第171話 1人と1着の朝食 ~豚角煮を添えて~

 ……クサクサ悩んで夜更かししても、いつもの時間に目が覚めた。習慣になるってのはこんなもんだな。


「というわけで豚の角煮を作ります」


《この豚野郎! あんたなんて糸で縛られているのがお似合いよ!》


「いや、そんな本格的に作らないから縛らねえよ」


《豚肉の量に引くわー》


「差し入れ分だ。整備にも詫びをせにゃならんしな」


 夏堀の件もだが、整備のガキどもあいつらが整備したクィーンを持ち帰れなかった事もある。ロボットはパイロットのためだけにある物じゃねえからな。世話してる整備たちこそ思い入れもあるだろうよ。悪いことしちまった。


 まずブロックの豚肉を棒で叩いて繊維をほぐし、4センチくらいに切り分けて軽く表面を焼く。このとき先に焼くのは脂身部分からが鉄則だ。こうして焼くことで煮ても旨味が逃げにくくなる。


 次に沸かしたお湯に皮付きジンジャー、長ネギの青いとこを入れたものに豚肉を突っ込んで3分ほど茹でて灰汁と臭みを飛ばす。灰汁はもちろん取っていく。


 別の鍋に煮た豚肉、乱暴に潰したねぎ、スライスしたジンジャー、さっきの鍋から煮汁をいれて調理酒とみりん、砂糖とソイソースを入れて再び煮る。


 煮立ったら落し蓋をして、さらにその上から鍋の蓋もして、あとは1時間ほど弱火でじっくりとさらに煮る。見ての通りだいたい煮るだけの工程だから、やろうと思えば素人でもそんな難しくないぜ?


 プロはもっと色々と入れたり手間をかけるんだろうが、家庭で作るならこんなもんだろ。


「んー、ついでに味玉も作るか」


《朝からラーメン作る勢いだナ。というか朝から豚角煮定食って》


「ラーメンは仕込みに何日も掛かるスープが本体だからなぁ。さすがにあそこまで労力はかけらんねえよ。それと角煮のほうは味見程度にひと切れ食うだけさ。怪我したせいか腹が減ってよ」


 常人以上回復力があっても怪我の治癒に栄養がいるのは同じってことだろ。それに体が若いのもあって朝からモリモリ食えらぁ。


 ゆで卵は冷蔵庫に作り置きの余り――――夏堀の分があったはずだ。これを使っちまおう。角煮作ってるなら味玉は難しいこっちゃねえ。ゆで卵を煮ている鍋に一緒に突っ込むだけでいい。


 角煮の出来上がりのだいたい20分前に入れてやると、沁み方がちょうどいい塩梅になる、らしい。


 これは家が中華飯店やってる春日部んトコのレシピを、あいつが家で作れるようアレンジしてくれたもんだ。


 最後は目で見て、良い感じに照りが出てたら完成。あとはこれに白ネギを細切りにして乗せてやれば、ちょっと上品さが出るからオススメらしい。


 味見程度だし今朝はそこまでしないでいいか。これにライスと日本式ピクルスのスライス、軽い具材のミソスープをよそって朝飯の完成だ。この場合、メインのおかずは味玉かねぇ。


《オアガリクダサイッ》


「イタタギマスッ、って、小学校が舞台のドラマかい」


 ああいうドラマって現実に即したものなんだろうが、今の時代もやってんのかね? オレは今回の中学が学校生活の初めてだから、小学校はわっかんねえわ。


「んー、やっぱ店のようにはいかねえな。味の締まりがいまいちだ」


 口に含むと感じるのは肉の脂身からプルリと溢れる、甘辛い味付きの油。次いで筋繊維がホロリと解ける感触と赤身から伝わる旨味。


 うーん、煮込みはまあまあうまくいってるか。不満が無い程度には柔らかい。赤身がちょっとパサってるのが気になるが。


 でも柔らかさより味が問題だ。なんか最後の一味が足りないっーか。春日部んトコで食ったのと比べて味の奥行きが物足りない。


「次は花椒でも買って入れてみるか。でもこの調子でやってるとスパイス棚の瓶が際限なく増えてくなぁ」


《独り言が多いけど、もしかして寂しいのカニ? 低ちゃん》


「独り言じゃねえよ、話し相手はスーツちゃんがいるだろ。元の暮らしに戻っただけさ」


 過去のリスタートでも他人と暮らしてた事なんて無いからな。一般スタートは不特定多数とタコ部屋。底辺はカプセルベッドでひとりってのばっかりだった――――


 ――――やべ、直近の底辺時代しかハッキリ思い出せねえ。もうひとつ前はどうだった? あれ?


