第210話 治安AT部隊『ビアガーデン』

 <放送中>


 他の都市からの強襲などいつ以来か。


 初めての実戦で蜂の巣を突いたような騒ぎの若手たちの中、都市間戦争の生き残りの治安部隊隊長は浮足立つ隊員たちを叱責し、入ってくる情報から敵を迎撃するための布陣を整え直す。


「降りたのはたった2機のアーマード・トループス? 舐めてくれたな 」


 夜間に入った緊急命令によっていつも以上に警戒網を広げていたサガ軍。

 彼らのがとある情報筋から手に入れたという眉唾の話から、兵たちはサイタマによるサガへの電撃作戦を想定して陣地を急ピッチで作り上げていた。


 この情報は後に発見される未確認Unknownという形で真実であると知れることになるが、あろうことか本土とは逆の西側、警戒のもっとも薄い海から飛来する輸送機という形であった。


 てっきり陸続きの本土側が主戦場となると想定していたサガ軍は、この護衛機ひとつ付いていない大型輸送機に警戒網の奥深くまで侵入されてしまうことになる。都市間戦争時代では考えられない失態だった。


 実戦不足、練度不足、機材不足、命令不服従。言い訳はいろいろとできるだろう。だが己がかつて属していた組織がすっかりと腑抜けてしまっていることに、軍を引退して治安部隊の隊長となっていた老兵は内心で嘆く。


(今の軍は役に立たん。『F』に恐怖して上に従わない兵士が続出している――――兵士はどんな命令であろうと絶対服従だろうが! 情けない!)


「捉えました! 読み通り基地に向かうルートです!」


 掌握している都市内すべての監視カメラに映るのは、ダークグリーンの軍用カラーに塗られたライト級AT。それも相当にチューンナップされていることが伺える。


 映像から肩に7連のミサイルボックスを持ち、腰部にも対戦車用の強力な貫徹力を持つミサイルを搭載した重武装仕様であることが見て取れた。


 さらに腰のアーマーや背面のバックパックにも複数の予備弾倉を吊っており、まるでたった2機でサガの全戦力を飲み干しに来たかのような攻撃的な姿である。


 ターボジェットを吹かしたままで道路上の車を器用に躱し、まったく速度を落とさずに猛進する赤い肩のスコープダックと、それに追従する僚機も遅れることなく教科書に書かれたような正確な動きを見せて、空襲警報でパニックとなった街を突き進んでいた。


 その淀みない水流の如き動きから、走破映像を見た隊長を含む全員が無意識に唾を飲む。


 とてつもないベテランのエース、それも豊富な実戦経験を持つ生え抜き中の生え抜きが搭乗していると見て間違いないと。


「ターボタイプをこれだけ華麗に扱えるAT乗りは、自分は見たことがありません……」


 慄くように感想を口にしたのは治安部隊の虎の子、ベテランAT隊員のひとり。


 脚部にターボジェット機構を内蔵した特製パーツを使った突撃のためのモデル。加速力と最高速に優れる『タイプ20』と呼ばれるL級の改造案のひとつ。パイロットからの俗称で『TCターボカスタム』と呼ばれる機体。


 高速性能をより高めるために従来パーツよりも足底のスリム化を図った脚部は必然的に接地面が少なく、機体のバランス制御が著しく悪化している。

 そのため引き上げたパラメータの分のツケというように、このタイプは転倒しやすいとされ、扱いにはベテランでも熟練を要した。


 それに加えてのターボジェットによる加速は方向変更時に独特のクセがあり、グランドホイールでしか走ったことの無い者では転倒を恐れ、とても全速など出せないほど。


 そんなピーキー極まる仕様を完全に乗りこなしている。特に先頭を往く赤い肩のATは、まるでロードレースでもしているかのような大胆かつ鮮やかな動きで道路上の車を避けていく。


