第228話 ラストフュージョン!? その名は――――

 鋼が飛ぶ。


 推定で35メートル近い鋼鉄の翼。大昔のステルス機らしいほぼ黒一色のカラーリングのそれは、タワーのコンテナ運搬口に翼の先端をぶつけながらも強引に突き抜け、地下都市の狭い空へと駆け抜けていった。


 ステルス機の特性に反したド派手な登場。己の長所と真逆の行為をしたそれは、本当に隠したい存在から周りの注意を逸らすことに確かに成功していた。


 すなわち、後続のもう1機のための目くらましに。


 ステルス機に続いてコンテナから飛び出した20メートル級の獣型ビーストタイプ。そいつが人型ロボットを取り込むだけの隙を作る程度には。


 それはまるで獣が獲物をひと飲みにするような光景だった。あれは乗り込んだというよりも取り込んだと表現した方が良いだろう。


 なんにせよこっちにとってヤバイ展開という空気だけは伝わってくる。転がったコンテナの間に挟まれて潰れた人間の血を見れば余計にな。


「こりゃ駄目だ、55フィフティーファイブ!」


 ライオン型のロボットが模した動物らしくこっちに咆哮・威嚇というリアクションを取っている間に、さっさとCARSに飛び乗ってメチャクチャになったタワーからの脱出を図る。


 20メートルもある金属製の猫科とか、手持ちの装備じゃもう無理だ無理。たとえCARSがミサイル持ってようがキャノン積んでようが効くわけがねえ。デカすぎる!


「どういうこった!? なんであんなもんが動く! あれって絶対にS製のロボットだろ!」


 100歩譲ってステルス爆撃機は現行技術でもまだ作れるかもだが、『4足歩行の戦闘兵器』なんて無駄と無茶の塊を作れるわけがないし、そもそも作らないだろう。


 ……かつて人は移動に牛や馬という4足の機動力を利用した。それは歴史的な事実だ。


 だが技術の進歩に伴って新たな移動手段には車が、車輪と動力を持つ乗り物を作ったんだ。それまで馴染んだ足のある生物ではなく、の無い乗り物をな。


 要はいくら技術が進歩しても機械の獣なんで馬鹿な乗り物は作らねえんだよ! のある乗り物なんて手間ばっかりで、車輪の利便性にひとつも勝ち目がないからな!


 愛玩用のペットロボットとかならまだしも、20メートルもの巨大さで作る意味はない。はっきり言って戦闘にも運搬にも不向きだ。


 この世界の技術と物理法則の中ではな! あんなもんSワールドに類する代物だからこその形状だ。


 獣の姿を模すなんて馬鹿ができるのはSワールドで使うための兵器だけ。Sの技術を使ったスーパーロボットだけ。本星こっちじゃ使えたもんじゃねえ! 使えないはずなんだ!


〔獅子型ロボット、人型に変形しました。確かにあのようなギミックを組み込めるのはS製くらいかと〕


「冗談じゃねえ……完全にルール違反だろ」


 変形機構のあるロボットのあるあるに、どう考えても中身がスカスカじゃないとこんな変形できないってのがある。


 オレもバックミラーで見ていたが、あの獣型ビーストタイプの変形機構はSの機械特有のもの。


 それこそ装甲の中身が空っぽ・・・でもないと出来ない、無茶苦茶な変形だ。無駄に仰々しい動力はあってもその動力を伝えるべき伝達系が無い。スペース上にも存在しない。


 それなのに動く。これもまた合体変形をするスーパーロボットの特徴のひとつ。


 すべてはこんな無茶を担保してくれるSワールドの物理法則の恩恵。


 Sワールドとの懸け橋である基地区画という例外はあるが、そこを出ているスーパーロボットはSの恩恵を受けられず、基本動かないガラクタでしかなくなる。


 サイズから考えると自重だけで自壊しそうなものでも一応保っているロボットがあったりするので、基地外でも最低限は何かしらSの恩恵はありそうだがな。


 ――――だが、ここはSワールドでもなければ基地区画でもない。


 まともに動くはずがないんだ、あんな獣を模した巨大ロボットなんて!