「なあスーツちゃん、もしかして記憶も持ち越しにポイントがいるのか? なんか歯抜けになってる気がするんだがよ」


《それは低ちゃんがド忘れしてるだけでは? 人の名前もなかなか覚えられないし、覚えてもわりと忘れるジャン。例えば整備長の名前は覚えてる?》


「んんんんんっ? ……獅堂、そうだ獅堂って言ったはずだ、たぶん」


《それはファミリーネームだナ。ファーストネームは?》


「味玉は一味どころか二味は足りないなぁ。春日部の店のやつはニンニクの香りがしたはず。そのせいか? ソイソース垂らさねえと塩気が足りなくてライスが食えん」


《誤魔化したーっ、誤魔化したぞこの記憶オポンチ!》


「誰がオポンチだ。というかオポンチってなんだ?」


 店のレシピは飯の種。いくら商売にしないって言おうと完全なものを他人に教えてくれる訳はわきゃないか。


《ムヒョヒョッ……またスーツちゃんと2人暮らしだねぇ。美少女成分が減っちゃったけど、スーツちゃんは低ちゃんさえいれば問題なしでゴザル》


「……オレもだよ。結局はこれが一番気楽だ」


 もともとはオレの言葉で親と決別させて、行き場を無くさせちまった初宮の責任を取るために共同生活を始めたのが発端だ。次に来た夏堀のことは正直状況に流された感じの、惰性だったと思う。


 その初宮はエリート層に留学って感じに巣立って、夏堀は治療中。


 どちらも戻ってくる可能性はあるが、あまり高くはないだろう。特に夏堀は。


 陰でチームメイトであることが苦痛になるような目に遭っていたってんだから、気付かないオレはボンクラもいいところだぜ。メイン失格だな。


 だから罪滅ぼしとまではいかないが、あいつやあいつの家族が底辺に落ちるようなことにならないよう、オレが筋道だけはつけなきゃならん。


「次のロボットは20メートル以内、宇宙戦闘可能で選定するぞスーツちゃん」


《話の流れが突然すぎるゾイ。味玉からどうトランスフォームしたん?》


「昨日のねーちゃんとの会話はスーツちゃんも聞いてたんだから、予想できるだろ?」


 体よく使われてるようでちょっと癪だが、長官ねーちゃんの出した案に乗るしかねえや。


《沈黙した秘匿基地へ潜入せよ! ~あの子の大事なところを奥まで調査しちゃうゾ♪~ うーん、欲張りセット》


「朝から酷いサブタイトルを聞いた」


 ――――オレらは攻撃したつもりは無かったが、どうも例の秘匿基地にダイショーグンのラストアタックの1発が命中していたらしいと、基地に戻ってから聞いた。


 それ自体は別にいい。流れ弾が偶然に敵を撃破したり、逆にこっちがやられちまったりは戦ってればたまにある話だ。


 しかし奇妙なことに基地の分の戦利品は出ていなかった。


 秘匿基地の撃破って大量の物資が出てくる戦果を報告されて、慌てて戦利品が出現するスペースを開けて待っていた倉庫番連中は、いつまでたっても山盛りにならないスペースに首をかしげて報告を入れ返したようだ。


 本当に基地を潰したのか? と。


 親切な『Fever!!』様は敵を倒すことで『戦利品』と呼ばれる物資を、『オレらのいる世界本星』の決められた場所に送ってくれる。


 だからどっかの狩猟ゲームみたいに敵の残骸からパーツを剥ぎ取ったり、どこぞに置かれた物資コンテナを奪ったりはしなくていい。たとえ持って帰ろうとしても消えちまうしな。


 で、その決められた戦利品の出現場所にオレらの基地ってのは建造されているから、リアルタイムで戦果が分かるって寸法だ。


 戦利品が出てくる=撃破確定って方程式が成り立つから、パイロットによってはオペレーターからこの戦利品の情報を貰うことで敵を完全に倒せたか確認したりもする。


 敵によっては死んだふりするようなやつや、外から見ると大破したように見えてもまだまだ動くしぶとい敵もいるからな。不意打ちを食らわないためにも『倒せた』って確信できるのは、それだけで意外と重要な情報だったりするんだぜ?


