第164話 無謀な出撃!? 壊れかけた凡人が探る、栄光への道

出撃直前の格納庫の様相はいつものながらの戦場だ。


 すでに発進待ちの連中は最終工程に入っており、カタパルトが空きしだい地下と繋がるエレベーターから次々とロボットや分離機がせり上がっては、ゲートへと打ち出すためのセッティングがなされていく。


 出撃は緻密なスケジュールの下に発進させるため、遅刻したオレたちの順番は必然的に後回し。最後ドンケツが決定している。


 そんなひっきりなしに稼働するカタパルトの轟音と、腹に響いてくるメインスラスターの長い余韻が渦巻くなか。オレたちの乗り込む3機に割り振られた格納スペースに駆け込む。


 機体前で渋面のジジイが『こっちだ』と言わんばかりに手を振っているが、オレも向井も最初に目に飛び込んできたのはジジイたち整備士の背後に見える何も無い空間だろう。


 小型のロボットや分離機たちは順繰りに待機所ここから稼働する斜め上がりのリフトによってエレベーターまで移動され、カタパルトまでせり上がっていく。


 そんな10メートル級用の汎用待機所のひとつ。その1機分のスペースがポッカリと空いていた。


 エレベーターリフトを待って鎮座しているのは、向井の乗るべきジャックライダーと、夏堀の駆るクィーンガーベラだけ。


 その2機の先頭にあったはずの、オレのキングボルトが無い。


「すまん! 儂のやらかしじゃ!」


 駆け込んできたオレたちを見るなり、ジジイが怒鳴るような声で謝って頭を下げてくる。


「なぜ夏堀の発進を許したんですか!?」


 オレが何か言う前に、意外にも自己主張に乏しい向井が珍しく詰め寄っていく。


《おぉ、ドラマの定番のやり取りだナ。大人の胸倉掴んで少年の主張》


(こんな時に茶化すな)


 向井こいつは初宮・夏堀と一緒に、身も凍る雪原で過酷な遭難経験をしている。


 苦難を共にするほど連帯感を感じる体験は無い。向井なりに同じ苦労をした夏堀へ特別な絆を感じてるのかもしれねえな。


 近くのエレベーターや移動床の起動に伴う警告音の轟音にかき消されつつも、ジジイの告白が始まる。その横で縮こまってるのが、今回やらかした整備士のガキのようだ。

 確か最年少の、ええと、名前なんだっけ? 黒い肌のリーダーがアーノルドって名前で、あとは取り巻きって感じで覚えてねえわ。


 聞く限りジジイたちがうっかり夏堀を発進させちまったのには、複数の理由があるようだ。端的に言うと『意表を突かれた』ってのが表現として正しいか。


 格納庫に現れた夏堀は、あいつの変わり様に驚くキングボルト付きの整備士に向けて『玉鍵たちは遅れる。本当にギリギリになるから私が先に出る』的な事を叫んで、止める間も無くキングボルトに乗り込んだらしい。


 もちろん整備は夏堀の登録がクィーンガーベラなのは知っていた。ここで普通なら違和感を感じて問い質すだろう。普段の状況なら。


 ――――オレらは出撃2段目のトップバッターとして登録されていた。だというのに出撃間際になっても一向に現れないし連絡も付かない。


 そうしてやきもきしていたとき、とんでもねえイメチェンした夏堀が飛び込んできて、整備士のガキは思わず思考停止しちまったらしい。


 さらに基地側の出撃を管理するオペレーターからも早く上げろ、1番目だろうとせっつかれたせいで焦った整備士は、思わずエレベーターを起動させて準備済みのカタパルトへとキングボルトを流してしまったのだ。


