第216話 黒い羽を見せた影? 暗躍者に放たれた猟犬たち

<放送中>


 第二基地の長官室にてテロ報告を受けた高屋敷法子。S課の職員を交えてこれまでの事件の中に残された断片的な手掛かりを精査していた彼女は、ついに割り出された結論に虚しく首を振った。


 信じられない。それが法子の素直な気持ちである。


「では確保に向かうとしましょう」


 席を立った爬虫人類――――否、S・国内対策課のトップたる『釣鐘』に退室の挨拶として軽く頭を下げられても、机に肘をついて消沈している法子は気付かなかった。


 生まれつきの童顔もあって若々しく、まるで学生のようにエネルギッシュな姿も今日ばかりは見る影もない。


 その姿を痛ましく思いながら釣鐘は長官室を後にする。


 出撃日の前日ということでにわかに忙しくなる前兆が見え出した作戦室を抜け、待機していた部下たちに軽くまとめたデータを渡し、彼は立ち止まることなく基地の出口へと歩き続けた。


「相手は元パイロットの男子学生ですが、体力的には平均値です。ただしネットランナーとしての技術やテック関係には強いと思われます。使用する機材の選択に留意すること」


 こういった相手は変に機械に頼るとハッキングを受けて出し抜かれかねない。


 学生程度の技量などプロ集団であるS課の敵ではないが、パイロットという人種は現役時代に稀に驚くべきスキルや特殊能力を獲得している場合がある。小僧だからと決して油断していい相手ではないのだ。


「昔ながらに自分の手足と目や耳を使って、堅実に確保しましょう」


 逮捕対象者のデータを分析し、追従する部下に簡潔な指示を出しながら釣鐘は基地の廊下を進む。彼らの進む道は常に人が自然と避けていく。


 彼自身は別に自分から避けることに抵抗はないし、S課の職員たちも子供や病人といった相手がいればむしろ率先して道を譲る。だが多くの場合S課の放つ独特の威圧感がそうさせてしまうのである。


 特に釣鐘の人の姿になった蛇のような人相に危険を感じ、思わず逃げてしまうのだった。


(……そういえば前にここで見ましたねぇ)


 仕事の関係もあってS課の職員が基地を訪問する頻度は多い。それもあって釣鐘も捕獲対象の顔を見たことがあった。


 とはいえそれはたまたま目にした程度の出来事。面と向かって話したことはなかった。


 相手もこちらの顔くらいは知っているかもしれないが、無理に接点を持ちたいとは思っていなかったろう。


 そのときに居合わせた別のパイロットを思い浮かべ、釣鐘は先程の高屋敷に感じたものと同じく、やるせない気分になった。


(あの子も知り合いの逮捕の話を聞いたらショックを受けるかもしれませんね……こういうときは自分の仕事が嫌になります)


 ちょうどこの廊下を歩いているときに見たのだ。今回の捕獲対象と歩いているひとりの少女を。


 正確には先陣を闊歩する少女に連れ立って歩いている複数人の中に、その人物は埋もれるようにしてくっ付いていた。というべきだろうか。


 あくまで遠目に見ただけで最後まで眺めていたわけではないが、少女は該当の人物にあまり興味を持っているようには思えなかった。


 興味が無いならショックも弱いかとも思いかけ、しかし記載されているプロフィールから個人の関係がどうであれ、別の形で傷つきそうだと胸を痛める。


 捕獲対象との関係はともかくも、その兄弟とは良好な友人関係だと知れたからだ。彼女も友人の血縁者に逮捕者が出ればいたたまれないであろう。


 関係のない話だが、内心の良識ある大人らしい気遣いに反して、釣鐘が心を痛める表情は凶相と言って差し支えない。

 白目の多い瞳はまさしくパニック映画で人を襲う直前の肉食恐竜のようであったが、幸いにして本日は正面から彼の顔を見た不運な者はいなかった。


 釣鐘は気を取り直して良識ある大人から冷徹なS課職員の顔に戻り、捕獲対象の別プロフィールを端末から手繰り寄せる。


「妨害してきそうな身内は3名です。まず兄弟で兄がひとり、『サンダーバード・ブライアン』19才。姉がひとり、『雉森ミナセ』17才。弟がひとり、『月影エイジ15才』。この中で弟は現役のパイロットなので、何かあっても手荒な真似は控える事」


