第173話 駆け引きの中の恩恵? 新たな機種選択リスト解放!
『WILD・WASP』。
『ロボットへ変形する戦闘機』をコンセプトに、現実に存在した戦闘機を参考として設計された『航空機からロボットに変形する』シリーズだ。
このシリーズはロボットが別のものに変形するのではなく、まず戦闘機形態が設計の初めにあるちょっと異色の開発経歴を持つ機体になる。
それが他とどう違うんだと言えば、こいつは戦闘機での運用が主であり、ロボット形態を含む他の形態は副次的・副産物な形態であることがあげられるだろう。ロボットへの変形こそ、このシリーズはついでに近いのだ。
(この電力転換装甲、ってのはなんだい? 電磁装甲の一種か?)
乗機選定のためにワスプについて調べてはみたが、専門用語がポロポロ出てきてスーツちゃんのかみ砕いた説明が無いとわっかんねえわ。リアル寄りはこういうとこ面倒くさいぜ。
《装甲やフレームにエンジンから出る余剰パワーを流すことで、一時的に分子結合を強固にして防御力を上げるっていう機能だよ。電磁装甲は発生させたプラズマで通過する物体を破壊する攻撃的な代物だから全然違うぞ》
(分子結合を強固にねえ。何度もやったらそれこそ材質からボロボロになりそうで怖いなオイ……しかし、思ってたよりは防御に意識を割いてんだな)
1発当たったらアウトのロボットだとばかり思ってたよ。まあそれでもスーツちゃんが選定から弾くくらいには脆いんだろうが。
《戦闘機形態ではほとんど機能しないけどね。パワーのほとんどは飛行性能に向けられるから。逆にロボット形態は一番出力に余裕が出来るから一番固くなるよん。中間形態はまんま中間ナ》
形態によってエンジン出力を使い分けて、それぞれ能力パラメーターが大きく変わるのか。
航空機の時は機動力を優先。ロボットの時は防御に回すってなもんだな。無駄が無いというか、何事も切り詰めた感じで良くも悪くも余裕がない。
軍の実在した戦闘機が雛形だけに、他のロボットに比べてどことなく軍用ってイメージがある。
見た目からしてそのあたりの分離機とは違っていて、ちゃんと揚力も使って普通に飛びそうだもんよ。
こういった航空力学に沿ったフォルムってのはそれだけで機能的で、自然とカッコよく見えるな。『ガキの玩具』みたいな形状とは一線を画していると言ってもいい。
(キャスたちが使ってる『WF1』は『WILD・WASP』シリーズの旧式か。後ろの『F』は
《ウィ。WBなら
調査ならいっそ電子戦機が都合がよかったな。まあ無いもんはしゃぁない。
《エリート層ではWF1の発展機にあたるWF4、低コストモデルWF9、極一部で実験機WFX11がテスト段階だじぇい》
「一般の辛いとこだな。ちょっと戦績が良い程度じゃ型落ちしか回ってこねえ」
たまにこっちにも新造機が回ってくることもあるが、あれは人柱的な段階の代物で実戦テストをさせようって魂胆だからむしろ危ない。高性能だと喜んで乗ったらアホな不具合で死んだりするから、もの知らずのガキをモルモットにするトラップみたいなもんだ。
あとはコネってのもあるな。ファイヤーアークがまさにそれ。プリマテリアルを潤沢に使ったことで同じクラスより強力な最新鋭機だ。
パイロットがヘボじゃ、ロボットが多少強かろうと意味ないがな。タコが使うだけ丸損だ。
プリマテリアルはロボットの修理やオプション装備の開発にも使う。ファイヤーアークの建造に割り込まれたせいでこういった部署にしわ寄せが行っちまって、修理待ちのロボットや追加兵装の要求が溜まっているらしい。
思い切りブッ壊れたらサイタマに上げるだけで済むんだが、半端な破損は第二で直さないといけないから逆に大変なんだとよ。オプション兵装の生産は特殊な物を除けば一般で作って揃えるしかないから困ってるようだ。
今は第二とサイタマで連携してるから、大日本時代より事情はマシにはなってきてると
「玉鍵さぁーんっ、お昼一緒に食べましょう」
星川たちは授業が終わるとすぐやってくるな。
湯ヶ島と槍先が席を動かして合体させて、雪泉と星川が全員のイスを持ってくる。
経過は良好で今日あたりギプスが取れるらしい。ここからリハビリもあるからフルメンバーで出撃はもう少し先の話になるだろう。
《自然と隣を確保するシズクちん、恐ろしい子っ》
(たまたまだろ。毎度おかずでカレー風味のやつだけバクバク食いやがるから参るぜ)