《低ちゃんが愚痴っても現に動いてるからしゃーないヤン。とりあえずこっちを追いかけてくるみたいだし、この後でどうするか決めれば?》


「(クソッ、もっともだ。)55フィフティーファイブ、第二基地に向かってくれ!」


 敵がどうして基地区画の外でスーパーロボットを乗り回せるのかはさっぱりだが、こっちが対処できなきゃヤバイってことだけは間違いない。


〔そう仰るかと思い急行中です。基地との通信もご用意しております〕


「気が利くな。向こうも戦闘中だから出てくれるといい――――うぉっ!?」


 急激な進路変更で助手席から運転席まで転がる。急いでたんでシートベルトを忘れてたぜ。


 回転した視界の先、サイドウィンドの向こうを黒い刃が走り抜けていくのが見えた。


〔失礼いたしました。ステルス機が翼で引っかけようとしてきましたので〕


「ナイス回避だ。やっぱあの飛行機もS製だな、こんな無茶は現行兵器にゃ無理だ」


《シートで逆さまになったまま言うことかナ? でもその体勢、ちょっとイイネ。体位で言うとまんぐ――――》


(そういう事を言わんでいい!)


 運転席ででんぐり返った姿勢を戻してそのまま座る。今さらわたわた助手席に戻る方が危ない。


 あんな兵器然とした見た目のクセに、爆弾やミサイルを持たないらしいな。獲物を仕留められずに走り抜けた翼はそのまま上空に舞い上がり、再びのアタックのために狭い空を旋回するようだった。


〔後方より先程のロボットも追いかけてきております。推定時速350キロメートル。申し訳ありません玉鍵様、基地に辿り着く前に追いつかれてしまうかと〕


 こっちが他の車両や建造物に気を遣わなきゃいけないのに対して、向こうは進路上の車を跳ね飛ばしながら路面にヒビを入れる脚力で猛追してくる。確かにありゃ振り切るのは無理だ。


「自信が無いなら操縦権をこっちに渡せ。オレがなんとかする」


〔……大変失礼いたしました。お客様の安全を預かる送迎サービスにあるまじき発言だった事を反省いたします。基地までの刺激的なドライブをお楽しみください〕


「へっ、言うじゃん。なら頼んだぜ55フィフティーファイブ


 空からはステルス機。地上では人型ロボット。そのどちらもがSワールド用。動かないはずのロボットたちが動く理屈はわっかんねえ。


 けど、それでも動いてオレらと敵対するってんなら相手になるさ。そのためのを取りに行こう。


 Sのロボットに対抗できるのは同じSのロボットだけ。


「クンフー、久々にお前の力を借りるぞ! 第二基地、聞こえるか! 今そっちに向かってる、クンフーマスターを用意してくれ!」


《それは無理でゴザルな、低ちゃん》


「え?」


CP.<たまちゃん!? なんで第二にって、それはともかくクンフーはヒカルちゃんが乗って戦ってるの!>


 通信に出てくれた長官ねーちゃんの言葉を聞き終わる前に、それが真実と分かるシルエットが見えた。


(変な翼がついてるが……クンフーだよな?)


