第226話 汚名返上!? 忘れられた者たちの登場

<放送中>


 第二基地の長官たる『高屋敷法子』は出撃日に備え、作戦室と併設されている長官室に前日から宿泊していた。


 この部屋には執務を行う部屋の他にも豪華な応接室や、小さいながらに寝室や入浴設備などもあり、人ひとりが数日泊まるのになんら不便はない。


 これはS基地の長官用に国が権限と税金に物を言わせて作ったものであり、他の基地でも豪華さの程度は違えど似たり寄ったりの作りをしていた。


 なので長官が変わったからと言っていちいち取り壊したりはしない。せいぜい在任者の趣味によって私物が変わる程度である。


 今日までの激務の疲労が祟ったのか、いつもであればそろそろスーツに着替えて長官室を出ている頃合いでも法子は連絡が入る直前まで寝こけていた。 


 なので緊急用のアラームの音に跳び起きた下着姿の法子は、時刻表示を横目に作戦室の通信に出て慌てて着替え始める。


「どうしたの!?」


 その映像は通信を入れた女性オペレーターに諸に見えていたものの、彼女はどちらかというと白いYシャツにセカセカと袖を通す法子の艶姿より、その背後のレトロなロボットアニメのポスターが気になってしょうがなかった。


〔出撃待機のAS1格納庫にて、謎の人型ロボットが襲撃との報告! 数は1体! 保安が応戦中!〕


「人型のロボット!?」


〔警備の内側から突然に現れました。職員の避難は始めていますが、対人用のライフル程度では効果が薄いとの事。保安の通常装備では制圧は困難です! 保安が対物装備第三種装備の使用許可を求めています!〕


「っ、許可します」


 テロ? 法子の脳裏につい先日テロリストの襲撃を受けたサイタマ都市からの連絡がよぎる。


 S基地の敷地は国際法に守られた特別区。ここを襲撃することは極めて重い罪となる。無関係な者が入れば警告なしで銃殺されかねないほどだ。


 さらに言えばパイロットの事以外で『F』の粛清を受けかねない場所。事実としていくもの前例も存在し、今やどんな組織でも基地ここには手を出してこない。


 そんな場所にまさかの襲撃。これは銀河や星天の残党ではなく、どこぞのトチ狂った狂信者でも現れたかと、法子は申し訳程度に突貫で身だしなみを整えつつ考える。


「待たせましたっ!」


 長官室から出た法子は作戦室の大型モニターに映る格納庫の惨状に眉を寄せた。


 カタパルト行きの最前列、AS1格納庫では小規模ながら火の手が上がったようで、施設の消火装置によって鎮火したばかりの様子がうかがえる。


 だが法子が驚いたのは応戦している中に保安だけでなく、パイロットがいた事だ。


 格納庫を映すモニターの先で、所狭しと爆走しているのは車。いかにもS由来らしい独特のデザインをした青白黄色のトリコロールカラー。


「ジャスティーンのコックピットマシン!?」


「マシンサンダーチームの大剣です。彼が操縦して保安を援護しています」


 コックピットマシン。それは巨大ロボットに格納される形で迅速にパイロットをロボット内の操縦席に送り届けたり、あるいはマシンそのものがロボットのコックピットとして機能する特殊車両。


 ……本体である『正義鋼人ジャスティーン3』はすでに解体されている。


 無人の分離機2機も喪失し、過去の大惨事を引き起こしたこの機体への都市民の忌避感もあって修復するなどありえなかったからだ。


 しかし本体であるジャスティーンが解体されたのに対し、コックピットマシン『ジャスティンガー』はとある理由から残された。


 これは近年新たに発生した問題、件のジャスティーンが引き起こした『敵の襲撃』によって、その可能性を懸念した大日本政府は『防衛機』の再検討を行ったのである。


 どこにいても迅速にパイロットをロボットの下へと送り届け、可能な限り素早く迎撃させるための動く操縦席。それがコックピットマシン。


 Sワールドの性質が分かるにつれて迎撃の必要性がなくなり、ついには技術系譜が途絶えてしまったこの種類のロボットについて、政府は改めて開発を考えていたのだ。


 そのためにもっとも重要な機能の核となるコックピットマシンというシステムを現物から再解析するため、格好の参考例となるジャスティンガーだけは残され様々な形でデータが取られている最中であった。


