第227話 地を穿つもの/手負いの獣 or 天に昇るもの/手負いの獣

<放送中>


「ド素人がぁ!」


 スラスターを吹かせて床をスライドするように接近した功夫クンフーファイター、その携行したレーザーライフルの銃底はあやまたず謎の人型ロボットの頭部に叩きつけられる。


 初めこそぶっつけ本番の機体操作に戸惑い動きをセーブするしかなく、あまり得意でない射撃主体で戦っていた綺羅星きらぼしヒカル。


 だが持ち前のセンスと思考操作による補助で思ったよりもずっと早くこの機体の操縦に慣れた彼女は、どんどん深く相手の間合いに飛び込むようになった。


 もちろん空手家のヒカルが得意とする接近戦で主導権を取るためだ。加えて敵の戦い方が明らかにお粗末で、相手への警戒が薄まったのもあるだろう。


(格ゲーみたいな動きしやがって。繰り出してくるパンチやキックは型の模範みたいにキッチリしてるが、一番大事な間合いが読めてねえし技の組み立てもチグハグだ。どんなプログラムしたか知らないが、こいつ格闘戦のイロハが分かってねえだろ。こんなもん怖かねえよ)


 相手はそもそも射撃武装を持たないようで、接近してはナイフや手足を繰り出してくる。しかし格闘技を学んでいるヒカルからするとそれらの攻撃も防御も立ち技のセオリーに沿っていないため、初動さえ見えれば捌くのは難しくなかった。


 確かにひとつひとつの動作はプログラム上のモーションらしく完璧。だが技に入る前や技と技の間、そして技の終わりのフォローが考えられておらず隙だらけとなる。


 ボタンひとつで技を出しているだけの、その技のなんたるかも分かっていないクソみたいな素人。それがヒカルの敵への印象だった。


 ならばこんな相手に研鑽を積んだヒカルが負けるはずもない。


 技の精度は機械である相手が上でも技とはひとつの動作でしかない。振るう人間が格闘技に慣れない間抜けでは、ジャブさえ当たるものではないのだ。


(パワーだけはあるし硬いのは厄介だがなっ)


 ヒカルが射撃戦に拘らなかったのは不得手なのも理由だが、功夫クンフーファイターのレーザーライフルでは効きが悪いと感じたのも理由だ。どうも相手のメタリックカラーの装甲はエナジー系の防御、特にレーザーとはすこぶる相性が良いらしくほとんど効いていないと判断したからである。


 白兵戦用のナイフくらいしか持っていないこの相手に対して、功夫クンフーファイターは1丁だけだがライフルを持つ。できればその有利を生かして遠間で戦うべきであるが、そんな我慢ができるほどヒカルも忍耐強くない。


 生来の気の短さもあってヒカルは打撃でこのまま押し切るつもりだ。


 そもそも敵に転がされたジャスティンガーから『大剣』を助けるという人命救助の援護のためでもなければ、人の話など聞かずに好きに突っ込んでいったことだろう。


<ヒカル、味方の収容が済んだ。後は好きに料理したまえ>


 抑え役だった通信先の三島ミコトがGOサインを出す。我慢の利かないヒカルに逐一声をかけて、『人命救助が先』という枷を思い出させ続けたのはミコトの功績であろう。


「待ってたぜ!」


<設備はなるべく壊さないでおくれ。減点は少ないほうがいいだろう>


「わかってるよ! さあフィナーレだ! 復帰の前哨戦にしては物足りないがな!」


 ――――無論、ここで活躍してもヒカルがパイロットに復帰できるかは誰にも保障されていない。悲観的な結論のほうが可能性が高いだろう。


 だが以前の支配者である大日本政府と違って現在の第二都市とその上のサイタマの統治者は、功績を積み上げることで一定の温情をかけてくれる度量があると三島ミコトは推測していた。


 ならばこの騒ぎは第二都市にとってはダメージでも、ヒカルやミコトにとっては大きなチャンスである。


 重罪人としてパイロット資格はおろか人権さえ失ったヒカルが、再び負い目なく人前に出るための功績を得られるかもしれない数少ない機会。逃す手は無かった。


 ヒカルの精神高揚に反応した功夫クンフーファイターが彼女のイメージをトレースし、ライフルを捨てて正拳突きの構えを取る。


「ブッ壊してやるぞクソロボット!」


 かつてこの拳で貫けなかった相手を重ね、ヒカルは後悔と屈辱の中でもう一度向き合った己の拳の如く、功夫クンフーファイターのマニピュレーターを突き出す。


 あのときの自分とあの女との違い。それは覚悟の量だとヒカルは思っている。


 差し違えるべきはずのあの場面で、自分はつい身を守るための保険を掛けた。敵を打ち倒すためにすべて張り込むべき場面で未練を残してしまった。


 ならば負けて当然。あのエースが躊躇いなく己の一切を注ぎ込んできた芯のある拳に、日和ったヒカルの軽い拳が勝てるわけもない。


(玉鍵ぃ! この拳だけはてめえにも負けねえ! それだけは証明してやるぜ!)


