第221話 ヒーローは高いところから現れる? 駆けろターボカスタム!
<放送中>
銃口を向けられ恐怖に顔を歪める少女は心底クラスメイトを――――春日部つみきを恨んでいた。ひいてはあのAT狂いが参入したフロイト派と呼ばれる他の生徒たちをも。
なぜなら彼女は他のクラスメイトたちと揃って警告していたからだ。流星会の危険性を。
これまで学園に在籍するフロイト派の旗印と言える生徒『アスカ・フロイト・敷島』に、クラスメイトのつみきを通して流星会の暗躍を伝えていたというのに。
多くの生徒や教師たちから警告を発し、対抗してくれるよう頼んでいたというのに。アスカたちフロイト派の中核メンバーはひとりも真剣に動いてくれなかった。
〔真の大日本の夜明けを妨げる奸賊! 春日部つみき! おまえのせいで学園の秩序の回復が遅れている! それは今後のサイタマの、素晴らしき民主国家たる大日本の復興を妨げているのだと理解したまえ!〕
少女は先ほどから声を張り上げ続ける初老の男の演説などどうでもいい。ただ自分に向けられている銃と、それを当然のように構える見知った生徒や教師の平然とした顔が怖かった。
グラウンドのど真ん中で遠巻きにされている自分を銃を構えて狙っているのは、たった1日前まではただの同級生や学年の教師であったはずの人間。まともに話したことはなくても、顔くらいは知っていた普通の人間たち。
そんな顔見知りだった相手が今日は当たり前のごとく銃を向けてくるという落差。それが恐ろしかった。
彼ら元銀河派閥の人間の多くがフロイト政権に切り替わった後、これまで下に見ていた生徒や教師から報復を受けているのは知っていた。だが同情するにはこれまでやりすぎている者も少なくなかったこともあり、助けてやる気にはなれなかった。
――――だからこそ。少女は銀河の残党が流星会という団体を作り上げ、再び力を付け始めた様子を見て無意識に危機感を覚えたのだ。
今日まで見て見ぬふりをした自分にも、彼らが復讐の牙を向けるのではと考えて。
これはこの少女だけに限ったことではなく、学園に在籍する銀河残党以外なら誰もが思い至る事。
放火のためにせっせと準備している放火魔の行動を見せられて無視できる者もいまい。漠然とした危険を察知できる程度には、流星会メンバーらの敵意と不満に満ちた態度は露骨だったのだから。
……ただし、少女を含む多くは危険の声を上げても手を出すことはしなかった。それは当然、誰が好き好んで危険な人間に関わりたいだろう。だからどれほど不安を覚えても、自分で彼らを直接どうこうするという発想は持たなかった。
しかし、ただ見ているだけでは頭の奥で鳴り響く警鐘は鳴り止むことなどあるはずもない。
そこで少女たちが取った消極的な対抗手段は、『別の誰かにやってもらう』である。
自分ではなく、別の誰かに伝えて止めてもらうという他人任せの方法。
これも正しい。間違いなく正しい手段。自分たちで出来ないことは出来そうな者に任せてしまえばいい。
それは極めて合理的で――――誠意のない対処法。
全体の危機でもあるのに自分たちでは矢面には立ちたくない。危険な目に遭うのも恨まれるのも御免被る。そんな割りにあわない事は自分以外がやってくれ。
善意の通報者はいた――――トラブルを伝えるだけの役回りしかしたくない。
協力を申し出た者もいた――――取り巻きとして、私たちは背後に隠れていたい。
無関係なんだからそれ以上はやりたくない。無関係なんだから責任なんて取りたくない。こんなものはどこかの誰か、それこそ銀河と争っていたフロイト派がやればいい。
少女が代表する人質たちの内心の言い分は絶対的に正しい。彼女たちに直接的な罪も責任も無いのは事実なのだから。
誠意が無いのも、また事実だが。
見て見ぬふり。それは銀河が崩壊する前から、いやさ人の歴史が生まれてから延々と行われてきた大多数の処世術。だからこの少女の生き方は過去から続けられてきた生存のための最適解。生き物としてきっと正しい。
生き物は卑怯こそ正道。人が高らかに賛美する善意も勇気も肥大した知性が引き起こしたバグでしかない。
そして生き物の常として、危機に陥った人質の少女はこうなった原因を頭の中で探ろうとする。なぜこうなってしまったのかを自問する。
……あるいは責任を擦り付ける、と言い換えてもいい。
自答の大筋は最初から決まっている。『自分以外の他の誰かが悪い』と。
ならばそれは誰?