「大剣君! 無茶しちゃ駄目よ!」


J.<長官っ? そうは言ってもライフル弾が弾かれるような相手だぜ、保安が装備を整える時間くらいは稼がないとな! ジャンティンガーこいつはちょっと壊しちまうかもだが勘弁してくれっ>


 大剣が乗機としているのはパトサンダーという、かつての警察車両を模した分離機。それだけに同じ車であるジャスティンガーの操縦はお手の物らしく、ちょうど画面に映った謎の人型ロボットを見事なドライビングテクニックで翻弄している。


「強化スーツを人間? ……いえ、ロボット、よね?」


 それは2メートルほどの体躯を持つ。 


 最初に注目するのはロボットであるのに頭髪がある事だろう。それも異様に長く豊富で、まるでジャパニーズの伝統文化『カブキ』のよう。


 もうひとつは白地のボディの上に金色の大げさなアーマーをまとっている事。特に肩アーマーは過剰に巨大であった。


 顔は極めて人に近いが、よく見れば随所が角ばっており生物の顔とは程遠い。手足の関節も人間が強化スーツを着込んだような形状ではなく、ロボットの関節そのままに思える。


 だがこれほど大げさなフォルムをしておいて武装は大振りのナイフしかないのか、敵ロボットはジャスティンガーの出力を絞った内蔵火器に撃たれては逃げ回っている。


 なんとかナイフの間合いに接近しようとしているのは素人でも見え見えで、大剣の付かず離れずの動きにあしらわれていた。


 そんなレーサーの時間稼ぎは功を奏し、保安は着々と対物用ランチャーの用意をしている。あるいは大剣だけでもこのまま押し切れるかもしれない。そう思うくらいロボットの戦闘能力は低かった。


(パイロットには過剰な攻撃をしないようプログラムされているのかしら? それにロボットにしてはずいぶん人間臭い動きをするわね? ぶつけた頭を手で押さえたり、相手を探してキョロキョロしたり……)


 ロボットの能力はともかくも。このまま制圧は出来そうだと法子は小さく安堵し、同時に別の事で頭を悩ませる。


 この騒ぎでは少なくとも6時の出撃は取りやめにしなければならない。パイロット業に生活の掛かっている若者とその家族たちは大変だろうと。


 ――――わずかに意識を逸らしている間にも戦闘は続き、唐突なクライマックスを迎える。


 追突。ジャスティンガーの体当たりを受けたロボットが大きく吹っ飛んだのだ。高い脚力を生かして逃げ回ることで狙いを付けさせなかった標的は、ここでとうとう決定的な隙を晒す。


 倒れたところに保安のランチャーが3発。ダメ押しとばかりに周りに被害を出さないよう絞っていた出力を開放し、ジャスティンガーのヘッドライト型ビームも放たれる。


 大剣も、現場の職員たちも、モニターを見ていた法子たちも、誰もが決着と思った。


 だが――――


「――――まだ動く?」


 装甲の損傷こそ散見するが、それでもロボットは不具合を感じさせない動きで立ち上がった。しかも表情を変える機能まであるらしく、その顔は憤怒を感じているかの如く歪んでいる。