 S課に置いて手荒の意味は軍人などと同じで、『深刻な怪我』という意味であり、基本的に殴る蹴るくらいはかまわないという認識である。


 ただし善良な納税者で犯罪者でもないなら、釣鐘はなるべく怪我はさせない方針だ。必要であれば鎮静剤などは使うが。


「長男は体格が良いので手に余りそうなら道具の使用を許可します。姉は、まあ取り押さえるのに問題は無いでしょう」


 調べられた情報を読み解く限り、兄も姉も常人の域を出ていない。

 そしてこの中で一番厄介そうな弟は、血縁者の逮捕に消極的あるいは無関心の可能性も十分あった。


 何せ身内と知ったのも最近なうえに、比較的すぐに打ち解けた他の兄弟に比べて、逮捕対象と弟は関係が悪いようであったから。


「次の2名。現役時代から親交のあるパイロットで、彼を庇う可能性があります。どちらも現役パイロットなので扱いに注意を。特にチームリーダー『大剣 豪』は学生時代にボクシングでランカー入りをした人物です。制圧が必要な場合はすぐ薬物を用いてください」


 彼らは合体機チーム『マシンサンダーチーム』のパイロットで、件の月影エイジもそのチームに所属している。

 ただし4名必要なチームであるのに1名の欠員がいるため合体は出来ず、出撃こそしているが本格的な活動はしていないようであった。


「手が足りない時こそ初動が重要です、最初のコンタクトで決めてしまいましょう。大日本の政治家どもの時のような、不毛な追いかけっこは御免ですから」


 部下たちの軍人めいた明瞭な返事を聞いた釣鐘は小さく頷くと、連絡を入れて外に待たせていた乗用車に乗り込む。

 これはS課で使っている威圧的な公用車とは別の、目立たない事を優先して使っている一般車だった。


 犯罪を犯して隠れる者は多くの場合は臆病。常に周りに目と耳を向けている。それとすぐ分かる公用車で乗り付けてはいらぬ逃走劇を生むだろう。


 釣鐘はこれで人並みに趣味もあればサブカルチャーにも興味はある。中でも捜査・逮捕描写のある創作媒体などは自分の職業もあって嗜んでいる。


 だがそういった作品に出てくる銃撃戦やカーチェイスめいたものは、娯楽映像としてこそ楽しめるがその道の仕事人としては大嫌いだった。


(逮捕にしくじって犯人を街中で追いかけまわす……設定でどれだけ有能に描こうと役人として3流もいいところです。訓練施設で基礎からやり直せばよろしい)


 逮捕の基本とはどこまでも情報の収集と包囲陣。無様に逃がした犯人を追いかける脚力でもドライビングテクニックでもない。追跡という二の矢を出した時点でもう2流。街に被害を出したら3流。逃げられたら論外だ。


 それが釣鐘という、正しく税金を納める善良な国民のために働くことを喜びとする公務員の心構え。S課職員として強権を行使できる自分を戒め、謙虚さをもって仕事に向き合う姿勢であった。


