第212話 ブチ抜け! パイルバンカー!!
獲物の隙を伺うように高速で旋回するロボットを追い掛けるには、ショートバレルのマシンガンでは弾速が不足気味だな。
それに連射するとどうしても反動で5発のうち2発は大きく外れる。銃身が短いぶん弾道も安定しないから散り放題だ。
――――ワールドなんちゃらと言われたって、思考加速してない状態ではこんなもんだ。この体じゃなかったら残りの3発だって外れてるだろうよ。
(30秒くらいはもう経ったと思うけどまだダメか?)
《あれはギリギリのギリギリ、やらなきゃ死ぬっていう緊急の場合の時間。ホントだったら今すぐ安静にして寝てほしいくらいだヨ。今日はもう思考加速は禁止デス。これはそのための作戦でショ?》
まあな。最初から射撃で落とそうとは思ってねえし、嫌がらせには十分か。
RE.<も゛ーっ、うっとうしいうっとうしいうっとうしい!>
腐ってもS技術で作られたロボット。あんな華奢なフォルムでもよほど脆い場所でもないかぎり、こんな豆鉄砲では有効打になりゃしねえ。
ブンブンビュンビュン、ハエみてえに周りを飛びやがって。鬱陶しいのはこっちのセリフだぜ。
(チッ、駄目だ。さすがに
《弾の残ってそうな敵
(使いかけなんだからしょうがねえか。最悪はハンドロケットガンでもソリッドシューターでも、弾が飛ぶもん何でも拾って
実体弾を使う銃火器の距離からくる威力の減衰・命中率悪化は明確だ。ロケット弾なら威力は飛距離にあまり関係無いが、ただでさえ弾の遅いロケットは空の敵になんて当たるもんじゃねえ。
せめてもっと距離を詰めたいところなんだが、あいにくこっちは陸戦機。相手に空を飛ばれたらどうにもならん。
――――ましてこっちが望む戦闘位置に、それとなく誘導するとなればなおさらな。
向こうが近接しか振ってこないブンブン野郎なら、そのうち突撃してくるから普通は待ち構えりゃいい話。
けどピンクが基地に向かったねーちゃん側に色気を出さないよう、こうして意識を引き留める必要があるから二重にめんどくせえ。
まあ大して効かないと知っていても『背後を見せたくない』とプレッシャーを感じさせるためには、ガンゴンとうるさい音と衝撃を伴う命中弾の恐怖を操縦席の中で感じさせるのが一番だ。
そのためにも黙って撃つべし撃つべし、ってな。小さいロボットは内部に打撃音がよく響くんだぜ? 計器のちょっと向こうはもう外だからなぁ。
RE.<っ……>
通信越しにわずかに漏れ聞こえた呼吸音の調子が変わる。これは来るな。
《旋回に軌道変化の予兆。ボチボチくるゾイ》
(あいよっ)
パイロットという職業にとって、一方的にボコボコ当てられる心理的なストレスは最悪に近い。人生経験の浅いガキにとっちゃ特にだ。冷静に我慢なんざ出来ねえよ。
RE.<行っけえーっ、レイザァァァ!>
ついに隙を伺うのを諦め、安定していた旋回軌道を一気に歪めて飛び込みを選択したピンク。
あまりGの掛からない大回り軌道からの急激な負荷により、声の調子が荒くなったのが分かった。
(オープンで通信を飛ばしてるから、口調でコンディションが筒抜けだぜ)
オレにとっても飛び込みは願ったりだが、二振りの実体剣を携えたピンクのそれは嵐みたいな近接戦の開始を意味する。
《ふわふわ系が急に荒い声出すのはスーツちゃんの性癖に刺さりません。出直して参れ》
(いや、作戦通りだろ。仕切り直されたら困るわ)
飛び込みの勢いを付けた大振りの1撃を、刃の腹にタラウスの腕を擦らせるようにしていなす。
元の動作はATでの決闘で使った
RE.<この! このっ! このぉっ! むかつくぅ!!>
1手の違いでロボットの手足がぶつかるような距離での切り付けの連打。
それをターンスパイクによる踏ん張りとホイールによる急旋回、そして1歩から半歩のほんのわずかな位置移動を駆使して、ギリギリで刃の死角に入り込み続けること4手。
――――だが思考加速なしのオレではここまで。
この体の中身、オレは経験があるだけのロートルでしかない。そもそも敵の攻撃を何手にも渡って読み切るような、チェスや詰将棋じみた
いかに脳が優秀でもそれを使ってるオレ自身が、思考加速のチートと自分の経験に頼っていて、あまりその辺は訓練していなかったともいえる。
5手目。攻撃されるがままのプレッシャーにひりついたのはピンクだけじゃなかった。
(ヤベッ)
敵に攻撃されるだけの状況にイラつき、つい色気を出して敵の振り終わりにマシンガンを撃とうと突き出したところをナックルガード部分の刃を使って強引に銃身を切断された。
RE.<あっはぁ!>
ついに自分の攻撃が命中したことで、ピンクが露骨なまでに高揚した声を上げる。
そしてこういうタイプは状況が自分の思い通りになるほどに、どんどん調子が上がる人間だ。
イラついていた荒い声が一転、上機嫌になっていつもトドメに使っているらしい中二臭せぇ決めセリフが飛び出す。
RE.<クイズでぇーすっ、今からあなたはどうなるでしょー?>
――――
ならばもう相手にせず、基地に向かった独裁者の仲間を追うか?