《後付けの強化パーツ的なものでナイ? 陸戦型を卒業したみたいだネ。旧式と言われたロボットが支援メカで現役についていく。うむ、胸が熱くなる展開だナ》


 乗ってるのが綺羅星きらぼし。なるほど、確かに構えがカラテだな。前にダモクレスで戦った時と印象が被る。


 対する敵はこっちを追い掛けてくる人型ロボと同型っぽいな。ただ腕の部分に凶悪そうなでっけえドリルがついていて、綺羅星きらぼしもやりにくそうだ。


CP.<今、タワーの方から来ている未確認機を確認したわ。こっちで戦っている敵と同一だと思う。たまちゃんはなんとかサイタマへ避難して……第二はもう危険よ>


「そうもいかない。(連れてきて悪いが)向こうはこっちを追い掛けてきてる(しな)。なんでもいいからロボットを用意して(くれ)、それと――――」


 話の途中で路面が壊れたような衝撃を受け、車体が大きく跳ね上げられた。


 一瞬の浮遊感を感じるもCARSの底面に内蔵された転倒復帰用のフィンによって姿勢が制御され、なんとか車体が転がることは避けられた。


CP.<ヒカルちゃん!?>


 さっきの揺れの正体は巨大ロボットの転倒。クンフーが敵にひっくり返されたせいだった。


 振るわれたドリルの直撃こそ免れた綺羅星きらぼし。だが回転するドリルが胴の装甲に噛んだのか、螺旋の流れる勢いのままに半回転したクンフーが頭から床に落ちたのだ。 


《うわ、あれは痛いナ。クンフーの衝撃緩和機能だとヒカルちん失神しちゃったかも》


「(あいつはそんなヤワなガキじゃねえ。)綺羅星きらぼし! 根性――――」


 再びの強い衝撃。だが今度はクンフーが落ちたからではない。


「《っぶ》」


〔申し訳ありません、ギリギリでした〕


 より強いバウンドを生んだ主は急降下してきた敵のスタンプ攻撃だった。いや、車が真上からの攻撃をよく躱したよ、すげーぞ55フィフティーファイブ


「野郎、こっちもいつのまにか合体してやがる」


 あのドリルといいこっちのステルス機といい、どっちも獣型ビーストタイプから変形した敵ロボット用の支援機らしいな。


《ムヒョヒョ、どーする低ちゃん? うまいこと撒いてタワーに逃げるのもアリかもよん?》


(いろんな意味で出来るわけねえだろ)


《でもクンフーは使えないじぇい?》


「じ、整備長! 38サーティエイトは出せないか!」


CP.<出せますっ! 機体はすぐ準備しますから玉鍵さんは認証銃を受け取ってください!>


 整備のガキ? ジジイは、いやそれはいい。


「分かった。ノンストップで行くぞ」


CP.<っ、分かったわ。銃は私が用意するから格納庫通路で受け取って>


「聞いた通りだ55フィフティーファイブ。ブン回せ!」


〔お任せを。少々ワイルドなショートカットを敢行いたします。衝撃にお備えください〕


 ここまで十分に速かった速度がさらに速度を増し、車体底のフィンが急回転してガードレールを飛び越し車道を横断する形で宙を舞う。


 ――――第二基地は比較的古いレイアウトを持つ基地。そのため新設計の基地とは異なる無駄になってしまった機能が存在する。


 それはロボットの緊急発進システム。


 Sワールドからの侵略に備えていつ何時でもスーパーロボットの緊急発進が可能なように、第二基地は外に出ているパイロットの受け入れとロボットの出撃がスムーズにできる構造なのだ。