 整備長でクソ忙しいジジイが1機だけで動き出したエレベーターに違和感を持った時には、もうキングボルトはカタパルトに乗って発進直前。


 そこで慌ててジジイが通信を入れて制止したにも拘わらず、夏堀はそのまま出撃してしまった。


 残されたのは今さらながらとんでもない間違いをしたと気付いた整備士のガキと、呆然とするジジイと他の整備士たちだけだった。


「すまん! こっちで停止させるにはもう手遅れだったんじゃ!」


 向井ガキに胸倉を掴まれても、ジジイは甘んじてされるがままで謝る。その潔さを受けて向井も口を強く結び、手を離した。


 基地には緊急時にロボットを強制停止させる装置がある。過去にジャスティーンの無断出撃を阻止できたのはこの機能のおかげだ。


 だが今回は気付いた時点でカタパルトが起動しており、タイミングが悪すぎて使えなかったんだろう。


 既にカタパルトで打ち出されてしまったロボットを強制停止させてしまった場合、その後の展開はだいたい2通り。


 ひとつは機能停止したままゲートを潜ってしまい、そのままゲート内の通称・『回廊』と呼ばれる空間を落下し続け、やがてパイロットごと粒子レベルまで分解されて消滅する結末。


 前にプロトゼッターで出撃した時に、ゲート内でエンジントラブルに見舞われた事が思い出される。


 あそこは人もロボットも長時間留まることができない仕様だ。一定の時間が過ぎると問答無用で居残っている物質は消滅してしまう。


 機能停止したロボットとパイロットにとって、それは生きたまま焼却炉行きになるのと変わらない。


 もうひとつはカタパルト射出だけでは推力不足で、ゲートを潜る前に失速して地下都市へ墜落するパターン。


 一応、万が一を考えてゲートの発生する方向には重要施設は作られていないとはいえ、事故が起きれば相応に被害は出るし、何より事故精査のため発進が中止されるので、スケジュールが大きく狂うことになる。


 これはトータルで見れば都市の利益という意味でダメージは意外とデカい。この辺の事情は航空機の滑走路事故と同じようなものだ。


 国はあまり考慮してないが、機能停止状態で墜落すればパイロットも怪我をする可能性が出てくるのも無視できない。


 さすがに慣性制御などの生命維持に関する機能は停止しないので、カタパルトの射出程度の速度なら大怪我はしないだろうが。


 ――――そしてこの2通りの展開のうち、ジジイは長年のカンで、キングボルトの形状・重量・発進推力なら機能停止させてもゲートを潜っちまうと判断した。


 オレ玉鍵なら向こうで再起動も不可能ではない。だが夏堀では無理だとも。


 だから緊急停止を躊躇ってしまった。停止させたら夏堀は回廊で消滅して死ぬ。それが分かったジジイにガキを殺すボタンは押せなかった。


 この問題の原因は複数あるだろう。


 まずオレらの遅刻。次に整備のガキの焦り。事情お構いなしに急かすクソオペレーターも無関係じゃねえ。


 そしてジジイのお人好しなところもな。何が自分の責任やらかしだよ。


(グダグタと爺さんの懺悔聞いてる場合じゃねえな。まごまごしてたら夏堀が向こうで叩き落とされちまう――――スーツちゃん)


《ウィ。なっちゃんの指定したフィールドを基地のデータから検索中》


「クィーンの座席調整を。向井はそのままジャックに乗れ、(オレらで)夏堀を追うぞ!」


「了解!」


 ジジイに詰め寄るのをやめ、担いでいたヘルメットを被りながらジャックライダーへと駆け出していく向井。兵隊的な訓練受けてるだけに、指示さえあればあいつの行動は早い。


「嬢ちゃん!? クィーンこいつのコックピットは元のまんまじゃぞ!?」


 夏堀はオレと違って乗機が決まってからも座席のサイズ調整程度で、操縦席周りは一切弄っていないようだ。使い辛いがしょうがねえ。


「取り換えてる暇は無い。なんとかする」


《――――ヒット。指定フィールドは宇宙の暗礁地帯。マニアックなところを選んだのぅ。それにここって、ザンバスターで戦った近辺だヨ?》


(……まさか、あんとき潰し損ねた秘匿基地でも探すつもりか?)


 ザンバスターでの戦闘は第二基地でも放送されていた。それを夏堀が見たのなら、機動戦力の相手で手一杯で手付かずだった秘匿基地の事は知っているだろう。


《うーん、どうじゃろ。地上基地と違って隕石くりぬいた宇宙基地なら丸ごと移動もできなくはないし、どのみち見つかった基地は移動させるだろうから、たぶんもう同じ場所には無いよ? そのくらいはお薬ハッピーセットのなっちゃんでも分かると思うナリ》


 秘匿基地なわけだしな。見つかっちまったら開き直って通常基地にするか、放棄するか。あるいは移動できるなら他所にやるだろう。


 あいつは操縦に関しては光るものがある。単純に暗礁地帯のような飛行にテクニックがいる場所をあえて選んだか?


