第215話 5人の戦士? 戦え、学園戦隊フイウチジャー!?

※今回主人公パートはありません。




<放送中>


 流星会がAT部の実質の部室となっている危険物保管庫にやってきたのは、演説の終了から10分ほど後のこと。


 会を主導している大人たちは同じく参加している現役の学園生徒からの情報で、AT部にアーマード・トループスが数機収められていることは知っていた。


 このATが学園内の反抗勢力に渡れば戦闘になる可能性がある。これを受けて一部のグループは決起前にAT部の捜索と機材の徴収を提案していた。


 しかし彼らのリーダーとなった壮年の男はこの情報を得ても演説を優先している。


 これは単純に彼らが用意した戦力が学園の要所すべてを押さえるくらいが限界で、今の時点では機材確保に向かわせる人手まで割けなかったという面が大きい。


 それもあって壮年の男は己の『感動的な演説』で賛同者を集め、流星会の戦力となる同志を増やす意味でも演説を優先した。


 ……内実は過分に当人の承認欲求と英雄願望を満たす意味のほうが強かった結果だが。


 学生が弄っているだけの非武装のAT、というのも軽視した理由であろうか。

 ともかく彼らはリーダーの自尊心が満足するのを待って、ようやくにAT部確保の人手を派遣したのである。


 その人数は8。小隊のリーダーと4名は大人。それ以外は学年は違えどいずれもサイタマ学園の生徒である。


 そして生徒のうちふたりはヘビィ級AT『スタンディング・タラウス』を預かることになった学生のAT乗り。


 彼女らはかつてサイタマ学園に存在したバトルファイト部に所属しており、『地底人』との決闘騒ぎにおいて先鋒・次鋒を務めた少女たちであった。


「ターゲットのアスカ・フロイト・敷島以下、フロイト派の中心メンバーはいずれも確保されていない。だが登校は確認されているし、外部へ通じるゲートは封鎖している以上は敷地内にいるのは間違いない」


 小隊のリーダーはAT部の暫定的な部室にもなっている危険物保管庫に突入する段取りを終えたのち、整列するメンバーに作戦の重要性を悠長に説いた。


 その手には実弾を込めた拳銃が握られており、背負っている小銃もまた実弾入りの殺傷用。


「そして今から行く場所が、潜伏先としてもっとも可能性が高いと思われる」


 対して小銃の代わりに非殺傷弾を詰めたオート式のショットガンを持つ他のメンバーたち。


 彼らは流星会の秘密会合で『パイロット狩り』を請け負うためだけに編成された集団である。


 2機のATを持つ8人で構成されたグループを1小隊として。デネブ・アルタイル・ベガの3隊。


 彼らは『ベガ小隊』を名乗っていた。


 3つの小隊のメンバーにはこの日のために突貫でSワールドパイロットの資格を取らせた学生らが配属され、もしパイロットが抵抗した場合は彼らが排除を行うとした。


 そうすることで外見上パイロット同士の諍いとし、忌々しい『F』の介入を防ぐためである。


 残りの2隊のひとつはすでに集めている学園パイロットの監視。いまひとつは自らの護衛のために壮年の男が自分の傍に張り付けたままにするよう頑迷に要求してきたため、止む無くグラウンドに残していく。


 このような中途半端な人数での突入作戦となったことに、小隊の隊長は内心でやや不満を募らせた。


 しかし壮年のリーダーが言い訳として使った理屈、『そこまで戦力を割くほどでもない』という意見を覆せる理由は捻り出せなかった。


 せめてATの突入はさせずに、自身の護衛として張り付けるくらいで我慢する。


「大きな抵抗は無いと思うが用心しろ。我々の持っている武装は非殺傷で威力は低い。だから投降してもしなくても必ず1人に3発は撃て。やつらの抵抗の意思を完全に奪うんだ」


 相手は非武装の女生徒。そして同じく銃火器を持たないAT数機がせいぜい。


 情報によればそのATも銀河の仕切っていたリアルファイト部時代と比べて部費が乏しく、ジャンクに片足を突っ込んだような中古品をいじましく修理して使っているという。


 対してこちらは自分以外の銃は実弾では無いとはいえ、部隊全員で暴徒鎮圧用の銃を持っている。さらにATは実弾で武装した戦闘用の大型機。たとえ部活のスポーツ用ATを持ち出して反抗されたとしても負けるはずがなかった。


