第170話 覚悟の離別と、小さな批難
<放送中>
サブカルチャーオタクの高屋敷法子にとって『スーパーチャンネル』とは、子供が毎週楽しみにしているアニメ番組のようなものである。
もちろんこれは現実を映した映像であり、画面内でロボットが撃墜されれば若いパイロットが死ぬという事実は重々理解はしている。
それでもなお、人知を超える力で巨大ロボットが戦う光景は法子にとって何にもまして魅力的なものであり、道徳という概念を飛び越えてひとつの娯楽として見入ってしまう事だけはやめられなかった。
法子が基地長官という地位を目指したのも、ひとつはスーパーロボットという自らの興味を引くものと関係する職業に就きたいという、個人的な願望があったからだ。
層ごとの人々の不平等の緩和や、後輩パイロットたちの支援も目的のうちだが、やはり一番には己の欲があったことは否めない。
だがそれを悪びれる気はこの元エースパイロットには無い。
公僕の建前で滅私奉公など口にしても寒々しいだけ。自分がやりたいからやっていると豪語するほうが、よほど人間として健全な動機ではないかと考えているからだ。
Sワールドで戦うロボットが好き。Sワールドで戦うパイロットが好き。
整備が、建造が、支援が。Sに関わることが何より好き。
それが高屋敷法子の人生設計、活動動機である。
そんな彼女が頭痛の種を抱えて緊急会合から基地へと戻ってきたとき、たった3時間に満たない時間でとんでもない事態に陥っていたことが矢継ぎ早に報告された。
法子は座ろうとしていた長官室の椅子をそのままに、作戦室から該当の問題をまとめた途中報告を提出させる。
まず報告書からざっと拾った単語から嫌な予感を感じた彼女は、主要な問題について簡単にまとめられた部分を読み、信じられない気分で天井を仰いだ。
「マコトちゃん……なんでこんな事を」
そこに記載されているのは玉鍵たまとチームを組んでいる同年代のパイロット、夏堀マコトの暴走劇。
難戦の末に玉鍵が搭乗したクィーンガーベラは失機。幸いにして全員が生還しており、彼女自身は夏堀マコトのキングボルトに同乗して帰還している。
事実確認のために該当シーンの録画されている『スーパーチャンネル』の映像も視聴した。
一個人としても楽しみにしていた玉鍵の戦闘は、報告書で結果を知っているはずの法子でさえ血の気が引くような危険の連続。
夏堀の違反どうこうよりも、しばし元パイロットとして注目してしまったのはやむを得ない
(むしろ分離機1機だけの喪失でよく戻ってこれたわ。普通なら基地から撃ってくる長距離砲だけで全滅じゃない、これ?)
高精度・高威力の粒子加速砲は、光の速度であるレーザーほどではなくとも弾速は
通常の戦闘距離では視認して避けられるものではなく、相手が外さない限り回避できる類の攻撃ではない。加えて言えば、粒子砲系の攻撃は大気という厄介な壁の無い宇宙空間でこそ本領を発揮する兵器でもある。
宇宙基地に配備させる強力な防衛兵器として、これほど向いた物も無いだろう。
しかし玉鍵機はこれを宙域に漂う隕石を遮蔽に利用して、巧みに狙いを絞らせずに接近に成功。敵の虎の子の高精度砲を、砲口内へと直接ミサイルを撃ち込むことで破壊していた。
(
戦闘艦などに搭載される大砲の場合、多くは自身の威力に耐えられる設計がなされていると言われる。これは要塞などに備えられた砲にしても同様だ。
玉鍵は砲のシルエットから強固な目標と判断し、確実な弱点であろう砲の内部を攻撃することにしたと思われた。
(だからって、大砲の大口が向いているところに当然みたいな顔で突っ込んでいくんだから……この子は本当にもう)
砲内部にミサイルを突入させるためとはいえ、いつ撃たれるか分からないような状況下でも正面から挑む様は、まさしく玉鍵らしいクソ度胸だと法子は呆れてしまう。
さらに今回の彼らが選んだロボット、ダイショーグンが現れてからも苦戦は続いたものの、最後は敵の機動兵器を見事に撃破していた。
――――だが、ここで玉鍵機の格納部位である左足が破損して、宇宙へと投げ出される。
脚部が爆発した瞬間、玉鍵が生還していると知っていても法子は思わず口元を覆ってしまった。
