第168話 轟け! ダイ! フラッシャー!!

<放送中>


D3.<夏ほ―――! も――ど―ダイシ―――グンを呼べ! 今す―――!>


「えぇ!?」


 いよいよ通信機器の故障が深刻化したのか、途切れ途切れになった玉鍵の言葉。しかしその内容は夏堀マコトに正確に伝わっていた。


(ダイショーグンをもう1度呼び出す!? でも1回呼んじゃってるよ?)


 キングボルトは合身機3機のうちで唯一、ダイショーグンの出撃を要請するスイッチを装備している。それは戦闘用コンソールに鎮座するには場違いなほど大きい、赤いボタン。


 だが、そのボタンはすでに1度押されている。


 夏堀に限らず召喚型の機体を使う者たちからすれば、今回はもう機能しないという先入観がどこかにあった。


 ――――召喚型のロボットの数は極めて少ないが、それでも各国すべてを合わせればある程度の運用実績はある。


 しかし、このタイプの機体は同じ出撃日に2度も呼び出した例は無かった。


 多くはそのつどの戦闘が終了すればパイロットは疲弊し、帰還するのが常であったからだ。


 また今回のダイショーグンのように、戦闘後は自動的に呼び出したロボットが送還されてしまうため、自然と『切りが良い』と考えるためでもある。


 だからこれまでのパイロットも基地も、『再召喚』という考えをどこか意識の外にして持っていなかった。


 戦って生き残っていれば一定の戦果はあり、それ以上は戦う必要などパイロットには無い。また、戦って惨敗すればそれはすなわち死であり、分離して逃げ帰るのが精いっぱいだからでもある。


D3.<グ―――説明して―――向井が死ぬ! ダ―――グンの出撃ボタン! ――――赤いボタンを―――叩け!!>


 はたしてどんな根拠があるのか、玉鍵は再召喚が可能だと切れ切れの通信で必死に訴えてくる。


 シミュレーターでしか乗ったことが無いはずのダイショーグンというロボットの特性を、玉鍵は知り尽くしているかのよう。


 疑問が夏堀の頭をよぎる。だがそれ以上に頭の中を支配するのは、このままでは仲間が死んでしまうという事への、強い恐怖。


 そのとき、敵が徘徊する極寒の雪原での遭難という、あまりにも忌まわしい記憶が少女の脳裏に蘇った。


 夏堀マコトという人間の人生でもっとも過酷で、もっとも強い感情を露わにした1週間を。


 初めは互いに元気づけていた。しかし日が経つごとに絶望が増し、極度のストレスから生まれて初めて本気で人と罵りあい、最後には初宮由香と殴り合った。


 そんな極限状態の中でも向井グントだけは終始冷静であり、夏堀と初宮はそんな向井のスタンスに少なからず勇気づけられたものだった。


(このままじゃ向井君が死ぬ……せっかく助かった私たちの仲間を見捨てる? こんなさみしい世界にひとりぼっちで置いていく? あいつがしたように?)


 腹の底を見せ合ったことで初宮と親友になれた夏堀。それと同じく地獄を共有した向井にも、夏堀は口にせずともある種の特別な親近感――――かけがえのない仲間という想いを抱いていた。


(そんなの! 絶対に嫌!!)


 そのとき、夏堀にはコンソールで存在感を放つふたつのボタンのひとつ、玉鍵の言う赤いボタン――――ダイショーグンの出撃命令ボタンが輝いたように見えた。


(助けて! 私の仲間を! 私に守らせて!!)


「~~~~来て! ダイ! ショー!! グンッッッ!!!」


 ハンマーを振り下ろすように叩いた赤いボタンが光り輝く。


 それ自体はスイッチの接触による機械的結果、通電による発光でしかないだろう。


 だがしかし、このSワールドという世界のいずこかへと向けて放たれた悲痛な信号を、正しく受信した何者かは確かに存在した。


Combination


「――――来たぁ!? ほ、ホントに来たッ!!」


 出撃命令に応じた旨を表すコマンドワードが、新設されたサブモニターに表示される。


 それは機体のセンサーにも巨大な質量として捉えられ、ひとつの大きな光点がキングボルトに向けて射出されたのが確認できた。


D3.「なつ――――! 向井を――――! 合身ス―――トだ!」


 玉鍵からの通信は雑音混じりでいよいよ機材の調子が怪しい。それでも彼女の言いたいことを理解できた夏堀は、ここからの動きをすばやく脳内でシミュレートしてある問題点に行き着く。


