第167話 叩け夏堀! 赤いボタンを!


「くそがぁぁぁぁッッッ!」


 大口径ビームの直撃を受けて大腿部から溶け落ち、本体から脱落したダイショーグンの左足。


 その中に納まっているクィーンガーベラの操縦席にはアホみたいな数の警報ランプが光り、深刻なアラートを鳴り響かせていた。


「脚部装甲、緊急開口! ――――効かねえ!? 強制爆破開口! ――――ダメかよ!」


 クィーンを納めた脛の装甲パーツが開かない! このままじゃ棺桶に入ったまま宇宙の迷子だ!


《低ちゃん、これはもう内部から強引に破壊して出るしかないよ! 機銃の出力を破損寸前まで上げるから、その1発でなんとか隙間をこじ開けて、フルパワーで合体解除ドッキングアウトだ!》


「あ゛ークソッ、他にえか! 頼むぜ戦国の女王様よぉ!?」


 どんな頑丈なロボットだってそれはからの攻撃に対しての話だ。内部は繊細な中枢機関の塊であり、内側からのダメージには大抵の機械は防御力なんて無力に等しい。


 だがそれで内部を都合のいい感じに破壊できるかどうかは運だ。ただ壊れるだけで肝心の装甲は開かない可能性も十分あるし、下手をしたら損傷の影響が悪い方向に行って爆発や出火を招くかもしれん。


 それでもやるしかもう手が無い。夏堀たちに回収してもらうという手も頭をよぎったが、それはナシだ。


 何度もリスタートして、そのたびに死にまくったオレのカンが言っている――――そんな猶予は無いぞと。


 それにスーツちゃんも待つという選択を出してこない。この無機物はいつもはオレが気付くまでトラブルを黙ってるクチだが、命の危険に関してだけはしっかり教えてくれる。つまり今すぐ対処しないとヤバイってのが確定してんだ。


「ドッキング解除ッ! エンジン出力最大!」


《ビーム収束器のリミッターカット。調整よし。臨界まで3》


「2、ビーム機銃、用意!――――発射!」


 発射と同時にフルパワーでクィーンを直進させて、観音開きの装甲を内部から擦るようにしてこじ開ける。ビームの光で前なんざ見えないが構ってられるか!


《ダイショーグン脚部に異常熱源!? 爆発する! ショック体勢!》


「またかよ!?」


 うまいこと機体が滑りだしたと思った矢先、スーツちゃんの警告で顔と後頭部を庇ったと同時に猛烈な衝撃が操縦席を襲う。


 半ば開いた装甲の隙間からなんとか飛び出したクィーンは、途中で微妙に引っかかったせいで訳が分からんほど猛烈に回転してしまった。


 そのせいでフットペダルから外して踏ん張っていた足が一瞬にして持ち上げられ、天板に全身を叩きつけられる。


「がっ!? っ~~~~……」


 瞬間的に硬化してくれたスーツちゃんのおかげで背骨が折れたりはしなかった。


 だが、内臓が潰されたような痛みと、今なお襲い来る回転の負荷によって天板に張り付けになったまま脱出できない!


(スーツちゃん!)


《無理! 筋力補助以上のGが掛かってる! 無理に動いたら潰れるゾ!》


 こ、呼吸ができない。肺を広げる横隔膜が回転の遠心力に負けている!?


 ここは宇宙だからどれだけ進もうが墜落はしない、しないが! 空気抵抗も無いから回転がぜんぜん止まらねえ! このままじゃ空気があるのに窒息死しちまう!


 クィーンガーベラの操縦席は機首に吊り下げるような形をしているせいで、回転ロールすると回転の中心線から大きく離れる形になる。そして回転の影響とは外側にいくほど強い!


 絶っっっ対ッ! この形状は戦闘機として設計ミスだ! 設計者のクソバカヤロウがぁ!!