そこからしばらく玉鍵の様子は映らなくなる。
クィーンガーベラが再び映像に登場するまでの間、法子は無意識に呼吸が浅くなってしまい、画面にようやく玉鍵が映った時には『ぶはぁ』と大きな息を吐いた。
ここから彼らは新たに現れた機動戦力に追われながらも、再びダイショーグンをフィールドへと呼び出して、見事にドッキングを果たした。
何気にSワールド史において初となる試みを成功させた彼らは、足なしの敵と対峙。これもまた撃破に成功している。
(たまちゃんが関わると、それだけでいつもとんでもないことが起きるわねぇ……)
戦いのおよその顛末を観終わった法子は、元エースパイロットの法子から基地長官の高屋敷の顔になって、Sワールドの新しい可能性に着目した。
戦闘内容は無茶苦茶であったが、やはりもっとも注目すべきは召喚型を2度呼び出せた件についてだろう。
これが特例で無いのなら、今後の新規ロボット開発に影響があるのは間違いない。
1度帰還したダイショーグンが多少なりと補強・修理されていた事を考慮すれば、召喚型は費用対効果の面で大きなアドバンテージを得るかもしれないからだ。
「――――ちょ!? たまちゃん大胆!」
しばし会合での不快な話を忘れて元パイロットとして、そして基地長官として少年少女たちの活躍を反芻していた法子。
だがそこで、大破したクィーンガーベラから宇宙へと脱出した玉鍵の恰好を見て思わず画面に顔を近づけた。
別に目を近づけずとも画面を拡大表示すればいいという、ごく単純な事を失念するほどに驚いて。
ブレイガーやザンバスターで宇宙戦闘を経験し、宇宙空間に対して用心したのだろう――――玉鍵は普段の白ジャージ姿ではなく、扇情的な白のパイロットスーツを着用していた。
薄くありつつも必要な機能を十分に備えるらしいそのスーツは、パイロット時代に法子が慣れ親しんだスーツと近いタイプに違いない。
そんな軽く嵩張らない特性を生かして、いつものジャージの下に着こんでいたと思われる。
「うわぁ、たまちゃん、うわぁ……」
この少女は普段は肌をあまり晒したがらない。それだけに露出の多いパイロットスーツ姿のギャップは、年上で同性の法子をして動揺してしまうほど魅力的であった。
「腰
14才という年齢の、大人と子供の境界にある少女だけが持つどこか背徳的な艶やかさを持つ体。
そしてそれを抜群の容姿を持つ玉鍵が見せているという現実。
理想を描き上げた映像の中の虚構ではない、触れようと思えば触れられる、湧き上がる衝動をぶつけられる相手。
――――思わず辿り着いてしまった邪な考えに、法子は自分を誤魔化すように大きく頭を振った。
そして女の自分でこれでは男性が見たら本当におかしくなるのではと、半ば本気で危惧を覚える。
しかしデザインは異なれど、似たような露出の女性用パイロットスーツはありふれている。それどころかより過激なものさえ出回っている業界であるからには、規制する理由付けが難しい。
(たまちゃんだからダメ……だと、スーツというよりたまちゃんが猥褻みたいになっちゃし。うーん、どうしよう)
せめて都市放送版からだけでもパイロットスーツ姿の玉鍵を削除する方向で考え、法子は画面から意識的に目を離すと椅子に深くもたれかかった。
これ以上見ていたら、何か良くないものに目覚めてしまいそうだったから。
「ホント、どうしたものかしら。やっぱり最後はたまちゃん自身に選んでもらうしかないのかなぁ」
玉鍵の活躍を見て不愉快だった気持ちが多少なりと晴れはしたものの、抱えた問題が解決したわけではない。しかも夏堀マコトの扱いという問題まで加わってしまった。
見れば保安隊長からの通信がいくつか入っており、メッセージには夏堀マコトが三島ミコトのラボに匿われているため手が出せないとの話や、基地長官の権限で夏堀の家族の拘束を許可してくれるよう申請する旨が入っていた。
「これは不許可。人質なんて取ったらいよいよ話がややこしくなるわ」
仮にこれが夏堀マコトの事でなくとも、法子はパイロットの家族を拘束するという手段に出ることは認めなかったろう。それでは子供に対する権力者の恫喝だ。あまりにも非道なことだと法子は考えている。
「んー、となるとそろそろかしら」