 これは都市間戦争時代に名を馳せた、すでに引退した猛者辺りを拝み倒して引っ張り出してきたに違いない。


 治安隊長リーガンは忌まわしくも懐かしき、己の宿敵が戦場に帰ってきたかのような敬意と畏れを感じて、我知らず薄く笑った。


 残念ながら機体の片方の肩だけを赤黒く塗るパーソナルカラーの部隊やパイロットには覚えが無いが、恐らくは公にされていない特殊部隊などの出身なのだろう。


「2機で来るだけはあるということよ。だが、いくさは数だ」


 空挺を許した時点で敵の行先はサガ基地であると、長い軍歴から当たりをつけていた治安部隊の隊長。彼は敵を探す間にも自らの権限が及ぶ限りの、ありったけの戦力を基地に向かうルートに急行させていた。


「囲いに入りました!」


「よし! 都市は治安部隊の縄張りだ! 仕留め損ねた軍なんぞに介入される前にネズミを叩き殺すぞ! 仕掛けろ!」


 都市の治安部隊で稼働できるATは4中隊、45機。


 それに武装した装甲車32台と対AT用装備を持った歩兵部隊。さらにこちらは急ごしらえとはいえ基地前には何重もの防御陣地を築いている。


 いかに重武装のATであろうと、たった2機の火力で突破できる布陣ではない。


 たとえ歴戦のベテランが乗っていようとも――――そう思っていた、数分後。


「ヴァイツェン隊全滅! 応答ありません!」


「スタウト! 応答せよ! スタウト隊っ! 誰か、誰か残っていないのか!」


「エールが応戦中! 第3防衛ラインに入り込まれました! 早すぎる! 壁でもすり抜けてきたのかよ!?」


 治安隊長は都市間戦争時代から考えればはなはだ不足ながらも、手持ちの駒をこの戦場に合わせて最良の形で投入したと思っていた。


〔部隊、脱落者多数! これ以上は無理です! 押さえられま――――〕


 回線のひとつからまた通信が途絶する。配置されたAT部隊、装甲車部隊の情報が更新され、まるで巨人に一息に薙ぎ払われたかのように味方の表示が消えていく。


〔赤い! 血だっ、この、血が、血まみれの、悪魔がぁ――――〕


「ピルスナー!? ……クソっ!」


 最後まで持ちこたえていたピルスナー小隊からの通信が、ついに途絶えた。


 4機で小隊、12機編成で中隊と数えるサガの治安部隊のうち、実に40機。


 ものの数分の間に3個中隊と1個小隊のAT部隊が、これで全滅したことになった。装甲車部隊もまた、とうの昔に反応は無い。


 治安隊長の趣味に合わせビールの由来を関した部隊コード。それが安物のパーティボトルの如く、防衛陣地という蓋をこじ開けられては消えていった。


「び、ビアガーデンが飲み尽くされて……」


「――――まだだ! ラガー隊、出るぞ! 敵も疲弊しているはずだ!」


 最後に残ったAT部隊は治安隊長自ら率いる、5機編成の増強小隊。ラガー小隊のみ。


 サガの治安部隊の中から抽出した腕利きで固められたメンバーと、軍でも指折りのAT乗りであった治安隊長が指揮を執る最強部隊。


 このメンバーが出ればいかなる相手も鎮圧できると、サガのAT乗りたちの間で言わしめる男たち。


 ……だというのに。上官が出て行った作戦室に残されたオペレーターたちには、言いようのない不安と諦観が広がっていた。


 言葉にするならそれはたぶん、『負け戦のムード』と呼ぶのだろう。









《低ちゃん、左脚部が限界だヨ。これ以上は中折れしちゃう》


(中折れって言うな。分かってるよ、さっきから足腰がぜんぜん粘らねえ)


 スパイク打ち込んで無理やり立ってるが、これは内部関節が変形したな。


 どれだけマッスルチューブを引き締めても、筋肉の支えになる関節がイカレたら立てなくなるのは道理だ。タコの足みたいなもんだ。力あっても支えられん。


「残弾っ」


P2.<ゼロ! このマガジンで最後よっ。ミサイルも撃ち尽くしたわ!>


「こっちもだ! いいかげん基地に取りつきたいなっ」


 治安の野郎、鹵獲を恐れたのかあまり予備弾を持ってねえ。


 規格は合うから何度か敵の銃を拾って使うことはしてるが、だいたい撃ち切る寸前ばっかりで役に立たねえわ。あんまバラまかずによく狙えや下手くそめ!