《小隕石! 耐えて!》


「ん゛ぎっ!?」


 爆発で流されたところを漂っていた隕石に引っ掛けられた!? いや、こっちが勝手に突っ込んでいった形か! 今度は側面と天板にゴン! ガン! と叩きつけられて脳まで揺れる。


 だが! 今ので回転はさっきより弱まった!


「ん゛! な゛! く゛っ! そ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」


 クィーンの四角い操縦棹までの、たった50センチも無い空間が無限に遠い! それでもどうにか人差し指が引っかけられた。


 後はわずかでも操縦棹を傾けさせれば、それだけでさらに回転は弱まり、あれだけギチギチに張り付いていた体が嘘のように落ちてくる。


~~~~っ」


 呼吸どころじゃねえ! 肺が、内臓が、のたうち回りたいくらい痛えぇぇぇぇぇぇっっっ!!


《怪我は口内の切り傷と鼻血と、露出してた肌の擦過傷くらいかな? 打撲はしょうがないとして、骨と内臓に損傷なし。しばらくしたら痛みは落ち着くから我慢だ低ちゃん》


(ひ、他人事だと思いやがってぇ~~~~っ)


 ダメだっ、痛くてなんも考えられねえ。


《姿勢安定。でもダイショーグンからずいぶん離されちゃったゾ。これじゃ見つけてもらえないかも》


 スーツちゃんの分析を聞いても一言も返せない。これほどの痛みは久々にきた・・ぜ。ホントに深刻な怪我してねえのかよ?


《ノズル破損。エンジン、機能をほぼ停止。爆発しないだけ御の字かナ。通信機能も怪しい。幸い生命維持装置だけは生きてるから、いきなり窒息はしなくて済みそうだゾイ》


「…………ひっでえ目にあった」


《大丈夫? あんまり痛いなら鎮痛剤使う?》


「正直欲しいが、まだいい。状況の確認を続けよう――――血が邪魔だな」


 飛び散った出血が無重力空間の中で球体状になって浮いている。こんなもんが目に入ったらたまんねえ。


《スーツちゃん式クリーナー術ぅー、服内吸引!》


「お、助かる」


 ジャージに現れた小さなプロペラが回転して操縦席内の血が吸い取られていく。これはアレか、服に小さなプロペラ仕込んで空冷するやつか。ダサいとかいらねえとか思っていたデザインが思わぬ形で役に立ったな。なんにでも使い道ってあるもんだ。


 おかげでだいぶクリアになったぜ……服の中のシャツは吸った血でビッチョリだがよ、うへぇ。


「自己診断……やっぱあちこちイカれてるな。ランプが赤ばっかりだ。この状態でシャトルを呼んで脱出できると思うか?」


《壊れかけのエンジンでもなんとか慣性飛行はできると思う。でもゲートに入った途端に墜落ジャネ?》


「だよなぁ。回廊には重力があるからな」


 となればダイショーグンに見つけてもらうしかねえんだが、漂ってるのが暗礁地帯ってのがマズい。オレらが夏堀のキングボルトを見つけるのに苦労したように、今のクィーンガーベラも見つけるのは難しいだろう。


「酸素はどんなもんだい?」


《残り5時間強。損傷で流出した分が大きいナ。今後も減ることはあっても増えないから、呼吸には気を付けて》


 長くも短い5時間になりそうだ。じわじわとリミットを感じながらボンヤリすんのは怖いだろうなぁ。


 ――――もう名前忘れちまったけど、あの女もこんな風に宇宙でひとりは怖かったろう。そりゃパニックもなるわな。


「まあ、死ぬシチュエーションってこんなもんか。きれいに爆死するほうが珍しいもんさ」


 死ってのは悲惨で汚くて、誰だってみじめなもんだ。老若男女、美人だろうが美形だろうが、いずれ腐って崩れ落ちるだけ。皮の下はブサイクと何も変わりゃしない。


