第213話 サガ基地の問題児? ミミィ・ヴェリアン

 いいかげんクッソ眠いこともあって仮眠を取った。CARSワン17セブンティーンはCARSの車両としてはローエンドモデルらしいが、中坊2人くらい体を伸ばして寝るスペースは余裕である。


 就寝場所にCARSの車内を選択したのはまあ用心だ。サガ基地はちょっと勝手が判らねえし、といってここから外のホテルに泊まりに行くのも面倒だったからよ。


《2時間ジャスト。おはよう低ちゃん》


(おはようスーツちゃん、外はどんなもんだい?)


 適度に空調が効いた車内には基地から持ち込んだ災害時用の毛布を被った先町ノブヨ、いや、先町テルヨだっけ? とにかくサイタマ学園で学年が1コ上の知り合いがまだ眠っている。寝息の調子からするとまだまだ深いところでグッスリだろう。先日の騒ぎでかなり疲れただろうしな。


《現在午前5時32分。外ではATの残骸や不発弾とかの危険物の跡片付けは終わって、だいたい落ち着いたところだネ。ちなみに朝日が昇るのはまだ1時間くらい先かナ》


【おはようございます玉鍵様。ご気分はいかがでしょうか?】


 先町がまだ寝ている事を考慮してか、車内モニターに文字のみでそう表示したワン17セブンティーン。おまえホントによく出来てんな。どんな学習させたらこんな気遣いができるAIになるのやら。


「おはようワン17セブンティーン。まだ眠いがそれ以外はまあまあさ。このホテルも寝心地がよかったしな」


 まー底辺のカプセルベッドに比べりゃどこでも高級ホテルだがね。なんと言っても臭くねえ。あそこはどのベッドも何年も洗ってない獣みたいな臭いだったぜ。


【光栄でございます。出来れば玉鍵さまのためにハイエンドモデルのCARSを手配いたしたく思いましたが、暴走車扱いとなったわたくしのネットワーク復帰の手続きはいささか面倒でして。どうしてもお時間を頂戴するしかありませんでした】


「知らんハイエンドより一緒に戦ったおまえがいいさ――――みんなをよく守ってくれた、ワン17セブンティーン。ありがとうよ」


【こちらこそありがとうございます。玉鍵さまにそのように言っていただける事はわたくしにとっても喜びです】


 社交辞令もうまいもんだ。学習させたAIのほうが人間なんざよりよっぽど善良な社会人らしいってんだから困ったもんだぜ。こんなん見せられると、どうしても昨日の大日本残党のタコどもと比べちまう。


《コンディションチェック……脳は正常だけど右手はまだ完治してないネ。あと2時間くらいはアゴを割るような勢いで殴ったりしないように》


(へーい。寝不足のイライラもあって勢いだったんだよ)


 こんだけ騒ぎを起こしたクセに権利だ法律だ弁護士だと、自己保身だけに全力全開の物言いにあんまり腹が立ったから、つい長官室にあった備品掴んで1人残らずアッパーくれちまったわ。


 てめえらの命令のせいで何人死んだと思ってる。殺した側が言うこっちゃねえがよ、口が出せないぶん手が出ちまった。


 反射で重い物を手にしてから殴るとかさすがアマゾネスだって、スーツちゃんに突っ込まれちまったな。


 まあなんも言い返せねえ。ひとりで勝手にキレて拳を痛めちまった。ただ女蛮族アマゾネスじゃなくてそこは男蛮族バーバリアンにしとけ、中身は野郎だ。


(訓練ねーちゃんたちは夜通しで基地内部の立て直しと人事の掌握か)


《暫定的なトップとして治安隊長してるヒゲのお爺ちゃんを筆頭に隊員たちが協力してるみたい。マーほぼ軍事クーデターみたいな流れだったしナ。混乱は軍事力のある部署が鎮めるのが自然ジャロ》


(あの爺さんか。整備長のジジイやトカチの婆さん議員といい、最近はファンキーな年寄りが多いなぁ)


 さすがに無抵抗の相手に暴行は文句を言われるかと思ったが、一緒に来たブーメランみたいな髭をした治安隊長の爺さんはそれを見ても、すげえ良い笑顔で『私は何にも見なかったぞっ! もう1発くらいなら見逃すだろう』とか平気で言ってたっけな。


 それ言ったらS課のカトちゃんも『この程度ならどうとでもしておきますから大丈夫です』と言ってたがよ。こっちはむしろS課の闇を感じてオレのほうがヤベエと思ったわ。S課って暴走し出したら一番怖い組織かもしれん。