流星会はもちろんそう。けれど銃を向けられているせいで少女は怖かった。暴力を振るってくる彼らを罵るのも、たとえ心の中でさえ怖かった。
もしうっかり敵意が透けて見えてしまったら、自分は彼らの苛立ちのままに本当に殺されてしまうかもしれないから。
ならば誰に責任を擦り付けるか?
(つみき、フロイト、あんたらのせいよっ!)
人の感情は時に身勝手なもの。害を及ぼしてくる相手以上に、害から助けてくれなかった人間をこそ強く恨むことがある。
自分は絶対に悪くないと、万人から見てなんの落ち度も無い被害者だと思い込みたいから。
過去の銀河の横暴をやり過ごしてきた自分たちは悪くない。対抗しきれなかったフロイト派閥が悪い。流星会の暴挙に自分たちで立ち向かわなかったのも悪くない。代わりに戦ってくれなかったつみきたちが悪い。
これこそが人質たちの掛け値ない本心。今この瞬間、生徒たちは銃を向ける流星会より、それを防げなかったフロイト派を恨んでいた。
世界のすべてが彼女たちの歪んだ認識を良識で正そうとも、おそらくは頭では納得しても心では絶対に聞き入れることはないだろう。自分たちが理不尽な危険に見舞われている、それだけが被害者の真実なのだから。
――――ならばその理不尽な危険から救ってくれる希望の光が現れたとしたら? これほどまでに逆恨みをしている者たちはどうなるだろうか。
〔そこまでだ! テロリスト!〕
その光はグラウンドを一望する校舎の屋上から現れた。
朝日を受けて白く輝く、凛々しい鎧を纏った姿はおとぎ話の騎士のよう。その勇姿に何を思うか?
大音量のスピーカーから放たれた、過去に一度でも聴いたら忘れられないほどの美しい声の主に何を思うか?
〔てろ……だ、だ、誰の事を言ったぁ! この独裁者の手先が!〕
「――――え? まさか、た、玉鍵、さん?」
頭に血を上らせて叫ぶ初老の男と違い、その場の多くの者たちが白い
人質たちだけではない。彼女たちに銃を向ける者も、そうでない者たちも。サイタマ学園に属する教師と生徒は派閥に関係なく、吸い寄せられるように視線を屋上一点へと集中した。
それは世界に溢れんばかりの強き光を放つ者。学園に在籍する人間なら誰でも知っている。かつて行われた決闘において、どんなハンデも物ともせずに銀河の人間にたったひとりで圧勝した伝説のATを知っている。
まるで天から悪人を見下ろすかのような白き騎士の、そのパイロットを!
〔女子供を人質にとるクソ虫ども! おまえたちにもう明日は無い!〕
まるでヒーローショーのように派手なポーズを取ったATは、セリフの最後に『おまえが悪役だ!』と言わんばかりに初老の男を指さした。
〔っ~~~~! 全機! あの英雄気取りを撃てぇ! 撃ち殺せぇ!!〕
侮辱を受けて頭に血が上ったリーダーの合図と共に、その場に集められていた残存AT6機とGUNMET、さらには思わずという形で人質を狙っていたはずの歩兵たちの銃口までもが場の勢いに飲まれたように屋上に向けられる。
それは初老の男の、流星会の持つほぼ全戦力の銃口。
サガの銀河残党からの横流し品と、都市外に隠れ住むアウトローの一団からかき集めたATたち。さらにサイタマに残る銀河の生き残りの手引きによって輸送中に書類を書き換える手段で手に入れた、民間で修理を終えたばかりの機体に武装を積んだガラクタに近いGUNMET。
そして個人武装の銃。これらが彼らの心の支え。自分たちの欲望を押し通すための暴力。
これら他人に理不尽を押し付ける力のすべてが、たった1機の白き戦士に向けられた瞬間――――校舎を陰にした右から、左から、流星会のATに向けて火線が走った。
〔なあっ!?〕
まったく同時の
そこに待ってましたとばかりに走りこんできたのは、味方機のはずのH級ATスタンディングタラウス。
……このとき流星会のパイロットの中にも『敵に鹵獲されたのでは?』と頭にチラついた者はいた。ここでリーダーが冷静に『敵だ、撃て』とでも叫べばそのまま撃ったかもしれない。
だが、当のリーダーからして指示を忘れて混乱しているうえに、敵か味方か確証を持てない彼らはついそのタラウスの出方を見てしまった。
もし味方だったら後で問題となる。彼らは誰も責任など取りたくなかったのだ。
そんな流星会パイロットたちの人間らしい組織的無責任は、ひとつの厳しい現実として結実することになった。
足裏に走行用のグランドホイールを搭載するATというロボットは、平地であれば滑るような挙動で60キロ近い速度を出して走ることができる。
そんな全高6メートル近いロボットが鉄の腕を振り回しながら人の列に突っ込んでいったらどうなるか?