いいや、時間なんて数秒の違い。ここで放置したら別の武器を手に入れて再び妨害してくるだろう。
だったらここで殺してしまうべき。何よりも、私のプライドを傷つけた報いを絶対に与えねばならない。
できるだけ残酷な処刑法で。
RE.<答えは――――首チョンパだーっ!>
――――って、ところかクソガキ?
最後に振られたのは横薙ぎの1撃。AT内のパイロットの位置を装甲越しに推測し、おおよそ人の首がくるだろう位置を横から刈り取る。
振りは外側からテトラポットに向けて、ATを挟み込むように。
ただの
おまえは途中からそう閃いたんだろうな。
基地前に置かれた数多くの
戦闘の最中に決め打ちで操縦棹を畳み、タラウスを降着姿勢にする。
直後に機体と同じ色に塗られたピンクの実体剣が走り抜け、ATの
大量の細かい破片と部品の残骸が宙に舞い、丸出しになった操縦席の中で夜風というには乱暴な空気の流れを感じた。夜も蒸し暑いな、サガは。
刈り飛ばされる瞬間、タラウスを降着姿勢にしてさらに操縦席内で上半身を寝かせていなかったら、中身のオレごと肩口あたりからバッサリだったぜ。
躊躇いなくガッツリと振り抜き、頑健なテトラポットさえも切り裂いたピンクの刃。
それはつまり、『近接武器を思い切り振り切る姿勢』をロボットにとらせたってこと。
……スーパーロボットの近接兵装、特にソード系の取り回しなんかはまんま人間の剣術を参考にしたアクションが多い。
ちょっと刃部分に触れればいいだけの、例えばレーザーや高周波なんかの切断に押し引きの必要ない技術を使ったものでさえ、恰好良さを意識した構えや振り方が入力されていたりする。
ようするに、剣を振る勢いに負けないよう姿勢を安定させるため『足場をガッチリ踏みしめる』ポーズを取るんだわ。
これまでの攻撃で分かっている。こいつもまたチャンバラやってるアクションだと。連続攻撃で見栄えは良いが、動きをひとつひとつ分解してみればカッコつけの隙だらけ。
細身のシルエットを持つ7メートルロボットが、剣を振り切った剣客のように腰を捻ったポーズを決める。
カメラこそ吹き飛んだが、それ以外は動くことに支障が無い敵の前で。
柔軟な
ゴーグル越しに見えた急所。側面の弱点を完全に丸出しにした、その部分へ!
「パイル!」
わざわざ左にマシンガンを持ち変えたのは、こいつを使うためだ。
右腕に装備した奥の手。液体火薬の爆発によって生じるジェット噴射によって加速されたパイルバンカーを放つ。
ただし敵は全高7メートル。こっちは全高4メートル。
――――必要なのは打点の高さ対策。
防御が弱いと言っても敵はSのロボット。現実世界の現実の技術で作られた
――――必要なのは狙いどころの吟味、威力の補助。
何より脚部に付けられた
――――だから直前で付けてやったよ、降着姿勢を取るついでにな!
ATに降着姿勢用を取らせる脚部のこのギミックは、高所からの落下の衝撃を抑えるサスペンション的な使い方もする強力なもの。
ATもやろうと思えばジャンプだって出来るのさ。
これぞ春日部との戦いでやった、飛び上がりのアッパーカット。ただし今回はその場で回転して打撃も斜め、おまけでクソ痛い杭打機がついてるぜ!
《タカパァッ》
(なんじゃそらっ?)
《竜に負けて復讐を誓った虎の出すアッパーでおます。SEの制限でこんな感じに聞こえるんだよネ》
(さっぱり分からん)
《上下に撃てる飛び道具のほうなら『タイガーッ』って聞こえるんだけどナー》
(その話、まだ続くんです?)
