第172話 前途多難? 初宮のサイタマ生活
※今回、主人公パートはありません。
<放送中>
かつてのサイタマ学園には生徒教師を問わず、そこで暮らしていくためのいくつかの暗黙の了解があった。
そのひとつは学園
これは別にサイタマに限ったことではないが、銀河という邪悪と言って差し支えない一族が国の中核に蔓延っていた大日本にあっては特に顕著である。
学校という社会の縮図と言える空間で、銀河という最上位の存在とその取り巻きは栄華と傲慢の限りを尽くしていた。
――――だが、その長く続いた悪徳の秩序はわずか1日にして潰えることになる。
銀河帝国を称して大日本軍を取り込み、反乱を起こした銀河一族。その姿はクーデターのさなか、すべての者がいずこかへと消え去った。痕跡ひとつ残さずに。
銀河派閥の移動拠点であった飛行船の乗員はいい。これはサイタマ基地から発進した白いスーパーロボットによる攻撃で、跡形も無く討たれたのだから。
問題は地上にいた銀河一族も諸共に消えたという点。居場所もバラバラの彼らがいかにして消えたのかは憶測の域を出ていない。
方法についてはともかくも、そうして銀河一族で残ったのは18才未満の未成年のみであることが、学園という若者の世界では重要であろう。
親と一族の力で権勢を誇り、他者に力で理不尽を強いてきた彼らがその力を失えばどうなるか。
たとえ強権であっても支持を得られるような振る舞いをしていれば、親や一族の失踪に同情を得られたかもしれない。
しかし、彼らのしてきたことは憎悪を買うものばかり。ならば落ちぶれた時に待っているのは与えてきた痛みに相応しい報復である。
それがどれほどのものかと言えば、銀河一族の生徒や後ろ盾が消えた取り巻き達が、かつて踏みつけていた低位の生徒たちによって、即座に物理的・精神的な
見つけ出して集団で殴る蹴るはまだ温情。中には事故と称して殺害されたと思わしき事例も発生した。教師が標的になったケースや、逆に止めるべき教師も参加して暴行を行った事件も起きている。
学園にはやり返しを戒める良識人も極少数いたものの、銀河に連なる者たちへの恨みの深さは筆舌に尽くしがたいものがあるのも事実であり、多くは暴走する生徒を前にしても沈黙せざるを得なかった。
不用意に止めようものなら、諸共に標的にされるのは目に見えていたからである。
いまひとつ言えば、自殺や事故死に見せかける手口はイジメていた相手をうっかり死なせた銀河派閥がたびたび行ってきたものでもあり、どうしても自業自得という空気が流れていたことも大きいだろう。
だが物事とは規模が大きくなれば関係した人間が集まり、境遇の似たもので集団を作って結束するもの。
多くの動物がそうであるように、複数で固まることで身を守れると理解している彼らは狩られる側の常として、身を守るために必然的に寄り集まる事になる。
あわよくば再びの栄華を夢見て。
元銀河派閥の教師と生徒によって構成される非公認部。その名は
<放送中>
〔初宮、おはよう。初宮、おはよう〕
最近自分のにおいがついてきたと感じる枕。その横に置かれた端末から聞こえる音声に釣られて意識が覚醒していく。
これは初宮由香がある人物との会話から
「おはよう、玉鍵さん」
軽く前髪をかきあげたあと、少女は端末のアラームを名残惜し気に止めた。
居候の身である初宮の朝は早い。同居人の朝食と夕食の支度は家賃の内として引き受けているためだ。
顔を洗ったあとは寝間着のままエプロンをつけてキッチンに立つ。
他所様の家であるはずのこの家を動き回る姿もすでに様になっており、世話になって1週間もすればどこに何があるのか分かるようになっていた。
朝食の準備がそろそろ終わるかという辺りで、別室のドアが開く音がする。同居人が起き出してきた事を音で知った初宮は、最後にコーヒーメーカーをセットした。
「おはようフロイトさん」
「は……よう」
お、の時点でおおあくびをかましたのは、アスカ・フロイト・敷島という初宮と同年代の少女。家主とは親類の関係で、厳密には彼女も居候と言えなくも無い。