人質から銃口を逸らしていた流星会の歩兵たちは、逃げる間もなく質量と速度、そして覚悟にまかせた突進によってボウリングのピンのように次々と跳ね飛ばされることになった。
人質を取る卑怯者など誰ひとりとして逃がさないと言わんばかりに、突撃に躊躇いが無かったのも大きいだろう。
〔う、撃てっ!〕
あまりの事態に意識の空白が出来た流星会のパイロットたち。しかし自分の身が危険となれば遅まきながらも動き出す者が現れる。
狙うはもっとも近い位置。味方の歩兵を撥ね飛ばしてところを目撃したこともあり、発作的に敵意を抱いた鹵獲されたらしいタラウスである。
――――だがしかし。ここで場の誰もが心のどこかで警戒し、常に視界の端に収めていた
〔行くぞ!〕
飛翔。高すぎる屋上から躊躇なく飛び降りた白い騎士。その姿は全員の混乱を忘れさせただけでなく、ほんの一瞬とはいえ注目させた。
鹵獲されたタラウスに狙いをつけていた敵さえも標的を即座に切り替える。本命の参戦に恐怖を感じ、着地の硬直をつこうと銃口を向けざるを得なかった。
これはパイロットであれば当然の選択と言えるかもしれない。着地という絶好の隙をついて一気に撃破しなければ、自分たちはあの白いATとまともにぶつかることになるのだから。
だからこそ彼らは間違えた。ATにせよGUNMETにせよ、彼らは再び視線を送る注目すべき相手を決定的に間違えた。
ほぼ垂直に降りた白いATに視線を向けていて、続いて屋上から大きく弧を描いて飛び出したもう1機への認識が大幅に遅れのである。
そのATは両の脚部から轟音と噴射炎を吐き散らし、ありえないほどの大きな放物線を描いて流星会の布陣の下へと飛んできた。
とてつもなく巨大な剣を携えて。
……その日、少女は正義を見た。
《斬撃順番、コース取りを表示。1、2、3。続いて4、5、6。この順番なら最後にGUNMETの背後を取れるよん。ただし切り返しで
(あいよっ)
ターボジェットを吹かしっぱなしで屋上から一気に飛び出し、そのまま滑空する形で敵陣の先端に着地する。
超硬クロムメッキを施したパラディンメイル用のブレードを横に構え、敵のサイドをすり抜けざまに移動速度に任せて腰部を切り飛ばす。
《半回転》
(おうさっ)
ATを旋回させてさらに近くの1機を切り、そこからは慣性に逆らわずに機体を流す形で3機目の下腹部にブレードの先端を突き込み、切り返して棒立ちの敵を避けつつブレードを引き抜いて離脱する。
「スパイク!」
右の脚部に搭載された急性制動用の杭をグラウンドに突き立て、強引に機体の方向を転換。無理の掛かった足の関節がミシミシと嫌な音を立ててるが、こんな程度でヘバるなよ軍用機!
《コース微調整、予定より0.5遅れ。マッスルチューブが意外と切れなくて抵抗を受けた影響かナ》
(取り返す!)