 美しい死なんて、死人を利用したい生きてる人間の思惑で出来たホルマリン臭い砂糖菓子。ドブに浮いた生ゴミさ。


《ありゃ、もう諦めるの? なんなら最後が苦しくないように致死性の鎮痛剤でも作っとく?》


「いらねえよ。死ぬまでは死なないさ」


 まだ5時間ある。5時間あがく。その先は知らん。だからそんなもんいらねえ。この体だって長生きしてえだろうしな。


 最後の瞬間まで足掻かにゃ、鏡の向こうの顔が見れねえよ――――いや、鏡も何も自分の顔なんだがよ。オレは何と勘違いしてんだ? やべえ、頭打ったせいかちょっと混乱してんな。


「そういやリスタートはできるのかい?」


《無理デッス》


「今回はだいぶ長生きしてんだけどなぁ。負債がデカすぎんのかね」


 ランダムブッパくらいは溜まってるかと思ったらダメか。とうとう崖っぷちってヤツかね。前回に終わったと諦めたことを考えれば、だいぶしぶとくやってきたんだがなぁ。


「なんとか目印になるようなアクションをとらんといかんな。敵に発見されたらそのときはそのときだ」


 ダイショーグンだってかなりダメージを受けている。夏堀たちも生きてるか死んでるかわからんオレを探してまで長居はしたくないだろう。


 なんせ死んだら何もかもパアなんだからよ。せっかく拾った若い命だ、見捨てられても恨まねえさ。けど、こっちはこっちで助けてもらう努力はしねえとな。


《最悪は外に出るしか無いね。敵はパイロットがロボットから下りていれば攻撃してこないから》


「敵より宇宙に殺されるわ。窒息死より血液が沸騰するほうが早いんじゃねえの? 嫌だぜ、さすがにそんな死に方は」


 全身から血を噴き出して目玉を飛び出させて死ぬとか、まさにスプラッタじゃねえか。もっと悲惨な死に方を経験してるからって、それ以外の死に方が平気って訳じゃねえぞ。


《それなら大丈夫。スーツちゃんは宇宙でも活動できるパイロットスーツをモーフィングしているでオジャそうろう。魅惑のスーツが3種類もあるDay?》


「おい待て、嫌な予感しかせぬぞスーツちゃん殿」


《ではでは、モーフィング順でお披露目しましょう♪》


「まず口頭、口頭でお願いしますっ」


《エントリーナンバー1ばぁん。シスターズのパイロットスーツby星川マイムちゃん仕様》


「やめろって言ってんだろ! これは持ってると知っとるわい!」


 こいつは前にGUNMET内で起きた火花で火傷しないように着させられたやつだ。全身をピンクの薄い皮膜で覆ったようなピッチピチのヤツで、バッテリー兼任の小さなアーマーが胸やら腰やらに申し訳程度に付属しているエロスーツ。


 スーツちゃん曰く性能は悪くないらしい。だからこそモーフィングしたんだろうが、おかげでオレのクローゼットに知り合いの着てるスーツと同型があるって、なんともキモい状況になって困ってんだが!? そこそこの値段がしたから捨てるのもなんか勿体ないしよ。


《はいはい、落ち着いて落ち着いて。興奮すると酸素の消費が早くなるZE? びーくーる》


「こぉんのやろッ……」


《エントリーナンバー2ばぁん――――》


「!!! ちょおぉぉぉっ!? ちょーっっっ!? バッカッ! バッカおまえ! これ写しちまったのかよぉっ!? アスカたちのスーツじゃねえかっ! ふざけんなぁッ!!」


《ウイ。正式名称TOP・ACE。法子ちゃんたちが着ていたTOPスーツのデザインそのままに、新技術でより性能を向上させたベストデザイン。まさに名スーツでありまス! こんなこともあろうかとモーフィングしておいて良かった! 大変よくお似合いでありますぞ低軍曹殿っ!》


