第211話 近接・機動戦仕様パラディンメイル『レイザーエッジ』

<放送中>


 無人送迎車CARSワン17セブンティーンの類まれなる地形把握を駆使した逃走によって、なんとか治安部隊から逃げ回っていた加藤たち。


 しかし逃げれば逃げるほど大きかった包囲網も徐々に狭まっていき、もはや道路を走ることもままならず通常車両が入れないルートで筑後川に掛かる古びた橋の下に潜むしかなかった。


 もちろん外観の偽装などできるわけもなく、治安の捜索が続けられれば遅かれ早かれ発見されることになっただろう。


〔加藤様、お言葉通り治安の動きが大きく変わったようです。これまで分散していた人員の多くが基地区画前に集結しています〕


 追い詰められていた加藤たちに転機が訪れたのはものの十数分前のことである。


 街から花火の爆発のような大量の砲撃音が響いたことで、CARSの中に匿われている加藤たちも異常事態であることは把握していた。それに伴い明らかに追跡者の気配がパタリと立ち消えたことも。


 だが都市の情報規制によってメディアからの情報収集は意味をなさず、かといって手持ちの貧弱な機材では探知の恐れがあるアングラの電子界への接続は危険と判断した加藤によって、目隠しに近い状況を余儀なくされていた。


 高性能を誇るCARSワン17セブンティーンも『暴走を演出』するため社内ネットワークを離れ、スタンドアローンとなった時点で電子界へのアクセスはできなくなっている。


 そんな状況で最後に物を言ったのは、やはり自分たちの目と耳。とはいえ、逃亡者たちが念のためカメラを通すのはご愛敬であろう。


 一匹狼となったCARSワン17セブンティーンだが、その車両には他のCARSと同様に多目的ドローンを1基装備している。


 値段相応に良質なサービスを提供するCARS。100番台の民間ローエンドモデルのため武装は積んでいないものの、これを使って周辺の視覚情報をある程度得ることが出来ていた。

 もともとは治安の追っ手をいち早く探知するために飛ばしていた機材が、思わぬ功を奏したといえる。


「まるで戦争みたい。これってもしかして外国やサイタマが攻めてきたんじゃ……」


 後席で不安気な面持ちでいた先町テルミの言葉は途中で立ち消える。そのもしかしてが起きる可能性は決して低くないと思い至ったからだ。


「心配ないなか。テルミしゃんの予知にもサガが戦場になるようなものは含まれとらんき」


 高級車の広々とした車内でもやや圧迫感を感じてしまう体格を持つ大石大五郎は、努めて明るい声で慰める。


 内心で自分の我儘からテルミを巻き込んでしまった事を悔いるも、それで立ち止まって何かが改善するわけでもない。今は自分が出来ることをしようと仲間の精神のケアに努めていた。


「うん。ありがとう大さん」


 励ましてくれる年上の気遣いに応えてテルミも少しだけ前向きに笑う。


 ――――とはいえ予知能力があるテルミでもすべてを知れるわけではない。歯抜けに見える未来予知の中に、サガ都市が炎に包まれる未来が無いとは保証できないのだが。

 ここから都市を包む戦火によって、自分たちもまた灰塵の中に消える結末も十分にあり得えるのだ。


〔市民会話の盗聴によりますと、どうやらいずこかの勢力がサガ都市に空挺作戦を強行した模様です〕


 都市によって通信規制がされていたとしても完全ではない。


 特に都市民の了解も得ずに鎖国めいた政策を取ろうとしたことは市井の不審を煽り、通信の使用や外出抗議などの治安の命令に従わない民間人も数多く存在するようだった。


「空挺……兵力規模と所属は分かる?」


 暴走しているのはトップだけと考えて電撃的にサガの権力者を拘束、あるいは抹殺に送り込まれた特殊部隊であろうか。


 S課でもそういった現実戦力を保有する都市群はすべて把握していた。


 たとえ法でどう取り繕ったとしても国の違いとは潜在的な敵を意味する。もしものときに備えて奪うための、そして奪われぬための暴力装置は不可欠なのだ。


〔申し訳ありません。情報が錯綜しており断言しかねます。ただ――――〕


 自立したAIに制御される送迎車両CARS。明瞭な受け答えをするはずの機械である彼が語尾に言い淀んだような間を見せる。


〔――――接近してきたのは大型の航空機、おそらく輸送機と思われます。対空砲の発砲音の方向からして西側からの侵入で間違いないようです〕


 侵入は西。となるとサガの東に位置するサイタマではないのか? しかし今の情報に言い淀むような要素を加藤は感じない。そして予想通りCARSは情報を追加した。


〔そして直後にスクランブルで上がった迎撃機が2機、どちらも墜落したようです〕


「迎撃機が撃墜されたと?」


〔申し訳ありません。断言しかねます〕


 1機なら機体トラブルの可能性もあるだろう。だが墜落したのが2機となればそれは撃墜されたと考えるのが自然だ。侵入してきた大型輸送機は自衛用に短距離ミサイルでも積んでいたのだろうか。