繊維状の物体ってのは切断と相性が悪いからしょうがねえさ、刃に繊維が噛み込んじまうからな。
落下速度と合わせて100キロ近くのスピードでカッ飛んできたオレのターボカスタムに敵は付いてこれてない。思考加速の世界で表示された敵ATの生き残りたちは、まだこっちに振り向こうとしている段階だ。
全開で吹かしたターボジェットの推力によってグランドホイールにさらなる加速を得たスコープダックを走らせ、切り返しの突撃でさらに3機の腰を走り抜けざまに刈り取っていく。
さすがに6機目ともなるとブレードのエッジが傷ついたようで最後に明らかな抵抗を感じたが、後もう1回振るえれば十分だ。
《GUNMET、回頭中。取りつかれたくなくてアームを振り回してくるかも》
(負けが込んだやつの発想だ、そんなガキのブンブン怖かねえさ)
車体を回すのは後ろを取られたくないって意味と、正面の武装を向けようとする動作だろう。前に乗ったからよく分かるぜ。キャノンもミサイルも、大物は前にしか撃てないもんな
戦車の砲塔のように天面のチェーンガンを後ろに回すこともできるとはいえ、できれば装甲の薄い背後は見せていたくないし、他の武装も使いたいよなぁ?
けどもう諦めな。後はこのブレードで
《アーム!》
(そんなお祈りの1発が当たるか!)
車体の旋回は間に合わないと判断したのか、強引に後ろまで振り回してきた4指のアームを潜ってエンジン部にブレードを突き立てる。
「……チッ、硬え」
だがそこは腐っても戦車。背後からの突き刺しでも実体の刃はGUNMETの中枢に届くか届かないかのギリギリで固まっちまった。
《アーム!》
振り返してきたもう一本の裏拳を躱す。グタグタとプロレスに付き合ってやるほど暇じゃねえんだよ。1発で届かないなら押し込むまでだ。
春日部のホワイトから譲り受けたズームパンチ用の火薬カートリッジ。残らず受け取れ!
液体炸薬の爆発で伸縮する腕部によって繰り出されるズームパンチ機構を使い、ガツンガツンガツンとハンマーで連打するようにブレードを戦車の深部へと押し込んでいく。
《ブレード、中枢に到達。動力伝達機構の破壊を確認。でも射撃はまだまだできるから油断しないで》
「(おう。)GUNMETのパイロット! すぐ降りてこい! さもなきゃこのまま操縦席ごとブレードで抉り出すぞ!」
脅しにもう片方のズームパンチでさらに2発繰り出す。カートリッジひとつで3発なんでな。まあ仮に何発使っても頑丈な戦車から操縦席を抉り出すのは無理だがね。抉る、はあくまで脅しだ。
GUNMETの天板のハッチが開き恐る恐るという感じに高校生くらいの男が顔を出したので、急かす意味でもう1発かましてやる。衝撃におののくような小さな悲鳴を上げたチキン野郎とその連れは慌てて降りていった。
(操縦室のサイズ的に2人が限度だよな?)