 ――――綺羅星きらぼしヒカルはパイロットとして玉鍵たまに完敗した。格闘家としてもおそらく敗北するだろう。


 だが! 繰り出す必殺の拳だけは、たった1発に賭けるこの正拳パンチだけは2度と負けない。そう誓った!


 ひとりの空手家のイメージが膨らみ、功夫クンフーファイターという機械の体が最高潮に高まったヒカルの戦意に反応する。


「疾風ぅ! 正拳突きぃぃぃぃぃ!」


 それはかつてヒカルが駆ったスーパーロボットの必殺技。


 は未熟なヒカルのせいで地に伏した。だがしかし、ヒカルの中ではちゃんと生きている。ヒカルの知るどんな拳より硬く熱い、鋼鉄の拳を持つ格闘家の魂が。愚かなパイロットのために最後まで死力を尽くしてくれたロボットの魂が!


 その名は闘将ダモクレス。これは彼から譲り受けた、ヒカルの自戒の拳!


「……ふんっ!」


 まさしく疾風。最速で敵の胴体を貫いた拳を引き抜き、息吹と共に残心を行う。


 背後でガシャリと倒れた敵のロボットは胸部装甲を通じて中枢の奥深くまでも衝撃が及び、背中の装甲にまで亀裂が生じていた。


<パーフェクトだヒカル。倒した敵が爆発するかもしれないからすぐ退避したまえ>


「ああ――――まだイメージ通りにはいかない。もっとハッキリ当たるイメージをしないと……こんな拳じゃまだあいつには届かない」


<……誰の事を言ってるのかは察しがつくけど、彼女との勝負はシミュレーションだけにしておくれよ? 次は本当にボクでもどうにもならないからね。衛星軌道の研究施設にでも逃げるしかない>


「わかってるよ。ダモクレスには悪いことしちまった」


<おいおい、そこはボクやティコに負い目を感じてほしいものだなぁ。恩知らずな猫ちゃんだ>


「~~~っ、おまえらにはもう絶対ぜってー謝んねえ! 毎日毎日、人に好き勝手しやがって!」


 ―――――――――この光景を見ている諸兄がいたとして、人はそれをなんと呼ぶだろうか?


 油断? 傲慢? あるいは想定外?


 人間が胴体に風穴を開けられれば絶命であろう。内臓は零れ落ち、血液が大量に流出し、少なくとも戦闘不能の重症に違いない。


 では、機械であったなら? こちらも同じく内部機構が深刻に損傷し、バッテリーからの漏電、燃料や冷却材、オイルなどが抜けてやはり戦闘不能に違いない。


 ……ただ『生物よりは無理がきく』というイメージもまたあるのではないだろうか?


<はははっ、ヒカルの本当に嫌がることはしていな――――ヒカルッ! 離れろ!!>


 功夫クンフーファイターのセンサーを通して不可解な信号を検知したミコトが警告を出す。その声質に真剣味を感じたヒカルも咄嗟に機体を飛び退かせた。


「<ドリル!?>」


 急激な振動と共に基地の床を突き抜けてきたのは鋭角的な2本のドリル。


 黄金の輝きを放つそれは床を突き破っただけでは止まらずに、さらにこのドリルが進むための推進力である履帯部分が顔を出す。


 だがそれさえも前座。開いた穴から飛び出してきたのは黄金のたてがみを持つ巨大な機械の獣だった。


獣型ビーストタイプ!? ドリルといい、どっちも20メートルはあるぞ!>


CR.<そいつは敵じゃ! 地下倉庫のS用コンテナから勝手に飛び出しよった!>


 ミコトとは別の通信を入れてきたのは獅堂整備長。怪我をした彼は医療ルームなので、おそらく他の職員からの通報で知った事をヒカルに伝えているのだろう。


「おい、まだ動くのかよ……」


 突然現れたドリルメカと獣型ビーストタイプに驚く面々と違い、この中でヒカルだけは別の相手に戦慄する。


 それは倒したはずの人型ロボット。ゆらりと立ち上がったその姿にヒカルは機械らしからぬ気迫のようなものを感じて身構える。


〔フュュュュュューッ、ジョン!!〕


(喋った!?)