(今時? 大型輸送機にそんなもの積むくらいならアンチミサイル兵装でもたっぷり載せたほうがマシよね)


 輸送機というのは誤情報でガンシップの類か? 加藤の知識で様々な機種がリストアップされては『該当せず』と消えていく。


〔未確認の航空機はサガの対空攻撃に捕まらず、そのまま東に抜けていったとの事。この航空機の出現後に治安の動きが大きく変わっています。都市へのアプローチで何かしらの機動戦力を都市内に降ろされ、治安がその迎撃に向かった結果かと思われます〕


「たった1機の大型輸送機で都市に空挺作戦……無茶をするわね」


 空挺作戦とは言わば片道キップの強行軍。


 空を飛ぶがために十分な兵の数も重装備も叶うべくもなく、たどり着いても現地で補給さえままならない。1度きりのアプローチですべてを決めねば、すぐに敵に囲まれて全滅することになる危険な賭けだ。


 だからこそ空挺部隊とは精鋭中の精鋭しか属せない兵科として他の兵士から一目置かれる存在であり、不用意な作戦で失いでもすれば取り返しがつかない損失。

 そんな部隊を護衛もつけずに単機で投入してくるなど愚の極みではないかと、加藤は愚者を見た気分で眉をひそめた。


(あるいはすべての者に不可能と断言される作戦でも成功させる、『超人部隊』でもなければ送り込んでくるわけはない)


 そんな創作めいた存在がいればだが。


 ここまで緊張続きから解放され、やや息苦しさを感じた加藤は襟元を指で大きく広げる。エアコンが効いていても心理的な圧迫感からの発汗は抑えられなかったのだ。


 この場に課長がいたら余裕のない加藤の醜態を見て眼鏡のブリッジに指をかけ、役人の体面について小言を頂くかもしれない。


〔ここからは完全に私ワン17セブンティーンの推測になりますが、お聞きになりますか?〕


 助手席の加藤が小さく首肯すると、それを車内カメラで確認したCARSは了承と判断してAIとしての自らの推論を述べた。


〔いくつかの追加の情報から、投下されたのはアーマード・トループスの可能性が高いようです。数は1機から2機が有力かと〕


「それは……それは無いわ。いくらなんでも」


 たった2機のATで都市に強襲? AIらしからぬ荒唐無稽な推測に、加藤はCARSの故障さえ疑った。


 サガの治安に配備されているATだけでも40機以上。軍を加えればさらに増えるうえにこちらは戦車まで持っている。


 持ち込んだ銃火器・炸薬の量だけで敵の数を単純に引き算しても、そのうちの10分の1も倒せないで強襲機は戦力差にすり潰されて終わるだろう。


 たとえ2機のパイロットがどれほどの凄腕でもだ。現実の戦闘とは算術で命が数えられる程度には無慈悲で、どうしようもないほど無味乾燥な現実リアルが支配する現象でしかない。


 歴史が証明している。弓が銃に変わり、火が爆弾に変わった世界に個人の英雄など存在する余地はもうないのだ。


「玉鍵しゃんじゃ! それは玉鍵しゃんに違いないなか!」


 己の持論から完全に否定した加藤に対し、無茶苦茶なCARSの予想に強く反応をしたのは大五郎だった。


「大石くん、飛行機は西から来てるのよ? それに玉鍵さんはパイロットと言ってもSワールドのパイロット。こんな作戦に参加するとは思えないわ」


 身を乗り出してきた大五郎の体格に若干の暑苦しさを覚えつつ、加藤は子供の浅知恵を窘める。だが意外にも大石の直感に賛同する者がさらにふたりいた。


「玉鍵さんはATも乗りこなせますっ。あの人がひとたびロボットに乗ったら、どんな無茶でもなんとかしてしまうかも」


〔西からの侵入はサガの防空を警戒して、あえて大きく迂回した結果かもしれません。玉鍵さまであればATによる空挺作戦も可能かと〕


 短期間とはいえ同じ学園に通い玉鍵と親交のある2人はともかく、ただの送迎AIまでもが玉鍵たまという少女の戦闘力に絶対の自信を持っているのが伺える。


 もしかして自分が異端なのかと加藤は内心で頭を抱えた。


(確かにあの子は並じゃない。でもそれだけで断言できることじゃないでしょうに)