「そろそろ出るよ。顔洗ったらねーちゃんのところに寄ってくから、先町は起きるまで寝かしておいてくれ」


【かしこまりました。次はローエンドモデルにも車内泊されたお客様用に洗顔セットを常備するべきだと本社に提案しようと思います】


「ははっ、それはやめとけ。こんなこと何度もあったらたまんねえよ」


 ドアをそっと開けて外に出る。


 基地の駐車場はまだ深夜のような暗さで、さすがに明け方目前ともなると空気にも蒸し暑さは感じない。ここから日が昇るにつれて気温が急激に増していき、サガの日中は年中30度を超える暑さになるという。


 夏場に至ってはたまに40度越えになるってんだから、よくこんなとこで生きてんなサガ都市民。サイタマが涼しく感じちまうぜ。


「ねーちゃんとこ行く前に軽く飯でも入れるか。基地の有料休憩所ならオレでも食えるマシなもんがあるだろう」


 まだサガ基地のイロハがわっかんねえから実は無いかもだが。そんときゃ飲み物でも飲んでサイタマに戻るまで誤魔化すしかねえなぁ。


《サガの名物は昔だと海が近いからイカとか、畜産していた佐賀牛だったみたいだネ。まー今ではS産の高価なものか、それっぽく加工した合成食品を昔の料理の見た目にして『〇〇風』的な名目で売ってる商品が多いみたい》


「金持ちが良いもん食って庶民がいまいちなもん食うのは昔からさ。今やどの都市に行っても高級品と言ったらご当地品よりS産だろ。ホント旅行に楽しみがねえわ」


 体調の確認がてら腕を回して首を捻ってとやりながら駐車場を歩いていく。サイタマの時もそうだったが、どこもかしこも広いから歩きだと時間が掛かってしょうがねえ。


「血痕がけ、んん゛、かなり残ってるな」


《血痕がけっこうと言いかけましたか低ちゃんや》


「言い切ってねえからセーフだ。服も適当なの調達するか。さすがに白だと血の染みは目立つ」


 力士君たちが血相変えて医療室だ病院だとうるさかったしな。こっちはいいかげん眠いから治療よりさっさと寝かせてほしかったぜ。この姿のままで会ったらまたうるさそうだ。


 スーツちゃんの擬態したこの衣服には本来汚れなんて付かない仕様だ。だがさすがに操縦席に血痕があるのに白ジャージが真っ白ってのも不自然だから、あえて付着さているんだとよ。それだったらいっそ最初から変色の目立たない地味な色にすりゃいいのに。白ジャージは見栄えがするだなんだと聞きゃしねえ。


《先生っ、サガは暑いから若い子ほど薄着が主流DEATHッ》


「そーかい。なら上は半袖のシャツ、下はジャージを学校指定とします」


 ハワイに行ったときみたいなハーフパンツでもいいな。ちょっとダボってるやつなら通気性もいいし履いてて楽だろう。


《なんでや! せっかく浜のある都市なんだから、チューブトップに前空きのショーパンとかのイケイケ浜女子ルックでCOOLにキメようゼ!》


「この胸でチューブトップなんぞ付けたらズリ落ちただけのハチマキにしか見え――――なんか女の声が聞こえねえ?」


 さすがに都市ともなれば朝も環境音でまあまあうるさいほうだ。だが戦闘後の片づけを続けている無人重機の音に混じって、女がべえべえ泣いてるような声がかすかにだが流れてくる気がする。


 女の悲鳴や泣き声は古来の危険信号だ。だから男の悲鳴よりずっと人の注意を引く。それこそ耳障りなほどに神経にくるのが人類の女子供が獲得した、泣き声というSOS。


《あれじゃなイ? 擱座した状態のまま1ミリも動いてないみたいだし》


 ここから遠いし動いてる重機の陰に隠れていたのもあって注意を払ってなかったが、指摘されて見た方向には見覚えのあるピンクのロボットが膝立ちの姿勢で停止している姿があった。


 動力部をパイルで貫いたことで完全に機能が止まったために、なんとも半端な姿勢で止まってる。バスケがしたそうな恰好とでも言えばいいかねえ。


「なんだよ。マジで放ったらかしか。あれから4時間そこらは経ってるだろ」


 オレが睡眠を取ったのはキッカリ2時間。しばらく基地のゴタゴタを治めるのに付き合ってもう2時間。移動とかの細々した時間も含めれば5時間近くそのままってことになる。居住性の悪そうな小型機の中で、しかもエアコンも何も動かない状態で5時間カンヅメはたまんねえだろうな。これがサガの日中だったら蒸しあがっちまうぞ。