 思わぬ出来事に意識が逸れたヒカルを置いて、高く跳躍した人型ロボットは躊躇いなく獣型ビーストタイプアギトに消える。


 あのロボットは食われたのか? 無論そのようなわけもなく、鋼鉄の獣は見る間に変形を始める――――より大型の人型のロボットに。


<なるほど、乗り込んだというわけか! ヒカル、退避したまえ!>


「整備! ミコト! クンフーを出せ!」


<ヒカル!?>


「こんなデカブツが基地内で暴れたらさっきの比じゃないぜ! どうせあいつの乗機だ、いなくても機体の準備はしてあるんだろ!? サイズ階級を上げて第2ラウンドと行こうじゃねえか」









 エレベーターシャフトを垂直降下して第二都市へ。さっきから戦闘の影響らしき低い音がエレベーターの構造体を抜けて四角い空洞に響いている。


《減速噴射はリズムよく♪ はい、クイッククイック、噴射ブロー。クイッククイック、噴射ブロー


「ブローどころかこっちの気が抜けるわ。一歩間違ったら転落死なんだから集中させてくれ」


 ほとんど真っ暗の中でもスーツちゃんから送られてくる網膜投影で床までの距離や自分の落下速度が分かるから、ジェットパックの噴射タイミングをミスらなきゃ死ぬことはない。


 天井と最深部に見えるふたつの光は、開かれたままのエレベーターのドアから漏れた外の光だ。その光の上下は細く繋がっている糸のようにも思えた。


 それは闇に垂らされた頼りない希望の細い糸。遠い昔に仏教徒ブディストが語り聞かせたという蜘蛛の糸の話を思い出す。


 ならば降下していく闇の深さは、まさしく人の業の象徴。地獄の穴に違いない。


 ――――地下都市は今でこそ庶民を押し込める臭い穴倉だが、そもそも穴を掘って地下暮らしを構想した最大の理由は人間が蓄積した環境汚染のせいだ。


 偉い連中は考えたのさ、汚染の無い地下に逃げようってな。


 それなのに『Fever!!』の大粛清によって人が激減したことが功を奏して自然環境が回復し、本来は金持ち用の退避場として作ったはずの地下都市はその役割を変えて低所得層の人間を蹴り入れる家畜小屋になったのさ。


 こうして特権階級の人間は過ごしやすくなった地上に変わらず住み続け、庶民は再度の環境汚染を防ぐためにずっと暗い穴の中ってわけ。


 宇宙進出が『F』に禁じられたから仕方なく穴を掘ったわけだが、仮に宇宙開発が進んでたら貧民は強制的にスペースコロニーにでも押し込められてたんじゃねえかな?


 いや、それより人減らしのために特権階級が裏で操作する戦争でもしてるかもな。


 死ぬのはいつだって庶民と兵士であって、後ろにいる支配者連中は安全なところにいればいいんだからよ。大国の代理戦争をさせられる中小国はトップでもいい面の皮だろうがね。


 最後に大きく噴射することで完全に落下速度を殺して着地する。シャフトの中はもちろん、ドアの向こうにも大量の粉塵が舞うのが見えた。


 ジェットパック、初めて使ったにしてはうまく使えたんじゃねえかな。しかしブローで巻き起こった風の逃げ場が少ないから埃だらけだぜ。定期的な点検と掃除はしてるんだろうが規模が規模だ、細かいところはこんなもんか。


55フィフティーファイブはすぐ外で待ってるヨ。戦闘音と傍受した通信からすると、戦闘は物資用コンテナの辺りで局地的に起きてるみたい。基地に応援を頼んでるのにまだ来ないのかー、とか叫んでる》


(向こうは向こうで大わらわか。基地側の状況からするに、やっぱパイロットがバカやってんだろうな……)


 それ以外が暴れたら『Fever!!』が黙ってないだろう。つまり基地を襲撃してるのはパイロットだと自動的に分かっちまう。なんとかならんもんかねぇ。


《……どうだろうね? 意外と現役・・パイロットじゃなかったりしテ》


(さすがに無いだろ。『Fever!!』が守るのはパイロットだけ。この方程式が崩れたらイカレポンチの権力者がどんどんバカやるぞ)