「ハイレグはやめろっってんだろうがぁ! こんな肌見せておいて宇宙用なわけあるかぁ!! 開発者の変態は銃殺刑にしちまえ!」


 こんなのでもSの技術で宇宙空間にいられるのは知ってる! 知ってるが、それとこれとは話が別なんじゃボケェ!


《ついにスーツちゃんは約束を守り、本懐を遂げ申した。ハイレグ低ちゃん、完成! 完成!》


「誰と何を約束してんだエロスーツ! 早く次に行け! むしろ今すぐジャージに戻せ!」


 尻に食い込むわ股のところがスースーするわ、座ってるだけで落ち着かねえわ! マジでアスカたちはなんでこんなもの着て戦えんだよぉ!?


《えー? ここまで来たんだから最後まで行こうよ。というけでラストォーッ》


「人の話を聞け! これ以上酸素を消費させんな!」


《エントリーナンバー3ばぁん。大本命! 低ちゃん専用スゥゥゥーツゥゥゥゥ!!》


「やっぱりかぁぁぁぁぁっ! もうヤダこの無機物ぅッ!!」


 白いワンピース型の水着みたいなこのスーツ。股の角度はアスカたちのより多少マシになったが、局所を強調するような黒いラインが入っていてどっちにしろエロい。あと薄い! この黒いのを引っ剥がしてえが、白いのだけだと透けはしないが形が出るんじゃアホォ!


「改めて見てもやっぱ酷え……脇とかも全開じゃんよ」


《低ちゃんはどこも生えてないからいいジャン。普通はここまて露出してるスーツだとさ、いろいろとお手入れ大変なんだゼ?》


「う・る・せ・え・わ! 誰も頼んでねえっての! 用意周到に髪飾りまで再現しやがって」


《それがヘルメット替わりでもあるしネ。シスターズのスーツはそれ自体に簡易メット機構があるけど、あくまで非常用で普通のヘルメットを被るし。アスカちんたちのスーツはヘルメット無しでも平気なように体の周りに酸素のあるフィールドを作れる。でもこっちはちょっと制限時間がナ》


「はぁ……で? このスーツを着用して生きていられるのは何時間なんだ?」


《酸素は約4時間。このサイズの個人装備としては大したもんだよ》


 つまり最大で9時間か。このまま敵に見つからなきゃだが。


「まあ朗報であるな。じゃあそろそろ戻してくれ。中に着てるシャツとブラのせいでゴワゴワ感じるしよ」


 基本的にどのスーツも下着まで脱いでから着るやつだろ、これ。余分なものが挟まってるから変な感じだぜ。


《むしろ今のうちに脱いでおきなよ。宇宙に出るような状況になったらもう脱げないんだから》


「……本気?」


《マ。血だらけのシャツとか体に付きっぱなしなのもよくないしネ》


 マージーかー。理屈はわかるけどよぉーっ。


《ムホホっ。今日は可愛いブラでよかったナ》


「血塗れで可愛いもクソもあるかっ! あーあ、こりゃ落ちないなぁ。買ったばっかなのに……」


 よもや男だったオレがブラの買い替えで消沈する事になるとはなぁ。人生なにがあるかわっかんねえわ。


「……ん? そういやブラとシャツはあるのに下が無いのはなんでだ?」


《ハイレグに邪魔だから脱がせましたが何か?》


「人のパンツどこやったテメエ!」


《ポケットに入ってるヨ。スーツちゃんは淑女なので、人の下着をどうこうしたりはしまセン》


「淑女は人のパンツ勝手に脱がさねえんだが!? まったくったくもう――――何だ?」


 コンソールのランプ群が不自然に明暗してら。タッチパネルと違って破損してもいっぺんに壊れない、こういう点は戦闘用として立派な長所だよな。


《クィーンガーベラが何かの信号を受信。機材が壊れ過ぎてて判別できないけど、味方のほうかな?》