「元パイロット。第二学校高等部所属、『花鳥ノリアキ』16、いや数日前に17才でしたか。S法および都市反逆罪で『バード』を名乗る彼を逮捕に向かいます」


 放たれた猟犬たちはその獰猛さに反して静かに移動を開始する。決して獲物を逃がさぬ包囲陣を敷くまでは、わずかでも注意を引くわけにはいかないのだ。







 来なくていい、と言われてもねえ。


 赤毛ねーちゃんからの通信で、サイタマ学園がテロリストに占拠されたとのアホみたいな報告を訓練ねーちゃんが受けた。


 サガの次はサイタマかよ。まあ独裁政権に火種が多いのは常だがな。


「それでこれがパラディンの素体になる子。ここからパーツを色々と付けたり換えたりして、自分だけのパラディンにしていくのっ」


 ちょうど整備棟の一角で今から有償パーツに組み替えるらしい地味な配色のロボットを、なんとなくの暇つぶしに眺めている。


 この出荷した直後みたいな素の状態を、パラディンメイルのパイロットたちは俗に『スッピン』と呼ぶらしい。


 それと自分の端末に表示された映像モデルを交互に指さして、オレにグイグイ寄りながら着せ替えされていく見本グラフィックを見せてくるのはピンク。


(ミ、ミ、ミンメイ、いやミッキーだっけ? 前から女同士はパーソナルスペースが近いとは思ってたが、こいつは特に酷いな)


 ねーちゃんたちと治安隊長の髭ブーメランジジイらで詰める話があるとかで、さっきの報告の後は呼ばれてすぐに長官室を叩き出されちまったい。


 後で呼ぶとは言われてもその時間がわっかんねえんじゃ生殺し。それで適当にブラつくことにした。まあ適当と言ってもやっぱり興味の対象に向かっちまうのが人情ってやつで。つい珍しいロボットのありそうなところに自然と足が向く。


 良い機会だからサガで運用してるロボットでも生で見ておこうかと思ってな。ピンクから『マーケット』と呼ばれてるパラディンメイル専門の整備棟があるって聞いたんでよ。


 ひとりで気楽に行くつもりが当然のようにピンクがついてきたのがなんだかなぁ。まあここの基地で顔が分かるやつが横にいた方がいちいち呼び止められないかと思って、こいつの好きにさせることにした。


 ロボットにせよマーケットとやらにせよ、実際に使ってるパイロットの意見を聞くのも悪くねえ。


《若いパイロットとスキャンダルかましたり、ドラ猫に乗ってるパイロットではないぞい。お漏らしのミミィ・ヴェリーアンちゃんナ》


(名前の前。淑女を名乗るならその情報は忘れておやり)


《いえいえ、スーツちゃんは変態淑女でございますのデ。ミミィちゃんが10代の内は覚えておきまス》


(こやつ、さてはメンタル無敵か。なんでもフルオープンか)


《あ、でも20代の大人の女性がというのもそれはそれで》


(朝っぱらから性癖のカミングアウトはやめい。聞かされるほうの身になれや)


「カラーリングとかパーソナルマークも自分の好みにできるんだよっ。もちろんお金は掛かるけどさ。絵心が無くてもデザインはあっちの『お店』に発注すればいいし」


 サガに限らずオプションパーツの類の取り付けは、エリートも一般も底辺もパイロット側の懐に依存する。

 都市側が負担してくれるのはロボットの修理と整備。そしてデフォルトの状態の場合を基本とした補給だけだ。


 対してサガでのみ使われているパラディンメイルというロボットは、従来のロボット運用のルールをよりパイロットのニーズに合わせたものであるらしいな。『お店』って言葉がそれをよく表している。


 ここじゃロボットのあれこれはパイロットにとって『ショッピング』に近い感覚なんだろう。そういった自由度はSワールドのロボットというより、ホビー用や競技用のアーマード・トループスに近い気がするな。


 ちなみにSのロボットは意外と好きにカラーリングは出来ないやつが多い。装甲材質の特性で塗料を受け付けなかったりするのだ。よくいるトリコロールカラーのあのキワモノ色は装甲そのものの色なんだわ。


 Sのトンチキカラーロボはともかく、そのATを学園を占拠したテロリストが持ち出してきたらしい。


 本当に大丈夫かねぇ。何よりどっから10機以上引っ張ってきたんだか。オレが決闘騒ぎで最初にやったみたいにスクラップからチマチマでっちあげたのか?