「調整終了! 玉鍵さん、クィーン行けます!」


「(おう!)助かる」


 出撃が最後尾ドンケツになっちまったら多少は時間もある。せめてこの時間の間に使いやすいようショートカットの類だけでも作っとくか。


「ごめんなさい! 玉鍵さん、オレ、オレ……」


 あん? ああ、下手こいたガキか。もうジジイに殴られたようで顔を腫らしてら。


 失敗は事実だから庇い立てする気は起きない。けど未熟なガキのするこった。こいつの責任を持つ上司のジジイに怒られたなら、オレから言う事はさほどえ。


 この件はクスリでおつむクルクルパーになった夏堀が二番目に悪い。整備のガキの責任はそれよりもっと下だ。


「次は気を付けろ。誰に急かされても、必要な事は流されるな」


 どだいガキには荷が重い世界だ。どんな事情でS基地の整備士なんてしてるのか知らねえが、たぶん親に頼れねえとかそんな感じの生い立ちなんだろう。


 それでも職として請け負った以上、境遇なんざ言い訳にならねえ――――けどまあ、冷たい世間を這いつくばって大人になったひとりとして、ガキのヘマの1回くらいは勘弁してやらぁ。


「嬢ちゃん! 宇宙なんじゃからいい加減パイロットスーツを――――」


 開いているクィーンガーベラのハッチへ逃げ込みさっさと閉じる。防音だからなーんも聞こえませーん。


《例のスーツは顔や肌が丸出しだけど、高性能な宇宙用スーツと変わらない優れモノだヨン? 呼吸も有害な宇宙線も問題ナッシン。さあ、いよいよしチャウ? ここでHEN・SIN! しちゃう?》


「重装形態を解除すると超高速で動ける機能を得られる、どっかの変身ヒーローの電子音みたいに言うな」


《ベルトも豪華版で再現できまっス。1、2、3》


「だから着ねえっての! というかベルトはどこからモーフィングしたきた!? 後で買うから店教えとけ!」


 買わずにそれやると万引きみたいなもんだろ! 勝手にコピーすんのはやめろよな。


 あのパイロットスーツの性能が良いのは事実なんだろうが、優れた技術をあんなエロデザイン方面にまで発揮するのをやめてほしいぜ。もう少しもちっとマシにしてくれりゃ、少しは考えるのによ。


「そもそもスーツ持ってきてねえのに、乗り込んだ後で服が変わったらおかしいだろうが」


 第一、ここで脱いだら風防キャノピーから見えちまうだろうが。いくら内面は男でも、いや、内面が男だからこそ野郎には見られたくねえわ。どうなるか想像できちまうっての。


《えー? あのスーツ生地メッチャうすいしー? ジャージの中に着てましたって顔でいれば大丈ブイ


「それが嫌なんだ! もういいだろ、オレはショートカット組むから、スーツちゃんはクィーンのコンディションチェック頼むよ」


 必要な機能を維持しつつ、あんなうっすい生地や面積に落とし込むためにどれだけ無理してるやら。人前で着れるかあんなもん。


りょ。左手借りるぞい》


 いつものようにスーツちゃんがオレの左手を使って機能チェック。オレはオレで使いそうな動作をボタンひとつで出せるよう、ざっくりと短縮操作を入力していく。


 これがあると無いとではとっさのアクションに数秒もの差が生まれるから重要だ。例えば平均的な発射速度のバルカン砲に狙われたら、たった1秒ボケッとするだけで数十発の弾に舐められちまうからな。


