第224話 出撃日前日の小さな攻防
<放送中>
サガの件やテロで激増した仕事によって忙殺される中で、サイタマ大統領ラング・フロイトのデスクに新たな事案が差し込まれた。
外面は余裕にかまえつつ、片付けても片付けても増えていく問題に内心でウンザリしているラングは、またも増えた自分が判断せねばならない事案に心の中で一瞬毒づく。
しかしそこに記載された『玉鍵たま』の名前に吐きかけた文句を引っ込めると、他の仕事をひとまず数分だけ脇に置くつもりで内容を確かめる。
「あの子はもう……」
呆れるあまり思わず口に出てしまったラングは、秘書たちが自分の声に反応して顔を向けた事を察し、『なんでもない』と手を軽く払うことで仕事に戻るよう示した。
(明日の出撃の申請? 昨日はサガ、今日はサイタマで戦って、休みなくSワールドに行くつもりなワケ?)
電子書類に記載されていたのは玉鍵たまの出撃申請。
通常は一介のパイロットの出撃の可否など大統領のラングが判断するものではない。だがこのパイロットだけは特別中の特別であり、申請された場合はラングが最終判断を行うと決めていた。
厳密には玉鍵たまのパイロットとしての所属は第二基地であるが、大統領であるラングの認可の下にサイタマからでも出撃を認めている。なので申請自体にはなんの不備も無い。
むしろ彼女がサイタマから出撃してくれればその戦利品もサイタマ基地に送られてくる事を考えれば、都市運営の観点からは願ったりだろう。
せっかくの機会を逃す第二は渋面であろうが、玉鍵たまに関する取り決めで出撃は彼女の意思に任せるとしているので、出撃する基地について文句を言われる筋合いはない。
(しばらくサイタマにいてくれるのかしら? ……サガから和美が帰ってくるまでの代わりをする気とか?)
サガ都市の離反は直前で鎮圧したとはいえ、その情勢はまだ不安定。玉鍵に同行した天野和美が残り現地の賛同者と共に統治回復に努めている。
自身の目が届き辛い遠方を任せられるという意味で和美は適任だが、これはラングにとってもっとも信頼が置ける人間が傍を離れているとも言えた。
玉鍵はその点を憂慮し、和美の代理戦力としてサイタマに留まるつもりになったのかもしれない。
単純な個人戦闘力なら和美を大幅に上回る玉鍵は、ハワイでもその実力を存分に示している。彼女がサイタマにいるというだけで暗殺者の類は二の足を踏むだろう。
とはいえ、さすがにデスクワークは任せられないので和美の上位互換にはならないが。
彼女の抑止力は確かに魅力だが、平時で一番ほしいのは書類仕事ができる人材なのはどの業界も一緒である。
(ちょっと教えたらすぐ出来そうではあるけどね。それでもこの仕事を学生に触らせるわけにもいかないわ。大人として情けなくなっちゃう)
大人の自分たちが嫌だと思っている事を、出来るからと言って中学生にやらせるのは間違っているだろう。
緊急を要するものならラングは時に良識から目を背けもするが、その背けた案件をふたつも片付けたばかりの少女に、またも仕事を手伝っては情けなさすぎる。
(やっぱりパイロットを引退したら絶対にうちのエージェントに勧誘しないとね。法子、悪いけどこの子は貰うわよ。将来はアスカと組ませて国を統治させる計画なんだから――――私と和美、あるいは私とあんたみたいにね)
少し懐かしい気分になったラングは、かつてパイロットだった自分も書いた書類の細かい部分にも目をやる。昔に比べて記載項目が多くなったのは、幾人かの愚かなパイロットや整備士のせいであろう。
いつの世も愚者が馬鹿をやるからルールが増えるのだ、そう思考しながらラングがまず確認したのは申請された機体名。
(ゼッター
これまで玉鍵がサイタマで操った機体はいずれも数奇な運命を持つロボットばかり。
未完成の超弩級殲滅機『ザンバスター』。
未登録の心臓無き王『テイオウ』。