「なによ、まぁたフレンチトーストぉ? ライスが食べたいわ」
テーブルに並ぶ献立を見たアスカは、ややウンザリした顔で湯気が少なくなってきた黄色いトーストを見る。
初日こそ喜んだが、これが連日のように続くとなれば飽きてくるのは無理も無いだろう。
タンクトップの下から手を入れて腹を掻いていた少女は、妥協してやると言うように溜息をついて席に着いた。
初宮にとってこのフレンチトーストは、玉鍵たまから教えられた特別なメニューのひとつであり、食べたときに感動したものでもある。
「嫌なら自分で炊いてください」
そう素っ気なく言いつつも、たしかに続け過ぎだったかもと少しだけ反省する。
一般の出身でかつ家の経済事情から、そこまで食に力を入れていなかった初宮家では食材やメニューの種類が固定化していたこともあり、変化に乏しくてもあまり気にしていなかった。
そこに気を付けられるようになったのは、やはり玉鍵と生活するようになったからだろう。
彼女の場合は気に入ったメニューが出来ても1周するまでのサイクルが長く、同じものはなかなか出てこない。そのためまた食べたいものはリクエストする必要さえあった。
(でもどうしよう、ライスメニューは私には難しいんだよね……)
パン系は出来合いの物を焼くなりして、後は卵料理にサラダ、スープでもあれば見てくれは整う。しかしご飯ものはメインとなる肉・魚料理が初宮にはハードルがまだ高かった。
おいしいともまずいとも言わないアスカと2人で朝食を食べる。
家主であるラング・フロイトは元々あまりこのマンションには帰ってこないらしく、むしろ2人の訓練教官の天野和美のほうが顔を出す頻度が多いくらいだった。
「あんたんとこの
透明な糸のような具材の入ったインスタントの辛いスープを慎重に飲んでいると、対面の少女が食事から目を離さず、突飛なタイミングでそんな会話を投げてきた。
「マコちゃんの事、分かったんですか!?」
飲みかけた辛味が喉にきて顔をしかめるも、初宮は気にしていた友人の処遇について驚く。
「ラングから簡単にね。タマが手を回してうまく匿ってるみたい。すぐにどうこうは出来ないはずだってさ」
良かった、そう言いかけて目の前の少女が陰のある目付きをしていることに気付いた初宮は開きかけた口を閉じた。
「あのお人好し、自分が死にかけたのによくやるわ。私なら宇宙に生身で放り出してるところよ」
出撃日にリアルタイムで観た『スーパーチャンネル』の映像を思い出しているのだろう。サラダを刺すフォークをザクザクと乱暴に使う姿には、まだまだあの時の苛立ちが残っていた。
「もしタマがあのとき死んでいたら――――」
後者のセリフは初宮の想像だが、あながち考えすぎでもないだろう。
アスカという少女は激情家だ。頭が良く冷静であり計算高いというのに、それを塗り潰すほどの強い感情が優先してしまい暴発する傾向がある。
これは良い意味でもそうなので、言い方によっては人情家とも表現できるだろう。
だが、悪い意味では抑えがきかない暴走車だ。初宮の目から見て、法や道徳より復讐心を優先するような危険人物に変貌する可能性を秘めている気がした。
「この話はアウト・レリックっていう、頭がおかしいので有名な学者が関わってるらしいわ。前にタマを攻撃したキラボシとかいうのも、そいつが原因みたいね」
どうやって殺そうかしら。
最後に呟かれたそれは聞こえない程度の声量だったが、対面にいる初宮には確かに聞こえた。
<放送中>
サイタマ学園の授業内容とペースは第二とさほど違いは無いらしく、一般出身の初宮でも戸惑う事は少なかった。
エリートの授業レベルはさぞ高いのだろうと、夏堀や向井と話していた身からすると拍子抜けでさえある。ただこれは初宮が比較的成績の良い真面目な少女であったことも大きいだろう。
もっとも、より高度な学問を学ぶための高校や大学に関しては、エリートのほうが教育水準は明らかに上であり、初宮の心配した学力の問題が出てくるのはここから先となるのだが。