 怪盗事件のときに彼女の常人ならざるスゴ味のようなものは確かに感じたし、頭に入れているこれまでのプロフィールでも異様な強さを誇る存在なのは納得している。だが、加藤にとって彼女は『Sワールドのパイロット』であるという認識が強かった。


 第一、いくら強かろうと彼女がどうしてそんな危険な真似を犯さねばならないのか。武装決起したサガにわざわざ乗り込んでくる理由はない。


 だから加藤は3名に問う。純粋な疑問として。


「仮にそうだとして……玉鍵さんがやってくる理由は?」


 加藤にはどうしても思いつかない理由。それに最初に答えたのはCARSだった。


〔玉鍵さまは味方と判断した存在を見捨てないようです。これまでの実績が55フィフティファイブ14フォーティーンにも記されています〕


 55フィフティファイブは記録していた。星天の攻撃を受けて気を失った高屋敷法子を守るために、その場に踏み留まり死に物狂いで戦った玉鍵の姿を。


 14フォーティーンは記録していた。怪盗との戦いでボーイを哀れんで力を貸し、危険を承知で初宮由香を救出しに向かった玉鍵の姿を。


「そうね、私たちを助けにきたんだと思います」


 テルミは覚えている。愚かな行動で敵地に取り残されたエリートのパイロットたちを、自分に決して良い感情を抱いていなくても救出にきた姿を。


 テルミは覚えている。狂ったテルミのチームメイトに散々に迷惑をかけられながらも、それでも身を挺してふたりの命を助けてくれた姿を。


「わしらだけじゃないなか。サガのパイロットたちも救いにきたんじゃろう」


 大五郎は知っている。玉鍵たまにとってパイロットとは競う敵でもなければ蹴落とす相手でもない。同じ戦士として助け合うべき仲間と思っていると。


 大五郎は知っている。自らの持つ超能力『治癒』以外のもうひとつの力、『人の感情をオーラという形で見ることができる』力で。


 玉鍵の放つオーラはいつも友を慈しんでいた。テルミの事も、大五郎の事も。アスカも、ミズキも、ベルフラウも。接点の無い他のパイロットたちさえも。


 ――――まるで親身になっている後輩でも見守るように。彼女はいつも強く暖かいオーラを放っていたのだ。


あのあん人はパイロットという存在を、戦に赴く若者を特別に考えているちゅう


「玉鍵さんはパイロットが権力者の都合で動かされているのが許せないんだと思います。都市の垣根を超えて」


 2人、いやさ2人と1基のAIは助手席にいる加藤を見つめた。その視線が語る言葉は、当てのない逃亡の疲労でくたびれだしたスーツ姿の女職員にもはっきり聞き取れた。


 これはS課の仕事ではないですか? と。


〔S・国内対策課の加藤様、いかがいたしましょう? 当ワン17セブンティーンに武装はございませんが、貴女様をSの問題が起きている場所にお送りすることは可能です〕


「……基地か。そうね、この状況ならそこに向かうのが間違いないわね」


 静かに決意を固めた加藤は後席の2人に向き直る。それは大五郎たちにここで降りて隠れているよう伝えるためのものだったが、2人の瞳から感じる意志をくみ取った加藤はそのまま何も言わずにフロントへと向き直った。


「CARS、サガ基地までお願い。私たち・・と一緒に犯罪者どもを拘束するのに協力してちょうだい」


 消していたライトを輝かせ、ワン17セブンティーンはコンクリート製の土手を駆け上がる。目指すはすべての都市の心臓部。


 基地区画。









RE.<もーっ、ちょこまか動かないでよぉ!>


 ドピンク色のロボットは二刀流とでもぬかすつもりなのか、二振りの実体剣を振り回して執拗に襲い掛かってくる。


 ハンドガードの部分まで刃になっている攻撃的なデザインのそれは、剣の間合いの内側に入られた場合でも強引に切り込めるよう作られているらしい。


 使い辛そうな見た目のクセに理に適ってやがる。連打が早いのはタイミング取りゃどうとでもなるが、あのデカすぎるハンドガードがとにかく邪魔だ。攻撃の終わりに迂闊に踏み込めねえ。