「ベガ隊長。出来ればつみき、春日部という女には私がゴム弾を叩き込んでやりたいんですが」


 戦闘前で機体のキャノピーを開いたままにしている先鋒の少女。彼女は思うところあって隊長役の男性に、捕獲対象のひとりである春日部つみきへの『制裁』を加えるさい、抜擢してもらえるよう願い出た。


 少女にとって春日部つみきは怨念の相手。


 ひとりだけフロイト派に逃げ込んだ裏切り者であり、これまで織姫と彦星の圧政を我慢してまで描いていた自分の輝かしい人生設計を台無しにした『地底人』に尻尾を振った、最低のあばずれ


 自らの手で制裁をせねば溜飲が下がらないと、少女は常々思っていたのだ。


「銀河の裏切り者であることは聞いている……まあ、やりすぎるなよ?」


 いかにゴム弾でも距離と当たり所によっては殺しかねない。男は確かに銀河派閥ではあるが、他の銀河のキワモノと比較したならまだ常識があるほうで、未成年相手にさすがに殺人まではという思いがあった。


「あいつは面の皮の厚い女ですから。顔面に当てたって死んだりしませんよ」


 並んでいるもう1機のATから決闘で次鋒をした娘が、同じく陰気な目つきでそう付け加える。


 先鋒の少女もだが、あの決闘の後からの二人の学園生活は散々なものだった。


 銀河派閥からは負け犬・裏切り者と侮蔑されて遠ざけられ、クラスで孤立したことで格好のイジメの対象となったのだ。


 もっとも、イジメの土壌となっているのは銀河派閥の織姫・彦星と大きなコネがあることを利用して虎の威を借るキツネよろしく、威張り散らしていたからなのだが。


 決闘時につみきは最後の義理として二人に織姫から離れるよう忠告してから別れたが、二人の場合は織姫を捨てて半端に逃げたことがよくなかった。

 この行動によって属していた組織からも疎まれる結果となってしまい、忠告したつみきをむしろ恨むことになったのだ。


 あるいはつみきと同じように、あの場でフロイト派に保護を頼めばまだ未来はあったかもしれない。


 だが二人にはフロイト派への伝手などなく、恥も外聞も捨てて身ひとつで逃げ込むほどの必死さもなかった。


 ――――なぜなら思いもしなかったから。たとえどんな事が起きようと、まさか大日本深くに根を張っていた銀河派閥が、あっという間に駆逐されるなんて悪夢が現実になるなどとは。


 ここで敗北しようと銀河の支配は揺るがないと思い込んでいた。だからたとえ織姫を見捨てるという汚名が出来ようと、自分たちの彼岸を変える選択だけは取らなかったのである。