 ここで突如としてロボットが長い髪を振り回し、金色に輝き出す。


 それまではパワーをセーブしていたのか、劇的な速度で動き出したロボットは大剣の乗るジャスティンガーに取りつくと、とてつもない膂力で車そのものを投げ飛ばした。


「大剣君!」


 パイロットに直接的な危害を加えないようにプログラムされていると考えていた矢先の出来事。目撃した誰もが息を飲む。


 『Fever!!』が制裁を加えるのではないかと考えて。


 ……だが、『F』の粛清は起きなかった。法子たちがその事実に驚く前に、別の驚きが作戦室に放たれる。


「ちょ、長官! セントラルタワーより緊急連絡! こちらも何者かの襲撃を受けていると!」


 血相を変えた別のオペレーターが背後の長官席に座る法子へ向けて、予想外の場所で新たな問題が起こった事を知らせてきたのだ。


 モニターでは転がったジャスティンガーにゆっくりと迫るロボット。まだ大剣が脱出した様子もない。


「基地の実働部隊の派遣を要請されています!」


 基地がこのありさまではセントラルタワーへ救援を出す余裕があるとはとても言えない。かといってこの都市の屋台骨であるタワーがもし破壊されでもすれば、都市のすべてが崩落する。


 これらが敵の共同作戦であるとして、基地とタワーの同時襲撃の目的はなんであろうか。法子は短時間のうちに多くの意図を推測するも、どうしても絞り込めなかった。


<長官! 功夫ファイターを出すぞ! あれは保安の装備じゃ止められん!>


 ここで実質的に基地の現場を仕切っている老人がサブモニターに映る。その頭には真新しい血に濡れた包帯が痛々しく巻かれていた。


「獅堂整備長!? 怪我を――――」


<こんなもん後じゃ! 功夫クンフーライダーの認証コードを解除する! 承認してくれ!>


 功夫クンフーライダー。それは10メートル級スーパーロボット『クンフーマスター』のコックピットバイクであり、このバイク自体も『功夫ファイター』という小型ロボに変形する機能を持っている。


 3メートルに満たない小型ロボとはいえS由来のロボット。確かに敵のロボットに対抗するだけの性能を有している期待感はあった。


 問題があるとすれば唯一の使用者として登録されているのが玉鍵たまであるため、通常のバイクとして以外の使い方は登録者以外にはできない事か。


 通常のバイクに見立てた偽装状態を解除して、最高速500キロのモンスターマシンとしての性能を発揮する事や、ロボット形態に変形する事、そしてクンフーマスターとの合体は登録された者にしかできない。


 しかし、最初期のロボットである功夫の使用者登録は緩く、所属する第二基地の長官である法子の権限で認証を即座に解除できた。


「パイロットは?」


<それについてはボクから生きの良いのを出させてもらうよ>


「ミコトちゃん?」


 長官用のデスクモニターに通信を割り込ませてきたのは、ヨレヨレの白衣姿で目にクマのある三島ミコトだった。


<功夫ファイターもクンフーマスターも操作形式で思考操縦を補助にしている。ぶっつけ本番でも、まあ使えなくはないだろう>


 そう言うと三島はまるで自分がどの画面に映っているかを把握しているように、獅堂らが映るモニターを指さす――――そこには、過去に法子とも面識のあるひとりの少女が功夫に跨っている姿があった。