未知の進化を遂げた異形機『ゼッター』
このうち前の2機に関しては致命的な問題があるため使わせるわけにはいかない。玉鍵自身もそれを分かっているから搭乗候補から外しているのだろう。
ザンバスターは出撃枠を食い過ぎるうえに、そもそもが未完成品。玉鍵とアスカが乗り込む際に突貫で戦闘可能な状態まで持って行きはしたが、その無理が祟って現在も分解して修理中である。
むしろこれでよく最後まで動いたものだと言うのが関わった整備士たちの口癖だ。ほぼチャージされていないエネルギーの問題ひとつとっても、これでまともに戦えるわけは無いと。
あの戦果はザンバスターの性能だけではない。玉鍵とアスカのペアだからこその戦果であろう。
テイオウは出撃枠の問題もさることながら、次元融合システムによって繰り出される空間攻撃『テイオウ攻撃』によってこの世界のすべての都市をピンポイントで破壊できる可能性を秘めている点が問題だった。
この機体が動くとき、世界の権力者たちはそれだけで己の滅びを予感し、震撼することになる。いかに条約を設けようと気軽に扱える機体ではない。
そしてこのロボットを操れるのがたったひとりのパイロット、玉鍵たまであることも問題だった。彼女を獲得することで世界を支配、あるいは破壊できてしまうのだ。
それこそ『F』の目が無ければ世界中の権力者から武力で付け狙われていたことだろう。
今現在とて水面下で彼女を手に入れるために暗躍する都市や権力者は多い。
誘拐のような強硬策は出来ずとも、本人が進んで移籍するよう仕向けるために接触しようとしている例は後を絶たない。
(星天の月島とかいうのが過去にハニートラップを仕掛けようとして失敗したらしいけど、タマが今後も引っかからない保証は無いのよねぇ)
そのときの玉鍵は相手の背後にいる組織に気付いて拒絶したようだが、まだ恋愛に疎かったから冷静な判断ができた可能性もある。
もし玉鍵が質の悪い男に引っかかって色恋に狂ってしまったらどうなるか。
考えるだけで空寒い気分になったラングは、飲み残して冷たくなったコーヒーをあおるとお代わりを頼んだ。
秘書がコーヒーを持ってくる間に玉鍵の所縁のある最後のロボットについても考える。
ゼッター。この3機の中では一番まともな運用が出来る機体。
50メートル級の合体機という、強さと出撃枠のバランスに優れたサイズで、それでいて同サイズの機体より明らかに強いと評価されるゼッターシリーズの最新鋭機。
ただし搭乗するパイロットに破格の身体能力と操縦技術を要求するという点と、合体の難度から自動制御とリミッター無しでの操縦は適格者があまりにも少ない難物。
現在運用されているG以外のゼッタータイプはすべてリミッターを設けた状態で使われており、仮に制限を解除して手動のみにした場合、戦闘以前に合体の失敗で死者が出るだろうとの予想がされていた。
血筋も特殊能力も無用だが、己を扱うパイロット側にも真の強さを求める。純粋にピーキー極まるスーパーロボット。
自動制御なし、リミッターカットの全開状態で運用できたのは玉鍵たま、ただひとり。
厳密にはGの前身となるゼッターの、さらに試作品『プロトゼッター』を玉鍵と共に手動で扱ったパイロットが2名いる。しかしこのふたりが玉鍵たまと並ぶパイロットかと言われたら完全にNOであろう。
パイロットが扱える・出撃枠でも問題はない。ならば許可を出せるかというと、それでもラングは考え込むしかない。
(
ゼッターG初陣、玉鍵の駆るゼッターが繰り出した攻撃はとてつもない破壊力を生み出した。
だがその強力無比な攻撃を行うための装置などゼッターは積み込んでいないことが判明し、さらにその攻撃で撃破したはずの敵から戦利品が出なかったために大問題となっている。
放った玉鍵当人はその攻撃を『チャージスパーク』と称したが、自分がどうやったのかの説明はできないとの事だった。