 持ち堪えろよ綺羅星きらぼし


「長官! 6時の出撃をぜんぶ空けてくれ! 最悪は前みたいに敵をカッ飛ばす!」







<放送中>


「クロスナイフ・シャワー!」


 翼から射出されるのは無数の十字手裏剣。瞬間的にバラ撒かれたそれはさながら散弾のように敵ロボットのシルエット全体を包んだ。


 だが、敵は自らの腕と合体したドリルロボをガードに使って苦もなくナイフを弾いてしまう。

 さらに2射目に至ってはドリルを使った突進によって、受けに回るどころか強引に攻撃までされる始末。


「クッソッ、弱すぎるぞこの武器ぃ!」


 撃ち出される手裏剣型のダートは散布が広く範囲をカバーできるものの、放つ威力はあえて弱く設定されているらしく着弾しても深く刺さらなかった。


 威力の低さは地下都市防衛機として作られた宿命とも言えるが、特にこの新装備はテストが不十分であったために過剰に威力が抑えられていたのである。


 また機体そのもののサイズ差の影響もあるだろう。


 ヒカルの乗る『クンフーマスターカスタム』は武装こそ強化されたものの、サイズは10メートル級で据え置き。

 対して敵ロボットはクンフーの倍近い20メートル級。重量においてもおそらく向こうの方があるだろう。


 クンフーマスターは手足を用いた格闘戦を主眼に置いた近接機。操縦形式も功夫クンフーファイターと同じく思考操作を補助としており、空手家であるヒカルと相性は良い。


 しかし格闘技の多くが階級制であることから分かる通り、体格差とは如実な戦闘力差を生んでしまう。


 倍近いサイズ差を持つ相手に近接主体のクンフーでは、これは相性が悪いと言わざるを得ない。


 ……前身のクンフーマスターに武装強化を施し、さらに飛行能力を付与したクンフーカスタムはトータルで使い易くはなっている。


 だが1発の威力、最大火力という点ではほぼ変わっていなかった。


<ヒカル、ドラゴン・ジャッジメントを決めるには動きを止めないといけない。とにかく足とスラスターを狙うんだ>


『ドラゴン・ジャッジメント』。それはクンフーマスター最大の必殺技。磁力で敵を拘束し、電磁カタパルトで超加速して必殺のキックを見舞う。


 ただしそのための磁力界を作るには多節棍に内蔵されたバッテリーを脚部に差し込み、電力を機体内に過剰放出させるいわゆる溜め・・の必要がある。この蓄積したエネルギーがあって初めてその場に擬似的な電磁カタパルトの成形が可能なのだ。


「無茶言ってくれるぜっ。あのドリル、思ったより厄介だぞ」


 相変わらず敵の格闘戦は拙いが、それを帳消しするほど性能が上がっている事にヒカルは舌を巻く。

 特に両方の腕に装着されたドリルは攻防一体の特性を持ち、猛回転するドリルでクンフーの攻撃を弾いて強引に突撃してくるのだ。


 半端な攻撃では逆にカウンターを取られる。しかしクンフーは強力な攻撃を数えるほどしか持っていなかった。


 当初は多節棍での打撃や拘束することも考えたが、ヒカルはあくまで無手の空手家。


 機械拳法で使うようなヌンチャクの類は手にした事さえなく、うまくイメージ出来ないためかクンフーのシステム側からエラーが返ってきてしまい、使用を早々に諦めている。


(玉鍵の野郎、こんなもんよく使えるぜ)