《全員降りたと思うヨン。これで見た限りの機動兵器は無力化したナ》
やっぱ有人式か。なんか見覚えがあるような気がするが……もしかしてこれ、オレが放置してきたGUNMETじゃなかろうな? まあ確認は後にするか。
「轢き潰されたいやつ以外は銃を捨てろ! おまえたちの戦力は御覧のありさまだ!」
ATの装甲は薄い薄いと言われるが、それでも人の扱うアサルトライフル程度ではどうにもならねえぞ。マガジン数十個分の弾バラ捲いたところであっさり轢き殺されるだけだ。
〔抵抗する場合はテロ法に基づいて射殺する。人の使う銃器じゃないから、撃たれた死体は酷いものになるわよ?〕
〔言っとくけど今さら別の人質に銃を向けても逃げられないからね? フロイトの狙撃班が配置についたって。まずは人質を撃たれないように無力化のために手を撃って、それから逃げられないように足を撃たれるだろうなーっ。大口径のライフルだから根元からもげちゃうかもー?〕
まだ負けたことが呑み込めずにもたついている連中に向けて、校舎の陰からの射撃を担当した
サイタマの狙撃班ってのは
〔降着機構を使った着地ってスゲー難しいっスねえ。せっかく直したのにまたこの子の脚部を痛めちゃったよぉ……〕
ほとんど落下に近い形で高所から飛び降りたホワイトナイトはダメージを殺しきれずに脚部の関節を損傷したようで、片足を庇いながらやってくる。
〔つみき先輩、怪我はありませんか?〕
〔平気ぃー。打撲くらいはAT選手にはいつもの事だよ。由香っちもお疲れぇーい〕
そんな春日部を気遣って自分のマシンを寄せてきた初宮機に、春日部はホワイトの腕を使ってハイタッチの真似事をしようとする。だが初宮の乗る鹵獲機にそんなショートカットなど入っているわけもない。それでも応えようと四苦八苦している様は微笑ましかった。
この作戦の危険度ナンバー1と2が互いに労っている。初宮のことは色々と心配だったが、少なくとも人間関係の点では悪いことばかりじゃねえようだ。
――――遮蔽物に乏しく視線を切れる場所が無いグラウンドに陣取っていた流星会の残存戦力。こっちから連中に襲い掛かるにはリスキーな面がいくつもあった。
姿を見せれば何機もの相手から一度に狙われることになる。特に高火力・火力の持続投入が可能なチェーンガンを持つGUNMETは鬼門だ。
人質の問題もある。最悪は見捨てるという判断で動いたが、ガキはできるだけ死なせたくねえのが本音だった。
だから春日部の乗るクソ目立つカラーのホワイトナイトの姿をあえて屋上――――人の目は構造的に上下の確認が遅い――――で晒して、さらにオレが声を出すことで注目させた。
そして下の注意がおろそかになったところで
ここでギリギリまで接近させていた初宮に突撃してもらって人質に銃を向けていた歩兵連中をブッ飛ばしてもらい、突撃した初宮ができるだけ撃たれないよう春日部にも下へと飛び降りてもらって再び注意を引いてもらう。
そして最後にオレだ。敵のすべての注意が下にいる戦力に釘付けになったところで、ターボジェット装備の
ターボカスタムと言っても所詮は人型ロボット、平地の走行速度さえ100キロも出やしない。こんなもんで下をひとりでチンタラ走って接近なんかしてたら、絶対ブレードの間合いに入る前に撃たれちまうからな。
だから初宮たち全員に囮になってもらい、できるだけ場を混乱させたってわけだ。上見て下見てと、敵さんも大変だったろうよ。
……全員が危険だった。初めにすべての銃口を向けられる役の春日部。反射的に撃ち返される可能性のある
そして人質を助けるために単機で敵陣を突っ切った初宮。おまえが今回のMVPだよ……危険な上に人を轢くなんて嫌な役をやらせちまってすまねえ。
「こんなことが許されていいはずがないっ!」
あん?
ゴーグルに映ったのは禿げ散らし気味の頭をしたオッサン。セットした髪が乱れたことで頭皮が見えてきたんだろう。オレも男時代は毛根の量が気になるお年頃だったがね。頭は半端に隠すとむしろみっともねえぜ?