《ンマ、イカレポンチなんてお下品! 故障中のミートスティックと言いなサイ》


「(もっと酷くなってねえ?)55フィフティーファイブ! 状況を教えてくれ!」


 人用エレベーターの入口、その向こうには強引に建物内に入ってきたらしいCARSの車体が見えた。ヘッドライトを点滅させて自己主張するレトロな車体に手で応え、用済みのジェットパックを降ろす。


〔タワーの襲撃者は約2メートルの人型ロボットが1体です。基地を襲撃している個体と同一モデルと思われます。銃火器類は装備していないようですが、治安側も対人用の装備では歯が立たないようで足止めが精いっぱいのようでございます〕


 地表と違って地下都市にはアーマード・トループスに類する機動兵器は配備されてないからな。


 変に火力があると爆風や流れ弾で天井の崩落や重要設備の損壊を招いちまうし、そもそも土地が狭いから近隣への影響がデカくてうっかり使えないのだ。持ててせいぜい携行式のロケットランチャーくらいだろう。


「治安に連絡! こっちで動きを止めるからそこに対物用の重火器をありったけ叩き込む準備をさせろ! ――――55フィフティーファイブ、おまえの力も借りるぞ」


〔承りました。わたくしを存分にお使いください〕


 助手席に乗り込んだ途端にタイヤを鳴らして急ターンをしたCARSは、人員用エレベーターのあるエリアから大型コンテナ倉庫と直通の物資用エレベーター用に繋がるラインに入り込んで突き進む。


 安全用のバーとかランプとか、あちこち壊しちまったが勘弁しろよ。


〔ご要望通り拘束用粘着弾トリモチをご用意いたしました。しかし、こちらでよろしかったのでしょうか? 電磁ネットの発射機やミニサイズのミサイルなどもご用意できたのですが。もちろん玉鍵様にはこれらの追加料金は発生いたしません〕


 電磁ネットは人なんて丸焦げになる代物だろ。そのくせロボットってのは大事な部分は絶縁処理してるから意外と効かないんだありゃ。

 ミサイルの類は外れた時が何より怖い。オレらが不要にタワーを壊したとかになったら後で何を言われるか分かんねえよ。


「トリモチでいいんだ。これで動きを鈍らせてから治安連中とじっくり料理すればいい」


 そのロボットにパワーがあって貼り付けられなくてもそれはそれ。関節部位に粘着成分が入ればそれだけで相当動きは悪くなるはずだ。それにいちいちあっちこっちにひっつくのは意外と難儀だぜ? 常時動作にブレーキを掛けられるのと一緒だからな。


 攻撃は他に任せりゃいい。ここはパイロットが戦うべきSワールドじゃないし、地下都市やタワーを守って給料をもらうやつはちゃんといる。


 正しくこの騒ぎに駆り出されるべき治安職員がな。オレみたいなのは手伝いでいいのさ。貰ってる給料分は戦ってもらおうぜ。攻撃が外れた時の責任もキッチリ持ってもらえばいい。


 そもそも人が持てる装備の量は限られる。なら1人より2人、2人より4人だ。勝手にヒーロー気取って重くて威力のある装備をヒイコラ担いでいくより、何人もでズラっと囲んで一斉にランチャーでも叩き込んだほうが確実ってもんだろ。


 下手したら都市まるごと生き埋めなんだ。夢を見ずに協力して行こうや。


《ぼちぼち交戦エリアだヨン。白いネバネバを準備している低ちゃんや》


(バカ言ってないで索敵を頼むぜスーツちゃん。出会い頭にブン殴られたらたまんねえ)


《ウィ。でも索敵するまでもないナ。すごい目立ってるゾ》


 いつでも射撃できるよう窓を開けていたから外の音はすぐに聞こえてくる。


 まず耳に入るのは複数のライフルの射撃音。その音の先でちょうど高くジャンプした人型ロボットとやらが見えた。


(……ゴールドとシルバーのメタリックな装甲。いや、もっと白いしプラチナカラーというべきか? どっかのサンバ俳優みたいにギンギラだな)


 こっそり潜入してからドンパチしてんのかと思ったら、あんな目立つロボットがいたら都市の端から端でも分かるわ。正面から踏み込んできたのかよ。どんだけキレてんだ。


「直進だ! ぶつけても真っ直ぐで頼むぜ55フィフティーファイブ!」


 予備回避のために蛇行運転する車体から弾速の遅いトリモチランチャーを当てろは、射撃がうまいやつでもさすがに難儀だろ。オレは射撃は下手な方でな、せめて直進してくれや!