《それにしてもちょっと意外。もう少し悩むのかと思ったのに》


「あん? 何がだよ?」


《クィーンガーベラってスローニンのメインパイロットだけど、パーツ的には足やデ?》


「メインだからいいんですぅーっ、ノーカンなんですぅーっ」


《子供か、って子供か。中学生だもんネ》


見た目ガワだけな。まあ男なんざ年食ってもガキのまんまさ」


《ちなみにクィーンの変形ギミック上、この操縦席はスローニンの股間あたりになりマス》


「いちいち指摘せんでよろしい」


《しかもコックピット近辺は形状が完全に玉ぶく――――》


「シャラップ!」


 機首前面に吊り下がるような独特の配置をしたクィーンの操縦席。


 大昔の戦闘機とかにこういう釣り下げ型の機銃座ってのは実際にあったらしいが、なんでこんな配置にしたのかねえ? しかもなんでか知らんが後ろだけ水滴型みたいに丸っこいんだよなぁ。


 空気抵抗や視界確保のためなら逆じゃね? 正面は原始的な斜め切りの鳥籠バードゲージ型なんだぜ?


 スローニンへの合体時、クィーンの操縦席は逆さになる形で変形してドッキングするんだが、そのせいで操縦席の丸い側がロボット正面の股間部に来る。


 そのせいで見た目がまんまモッコリ・・・・というか、お袋さんに見えるのだ……こいつをデザインしたやつは頭が低学年男子なんじゃねえの?


《精査完了、問題なし。続けて兵装回りの確認。クィーンの装備は機銃として小口径のエナジー兵装が1門、中距離ミサイル射出口が2基。ミサイルはそれぞれ1発撃ちだけど連射できるから、弾切れを気にしなければまあまあ威力あるデ》


「装填弾数は各4発じゃん。スーパーロボットにしては大して多くないぞ」


 不思議なもんでスーパーロボットの多くは、その内部機構に絶対収まらない量の実弾を積めたりする。プロトゼッター3の顔面横に据え付けられた大型ミサイル発射機なんかが良い例だ。


《自衛用にしては、ってところかな。ところでなっちゃんに追いついたとして、どう説得するん?》


「うまいこと口車でスローニンに合体して、コントロールを掌握する」


 3機合体で完成するスローニンのメインパイロットは、今オレが乗ってるクィーンガーベラだ。分離状態かスローニンで適当に1機を倒したら、ダイショーグンを呼び出さずにとっとと戻ってくるのが良いだろう。


 ダイショーグンのメインパイロット権は、夏堀がいま乗ってるキングボルトにあるからな。50メートル級の花形ロボットとはいえ、おかしくなってる夏堀に好き勝手に暴れられたらヤバイ。敵が次々と寄ってきて収拾がつかなくなる可能性がある。


《Ou! 行きあたりバッター。三振しないとイイネ?》


「ツーベースくらいは打ってやんよ」


 野球も何も漫画知識以外で球技のルールはあんま知らんがな。一度くらい色んな球技をしてみてえなぁ。テニス以外で。いや、テニスウェア着ないでいいならテニスでもいいがよ。エリート層ではアスカに付き合って酷い目にあったぜ。


<嬢ちゃん! 行けるな!? なんとか順番捻じ込んだぞ! それとキングボルトの選んだフィールドの座標を送る!>


 あん? 最後尾ドベじゃねえのか? 職権乱用じゃね? まあいいか。ショートカットは間に合ったし、なら早いほどありがてえ。


「行ける。向井、どうだ?」


D2.<フィールド座標を入力……こっちもOKだ。僚機として玉鍵機に付いていく>


 オーライ。ジジイのアシストのおかげでフィールド選びにいらん言い訳しなくて済んだのもありがてえ。


 カタパルトの順番的に発進は向井が先だが、ゲート突破後に2機編隊ロッテを組み直せばいい。夏堀ほどうまくはないにせよ向井の操縦の腕は無難なもんだ。オレのケツにくっ付いてくるくらいはできるだろう。


<よし! ジャック、クィーンの順番であげるぞ! 戦果なんざいい! あのクソガキを連れて帰って来い! 儂が怒鳴りつけてやるわ!>


 今回の事は夏堀のせいばっかじゃねえんだが、アウトとかいう変人の事を知らせるのは後のほうがいいだろう。


 国際法で守られてるってタコを、スーツちゃんとどう殺すかの相談もなぁ。


 まず向井の乗るジャックライダーを乗せた床が、四方の警告ランプを光らせて動き出した。リフトへ向けて床はゆっくりと移動していき、オレのクィーンガーベラの前を通り過ぎていく。