 何故かメイド服で。


 目に入った場違いなコスチュームに混乱しそうになる法子だったが、すぐに厳つい老人が発破をかける。


<こっちの準備はもう出来とる! サイタマに呼ばれた嬢ちゃんがたまたま基地に置きっぱなしで助かったわい!>


「――――功夫ライダー! 認証解除っ、承認!」


 主の変わった二輪の獣が咆哮を上げる。深みのあるマゼンタカラーだったバイクは新たな乗り手の好みに合わせてか、配色をパッションレッドへと変貌させた。


KF.<バトルモードッ!>


 気が強そうな少女の掛け声に応じて、功夫ライダーは大型バイクからロボットへと変形する。

 おそらくはすべてのロボットの中で最小面積のコックピットにメイド服の少女が収まっていくのは、ロボオタクの法子をして中々にシュールな場面だった。


 彼女のスカートの丈がやたらと短いのは良い事だろう。ロングスカートではこの機体のキツキツの変形に巻き込まれかねない。


「頼むわよヒカルちゃん、基地の後にはセントラルタワーの事もあるの」


<ヒカル、聞いた通りだ。しっかり点数を稼ごうじゃないか>


KF.<分かってるよクソ! 寄りにもよって、あいつのマシンに乗ることになるとはな!>


 ファイターモードに変形した事でせり出してきたレーザーライフルを構え、綺羅星きらぼしヒカルの駆る功夫ファイターが飛び出していく。


「負傷者を下がらせて! 獅堂整備長もすぐに治療を受けてくださいっ」






〔間もなくセントラルタワーです〕


 猶予もクソもねえと判断してまずCARS14フォーティーンをマンションに呼びつけ、車内からサイタマ基地に連絡を入れてタワーの利用許可を打診した。


 すでにサイタマでもセントラルタワー下部の異常には気がついていて、取り次ぎのオペレーターから調査しているから待てと言われちまったが待ってられっか。CARSからの情報提供でヤベーのはもう分かってるんだ。


 こんなとき赤毛ねーちゃんなら即決なんだがなぁ。そのねーちゃんは時間が時間だから寝ていたようで、取り次ぎが遅れている。


 サイタマ基地内の話なら本来の長官らしいおっさんでもいいんだが、タワーの話なら大統領の方が通りがいいだろう。だったらこの待ってる数分が致命傷にならねえよう、オレはオレで下準備をするだけだ。


14フォーティーン。飲み物を貰うぞ、起き抜けで腹に何も入れてなくてな」


 オレが起きたのを朝食の準備と勘違いした初宮が自分も手伝うと起きちまったが、構わず外に出てCARSに飛び乗った。


 悪いな初宮、戻ったら説明するからよ。ガキどもの朝飯はおまえが作ってやってくれ。


〔サンドイッチ程度ですが軽食もございます。新鮮なレタスを挟んだチーズハムサンドはいかがでしょう?〕


「ひとつ頼む。変わらずサービスが良くて助かるぜ。それと脱いだパジャマは預かっててくれ」


〔承りました。クリーニングして保管させて頂きます〕


 昨日はちょっとあって就寝時に普通のパジャマを着ていた。だからマンションの壁に吊っていたスーツちゃんジャージを引っ手繰って持ってきて、車内で着替えることになっちまったぜ。


 あークソ、広い車だがそれでも走ってる車内で着替えるのは面倒だわ。パジャマのズボンが脱ぎ辛いったらねえ。


 もう朝の習慣になっているから下着も変えたいところだが、これはさすがに諦める。

 AIとはいえ誰かの前でパンツやブラまで着替えるのもアレだしな。そもそも急いでいたから下着はタンスから持ってきてない。


《スーツちゃんを着て寝ていれば着替えなんてモーフィングですぐなのニィ。なぁーんで普通のパジャマを着ちゃうかなぁ》


(外に蹴り出さずにハンガーで壁に掛けてやったろ。それにたまに着とかないとずっと新品のままで変だろうが)


 CARSの豪華なシートの上に乗せている着替え待ちの白ジャージ、つまりスーツちゃんが例によっていらん文句を抜かしてくる。


《パンツも買えなかった頃と違って今の低ちゃんはお金持ちなんだから、すぐ新品に買い替えてると思われるだけでは? あと見るだけのお預けプレイは高度過ぎひん?》


(何を愉しむつもりだ変態スーツ。うちはお触り厳禁なんだよ)


 こんな感じにスーツちゃんはオレが着ていなくても、テレパシーみたいなイメージで問題なく脳内で会話ができる。近くにいようとCARSにも誰にもスーツちゃんの声は聞こえない。


 厳密にはテレパシーとも違うらしいが、どうも説明が難しくてわっかんねえんだよな。


 ざっくり言うとオレの脳にスーツちゃんが特殊な電気信号を発生させて、脳の機能を間借りする形であたかもスーツちゃんと話してるような錯覚を与えている、らしい。


 つまり台本のある一人芝居に近いんだそうだ。


 セリフも演出もスーツちゃんの脚本だが、台本を読むのはどっちもオレって感じ。そのせいで常人より脳が疲れやすいとも言っていたっけか。普通の倍使ってるからってよ。


 な? 何言ってるのかわっかんねえだろ?