天野和美もゼッターシリーズにどこか不吉なものを感じるらしく、使用を控えるべきではないかとラングに進言している。これは第二基地の整備長『獅堂フロスト』のレポートにおいても警告されていた。
Gはかつて玉鍵が乗ったプロトゼッター3号機の、その異常進化した炉心を積むことで初めて完成したロボット。さらに玉鍵がGに乗って全開で戦ったせいなのか、他の2基の炉心までも異常進化を果たしているとの報告もある。
ラングの場合は高屋敷法子と同じく、ゼッターの特性にそこまでの懸念は感じていない。炉心の進化はパイロットの力を求める声に呼応した現象であると考えている。
こういったロボットの強化現象は過去にも確認されており、程度は極端であれど前例があるならそういうこともあるだろうと楽観的に捉えていた。
――――ただし、ある意味でゼッター最大の特徴であるパイロットへの負担に関しては注意を向ける。特に今回は。
(これはダメ、少し休みなさい。サガから引っ張ってきたパイロットもいるみたいだし、アスカたちも連れてサイタマ観光でもしてらっしゃいな)
いくら玉鍵でも連戦で疲れも溜まっているだろう。子供が無茶をするなら大人が理由をつけて休養をさせてやらねばならない。
そう考えたラングはこの出撃申請を『乗機整備中』として弾くよう命じた。
出撃は明日。申請がギリギリであることから玉鍵もこの理由で十分納得するだろう。
数分後。ラングの下に再び基地から短い連絡が入った。
弾いたはずの出撃申請が勝手に受理されており、訂正しようとしても取り消しが一切きかないという。
過去にも1度同じような現象が起きたことを思い出したラングは、先ほどの命令を変更してそのまま処理するよう告げると渋面で通信を切る。
「『Fever!!』……あんた、あの子が可愛くないワケ? 休ませなさいよ」
(
青果食品が少なさそうなのは予想してたが、赤毛ねーちゃん家の冷蔵庫を開けたらビックリするほど食材が入ってない。特に緑物がブロッコリーしかないのはどういうこっちゃ? ブロッコリーが悪いわけじゃないがもっと他にあるだろう、レタスとかキャベツとかよぉ。
「初めて玉鍵さんの家で食べたブロッコリー、すごく美味しかったから。サイタマのマーケットで見かけたからよく買ってるの」
(そういや当時の初宮はブロッコリーって食材を知らなかったっけな)
《はじめは何この緑のブツブツって顔してたネ。懐かしいのぉ》
(考えたらあんときのふやけたハルマキのリベンジして
地下にある一般層は食糧プラントがどうしても貧弱で、まず全体の都市民のカロリーを満たす事を最優先していて、流通してる食材の種類が絞られている。そのため似たような成分の食材はいくつも流通させていないのだ。
ピーマンがあるならパプリカは無し、とかな。存在が一種の嗜好品に近い肉類はそこまで極端じゃないが。牛・豚・鳥の三大食肉と加工品なんかは成分が近くてもしっかりある。
「由香ったら茹でた
《はっちゃんマヨラー化の原因ですナ》
(オレのせいじゃねえ。マヨネーズなんてポピュラーな調味料だろうが)
「嫌なら食べなきゃいいじゃないですか。自分は作らないクセに」
「居候の仕事でしょ。皿くらいは出してあげるじゃない」
(アスカと初宮、友達というより姉妹みたいな空気だな? あけすけというか、他人に猫を被ってないというか)
初宮は対人関係でかなりガードを固めるタイプなのに、短期間でよくこんなに打ち解けたもんだ。嫌われるのを怖がって
逆に初対面から言葉のジャブを飛ばしてくるアスカは、これはこれで他人への警戒心が強い。何かと攻撃的なのは不安の裏返しだ。しかし初宮の存在をもう心の内側に入れている空気がある。
《ニャーン♪ 今夜はランちゃん家に置きっぱなしのネコ下着をつけようゼ。洗濯したものが残ってれば》
(あのドット柄のやつぅ? ちっちゃい肉球を模したガキっぽいの。あー、そろそろオレの荷物は引き取るなり捨てるなりしないとな。もうここに住んでるわけでもないんだし)