中学での大きな違いをあげるとすれば、それは週の授業にスーパーロボットに関するものがある事だ。
座学の他にも実機を使った簡単な操作を学ぶ授業があり、ここで興味を持った生徒がパイロット試験を受けるのがエリート層におけるもっとも多い志願の動機であるという。
サイタマ基地近くに設けられている多目的エリアには、学園関係者のため実技授業用に開放されているスペースがあり、生徒の中にはちょっとしたアトラクション気分で楽しみにしている者も多い。
〔どうしたの! チャレンジャーはもっと攻めてきなさい!〕
攻撃をきれいに捌き切り、攻め疲れて間が空いた初宮機を蹴り飛ばしたアスカは追い打ちをかけずに機体を仁王立ちにする。
彼女の駆る赤いラインの入った訓練用バスターモビルは、わざわざ作った仁王立ちのモーションから、さらに挑発のモーションに移行してマニピュレーターをクイクイと揺らした。
このカンフーのような挑発はかつて玉鍵が
これまではオリジナルの動作プログラムを組むなどしてこなかったアスカだったが、あるときから興味を持って簡単なプログラムの制作を始め、こうしてちょくちょく披露するようになっていた。
〔行きます!〕
蹴り飛ばされたとはいえ致命判定は出ていない。攻撃はすべて捌かれたが、こちらも反撃へのガードは間に合っていた。
それが手加減によるものだとしても、初宮にとっては貴重な訓練時間が伸びるありがたいもの。
自分は手を抜かれる事を恥じる段階では無い。それをよく分かっている初宮はアスカの挑発に乗って果敢に攻める。
このバスターモビルは最初期モデルを訓練用に機能制限した中古機で、背面の大型ブースターは取り払われている。そのため基本的に重力下では平面上の戦いしかできない。
搭乗前、この点に着目した初宮はここで大勝負に出た。
それはジャンプキック。推力を持たない機体でも脚部のパワーを最大まで使えば自身の全高に近い高さまで跳ぶことが出来ると、この機体モデルの経歴を調べた初宮は知っていた。
だがそれはこのバスターモビルに乗ってエースパイロットとなった天野の弟子たちにとって、ごく当たり前の基礎知識でしかない。
〔ナメんな!〕
奇襲のつもりで飛び上がった青いラインのバスターモビルの、斜めに突き刺すようなキックを余裕を持ってかわしたアスカは、その無防備に伸びた胴体に両手を組んだハンマースルーをお見舞いする。
解体用のハンマーのごとき振り下ろしの一撃を受けた初宮機は、ここで撃破判定を受けて安全プログラムに乗っ取り動作を停止した。
「
訓練用として実戦機よりパイロットの安全を考慮した機構が数多く組み込まれているとはいえ、それでも戦えば打撃の衝撃は相応に受ける。
これはむしろ意図的に残されているもので、ゲーム感覚で戦いたがる若者を痛みや恐怖という形で戒めるためのものであった。
〔初宮さん、怪我してないなら降りなさい。次がつっかえてるわよ〕
グラウンドの待避所にいる訓練教官の天野から拡声器で注意が入る。パイロット時代からさんざん乗っている経験上、この程度で
無様に倒れている初宮機と違い、さっさと降着姿勢をとったアスカの機体は胴体部を開口してパイロットの交代を始めていた。
(強いなぁ……玉鍵さんみたい)
サイタマで天才と呼ばれる赤毛の少女との格差を感じるも、それでも初宮は不思議と腐る気にはならない。
少しづつ、けれど着実に前より強くなっている。その実感があるから。
「すごいわね、あなた」
倒れた状態からお座りの姿勢にしたバスターモビル。そのシリンダー型のコクピットを開いて降りようとしたところ、交代の女生徒が話しかけてきて初宮は面食らった。
これまで特定の、具体的には天野の教え子くらいしか話してくれない初宮にとって、もしかしたらこれが初めての伝手の無い無関係な相手との会話になるかもしれない。
「あ、ありがとう。でも見ての通りぜんぜん敵わないから」
「それでもすごいわよ。さすがは現役でパイロットしてるだけはあるわ。それにフロイトさんって――――恐いじゃない?」