 世界初となった都市戦闘の映像はパイロットとしてヒカルも観ている。玉鍵は多節棍などという使い辛い武器を当然のように使いこなし、敵と暴走した味方を見事に捌いていた。


 対抗意識が刺激されるがさすがに今は無理だと割り切る。ただでさえクセが強い武装を練習もしていないものに使えるわけも無い。


「この! 何度も同じ手が通じるか!」


 しつこく右のドリルを突き出して突撃してくる敵に、いい加減その速度と間合いに慣れていたヒカルはクンフーをサイドステップさせる。


 そのままガードがガラ空きとなっている右胴体に渾身の蹴りを見舞った。


「手応えありぃ!」


 くの字に折れ曲がった敵が一瞬、死に体となったのをヒカルは見逃さなかった。


 死に体とは格闘技において攻撃も防御も回避も出来ない、フォローのきかない無防備な状態の事。


 ここに空手家の本能として勝機を見出し、ヒカルはクンフーのパワーを全開にしてラッシュを敢行する。


 一撃必殺を旨とする空手とはいえ相応にコンビネーションは存在し、実戦では強引に手数で押し切る場面も少なくはないのだ。


 打撃、打撃、打撃。とにかく打撃。先程のクロスナイフが期待外れだったこともあり、クンフーカスタムに搭載された他の武装などヒカルの頭にはもはや無い。


 コンビネーションの最後にヒカルの持つ技の中でもっとも威力のある、飛び後ろ回し蹴りを放つ。通常ならまず当たらない大技だが、格闘技の素人が相手なら難しくはない。


 ヒカルの攻撃はイメージ通りに鮮やかに決まった。


「どうだっ!」


 それは多少の体格差はあっても十分に大怪我を与えうる猛攻であった。試合であれば間違いなく審判が止めたであろう程――――しかしながら、それは生身の人間同士の話。


<ヒカルッ! まだだ!>


 打たれ続けた敵はそれでもスラスターの噴射で強引に姿勢を変えると、これまた強引に金色のドリルのついた腕を力任せに振った。


 人間であれば激痛で悶絶しているほどの打撃の固め打ちであろうとも、機械に痛覚など無い。動くのに支障が無ければ動く。


 人間であれば足が宙に浮くほどの打撃の前に反撃など叶わない。だが機械であればスラスターの噴射で空中に踏ん張る事も、姿勢を変える事もできる。


「きゃあぁぁぁぁッ!?」


 軽量の機体が重量に勝る相手から受けた打撃のツケは、生身同様に大きい。今度はクンフーの細身のボディがくの字に折れ曲がる。


 さらにボディに密着したドリルが猛烈に回転し、それによって削られた装甲を巻き取られる形で回転させられたクンフーマスターは頭から地面に叩きつけられた。


 頭部はクンフーマスターのコックピットのある部位。強烈な衝撃と共に天地を逆さまにされたヒカルから思わず悲鳴が上がる。


<ヒカル! 距離を取れ! ヒカルッ!>


「ぎ……ぐ……」


 コックピット内の衝撃緩和装置の働きで潰れることは免れたものの、体全体を襲った落下の衝撃は尋常ではない。


 高所から叩きつけられたような痛みが全身を支配し、ヒカルの意識は虚ろとなった。


 コックピット内に響く接近警報も聞こえない。機体が受けたダメージの表示も見えない。ただひたすら痛みに耐える事だけがヒカルの脳を支配していた。


C55.<綺羅星きらぼし! 根性>


 ――――そこに届いたのはひとつの通信だった。


 痛みで聞こえなくなっていたはずのヒカルの耳でも、その声は認識できた。


 ヒカルにとって誰よりも忌まわしく、けれど誰よりも憧れてやまない。力の頂点に君臨する女の声だったから。


「た、ま……かぎぃ!」


 ふり絞った気力は強いイメージを呼び、倒れていたクンフーが蘇ったかのように跳ね起きる。


 未だ続くのたうち回りたい痛みの中で、それを上回る意地だけで少女空手家は構えを取った。


 まさしく根性。ヒカルが大嫌いな女の言う通り、最後は己の根性だけがピンチを救う鍵となる。


 ……だとしても戦いとは無情。どれだけの根性を持とうがどれだけの願いを背負っていようが人は負けるし人は死ぬ。


 構えたまま動けないクンフーに無情なドリルが突き出される。


 ここでヒカルにわずかでも余裕があったなら、急降下してくるもう1機の姿も認識できたであろう。


 2対1。どちらもクンフーマスターを上回る20メートル級。満身創痍のヒカルが対処できるのはせいぜい認識しているドリル型の1機のみ。


 先程からミコトの警告は響いているが、ヒカルの耳にそれは届いていなかった。


 先程は玉鍵たまという、ヒカルにとっての最大のライバルの声だからこそ聞こえたにすぎない。


38.<そっちは任せるぞ>


 そう。聞こえるのだ。負けたあの日から烈火に燃えるヒカルの胸に。憧れてやまない玉鍵の声は!


「応ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」


 絶叫のような息吹。それは果たして玉鍵への返事であったのか。


 ヒカルの目には向かってくる敵の姿しか見えてはいない。


 この程度の敵を倒せずして、もう一度あの頂点に挑む資格など無い。たったそれだけがヒカルの心を支配する。


 ――――クンフーマスターの必殺技は蹴り技である。


 ドラゴン・ジャッジメントは脚部の電磁カタパルトを用いた突進技である。


 それこそがクンフーマスターに与えられた最大火力の武装である。


 今、この瞬間までは!