《ほらね、言ったとおりになったジャン。わざわざ操縦席を狙わずに手足なんて撃ってるからゾ。不殺なんて嫌いじゃなかったノ?》


(こいつら下っ端は上に命令されてよく分からず戦ってるだけだろ、そんな連中バタバタ殺したら遺恨が残ってマズイだろうが)


 外国勢ならまだしも、サガは一応日本って括りのサイタマと同じ国なんだからよ。


 トカチの流れを考えるとサガもサイタマに合流しそうだし、赤毛ねーちゃんが苦労する負債は少ないほうがいいさ。


《和美ちゃんのほうは殺してるから一緒では? 低ちゃんだけ不殺しても意味ないデ》


 ……分かってることだ、こんなことは。言われなくたって嫌というほど。同じ国とか、トカチうんぬんは言い訳だ。


 武器のレティクルに敵が入るとき、ハワイで聞いたあの時の、人殺しをするオレに向けた長官ねーちゃんの悲しそうな声が聞こえたような気がしただけ。


 それが嫌で殺せる場所をつい逸らしちまう。クソ、切り替えねえとこっちが死ぬってのに。ずっと心に粘りつきやがる。


(――――うるせえわ、どうせ敵もボチボチ打ち止めだ。すでに基地の重要区画には入ってる。ここまでくれば軍からの攻撃は基地の誤射を恐れてまず来ない)


 後はこのテトラポットみたいな遮蔽を抜ければ、サガ基地内部に取り付ける。


 敵が直進出来ないようにするのは妨害の常套手段とはいえ、地味だが効果抜群で邪魔っけだぜ。おかげでアンカー使ってサルみたいにテトラポットの上を飛び回ることになったわ。


 そのせいでただでさえ痛めていた脚部が着地のたびに本格的に痛んで、とうとう壊れちまったっての。


 さすがに片足でターボ使ったらコケそうだ。他の箇所も細かいダメージが目立ち出しているし、TCおまえにゃ悪いがそろそろ乗り捨てるしかねえな。


(スーツちゃん、倒した治安のATで状態の良さそうなのはあるかい?)


《胴にズームパンチを受けてパイロットが目を回してる、そこのヘビィ級が一番マシかな? もう1発打てば中身も潰れてスプラッタだったのにネ》


 建物の壁を背にして、座椅子に座っているような姿勢で伸びているあれか。背後がすぐ壁で打撃の衝撃に逃げる余地が無かった分、殴られた衝撃をもろに食らって余計に脳が揺れたんだろう。


(さすがL級よりデカくて硬いH級、ズームパンチも1回くらいは耐えるみたいだな)


 サイタマじゃほとんど見かけないが、サガではヘビィ級ATが主流のようでスコープダックのほうが珍しかった。これなら肩にカラーリングなんてしなくてよかったかもしれん。


《HAT-09『スタンディングタラウス』。開発が比較的後発の、新しめのATだヨ。ただこれは前期型と後期型のパーツのあいの子みたいだけど》


スタンディング立ったタラウス牡牛か、変な名前だなぁ。ミノタウロスでも意識したのか?)