彼女の言うようにアスカは好戦的で、相手を選ばすズケズケ物を言うなど恐い面は確かにあるだろう。
初宮とて初日に大喧嘩をしていなければ、それこそ睨まれただけで委縮してしまうような、どちらかと言えば苦手なタイプである。
しかしそうは言っても若干の影口に思えた初宮は、あははと愛想笑いしてコクピットから這い出した。
玉鍵はこういった悪口めいた会話をしない人間で、夏堀と初宮の興が乗ってそういった口ぶりになると、どこか詰まらなそうにしていた。
そのためか、初宮たちも次第にそういった話は玉鍵の前では控えるようになり、恥ずかしいという感覚が湧くようになっていた。
「放課後に少し話さない? ちょっとパイロットについて興味があるの」
「えっと、訓練の後でなら」
遠巻きにされている今の現状を変えるには、クラスでの交友関係の広がりが必要。そう考えた初宮は勇気を出して彼女の誘いに応じることにした。
<放送中>
訓練でかいた汗をシャワーで流して、急いで教室に赴いた初宮。
少しは体が運動に慣れてきたようで、初日からの数日間のようなヨロヨロの無様は晒さずに済んでいる。
とはいえ与えている負荷に対して体力も筋力も身に付くのはまだまだ先の話で、今日も関節と筋肉が悲鳴をあげているのは変わりない。
アスカたちのような絞られた体になるのはまだまだ先だろうなと、自身の甘えのある体を恥ずかしく感じる。この体のゆるみこそ彼女たちとの実力差なのだから。
息切れしながらやってきた初宮にたいして、クラスメイトは初宮の呼吸が整うのを待つことなく席から立ち上がると、笑顔のまま違う場所へ移動することを告げてきた。
物腰こそ柔らかいが、有無を言わさぬ口調で別の場所で話したいと言う彼女の言葉を聞いて、初宮がどこか嫌な懐かしさを感じたのは間違いではないだろう。
それはまるで初宮の両親が頼み事をしてくるような、下手でありながら聞くのが当然と言わんばかりの空気だった。
話したことの無いクラスメイトとの交流に、少なからず不安はあった。
しかしその不安とは別の何かが初宮の頭に湧き上がる。
言葉にするなら、警戒心。
「ここでは、ダメ、なんですか?」
呼吸を整えると一口に言っても、鍛えていない者にはそれは存外難しい。息を落ち着けようにも心臓は変わらずバクバクと鳴り続け、それにつられてもっと息をしたい衝動に駆られてしまう。
「友達もそこで待っているのよ。彼らも貴女と話をしたいって」
だから行きましょうと、クラスメイトの少女は初宮の手を掴んで強引に歩き出そうとした。
訓練で疲労している足を突っ張り、初宮は歩くのを拒否した。
「手を放してください」
すでに初宮から放そうと何度か試みていたが、その仕草を知りながら掴んだままでいるクラスメイトについに口頭で要求する。
「どうしたの? すぐそこよ。大丈夫だから」
手を放すことなく、むしろ握力を強めたクラスメイトは初宮を引っ張るのはやめて歩くのを言葉で促す。
「手を放して」
授業で声を掛けられたときから頭の隅に違和感はあった。教室に入ったとき、その違和感はますます強まった。
このクラスメイトは
まるで家電製品を見るような、ボタンを押せば要求通りの性能を発揮する道具を見つめる目が言っている。
おまえは頼み込めば人に従う、都合のいい道具だろうと。
「放して」
それは大嫌いな幼馴染と、彼の親に娘を差し出してへつらう両親の目と同じ。
「な、なにを怒ってるの? いいからっ、ね? すぐそこだから!」
そう言って今度こそ強引に引っ張ろうとしてくるクラスメイトに、初宮はいよいよ本気で抗うことにした。
どこに行くのか、誰に合うのか。なにひとつ説明をせず、ただ従えと口にする彼女の行動が初宮のトラウマをどうしようもなく刺激したから。
「嫌っ! 放して!」
完全に拒否の声を上げてクラスメイトの手を振りほどく。初宮の危機感はすでにマックスに達していた。
振りほどかれた手を見て、それまで笑顔を張り付けていたクラスメイトの顔が醜く歪んだように見えたのは、初宮の嫌悪感がそうさせたのだろうか?