さっきまでマイク持って人質がどうだとペラペラ喋ってたのはこいつか。今度はマイクの代わりに拳銃を持って、いつのまにか抱え込んだ女生徒のひとりに突き付けていた。
「全員機体を降りろ! この女を殺すぞ!」
〔……人質ひとりと拳銃1丁がなんの役に立つと? もうあなたは負けたのよ〕
「負けてなどいないっ! 正義はっ! 民主主義はっ! 負けないのだ!!」
(こいつ、自分が悪に立ち向かう正義の戦士にでもなったつもりか? ガキを人質にしておいて)
《そりゃ正義だからでしょ? 何をしても最後に勝てば官軍。どんな事実も歴史書も好きに塗り潰せるのが国家だもの。どれだけ非道をしても勝てば後世まで正義側サ》
(もっともだ。今さらな事を呟いちまったい)
善悪に統治制度の差異は関係無い。政治体制だって言っちまえばただの道具だ。
……だからてめえら銀河とやらが善か悪かも関係ない。滅亡する理由なんて至極単純な自然のルール。赤毛ねーちゃんたちが勝っただけ。
よく言うだろう? 『負けたほうが悪い』のさ。
(とはいえどうしたもんか。ATのサイズじゃさすがに人質とってる人間を組み伏せるのは無理がある。オッサンだけ掠らせるように殴るのは難しくないが、殴った拍子に暴発でもされたら後で面倒だ)
《別にええんでナイ? コラテラルコラテラル》
(ダメだ。逼迫した状況なら犠牲が出てもしょうがないで済むが、ここまで決着した場面で無駄な被害を出すのはな。助けられなかったこっちが悪いみたいに言い出すやつが出るだろ……うんざりなんだよ、そういう当事者でもねえのに無責任なご高説垂れるやつは)
無力化した敵にトドメまでくれるオレの人格を心配して、あえて説教してくれた長官ねーちゃんみたいな人ならいいさ。けど、人質に無駄に被害を出しただなんだと騒ぐ連中はそうじゃねえ。安全な外から口だけ出すただのクソ野郎だ。クソの塊なんざ相手にしたくないね。
(しゃあねえ。降りてからブン殴るか。銃は無理にしてもナイフくらい持ってくればよかったな)
手首でもかいて腱を切っちまえばそれでもう銃なんぞ撃てない。いっそこの体の本気でナイフを振ってもいい。よほど切れ味の悪いナイフじゃなければ手首ごと切断できるだろう。
《えーっ? やめときなヨ。まだドローンを操ってた相手は見つけてないじゃん》
懸念材料ではあるな。てっきり見晴らしのいい屋上辺りに陣取ってるかと思ったが、オレと春日部が登った場所やその周辺には痕跡も見当たらなかった。校舎内の窓際にでも張り付いているのかもしれねえ。自立式のドローンなら補助的にカメラ映像でもみれば複数の操作も十分可能だろう。
「早くしろぉっ! この毒婦どもっ!!」
〔毒婦って……いかにも銀河〕
〔女の敵……キモ〕
チッ、これ以上キレられたら本当に人質を撃っちまうかもしれんからスピーカーでわざわざ感想を流すな。オレも同意見だがな。
もうオッサンの精神はギリギリと感じて
「降りてやるから待っていろ」
〔ちょおっ!? たまさん!?〕〔やめて! 玉鍵さんっ!〕
続けてダックに降着姿勢を取らせる。手前にスィングされた上半身分、流星会のオッサンとの距離が縮まったが、まだ遠い。ここから操縦席を飛び出して一足で殴り掛かるにはまだ距離が遠すぎる。
ちょいと会話でもしながら接近するか。挑発すりゃこっちに銃口を向けて隙ができるかもしれんしな。
「降りたぞ。これからどうする? どんなプランがある? おまえに何ができる? もう逃げ場なんてどこにもないだろうに」
《殺す前提ならもういいんでない? 筋力補助するから最速で喉でも突こうゼ。地獄突きジャー》
(順番だ。まず銃を無力化してそれからオッサンな。死に際でも引き金くらいは引ける。それじゃわざわざ降りた意味がねえんだよ)
もみ合ってる間に撃たれたらどうなるかわからねえ。オレのほうはスーツちゃんが守ってくれるが、ガキのほうはただの制服。防弾性なんか無いんだからよ。
「他も降りろ!」
あと3メートル。
「ダメだ。ひとりにつきひとりだ。簡単な引き算だろ」
「降り――――」
「言っとくが! 人質を殺したらおまえは即座にATに殴られて、半端にグチャグチャになって死ぬことになるぞ。しばらく痛い痛いと泣きながらなっ!」
あと2メートル。今の発言はハッタリだ。たとえ死体になっていても人質の亡骸ごと殴るのは
「さあ、次は何をするんだ? 今後にどうするんだ? 負けたおまえを誰が助けてくれる?」
「負けていないと言っているだろうが! こうしている間にもサガの同士たちが立ち上がって――――」
「サガの大日本残党の話か? もう潰した後だぞ。その帰りなんだよ、こっちは」
「真の大日本の夜明けを――――は?」
(おっと、これはまだ公開NGだったかな?)