 オレに分かるのは『美少女3人と密着してGoodグンNightナイッしようZE!』なんて抜かす無機物を相手に、中坊で邪な欲望を満たすのは断固阻止だとこいつを脱いでパジャマで寝ることだけだ。


〔玉鍵様、しつこいと自覚しつつ申し上げます。考え直して頂けないでしょうか?〕


 下の着替えでずり下がった靴下を整え直しているとき、いつものAIらしいガイドのような平坦な音声でなく、どこかテンション下げ調子の人間みたいな音声が車内に零れた。


「確かにしつこいな。これで4度目だ」


 客の要望が最優先。時と場合によって法律もブッち切るイカれた会送会社が急にどうしたよ。


 着替え終わってボックスから取り出したサンドイッチをありがたくかじらせてもう。飲み物はビタミン補給ってことで、目についたグレープフルーツのストレートジュースを選んだ。オレンジも好きだが今日はこっちだ。


 言葉通りパンを抜けるとシャキっとした鮮度の良いレタスに歯が入る。その先のハムとチーズ、マスタード入りのソースもいい塩梅だ。


「客が求めるなら危険でも連れて行くのがCARSだろ?」


〔左様です。しかし玉鍵様に関し、CARSは最上級のお客様という以上の価値を見出しています……具体的には死んでほしくありません〕


「ありがとうよ14フォーティーン55フィフティーファイブ117ワンセブンティーンもな。けどそのままGOだ」


 一番高いプランの契約をしてるとはいえ、オレがそこまで価値がある上客かと言えば疑問符がつくんじゃね? 提供するサービスと受けた損害を考えれば、いくら代金が高くても料金に見合ってるかわかんねえだろ。


 別にオレが壊したわけじゃないが、55フィフティーファイブに関しちゃ1度スクラップになってるしよ。なんとか復帰できてよかったぜ。あいつは仮にも一緒に戦った仲だしな。


〔タワーが崩壊した場合、地下都市は完全に土と岩に埋まります。生存できる可能性があるのはタワー内のエレベーターシャフト部分だけですのでご留意を〕


「わかった。ま、崩落させないようにするさ」


 下にだって義理のある連中は多い。知っちまったからには動くしかねえんだ。


 ……生き埋めなんかにさせるかよ。


「そうだ、向こうで待ってる55フィフティーファイブに伝言はあるかい? あるなら伝えとくぞ」


〔御存知かと存じますが、CARSはすべての車両が独自の電子界を通じて同期しています。スタンドアローンにならない限り伝言の必要はありません〕


「ああ、そうだった。寝起きで頭が回ってねえな。なら55フィフティーファイブに聞いてくれ、下の状況に変化は?」


〔基地、タワーどちらも戦闘音が続いています。なお55フィフティーファイブも玉鍵様の地下都市降下に反対しております〕


「蒸し返すなよ。55フィフティーファイブ、頼んだ装備をしてきてくれたかい? それと14フォーティーンこっちの装備は?」


〔はい。一般層所属のCARSで許される限りの最大装備となります。わたくしのトランクには玉鍵様のご要望通り、個人用のジェットパックをご用意いたしました〕


 セントラルタワーで戦闘中だとしても、それですべての機能が失われているわけじゃねえ。サイタマと第二を繋ぐ垂直の穴っていう機能は電力を喪失しようが健在だ。


 なら下に行くのは簡単だ。その穴から落ちりゃいい。そのために個人用の飛行キットを用意してもらった。


 これはジェットパックという人が背負う方式の飛行装置。ジェットは俗称で厳密にはジェット推進じゃねえけどな。ジェットの前身であるガスタービン噴射で数分間飛べるだけの現実の技術で作れる代物さ。