 かくして二人と春日部つみきの経過は対照的なものとなった。


 学園カーストの最底辺まで転げ落ちた二人の少女と、学園の頂点の取り巻きに再び収まったつみき。同じ裏切り者でこの違い。


「抵抗したら殺してもいいですよね? 私もパイロットですから」


 まだ出撃もしていない資格だけのペーパーパイロットでも、書類上は現役のパイロット。『F』の問題さえクリア出来れば見せしめという意味で手にかけてもいいはず。


 だって、銀河で裏切り者と呼ばれた自分たちはこんなに苦しんだのだ。つみきが苦しまないほうがおかしい。


 仲間と思っていたグループからまでイジメを受けたことをトドメとして、ついに精神を病んでしまった二人はそうなるべきだと思い込んでいた。


「……他は・・厳禁だ。それだけは許さんぞ」


 突入のために散会の合図を出した男は二人にそれだけ告げて、『行け』というように手を払う。


「「はい」」


 額にあげていたAT用ゴーグルを下して、2機のタラウスのキャノピーが閉じる。


 2つの赤いスコープ光が隠れる間際、少女たちの口元がうっすらと笑っていた事を隊長は見ないふりをした。







<放送中>


「馬鹿な事をしてくれる……」


 深夜にサガの件がひと段落したと天野和美から報告を受けたサイタマ大統領。赤毛の女傑、『ラング・フロイト』。


 ここまで働き詰めだったこともあり、軽く仮眠を取ったあとはリラックスのために落ち着いて入浴などを楽しんだ。

 その後はサガの今後の扱いや騒ぎに乗じて蠢動していた、他都市の動向への対応策の草案を頭の中で軽く練っていた。


 騒いだわりには比較的穏やかな朝を迎えることができ、玉鍵たまや和美を筆頭としたサガ暴走の鎮圧功労者たちに感謝して、朝食を食べようとしていた矢先の珍事である。


 テロリストによる学園襲撃の報。


 軽いビタミン補給として口をつけた糖度の高いオレンジジュースが、一気に酸味を増したかのように顔をしかめたラング。


 早期に収集された情報からひとつの流れを感じ取って、戦士の顔になった彼女はグラスをそのまま傾ける。


 黄色い恵みを飲み切ったラングは水滴の付いたグラスを置くと、複数の部署に秘書を通じて指示を送った。


 さらに第二都市の基地長官『高屋敷法子』への、秘匿通信による連絡も打診する。


「殲滅自体は容易い。けれど追い詰めて自暴自棄になられると人質が危険になる。やるにしても一気呵成に撃滅する必要があるわね」


 フロイト派閥が銀河の残党を積極的に駆逐していない理由は、ひたすらに都市の人手不足の一言に尽きる。


『テイオウの粛清』によって人口が減ったサイタマで、ただでさえ少ないマンパワーを割いてまで、王の粛清から外れた程度の小物に構っていられなかったのだ。


「まあ内通者探しのために色々と泳がせすぎた感もあるわねぇ……」


 不穏な動きをしている団体については、とうにラングの耳にも届いていた。

 しかし仕掛けた罠の釣果を確実なものにするため、第二都市と歩調を合わせてあえて泳がせていたのだ。


 サイタマと第二で捕捉しようとしているのは『バード』と呼ばれる、内通者の存在。


 話はバードが電子界の奥深くから密かに発信した物質転換機の情報――――指輪の情報によってロンドンの宗教派が暴挙に走ったことに始まる。


 事件はハワイで解決し、関係者は『Fever!!』によるものと思われる粛清によって死亡する事となった。


 だが事態はそれに留まらず、現在のブリテン――――ロンドン都市では直下の一般層を交えて大規模な内紛が勃発していた。


 エリート層を牛耳っている宗教派と、その宗教と支配からの解放を目指す脱却派による争いである。


 脱却派はハワイでの宗教派の蛮行によって関係者が『Fever!!』に粛清されことを受け、彼ら主導での都市の統治に危機感を募らせた者たちによって構成されている。


 そしてメンバーには実際にハワイに駆り出された一般層の兵士たちも多数混じっているとの情報もあった。


 彼らや多くの一般の都市民たちは『Fever!!』によって暴かれた宗教派の犯罪の数々、その被害者側の記憶を己の事として強制的に体験させられた。これによって宗教派に強烈な憎悪を募らせたための反乱でもあった。


 実体験。それは対岸の火とは訳が違う。


 まさしく我が事として怒りや悲しみを感じた彼らは、感情という最大級の燃料をその胸に投げ込まれたのだ。もはや憎悪の対象を完全に駆逐するまで止まらないだろう。


 さらに孤立したサガの大日本残党が暴走した件にもバードの影はあった。


 トカチのサイタマ合流が決定打ではあるが、それ以前から不安を募らせるような流言を送っていたことがS課の捜査で分かっている。


 曰く、サイタマはいずれ『テイオウ』という軍事力を背景にサガやトカチを飲み込む。


 そうなればフロイト政権が大日本についていた人間たちの罪状を事細かに明らかにし、公私において社会的に抹殺。そのうえで底辺に落とすのは間違いないと。


 大日本の残党とてその程度は当然予想している事とはいえ、それをいざサイタマに伝手のある第三者から聞かせられれば、彼らの危機感は激増した事だろう。


 そして今もまた流星会が暴発した。


 ――――すべて問題は物質転換機の他国への情報漏洩に始まり、玉鍵たまというひとりの少女に集約する。


「タマがサガに行ったところをドンピシャ……あの子がいたらどんなに戦力をかき集めても学園は占拠できないとの判断かしら? だとすると最低限の知性はあるみたいね」


 ついストレスから皮肉混じりの独り言を呟いた大統領は、嫌な気分を変えるために大きく伸びをした。


「和美たちには街でお土産でも買って、ゆっくり帰ってくるよう伝えておきましょう。トンボ返りさせるほどの事じゃないわ」


 人質がいるのが面倒なのは事実。だがサイタマとフロイト派の実働戦力があれば1日も経たず制圧できるだろう。学生に積み上がる死体を見せることくらいがラングの懸念であった。