住んでいない人間の服とかあっても迷惑だろう。まして中古の下着なんて使いようがない。洗濯してようと人の下着なんて嫌だ。同性ならなおさら嫌だ。
オレとアスカじゃ体格が違うから新品でも譲ったりできないしな。女の下着は男よりマッチングがデリケートだから、大雑把なサイズ比較では合わない事も多いのだ。特に上は。
さすがに掃除のときはオレがこの家を出てから洗濯カゴに放り込みっぱなしのパンツがあった、とかいう地獄は無かった。
アホどもの下着はいくつもあったがな。何日かに1度まとめてとか言っていたから、掃除を中断してまた正座させてやったわ。
この防音完璧の高級マンションなら朝から洗濯機を回しても苦情はこないんだ、横着せずに脱いだらすぐ洗え。時間置いた汚れはバカに出来ないぞ。
「ねえねえねえ、何作るの? 何作るの? ミミィ手伝うよっ」
「大したものは作れそうにないな。冷蔵庫から腐ったものが出てこなかっただけ御の字ってところだ」
初宮の申告通り一応は自炊していたようだが、自炊しているからこそタッパーの残り物がダメになっているパターンもあるからな。
ズボラが何かに触発されて料理をしたがすぐ飽きて、しばらくしたら炊飯器の中に小宇宙が出来ていた、なんて事もあるのが自炊の怖いところだ。もう洗っても使えねえよそんなカビ生産器。
「ミミィ、豚肉平気か? 食えないものはあるか?」
豚バラはアスカも初宮も好きだからか買い置きがある。調理の面でもとりあえず味付けて焼けば1品になるから楽だよな。
「お肉はぜんぶ平気ぃ。嫌いなのはね、ピーマンとオニオンとキャロットとレタスとグリーンピースと――――」
「……野菜はだいたい嫌いって事でいいな?」
アスカも初宮もピーマン嫌いなんだよなぁ。冷蔵庫に入ってないのも当然だ。
前に材料からハンバーグだと思ってたらしいところにピーマンの肉詰めにすると言った時、『私の信頼を裏切られたっ!』みたいな顔をしてたもんだ。ガキかよ、ガキだったわ。
「うん!」
(元気に言う事か。甘やかされてんなぁ)
《逆に放置されてるのかもナ。周りに好き嫌いを直してくれる大人がいないのかも》
まあ、そういうパターンもあるか。
「(チッ)……嫌いでも食わせるから諦めろ」
「ファッ!?」
使えそうなのは備蓄のライスと豚肉と、缶詰のコーンと各種調味料……ペッパーライスにでもするか。ブロッコリーでなんか付け合わせでも考えて。
いや、もうホットプレートに全部ぶちこんじまえ。コーンのイエローとブロッコリーのグリーンで見栄えもマシだろ。
自宅でお好み焼きが食いたいという思い付きでホットプレートを買ってきたはいいものの、そのまま忘れ去った赤毛ねーちゃんの罪の証を前の掃除のときに発掘しているしな。
後は即席スープでも付けるか。今からじっくり作るには材料も時間も無い。
それと買い置きのバターにパン屑が付いてるのは後で説教だ。こういうパン屑からバターが悪くなんだよこのタコども。切るのと塗るのは別のナイフを使えや。
<放送中>
「おぉー」
玉鍵の連れてきたミミィ・ヴェリアンとかいう女は、手際の良く踊るホットプレート上での調理を真剣なまなざしで眺めている。
外では何かといってはベタベタと玉鍵にくっ付いていて、なんともいけ好かないと思っていたアスカ。
しかしミミィから感じる感情は本当に幼稚なもので、敵意を向けるには毒気が無さ過ぎた。
(ホントにこれで私たちより
体格もやや貧相な分類だが情緒的にはそれ以下に思える。言動も態度も幼い。
これがいわゆる他人に、特に男に媚びる感じの『作った態度』なら同性として虫唾が走るだけだが、ミミィという少女からはそういった気持ち悪さを感じない。本当にこれが彼女の素なのだろう。
(それはそれでどうなのよ。もしかして先天的にアレな子かしら?)