《開発当初は重い装備を積んでの後方支援機を想定してたみたい。だから格闘用のズームパンチは無かったし、逆に胴体には周辺視界確保のための横窓があるヨ》


(昔の大砲運んでた牛や馬みたいなもんか。というか横窓ってなんだよ、おっかねえなオイ。一応は防弾の強化ガラスなんだろうが、そんなもの装甲の代わりにゃなんねえよ)


《ソッスネ。だから後期の改修機は窓をプレートで埋めてるみたい。これは秘密の中身がチラ見えしちゃう前期型だけどナー。部分的にスケスケの下着ってエロいよね。大人って感Gでセクスィーッ》


(こんなときまでエロトークかい。見た限り腕に排莢口があるから、こいつはズームパンチ内蔵型だな)


《ウィ。新旧余ってる部品を合わせて1台でっち上げたか、壊れたところだけ換えてずっと使ってるのかもネ》


 ……大事に乗ってるなら多少古くても整備状況に期待できそうだな。悪いがおまえを使わせてもらおう。


「プレゼント2、援護を頼む。脚部が限界だ、敵のATに乗り換える」


P2.<ちょ、えぇっ!? りょ、了解っ! 気を付けてね!>


 ダックに降着姿勢を取らせようとすると、上体を膝から手前に下げるアクションのときにバランスが崩れて機体が転倒しかけた。


 曲げるとき左脚部から変な音がしたし、今の動作でいよいよ足にトドメを刺しちまったようだ。


 ここまでありがとうよダック。おまえは借り物だし、終わったら回収するから良い子で待ってな。


 ATは共通で胴体前面が出入り口のハッチを兼ねている。


 個人所有の趣味ATは電子ロックを掛けている場合もあるが、軍なんかのATは活動時にロックをかけていることはまずない。


 これは擱座した機体からパイロットを救助するときに掛かる時間を短縮することを優先しているためだ。


 何せATに使われている人工筋肉を動かすための化学溶液は驚くほど燃えやすいことで有名だからな。液が漏れている機体からの救助が遅れると、あっと言う間に火だるまになりかねん。


 だから物理ロックもちょっとした操作で外からすぐ開くようになっているってわけさ。


《回避っ、拳銃》


おっとっと


 スコープダックとはまた違う固定型の3連スコープがついた頭部ハッチを開いた瞬間、中から拳銃で撃たれた。スーツちゃんから警告を受けたおかげで銃口は明後日の方向に弾を吐き出すに終わる。


「――――こ、子供っ?」


 その手を銃ごと掴んで捻りあげ、トリガーに掛かっている指を一気にへし折る。


 寝たふりでずっとこっちを待ち構えていたのかと思ったが、本当に直前に気が付いてとっさに撃ったらしいな。


 助けにきた味方だったらどうすんだこのタコ。腕はまあまあだったが兵隊としての基礎が出来てねえぞ。いや、日本の治安は厳密には軍隊とも違うのか? 治安部隊と軍が同一の国と違って、この島国はややこしいな。


 骨折の痛みで思わず呻いた男の喉を突いてさらに怯ませ、操縦席から引きずり出して強引に投げ飛ばす。


 このゴツい銃は貰うぞ、38サーティエイトは持ってきてなくてな。


 あまり他人の銃は使いたくないとはいえ、さすがに完全な丸腰で基地内に突入したくねえ。ハッタリでも1丁は構えといたほうがいいだろう。


(奪ったはいいがなんだコレ? デカくて重い拳銃だなぁ。500ファイブハンドレッドといい勝負だぞ)


《対物拳銃というカテゴリーの大型拳銃だナ。都市間戦争時のAT乗りに配られた官給品ジャ》


(通用すんの? そりゃ戦車と比べたら装甲ペラッペラだけどよ)