 またこれは人間の略奪から物資を守っているという側面もある。


 S関係の施設を襲撃なんかしたら国際法による殺傷許可はもとより、下手したら『Fever!!』が出てくるわけで。


 どれだけ反社会的で実効戦力を持った勢力だろうと、『F』にだけは勝てないと誰もが知っている。

 だから死にたくないやつなら基地にだけは手を出してこない。となれば中にある物資にも触れないってわけだ。


 それでも頭のおかしいのがたまーに出るがな。そういうやつは例外だから無視だ。


「沈黙ねえ。単にギリギリ壊れてないだけって気がするぞ。ミリ残りってやつ?」


 あれから出撃日の終わり際に、第二基地から依頼を受けたパイロットが帰還前に遠方から秘匿基地を観測した。


 結果、ダイショーグンの攻撃によって基地としての機能は停止しているようなのだが、どういうわけか爆発もせずにあの場に居座ったままになっているらしい。


 ――――つまり機能こそ停止しているが、Sワールド的には撃破扱いにはなっていないことになる。


 そしてここからこっからが面倒臭え話だが、これは世界的にはひとつのチャンスとも考えられているらしい。


 Sワールドの新たな情報が手に入るかもしれない機会だと。


《死に体になった敵の秘匿基地内部を調査して、最終的には破壊を目指す。だいぶリスキーだとスーツちゃんは思うナリ》


「オレも同感だ。だが今のままじゃ夏堀の減刑が難しいようだ。世界の各都市が悪い前例を作っても黙るような、大きな手土産がいるんだと」


 犯罪に対して免罪の特例ばかりを設けたらルールの意味が無い。それでも夏堀の減刑を話の裏で認めさせるには、相応のメリットの提示が必要だってな。


 夏堀の罪状は大まかに言ってひとつ。申請したロボットと違うものに、整備や基地を『騙して乗った』というもの。これは『ロボットの私的利用』にも当たる重罪として問題視されている。


 中でも故意というのが一番マズイ。これを大目に見ると馬鹿なガキが他人のロボットに強引に乗ってなし崩しで奪うとか、タコい事件が多発しかねない。


《法子ちゃんもすごい事考えるよネ『なっちゃんのメインでの出撃は急に決まったことで、うっかり書類が遅れちゃったの(はぁと)。その証拠にダイショーグンのあの不思議な攻撃はなっちゃんだから出来たことで、初めから調査のための布石だったよ!』ということにしようってのはサ。マジ無理があるゾ》


『ダイショーグンチームは長官の指示で急遽秘匿基地を調査するつもりで戦ったが、トラブル続きで被害を受けすぎたので断念した』というのが、長官ねーちゃんがオレらに提示した大筋のシナリオだ。


 不思議な特性で敵を沈黙させたダイフラッシャーあの攻撃は、夏堀がメインで初めて使えると分かったから、それを出撃直前で利用することにしたってな。


 実態がどうだったかは煙に巻く。巻かれてやるかわりに利益を示せってなもんだ。


 他の連中に知らせて出撃日中に後を任せなかったのは、単純に獲物の横取りをされるのを苦労したオレらが嫌がったからってことにする。


 もともと過去にオレとアスカが仕留め損なった標的で、その片割れが参加している作戦。自分の獲物に固執するパイロットの話はよくあるし、多少は説得力もあるだろう。


「そうでもないさ。ダイフラッシャーはこれまでに使われた例の無い攻撃だ。どんな効果があるかは初めて使ったパイロットしか分からねえ。むしろパイロットもわっかんねえなんてモンはS技術じゃよくある話さ。言い張ってれば他人にはウソかホントか分かんねえよ」


 たとえ使ってなくても乗ってるパイロットにだけ武装の使い方や効果が急に分かる、という武装もたまにある。


 オレの乗ったゼッターガーディアンの『チャージスパーク』がいい例だ。あれも直近の話だしも疑り深い連中の納得に一役買うだろう。


「後は戦利品って成果で疑惑を押し流しまえばいい。もしくは新しい話題とかな。大抵の人間はガキの疑惑なんてずっとほじくってるほど暇じゃない。それでもほじくりたがる銀河派閥ってタコは、この世からだいたい消えたしよ」