「しょうがねえなぁ」


 無人重機は近くに人がいると警告を出して一時停止する。停止状態が長引くと通報されちまうからチャッチャとやるか。


 ひとまずできるだけ重機の邪魔をしないようピンクのロボットの上にでも登って、操縦席のある辺りをカンカンと叩く。


「おーい」


「っ! だ、だずげでぇ! ハ゛ッチ、はっち゜゛が開か゛な゛い゛の゛!」


 緊急開閉装置なんてもう試してるだろう。となると外部から開けるしかねえ。小型のロボットだから操縦席に近いところにスイッチがあると思うが――――ああ、これか。手動なのに動かねえな。


 チッ、歪んだ装甲が風防キャノピーのパネルに噛んでるのか。そのせいでリジェクト機能が働かないようだ。


「人の力じゃ開けられねえぞこりゃ」


 引っかかってる装甲を割る工具がいる。なまじ丈夫だとこういうことがあるんだよな。オレもBULLの時に溶けた装甲のせいで閉じ込められたことがあるぜ。


「う゛え゛え゛え゛え゛えーっ!!」


ったねえ声で泣くなぁ、おい)


《アンモニア臭を検知。色々と絶望した後なんだろうネ》


 そりゃご愁傷様だ。ションベンで股や尻がかぶれてなきゃいいな。あ゛ー、ここからこっから基地まで行って工具を借りて、んでここまで戻って開けるとかクソ面倒くせえわ。


「いっそ重機のほうを借りるか」


 ピンクから降りて、ちょうど近くで作業していた人型重機オートドーザーに乗り込みマニュアル操作に切り替える。基地に属する重機だから事後承諾でいいや。どうせ基地内もゴタゴタしてて今なら細かい事は言わないだろう。


《エイリアンをタコ殴りにできそう。こういう雑なロボもスーツちゃん好きデス》


(どっちかというと涙も枯れるほうじゃね? あれの作業用の小さいのにそっくりじゃん)


 エイリアンのほうは体で動かす強化外骨格みたいなタイプだったろ。こいつは安物の固い椅子に座って、ワチャワチャと生えてる大量のレバーで動かすタイプだ。


 まあこういう野暮ったいロボットってのも味があるよな。あんま用がないのについ欲しくなる庭用の小っさい重機とか、農耕機トラクター的な魅力があるというか。


「重機で風防キャノピーをこじ開けるから動くなよ!」


 簡素な3つ指型のゴツいマニュピレーターを動かして、歪んでいる装甲に押さえられていた開閉機構を開放する。するとバネ仕掛けのような勢いで風防キャノピー兼用の胸部装甲が開いた。すでに作動していた緊急開閉装置が、引っ掛かりが無くなった事で一気に開いたんだろう。


 中に乗ってたのはピンクのロボットと同じカラーリングのパイロットスーツを着たガキだった。腰の後ろからコードが伸びてるのはATの視覚用ゴーグルについてるコードみたいなもんか? どうでもいいか。


(このガキに怪我はあるかい?)


《特に無いと思うヨ。戦闘でもガッツンガッツン激突したりはしてなかったしネ》


 ならもういいか。ションベン漏らした姿なんざ人に見られたくもないだろう。パイロットなら後は自分でなんとかしな。


「今なら人も少ない。近くのシャワー室にでも飛び込むんだな」


 のろのろと自機を降り出したピンクのパイロットを見てオレも重機をオートに戻して降りる。においはともかく下は黒だから漏らしても跡が目立たないのがせめてものだな。


(おまえも余計な仕事をさせちまって悪かったな、お仕事がんばってくれや)


 再起動したあとは黙って所定の清掃作業に戻っていく人型重機オートドーザーに軽く手を振ってその場を離れる。人間と違って健気なもんだぜ。


(スーツちゃん、ここから近い売店のルートって分かるかい?)


 サガ基地はサイタマみたいな複数の基地が密集したトンチキなところではないようで、ひとつの基地がとんでもなくデッケエ空母みたいな形をしているようだ。都市が海に近いからかねえ。


 下から見るとほぼ横倒しの高層ビルか何かに見える。デカすぎて目測では物体の大きさが正確に把握できねえわ。


《洗顔が先じゃないの?》


(先に洗顔道具を買っちまおう。それにこんだけデカければトイレなんて歩いてる途中でいくつも見つかるだろうしな……あー、それはそうとだ、このガキもしかしてオレについてくる気かねえ?)