《昔はこれでも至近距離+弱い部分ならATの装甲が抜けたみたい。今はせいぜいカメラとかのモジュールを壊す程度かナ》


 チッ、こいつも大事にしてそうだな。終わったらこのATの操縦席にでも置いて帰ってやるか。


「生きてる味方を助けて、後は終わるまで物陰に退避していろ」


「なっ……おまえ」


 ATの操縦規格はLでもHでも同様だ。アクションディスクを読み込ませれば、よほど変な動きでもないかぎりはどのATでも同じ動作ができる。


 再起動をかけると頭部ハッチがパイロットを飲み込むようにバクンと降りてきて、機体側の自己判断で倒れた状態からタラウスが立ち上がる。


P2.<プレゼント1、いけそう?>


 ADのプログラムを読み込んだコンピューターが自動でプレゼント2に周波数を合わせてくれる。


 むしろ問題はオレの身長に合わせる座席のセッティングのほうだろう。こっちは完全に手動だからなあ。


「ああ。思ったよりまともなATだ。間違って撃たないでくれよ」


 敵からの鹵獲機は騙し討ちに使えるが、敵味方の判別が難しくなり味方の躊躇を生む。わずかなタイムラグが死を招く戦闘においてはこのデメリットは馬鹿にならない。そのうえ間違って攻撃されることもある。自機がイカれたから仕方ないとはいえ、これも非常時以外はやりたくねえ事だ。


《ロックオン! ミサイル! 遮蔽に!》


「このっ!」


 まだ尻餅をついていたおっさんパイロットをマニピュレーターですくうように捕まえて、なんとかテトラポットの陰に放る。できるだけ気は遣ったつもりだが、潰れてねえだろうな? おっさんはヘルメットをしていたからまあ死んだりはしないだろう。


P2.<プレゼント1、無事!?>


「平気だっ。遮蔽から出るな! 銃を拾っとけ!」


(味方機にロックして撃ってきやがった。こりゃ奪ったところを見られたな)


《ATは望遠カメラがあるかネ。それか通信でやり取りを拾ったのかも》


 クソ、騙し打ちどころか早速デメリットだけになっちまった。


《数5。今までのATより重武装。自分の都市で使うようなタイプじゃないネ》


(攻め手はともかく、守る側が流れ弾で街を壊してたら世話ねえもんな)


 背中から生えた特徴的なアンテナ付きが指揮官機か? アンテナとの選択式のようで肩のミサイルは持っていないが、その分の攻撃力は他の連れが担保する形らしい。指揮官以外は全機が両肩にミサイル積んでるとか、地獄の最前線かよ。


(時間がえ。こっちの武装をもう少しマシにしねえとな)


《そこの担ぐタイプのソリッドシューターが状態がいいヨン》


(サンキュ)


 転がっているソリッドシューター、電磁加速で弾頭を射出するバズーカ砲みたいな大物を左肩に担ぐ。右手はこいつが元から持っていたショートバレルのマシンガンでいいだろう。


《残弾、シューターは2。マシンガンは51発。胴体の11ミリ機関砲×2はそれぞれ69発》


 H級のこいつはサイズアップに伴って固定武装が施されたらしく、胴体部の左右に内蔵式のマシンガンがある。後方支援のコンセプトを考えると自衛用かね。


 威力のある武装じゃないようだが、こんなんでも間近でバラまけばATの弱い部位に当たって1機体くらいは倒せるかもしれん。


《最後に右の脚部に後付けの電磁式アームパイルが1本》


(パイルバンカーか)


《このATの正式な装備じゃないネ。虎の子の隠し装備ってトコかな? 普通のパイルとして使う他に、スペツナズナイフみたいに杭をそのまま飛ばしたりもできるみたい》


(つまり暗器の類か。けったいな装備を……)


P2.<先行するわ! 私が攪乱している間に狙い撃って!>


 待てと言いたくなって、止める。オレが乗ってるのは敵のAT。オレが先行して乱戦になったら同士討ちの可能性が出てくる。


 さらにこの遮蔽に留まったまま時間を掛けていると数的不利から包囲されて膠着、いずれ来るだろう軍の応援に背後から襲われねかねない。


 ならやるしかねえな。これは急襲であって、塹壕を跨いでじっくり戦うような戦地じゃねえ。時間との勝負だ。


「スモークを焚け! ミサイルだけは狙わせるな!」


P2.<了解っ!>


 部隊をまるごと刈り取るならまず指揮官狙いがセオリーだが、それ以上にミサイル持ち最大の火力は放置できない。


 数は4機、片方6連のミサイルランチャーを2基づつ装備の計48発。こんなもの喰らってたまるか!