〔お望みでごさいましたら激突しようとどこまでも〕


 サイドウィンドウからCARSに用意してもらった6連回転弾倉リボルバー式ランチャーを引っ張り出し、治安のライフルから流れてきたらしいかすかに硝煙臭い風圧を受けながら構える。


《ランチャー有効射程までカウント3、ロボットの着地点を予測して射撃コースを表示。2、発射用意》


(安全装置解除っ、1、狙いは足元だ!)


「――――《っ》!」


 シポンッ、シポンッ、シポンッ、という軽い音を立ててまず3発。さらに一瞬だけ間を空けて弾道を修正し、さらに残りの弾を放つ。


 敵のロボットは途中でこっちを認識していたようだが、オレらをどうこうする前に不用意な大ジャンプのツケを支払うことになった。


 着地点にブチまけられたトリモチエリアに足を取られてバランスを崩し、動きが止まったところにさらに3発の粘着弾が次々とロボットに張り付く。


「今だ!(ブチ込め!)」


《お下品! スーツちゃんは許しませんヨ。カモォーンとかオゥイェースとか言いなさい》


(だからもっと酷いっての! 海外ポルノか!)


 ここでコンテナや柱なんかの物陰に隠れていたランチャー持ちの治安職員たちが、身動きの大きく阻害された獲物に次々と対物用ロケット弾を放っていく。


 基地外で動いてるロボットなら現実の技術で作られた代物だ。アホみたいな耐久力のあるSワールドのロボットと違って耐久力はお察しだろ。


 本来人型なんて戦闘用には不向きの形状だ。体の面積に対して装甲はさほど厚く出来ないし、千切れやすい関節だらけで細部も脆いんだからな。


 そんなお人形が戦車の装甲に穴を空けられる火力を叩き込まれて、そうそう無事で済むかよ。


《んー。大破、くらいかナ? 胴体を庇った腕と脚部が脱落したけど、まだ稼働はしてるっぽい》


しぶといしぶてえ……治安! もう1発だ!」


 大きくドリフトしつつ停車したCARSのサイドウィンドウから身を出して、すでに弛緩した空気を出しやがっているタコ共に怒鳴る。


 まだ倒してねえぞ! こっちはこっちで粘着弾を再装填してんだからな!


 ……だが。どうにも職員どもの動きが鈍い。命令されなきゃ動けないのはしょうがねえが、おまえら平和ボケし過ぎだろ。


〔玉鍵様、治安の責任者がこれ以上は無用だと。どうもこちらの言うことを聞く気は無いようです。どうやら後の事は自分たちの領分と考えているようでして〕


「危険が去って急に役所の縄張り意識でも出してきた(か)? 基地に手を貸せと言ったのはそっちだろ(うが)!」


 怒鳴るだけ怒鳴ってみたが、ここで一番偉そうな職員はチラリとこっちを見ただけでバツが悪そうな顔のまま目を逸らした。


《現場はともかく、上司から何か言われてるのかもネ》


(チッ! 組織の喧嘩なんざだいたい上の突っ張りあいの延長だからな。上司のいらんプライドと利権争いに付き合わされる下っ端からすりゃいい迷惑だっての!)


 いっそ治安からランチャーをブンどって勝手に撃っちまうか? どうもこいつは嫌な感じがしてならない。こういう敵は確実にトドメを刺したほうがいい。


〔タ………ま、か……ギ〕


 ノイズ混じりの電子音声。それはトリモチまみれのロボットから聞こえてきた。


(こいつ喋るのか? それとも他からの通信か?)


 音声ソフトで喋るロボットなんざ別に珍しくはないが……なんだ? どっかで聞いたようなイントネーションのような――――


 ここで今までにない振動を伴う大きな音が響く。


 地下都市にあってもっとも忌まわしい現象。『振動』という、地下世界の崩壊を連想させるほどの短くも強い揺れ。


《基地のほうで大きな破壊音》


(クソ、時間を掛けすぎたか。さっさとこいつを始末して――――)


〔フュュュュュューッ、ジョン!!〕


 ――――突如として放たれた裂帛の電子音声。聞こえてきた単語はおそらくフュージョン。


『Fusion』。それは一体化する、溶解する、あるいは融合するという意味を持つ。


 続くは足元が揺れるほどの轟音。


 運搬待ちのコンテナ群が噴水のように上へと吹き飛び、近くにいた幾人もの治安職員たちが巻き込まれては赤い染みとなる。


 馬鹿みたいに軽い命の散華をあざ笑うように飛び立ったのは、黒い翼を持つ悪意の影。


 それはかつての大国で開発された、ステルス爆撃機のような姿をしていた。

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