「夏堀たちが通信を寄こしてんのかもしれねえな。なんとか返せればいいんだが。チッ、このスイッチ群のせいでさっきは剣山状態だったぜ、クソ」


 スーツちゃんが硬化してくれたからよかったが、そうでなかったら皮膚が穴だらけになってるとこだわ。口の中も切りまくったせいで血が気管に入りかけてむせるしよぉ。ボクサーかっての。


《うーん、ダメだネ。なんとかこっちも送信してるけど出力が弱すぎる。それこそ接触するくらい近くないと通信は無理そう》


「いや、悪くはねえ。逆に向こうの通信を受信するくらい近くには来てるってこった。なんとか花火を上げれば気付いてくれるかもしれん」


 遭難用の照明弾の類でもあればなぁ。そんなもの積んでないぞ。照明弾と言わず、なんとか人工の明かりをつけられねえもんか。機銃が生きてりゃビームを撃つのに。脱出で完全に壊れちまったようで、もうウンともスンとも言わねえや。


「エンジン吹かしてノズル光を出すか。どうせ温存してても何もならん」


《爆発の危険があるゾイ。脱出で無茶したからだいぶダメージが入ってる》


「なら爆発したらそれまでってこった。山の遭難者じゃあるまいし、Sワールドこの世界で運を天に任せるほど耄碌してねえよ」


 パイロット稼業は賭け事と一緒だ。スカンピンが助かりたいなら自分の命もテーブルに叩きつけにゃあな。ビビリはコイン1枚稼げねえ。そんなんで命なんか買えるかよ。


「行くぞ女王様。鞭の1発そこらで音を上げんでくれんなよ」


《左右エンジン出力安定……は無理ッポ。なんとか誘爆しないくらいに抑えるから、扱いは優しくネ》


「頼む。なに、ちょっと光ってくれりゃいいんだ」


 スロットルを傾けると不規則で嫌な振動が操縦席に伝わってくる。普段なら即エンジンカットするくらいゾワッとくる振動だ。本格的に壊れてんなこりゃ。


 それでもエンジンの出力計に細心の注意を払いながら吹かしていく。わずかでも推力を得てジワジワ加速してるのがおっかねえ。


 このノズル光が誰にどこから見えるかは運だ。敵のほうが早かったら……たぶん助からねえ。レーダーも死んでる、モニター兼用の風防キャノピーも画像処理がほとんど機能していない。これじゃ攻撃されるまで分からないだろう。


 いや、攻撃されても分からないかもな。その時点で宇宙の藻屑ってやつだ。


「――――ヒリヒリする。嫌な感じだぜ」


 何も見えない操縦席って箱の中で、いつ死ぬかわからない時間を過ごす。手が勝手に震えてきそうだ。


 どうせならわずかでも最後の時ってのが分かる死に方がしてえな。よくわからんうちに死ぬのは苦しくないって意味じゃいいんだが、いまいち頭で納得できなくてモヤモヤモすっからよ。


「! なんだ!?」


 真上から圧し掛かるような衝撃を感じた。石っころじゃねえ。敵か? Sワールドの掃除屋、MARKERマーカーはまだ早いよな?


D1.<だま゛がぎさ゛ぁん! 生゛き゛て゛る!? お゛うどう゛、応゛答゛じで゛え゛っっっ!>


「夏堀! そっちも無事か」


D1.<!! 生゛き゛て゛る゛っ! よ゛かっ、よがっだぁぁぁぁっ>


 すうっという息を吸う音が通信に入り、そこからわぁと泣き出した音声が響く。賢しい女のエーンエーンとは違う、小さな子供のやる完全なガチ泣きだ。


(これも薬のせいか? 戦うためとはいえ、だいぶ無茶させちまったしなぁ。早いとこ三島んトコに連れて行かねえと)


D2.<玉鍵ッ! 状況は!? 怪我は!>


(うお、弱いがまた揺れたぞ。なんだなんだオイ)


《こっちの通信がぜんぜん拾えないから、機体同士を接触させてるんじゃない?》