「帰りますっ」
ここから離れなければいけない。脳内の警鐘に従い、少女はクラスメイトが出ようとしたドアとは違う出入り口から教室を出ようとした。
しかし、自動で開くドアの感圧センサーに初宮が達するより速く、別の誰かによって外からドアが開かれる。
そのままゾロゾロと入ってきたのは6名。クラスも学年も違う男女の生徒たち。
彼らは出て行こうとした初宮のために道を空けることなどなく、逆に初宮の行く手を塞ぐ形をとった。
「……退いてください」
「そんなに怖がらないでくれ。おれらは君と話がしたいだけだ」
男性の威圧感に唇をかみながら、それでも毅然として要求を口にした初宮に向けてリーダーらしい男子が猫なで声を出す。
その声に心底気持ち悪さを感じた初宮は、思わず後ろに下がった。
「何か誤解してるわ。私たちは貴女に危害を加えるためにここにきた訳じゃないわよ?」
下がった後ろに寄ってきていたクラスメイトに肩を掴まれた初宮は、本能的な防御で身を硬くした。
「聞いてほしいんだ、君に頼みたいことがあって。今この学園は銀河の残党が固まっておかしな――――」
「私はパイロットの話がしたいとしか聞いてません! 放して!」
振りほどこうとするも、筋肉が痙攣するほどに訓練で痛めつけた体ではうまく逃げることが出来ない。
そして確信する。ここまで拒否されても自分たちの要求を突き付けるのをやめない相手など、間違いなく碌でもない連中だと。
「だからフロイトさんと仲がいい君から、彼女に――――」
「なにしてんのよぉ!!」
突如、強烈な怒声が廊下と教室中に響き渡った。
赤毛のツインテールを振り乱し、ドンドンと出入り口を塞ぐ生徒たちを押し分けて入ってきた少女。
彼女は最後に初宮を押さえつけていたクラスメイトの顔を掴むようにして、力任せに後ろに押し倒す。
そして悲鳴を上げて転倒したクラスメイトに一瞥もくれず、初宮を庇う立ち位置で振り返り、強い闘志が漲る瞳をリーダーらしき男に叩きつけた。
赤い髪の毛が火を思わせるほどの気迫を受けて、彼とその取り巻きは目に見えて狼狽え後ずさる。
この人数差でなお、アスカという少女は教室の誰よりもエネルギーに
「女の子ひとり囲んで何してしてんのよ! ええ!? 私がなんだって!?」
隙を見せれば喉に噛み付いてくるのではないかと思わせる犬歯を前に、彼らの全員が説明を躊躇い顔を見合わせる。自分は嫌だ、誰か説明しろと言うように。
「まぁーだ諦めてなかったんだ? 私たちが断ったからって、気の弱い留学生を囲んで無理やり頼み込むってのはどうかなぁ」
ドアから新たに入ってきたのは、端末を片手に弄っている花代ミズキ。
「ひとりに誘い出させた後は、取り囲んで人気のない場所でずっと説得という名の脅迫をするつもりだったんでしょうね。陰湿」
眼鏡のレンズに投影させた古典映画を横目に、やる気なく入ってきたのはミズキのパートナーを務めるベルフラウ・
「そういうの織姫と一緒なんでぇ、やめたほうがいっすよ?」
最後に入ってきたのは4つのカバンを抱える春日部つみき。
訓練での賭けで
「き、聞いてくれフロイトさん! 本当に今この学園では――――」
「黙れ! だったらあんたらが何とかしなさいよ! 人に頼るな! 帰るわよ、ユカ」
腫れ物を扱うような態度の男子に気炎を吐いた少女は、その勢いのまま強引に手を掴んで初宮を引っ張って歩かせる。
同じ強引で無理やりでありながら、アスカから感じるそれはとても強くて暖かいと初宮は感じた――――まるで玉鍵のように。
「ったく……あんな怪しい空気出してるやつにホイホイ付いていくんじゃないわよバカ!」
廊下をズンズン歩み、そのたびに揺れるツインテールを見つめながら初宮は目の前の少女の強さと、何より人格に奇妙な感動を覚えた。
大人数に囲まれている人を助ける。それがどれほど勇気がいる行為であるか。誰かに手を差し伸べる精神がどれだけの道徳を表しているかを想って。
「ありがと、アスカさん」
「っ、別にあんたのためじゃないんだから。バカどもに変な事を吹き込まれたらこっちが困るの! と言うかアスカさんって、誰が名前で呼んでいいって言ったわけ?」
「アスカさんもユカって言った」
「わ、私は姉弟子だからいいのよっ!」
強引な論法を展開してそっぽを向いたアスカに初宮は小さく苦笑し、気持ちを新たにしてこの格上のライバルを『追い抜く』と決めた。
パイロットとしての実力だけではない。アスカという少女は、きっと人となりでも玉鍵に認められているのだろう。
ならばこの少女より実力だけでも上にならなければ、自分は決して玉鍵のパートナーにはなれないのだと感じて。
後日、2人は互いの呼び方が意識せずに変わったのに気付いた。
そしてそれを互いに不快には思わなかった。
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