「疾風ッ! 正拳突きぃぃぃぃぃッッッ!!」


 カウンターアタック。大陸の武術に置いては崩拳と呼ばれる、相手の勢いをも自らの打撃へと転化する。ごく小さな動きの中に先人たちが積み重ねた理合を秘める、必殺の一撃。


 基礎にして極意の中段突きが、突進のために姿勢を低くしていた敵の顔面を見事にとらえて粉砕した。


 ドリルの回転に巻き込まれたクンフーの腕もまた、無残に削られている。

 だがヒカルの覚悟を伴った拳はロボットの肉体を確かに伝い、何があろうと逸れることはなかったのである。


38.<お仲間はやられたぞ。さっさと来い>


 もう1機を認識していなかったヒカルには、一瞬玉鍵のこの言葉に理解が追い付かなかった。

 だがようやくレーダーに映る赤い光点が目に留まり、未だ別の敵がいたことをここでようやく理解する。


 玉鍵機の38サーティエイトは2丁の拳銃を静かに構え、クンフーマスターの背後を守っていたのだ。


 その玉鍵機から伝わってきた通信には、味方をやられたうえに玉鍵から狙われたことで逃げた敵への苛立ちがある。


 ワールドエースの射撃技術を持ってすればこの狭い地下都市の空にいる敵などいくらでも狙い撃てるだろう。それをしなかった理由について、ヒカルは天井を見上げた事でうっすらと理解をした。


 38サーティエイトは手持ちの2丁拳銃と胴体に備わった大口径砲を用いる射撃主体の機体。


 万が一攻撃を外したり、あるいは相手が想像以上に脆く銃弾が貫通してしまった場合、天板部にある街に被害が及ぶ可能性があのだ。そのため玉鍵は上に向けて射撃する事を躊躇ったのだろう。