根っからカレーが好きみたいなんだよな、雪泉。
こいつは小柄のおかっぱで、クラスでオレと身長が一番近い。身に着けている小物や私服から水色っぽいイメージがあるのに、こと食い物の趣味だけは黄色みたいだからギャップがすげえわ。
《それで今回はちくわ天のカレー粉かけを作ったのだナ。餌付けしとるのぅ》
(賞味期限だ。他意はねえ)
向井は――――混ざる気はないか。さっさと出て行っちまった。あいつの分の角煮は基地で渡すか。個別のタッパーに分けててよかったぜ。
「作りすぎたからよければ」
「!? お、おぉ……ゴロゴロお肉っ」
「…これはポークのKAKUNI?」
「すげえっ、伝説のブロック肉! スライスされてない!」
「チキンの何倍だっけ? 前ヨリ安くなったけどまだまだ高いヨ」
「た、玉鍵さん! これいいの!? ホントに食べていいの!?」
「(この中で一番食い気が強いな湯ヶ島は)ああ、いただきます」
「「「「「いただきますっ」」」」」
やっぱガキは肉だなぁ。目の色が
……星川の座っている席は夏堀の席か。あいつ飯は食えてるかね。禁断症状でそれどころじゃないかもしれないがよ。
帰り際にでもちょっと様子を見に行くか。面会が無理そうなら三島が止めるだろう。
「そろそろ学校祭ね」
「出し物ってどんなものが許可されるんだっけ? 食べ物系は軽食くらい?」
「…強烈なにおいがするもの、腐りやすいものはNG。カレーはOK」
「シズクはカレー屋サン推しダテサ」
「おまえそればっかな。ライスの用意だけでも大変だぞソレ」
「ねえ、玉鍵さんは何か出し物のアイディアある? 玉鍵さんがやりたいって言えば満場一致だと思うわよ」
(あん? えーと、スーツちゃん解説頼む)
《第二の学校祭でやる催しだよ。クラスの出し物のリクエストを聞かれてる。考え事かね低ちゃん
(ありがとよ。ちょっとボケッとしてただけだよ。学校祭かぁ、あれだろ? 学園漫画でよくある文化祭ってやつだろ? 実在するんだな)
《オゥイエス。スーツちゃんはミニスカメイド喫茶を推しまぁす! メイドの王道はロングスカートなんて識者ぶったこと言ってないで、若いうちは足と欲望を出してこうぜ、
(速やかに去れ、邪悪なるものよ!)
とはいえ急に言われても何も浮かばねえなぁ。ああいうのって飲食以外だと芝居とかお化け屋敷とかが定番だっけか? あとはつまらねえ部活やクラブの活動報告とかで、漫画の主人公たちは人の来ない催しをなんとかしようと奮闘するってのがお約束だよな。
ま、オレは部活なんてやってないからクラスのもんだけ考えればいいか……ダメだ、思いつかん。
オレの学校知識は漫画とかばっかりだから現実と乖離してる気がするな。考えなしに口走ったら変な意見を言っちまいそうだ。それに――――
「(オレからは)特に無い(。ガキのお祭りなんだから若い奴が決めな)」
――――これはガキの祭典だ。やっぱ正真正銘の学生が主導するべきだろうよ。
たとえ参加が人生初めてでも中身のオレはもうオッサン、半分以上は部外者だ。
もちろん成人が学び直すために学校に通うのを悪く言うつもりはないが、オレみたいなのは出る幕じゃねえ。今さらだ。初めてだからって幼児のアトラクションに参加する大人がいていいわけはないからな。
「えー、遠慮しなくていいじゃん。そりゃ玉鍵さんが意見言ったら本決まりみたいな空気になるけどさー」
「っ、ノッチー! このバカ!」
「オー、ウチの子がゴメナサイヨー」
「…なら玉鍵さん印のカレー屋とかどう? 絶対に受ける」
「それシズクちゃんが食べたいだけだよね? 真面目にやろうよ」
《ねーねー、ひとつくらい言ってみれば? 低ちゃんだって生徒として通ってるわけだし、口出す権利くらいあるっしょ》
(オッサンの出る幕じゃねえ。学校の主役は学生さ、オレは決まった物の裏方でもすることにするよ)
雰囲気でも味わえれば上々さ。オレはこいつらの学生生活に潜り込んできた異物。主役を差し置いてしゃしゃり出るのは強欲ってもんだ。
《ではスーツちゃんからミニスカメイド喫茶改め、ミニスカファミレスに一票! ファンイベントにファミレス衣装で格闘技しようZE!》
(執拗にミニスカに拘るな。あとなんでファミレス店員が