生まれつきの疾患から内面が幼いというなら仕方ない。ただアスカとしてはそういった種類の人間とはあまりお近づきになりたくないのが本音だが。
「ブロッコリーはきらーい。でもコーンは好きっ」
ホットプレートの上に乗せられたライスと味を付けた肉、茹でたブロッコリー。そこにコーンの黄色が振りまかれるとますますミミィは嬉しそうにしていた。
それをチラリと横目にして、今度は初宮由香に視線を移す。
玉鍵と入れ代わりに入ってきたアスカの同居人は、プレートの熱でジュウジュウと焼けていく具材を見つめて素でニヤニヤしていた。
内心でガクッとズッコケつつ、そういえば外でもミミィに対して何も身構えていない態度だったことに思い至る。
(サガの余所者にタマを独り占めにされて、くやしくないのコイツはっ)
やがてバターの香りが一気に立ち込めてきたところに粗びきのペッパーが投入され、さすがのアスカも香りのほうに意識が引っ張られていく。
(由香のメニューはレパートリーが少ない上にワンパターンだから、すぐ食べ飽きちゃったのよね。そこいくとタマはさすがだわ)
あのような限られた食材ですぐ作れる料理を思いつくあたり、玉鍵の料理知識の下地の厚さが良く分かる。由香であればせいぜい肉を焼いてライスと共に出すだけだったろう。
「「ああっ!?」」
由香とミミィから驚きと困惑の声。ホットプレートの上に出来ていたライスとコーンの美しい山が崩され、諸共に混ぜられてしまったせいだろう。
「こういう食べ物。ミミィ、皿を」
「あっ、ブロッコリーいらないよっ!?」
「食え。アスカも」
まずは客人のミミィ。次に家主代理のアスカの皿に盛りつける玉鍵の礼儀の細やかさに、アスカはさっきまでのミミィへの対抗心を忘れて内心で舌を巻いた。
(前から思ってたけど、こいつ絶対いいところのお嬢様でしょ……なんでパイロットなんてしてるんだか)
「私は肉多めでお願い――――って、ブロッコリーが多いんだけど?」
「細かい注文は受けてない。肉の割り当てはだいたい一緒。初宮も」
手渡された皿に盛りつけられたライスをガン見したアスカだったが、玉鍵の言うようにミミィや由香と肉の量は変わらなかった。
「玉鍵さんのごはん……」
アスカと違って内容に文句など付けず、ただひたすら感無量という顔をする由香を見ると、自分が浅ましいような気がしてきたアスカは口を尖らせつつも黙った。
「「「いただきます」」」
「え? あ、いただ、きます?」
玉鍵の音頭で食事の挨拶がなされる。すでにスプーンで掬っていたミミィはそれをポカンと見ると、慌てて同じく手を合わせた。
「挨拶できて偉いな、ミミィ」
幼児に言うような事を口にした玉鍵。聞き方によって皮肉にも取れる。しかしそれを聞いたミミィは満面の笑みになった。
「
そしてこちらでは由香が口いっぱいにペッパーライスを放り込んで喜んでいる。それはアスカがこれまで見ていた由香より何割か幼い顔だった。
少なくとも自分と獣のように本気で殴り合いをした女の顔には見えない。
(幼稚園か。もう、調子狂うなぁ)
「アスカ、熱いから気を付けろよ。猫舌だろ」
「子供か!」
由香がかきこんでいるのだから平気だろうとたっぷりスプーンにライスをとって口に入れたアスカ。だがあまりの熱さに『うっ』となり、ほぼそのままの形で一旦外に出した。
「行儀が悪い」
「熱いんだからしょうがないでしょ!」