 これまですべての国をひっくるめて、敵の基地施設を詳しく調べる事が出来た例は無い。撃破したら大爆発が定番で、その後はわりとすぐに消滅しちまうのがSワールドの敵と施設の特徴だからだ。


 だから爆発もせず、消滅もせずに残っているのは極めて珍しい。


 調査すれば何かおもしろいものがあるかもしれないし、無ければ無いでパイロットの危険を承知で調査を要求してくる、研究者肌のタコい連中も減るだろう。


 ……ガンドールチームで戦死した最年少の弟も、元長官がしつこく施設の調査を要求したせいで死んだみたいな形だったらしいからな。そういうクソみてえな交渉が将来的に無くなるなら意味はあるさ。


 使い捨ての試験紙みたいにパイロットを使い潰すやつがいるかぎり、今後もガキが無駄に死ぬことになる。そんなクソみてえな話はもう聞きたくねえ。夏堀の事を抜きにしてもやる価値はある。


《基地内部への潜入を前提に、20メートル以下で宇宙戦闘可能なロボットかぁ。一般だとだいぶピーキーな子しか無いゾ》


「あるにはあるんだな。例えばなんだい?」


《WILD WASPシリーズ。キャスちんが乗ってる系列だナ》


 キャスリンのアレか。ワイルドワスプはロボットと戦闘機、そしてその中間形態に変形できるリアル寄りのロボットだ。


 中間形態って珍妙な変形があるのが最大の特徴。普通はロボと戦闘機の2種形態で十分だからなぁ。


 形態によって特性が変わるのは確かに便利だが、使う種類が多くなるほど訓練時間が必要になるしパイロットごとの向き不向きも多くなる。

 キャスが戦闘機形態にこだわるのは、全部を一定以上の水準に習熟するのが難しいからかもしれん。


 習熟は重要だ。戦闘だけじゃない。ただ移動してるだけでも操作ひとつミスれば死ぬ可能性が付きまとう。それが機械に乗って動くってこった。なんでもゴチャゴチャ機能があればいいってもんじゃねえ。


 学生は職業軍人みたいに朝から晩まで訓練なんてしてらんねえしな。複雑なものを使うのはそれだけでリスクを抱えることになる。


《どれもすばしっこいけど脆いから、正直低ちゃんのスタイルには向いてないニャア》


「あー、ラッキーヒット1発で死にそうなロボットってイメージはある。確かにワスプはオレ向きじゃ無いわ」


 単座機なのにこれまで搭乗候補として残らなかったのも、やっぱ脆いのが欠点だからだもんな。


 今まで当たってないから紙装甲で平気ってのはアホの思考だ――――当たったら死ぬロボットに乗って、冷静な判断がどこまで出来る?


 性能だけじゃねえ、そういう心理的な影響もパイロットには重要なもんさ。


 ま、これは人によるがね。絶対当たらないって自信家ならいいんじゃね? オレは嫌だが。


 なんせダイスで出したLUCの値は普通のはずなのに、今回のリスタートはやたらと運が悪いから困ってるんでよ。


「向き不向きはともかく空きはあるのかい? ワスプはキャスのチームが同じロボットで揃えて5機も使ってるだろ」


《量産機のわりに性能は高いほうで、見た目もカッコイイから人気があるみたいだね。需要があるだけにそこそこ数はあるみたいよ。完動品があと1機。分解整備中のを含めると計2機、固定パイロット無しのワスプ系があるみたい》


 チョコチョコ軽快に動けて見た目もスマートなロボットだからかねぇ。航空機に変形できて空も飛べるとなりゃ、中二のガキは好きそうか。


 ただ、見えにくい欠点として耐G性能が低めだとキャスから聞いてる。チョコマカ動ける=荷重がキツイってことだから当然の問題点だ。


 小型のロボットなうえに変形機構まであるから、どうしても大型の荷重緩和装置を載せることができないせいだろう。こういったロボットはパイロット側に頼る面が出てくる。


 キャスたちの場合は耐G性能特化のスーツを着込むことで対処しているようだ。


 ブラックアウトによる失神を防止するために血流制御が自動で働くせいで、下半身をギリギリ締め上げられるから痛いとかボヤいてたっけな。体の出来ていないガキには余計に酷だろう。


《他だと宇宙戦闘できなくもない? って感じでクンフーも入る》


 クンフーマスターはサイズが10メートル級と最小サイズで、要求通り秘匿基地内部を動き回るにも向いているか。


 さらにクンフーにはコクピットバイクというほぼパイロットと同じサイズで動ける機動力もあるから、基地という大きな施設を調査するには便利かもしれん。


 このバイク自体も功夫ファイターという超小型ロボットに変形できるし、1丁だけだがレーザーライフルという武装も持っているしな。


 ただし問題は当のクンフーマスターの戦闘スタイルだ。


 攻撃はほぼ格闘オンリー。一応は目から出るビームと手を飛ばすロケットパンチタイプの飛び道具はあるが、射程ははっきり言って短い。


 戦闘距離が全般に長くなりがちな宇宙戦闘では射程に欠けるクンフーでは撃たれっぱなしになる危険性が否めない。それどころか宇宙での機動力もあいつはイマイチだったはずだ。


 基地に取りつく前に別の敵が現れる可能性もゼロじゃねえ。こいつもちょいリスクが高いな。


「んー、サイタマの赤毛ねーちゃんにバスターモビルを借りるって手もあるか?」


 バスターモビルもクンフーと同じ格闘機。しかしこちらは初めから宇宙戦闘向けに開発されているから三次元戦闘には滅法強い。


 見た目はずんぐりむっくりで鈍そうでも、強力な瞬発力を担保する大型ブースターを背中にふたつも積んでいるからだろう。


 あれに乗ってるアスカたちの耐G能力マッチョぶりが高いのも納得だよ。シャワーや着替えでチラッと見たが、細身ながらにパイロットが付けるべき筋肉はしっかりついていた。


 むしろ戦うのに不必要な筋肉を付けずに鍛えることが出来てるって印象か。緻密に組まれたトレーニングメニューと、それをちゃんとこなしてる努力の功績だろう。


 いやまあ、目指したロボットに乗れるよう最適の訓練を積ませる訓練ねーちゃんのシゴキの成果なんだけどな。


 女性としての美しさと両立した魅惑のボディに仕上げるってのが、あのねーちゃんの訓練ポリシーらしい。パイロットにただのマッチョはお呼びじゃねえんだと。


《それは無理。前にファイヤーアークに壊されたあと、そのまま全機廃棄されちゃってるヨ。低ちゃんのバスターモビルはザンバスターのパーツ取りにされてそのままだし》


「またあいつかよ。マジで祟られてんなぁ」


 もう腹を立てる気にもなれん。やっぱ聖櫃アークなんて御大層な名前が悪いんじゃねえの? 今後も響いてきそうな勢いだぜ。


《ミズキちゃんたちはバスターモビルの後継機に乗り換えるみたい。でもこれはまだ建造中でおます》


 エリートは出撃しなくても何もペナルティは無いし、訓練しながらじっくり新型を待つのはアリだろう。乗るロボットをドンドコ変えても毎週出撃したがるオレみたいなのが珍しいんだ。


「となると……脆いが戦闘できるワスプか、調査に向きそうなクンフーかの二択か」


 一長一短。どっちも正解のようでいて不正解にも思える。これが終わったら敵を倒して帰るだけのシンプルなルールでやって行きたいもんだぜ。


《いっそのこと法子ちゃんに言って護衛でもつけてもらえば? 停止した秘匿基地の事はもう公表されちゃったし、第二だけじゃなく他の都市からも調査や破壊を狙ってライバルが来ると思う。味方にも手数があったほうがいいんでない? もし邪魔されたらかなり危ないよ?》


「――――フレンドリーファイヤは禁止されてる。Sワールドなら誤魔化しはきかねえよ」


 どっちが先に突入するかで小競り合いくらいは起きるかもだが、さすがに殺し合いにはならねえさ。


 それやったら成果があってもパイロットは底辺行きで破滅だ。綺羅星きらぼしのような送られずに済むケースは極めてレア。知り合いが権力で助けてくれるのを期待するやつはいないだろう。


《低ちゃんが決めたならそれでもいいよ? でも護衛はうんぬんともかく、味方と固まるのはアリでない? シスターズの面々やキャスちん、あと陰キャ君とかサ》



「……調整が面倒くせえから今回は一人でやる。しばらくチームはいい」


 今までだってスーツちゃんと二人でシンプルにやってきたんだ。色んなやつとワチャワチャしてた最近がおかしいんだよ。


 ……チッ、味玉にからしを塗りすぎた。目と鼻がツンとくるぜ。







<放送中>


 仮眠室で目を覚ました高屋敷法子は、一度だけここで共に寝泊まりした少女とのやり取りを思い出して、朝から沈んだ気持ちになってしまった。


「FP構想、か」


『Free Pilot構想』。第二都市の緊急会合で法子が聞かされたその名称は、2週間後に迫る世界会議で急に取り上げられることに決まった議題である。


 すなわち各基地のエースパイロット限定で都市所属という枠から外し、世界各国の都市を相手に契約できる一種の傭兵とみなす構想だ。


 これまでも都市ごと、基地ごとの待遇差から不満を持つパイロットはいた。


 特に一般のパイロットにとってエリートより戦利品の税金割合が高いことは常に不満の種であり、モチベーションの低下を招いている件はたびたび話に上る。


 元一般出のエースパイロットである法子自身、不満を感じたことが無いと言えばウソになるだろう。


 だが、この構想を第二都市の有力者たちに持ち込んだ組織を考えれば、都市やパイロットの待遇を憂えたための提案ではないと分かる。


「これは間違いなくトカチやサガに逃げ込んだ大日本政府の官僚や政治家たちの案。フロイト政権とパイロットの――――たまちゃんとの離間の計だわ」


 玉鍵たまはサイタマと第二都市に属するパイロット。しかしこの枠組みから外せば様々な都市から高額な報酬を提示して、玉鍵個人に戦闘依頼が舞い込むようになるだろう。


 さらに今の時点では文言として書かれていないが、おそらくパイロットに対して一定の命令権を持つ条件が盛り込まれるはずだ。


 もちろん傭兵であるなら条件の悪い依頼は受けなければいい。それで済むだけの話ともいえる――――しかし、それが断り辛い類のものだったらどうか?


 病を患った子供のために貴重な医療品を。食糧不足の都市のために物資を。戦死した多くのパイロットの仇討ちを。


 そんな人情に訴える依頼をされたら、玉鍵あの子は断れるだろうか?


 偽りの依頼であれば『Fever!!』が黙ってはいまい。だがおそらくは嘘偽りをでっちあげる必要などない。


 そんな話、どんな都市にだっていくらでも転がっているからだ。


 あとは実入りの悪い依頼をそれでも引き受けた献身的な少女の美談として、大人たちは拍手だけを送ればいい。そうやって何度でも優しい少女を体よく使うためのお涙頂戴の物語を、自国の事実を組み合わせて作り上げるだろう。


 では断固として断ればいいのか? それもまた苦しい選択となる。


 たとえどれだけ断る理由が正当であったとしても、『人々の悲痛な願い』を無視したと世間に思われることになるのだ。


 無責任な世間からのいわれない非難を受けるのはもちろん、断った罪悪感を感じることになるだろう。


 どれほど理不尽でもそれが人間の性根。助けられる者が助けない事を、それだけで罪のように人は思う。心のどこかで。


「どうすればいいの……どうすれば止められる?」


 玉鍵たまというワールドエースを使える権利。それはどんな都市でも喉から手が出るほど欲しいもの。

 サイタマラング第二法子だけで反対しても多数決で押し潰されてしまう。


 条約として通ってしまった時点でサイタマと第二の壁は消え去り、社会的に無防備な少女に世界の願いという怒涛のような力が叩きつけられることになる。


 玉鍵は強い。並の子供ではない。だが――――


「――――社会の欲が、悪意が、正義の顔をして14才の子供に押し寄せてくる。こんなの……何が国家、何が人類のためよ。ぜんぶ自分たちのためじゃない……気持ち悪い」


 法子は人の善意と尊さを信じている。


 けれど、今ばかりは大義を掲げればすべての犠牲はやむを得ないという、指導者たちの持つ考えに気持ち悪さを感じずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る