《スーツちゃんの! 目が! ブラウン管PC時代のうちは! 低ちゃんにアンアンでミラーズな衣装を着せてみせる! 圧倒的にバストが足りないのは譲歩しようズ》
(上から目線で胸を強調した衣装のイメージを送ってくんな。なんだこのエロ衣装? 時代の波に押されて閉店に追い込まれてしまえっ)
<放送中>
いつもの白ジャージ姿で整備棟にやってきた玉鍵を最速で捕まえた獅堂は、飛ぶような勢いで詰め所に連行してまず
基地内で放送された『スーパーチャンネル』の映像で、この少女が戦闘中に出血していたことを知ったからである。
特に吐血していたことは気になっており、獅堂は先日捕まえ損ねた玉鍵がやってくるまで心配のあまり餓えた猛獣のように整備棟をうろついて、若い整備士たちをおびえさせていた。
「怪我は擦過傷と打撲くらい。口からの血は口内を派手に切っただけ。内臓は問題はない」
あれだけ心配したことをなんでもない事のように淡々と述べる少女に老人は言いようのない徒労感を覚え、やがて深い溜息をついた。
大きな怪我が無いならそれで何より。あまりに飄々とした顔をされると若干の怒りも湧き上がるが、さすがに心配を返せとまで言うのは言い過ぎかと踏み留まる。
「ならいいわい。ちゃんと治療はしたんじゃろうな?」
「もちろん」
古参兵の睨みつけるような眼力をものともせず、両手をグーにして持ち上げると軽く屈伸をしてみせる少女。
これでいて意外にひょうきんなジェスチャーもする玉鍵にホントかよと言う言葉を飲み込んで、獅堂は鍵付きのデスクに閉まっていた
しかし、そこから端末を開くでもなく落ち着きなく弄り回しながら獅堂は珍しく言い淀んだ。
「それと、あー、嬢ちゃん。あれよ、パイロットスーツのことなんじゃがな……」
これまで散々パイロットスーツを着用しろと言ってきた手前、かなり言い辛いと老人は内心で頭を抱えた。
(こんな貧相な
先日の出撃からの帰還のとき、玉鍵が負傷していることを番組で知っていた整備士たちは待機している救護班を横目に気が気ではなかった。
乗っていたクィーンガーベラを失い、それでもなんとかキングボルトに同乗して戻ってきた玉鍵。だが彼女が吐血したシーンは衝撃的で基地中に動揺が走ったほどであり、誰もからその容体を心配されていた。
それこそ格納庫にいた人間は誰しもすべての仕事を放り出して、玉鍵が戻ってきたら無理やりにでも医療室に担ぎ込もうと考えていたほどに。
基地では彼女が治療を拒むことは有名で、その理由もクローン事件から納得はできている。
だが治療の遅れから取り返しのつかないことになる可能性を考えれば否応はないだろう。
――――しかし、キングボルトのコックピットから姿を現した玉鍵たまを見た人間、その全員があらゆる思考を停止してしまった。
次に思考力が戻った時、すでに玉鍵は夏堀マコトを担いでその場からいなくなっていた。
……残されたのはとてつもない光景を目の当たりにして、言いようのない衝動に悩まされるものばかり。
玉鍵たまのパイロットスーツ姿。それを比喩的に表現すれば、あまりにも生物の根源に、命のサイクルに訴える代物であったから。
(おかげで若い連中は男、いや、女までしばらく使い物にならなくなったわい。ありゃダメじゃ、大げさでもなんでもなく嬢ちゃんが際どいパイロットスーツ着たら基地の風紀が乱れちまう)
これに関しては基地長官の高屋敷法子も危惧したようで、『スーパーチャンネル』の映像の修正はもちろん、基地内の監視カメラ映像も該当部分の削除を命じたというのだから本物だ。もし外に流れたらどれほど影響力があるかはわかったものではない。
下手をしたら玉鍵は外に出られなくなるだろう。中学生の自分が男女問わずあらゆる人間から
幸い獅堂は高齢もあってすでにそういった衝動は無くなっているからまだいいが、担当の少年整備士たちはひどいものである。
せめて整備士ではなくひとりの男として出来る忠告は、『出せるものはぜんぶ出しとけ』くらいなものだった。男という生き物はとりあえずそれで頭は冷えるのだから。
(女子に関しちゃ管轄外じゃ、
「わかっている。パイロットスーツは今後もジャージの下に着込む」
「……そうしてくれ。なんかスマンの」
言い辛そうにする姿から察したのだろう。玉鍵は恥ずかしそうにそう呟いた。これで羞恥心は人並み以上の少女であることを知っている獅堂はいたたまれず、すぐ別の話題を振ることにした。