《呑気な事言ってないで集中しなヨ。銃を向けられたら顔だけはガードしてよネ》
あと1メートル。このオッサンの反射速度にもよるが、まずブン殴れる距離だ。
「サガの暴走は日付が変わるより前に鎮圧された。サガ都市もサガ基地も、もうサイタマ政権が掌握している。サガを扇動していた大日本の残党は残らず逮捕されてるよ」
「……おまえが、おまえがいなければぁ!!」
ジャスト。ついにキレて銃をオレに向けようとしたオッサンより速く踏み込み、銃口の内側に体を入れる。
射撃のために伸ばしていた腕の肘を下からの掌底で叩いてへし折り、人質を掴んでからオッサンの腹を蹴りつけた。
「無事だな? 離れてろ」
「あ……」
人質のガキをよけて前に出る。さぞ怖かったろうがケアは知り合いにでもしてもらってくれ。こっちはまだ仕事中なんでな。
右腕を折られたうえに腹を思い切り蹴られ、激痛でゲロを吐きながらグラウンドをのたうち回るオッサン。てめえみたいなのにはお似合いだコラ。
オッサンの手から離れかけの銃を蹴り飛ばす。骨折した腕をさらに痛めて悲鳴が上がった。
もう頭でも蹴っ飛ばして失神させたいところだが、靴にゲロが付きそうで嫌だなぁ。
「ごろ……ごろ゛ぜえ゛ぇぇぇぇぇぇ! ごのおん゛なだけでも゛ぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
――――苦痛にまみれていたオッサンから、突然どこに向けたか分からない絶叫が迸る。
だが、その汚い声はグラウンドに響いただけで何も起きなかった。
〔ざーんねーんでしたーっ! ドローンを操ってたやつならゴム弾しこたま喰らってておねんねしてるわよーっ! ばぁぁぁぁぁぁぁかっ!!〕
代わりに倒れているオッサンから顔に似合わぬカン高い声が飛び出る。
正確にはオッサンのつけている耳のインカムから。聞き覚えのあるスゲー勝気で生意気そうな声が漏れていた。
《校舎のあそこ》
スーツちゃんが示したのは校舎。その窓を開けてショットガンらしきものを大きく振っている赤毛のガキ――――アスカの姿があった。
(ま、おおむね予想通り)
《およ? アスカちんがドローンの無力化に行ってるって思ってたの?》
(あの出たがりなうえにヒーロー属性の女がここまで姿を見せないんだ、何かやってるに決まってるだろ?)
一瞬痛みを忘れて呆然としたオッサンを今度こそ蹴っ飛ばして、頭からインカムを奪う。さすがに付けたくねえからこのまま指でつまんでるか。
「ナイスアシスト」
〔ナイスアシスト、じゃないわよ! なに危ないことやってんのバカッ〕
「話は後だ。後片付けに入ろう。このインカム、ゲロと加齢臭がして使いたくない」
〔はいはい、状況は見てたわよ。そっちも無事でよかったわ――――和美は?〕
「まだサガだ、怪我は無いから安心しろ」
〔べ、別に心配はしてないわよ。そっちの拘束が終わったら誰か寄こして、こっちも倒したやつが何人かいるから多いほうにまとめちゃいましょう〕
「分かった。通信終わり」
やっぱ赤毛ねーちゃんたちと同じアマゾネスだなありゃ。校舎に何人あいつの犠牲者が転がってるやら。
〔うわー悪党の最後はみじめだなぁ〕
〔悪党なんて立派なもんじゃないわ。誇大妄想を拗らせた負け犬よ。勝てる見込みなんてないのに何がしたかったんだか〕
〔玉鍵さんっ! いくらなんでも危なすぎだと思うっ、こんなこと!〕
〔まーまー由香っち、抑えて抑えて〕
《んー》
(どうしたスーツちゃん?)
《ミミィちゃんの出番が無かったネ》
(そういやそうだな……って、サイタマ基地でトラブルでもあったか?)
普通に考えてバカすぎるテロ。どう考えたって成功の見込みなんてありゃしない。
――――しかし、このクソみたいな茶番がぜんぶサイタマ基地のほうをどうこうするための、ただの捨て石だとしたら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます