第169話 去る者
<放送中>
〔確かに夏堀マコトはこちらで預かって治療中だよ〕
堅牢すぎるほど固い防備を持つドアの前。通信での音声のみで応対する部屋の主に向けて、保安の隊長は顔をしかめて重ねてドアを開けるよう要求する。
帰還した夏堀マコトには、数々の違反を根拠とした拘束命令が適応されている。
これは第二都市と基地の安全を守るために、長官の承認などの煩雑な手続きを踏まえずとも実行されるものであり、この制度に則ってパイロット夏堀マコトには直ちに武装した保安職員が派遣されていた。
――――しかし、小銃を手に格納庫で待ち構えていた職員たちは、帰還したキングボルトから初めに現れた人物の姿に、ひと目で頭が真っ白になって立ち尽くすことになる。
分離機用の汎用デッキに降り立ったのは、白いパイロットスーツに身を包んだ少女。玉鍵たま。
水着のワンピースに類似したデザインのスーツに身を包んだ彼女のその姿は、見た者たちの精神を大いに揺さぶった。
スーツから浮き彫りになる少女らしいラインは、どこまでもシャープ。
無駄なものをそぎ落としたその体躯は、ただ戦うために生まれてきた捕食者のごとし。体から繋がる四肢もまた驚くほどしなやかで、見えている肌はきめ細かい絹のよう。
肌の露出が多いパイロットスーツはよく女子用のスーツとして採用されるデザインであり、関係者である保安の職員たちも見慣れたもの。
加えて女子とはいえ年齢的には幼く、
だがしかし、その姿を目にした職員たちはとてつもない何かを目撃したような衝撃で、物事を考える術をしばし失うことになった。
――――保安を始めとした整備士やパイロットなど、その場に居合わせた人間が思考を取り戻して再び動き出したのは、とうに玉鍵が夏堀マコトを担いでその場からいなくなってからの事である。
〔なにぶん難しい段階なのでね、面会はご遠慮願おうか〕
失態を犯した職員は仕方なく上司に報告し、保安の隊長と合流した彼らは玉鍵たちが通ったルートを特定して追跡を開始。そしてここ、第二基地に設けられた特別なラボラトリーへと足を運ぶことになった。
「夏堀マコトは重大な違反者です。まずはお引渡し願いたい。その後に治療が必要と判断すれば、こちらでしかるべき処置ができる施設に移送します」
何度か目のやりとりにうんざりしながらも、隊長はもう一度このラボの主に説得を試みた。
〔そのしかるべき処置ができるのは基地でもボクくらいだからねぇ。そのボクが治療が必要だと判断している。手間が省けたじゃないか〕
対して相手は最初から聞き入れる気が無いようで、電子錠のドアを開ける気配は無かった。
さらに普段は完全起動していない
「……この事は長官に報告させていただきます。それでよろしいか?」
このラボの主。三島ミコトはそのたぐいまれなる頭脳から特別な権限を国から与えられている。
大日本から都市が離脱した現在も第二都市によってその権利は引き続き保証されており、たとえ保安といえどこの場所に強引に踏み込むことはできない。
なお、現長官の高屋敷は都市の有力者たちとの緊急の会合で不在であった。
〔かまわないよ。嬉々として病人の少女に手錠をかけにこんなところに来るより、どこぞの廃人製造機のピエロでも引っ立ててほしいものだねぇ〕
そのピエロについては保安の彼も思うところが無いではない。しかし、
隊長が踵を返してその場を後にすると、残りの職員たちもまた彼に続いてその場を立ち去った。
「――――諦めたようだ。最近はすっかり人員整理もされて勤勉になったけれど、逆にその勤勉さが鬱陶しい事もあるねえ」
袖余りの白衣をプラプラさせた三島はソファで足を組み直すと、エスプレッソとかいう泡まみれのコーヒーに口を付ける。
オレの前にはなぜかコーヒーカップに注がれたほうじ茶。向井には三島と同じエスプレッソがあるのに、なんでオレだけお茶? 出されたもんだから文句は言わねえけどよ。
「助かった(ぜ)、三島」
帰ってきたら格納庫が物々しいからピンときたぜ。夏堀をとっ捕まえにきたんだってな。保安からすりゃ仕事なんだろうからしょうがねえ。
けどそうやって時間ばっか喰ってる間に、夏堀が頭どうこうなっちまったら意味がない。悪いが撒かせてもらったぜ。なんかボケッとしてたしな。
そういやなんで揃いもそろってボーッとしてたんだ? 実は全員で申し合わせてオレらが逃げるのを待っててくれたのかねぇ? 的を逃がしたら評価にも響くだろうに、大人として子供のために配慮してくれたのかもな。
しかし全員が協力してるって保証は無いし、逃げるなら真面目に逃げたほうが向こうも言い訳もたつだろうから、ありがたくズラからせてもらった。
「なに、約束していたことだ。それにああいうか弱い女子にも遠慮の無い仕事人間タイプは好きじゃないしねぇ」
ひとまず逃げ込むところとして思いついたのはここか、もしくは
けど
戦闘で疲れたのか向井が腰砕けで役に立たないから、夏堀をオレだけでここまで担いできたのは地味にしんどかったぜ。やっぱ人間って物体は重量以上に重いな。
ああ、もしかして女を担ぐのは恥ずかしかったのか? 向井は女に奥手っぽいしな。けど傷病のときくらいはその辺を無視してくれなきゃ困るぜ。
オレなんて
「……それにしても、その、思い切った格好だね? 君はいつものジャージだと思っていたからびっくりしたよ」
「言わないで(くれ。オレだって)恥ずかしいんだから(よ)」
やっと気が紛れたのに蒸し返すなよぉ……。
敵をなんとか撃退した後、これで帰れるとなったところで根本的な問題が浮かび上がった。
オレの乗っていたクィーンガーベラはもう帰還する飛行にさえ耐えられない。そうなると夏堀か向井と相乗りする必要がある。
けれどあの場所は宇宙空間。ジャージじゃうっかり出れたもんじゃねえ。しかたなく、本当にしかたなくこのエロスーツで夏堀のキングボルトに移動させてもらった。
忌々しいがモーフィングしてくれたスーツちゃんのおかげで助かったよ――――途中で気が回ったが、夏堀ひとりだと回廊でわざと墜落する形で自殺されてたかもしれねえから、そういう意味でも助かった。
《備えあればウレシイナ。自分の恰好を恥ずかしがる低ちゃんを見れて、余は満足ジャ》
(そりゃようございましたっ。チッ、今回は何も言えん)
《特にお尻の食い込みを無意識に直した仕草が最高》
(もうお黙れりくださいませエロスーツ様?)
「ミコト、治療、道具」
奥からのそっとやってきたのは野伏。オレらにお茶を入れた後に引っ込んでたのは救急箱を持ってくるためか。癖毛の髪で目が隠れてるがちゃんと前が見えてんのかね。
「ありがとうティコ。さて、
「あ、ああ、わかっている。むしろ外に出ていよう」
妙にメカメカしい医療キットを開いた三島を尻目に、まだ液体のたっぷり残ったカップを置いた向井が立ち上がった。
「紳士で助かるよ。ああ、防犯装置を動かしているから変な動きはしないでくれよ。自動判断で撃ってしまうかもしれない」
「なんの話( だ)?」
「もちろん君の怪我の治療だよ。男のいるところで脱ぎたくはないだろう? さあ、細かい傷も油断すると感染症に掛かるし痕が残ったりもする。女の子の肌は繊細にケアをしないとねぇ」
そう言って消毒液の容器とピンセット、そしてピンセットで摘まんでる、なんていうのか知らねえポンポンを見せてくる。
「そうだ! 玉鍵、おまえ血を吐いていなかったか!?」
「後ろ、を、向け。警告、は、1度、だ」
振り向いた向井の前にさっと割って入った野伏が、オーソドックスな右構えのボクシングスタイルを取ってやや動揺している向井を威嚇する。
褐色の肌を持っているせいもあってか、若いのに威圧感があるな。もう何年かしたら背中にエグいタトゥーとか入れてそうな雰囲気っ
足の置き位置も重心がいい。何よりキッチリ顎を引いた構えはかなり様になっている。女にしては
「口の中を切ったときに出た血が喉に絡んだだけ(だ)。内臓は問題ない」
「しかし、検査しないことには……」
野伏に促されて後ろを向いた向井だが、オレが戦闘中にむせたせいでだいぶ心配をかけたようだ。無重力のせいで血の塊が喉に直撃したんだよ。
個人的にはガンドールで出した鼻血のほうがキツかったから、あんま気にしてなかったぜ。あの後に固まってきた血のせいで、目やら耳やら鼻の奥やら、やたらチクチクして鬱陶しかったもんだ。
「それもこちらで調べよう。ボクは医者としては免許と機材を扱う知識しか持ち合わせていないが、それでだいたいは事足りるからねぇ。診るのも治すのも機材と薬さ。あとはそれらを正しく扱う知識があれば、医者の技量など無くても何も問題はない」
(極論だなオイ)
《どんなジャンルも技術がある一点を超えちゃうと、人より機械のほうが優れるものだよ?》
(言わんとすることはわかる。どんだけ人が人間の技量に夢見ても、最後は機械が追い付いて追い抜いていくのが普通だわな)
どれだけ人は特別だと賛美しようと、生物だって有機的な機械でしかねえもんよ。
物質である以上、生まれたときに持たされた性能限界ってのがあるわな。固い鉄だろうが剛性以上の威力で叩けば曲がるし割れる。タンパク質は熱を加えられたら不可逆で変質する。
それが物質だ。鍛えたら無限に強くなるなんて創作の中だけの話さ。
「治療は後で自分でやる。それより夏堀について聞きたい」
「彼女は検査機に突っ込んで調べている最中だ。もう少し掛かるだろう。何事も初期治療だよ? 君が医者を信用していないのは知っているが、恩人を心配するボクの事は信用してほしいねぇ――――それにこれでも貞操概念はしっかりしているつもりだよ。ものの1週間そこらで浮気なんてしないさ」
(なんで急に貞操の話になった? あとそう言われると女に感じたらおかしい類の危機感を感じるようになったんだが?)
《これはしかたない。よし、陰キャ君を始末しよう》
(突然なんでだよ!?)
《初めてで3人とか4人とか、もしかしたら5人はちょーっとアレだけどサ。とてもレアなイベントと思えばむしろOKやん? そのための多少の犠牲はコラテラルってことで。花に男が挟まるなどあってはならヌ》
(何を言ってるのかわからんが、ろくでもないって事だけはわかる!)
「さあ、そのシーツを使って脱ぐといい。プールで水着を脱ぐ要領だ。ティコ、彼を早く玄関へ。翼の君が恥ずかしがっている」
「(待て待て待てっ、)なんか目つきが恐い(ぞ)!? 待て三島!」
「玉かっ――――」
こちらに来ようとした向井に放たれた、遠慮の無い打ち下ろし気味の右フック。
野伏より身長の低い向井のアゴを長い腕がカコッときれいに刈り取り、向井の膝が力なくストンと落ちた。
シャープとはいえ単発のパンチをまともに喰らうなアホ! さては女だとナメたな!?
「警告、した、ぞ」
そのまま襟首つかんでズルズルと連れていく野伏。いや、向井の心配してる場合じゃねえな。前から変なヤツとは思ってたが、今日の三島はやたらおっかねえわ。
「これは汗をかいたせいだろうが……それにしたって人という生物をどう弄ればこんな甘い香りがするものなのか。君の体はどれだけ旧人類からかけ離れているんだい? 隅から隅まで調べたいねぇ」
近っ! 顔近っ!! あと言ってることが完全にマッドサイエンティストっ!!
これはアレか? 天才のなんとかは紙一重ってやつか? 何がこいつの知識欲をかき立てたのか知らねえがしょうがねえ!
無遠慮に寄ってきた三島の首をチョークで一気に締め落とす。こういうときこの細い腕は要所を
ドアが解放されて気圧が変化したのを感じたあと、再び閉じた感覚がある。野伏が戻ってくる間に三島をソファに寄りかからせて、医療用のアルコール消毒液を軽く頭から被っておく。これで文句
(くぅ……沁みる。頭も細かいとこにけっこう傷があるな。ヘアトニックよりきくぜ)
《どっかの航空傭兵か。低ちゃんならきれいに治るとはいえ乱暴じゃのう。命は大事に使いたまえ。サンボルいっとく?》
(大事に使えば一生使えるからな。対地攻撃機を栄養剤みたいに言うな)
体のほうも傷がある場所に手で叩く様にして消毒液をかけておく。打撲の治療は帰ってからだ。おっと、使いすぎた。スーツちゃんにかかっちまったい。
《ぎぃやぁぁぁぁぁ、おのれ、おのれこしアンのブレットめぇぇぇぇん》
(何ムーブなんだそれは)
《動くパンが活躍するあのアニメって、敵役の体質的に消毒液ぶっかけてやれば一発じゃネ?》
(加減しろバカ。そういう殺伐としたアニメじゃねえんだよ、あれは)
戻ってきた野伏はグッタリしている三島を見て、改めて俺の方を見るとやれやれってな感じのジェスチャーをした。
「ミコト、が、ごめん。少し、ハイ。後で、言って、おく」
よく分からんが、なんかを察してくれたようだ。過去にも似たような暴走をしてんのかもな。
しかしハイって徹夜明けか何かか? ああ、
「……ひどいなぁ。失神させられたのは初めてだよ」
消毒液のにおいを吸った影響か、すぐに目を覚ました三島はさすがに懲りたようで治療を続ける気は無くなったようだ。
「ミコト、そういう、の、よくない」
「いやぁ、長年の鬱憤を発散できたはいいが、覚えたてで歯止めが利かなくなっているようだ。それでもティコの言う通り浮気はよくないねぇ。悪かったよ」
言ってる事はさっぱりだが、さっきみたいな気配は消えたからもういいや。面倒くせえし、どのみち夏堀の件はこいつに頼るしかねえんだ。
「――――ん、検査結果が出たようだ。詳細なデータは後で君の端末にも送っておこう」
自分の端末と検査機材を連動しているようで、送られてくるデータを流し見した三島は、軽く頷くと結論を話し出す。
「処置の内容はヒカルと同じようだが、症状はずっと軽い。これは単純に投薬された回数が少なく、体に蓄積したダメージが少ないからだろう。これならヒカルよりずっと早く社会復帰が叶うはずだ」
さっさと連れ帰るはずがだいぶ無茶をさせちまったから心配していたが、ひとまず最悪の状況にはならずに済んだようでよかったぜ。
「ただし、1度でも薬を使えば人の脳というものはそのときの多幸感を記憶してしまう。今後は薬物の誘惑に負けない自制が何より求められる点は留意してくれ。2度目があったらもう抜け出せないのが薬というものだからねぇ」
まあな。どうなるか分かっててやっちまう時点でそいつは終わりだ。口で何を言おうが縛り付けてでもおかなきゃ何度でもやるだろうよ、死ぬまでな。
「ひとまず完全に薬抜きが終わるまではこちらで保護しておくよ。今の状態で外に出すと融通の利かない保安に壊されかねない。その後のことはまたそのとき考えよう」
「頼む。夏堀に掛かる費用は振り込んでおく」
後は夏堀の親に連絡入れて三島に任せるよう説得か。チームってのはこういうところも面倒なもんだぜ。
……保安が先回りして親に娘を突き出すよう言っている可能性もあるな。どう切り込んだもんか。
それともうひとつ。やることが多いから最後に回すが、確認くらいはしとくか。
(スーツちゃん)
《アウト・レリックの所在地は把握してる。デモニャー、国際法で守られてる相手だから下手に手を出すと底辺送りだゼ?》
(
《まあ罰則免除の前例があるから、殴るくらいなら厳重注意で済むかもナー》
(なんだ、問答無用ってわけでもないんだな)
《過去に整備のお爺ちゃんが殴り込んで、文字通りブン殴ってるよ。ブレイガーのときだネ》
(あのときアウトってやつと接点があったっけか?)
《ほら、ファイヤーアークを足パーツの操縦席から動かせるようにされていたことがあったじゃない? その違法改造を請け負ったのがアウトみたい。これを知ったお爺ちゃんが乗り込んでいってボコボコにしたようだネ》
まぁぁぁたファイヤーアークか! どれだけ祟るんだあのロボットは! 悪い話のときしか聞かねえぞ、その名前ぇ!
(本当になんなんだソイツは。そんだけ好き勝手して許されてるとか、どっかの王族とかか? やんごとないのか? てめえら様の統治のせいで世界はこんな調子だぞゴミクズがぁ)
《どーどー。ただの天才の間に変態が付くだけの科学者だよ。プリマテリアルからSワールド技術の根幹技術を生み出せる、世界唯一の人間ってだけサ》
(……三島から聞いてはいるさ。だからといってなんで野放しなんだって話だよ。囚人としてどっかに閉じ込めて、研究だけさせてればいいだろが)
《当人が躊躇いなく自殺するような人間だからかナ? 好きにさせないと研究しないで死ぬぞて脅してるんだって。それに生まれつき痛覚が無いから拷問の類もまったくきかないそうだよ》
(面倒極まりねえな……)
《殴られても痛くも痒くもないって気にしないのと、お爺ちゃんもこの基地の重要人物だから1度だけ大目に見られた感じみたいだね》
なんの痛痒も感じない相手をタコ殴りにしても意味が
となると殺してケジメ取らせるくらいしか思いつかねえのに、それさえ本人は平気ってのが無敵すぎる。厄介だ。
相手をするだけ無駄。そう考えて誰もが放っておいたんだろう。得られる利益からすればお
――――本当に殺してやりてえ。こういうやつが許容されるから世の中がおかしくなるんだ。何が必要悪だ、こんなのに頼らないでいい世界を作れや、権力どもがよぉ。
《なんにしても後じゃない? なっちゃんの事もあるし》
(………………あいつの立場って、今はどんな感じだ?)
《法に則るなら捕まえて底辺行きかな? 他人の登録したロボットにウソを言って乗り込んだあげくに出撃。これだけでもだいぶ罪が重いよ。ルールに沿っていない以上、勝手にS技術を私物化したようなものだからネ》
ロボットの受け渡しはトラブルの元だから、元からかなり厳しいからな。出撃日以外で勝手に使おうとしたジャスティーンの件もあって、あれからさらに厳しくなった。
スーパーロボットは超兵器だ。それをパイロットの私情で好きに動かさせるわけにはいかねえ。
その辺の自転車
(長官ねーちゃんを頼るか。いろいろと調整すれば問答無用ってことにはならんだろう)
「しばらく夏堀の事を頼む。数日中になんとか筋道をつけるから、諦めないよう言っておいて(くれ)。ああ、このシーツ貰える(か)? 代金は振り込ませてもらう」
聞くことは聞いたので出ていこうと立ち上がり、そこで自分の恰好を思い出した。
さっきは夏堀を運んでたから諦めたが、こんな格好で人前ウロウロしてられるか。
「構わないよ。君がそのスーツで基地を歩いたらパニックになりそうだ。早めに着替えるのだね」
(締め落とされた仕返しか? 人を見ただけで正気を失うクリーチャーみたいに言いやがる)
《ダッシュで襲い掛かってくるゾンビは湧くかもナー》
(人をゾンビ化するウィルスをまき散らしてるみたいに言うな)
夏堀、これからしばらく辛いだろうが頑張れよ。薬が抜けた頃までにはなんとかしとっからよ。
「待たせた(な)」
ドアを抜けると向井は入口の横の壁に寄りかかっていた。
戦闘で疲労してるだろうし多少の負傷もしているだろうに、律儀なこった。
オレも今さら操縦席で打ち付けた場所があちこち痛みを訴えてきている。風呂で鏡を見たら青タンだらけでギョッとしそうだな。
夏堀の容体について聞かれたので、
向井はそれを聞くと『そうか』と短く言い、宇宙に行ってから肺にずっと貯めていたらしい重苦しい空気を長い呼吸で吐き出した。
オレはサイタマに行っていたし、なんのかんのこいつと夏堀のほうがもう付き合いは長いだろうからな。心配も大きかったろう。
今後についてだが、まず夏堀の両親の説得が急務だと伝えて、疲れてるだろうがもうひと踏ん張りしてもらいたいことを告げておく。
同じく長官ねーちゃんに渡りをつけて、夏堀の処遇について交渉を持ちかける手筈を整える話をする。
最後にあいつがああなった元凶、アウトとかいう科学者については短慮な真似はしないように釘を刺した。
正直オレがブッ殺してやりてえが、
「了解した――――玉鍵、夏堀のことはオレも最後まで向き合う。しかし、それはそれとして聞いてほしいことがある」
横を歩いていた向井は廊下で不意に立ち止まると、小さく深呼吸してからこちらを正面に捉えて話し出した。
「チームをやめさせてほしい……今回の事で、今のオレでは玉鍵の実力に付いていけないと痛感した」
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