数分後。マイナーなアニメロボのシールが張られた法子の端末に予想した相手から連絡が入った。
〔――――高屋敷長官。今、いいですか?〕
スピーカー越しでも耳が吸い込まれそうになるほどの透明な声の主。
玉鍵たまからの連絡である。
「もちろんよ。こっちからもたまちゃんに連絡するつもりだったから。近くにグント君もいる?」
「
シャワー室の鏡で自分の体を見て、視覚的にどの辺に怪我をしているのかを自覚したらはっきりした痛みを感じるようになった。
全体的に軽い擦過傷と打撲程度とはいえ、腫れた箇所に触ればそこそこに痛みはある。温いお湯に溶けて流れていくソープが
ちょうど隙間の時間だったのか、誰もいないロッカーに戻って着替え用として持ってきていた下着をつけていく。
せっかくシャワー浴びても汗で汚れた下着を付け直したら意味ないからな。買って糊を落としただけの肌着はまだ新品らしい付け心地がするぜ。
《ニャーン♪》
「あん? ああ、この小さいマークって猫の足を模したやつか」
夏堀と服を買いに行ったときについでに買った下着だ。例によってスーツちゃんの趣味全開の上下で、小さなドット柄みたいに肉球のマークが全体にちりばめられたデザインになっている。
ガキくせえのが好きなんだよな、このロリコン無機物め。
戦闘で血染めになったシャツとブラは、クィーンの機内に置きっぱなしになっている。せめて下着のほうだけは送り返してしてくれねえかなぁ。
中身は
パンツだけはスーツちゃんのモーフィングしたパイロットスーツのポケットに突っこんだままだったから、そのまま持って帰ることができたのが幸いだ。
《完治に28時間ってトコかナ。あ、傷が跡形もなくなるって意味ネ? 痛みがきれいに無くなるには6、7時間くらい必要》
「夜には引いてるって事だな。こんな腫れてんのに回復が早くて助かるぜ。これが若さか」
シャワー室の湯気があっても曇らない鏡に映したオレの体は、あちこち痣だらけだった。
それでもこの線の細さで内臓や骨に響いていないのは、間違いなくスーツちゃんの防御のおかげだろう。でなきゃ背骨が折れたり内臓破裂を起こしていてもおかしくない。
有料ロッカーに備え付けられた小振りの鏡に映る自分の姿を、体を軽く捻ったりしながら改めて眺める。
相変わらず華奢だなぁ。マッチョは無理にしても筋肉が付かなすぎだろ。
それに上から下まで相変わらずスットンで――――失礼ね――――まあ体形はもとかく、せめて野伏くらいには鍛えたいんだがなぁ。
クソ、いつもと違う神経使ったせいか、ちょっと眩暈がするな。サブパイロットの苦労ってのがよく分かったぜ。
《ブラの付け方も慣れたねぇ》
付け終わったブラで紐やカップに手を入れて調節する作業も、もはや考える必要が無くなっちまったわ。
「おかげさんで。スーツちゃんの言う通り高価なやつは付け心地がいいな」
素材とかはもちろんとして、個人の体形に見合った寸法ってのが大事らしい。一番初めの頃に間に合わせで買った安物なんて、正直すぐ付ける気にならなくなったもんなぁ。
《『Wizard』で店長が出してくる肌着は、どれも低ちゃんのサイズと体形を測った1点ものだからのぅ》
「待て、そこまで正確に測ってもらった覚えも、作ってくれと頼んだ覚えも無いぞ」
確かにいつも使ってる服屋だが、オーダーメイドなんて小洒落た事をしたことは無い。
《ムホホッ、プロの目測と上客へのサービスをナメたらいかんぜよ》
しょ、商売人怖ぇ。
《低ちゃんはあの会社の非公式モデルみたいになってるからニャア。身に着けているものが全部Wizardブランドだから》
「あちこち巡るのが面倒だし恥ずかしいから、1店舗で済ませてただけだっての」
服だけじゃなく下着から靴、ハンカチや帽子なんかも揃うから楽だったんだよ。女脳になっても買い物巡りは特に好きになってないみたいでな。
《スーツちゃん的にもあそこの商品は趣味に合うのでWINWIN。さすが縞太めの縞パン売ってるところだ、面構えが違うZE!》
「別のところ開拓するか」
《ファッ!? なぜサ!》
「しれっとバニースーツみたいなもん展示してるような店は、中坊が通う店じゃねえよ。夏堀だってドン引きしてたろうが」
……あいつと服屋に行ったのはほんの数日前の話だってのに。気付けばこんな事になっちまってるんだから、人生ってのは嫌なもんだぜ。
チッ、着替えに時間をかけ過ぎた。向井が待っているだろう。2人で夏堀の実家に行かねえと。
あいつのチームメイト――――いや、友人として。
覚悟決めて夏堀の実家住所に向かったオレらだが、生憎とご両親は出勤中だった。
よくよく考えてみれば夏堀の親が基地関係者って、どっかで聞いたことあったわ。どの部署に関わってるかまでは知らねえが、出撃日こそ忙しいところも多いだろう。
代わりに出てきたのは夏堀の姉ちゃん。あいつと比べてポヤーッとしている印象の姉ちゃんで、オレとは1度だけ面識がある。
親が不在なら出直すべきかと思ったが、こっちを見るなりいきなり泣き崩れたから放って立ち去るわけにも行かず、泣き止むまでしばらく付き合った。
「ごめんなさいね。マコトが死んじゃったのかと思って……」
《チーム組んでる子が揃って深刻な顔でやってきて、しかも妹はその場にいない。これはまあ勘違いするねぇ》
(訃報を届けに来たと思われてもしょうがねえな。これから話すのも良い話じゃねえが)
泣かれたことでだいぶ精神的なハードルが上がっちまったが、ここまで来ておいてダンマリもない。また泣かれるかもだが夏堀の今の状態を打ち明け、とにかく短慮な事だけはしないよう説得しておく。
底辺に送られるくらいならと、家族で人生サヨナラしちまったような例もあるからなぁ。
――――ふわふわしてる印象の姉ちゃんだったが、意外にも取り乱すことなく最後までオレらの話を聞いてくれた。
「両親には私から言っておきます。あの子のために色々とありがとうね、たまちゃん、グントくん」
このねーちゃんもたまちゃん呼びかい。肉体的にはオレが明らかに年下だし、ちゃん呼びでもしかたねえんだが。
それにこんな目を充血させながらも気丈に振る舞う相手には、もう何も言えねえしな。女ってのはこういう時ほど強いから尊敬するぜ。
……せめて三島のラボに見舞いに行ける手配ができればいいんだが。ラボの玄関の物々しい調子では、パイロットの身内程度の立場では入るのは無理だろう。
それにやってるのは薬抜きという、人に見せられないような治療だしなぁ。肉親に見舞われてもどっちも辛いだけかもしれんか。
「玉鍵、あれ」
夏堀の姉ちゃんに見送られて玄関から出てきたとき、向井が近くの駐車スペースに置かれた車両をそれとなく視線で知らせてきた。
「基地の保安経由で出張ってきた街の治安か」
民間車っぽく偽装しているが、フロントガラス越しに見える人間の態度が堅気って空気じゃねえ。命令されたら踏み込む5秒前ってトコか。
《周辺はもう固められてるっぽいネ》
(そこらの民間人相手には素早いこって。暗黒街にでもパトロールに行ってろっての)
これは両親のほうも似た調子、いや、とっくに拘束してるかもしれんな。
「どうする? 踏み込んできそうな気配だぞ。姉だけでも匿うか?」
ひとりだけ匿ってもなぁ。不幸中の幸いか、鼻たれの弟は友達の家に遊びに行っていて不在だった。悪いがこっちも肉親である姉ちゃんに任せる。
「頭を押さえよう」
命令が上から下に下りる組織ってのは、上を黙らせるのが手っ取り早い。
端末を取り出して長官ねーちゃんの個人端末に連絡を入れる。盗聴されてるかもだが、別に変な話をするわけでもねえから構やしない。
〔はい。出撃お疲れさま、たまちゃん〕
「(たこや、じゃなく、)高屋敷長官。今、いいですか?」
詳しい話はうっちゃって、まず基地長官の権限で働きアリどもをどっかにやってもらえないかと交渉する。
あんなもんが近所に張り込んでいたら、夏堀の姉ちゃんや弟が気が気じゃないないだろう。ご近所で噂になっちまうっての。
〔すぐ手配するわ。手回しがいいのは良いけど、最近の保安はちょっと先走り過ぎるわね〕
《前から無能だったり働かなかった上司や同僚がクビになったり失踪したことで、組織として健全化したのかナ?》
第二基地に長官ねーちゃんが就任してから、職務態度の面でクビになる職員ってのがチラホラ出ている。