「(あぶねえなぁ。)無事だ、クィーンのほうはガタガタだから無茶しないでくれ。モニターがほとんど死んでるから周りも確認できない(って、接触が2回?)」


 ギリギリ生きてるモニターの映像で見えるのは、ジャックライダーのボクサーグローブを並べたような独特のフォルム。


「おまえたちダイショーグンはどうした!? なつ……向井!」


 ダメだ。夏堀はさっきからワンワン泣いてて聞いてねえ。説明は冷静な向井のほうがいい。


D2.<すまない、よくわからないんだ。あれからしばらくして勝手に合身が解けて、格納庫のようなところに入って消えてしまった>


(あのクソエネルギー野郎! 脅威が消えて用は済んだってか。定時上がりってレベルじゃねえな)


 本当に平和を愛してんのかよ? ガキどもをこんなところに置き去りにしやがって!


《ダイショーグンはSワールド側のロボットだから、初めから『本星』には付いてこないんジャネ? これは思わぬ欠陥かもナー》


(欠陥どころじゃねえわ。うーわどうすっかな、損傷してるクィーンじゃ回廊で飛べないじゃん。どっちかに相乗りさせてもらうしかねえぞ)


 なんのかんの頑張ってくれたのによぉ。クイーンをここに乗り捨てるしかねえのかよ。


D2.<とにかく生きていてよかった。た、多少狭いがジャックに乗って――――センサーに感!>


 近くを走った無数の光はビーム光か? 通り過ぎたってことはこっちを狙ってんだよな!?


(また敵かよ!? 打ち止めってったろ!)


《誰も言ってないでヤンス。でもこれは敵だねぇ》


「夏堀! 敵だっ! 動け! 夏堀! なつ、 ~~~~っっっ、ビービー泣いてないでやることやれっ!! ここまで来て死ぬ気か!!」


 大声で怒鳴られてキョトンとした空気を出した夏堀は、やっと事態に気付いたようで慌て出す。


D2.<夏堀! オレが引き付ける! 今のうちに玉鍵を回収しろ!>


 そう意気込んだ通信を送ってきた向井だが、そのすぐ後に夏堀の悲鳴が聞こえた。通信だけで状況がよく分からないが、敵の攻撃を避け損ねて向井機が損傷したらしい。


D1.<いやぁあああっっっ! 向井君がぁっ、向井君が死んじゃうっ!>


《ありゃりゃ。なっちゃんが陰キャ君の援護に行っちゃったよ。話をぜんぜん聞いてないナ》


 向井機は損傷、夏堀は精神的にいっぱいいっぱい。オレのクィーンガーベラもスクラップ寸前。そのクセ敵はまだ健在で、乗り移って逃げる余裕もない。


(あいつらで敵は倒せそうか?)


《2機と通信したとき得た映像記録をチラ見したけどどうジャロ? 足の無い未完成品みたいな敵だったけど、火力も推力もさっきの緑頭くらいあるっぽい》


 網膜に投影された映像にはスーツちゃんの言うように足の無い人型の敵ロボット。手の指がそれぞれエナジー兵器になってんのかよ、1機なのに火線の数すげえな。


 けどなんだろうな、見ていて倒せない相手には感じない。


 夏堀が倒した緑頭は頭部に足が付いたような変なデザインだったが、あれで完成形って感じの印象だった。対してこいつは人型なのに足が無く、こっちは明らかに未完成な印象を受けるからか?


 まるで宇宙なら足が無くてもとりあえずスラスターで動くからと、建造中に無理やり出してきたようなやっつけ具合。


 こっちが固まって止まっていたのに初弾が大外れした事といい、もしかして未完成なうえに照準まで未調整なんじゃねえのか? オレが乗ったザンバスターみたいによ。


 ならつけ入る隙はある。ほんの数秒撃たないか、ほんの1発だけ外してくれりゃいい。その時間でなんとかする。


「……合体すんぞ。夏堀! 向井! なんとかこっちに来い! スローニンで迎え撃つ!」