 プレゼント2の肩に設けられた発煙弾スモーク射出機ディスチャージャーから、ロックオンを阻害する金属片チャフの混ざった特製の煙幕弾がシホポンという軽い音と共に広範囲にまき散らされた。


 その場が一気に白い煙で満たされる。敵も味方も平等で、それでいてスーツちゃんの支援があるオレにだけは有利な環境。


「行くぞっ!」


 遮蔽物の陰から飛び出し、煙幕の外周ギリギリをグランドホイールを鳴らして走りこむ。


《ちょいっ低ちゃんっ? 見えてる、見えてるよ!? スモークに隠れきれてないヨ!》


(それでいいんだよっ)


 さあ狙え! お仲間のATを奪ったにっくき敵だぞ。チラ見させてやるからこっちを狙いな!


《ああもう。敵と味方の移動経路の予測コース表示》


(助かる! まずは一番遠いおまえだ!)


 反動の少ないリニア式のカタパルトで発射された弾頭が煙幕を引きずり、もっとも誤射の心配が少ない遠間にいたATに突き刺さる。


 悪いがてめえらには加減できねえぞ。なまじ強力な武装で来たことを恨みな!


<~い~~~~~ぎ~~ぁ!>


 ケッ、いちいち敵の無線まで拾っちまうから、汚ねえ断末魔が聞こえて不愉快だぜ。人間相手はこれだから嫌なんだ。


《撃破、残り4――――来た、ミサイル! 回避回避回避!》


 こっちの発射光を見てロック無しで強引に撃ってきたな! 直撃を受けずとも爆発範囲に入ればいいって算段か、それはオレが散々やってきた戦法だっての!


 ホイールを路面に押し付け、踏ん張るような姿勢で敵へめがけて煙幕の中に飛び込む。


 ミサイルには最低射程がある。あまりに自分と近い距離では近接信管は作動しない! ミサイル大物2丁も背負ってるのはいいがな、武器に頼りすぎなんだよ!


 マシンガンを垂れ流して4機の中から射撃を嫌がった1機を引きはがし、シューターの最後の1発を放つ。


 だが相手の回避運動は思いのほか早かった。


 スーツちゃんの移動予測よりAT1機分ほどの距離でズレが出ていて、H級だろうと1発で倒せる威力の弾は外れちまう。


「なら、おまけだ!」


 構えていたシューターの持ち手からマニピュレーターを放し、そのままズームパンチを起動する。


 ズームパンチは液体火薬を用いて伸縮するパンチ機構。


 ある意味火薬によって撃ち出されたソリッドシューターという名のクソ長い砲弾は、敵ATの顔面に命中して相手を転倒させた。


 倒れた相手に接近して機関砲で追い打ちをかける。11ミリの雨を浴びてビシビシと鞭で打たれたように痙攣した機体は、やがて爆発して散った。


《撃破。数3、おおっと訂正、残り2。和美ちゃんが今1機倒したデ》


「オーライ、これでイーブン」


 残りは指揮官機と僚機が1機。


<おおおおっ! おのれ! サイタマの犬が! こんなことでサガ治安部隊はっ!!>


「(うるせぇ! 男は騒がず黙って戦えや!)2! 一気に押し込むぞ!」


P2.<アンテナ持ちをお願い! こっちは私が!>


 プレゼント2は煙幕を抜けた端でバッタリ出会ったミサイル持ちに躊躇いなく取り付いた。となりゃ指揮官機の相手はオレの担当か。


「2、機関砲に気をつけろよ!」


《敵の武装。11連ハンドロケットガン。胴体に11ミリ機関砲》


(固定武装はこっちと同じか。動く的にロケット弾なんざ当たるかよ!)