その多くは星天絡みのコネを持った人間らしい。だいたい酷いもんだったようだな。そんな連中、後ろ盾が無くなれば雇ってる理由は無いだろうよ。
(クビは知らんが、失踪組はさすがにもう出したくないもんだ)
オレがテイオウを使って消した人間たちは、公式記録においては失踪扱いとなっている。巷では『Fever!!』の粛清が行われたというのが有力視されているようだ。
組織内の腐敗した連中がのきなみ消えたことで、変に張り切っちまってるのが今の状態なのかもな。
「この分だと両親のほうにも確実に行っている。そちらもお願いします」
〔――――今、命令を出したわ。これで引っ込むはずよ。それと外に出てすぐで悪いけど、もう1度基地に来てちょうだい〕
連絡を終えて、乗り付けていたCARSの車体を挟んで少しの間だけ駐車場に止まっている治安の車両を眺める。
こちらの視線に気付いているだろうその車両は、やがて不満そうな顔をした隊員たちを乗せて去っていった。
「待たせた。
〔承りました――――念のため確認いたしますが、第二基地でよろしかったでしょうか? 玉鍵さまはサイタマ基地のある地表にも上がれる権利がございますので〕
(そういや赤毛ねーちゃんがそんなこと言ってたな)
《法子ちゃんの方はランちゃんに拉致られたら、監禁されてエッチな事されるからやめときなさいとも言ってたニャー》
(そんな記憶は無い。まあしばらく行く気はないよ。初宮も多少成果を出した後じゃなきゃ、オレと顔を合わせ辛いだろうしよ)
《そこははっちゃんには秘密にして、アスカちんとしっぽり密会するとかしようゾ。つみきちゃんたちでも可》
(ちゃんと飯食ってるかくらいは聞いときたいのはある。初めに見たあいつん
初宮にもアスカにも最低限は自炊の仕方を教えといたが、やるかどうかは本人次第だからなぁ。
《うーん、ソージャナインダナー》
? いや突っ込むまい。突飛な怪言を飛ばす無機物と漫才してる気分じゃねえ。
「……玉鍵、おまえはエリート層に上がるべきじゃないか?」
高級車らしくスムーズに走り出したCARSの車内で、向井が妙な事を言ってきた。
あまり自己主張しないこいつにしては目に力がある。何か言いたいことがあるんだろう。
「
〔どうぞ。ご一緒にオーガニック素材だけで作った焼き菓子もいかがですか?〕
「向井」
「いや、いい」
車内に備えつけられたクーラーボックスを開けて飲み物を渡す。シャワーの後も水分補給してなかったからオレも喉が渇いた。
「……ありがとう」
《今の
(なんとなく思ったが、オレだけ飲んでるのもアレだしよ)
Sワールド産のミネラルウォーターか。ラベルには聞いたことがあるような無いような、微妙なメーカー名が入っている。品質は保証されてるようなものだからなんでもいいがね。
「玉鍵はもっと充実した、レベルに合った世界にいるべき人間だと思う」
渡された飲み物には口を付けず、向井は深刻な相談でもするようにそんなことを抜かした。
「おまえは強い。何もかもが圧倒的だ――――だから、夏堀は壊れたのかもしれない」
「……(あん)? どういう意味( だ)?」
「あいつが戦闘中に寄生虫じゃないと言っていたのを聞いただろう? オレや夏堀、そして初宮は、おまえという大きな存在からおこぼれを貰う、まるで寄生虫のように周りから見られているんだ」
――――そんなこと。
「夏堀のしたことは馬鹿な事だ。だが、あいつはあいつなりに寄生虫と言われたくない一心だったんだと思う」
何か言おうとして、でも言葉の先を思いつかずに唇を噛む。
「オレは夏堀を尊敬する。初宮も。やり方は違っても、きっと2人はおまえと対等になるために行動したんだと思うんだ――――だからオレも、今は距離を取ろうと決心したんだ」
どれだけ努力しても追い付けないかもしれない。でも、誇りをもって並び立つためには、ここで甘えてはいけない。
「……けど、こうも思う。結局オレたちは実力差という、コンプレックスに負けたのかもと。玉鍵、おまえは強すぎる――――普通の人間には、眩しすぎるんだ」
そう静かに語る向井の言葉の後ろに、オレは夏堀と初宮の陰も見えた気がした。
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