 振り返って見たわけじゃないが、後ろからトボトボという感じの足音と陰気な気配はする。


《こっちも基地の入り口で一番近いところに向かってるわけだシ、勝手が分かってるこの基地のパイロットなら同じ入り口に向かうんでない?》


(ああ、そりゃそうだ。考えすぎだったな)


 基地に内接された売店では基地関係者用にいろいろと売っている。洗面道具や着替えの下着、スポーツウェアなんかもだ。平日は20時までで、出撃日の前日となる土曜から月曜まではパイロットの需要が多いため24時間営業となる。


 昨日は平日だから閉まってたんでオレもそろそろ下着を変えたい。あとはジャージもな、買った後でスーツちゃんにモーフィングしてもらえば新品でも不自然じゃなくなる。汚れ物を突っ込んどく旅行バッグもいるか。


《ほうほう。それで低ちゃん、いつもよりゆっくり歩いてるのはなんでかナ? 先導するみたいにサ》


(それこそ考えすぎだ。他意はねえ)


 顔を洗いたいやつとシャワーを浴びたいやつ。だいたい行き先が一緒なだけさ。








<放送中>


「ありがとう……」


 シャワー室まで付き添い、売店で売られている簡素な下着やシャツ、サンダルまで用意してくれた白ジャージの少女にミミィ――――ミミィ・ヴェリアンは素直に感謝した。


「これで自分のロッカーまでは行けるな? じゃあ」


「ま、待って! 待ってよぉ!」


 素っ気なく去ろうとする少女にミミィは慌てて引き留めようとするが、すぐに今の自分の状態・・を思い出し彼女に縋りつくのはさすがに躊躇われた。


「他に何か用か? その着替えはやる。代金はいらない」


 素っ気ないが冷たい声色にも思えないという不思議な声質をした少女は、ミミィの引き留めに一応という感じで立ち止まった。


 例えるなら救助隊員が要救助者に対応するような態度とでも言えばいいだろうか。ミミィを心配はしているが、どことなく義務感からくる活動という面持ちだった。


「あ、あなた、ATに乗ってた人だよね? 私と戦った」


「そうだ」


 即答されてミミィは困った。そもそも引き留めたこと自体、考えがあってのものではない。ただ湧き上がる複雑な気持ちから衝動的に呼び止めてしまっただけだった。


 感謝、尊敬、恐怖、疑問、嫉妬、恥辱、興味。


 頭の奥で様々な感覚が綯交ないまぜになったまま、感情に突き動かされるように次の言葉を探す。でなければまたこの少女はさっさと目の前からいなくなってしまうとの焦燥感によって。


「えっと、玉鍵たま、さんだよね? ワールドエースの」


「ワールドかは知らないが、Sワールドパイロットをしている玉鍵だ」


「やっぱり。どうりで強いわけだぁ。ATで私のレイザーに勝つなんて……」


『ワールドエースの玉鍵たま』。


 それはSの関係者でなくても今や世界中に名が轟く有名人中の有名人の名前。ミミィとてパイロットとして顔を知らなかったわけではない。この質問はなんとか話を続けなければという気持ちから出た時間稼ぎである。


「用件は?」


「え? いや、あの、た、助けてくれてありがとう」


「礼はもう聞いた。もう用は無いんだな?」


「おおおお、お礼をさせてほしいなって」


 これはミミィにとって本心から出た言葉。


 機能を停止したコックピットの中で、どれだけ叫んでも救援が来ないまま真っ暗の中で過ごす時間は徐々に強い恐怖となってミミィを苛んだ。そのうえ中学生にもなって羞恥を感じるような事になってしまい、もはやサガのシミュレーションランク上位のパイロットとして強がることも出来ずに泣くしかなかった。


 まして近くに来た作業員らしき大人たちの嘲笑を聞いてしまっては。


 パラディンメイルは気密性というものが無い。それもあって外の様子は音という形でミミィによく聞こえた。そしてこれは外からしても同様であり、ミミィの助けを呼ぶ声とて作業員たちには聞こえていたはずである。


 だが彼らはミミィの乗る擱座したレイザーエッジに近づこうとはしなかった。中から助けを呼ぶミミィの声に応えることさえせず、ただ侮蔑を含んだ大きな溜息をついただけだったのだ。


 その後は重機の稼働音ばかりが周りを包み、ミミィは騒音の中でこのまま機体ごとスクラップにされるのではないかと恐ろしい想像をしてしまい、ついに耐え切れず大泣きすることになってしまった。