 薄まってきた煙幕の中でロケット弾の発火光を頼りに回避する。機関砲も織り交ぜてはくるが、こいつは胴体に完全に固定されていて射角の調整はできないタイプだ。正面にさえいなけりゃ射線には入らねえよ。


 だがこっちの射撃も逃げ回りながらじゃさすがに当たりづらい。もう弾も残り少ないから、無駄弾で迂闊な回避を誘ってから本命を叩き込むってのも難しい。


(……接近しての打撃を狙う方向に切り替えたな。攻撃をこっちに当てるより、移動経路を塞ぐ形に変わってきた)


 向こうもこのまま撃ち合ってもラチが明かないと踏んだか? あるいはこれが得意の戦法なのかもしれねえな。治安なら敵機を取り押さえる形に持っていくことも多いんだろう。


《敵ATの腕部にズームパンチ機構なし。別の戦法の可能性は無い? さすがにただのパンチだと打撃力不足だヨ?》


(その1発で仕留める気じゃないなら軽くてもいいだろ。オレがさっきやったみたいに張り倒して動きを止めた後にでも撃ち殺せばいい)


 ならここからは我慢大会だ。根を上げて無理に仕掛けたほうがデカい隙を晒すことになる。


 敵が狙いをつけずに撃ちまくってくる11ミリが、稀にこっちのATの装甲を引っかける。安物のフライパンでも叩いたような軽い音をさせて銃弾が次々と跳ねていく。


 カメラの向こうからヂリヂリと感じる殺気が増し、精神がいよいよ集中を始め、グランドホイールの音と振動が他人事のように体に伝わり出したとき。


<ここまでだぁ!!>


 残ったロケット弾をすべて吐き出し、さらにロケットガン自体も投げつけてこちらの回避方向を限定した敵ATが、H級の厳つい肩アーマーを向けて突っ込んできた。


 ショルダータックル。それは攻撃でありながらも防御も兼ねる姿勢。この角度での突進なら機体の肩と腕が操縦席のある胴体の間に入り、一種の装甲の役割を果たしてくれる。


 そしてATは足裏にタイヤ状の走行装置を備える。身をガッチリと固めた姿勢からでも、敵を目掛けて最後まで走行加速することができるのだ。


 ……だがそれは奇襲であればこそ当たる戦法。


 相手が今か今かと待ち構えていたなら、心構えをされていたなら、身を縮めてまっすぐ走ってくるだけのATでしかない。


 ターンスパイクによる切り返しで敵のタックルをそのまま走り抜けさせ、回転して背後を取る。L級に比べれば装甲が厚く頑丈であるらしいH級も、陸戦兵器である以上は背面の防御がどうしたって脆い。


 脚部の膝関節の内側をマシンガンで撃ち抜くと、敵のタラウスタイプは脚部の踏ん張りが効かなくなり自身のタックルの勢いのまま路面へとダイブした。


《無力化ってとこかナ? 和美ちゃんのほうもなんとか倒せたみたい》


 指揮官クラスが前線に出てきたってことは、これで機動戦力打ち止めだろう。後は基地の内部に入るだけ。


(次の相手は基地内の保安か。いい加減めんどくせえなぁ)


《ここまでの損害でビビリまくってるんでナイ? むしろ首謀者を突き出せと言ったらノシつけて渡してくれる――――ともいかないみたい》


「――――パイロットにもバカはいるか」


 ここは基地の区画内。つまりスーパーロボットが動かせるフィールド。この世界においてもSワールドの防衛力を発揮できるエリア。


<そこまでだよ独裁者の先兵! この『レイザーエッジ』がお相手するわ!>


 派手すぎるほどにドが付くピンクで、鋭角的なシルエットを持つロボットが基地の夜空を駆け上がっていく。サイズは7メートルってとこか。


 煌めくピンクの流星は、噴射光を吐き散らしながら躊躇いなくこっちに突っ込んできた。

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