まあスーツちゃんがバカ話はじめる程度には、この場の脅威が去ったってことだろう。
ピンクのロボットは力なく項垂れたような形で停止していた。
爆発やら放電やらの派手な事は何もない。機械の破損なんてものは普通こんなもんだ。炸薬や可燃性の燃料に火がついたら別だがね。
脇腹から斜め上に、ピンクのロボットの胸部を撃ち抜く形で放たれた鋼鉄の杭は確実に動力中枢を貫いている。
どんな凶悪なロボットもエンジンが壊れればデカいだけのお人形。
(想像以上に脆かったな)
《ただでさえ脆いロボットなうえに、そういうカスタマイズだしネ。高火力紙装甲。ゲームならそれでもいいだろうけど、現実に乗ったらこんなもんだヨ。ミスひとつですぐ沈んじゃう》
そもそもロボットは精密機械。ちょっとしたパーツの破損でも致命傷になる部分がいくつもある。
まして7メートルそこらの小型機では、ダメージに対する柔軟性はあるまい。
機械も生き物と一緒だ。象にナイフを1度刺してもまず死にはしないが、ネズミにナイフが刺さったらそれで終わり。
体のサイズはそのまま耐久力を担保してくれる。体躯が小さいほどダメージに弱いものなのだ。
(……操縦席はギリ外したつもりだが、どうだ?)
思考加速の使えない状況で余裕のよの字も無かったが、ガキを殺すのだけはさすがにな。
懲りずにまた来たら今度は手足の1本でも貰う事になるだろう。怪盗のボーイとかいう野郎みたいによ。小娘を義手義足にするのは偲びねえから大人しくしてほしいもんだ。
《敵機、動力破壊により機能停止。無力化を確認。パイロットは無事》
(そうかい)
《訓練では思考加速をしないで戦ってたのが功を奏したかナ?》
(さあな。シミュレーションだとだいたいガツガツやるだけだから、こういう絡め手はあんまり訓練できねえし。ま、今日までの経験が生きたってトコか)
わざわざテトラポットまで引っ張ったのだって、ピンクの攻撃方向の限定と、とっさの横っ飛びを防ぐためだ。
天才肌の閃きによる状況対処は、凡人にとっちゃチートそのものだからな。物理的に出来ることをひとつひとつ潰してやるしかねえ。
「誰かぁー、出してぇーっ。キャノピーが動かないのぉー」
(パイルの穴のせいか? 外までパイロットの声が聞こえら)
《もともと気密がスッカスカだからじゃない? この辺りの仕様はATと良い勝負じゃないかナ。人命軽視と引き換えに低コストでもそこそこ高性能を実現したみたい》
このパラディンメイルとやらは個人のカスタムに関わらず、本来は空、それもごく低空を戦闘フィールドとして想定しているロボットらしい。
スーツちゃんの言うように気密性が皆無なので、高空なんか飛んだら酸欠や低温で苦しむことになるし、水に落ちたらあっと言う間に浸水するようだ。
(むしろ陸地さえ高温や低温の地域はキツいかもな。エアコンの効きも悪そうだ。っと、このロボットの話はもういいや。ねーちゃんたちの援護に行かねえとな)
切断されたマシンガンの代わりに適当な武器を拾う。基地の様子を見る限りおかわりは無さそうだが念のためだ。乗り換えはいいや。
サイタマと違って海が近いからか、夜風に乗って潮のにおいがかすかに香る気がするな。オープンカーに乗って街道を走ったらこんな感じかねえ。ま、この場は焦げた金属の臭いのほうが強いがよ。
AT使いが荒くて悪いなタラウス。この際だからもうちょい付き合ってくれや。
ピンク、おめえは治安の隊員にでも引っ張り出してもらうんだな。てめえが平気で巻き込んで殺そうとした人間たちによ。助けてもらえればな。
「まっ、待ってくれ! あんた!」
あん?