(スーツちゃん、こいつのデータあるか? さっきからブンブン鬱陶しくてしょうがねえぜ)


《検索……ベースは『パラディンメイル』っていう10メートル級シリーズ。実寸は7メートルちょい。高速形態に変形できる可変機だネ。カスタマイズ性が高いシリーズで、同じパラディンでも使ってるパイロットによってかなり性能差が出るみたい》


 7メートルとはまた小さいな。クンフーより小さいじゃねえか。しかも可変機? 変形機構なんてこのサイズによく詰め込んだもんだぜ。


《機体名『レイザーエッジ』……ヒット。装甲をギリギリまで抑えて機動性を高めた近接タイプみたい。今やってる通りに急接近、剣をブンブンして一気に勝負をかけるのが基本戦法みたいヤデ》


(だろうな。なんの躊躇いもなく特攻してきやがった――――っとぉ!)


 ただの振り回しだった攻撃から、急にいやらしい軌道に変化した刃がタラウスの肩アーマーをわずかに掠める。


 クソ、こっちの借り物の重ATじゃ軌道変化にマッスルチューブの反応速度がおっつかねえ。全体的にまとまった手堅いカスタム仕様だが、こういう特化型が相手だと器用貧乏は厳しいぜ。


RE.<……すごいね。今の避けるんだ>


 通信の向こうは若い女、いや完全にガキの声だ。そのガキの無邪気にも思えた口調が変わる。


 敵はホバリングも出来る飛行型。急にやる気を失ったように攻撃をやめ、上空へ昇ったピンクの挙動に猛烈に嫌な気配を感じる。


《低ちゃんマズイかも。パラディンメイルの腕部にはフリーズバレットっていう、命中個所に極低温状態を作る武装がある》


(あんだけ振り回してた剣を仕舞ったのは、今度は射撃に切り替えるためか)


《大型の敵を撃破するための装備だけど、近くの路面に打ち込まれるだけでもATの環境適性じゃ全身凍り付くくらい影響を受ける。液体窒素ってレベルじゃないヨ、これ》


 っ、射撃どころか範囲攻撃に切り替えたか!


 点や線で当たらねえなら面で行こうってのは道理だ。だがATが凍り付くレベルって、ここにはまだ治安の負傷者たちがいるかもしれねえんだぞ!? 近くに当たるだけで機械が凍るようなもん撃ち込んだら、生身の人間なんざひとたまりもないだろうが!


RE.<クイズでーす。今から何をするでしょー?>


「やめろ! まだ味方がいるだろうが! 味方まで巻き込む気か!」


RE.<えっ、女の子?>


 てっきりむさい男の兵士でも乗っていると思ったのか、スピーカーから出力されたオレの声を聞いてピンクが困惑を見せる。だが――――


RE.<ま、いっか。答えはアイスリンクー!>


 ――――このガキにとってそれがなんだと言うように、ロボットの手の平からせり出した青白い固形砲弾が躊躇いなく地上に向けられる。


 近くには訓練ねーちゃんのAT。破損した機体からなんとか這い出している途中の治安隊員や、それを助けている同僚の姿。


(クッッッソがぁ!)


《ちょ、低ちゃん!?》


 ゼロコンマゼロ2秒。今まで抑え気味で行っていた緩めの思考加速が、一気にトップスピード目指して駆け上がる。


 視界は脳に酸素を送り込むための増血の影響で不吉なほど赤く染まり、それでいて世界はまるで止まっているかのように穏やかに流れていく。


 そして目の前に映るのは電子機器と繋がれたゴーグルの映像表示。


 パイロットがロボットに乗って戦うための情報の紡ぎ手。


 オレが何度死のうと見続けてきた、死の結末から生還するためのヒントを秘めた命綱。


 ショートマシンガン、残弾31。ゴーグルに表示された武装のコンディション、良好。発射! 曳光弾火線目視! 射撃補正、よし!