 しかし当の赤毛ねーちゃんからするとテロリストの質も規模も大した話では無いようで。通信映像の向こうは一応教えとくわね、くらいの態度だった。


 それこそ今日明日にも鎮圧できるから、こっちはいいから和美とサガ観光でもしてくれば? みたいな事を言われちまったい。


「ミミィのレイザーエッジは近接主体に調整してるんだよっ。使ってるソードはブーメランにもなるの。腕の振りのために四肢のパワーは上げて、代わりに装甲は極力薄いタイプに換えてあるんだー」


 パラディンメイルとやらは改造方針にかなり振り幅があるようだ。ミミィの言うような軽装甲型にしたり、逆に厚みのある装甲に換えることもできるらしい。


 ただし基本となるフレームはあくまで7メートルの最小サイズ。普通は機動力に振って、後は近接主体か射撃メインかで方向性を作っていくのがセオリーのようだ。重装甲型はチームメインで戦うパイロット以外ではあまり人気が無いらしい。


 同じサイズでポコポコやり合うならまだしも、だいたい敵の方が大きいSワールドでちょっと装甲を厚くしても意味ないもんな。相手によっては撃ってくるミサイルの方がパラディンより大きいんじゃね?


 それでも装甲はあるに越したことは無いがな。別に好きで紙装甲で戦いたい奴はいないもんだ。思い切った回避特化はピンクのようなセンスに恵まれたやつだからこその選択だろう。


(ATに抜かれるほど脆すぎるのはちと考え物だが、個人の力量を考慮しての選択肢と思えば間違ってないか。ほわっとした小娘だが、やっぱパイロットとしてのセンスは悪くないな)


《昨夜の戦闘でもヒヤリとした場面が結構あったモンニ》


(この年でこれならかなり伸びしろがあるだろう。まあ成長する前にラッキーヒットで死ぬかもしれんが)


 戦闘からの生還は技量だけがすべてじゃねえ。運ひとつで死ぬときは死ぬ。


 そのときロボットの頑丈さ、耐久力ってのが意外と効いてくるもんだ。機動力優先の脆いロボットはパイロットの技量がダイレクトに反映されるが、それだけにもしも・・・からパイロットを守ってくれねえ。


 頑健さはロボットの立派な保険だ。1度致命打から助かるだけでもパイロットにとっちゃ良い経験になる。

 生き残ってればそのうちどんな雑魚でも一端のパイロットになれるもんさ。オレみたいによ。


 いやまあ、オレの場合は死んで出戻ってくるだけだからちょっと違うが。次に繋がる教訓を得るって意味しかねえや。


《当たらなければどうということは無いっ》


(爆風受けて同じこと言えるやつはいねえよ。紙装甲だと破片だって十分脅威だ。オレならそういう野郎は近接作動のロケット弾でもバラ撒いて、破片の雨で包んで殺す)


 わざわざ敵の得意分野に付き合う必要なんか無い。そしてピーキーな仕様は『致命的な欠点があります』と宣言してるのと一緒だ。


 慣れてきたパイロットならロボットのフォルムから推測して、弱みに付け入るのは難しくない。


 ただSワールドの敵は人間じゃねえからそこまで頭が回らんやつが多い。おかげであまり有効な攻撃手段は取ってこないがね。だいたいは持っている武器の中で射程に入ったもの、適正な距離の武器で攻撃してくるだけだ。


 なのに最近は妙に知恵の回るやつがチラホラ出てきて、パイロット側としては頭が痛い話だぜ――――敵の中に学習するタイプがいて、その情報を共有してる敵でもいるのかね?