「しかし、いや、純粋に疑問なんじゃが、どうしてジャージを脱いだんじゃ?」
今さらながら浮かんでいた疑問にモヤっとした獅堂は、蛇足と思いつつも申し訳ない気持ちで質問した。このさい聞いておいたほうが仕事中に気が散ることもないだろうと考えて。
パイロットスーツをジャージの下に着込んでいたのはいい。それ自体は獅堂も常々言ってきたように安全に関わること。むしろ羞恥心を堪えた事を褒めてやりたいくらいだ。
ただスーツを中に着込んでいるなら上のジャージはそのままでもよかったはずだ。なぜ脱いだのか。玉鍵の着ていたスーツはボディスーツに近い薄手のものなので、おそらくそのままジャージを着込んでいても宇宙空間の遊泳や操縦に支障はなかったはずだ。
もちろん衣服の微細な違和感が感覚を狂わせるなど、パイロット個人の事情もあるだろうから整備の感覚では分からない部分で嫌ったのかもしれないが。
「……操縦席に散った血をジャージに吸わせた。漂っていて邪魔だったから」
「っ! な、なるほどの! そうか、無重力だったな!」
疑問が氷解した獅堂は余計な質問をしたことを申し訳なく思った。玉鍵とて好きで脱いだわけではないだろう。
無重力状態で漂っている血液を嫌い、脱いだ自分の衣服をコックピット内で振り回すなどして血の除去を試みたのだ。
(いやバカな質問しちまったぜ。古参の整備兵を気取っても現場のパイロットの判断を予想できない程度じゃ威張れねえなぁ)
バツが悪そうに白髪頭をガリガリと掻いた老兵は、もう一度空気変えるために新しい話題を強引に振ろうと、ずっと手にしていた端末を開く。
「ガーベラを失った、すまない」
そこに沈んだ声を聴いた老人が顔を向けると、玉鍵がポニーテールにした頭を獅堂に向けて下げていた。
――――美しい髪に隠れていた白い首筋にはコックピットに叩きつけられたときに出来たであろう、擦り傷があった。
「バッカやろうっ。おまえ生きてりゃいい。あんだけ戦ったうえでの事なら儂らは満足じゃ」
思わず頭を撫でると玉鍵はビクリとしたが、特に嫌がることはなかった。
(まだ親に甘えていてもいい歳なのにのぉ。こりゃだいぶ前から……いや、下手をしたら初めから保護者と言える大人がおらんのかもしれん)
玉鍵は獅堂にとって命の恩人だが、基本的な関係は整備士とパイロット。あえて深く内情を知ることはなかった。
過去にクローン事件が表ざたになる前の段階で玉鍵の事も少し調べたが、獅堂の持つ伝手くらいの情報では詳しいことは分からなかった。
せいぜい彼女が取得している市民コードが混乱期に発行された暫定のパスから再発行された、やや怪しい出の物と知れただけである。
といってもその程度の話は別に珍しくない。血みどろの都市大戦さえ経験している老人は気にも留めなかった。
たとえ目の前の少女が偽の市民コードを使っていたとしても――――それは自分とて同じなのだから。
戦後の混乱と貧困の社会で、自国そのものを失った人間が一般人として都市に潜り込むには別人になるしかなかったのだ。
老いた兵に帰る場所などもうどこにもない。だが、十代の子供であればまだ故郷と思える場所を自分で作れるだろう。それを助ける手助けこそすれ、いらぬ事をほじるような真似をする気など獅堂にはなかった。
「……ありがとう」
「おう。若いのにはいつものように差し入れでもしとけばええわい」
玉鍵の整備士への気遣いと境遇への共感から、心の奥に残っていた怒りもきれいに消えさった老人は穏やかな気持ちで立ち上げた端末を手渡した。
「カタログ? ――――サイタマ所属が混じってる」
「そうだ。第二だけじゃねえ、サイタマから調達できる手筈が整った機体のカタログだ。分かっとると思うが他のパイロットには見せんでくれよ」
さすがに不公平じゃからなと続けて、獅堂は端末データを覗いてキョトンとしている玉鍵の様子を改めて伺う。
もしかしたら怪我を押して無理をしているかもしれないと思って。
(夏堀の嬢ちゃんのことをかなり庇っとるだろうからな。もし自分が大きな怪我をしていると知られれば、それだけで周りから夏堀の嬢ちゃんに敵意が向いちまう。そういう無理をしそうな子じゃ。大人の儂らが気付いてやらんと)
「長官から連絡があってな。
玉鍵たまはワールドエースとして突出した戦績を持つパイロット。そんなエースに一般に降りてくるような型落ちの機体を使わせるのはあまりにも勿体ないとの判断から、サイタマ都市と第二都市の上下間で協定が結ばれたのだ。