 赤く濁った光景の中だからこそ、冷気を纏う青白い輝きはよく見えた。


RE.<きゃあああああっっっ!?>


 手から離れたばかりの砲弾をマシンガンで撃ち落とされ、己の放った冷気の爆発を浴びたピンクの機体が白く濁っていく。


《血流操作! 脳内圧軽減! 息を吐いて! 力を抜いて! 低ちゃん!?》


(~~~~っ、っっ、ぐぅぅぅぅ……)


 鼻からデロデロとおもしろいくらい血が溢れ、熱い血が抜けるにしたがって脳が爆発しそうなほどだった痛みが徐々に薄れる。それでも完全にとはいかないようで、こめかみの血管が脈打つたびに頭の奥まで鈍痛がした。


いっ、てぇ。久々にたぜ)


 ここまで加速したのはガンドール以来か。スーツちゃんのフォローが無かったらしばらく呻いてるだけしかできなかったな。

 チッ、喉の奥に流れた鼻血でむせそうだ。ゴーグルを外して目をこすると白いジャージにも目から出た血がこびりついた。


《それやっちゃダメって言ったジャン! 加速するにしても段階をつけないと本当に脳が壊れるゾ!》


(やり慣れてねえからしょうがねえだろ。加減がわかんねえんだよ。それに悠長にしてる場面でもなかった)


 爆発で落ちてきた氷の破片みたいなのが、パラパラと地面に当たるだけでその場所がメキメキと凍り付いてやがる。あんなもんまともに受けたら凍傷じゃすまねえ。そのまま凍結死だ。


RE.<な、なにが、起きて?>


 混乱はしてるが外傷を受けた感じの苦痛の声じゃねえな。


 ピンクが健在なのはロボットが空中に浮かんだままな時点で分かってる。

 小型でもそこはSワールドの技術で出来たロボットだ。あれを間近で喰らっても、ロボットもパイロットも致命打にはならなかったらしい。


 喉に絡んでくる残りの血を吐き出す。勝負はここからだ。


 優秀さに甘えてガワに無茶をさせすぎちまったぜ。ここからこっからは経験値だけはあるベテラン、中身オレが引き受ける番だ。


 残り8発しかないマシンガンを『こいつでおまえの弾を撃ち落としてやったんだと』これみよがしに見せつけながら、ことさら高圧的な口振りでピンクを挑発する。


「もう1回やってみるか? 次も耐えられるといいな」


RE.<こ、このぉ……なまいき>


 撃ったはずの砲弾を直後に撃墜される。普通なら信じられないところだろうが、実際に己の近くで爆発しそのダメージが機体を蝕めば嫌でも想像はするだろう。


 使ったらまた同じ目に合うかもと。


 そしておまえみたいなのは自分が痛めつけるのは好きでも、やられるのは大嫌いだ。


RE.<ふーんだ、いいもーん。あんたよりこっちを先に倒すから!>


 わずかな躊躇いから一転して拗ねるような物言いをしたガキは、壊滅した治安の生き残りに威圧の体でこの場からの退避を促していた訓練ねーちゃんにターゲットを変えた。


 クソ、脅しが効き過ぎた!


「待……く!」


 射撃をしようとして機体を旋回させたとき急激な眩暈を感じて、そのせいで照準が定まらずに外してしまう。


 わずか8発の残弾はあっという間に底をついて、銃のスライドが解放されたまま弾切れを表すようにロックされる。


《まだ戦闘は無理だよ、思考加速禁止。あと30秒くらいは呼吸を整えて》


(言ってる場合か!)


 そうは言ったが思考内でのスーツちゃんとの会話でさえ頭痛を感じ、急速に視界がボヤけていく。


 マズイ、マズイ、マズイマズイマズイ! ねーちゃんではこのガキは荷が重い!