<放送中>
車両ごと建物内にダイナミック駐車をした加藤たち。
基地内部に入って10分と経たぬうちに、おおよその大日本シンパの職員を制圧した彼女たちは、彼らのトップであるサガの権力者たちが立て籠もる長官室へと突き進む。
「S・国内対策課です! こちらの職務の妨害をした場合、身分・国籍・年齢を問わず重い罪に問われる可能性があります。道を空けなさい!」
S課の身分証を提示し、有無を言わさぬ鋭い口調で基地内へと切り込んでいく加藤。
最低限ここに居残っていた保安の職員たちは、S課という単語を聞くとほとんどの者は手にしていた自動小銃を下ろさざるを得なかった。
「――――次に来る保安、発砲する職員がひとり。3人目に見えた人です」
中にはS課であると知っても攻撃をしようとする者もいた。
それらの人間は保安に就職している権力者の縁者や、金を積まれて組織内における意思決定の誘導を大日本有利にしていた者たちである。
「動くな! 手を頭の上に! 膝をつけ! 次はボディアーマーの無い場所を撃つわよ!」
車内にいる間にわずかに見えた直近の予知によって、敵の未来の行動を知っている先町テルミの警告は役に立った。
事前にターゲットが分かれば危険を冒して先に撃たれるまで待つ必要はない。
天野和美の持つ拳銃による銃撃で、大日本のシンパだけが銃を構えた直前に次々と撃ち抜かれていく。
「狸寝入りは通用せんわい!」
さらに反抗の意思があるものをオーラの色で見抜ける大石大五郎は、テルミの予知や天野の監視の目をくぐり抜けた敵へと突進する。
無抵抗のフリをしている者や、射撃を受けてもまだ抵抗を続ける気力のある騙し打ちを狙う者たちを、柔道仕込みの強烈な足払いからの投げ技で床へと叩きつける。
〔こちらの映像はCARS
随伴するCARSのドローンによって記録された映像は、国際的な裁判でも通用する非常に強力な証拠映像となりうるもの。
これがある意味でもっとも強力な抑止力となって、内心でどっちつかずの者たちを心理的に押さえ込む。
基地の作戦室を抜け辿り着いた長官室前には、すでに権力者の私兵たちによって即席のバリケードが敷かれていた。
「ここまで来て抵抗しても無意味です! ただちに投降しなさい!」
加藤が声を張り上げるが、これは実のところ投降しろと言葉通りに言っているのではない。
正しくは『今さら悪事の証拠を処分するための時間稼ぎをするな』だ。
バリケードの先にある長官室という密室で、小悪党たちのやっていそうな責任逃れに思い至り、つい吐き捨てたといったほうが正しかった。
S課に所属する加藤の身柄を秘密裏に拘束することが出来なかった時点で、サガの権力者たちの落日は確実なものとなっている。
もしこの騒ぎになる前に
だが加藤はここにいて、サガの暴走の実態をこの目で目の当たりにしたのだ。
「……駄目ね。バリケードを守ってる護衛は覚悟の上みたい」
牽制程度であろうとS課に向けて撃ってきたとなれば、これはもう警告でどうこうなる段階ではないと天野は判断する。
久々の実戦で戻ってきた戦士としてのカンも、彼らの纏っている死を覚悟した空気を感じ取っていた。
「子飼いの人間なんでしょう。恩か血か。金以外で仕えている者は説得できません」
遮蔽物に身を隠した加藤も頷く。
権力者というものは金の魔力を知っているが、それと同じくらい金で揺れる人間の下劣さも知っている。
だからこそ古来よりそれ以外の方法で信の置ける護衛を作る。恩を売り、縁者にし、洗脳し、心をこそ縛って都合のよい道具に仕立てるのだ。
「そこまで長く籠城はしないでしょうが、出てきた頃にはさぞ身綺麗になっているでしょうね」
時間を稼ぎ、自分が関わった悪事の証拠を可能な限り消して。
「突入するなら盾に使ってくんしゃい。パイロットならそうそう撃てんじゃろう」
ここまでの事ですっかり覚悟完了した大五郎の提案に、天野は一度大人として冷静になるべきだと思い直す。
その心の機微を感じ取った加藤は、彼の提案を飲みそうになった自分の考えを大人として反省した。
物的証拠があると無いとでは物事のスムーズさが大きく異なる。また誰がどこまで関与し、誰がもっとも責任が重いかの判断も難しくなる。
証拠を消し、証人を消し、自分はさも命じられていただけのような顔でやり過ごす本当の黒幕が残っていたら困る、というのは事実として。
それでも未成年を盾に強行突破など、人のすることではない。少なくとも加藤の上司なら絶対に選ばないだろう。
(これで手柄をあげても、再教育カリキュラムが厳しくなるだけね)
爬虫類のごとき冷血漢めいた顔立ちでありながら、
「加藤さん、天野さん、来ました。たぶん玉鍵さん」