「たまちゃんさんならどんなパラディンにするの? 近接? それとも近接? やっぱり近接?」


「白兵戦は好きじゃない。射撃主体になるだろうな」


 そもそもサイズが小さいんだ。相手どるのは中型が限界、基本は小物を狩って回る立ち回りになるだろう。


 大型相手ともなれば白兵戦は絶対にダメだ。いかに強力な近接ブレードを持っていたってブレードは切れる幅、刃渡りって制約がある。危険を冒して敵に取りついて切ったとして、肉や骨はおろか皮膚や脂身までしか刃が到達しないのでは意味がない。それでは倒せない。


 だからって装甲抜いて中枢まで食い込ませるために、何度も接近してアタックを掛けるようでは戦果よりリスクのほうが遥かに高いだろう。割に合わないってやつだ。


 多少は効くとしても爪楊枝でチクチクし続けるとか誰だって嫌だろ。相手が嫌がって暴れた拍子に小さいこっちは巨体の手足のひと振りで潰されかねないわ。


「えーっ? たまちゃんさん近接戦すごく強いのに。サガにはパラディンメイル専門のシミュレーションランキングあるんだけどさ、そこの近接上位だって誰も勝てないと思うよ? そりゃあたまちゃんさんは射撃もすごいんだろうけどさ。やっぱり花形はライフルよりソード、パイロットは接近戦だよっ!」


 あ゛ー距離が近い。こうもグイグイこられると辟易するぜ。初対面の距離感が掴めないタイプかこいつ?

 有料休憩所で絡んできたタコも、案外こいつのそういうところをウザがったから仲悪くなったのかもな。


《ム、一理ある。剣こそロマン》


「(えよ。)順位に興味はない。あるのは報酬と生存だ」


(なんか朝からもう疲れてきた……適当に土産になりそうなもんでも買うだけにして、観光はやめとこう)


 まあ観光の下りは赤毛ねーちゃんにしても冗談だろうが。


 すぐに撤収させずにしばらく訓練ねーちゃんをサガに置いて、サガ都市の混乱の終息と平定までの一時的な重しに使うつもりなんだろう。


 実際、今日のうちに統治回復のための別エージェントをサガに送ると言って締めていた。色々できる才媛の訓練ねーちゃんとはいえ、さすがに混乱した都市の締め上げまでさせるのはなぁ。


 数日から数週間。サイタマの息が掛かったトップと共に新生サガの立ち上げを手伝い、その後にねーちゃんをサイタマに戻すってところだろう。


 オレは力士君たちを連れて一足早く戻るか、もしくはねーちゃんの護衛として付き合うかのどっちかかね。

 そういや第二学校の卒業日数ってどれだけいるんだっけ? 都市都合によるものなんだから欠席の補償をしてほしいもんだ。


 ……初めて学校に入学して、初めて卒業を考えられるくらい生き残ってるんだからな。


「えぇっと。玉鍵さん、おはよう」


 腕に絡んでいたピンクを払って振り向くと、若干オドオドした先町がいた。


 初めて来た他都市の基地だし緊張してんだろう。今もこの基地の連中がジロジロ見てきてるしな。こんな量の視線に晒されたら芸能人でもなきゃ挙動不審にもなる。


「おはよう。体調はどうだ?」


 一緒の車内で寝たとはいえ、お互い疲れていて話らしい話もせずに寝ちまったからな。せいぜいホテルで保安に襲われたとか、治安から逃げ回ったとかを簡単に聞いただけだった。


 それでも10代で都市の権力を相手に逃走劇をしたんだ、女の先町は体調に不安が出るかもしれん。力士君のほうはまあ平気だろう。


「平気よ。それで……そっちの子は?」


「あはっ、クイズでぇーす。私は誰でしょー?」


 初対面にも関わらず先町のパーソナルスペースにグイッと押し入り、自分の顔を指さして無邪気な感じで笑うピンク。その距離感の無さに先町が空寒い気配を感じてわずかに上体を引く。