《うえ゛!? クィーンはボロボロでエンジンだってまともに動かないのに、合体なんて無理だべや》


(姿勢制御の補助スラスターはまだ動く。なんとかドッキングするさ)


 創作でいちいちビュンビュン飛び回って合体するのは、いわゆる合体変形ロボにおける変身バンクってやつの事情だ。重力下ならまだしも、宇宙空間ならチョコッと噴射すればそれでくっ付ける。


 そしてクィーン自体はダメでも、合体すれば2機の武装とエンジンはまだ使えるはずだ。


《さすがに無理ゾ。合体するにも機体の損傷が激しくて変形機構が機能してないもの》


(なんとかならんかスーツちゃん、ガキどもの命だってかかってんだ)


《無茶言わんといてや低ちゃん。あと距離が離れてるから二人に通信は届いてないよ》


 クッソ、スローニンにさえなれないのか。このままじゃ……


D1.<玉鍵さん! こっちに乗り移って!>


「夏堀!? 敵は?」


D1.<向井君がなんとか引き付けてる……その間に玉鍵さんを連れて逃げろって。私が、私が残らなきゃいけないのに! ここは男に任せろって!>


 ……向井、おまえやるじゃねえか。本当にそれが出来る男はなかなかいないもんだ。


 女を庇ってヒロイックに戦う。馬鹿な男はみんなそういうのに憧れて、自分もやれるとつい思っちまう。


 けど実際にそんな場面になっても、だいたいのやつはビビッちまうもんさ。心の中で出来なかった理由を何回も言い訳しながらな。


 カッコつけるだけじゃ男じゃねえ。そのカッコつけを死ぬまで突っ張り切って――――初めて男よ。この人みたいにね。


《うむうむ。陰キャ君のヒーロームーブを無駄にしてはいけないナ。低ちゃん、もう脱出しよう》


(……そりゃできない相談だ。まだな)


《低ちゃん、可哀想だけどこれ以上は――――》


「夏堀! もう一度ダイショーグンを呼べ! 今すぐだ!」


D1.<《えぇ!?》>


「グダグダ説明してる間に向井が死ぬ! ダイショーグンの出撃ボタン! その赤いボタンをぶっ叩け!!」


 ロボットが格納庫に帰ったら何をする? 整備して補給して、損傷してたら修理するだろ。戦闘用ならなおさらだ。次に向けてちょっぱやで直す。それが整備の仕事だろうが。


 Sワールドから出現し、Sワールドへ帰っていくスーパーロボット。おまえの活躍はたぶん週1・・なんだろう。


 ……けどよ、まだそのは終わってねえだろう? パイロットオレたちは出撃したままで、おまえをまだ必要としているんだ。


 呼んだなら付き合えよ、何度でも! それがスーパーロボットだろうが!


「夏堀ぃ! 呼べえッ!」


D1.<~~~~来て! ダイ! ショー!! グンッッッ!!!>


 それを人は一か八かの賭けと呼ぶだろう。あるいは万に一つの可能性と呼ぶかもしれない。


 だか――――これはきっと、そんな御大層なものじゃない。


 戦のにおいを嗅ぎつけて。難敵の気配に心を滾らせて。


 いま再び! 戦国の武将が暗黒の戦場へと放たれる! たったそれだけの話さ!


D1.<――――来たぁ!? ほ、ホントに来たッ!!>


うっそぉん……》


「夏堀! 向井を呼べ! 合身スタートだ!」


D1.<は、はい! でも玉鍵さんは!?>


「合身中にうまいこと拾ってくれ。操縦は得意だろ? メインパイロットさんよ」


 今も昔も、サブの役割はメインを信じてどっしり構える事だ。足になるのは嫌いだが、これでもサブの事は尊敬してるんだぜ? オレも見習わせてもらわぁ。

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