P2.<邪鬼が来たわねっ>


 訓練ねーちゃんは畑違いのAT操作の腕も意外と良い。むしろうまいと言えるだろう。


 引退したとはいえパイロットとして戦ってきた経験からくるカンもまだあるほうだし、何より根性がある。AT戦闘に関しちゃオレが知ってる誰より間違いなく実力者だ。


RE.<クイズでーす、今からあなたはどうなるでしょー?>


 しかし、こいつも意外と強い。経験も知識もまだないが、持ち前の才能と若い体の反応速度でミスをなんとかしちまう。完全な天才肌のパイロットだ。


 ……仮に同じ条件のロボットで戦っていたなら不安はない。間違いなく訓練ねーちゃんが勝つだろう。

 格下のロボットでもある程度はなんとかするだろう。そのくらいにはこのねーちゃんは強い。さすがの元エースだ。


 ……だとしても、どんなロボット乗りにだってどうしようもないものがある。


 それは乗っているロボット自体の性能差。


 レースでただの乗用車が競技車に勝てるわけがないように、機械の性能差というのはパイロットの腕ではどうにもならない面がある。


 もちろん旧式で新型に勝てることもある。だがそれだってカバーできる技術の限度ってのがあるもんだ。


 最高のドライバーが跨ったって、レース場でママチャリがオンロードバイクに勝てるわきゃねえんだ。


 二刀の剣が振るわれるたび、ここまでの連戦で傷ついていたねーちゃんのスコープダックの端がさらに刻まれる。

 一刀目こそギリギリで直撃を避けているが、フォローの二刀目に当てられちまう状況。


 そして先ほどのラッシュで分かっている。こいつは本当に闇雲に振り回していたわけではない。一手、一手、細かく細かく、相手の動きをじわじわと制限している。


 経験なんぞ無くても、獲物を追い込むことに関しては天性のカンが働くサディスト。そんなサドがちまちました攻めで我慢するのは何のためか?


RE.<答えは、串刺しだーっ!>


 ひと際の大振りをブチ当てる、カタルシスのためだ!


 脚部を損傷し、腕部が脱落し、右にも左にも避けられない状況を作ったピンク。やつは最後に両手に揃えたソードをATの胴体、操縦席を目掛けてフォークのように突き込――――


RE.<いだっ!?>


 ――――もうとしたとき、ピンクのロボットが『くの字』になって横転した。


 この鉄火場に猛然と走りこんできたのは1両のレトロな乗用車。


 黒い車体が内蔵している転倒状態から復帰するためのギミックを使い、ピンクにジャンピングひき逃げアタックを決めたのだ。


〔とっさの事で申し訳ございません。事故の補償・謝罪につきましてはCARS本社、お客様相談センターにて承っております〕


ワン17セブンティーンか!」


 さすが車体底以外ならロケット弾を受けても平気な耐久力。7メートル弱のロボットにブッコミかけてもフロントにヘコみひとつねえ。


〔やはり貴方様でしたか。ご要望通り友人様方は車内に匿っておりますのでご安心ください〕


 こちらに見える部分だけサイドウィンドのミラーシェードが薄れ、車内で激突の衝撃にちょいと痛がっている3人が見えた。


 あー、そりゃ車体が平気でも中身はそうもいかねえよな。助手席にいるねーちゃんはS課の かた、かと、カトちゃんだっけ? まあ顔は知ってるからいいや。


「ありがとうよ。悪いがもう1人追加だ。そっちのATに乗ってるパイロットも頼む」


〔承りました〕


 ねーちゃんのダックは限界、というかもうスクラップだ。これ以上の戦闘はできない。何よりこの味方殺しも平気なブチギレたクソガキとの戦いには参加させられねえ。


 あんたはガキに優しすぎる。なけなしとはいえ、弾の残ってるマシンガンを撃たなかったろ?


P2.<プ、プレゼント1。私はまだ>


「プレゼント2。ここからは分業だ、次のバカが出てくる前に基地に隠れてるバカの頭をぶちのめしてくれ。ワン17セブンティーンが連れて行ってくれる」


 こういうバカがひとりとは限らねえ。事の事情なんざ脇に置いて『女の子がピンチだから助けに行く』とか、脳死で飛び出してくるタコまで来たらたまんねえからな。


 衝撃で目を回していたのか、思いのほかのったりと起き上がったピンク。

 その間にカトちゃんの誘導で訓練ねーちゃんも車内に飛び込み、オレも近くの擱座したATからマガジンをひとつ拝借できた。


RE.<なんなのぉ、もうー>


「行けっ!」


 膝をついたダックを置いて、訓練ねーちゃんを乗せたワン17セブンティーンが走り出す。おまえもよくやったぜ、ここまでねーちゃん守ってくれてありがとよ。


 動くものに反応して猫みてえにロボットの向きを変えようとしたピンクに、黙ってマシンガンを見舞う。


 ピンクは即座に飛び退いたが、装甲の一部に欠けや脱落が見て取れた。


(多少は効くな)


《さっきの凍結もあって装甲の連結部や内部機構にダメージが入ってるんだヨ。でも至近距離で撃ってもこの程度ともいえるナ》


 狸寝入りを警戒して近づかなかったのは失敗だったかもな。寝てるところにパイルバンカーを突き立ててやりゃよかった。


 まあいいさ。たられば言っても仕方ねえ。


「後ろを見せたいなら見せてみな。正面でそれなら、背面を撃てばこの銃でも抜けそうだ」


 天才肌ならわかるはずだ。もうおまえはオレを倒すしかここから離脱する方法は無いんだよ。


 ……ねーちゃんたち、頼むぜ。さすがにこれ以上増えたら抑えられねえ。

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