 やっぱ誰にでもこんな調子か。たぶんサガでも浮いてんだろうな。


「(ピンク、じゃなくて)ミミィだ。昨日戦ったサガのパイロットだ」


「あぁん、先に教えないでよぉ」


 何か通り魔にあったような顔の先町に構わず、ピンクは昔からの知り合いのように気安く先町にも話しかけていく。


 社交性があるともいえるが、あまりに距離感が近いせいで不気味に感じる面が強い。先町も困惑気味だ。


 しゃあねえ。起き抜けにこんな爆弾を押し付けるのもあれか。


 ここでオレも会話に加わり、軽くピンクのマシンガントークの矛先を逸らしてやる。


 先町はまだ食事をしていないとの事だった。たぶんひとりで基地の休憩所に入るのは気後れするから、知り合いの誰かに付いて来てほしくてオレや力士君を探していたんだろう。


 基地そのものと戦ってたわけじゃないにせよ、昨日までここの保安から逃げ回ってたわけだしな。ひとりが不安なのも無理はねえ。


「ミミィ。付いてくるか? 茶くらいなら奢るぞ」


「ケーキも食べたいっ」


 へいへい、ガキの胃袋は強靭だな。


 オレらはもう食っちまったがどうせ暇だし、ガキの安心した食事のためにお茶で付き合うくらいはかまわない。


 男の力士君はひとり焼肉でもチャンコでも平気そうだが、まあついでに呼んでやるか。


 力士君の端末にはもう何度か連絡を入れていたようで、ちょうど先町のコールに返してきたので待ち合わせの都合を付けてもらう。


「えぇっ!? 男の人なの?」


 合流する相手が男だと聞くと、ピンクは若干驚いたようだった。


 さらにオレと先町の顔を交互に見て、『恋人?』とかおっそろしい事を言い放つ。


「ちが――――」


「ちちちちち、違うわよ!? ひとつ上の幼馴染で、お兄さんみたいなものよ!」


 オレの否定より遥かに食い気味で先町が手をブンブン振ってピンクの質問にNOを示す。


《ティキーンッ!》


(閃くな。まあ、ちょっとは意識してるっぽいな。うへえ、甘酸っぺぇ)


 あのスモーレスラー体系の熊みたいなのがねぇ。


 男の目で見て『良い人』ってのは、若い女からすると範疇外なもんだがなぁ。ガキなのに男を見る目があるじゃねえか先町。


 イケメンの腹黒メガネとかチョイ悪とか壁ドンチャラ男より、ずっといいと思うぞ。うん。


 察したらしいピンクは一応という顔でこっちを見たので、胸の前で『オレは違う』と手を軽く振っておく。


 いや、良いヤツだよ? 力士君は。だからって中身が野郎のオレがそんな気にならんのは仕方ないだろしょうがあんめえ


 有料休憩所にドスドスとやってきた力士君を見たピンクの第一声は、『クマ!?』だった。


 不躾にアニマル扱いされた力士君は苦笑いで済ませてくれたので良かったが、こいつ三島とは別のタイプのいらん一言でトラブル引っ張ってくる性格だな。


「2人もサイタマのパイロットなんだ? 珍しいね、他の都市の人がこんなに来るなんて」


 地下にある一般都市ほどじゃないが、地表都市もそこまで行き来があるわけじゃない。ピンクにとっては他の都市の人間はかなり珍しいらしく、オレの時と同様に質問攻めにしていく。