えっ? という表情でテルミが見ている方向を見ると、ちょうど開きっぱなしにしている作戦室の入口から、先程からとは別ベクトルのざわめきが聞こえてきた。
テルミは予知をしたわけではない。外から聞こえてきた人々のどよめきの感じに覚えがあっただけ。
思わず息を飲むほどの美貌と、強者としての格を感じる風格。このふたつが相まって、彼女の歩く先にはいつも驚きと緊張が走るのだ。
「状況は?」
その名は玉鍵たま。いつもの白いジャージ姿の彼女に似つかわしくない大型の拳銃を握っていることに、テルミや大五郎は何か言おうとして結局は口にできなかった。
その
「た、た、玉鍵しゃん! 血がっ!」
「ただの鼻血だ。今はこっちだ」
白いジャージを汚すおびただしい赤に動転し、自らの超能力である
出血はしていても目に力があることを見て取った加藤が手短に状況を説明すると、玉鍵は『分かった』とだけ告げて、止める間もなく遮蔽から無造作に体を晒した。
少女の手には大きすぎる銃を片手に構えて。
4発。拳銃とは思えないほど重い音が室内に響く。天野が『待って』という暇も無い。
その拳銃の威力、どれほとのものか。遮蔽として立てかけられていたバリケードもろとも胴体をブチ抜かれた護衛たちが残らず倒れ伏す。遮蔽越しでも敵が透けて見えていたとしか思えない。
「死んではいないだろう――――ドアを頼む」
玉鍵が振り返って作戦室の入口に短くそう告げると、奥から治安の職員たちらしい男たちが爆破機材を持ってワラワラと入ってくる。
「ぷ、プレゼ――――ああもう、玉鍵さん、彼らは?」
コードネームなどもはや無意味。この少女が姿を晒したら他人の空似などと誤魔化せるわけもない。
「手を貸してくれるそうだ。このバカげた騒ぎを終わらせるために」
入ってきた者の数名の顔に見覚えがあった天野。それも当然、彼らはついさっき戦った治安のAT乗り達だった。
撃破された機体から降りた彼らを、玉鍵たちの戦闘に巻き込まないよう天野の手で離れた位置へ脱出させたのである。天野とて戦闘で殺す結果になる事はともかく、無暗に殺したいわけではなかったから。
「ありがとう。これは返す」
手慣れた手つきで銃のスライドを引いて、残っていた1発を排莢してから手渡した玉鍵。それを受け取った銃の持ち主らしい職員は、玉鍵と銃を交互に見比べてとても複雑そうな顔をした。
「さっきバンバン撃ったの君かよ。これ、子供が連発できる威力じゃないんだけどなぁ……」
もはやATの装甲には通用しなくなったとはいえ、ちょっとした対物用といって差し支えないこの拳銃。チャチなバリケードなど無いも同然の貫通力と、それに見合う強烈な反動を持っているはずであった。
「準備できたぞっ! 下がれ! 下がれ!」
治安隊長みずから仕掛けた壁破壊用の爆薬が点火され、堅牢な長官室のドアを避けて人ひとりが通れる風穴を開ける。
「あの、どうして?」
当然のように率先して乗り込んでいく玉鍵と、それに慌ててついていく加藤。さらに治安隊長らしい年配。
出遅れた事もあって後方の守りとして残った天野は、玉鍵とやり取りしていた中年の隊員につい疑問を投げかけた。
敵として戦い少なくない治安の命を奪った我々に、どうして協力してくれるのかと。
「……まあ、うん。そうなんだが。あんたや、あの子に助けられもしたから……かな?」
治安との戦いの後に発生したパラディンメイルとの戦闘で、玉鍵や天野が自分たちの事も庇っていたのがよく分かったから。
そう言うと男は頭をガシガシと掻いて、『自分もよくわからんのです』と治安職員の口調に戻って付け加えた。
「うちの隊長もあんな調子でして。なにやらずいぶんあの子が気に入ったみたいで。なんせサガのパイロットは世間なんかナメ腐ったクソガキばっかりですからねぇ」
――――数分後、長官室から引きずり出された要人たちはひとり残らず失神した状態で拘束されることとなる。
なお彼らの失神の理由については、天野に加藤と治安隊長からこっそりと説明があった。
ここに至りすまし顔で投降の意思を示し、いけしゃあしゃあと法に基づいて丁重な扱いを要求する要人たちに激怒した玉鍵たまによって、問答無用でアゴを殴り割られたからであると。
天野と中年職員は軽く顔を見合わせると、小さく肩をすくめた。
その気持ちを誰かが代弁したのなら、おそらく全員がこう言うだろう。
まあいいか。と。
後始末はこれから多々あれど。硝煙のにおい立つ長い夜と、短い悪夢を見たサガの暴走はここに終結した。
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