぁぁぁぁっっっ! 」


 悠長に機体が動くかどうか調べながらタワーを降りていては間に合わない。走り抜けた直感に従ってゼッターツーを垂直降下、突き出したドリルと呼ぶには禍々しい掘削兵器を回転させ、基地区画の岩盤をそのまま突き進む!


 ゼッターツー最大の特性は高速性であるという主張は正しくも誤っている。このロボットの最大の特徴はこの『地中を掘り進める』能力。


 およそ現実の掘削ではありえない速度で地中を掘りながら進める、この特性こそ、ゼッターツー最大の特徴!


 無理、無茶、上等! 理不尽、不可能、それがどうした! これがスーパーと銘打たれるロボットの力!


「おぉぉぉぉまぁぁぁぁえぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!」


 天板をブチ抜いて飛び出したゼッターをノンストップで黒いロボットに叩きつける! 技も武器も無い、今まさに擱座した白いロボットにパンチを放とうとしていた敵に50メートメル級の質量弾をぶちかましてもろとも地面に叩きつける。


38.<――――アスカ!?>


「バカっ、こんなのに手間取ってんじゃないわよ! さっさとこっちに乗りなさい!」


 ゼッターチームのメインはやはり1号機。


 そしてゼッターに乗り込む資格を持つのは、心身ともに最高の実力を持つパイロットに限られる。


 ならばこの機体に乗るべきはただひとり。


 玉鍵たま。担当はもちろんゼッタードラゴン!

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