 それを年上の甲斐性として律儀に受け答えしてやる2人。片方が食ってるときはもう片方が代わりに答えるという、なかなか年季の入ったコンビネーションだ。


 こいつらも好きで来たわけじゃないがな。昨夜に先町から簡潔にサガに来ていた理由は聞いている。


 サイボーグの知り合いが代替パーツの無い状態になっている事に同情して、同じ基地のよしみでトカチとサガに技術検証で送られていた義体を譲り受ける交渉に回っていたのだ。


 そいつらの体を『テイオウ』を使って消しちまったのはオレだ。なので2人の無謀な行動にも何も言えなかったぜ。


「テルミしゃんたちのおかげじゃ。あのまま保安に連れて行かれとったら、義体の扱いがどうなっとったかわからん。おいだけでは捕まっとったはずたい」


「超能力! すごい、サイタマって超能力者のパイロットがいるんだねっ」


 先町の予知で助かった話を聞いて、ピンクがピスタチオクリームを使った薄緑色のケーキをむしゃりながら目を輝かせる。


 予知と治癒だから定番のスプーン曲げとかは出来るタイプじゃないので、やってやってというピンクのリクエストに心底の苦笑いしていた。


 ――――そんなとき、最後の飲み物に口を付けていた先町の手が不自然に止まる。


 周囲の目が向くほど乱暴にソーサーへ叩きつけられたカップが、ガチャンと音を立てた。中身が残っていたら飛び散っていただろう。


「テルミしゃん? ……予知か?」


「……少し、待って」


 いち早く先町の異変に気付いた力士くんが、慣れた調子で先町からカップを放させる。太い指なのに優しく繊細なもんだ。


 今の先町の状態は半覚醒のような状態で、カッコイイ言い方をすると意識のあるトランス状態。カッコ悪く言うと寝ぼけているのに近いらしい。


 場合によっては無意識に容器を強く握り過ぎて割ってしまう事もあるので、こんな感じに知り合いでフォローを入れることがたびたびあったようだ。


 予知は睡眠中の夢の他に、今のように不意に湧き上がるイメージとしても出てくることがあると言う。


 さしもの空気が読めないピンクも、目の前の先町が普通の状態ではないと理解したようで押し黙る。こっちを見られてもオレもお初だからなんとも言えん。


「サイタマ学園……フロイトさんたち……武装した人……AT……大量の血……小型のロボット」


「アスカたちに何かあるのか!?」


《ちょ、低ちゃん。声》


「(~~~~チッ、)悪かった」


 思わず腰を上げて詰め寄っちまった……大量の血? いきなり嫌なイメージが出てきやがる。


 しばらくして半覚醒の状態を脱した先町がイメージの解釈を始め、『間違っているかもしれないけれど』という前置きをしてから話し始めた。


「近い将来、サイタマ学園でテロが起きるんだと思う。私はあまり詳しくないけど、首の無いATをその人たちが使っていたわ。フロイトさんたちのうちの春日部さんが白と青のATを使って戦ってた」


《予知というか現在進行形の出来事だナ》


(サガ都市にはまだ規制でテロの情報は流れてない。知ってるのはオレらだけ、先町は知らないはずだ。これは予知というより遠方リモート視覚ビューインに近いな)


 首の無いATってのはタラウスタイプの事だろう。これも情報と合致する。


(白と青のATってのはホワイトナイトだろう。敵ATに対抗するために引っ張り出したか)


 ……そして大量の血。


 考えてみれば学園の話。在校生のアスカたちが絡んでくるのはむしろ当然だ。あいつらが大人しくしてるわけがない。


 赤毛ねーちゃん、ちゃんと鎮圧できるんだろうな?


「ねえねえ、小型のロボットって?」


 テーブルの面々がそれぞれ深刻な面持ちで考えを巡らす中、空気を読まない明るめの声でピンクが余地の最後に出てきた単語を口にする。


 血の話で飛んじまったが確かに小型のロボットってなんだ? ATならATと言うだろうし。


 サイタマ学園は基地の区画にはない。コックピットバイクが変形した功夫クンフーファイターのような特殊な例を除いて、S由来のロボットは動かないはずだ。


 過去にコンテナを強奪に来たサイボーグの援護として、サイタマを襲撃してきたクモみたいなロボットか? ATやGUNMETといった現実の技術だけで作られたロボットなら基地の外でも動くからな。


「サイタマだと見たことが無いわ。ただ、昨日見た目が近い機体を見かけたばかりなの――――ヴェリーアン、さん。貴女の乗っていたロボットに似ていたと思う」


「私のレイザーエッジに?」


「色は違うし、細々したところも違ったけど。たぶん貴女のロボットの系統……だと思う」


 先町の脳裏に映ったのは白いパラディン。


 それが悲劇を止める鍵だと、予知能力者は言った。

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