 風防キャノピー越しにメットを被った向井がこちらを向き、2本指で『お先に』と挨拶をしてきた。おう、事故んなよ。


 斜めにせり上がっていくエレベーター。その両サイドの階層には出撃待ちのロボットや分離機の姿がチラホラ見える。


 悪いな、順番抜かしてよ。色々と終わったら詫びは入れっからよ。


 向井機がある程度進んだところでこちらも同じく警告ランプが点灯し、すぐガクンという床の動き出しの衝撃を感じた。


 床が回頭し、リフトに対して正対する形で運ばれていく。このじわっとした緊張感のある移動時間、実はあまり好きじゃねえ。


 オレは生きてくため、食ってくためにロボットこいつに乗って戦ってるんであって、別に戦闘そのものが好きってわけじゃねえんだ。


 ……それでも最後は操縦席で死にたいがね。


 ゴミ溜めのゴミと混じってゴミのように惨めに死ぬより、そのほうがよほど人間って感じだろ?


 オレはパイロットになれたから人間になれたんだ。戦いが好きでも嫌いでも、操縦席この場所だけがオレを人間にしてくれたんだ。


 夏堀よぉ、おまえはどうだ? どんなところならおまえは人間自分でいられる?


 薬を使わなきゃ耐えられないほど、おまえの人生はクソなのか?


 少し遅かったかもしれないが、一度は膝付き合わせて青臭い話でもしようや。


 なあ夏堀、このクソガキが。連れて帰って薬抜きする前に、マジビンタくらいは覚悟しとけ!





<放送中>


 大小多くの岩が漂う暗礁宙域。


 ここは何かしらの理由でいくつものゴミが寄り集まり、川のようなラインが形成された場所。


 しかしこれを極めて遠方から見れば、それはラインではなくリングのように見えたことだろう。


 例えるなら土星を飾るリングが近い。


 すなわちリングの中心には重力を持つほどの質量を持つ何かがあり、引力と釣り合った物質のみがリングを作り出す欠片として残ったのであろう。


 絶え間なく降り注ぐ恒星からの光を反射して、暗礁宙域と呼ばれているはずのその場所は、思ったより夏堀の目にはっきりと見えた。


 もちろんこれは機体側の視覚アシストがあればこそのもの。


 大気の無い宇宙に置いて人の肉眼など頼りにならず、コンピューターで補正した映像をモニターに映し出すことで、初めて『よく見える』という感想が持てるだけである。


 ――――そう、何かしらのアシストが無ければどうしようもない事もある。


 だから夏堀は、強引な方法で強くなったつもりだった。


(これだけ強くなっても、何ひとつ敵わないなんて……)


 さすがに圧倒できるとまでは思っていなかった。彼女の強さはどうしようもないほど本物で、付け焼刃の自分ではどれかひとつで辛勝できるか否か、他はすべて肉薄するのが精いっぱいだろうと思っていた。


 その謙虚さえも傲慢。夏堀は挑んだ勝負すべてで敗北した。それもひとつ残らずの大敗である。


 短距離、長距離、幅跳び、高跳び。部活で陸上競技をしている夏堀にとってはいずれも得意分野のはずの勝負。それらすべてに大差をつけられた。


 特に幅跳びは夏堀が一番得意としている種目であったのに、夏堀は自己ベストを更新する飛距離を叩き出しても勝つことが出来なかった。


 玉鍵たま。彼女はパイロットとしてだけでなく、純粋な運動能力においても間違いなくスペシャルだった。


 正確な計測ではないが、おそらく玉鍵の成績は世界記録に近いだろう。島国の国内記録に匹敵して喜んでいた自分程度では、とても敵う訳が無かったのである。


 ――――そして何より夏堀を絶望させたのは、勝負が終わり精も根も尽き果てた自分に対して、玉鍵はさしたる疲労も無く涼しい顔だったこと。


 まだまだ余裕を残したあの表情が、無言のうちに物語っていた。


 夏堀おまえなんて相手にならないぞと。


 知らずスティックを強く握りしめる。キングボルトがそのスティックの動きを拾って、わずかに飛行にブレが生じた。


(反応が繊細。これが玉鍵さんの操作感覚に合う調整なの?)