 ――――否。いまひとつ不安な事はある。


「アスカたち、大人しく逃げるなり隠れるなりしてくれればいいんだけど」


 性格的に気丈で無茶をしがちな姪っ子とその仲間たちを思い浮かべ、ラングは頭を悩ませる。しかし同時にどこか懐かしい気持ちも感じた。


 今は大人になった自分もまた、和美や法子たちと無茶ばかりやってきた学生時代を思い出して。






<放送中>


 外から投降を呼びかけてきた男性の声を聴いた『初宮由香』は、その声質に含まれる嘘に不快感が沸き上がり拳を握った。


 抵抗しなければ安全は保障する――――嘘。完全に抵抗できない形にしてからいたぶるだけ。

 あるいは当人は何もしないかもしれないが、連れている者たちが何かしても止めることも無いだろう。


 自分が損をしなければすべて事なかれで済ます。そういう人間の声――――初宮の父親の声にそっくりだった。


「由香っち、そんなピリピリしないの。私たちがやることは簡単なんだから、ね?」


 隣りで初宮と共に息を潜める相方、『花代ミズキ』が背中にポンと手を置いてリラックスを促してくる。


 留学当初こそお互いに間合いがわからず硬かったが、ミズキは持ち前の社交性を発揮して同学年の初宮とすぐに気安くなった。


 これはアスカによる橋渡しも大きいが、玉鍵たまという前例が一般出への偏見を薄めていた事も大きい。


 さらにミズキは決闘の場面で玉鍵に妨害を行ったという負い目があり、許された今になっても無意識に同じ一般出身の初宮に優しく接している面もある。


 そうすることで贖罪の代わりにしているのだ。


「うん。アスカたちのほうが危険だもんね」


 現在の初宮らは作戦によって3手に分かれている。


 ミズキと初宮。つみきとベルフラウ。そしてアスカ単身。


 アスカはフロイト大統領の姪であり、この中でもっとも人質としての価値があり、いきなり危害を加えられる可能性が一番低い。それもあってもっとも危険な役回りを引き受けていた。


 仮にそうでなくとも彼女の性格なら引き受けただろうなと、一緒に暮らすようになってあの赤毛の少女の中身が見えてきた初宮は内心で苦笑する。


 攻撃的で自信家で天才肌。しかしその内面は寂しがりのお人好し。


 何よりも承認欲求が強い女の子。


 誰かに認めてほしい、褒めてほしいという気持ちが強い。ただの愛されたい子供。


 凡人の初宮とはまったく似ていない才能の塊。けれど彼女の弱い部分だけは腹が立つほど自分に似ている。


 認めてほしい。必要とされたい。愛されたい。


 だからアスカは暴力的なほど才能を見せつけて人の目を引き、初宮は身を削る献身で己を見る瞳を引き留めようとしていた。


 それが間違っている方法だと、心のどこかで気付いていながらも。


 そんな似ていなくて似ているふたりの暖かい共通点は、ひとりのヒーローに強く心を抱きしめられたことだろう。


 常に認められているか不安で、それゆえに全方位に攻撃的だったアスカを。


 常に愛されていると錯覚したいために、親に従順であった初宮を。あの人は大きな翼で包んでくれたのだ。


 だから心まで負けるわけにはいかない。弱い部分が似ているからこそ、アスカにだけは。


 玉鍵の相棒を自称する彼女にだけは。


「来た、4人……練度は低いね。ほとんど素人じゃん」


 突入してきた相手の動きをカメラで覗いていたミズキは敵の段取りの悪さに冷笑する。


 訓練教官の天野和美を代表するフロイト派の厳しい訓練を受けているミズキからすれば、彼らの動きはごっこ遊びに等しい。

 中等部ということでまだ訓練と評価を甘くされている自分たちさえ、まるでプロフェッショナルに見えてしまうようなお粗末な動きだった。


「じゃあ、手筈通りに」


「オッケイ。タイミング取るよ、ステンバーイ、ステンバーイ……」


『ベルフラウ・勝鬨かちどき』によって仕掛けられたカメラの映像を見ながら、小声でタイミングを計るミズキ。それを待って静かにホースを構える初宮。


 その手には突貫で連結したPR溶液、Power React Liquidを交換するための動力付きホースと稼働スイッチがある。


「……Go!」


 向けられたホースから噴射された透明度の高いケミカルグリーンの液体は二人の下、すなわち室内の猫渡りに隠れていた初宮たちの下にいる流星会のメンバーが思い切り被ることになった。