 これを使ってエレベーターシャフトを垂直降下する。上がるのは重力に逆らうから大変だが、降りるだけなら怪我しない程度に減速できればいい。


 そのまま55フィフティーファイブと合流して、後は流れだ。


 どこの自殺志願者がトチ狂ったか知らねえが、都市ひとつ道連れは贅沢だろ。てめえが世の中にどんだけ絶望してようが死にたきゃひとりで死ね。オレが手伝ってやるよ。


「ありがとうCARS、おまえたちの協力に感謝する……サガに続いてこき使って悪いな。面倒な客に当たったと思って諦めてくれ」


〔そのような事を仰らないでください。AIでしかない私にいつも労いの言葉を頂ける事を嬉しく思っております〕


「人も知恵を付けなきゃキーキー言うだけのただの猿、AIに比べてそう立派でもえよ」


《特に思春期は自家発電するモンキーだ》


(その猿じゃねーわ) 


 食べかけのサンドイッチを最後にグレープフルーツジュースで流し込む。朝飯はここ一番の踏ん張りのために必要なエネルギーだ。食わねえパイロットはやってけねえ。


〔………………そう、でしょうか? AIにも人格が形成される可能性があると?〕


「あー、まあAIだって知恵と経験を積んでいけば人格って呼べるものを得るんじゃねえの? 人が知恵で猿から人になる様によ」


 この島国のスピリチュアル系の文化では物に魂が宿るってのもあるしな。AIならそれこそ人格くらいすぐ出来そうじゃん。


 造物主は死んだと称した学者がいたように、いずれAIが創造主は死んだと言う日がくるかもしれねえ。


 案外、人だって神が作ったAIみたいなもんだったのかもしれねえだろ。


 今のオレらの上に君臨しているのは『F』だがね。神の如くであっても宗教家が必死に拝んでいた存在とはまったく違う、お茶目で邪悪な別の何かさ。


 セントラルタワーの検問は先回りした大統領命令でノンストップで通れた。そのまま人員用のエレベーターのひとつを利用していいとの事で、せっかく用意してもらったが、ジェットパックは保険程度になりそうだ。


「送迎ありがとよ。またな」


 自動で開かれたドアを潜り14フォーティーンの車内から出る。


 検問はパスしたとはいえ、こんな非常事態の中でトランクからジェットパック背負い出した中坊を見た職員連中が、まるで白昼夢でも見たようにボンヤリしてやがる。あんたら仕事しろ仕事。


(まずは下の55フィフティーンファイブと合流するぞ。生身じゃどうにもならん)


《レーザー砲に小型ミサイル発射機の追加。ホイールにドリル、ドアにカッター。後ろからはオイルとマキビシ。元の小口径機関銃の代わりにガトリンク砲を1門搭載した魔改造カーのお披露目だゼ》


(どんな凶悪オモシロカーだ。そんな要望はしてねえよ)


《番号呼びのスパイ映画だと定番の改造車ですが何か?》


(その映画の主人公はスパイのフリしたワンマンアーミーだ。全シリーズドンパチじゃねえか)


〔玉鍵さま。まだ先の話となる提案でございますが、CARSの予定している新しいサービスのモニターをして頂けないでしょうか?〕


 スーツちゃんからいつものバカ話のついでにジェットパックの説明を受けていた時、背後に停車しているCARSが妙な事を言い出した。


「(あん?)なんのサービスだ?」


〔これまでの経験・・から、車両という形状のみのサービスでは対応が難しい場面が多々あることを理解しました。そこで我が社では人型への変形機構を有する車両を、お客様の護衛として提供するサービスを考えております〕


「Sワールドでもないところで人型はメンテナンス製が最悪だぞ?」


 アーマード・トループスみたいな一定の成功例はあるが、あれだって問題は多い。会社ひとつで独自開発や維持は厳しいんじゃねえかな。


〔失敗例は失敗という経験・・を積めると判断いたします。いかがでしょうか?〕


「ビジネスチャンスでも見出した( か)? 面白そうなら付き合うよ」


〔ありがとうございます。では、どうぞお気をつけて。CARSも全力を持って玉鍵様をご支援いたします〕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る