 ダブルスティック方式には意外な順応性を見せた夏堀だったが、座席の調整以外はしなかった彼女にとって、玉鍵が整備に要求した反応速度はかなり過敏なものだった。


 それでも持ち前の操縦センスでどうにかコントロールに慣れてくると、ここからいよいよ当初の目的を果たすべく、キングボルトの機首を暗礁宙域に向ける。


(まずは秘匿基地の痕跡の発見。そしてたぶん、ううん、間違いなく追い付いてくる二人を説得して、ここで『合身』して戦う)


 夏堀はコックピットのコンソールパネルにある、赤いボタンと青いボタンを見つめる。


 これこそ戦国の武将を模した巨人を呼びだし、『合身』するためのキーボタン。


 ひとたび押せば、誰も知らない異空間から50メートル級のスーパーロボットが現れる――――それはすなわち、夏堀のような凡人でも英雄ヒーローになれるボタン。


 輝ける。今こそがその時。このために玉鍵の担当機を奪って出撃したのだ。


 大丈夫。メインパイロットとして活躍すれば、十分な戦果を挙げれば多少のルール違反だって許される。夏堀は何度も自分にそう言い聞かせる。


 活躍するのだ。もう寄生虫なんて呼ばれないために。


 ――――そんな少女の一念を、いずこかの神が見ていたのかもしれない。


 たとえ神が否定されたこの世界であっても、確かに祈りは形となった。


 一見するとただの大きな隕石でしかないその岩肌から、夏堀のキングボルト目掛けて大量の対空砲火が飛んできたのである。


「きゃあああああっ!?」


 とっさに回避行動を取ったことで腹を見せた機体に、数発のレーザーが命中する。幸いにもそれ自体は致命傷にはならなかったが、夏堀の動揺を大きくするのは十分だった。


「あっ!?」


 慌てて旋回したすぐ正面に、キングボルト並に大きな隕石。それは漂っているだけの岩でしかなかったが、自然石の頑丈さと質量は、見た目より軽量なキングボルトをやすやすと跳ね返した。


 コックピット内で胸や肩をベルトに砕かれそうなほどバウンドした夏堀。それでも付けていたシートベルトのおかげで風防キャノピーに頭から叩きつけられるような事は無く、首が折れる惨事は免れる。


 ここは宇宙。つまり全方位が奈落であり、機体がコントロールを失ってもある意味で墜落する心配は無い。しかし同時に、持たされたエネルギーのままに延々とあらぬ方向へと流されてしまう空間でもある。もし夏堀が失神していたら、それだけでほぼ宇宙の迷子が確実であったろう。


 しかし薬の効果で覚醒しつつも痛覚が鈍化していた夏堀は、必死に操縦してキングボルトを立て直し、隕石を盾にする形でどうにかそれ以上の砲火から身を守ることに成功した。


 だが、状況は何も好転してはいない。


 キングボルトのレーダーに絶えず映っていた光点に、無数の動く光が増えていくのを見て、それが何であるかを悟った夏堀は青ざめた。


「て、敵が基地から発進してる!? もうまともな戦力は無いと思ってたのに!」


 かつてザンバスターに乗った玉鍵という、まさしく暴力の化身が暴れた事で基地の機動戦力は使い果たされたと夏堀は考えていた。


 なにせ推定で1000機以上の撃破。あの時点で敵機は出し尽くされたと考えていい量だったのだから。まさかあれから2週間程度でまとまった数が配備できるなど、夏堀の常識では考えもしなかったのである。


 少女の望み通り秘匿基地は確かに見つかった。それはきっと幸運といっていいだろう。決して高くない可能性を見事に引き当てたのだから。


 それが夏堀マコトとキングボルトで対処できる相手で無かったとしても……。


 ――――もしも、本当に人ならざる何者かが夏堀の願いを叶えたのだとしたら。


 それはきっと優しくも、邪悪な存在に違いない。

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