 そんな真っ暗な絶望の中で聞こえてきたのが目の前の少女、玉鍵の声だった。


 玉鍵は殺しあった自分を助けてくれたばかりか、一言も恩着せがましいことも言わずに漏らした自分を無言で手を振ることで『ついてこい』と先導して、人に会わないよう気遣いながらシャワー室まで連れて行ってくれたのだ。さらに着替えまでも用意してくれて。


 人からは幼稚・無神経と言われがちなミミィだが、精神的にボロボロの中でここまでされては感謝の念のひとつも湧き上がるというもの。幼稚なりに言葉以外で何かしらお礼がしたくなったのである。


 しかしそんな良心的な情熱を感じているミミィに対して、玉鍵はそれまでの素っ気ない素振りよりも明確に、すっと冷淡な表情を見せた。


「――――じゃあ礼代わりに答えろ。まだ治安の負傷者がいた場所で、どうして巻き込むような真似をした」


「……あれは、あれは攻撃がぜんぜん当たらないから、ムカっとして――――どうせ大人だし。ミミィたちパイロットの事なんて、なんとも思ってないやつらだから」


 サガ都市において若いパイロットと大人の関係はよくない。


 学生たちは自分たちが都市のために稼いでやっているという自負があり、それもあって自分ではSワールドへ向かえない大人たちを下に見ているパイロットは少なくなかった。


 対して大人たちも特権階級的なパイロットの立場をかさにきて、高圧的な態度をとる子供が気に入らない者が少なくない。


 ただし大人たちの中にも少年少女のパイロットらを『鵜飼いの鵜』のように、資源を手に入れてくるだけの下層労働者としてしか見ていない者がいて、その軽視した態度が子供に透けて見えていたために強い反発を受けたという側面がある。


 いずれも発端は一部の心無いパイロットと大人たちとの確執が始まりだが、気付けばサガ基地全体の因習としてパイロットは大人たちを軽視し、大人たちはパイロットに冷淡という悪循環が生まれてしまっていた。


 そしてこういった狂った流れに異議を唱えることは、往々にして集団の中の異端者としてのけ者にされることを意味する。人の社会においては正論こそ悪かのように扱い、おかしい事ほど抜け出せないことが稀にあるのだ。


 こういった偏った価値観の中で繋がれてきたサガのパイロットの気質に触れたミミィは、生来の素直さと幼さもあってサガ基地の因習に染まってしまったのである。


 すなわち、戦いの中で大人たちの命など気にかける必要はないと。


「そうか。ならそれでいいさ」


「サイタマは違うの?」


「昔は知らないが今のサイタマや第二はサガよりまともだ。味方を巻き込んでも構わないなんてことはない。だから大人もパイロットが閉じ込められたら助けてくれる」


 サガ都市に生まれてサガ基地の流儀しか知らないミミィにとって、玉鍵から聞かされた他都市の学生パイロットと大人たちとの良好な関係はとても意外だった。


 カルチャーショックと言ってもいい。都市間の移動がままならないこの世界において、他の都市とは同じ国にあってもその環境や常識はもはや別の国に近いからである。


「聞きたい! 私その話聞きたい! たまちゃんさん、もっと他の都市の話を聞かせてっ!」


 たまちゃんさん? と首を傾げた玉鍵に、とっさに逃がしてなるものかと縋りつくと彼女は思わずという感じに腰を引いた。さすがに今のミミィの下半身に触れたくなかったのだろう。


「わかった、わかったから。まず洗って着替えてこい」


「じゃあたまちゃんさんも! ねっ? ねっ?」


 必死に縋り付くミミィ根負けしたらしいに玉鍵は朝食の間だけ話をする事こそ了承したが、一緒にシャワーを浴びることは最後まで拒否した。


「すぐ出るから待っててね!? 絶対だからね!」


「近くの有料休憩所で席を取って待ってるからしっかり洗え。スーツもちゃんと専用のクリーニングに出してから来い。そのままほったらかしだと最悪なことになるぞ」


 ここで待っていてとお願いするミミィに『子供が夜にトイレに付き合ってと言うようなもんだ』と一蹴した玉鍵は、手をヒラヒラさせるとさっさと行ってしまった。


「も゛ーっ、いじわるぅー!」


 このまま追いかけたい衝動とシャワーを浴びねばという葛藤からその場で地団駄を踏んだミミィは、仕方なくスーツを走りながら脱ぎ散らかすような速さでシャワールームに急いだ。


 玉鍵たま。誰もがギスギスしていて他人をこき下ろすのが当たり前のサガのパイロットと違い、彼女はミミィにとって実力でも人柄でも心から尊敬できる、初めてのパイロットだった。

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