「PR溶液よ! 銃なんて撃ったらあんたら丸焼けになるんだからっ!」


 液体の噴射された場所に銃口を向けようとする敵の動きの機先を制し、ミズキが彼らの被った液体の正体を聞かせる。


 それを聞いた数名がギョッとして、銃のトリガーから思わず指を離した。


 ここはAT部の部室。そこでケミカル色の液体となればPR溶液が即座に思い浮かぶのは当然であった。


 PR溶液。ATの動力となるマッスルチューブを動かすための化学溶液であり、発火点こそ高いが可燃性もまた極めて高い。


 この液体を被ったまま火などついたら、防護服も着ていない人間などあっという間に焼け死ぬ事になるだろう。


 ここで部隊が浮足立ったところに飛び込んだのは、防具代わりにAT用のスーツとヘルメットを着込んだアスカ。


 その手にはジャンクパーツで作った即席のロッド。つまり鈍器が握られている。


「うぉりゃあっ!」


 なんの躊躇もなくバットスィングの形で振り抜かれた1撃が、碌にヘルメットもしていなかった成人男性の顔面に叩き込まれる。

 ウェイトとして付けられた先端のスクラップは、1発で高等部在籍の男子学生の顔を無残に破壊した。


 最初の犠牲者が人に命中したとは思えない音を立てて溶液で濡れた床に倒れるのを待たず、近くにいたもうひとりの顔面にもフルスィングを決める。


 この瞬間だけを切り取れば、今のアスカはまさしく実在のアマゾネスであろう。


 怪盗を名乗る人間と命のやり取りを経験したアスカは、生身の実戦を終えて戦士として一皮むけていた。


 敵、撃つ、PR溶液、アスカ、捕虜、敵、反撃。火災。


 対して突発的に始まった戦闘に追いつかない思考で、脳裏に浮かぶすべてに『理解不能エラー』を起こした流星会の素人たち。


 その思考の隙間を中学生ながらに一端の戦闘訓練を受けている経験者アスカが蹂躙する。


 3人目の成人女性の腹にロッドを突き込み、体をくの字に曲げさせてからトドメの顔面打ちをしたアスカ。


 しかし、ここに来てとうとう恐怖から銃を使う選択をした4人目に狙われる。


 撃てば火の海。理屈の上では分かっている。それでもなお直近の暴力の恐怖に素人の女学生は勝てなかった。


 たとえSワールドパイロットの資格を持っていようと形だけ。生身で感じる暴力の気配が怖かったのだ。


〔おっと〕


 鈍器という振り回しに慣性が掛かる武器を使ったために、とっさに身を躱すことが出来なかったアスカ。

 その射線に鉄の巨人が足のホイールを鳴らして割って入り、発射されたゴム弾を受け止める。


 さらに狼狽えて硬直していた流星会の女生徒を軽くはたく・・・


 L級ATは軽自動車程度の重量とはいえ、それでもトンで表記されるような重量を持つ。


 金属の重さを乗せた張り手を受ければ、生身の人間などひとたまりもない。交通事故のような勢いで廃品の山まで吹っ飛んだ女は、当面立つことも出来ないだろう。


 しかしまだ温情。ATに慣れたつみきの操縦技術で加減されていなければ、本当に張り手で絶命していたはずであった。


〔ナイスシュート、なんてね〕


〔ここからが本番よ。残りAT2、歩兵2。みんな、武器を奪って〕


「もう持ってるわよ。由香、あんたも使えなくても持っときなさい。言っとくけど味方に向けんじゃないわよ?」


 ロッドを捨てて手早く倒れている相手から装備を奪ったアスカは、上から降りてきたミズキと初宮にショットガンを投げ渡した。


〔んじゃ先行するッス。ベルちゃん援護よろしくぅー〕


〔誰がベルちゃんよ。相手は火器持ちなんだから、まずは攪乱。ミズキ、早く〕


 白と青のATで走り出そうとするつみきを止め、人力フォークを使ったミズキと初宮でATの横に箱を置く。


 それはベルフラウの指示でかき集めていた、複数の消火器を入れた箱。


「人使いが荒いなぁ、ベルちんは」「準備できましたっ」


〔ああ、備品が……部費が……〕


「終わったら都市にでも学園にでも掛け合ってやるわよ。スモーク、じゃなくて消火器投擲用意!」