「は、はい! でも玉鍵さんは!?」


 玉鍵の乗るクィーンガーベラは満身創痍。今の状態ではとても合身に向けた飛行コースを取ることはできない。交戦中だったジャックライダーも合流は遅れるだろう。素早く合身できるのは夏堀のキングボルトのみ。


 仕様上キングボルトだけの合身でもダイショーグンは動かせるが、その場合の性能はお世辞にも良い物ではない。


 向井が押さえているあの敵は、とても単機合身のダイショーグンで対抗できるとは夏堀には思えなかった。


D3.<合―――に――――って――――操縦は得意――――メインパイ――――」


 途切れがちな通信から組み立てた答えに夏堀は強い衝撃と、それ以上の敗北感を感じた。


『合身コースにクィーンのすぐ上を通るコースを取って。操縦は得意。メインパイロットを舐めないで』


 おそらくはこのような言葉だろう。己の技量を誇示するような強いセリフだが、それは傲慢ではなく危険な戦いの中にある夏堀たちを、少しでも勇気づけるためのものに思えた。


 敵を前にひとりで動揺しているだけの夏堀には、とても言えない言葉。


(……これがエース。やっぱり私なんかじゃ何したって敵うわけない――――でも今は! 今だけは!)


D2.<夏堀!? 何をした!? 合身なんて!>


 敵と応戦中にもかかわらず合身コードを受信したことで、いきなり自動操縦に切り替わったジャックライダーに驚いた向井が、柄にもなく悲鳴に似た確認の通信を入れてくる。


 その言葉に夏堀は細かい事情を話すことは無い。


「向井君、もう1度合身よ! 覚悟を決めて!」


 今だけはダイショーグンのメインパイロットとして、信じた判断とすべき事に全力を尽くす。


 文句も罪状も、生きて戻ってからこの身ひとつに受ければいいのだから。


(私はどうなってもいい。でも2人だけは、この2人だけは生きて返す! お願い、力を貸して! ダイショーグン!)






(クィーンも合身信号は受信してるっぽいが、さすがに今の状態で動かれたら困る。悪いが大人しくしててくれよな、女王様)


 こういう合体変形シーンだけはボロボロでも正常に動く、とかちょっとだけ期待はしてたんだがな。アニメとかでは損傷具合を再現して描くのは面倒だからって、直ったみたいになるのがありがちだしよ。


《変に動いていたら壊れかけのエンジンに負荷が掛かって、そのまま爆発したかもしれないよ。完全手動に切り替えておいてよかったナ》


(初めの合身みたいな目にあわされたらたまんねえからな。一応は自動で障害物を避ける仕様のようだが、大回りでしか避けられねえみたいであんま実用的じゃなかった)


 これで後は合身したダイショーグンに拾ってもらって、脛当てつけるみたいにくっ付けてもらうのを待つだけだ。


 ……まあ脱落した左足が戻ってればの話だが。頼むぜ、いるかどうかわからんSワールドの整備さんよ。


(さて、ダイショーグンの修理状況はどんなもんかね。なんとかモニターを復旧できないもんか。ほとんど何も見えねえから状況がわっかんねえ)


 ああいうバッサリした壊れ方のほうが半端に壊れるより総取っ換えの判断をされて、案外素早く直ると思うんだが。スペアパーツがあればな。


《うーん、モニターは映像を送るカメラのほうがダメになっちょるナ。いっそ視界素通しの風防キャノピーとして使う方が見えるかも》


「最後に頼りになるのはローテクってのは真理かもな。そっちで行こう。映らない画面とにらめっこしててもしょうがねえ」


 壊れかけのコンソールからモニターの仕様を変更し、カメラの映像をコンピューター解析して投影するタイプから、肉眼を用いる原始的な透明な風防クリアキャノピーに変更する。


(ブッ壊れてるからヘッドアップディスプレイもクソもねえや)


 基本的な高度や方位さえ一切の表示が無い。最初期のレシプロ戦闘機みたいになっちまった。


《ある程度はスーツちゃんが網膜投影で代行するよ。でもだいぶズレが出るからそこは念頭に置いといてネ》


(別にいいさ。後は拾ってもらうだけだしな)


 問題があるとすれば向井が相手をしていた敵だ。合身に移行した2人を黙って見てるわけがねえ。ジャックを追撃する形で攻撃するだろう。


 敵は照準が狂ってるようだから、小型のジャックライダーには簡単には当たらないだろうが、ダイショーグンは50メートルサイズ。こっちはどうなるか。


 合体変形の間は手を出さないって、この手の創作の作法ってやつを理解してほしいもんだぜ。


《! 低ちゃんっ、風防キャノピー開けるよ! すぐ外に出て!》


「なにっ? うおっとぉ!?」


 若干のきしみを感じさせる挙動でバクンと開いた風防キャノピー。その先に広がる暗黒へと、冷凍マグロを頭から滑らせるような形で慌てて外へ出る。


 ついさっき遠くに走っていった黄色の光線は、敵のエナジー兵器か?


 疑問は後だ。スーツちゃんが焦るってことはオレの命の危険だからな。


 ジャージは風防キャノピーの開口前からすでに白いパイロットスーツに変わっていて、頭につけられたアクセサリーの機能でただちに酸素の供給がされる。


 こんなふざけた格好でも有害な宇宙線だって問題にはならない。素肌さえ見えてんのになぁ。


 後者に関してはSワールドの宇宙空間にそういったものは『無い場合もある』と言われているがね。防御力があるに越したことは無いだろう。


「いきなりでビックリしたぜ。スーツちゃん、どういうこった?」


《敵がこっちを狙ってきたんだよ。自動とはいえ飛行してるキングやジャックより、動かないクィーンを優先したみたい》


「ああ、そりゃそうか。動かなくてもパイロットが乗ってれば撃破対象だもんな。――――今はどうだ?」


《目標を再び変更。陰キャ君を追いかけてる》


 結果的にうまいこと囮になれた感じか? これがまともに調整された敵だったらとっくにオレも向井もお陀仏だった。


「こりゃ無理にオレを拾うより、夏堀たちだけで戦ってもらう方がいいかもな」


 いくら明後日の方向に弾が飛ぶとはいえ、何発も撃っていればそのうちラッキーヒットのひとつもするだろう。


 それでなくとも50メートル級が合身のために棒立ちになったらさすがに当たっちまいそうだし、合流したらしたで流れ弾がこっちにも当たりかねない。


《その判断はちょっと遅いナ。もう連絡手段が無いゾイ。クィーンの通信機は壊れかけ、パイロットスーツの通信機は出力が弱いもの》


「……やっぱ予定通りでいくしかねえか。ほんとサブは度胸がいるぜ」


 となると操縦席に戻るタイミングをどうするか。乗るとまたこっちに反応するかもしれねえ。さっきは偶然うまい形になったが、同じ幸運が続くとは限らねえしなぁ。


「光点の数からするとそろそろ合身できたか? 長い光線出してるのが敵――――敵が増えた? ぜんぜん違う方向から火線が走ったぞ」


 暗黒の先に5本づつの光線が2方向から、さらに2連の光線も見えた。


 3方からの十字砲火クロスファイヤで、ダイショーグンのものらしきスラスターの光を包囲している。いつのまに増援が来やがった?


《詳しく解析しないとなんともだけど、たぶんどれもさっきの1機からの攻撃だよ。ドローンみたいな武装を持ってるんでナイ?》


「ドローンにしちゃ派手な大砲だな、見た感じどれもそこそこ威力があるっぽいぞ」


 自機から分離して戦闘する小型機ってのは人類側こっちにもあるが、積めるジェネレーターサイズからどうしても火力は低い傾向がある。もしくは弾数を諦めて1発の威力に特化するかだ。


 対して相手は結構な頻度で撃っている。本体がエネルギーアシストする有線式か? それにしたってぼちぼち息切れしてもいい頃だ。どれだけ強力なジェネレーターを積んでやがるんだか。


 うへえ、1機で強力な十字砲火を形成できる敵か。未調整機じゃなかったらとんでもなく手強かったかもしれねえな。


《合身は成功したみたい。スラスター光の軌道変化を確認。こっちにくるよ》


「敵は?」


《そりゃあ追ってくるでショ》


 だよなぁ。こりゃいよいよ覚悟決めなきゃいかん。


 けど黙って待ってるのも性に合わねえ。夏堀ができるだけ短時間で合身できるようこっちも努力するとしようか。


「操縦席に戻る。乗ったらジャージに戻してくれよ」


《こっちにまた撃ってくるかもよ? もしもを考えてパイロットスーツはこのままにしマス。異論は認めまセン。どうせ通信機がオシャカなら誰にも見えないよ》


「死に装束くらい選ばせてほしいぜ」


 再びシートにケツを乗せて、姿勢制御用のスラスターの調子を確認する。尻の端にちょくでシートの質感を感じるのがなんとも情けねえ気分だ。


「……推進剤残量よし、反応も悪くねえ。なんとか1回は無茶が出来そうだな」


《具体的に何をするのジャ? 変に動くとなっちゃんが拾い辛いゾナ》


「行程にすると、まずダイショーグンが近くで止まって、そのあと近付きつつクィーンを掴んで足にドッキング。って感じだろ? その『近付いて掴んで』の部分をこっちで自主的に動いて省略すんだよ」


 なにせ敵だって追い付いてくるんだ、モタモタしてらんねえ。あんなビームの網にさらされたら数打ちゃ当たるってやつになっちまう。


「タイミングとり頼む。宇宙じゃ人間の目は当てになんねえ」


 光点からまっすぐ近づいてくる動きのようだが、どうにも距離感が伴わない。


 空気が無く対比を測る物体も無い宇宙空間では、大気圏前提の人の視覚は無力だ。見えてはいても距離がさっぱり掴めやしない。


《うむーん? こっちに来てるのは確実として、ほぼ全速力だよ。もう今から減速しても止まれないんじゃネ?》


「夏堀のやつ、焦り過ぎてブレーキ忘れてんのか?」


 どのみち敵に追い回されている以上、何度もアプローチするチャンスは無い。加えてダイショーグンが停止できずに抜けて行ったあと、オレの乗ったクィーンに敵の矛先が向く可能性はかなり高い。


「チッ、これ一回でなんとかするしかねえな」


 悠長に待ってるとこっちがヤバイ。すり抜け様にうまいことくっ付くしかねえ。


《ダイショーグン、左足のドッキングスペースの開口を確認……スゲー、ホントに直ってきとるやん、おかしいな? ……ま、いっか》


「やられて戻ってきたら修理する。普通の話だろ?」


 なんたってスーパーロボットだぜ? こっちで勝手に小難しく考えちゃいけねえんだろうさ。


《セヤナー、それじゃドッキングアプローチ用意。でもダイショーグンの軌道がクィーンから離れ過ぎてたら意味ないからネ? あと失敗して接触事故をおこしたらたぶん死ぬよ》


「なぁに。あいつならなんとかするさ」


 夏堀は操縦のセンスはある。ブレーキを忘れるようなおつむの状態だが、それは薬のせいってことで。


 人ってやつは頭がどうかしても、体で覚えてる事は意外となんとかなるもんさ。


 たとえロボットは違っても、夏堀が真面目に訓練してきた時間は嘘じゃねえ。


《スタート!》


 クソうるさい接近警報が鳴る中で、背後から近づいてくるダイショーグンの左脚部めがけて補助スラスターを全開。傷ついた女王様を浮かび上がらせる。


(頼むぞ夏堀、まっすぐだ。もう加速も減速も、距離を空けたりもしないでくれよ!)


《角度よし、ちょい減速、頭は座席にガッチリ付けて! ドッキングのとき思い切り後ろに持ってかれるから!――――左、もう少し、ちょい戻し! ピタリ! ドッキングへ3、2、1》


「ぎっ! 《合身!》」


 接触した瞬間、真正面からブン殴られたような勢いで後方に押し付けられて歯を食いしばる羽目になる。それでも再来した武将の脚部に再びクィーンガーベラが収まった。


「<<《ダイ・ショーグン! Go!》>>」


〔玉鍵さん! 大丈夫!?〕


「(パイロットスーツのほうの無線か?)無事だ、よく合わせてくれた」


 あれはダイショーグン側の軌道が成否を左右するドッキングだった。もし夏堀がビビらず直進してくれなかったら、遠すぎて置いてけぼりにされたあげく敵にやられるか、近すぎて味方との接触事故を起こしてお陀仏だったろう。


 間抜けな死に方せずに済んだぜ。ありがとよ、夏堀、スーツちゃん。


「ほとんどの機材が壊れて、こちらからはダイショーグンのコンディションチェックもできない。夏堀、向井、おまえたちが頼りだ」


〔了解だ。夏堀、あの敵を倒さないとシャトルはとても呼べない。なんとしても倒すぞ〕


〔うん! みんなで生きて帰るんだ!〕






<放送中>


 玉鍵機との合身を果たしたダイショーグンは、低下していた出力が復活してついに本来の性能を取り戻した。


 しかし機体の状況は決して良い物ではない。


 前の戦いで脱落した脚部こそ新品と交換されていたものの、それ以外の部分は応急処置らしきものを受けた形跡があるだけで、帰還したときの状態とほとんど違いがなかったからである。


 さすがに呼び出すたびすべてが新品とはいかないんだなと、夏堀はどこか他人事のように思って、ひとり乾いた笑いがこみ上げた。


D2.<腕が無い! 違う方向から来るぞ!>


「このぉっ! さっきから卑怯だぞ!」


 向井からの警告を聞いて、とっさにダイショーグンの軌道を慣性に見合わぬ方向へと強引に変える。


 次の瞬間、それまでの軌道の行き着く先に5本のビームが走り、夏堀が賭けに勝ったことが証明された。


D2.<上だ!>


「ああもう! 厄介すぎる!」


 スラスターを吹かしてサイドステップ気味にその場を離れると、ちょうど機体ギリギリを5連のビームが掠めていく。


 さらにいつのまにか正面に来ていた敵の腰から大型の2連ビームが照射されて、これをどうにか腕部のアーマーでガードする。


 ダイショーグンが反撃しようとする頃には敵は持ち前の推力を生かし、とっくに離脱していた。


 夏堀は先程からこの多方向攻撃に翻弄されている。50メートル級の耐久力の恩恵でまだ致命傷こそ貰っていないが、すでにガードに使用した腕部はボロボロだった。


 もってあと数発。機体コンディションの数値からそう分析するものの、夏堀には打開策が思いつかない。


(ビームを撃てる2本の腕を切り離して、本体とは別方向から攻撃してくる。あんなの絶対にどれかには当たっちゃうよ!)


 胴体部からくる攻撃がもっとも威力があるので、夏堀はこれを一番躱したい。しかし装甲の薄い部位を狙われたら同じことなので、腕のビームも無視できなかった。


 さらに敵は脚部に該当する部分が無い代わりにスカート状の下半身が大型のスラスターそのものであるらしく、推力に優れている。ああまで速いと接近戦に持ち込もうにもあっと言う間に離れてしまうため、とても追い付けない。


 向井や玉鍵なら先読みで射撃を当てることができるだろうが、射撃が下手な夏堀に高機動の敵から飛び道具で命中を取るのは至難の技だった。


「このままじゃ……私が、私がなんとかしないと」


 自分にもう未来は無い。様々な違反の言い訳はきかないだろう。帰っても底辺送りになることはほぼ確実。


 しかも、下手をすれば家族までも連座で底辺に送られるかもしれない。


 ならば自分はここで死んでもいい。戦死すれば家族までは連座されない可能性が高いだろう。そして向井と玉鍵を生きて返せれば、あとの憂いは無い。


(ゴメン、由香。私がバカだった)


 なけなしのプライドからひとりで勝手に暴走して、仲間に散々迷惑をかけて、家族の生活まで脅かしている。


 口では生きて帰ろうと言いながら、夏堀はもう命を捨てる以外に償いの方法が思いつかなかった。


(ジャックライダーとクィーンガーベラの格納場所は脚部。なら、上半身ならいくら攻撃を受けてもいい)


 敵も自分も動くから当て辛い。それでも命中率を上げたいならどうすればいいか?


 簡単だ。足を止めて狙いをすませばいい。必然的に相手も狙いやすくなるが、どの攻撃も上半身だけで受ければいいのだ。


 相打ち上等。ただし、こちらが死ぬまでに絶対に倒す。


 敵に晒すのはキングボルトの、夏堀マコトの格納された胴体だけ。


 ――――そう覚悟を決めたとき、周りが見えなくなっていた夏堀の耳に安っぽい覚悟を見透かすような言葉が響いた。


<ヤケになるな、夏堀>


「た、玉鍵さん? 私は――――」


<乗ったロボットを信じろ。パイロットのために戦場にもう一度来てくれたこいつは、きっとおまえに応えてくれる。まだまだ耐えてくれるさ>


D2.<落ち着いて狙えばいい。焦ってるだけだ、夏堀の腕は悪くない>


「向井君……」


 2人の仲間からの言葉は文章にすればささやかなもの。


 しかし、それが生死を分ける極限状態に紡がれたものであったから。


 仲間の想いはどんな激励よりも強い言葉となって、ひとりで勝手に死に酔っていた夏堀の心を揺さぶった。


 ――――ロボットの中には乗り手の想いを受けることで、思わぬ強さを発揮する機体もあるという。


 その力がなんであるのかを科学的な根拠に基づいて説明など、今の人類にはできない。


 それでもなお、人はその力を確かに見るのだ。


「これ――――ボタンが……青いボタンが光ってる?」


 それは機体の情報にこそ記載されているものの、終ぞ使われた記録の無い『反応しないスイッチ』。


 合身命令を出す赤いボタンと対をなして存在する――――青いボタン。


 スペック上では記載されながら、なぜか使用できないという奇妙な兵器の発射装置。


 何がどうかは夏堀にも定かではない。だが、その青い輝きから少女は確かな意志を受け取った気がした。


「玉鍵さん! 向井君! 一か八か、ダイショーグンの奥の手を使うよ! 今なら、今なら使える気がする!」


D2.<あれをか!? わかった――――敵接近! 撃たれる前にやれ!>


<行け、夏堀>


「お願い! ダイショーグン!」


 近付いてくる敵に照準し、夏堀は輝く青いボタンに右手を叩きつけた。


 その瞬間、夏堀の中をグルグルと巡っていた悪意・敵意のようなものが打ち消され、何か暖かく大きな力と一体になったような不思議な感覚に見舞われる。


 その不思議な意志は形となり、ダイショーグンの背後に後光の如く煌めいて、ついには5つの輝く矛として現実への顕現を果たした。


 それは大いなる意志を形にした光り輝く三又の矛。光が望んだ愛の心。


 ――――仲間のためにこそ抜かれた、夏堀の心の刃。


「<<ダイ! フラッシャー!!>>」


 轟く光の本流はまさしく意志を持って敵へと飛び立ち、最初から当たると決まっていたかのようにひとつが胴体、ダイショーグンの死角へと射出されていた両腕にもそれぞれ1本が突き刺さる。


 さらに胴体が爆発する寸前に飛び出した敵の頭部もまた、心の臓を逃さぬという伝説の槍の如く射抜かれた。


 ――――ここからは夏堀たちのあずかり知らぬことだが、残された最後の1本はそのまま飛翔を続け、今まさに姿を隠そうとしていた秘匿基地へと命中した。


 当たったのはたった1発。


 しかしこの力に敵の大きさなど関係ない。当たれば大いなる意志の力がすべてを裁く。


 暗礁地帯にひっそりと隠れ続けたその基地は、やはりひっそりと爆発することもなく永遠に機能を停止した。


 この最後の戦果を知るのもまた、彼らが第二基地に帰還してからである。

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