第二基地の設備でも運用できる機体という制約はつくが、エリート層で使われている上位機種を貸し出すことが可能になったのである。
これは今まで大日本国の、つまり銀河派閥の都合で私的に動かされていたセントラルタワーにある大型輸送エレベーターの使用状況が改善されたことが大きい。でなければいくら上層部で取り決めても、現場は過密スケジュールでパンクするだけであったろう。
ただしこの条約、話を持ち掛けたサイタマの指導者ラング・フロイトには裏の思惑もある。
ロボットの帰還時にサイタマ付きの機体はゲートを潜ればサイタマに戻ってくる。ラングはそうソロバンを弾いているのだ。
そうなれば玉鍵はまたエリート層にやってくることになる。身柄さえ押さえてしまえば後はアスカあたりを張り付けてしまえばいい。
あの世話焼きの少女は頼ってくる者がいるかぎり残るだろうと。
持ち掛けられた条約を飲んだ第二の基地長官法子からすれば、これは苦渋の選択と言える。ラングの思惑に薄々気づいていながらも、戦闘で血を流した少女の事を思うと、少しでも良い機体を調達したかったのだ。
なにせ玉鍵たまという少女は、その戦績が示す通り必ずと言っていいほど激戦に見舞われる運命のようだから。
「先に確認したい。クンフーは使える?」
「……あぁ! す、すまんっ! あれは分解整備中じゃ。パイロットのおまえさんに一言あるべきじゃったな!」
てっきりエリート層の機体を夢中になって調べると思っていた獅堂は、思わぬ機体名が出てきたことに困惑し、やがて社会人として大きなしくじり、いわゆるほうれんそうを失念していたことに思い至った。
10メートル級スーパーロボット『クンフーマスター』は獅堂が進めている2案のうち、強化武装側の開発が思いのほか順調に行ったため、取り付けテストを兼ねて本体側の調整のため本格的に分解整備されてしまっている。
パイロットに使いたいと言われても、今から組み直して再調整していては次の出撃には間に合わないだろう。
(こりゃ儂の
獅堂は整備士だが老人とは思えないほどの柔軟な思考によってS技術のクセを理解しており、 ある程度の設計も手掛けている。クンフーはそんな獅堂にとって初めて設計の一部に関わった思い入れのあるロボットであった。
時代を超えて再び脚光を浴びたこの機体に、関わっていた自分が新たな力を授ける機会を得たせいか、獅堂は考えている以上に己が舞い上がっていたと反省した。
「わかった。それとガンドールの登録は解消する……しばらくチームが集まりそうにない」
「そうか、そうじゃな。気を落とすなよ。なんとかなるわい」
チームメイトの夏堀は危険な立場でパイロットに復帰できるかは不透明。初宮はエリート層にいる。パイロットが玉鍵と向井だけでは合体機であるガンドールを維持してもしょうがないだろう。
(嬢ちゃんが募集すれば2人くらいすぐ集まるだろうが、そんな勧誘ではあまり質の高いパイロットは入ってこんじゃろうなぁ)
来たとしてもワールドエースのおこぼれに預かる事を躊躇わない人間か、玉鍵個人に近づきたいだけの不埒な相手ばかりだろう。極少数は野心的なパイロットが募集に応じるかもしれないが、そもそものレベルが違いすぎる。頭数合わせにしかならない。
(やはりこの子の本命は単座機なんじゃな。そういう運命を背負っとる気がする。アレの開発を急がんといかん)
「登録解除はこっちでやっとこう。
ガンドールの分離機はそれぞれに拳銃型の認証キーが採用されており、これらは実銃としても機能する危険なものだ。これらはロボット関係のアイテムとしてパイロット個人に特別に貸し出されてはいるものの、基本的には基地内から出してはいけないものである。
コクリと頷いた玉鍵に満足した獅堂はこの場にいない向井にも、
「整備長、これはどのくらいで用意できる?」
今後の予定を考えていた老人が意識を戻すと、端末のカタログを流し見していた玉鍵がひとつのファイルを呼び出して空中にホログラフ表示を行った。
浮かび上がったのはサイタマ基地が提示した20メートル級可変戦闘機のひとつ。
『WF3000』と表記されていた。
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