 手の平を上に向けた2機のスコープダックのマニピュレーターに、ミズキたちの手ですべての消火器が乗せられる。


 それを確認したアスカは、防災のために窓の代わりにシャッターとなっている外壁の開放スイッチを押した。


 持ち上がっていくシャッター。


 外で異変に気付きながらも、危険と責任を押し付け合い悠長に事態を伺っていた者たちと、互いに互いを認識した瞬間――――


〔――――撃ててっ!〕


〔部費返せコノヤローッ!〕


 ダックの手から敵のATに向けて、使用期限ギリギリの複数の消火器が剛速球で叩きつけられた。


突撃チャージ!〕


 変形して炸裂した消火器から粉塵が舞ったところで、つみきの乗り込んだホワイトナイトがグランドホイールを鳴らして先陣を切る。遅れることなくベルの駆るもう1機も突撃を開始。


 これがもしもATに乗り慣れた軍人が、訓練された兵士が敵ATに乗っていた場合であったなら。その時はベルフラウの立てた作戦は無謀極まりないものとなったろう。


 だが、彼女たちの前にいるのは軍人でも傭兵でもない。Sワールドのパイロットを狩るために急遽抜擢されただけの、パイロット資格があるだけの学生でしかなかった。


 もちろんタラウスに乗る二人は正真正銘AT乗りではある。しかし――――


〔ありゃー。ぜーんぜん成長してないなー〕


〔されてたら困るわ。これでいいのよ〕


 フロイト派を恨み、つみきを恨み、玉鍵たまを恨んでいた彼女たちは今日きょう今日こんにちまで恨んでいただけだった。


 自ら技量を磨くという努力など、まったくしていなかったのである。


 武装したATに乗って蹂躙するだけでいい。かつて銀河に取り入り優位であることに慣れ切っていた二人は、そうなるとしか考えていなかったのだ。


 煙幕の中から突き出されたズームパンチを受けて、衝撃によってあっさりコックピットの中で失神した少女たち。

 二人が次に目を覚ました時には、縛り上げられて地面に転がっている自分に気付くだろう。


 ……白と青。そのカラーリングにトラウマを植え付けられていた事実を、彼女たちは生涯知ることはない。


〔あ゛ー、ポンプの掃除が最悪になりそうっス。中和剤って、けっこう頑固に残るんスよねえ〕


 実のところ初宮が被らせた液体は純粋なPR溶液ではない。ミズキの燃える発言は誇張ハッタリである。


 少量のPR溶液にありったけの中和剤を混ぜたもの。それでも完全に発火性は消えていないが、ホイールの火花を受けても燃えない程度には成分が分解されていた。


「本物のPR溶液で床が丸浸しよりマシじゃないですか。それにこれで活躍したらラングさんにスポンサーになってもらえるんじゃありません? そうしたら新品を買えますって。ねえフロイトさん?」


「知らないわよ。で、そいつ動かせそう?」


「まあなんとか。うわ、結構へこんでる。ちゃんと閉まらない」


〔キャノピーの歪みくらいは勘弁してほしいわ。慎重にやるほど余裕は無かったのよ〕


「由香は?」


「一応習いましたし基本操作はライトでもヘビィでも共通だから。でもアスカが乗ったほうが」


「この中で生身でも一番戦えるのは私でしょ? あんたらが外で引っかき回してる間に人質を逃がして回るわよ。心配なら派手に暴れてちょうだい」


〔ウス。じゃあ、もう1機調達しますか。あと何機でしたっけ?〕


〔全部で12。つまり残りは10機。まだお代わりはたっぷりよ。それぞれの位置が離れてる間に各個撃破しましょう〕


「4対2を5回ならあっという間ね。頼んだわよ」


 隊長らしい男の持っていた拳銃を確認していたアスカが鼓舞を兼ねて大口を叩き、AT組に発破をかける。


 ATに跳ね飛ばされた際に小銃は男と共にダメになっていた。


 どちらが轢いたかなどどうでもいいことだろう。あるいは男の近くにいた敵の2機が、混乱の中で味方を轢いたかもしれないのだから。


 ここから、5人の少女たちの反撃が始まる。

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