 今では人の住まないゴーストタウンとはいえ、建造物が崩れればその下に瓦礫が降り注いでしまう。せめて基地区画の上空に来なければ撃つのにリスクがあったのだ。


 まして巨大ロボットを地下都市上空で撃墜してしまった場合、瓦礫どころの騒ぎではない。


<ヒカル、そろそろ聞こえるかい?>


「……おう。まだ体がしこたま痛いけどな」


 徐々に体の痛みが引いてきたヒカルはミコトからの通信も耳に入る様になってきた。


<バイタル表示上はそこまでじゃないから大丈夫さ。機体も右腕以外の損傷はイエローゾーン以下だよ>


 続けてミコトは言う。飛行能力の無い38サーティエイトの代わりに飛行ユニットを持つクンフーで敵を基地区画内に追い込むべきだと。


<玉鍵、君なら敵が一瞬でも都市上空から出れば仕留められるだろう? 追い込み役はうちのヒカルに任せてくれたまえ>


「ちょ、ミコト! 勝手に決めんな! あたしだけでもぶっ倒してやるさ」


<ヒカル。そのプライドを引っ提げて都市に墜落でもしてごらん。もはや犯罪うんぬんの騒ぎじゃないよ。星天の連中のように人として毛嫌いされたいのかい?>


 かつて都市内にロボットで墜落し、そのうえ武装のビームまで狂ったように撃ちまくった事で多数の死傷者を出した星天一族の少年がいる。


 彼は直接的に500人以上。最終的にこの事故が原因で死亡した人間を合わせると800人以上を殺すことになった。

 これはスーパーロボットが人類に運用されるようになってから現在までで、最悪の死亡者数となっている。


「う……わ、分かったよ、クソ」


 ヒカルとてあの騒ぎでは少年とその親に最大級の軽蔑を向けたものだ。いくら玉鍵に再燃した対抗心があっても、あんな異常者と同列になるなどまっぴらであった。


S.<――――タマカギ、タマカギ、タマ、カギ、ボ、ボ、ボ、ボク、ボク、Bo、bo……bbbbbbbb Bokuは>


「な、なんだ? 敵の通信?」


<そのようだ。それにしても不愉快な調整だな。音声がどこか機械というより狂った人間が喋っているみたいな、そんな生々しさがある>


 オープン回線で飛ばしているらしいその音声はミコトにとって生理的に耳障りのようで、モニター越しの少女はいつもの飄々としている顔を珍しく露骨に歪ませていた。


AL.<当たらずとも唐辛子ぃぃぃぃぃ! ……失礼。やり直してもいいかい? さすがに今のは寒かったと反省している>


 クンフーに割り込んできた通信はこれもまたオープンであるらしく、その場の全員が拾っており、多くは困惑の表情を浮かべる。


 そして残りのごく少数は、聞こえてきた特徴のある口調と太い声にヒクリと顔を引きつらせた。


AL.<改めてまして。お初にお目にかかる人はコンニチワ、知っている方はゴキゲンヨウ。恵まれない者に愛と夢と娯楽を提供する親切な道化師さんだよぉぉぉぉ?>


「……クソババァ! どこだテメエ!?」


 悩むヒカルに悪魔のような誘いをかけてきた邪悪なピエロ。その名はアウト・レリック。


 Sの技術開発の天才であり、同時に倫理観など皆無の狂人。その有用な頭脳ゆえにどんな犯罪を犯しても国際法によって守られている厄介者。


 その姿がモニターに映った時、誰もが醜悪な天才に注目した。


 ――――おそらくは玉鍵でさえも。


S.<ラストォ! フュュュュューッ、ジョン!>


 上空に退避していた敵ロボット、その足から掛け声と共に濁流の如き竜巻が巻き起こり、敵の姿を覆い隠す。


38.<……チッ!>


 玉鍵らしからぬ後悔を感じる舌打ち。それと同時に38サーティエイトの胴体に収まる大砲が角度を付けて向けられた。


 大威力の実体弾の反動に備え、38サーティエイトの脚部が固定される。


 狙いは竜巻に隠れた敵――――否、ヒカルの倒したはずのロボットからいつのまにか外れて飛び立ったドリルロボに向けて。


 玉鍵の狙いは合体フュージョンの阻止。あのドリルロボが人型ロボの強化パーツの類であることは明白。ならば同型機らしきもう1機とも合体が可能だろう。それを阻止しようとしたのだ。


AL.<おおっと! ワールドエースともあろうものが無粋な真似はやめないか。夢のある合体は黙って見守るものだよ、レディ?>


38.<!? これは……>


 あろうことか玉鍵は射撃のタイミングを逃した。ドリルメカは邪魔を受けることなく竜巻の中に飛び込んで、すぐに姿が消えた。


 さらに地上を走ってきた識別不明の巨大なトレインが竜巻に向けて飛び上がる。


「何やってんだっ! ナックル――――」


AL.<それはダァァァァメったらぁぁぁぁ、ダメェェェェェ!!>


 玉鍵に頼らずクンフーマスターの持つ飛び道具でもっとも威力のあるロケットパンチ系の武装を繰り出そうとしたとき、メインカメラのモニターに『Error』の文字が現れ、突然にロックオンカーソルの挙動が不安定になる。


 照準設定が外れたパンチは敵を認識できず、虚しく宙を回って戻ってくる。


「ジャミング!?」


AL.<うほ、うほ、うほほほほほっ! ん゛……ヴえ、げ、ンン゛。たびたび失礼、様式美の邪魔だけは許せなくてねぇ。もちろん合体が済んだら好きにしてくれていいとも>


 やはり合体機。先程のトレインとドリルメカ、そして背中についていた翼もそうだとすると合わせて4機の合体。ヒカルの背筋に冷たいものが走った。


(4機となると20メートルより間違いなくデカくなるな。少なくとも30メートルか40メートル。そんなのに地下で暴れられたら……)


 ヒカルの心配を他所に、竜巻がおさまった空には獅子の顔を胴体に張り付けた威圧的な巨人が浮かんでいた。


AL.<ここに新たなる破壊者が誕生した! その名は愚者王、ガイサイガー! ……さあ、止めてみてくれないかぁい? この人災を!>

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