「ブロッコリーが……美味しい? ううん、美味しいというほどじゃないけど食べられる、みたいな?」
飲み物で流し込むつもりで緑の野菜を口に入れたミミィは、とても不思議そうに嚥下すると、次はブロッコリーを避けずに食べるようになった。
それを由香が『私もあんなだったなぁ』という顔で見ていたのがアスカには妙に印象的だった。
<放送中>
家事のテスト代わりに片付けを任された私とアスカ。
玉鍵さんはミミィちゃん――――年上だからさん付けのようがいいんだろうけど、あの子はちゃんだよね――――にお風呂の案内をしてそのまま一緒に入るみたい。さすがに羨ましい。
でも家事でお説教された直後だし、ここのお風呂は何人も一緒に入れるほど広くないから今日は諦めよう。
私も戦って稼げるようになったらここを出て、絶対にお風呂の広いところに住もうと思う。玉鍵さんと一緒に。アスカもたまに遊びに来るくらいならいいかな。
「あんた何であのミミィってのが平気なの?」
私は明日の朝食の下ごしらえ。アスカはお皿を洗っていた。そこに挟まれた会話はやっぱりあの子の事だった。
ミミィちゃんの行動にイライラしていたのは知っていたけど、そんなにむっとすることも無いのに。
「玉鍵さんは世話をしているだけだよ。それに何日かしたらサガに帰る子に噛み付いてもしょうがないじゃない」
優しい玉鍵さんだからちょっと頭の緩い子の世話をしているだけ。私たちより精神年齢が明らかに下の人に嫉妬するのも恥ずかしい。
……それに戦闘でなし崩しで再会したからうやむやになったけど、本当はまだ玉鍵さんにあわせる顔が私の側には無いのだ。そんな状態であの人を独り占めしようと考えられるほど私は傲慢にはなれない。
「はっ。意外と黒い事を考えてんのね。確かにいなくなるやつ相手にケンカふっかけてもしょうがないわ」
本音を聞いたアスカは人の事を言えない黒い笑みを浮かべた。
彼女は上辺だけの言葉で女の子らしく付き合うより、こんな感じの本音をぶつけるほうが性に合うみたい。
そこがまるで玉鍵さんみたいで、私はアスカのそういうところが好きだけど、ちょっと気に食わない。
あの人も無駄なおためごかしはせず本音を叩きつけてくる人だから。大好きな人に似ているところがあるのが嫌。
「アスカ――――」
「あによ? ……あんたもでしょ?」
玉鍵さんのゼッターのチームパイロットに申請したでしょ。そう言おうとしてやめた私の言葉をアスカは的確に読み解いてきた。
「なんか保留されちゃったけどたぶん通るわ、
私もアスカもゼッターに乗るための訓練を行っている。アスカさえ天野教官から駄目だしの嵐だけど、私たちはまったく諦めてはいない。
「私だってシミュレーションの耐Gテストはクリアしたもの。合体だってアスカより上」
「ギリギリでしょうが。操縦自体は下手クソのクセに」
あの日、玉鍵さんだけで出撃したのを見送るしかなかった悔しさは忘れられない。次こそ。次こそあの人と共に戦うと誓って訓練してきたのだ。
そして当分、出撃を差し止める最大の難関たる安全の鬼、天野教官はサイタマにいない。
これはチャンスではないだろうか。隣りにいる赤毛の少女もまた、私と同じことを考えているのだ。
なし崩しで乗っちゃえと。
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