第163話 絶望! 高すぎるハードル? ドーピング<<<越えられない壁<<<基礎能力お化け
※祝日前倒し分です
<放送中>
朝6時。大きなあくびをかみ殺した彼は、手持無沙汰にボトルからジュースを口へと含む。まだ朝食は口にしていない。
幼い頃から元テロリストの義祖父に厳しい訓練を受けてきた向井グントといえど人間、眠気も感じれば腹も減る。
ここはいくつかある無料休憩所の中でもパイロットたちから人気の無いブース。壁の端に据えられた申し訳程度の椅子は、長く座っていると腰や尻が痛くなると有名な硬いものだ。
この椅子を設置した業者から、暗に『早く出ていけ』と尻を蹴られているような気分になるほどに。
他にもっとマシな休憩所はあるのだが、いかんせんほかの人間と交流の少ない向井はこういった不特定多数が利用するスペースが苦手だった。
せめて有料休憩所のように、その場に『自分の居場所』を買う施設であればまだ利用できるのだが。
(そろそろ玉鍵たちも来るか。有料休憩所のほうに行かなければ)
端末に入った玉鍵からの簡素なメッセージを見ると、向井は立ち上がり飲みかけのボトルをすべてあおってゴミ箱に放った。
有料休憩所は基地の関係者でかつ金銭を支払えれば誰でも利用できる。
しかしながら、店というものはそれぞれ利用する人間の傾向というものがある。金さえあればよいかと言えばそうもいかないのだ。見る者が見れば眉を顰められることになる。
例えば大して稼いでいないパイロットが頻繁に使うとなれば、知る者には失笑されることになるだろう。
そう、向井たちのように。
向井と夏堀、そして初宮は基地内でエースには数えられていない。戦績自体はSRキラーの撃破と華々しいものだが、これはチームとしての撃破でしかなくエースと呼ばれるにはまだまだ個人実績が不足しているだめだ。
この基地からの評価に対して向井たちは誰も異を唱えてはいない。むしろ玉鍵のチームメイトであっただけで大金を手に入れたと、心無い人間から陰口を叩かれることもあり、内心では肩身の狭い思いをしているほどである。
それでもそんな噂を聞いた玉鍵が心を痛めないよう、努めて気丈に振舞っている夏堀や初宮がそうであるように、向井もまた表面上は意に介さないフリをしていた。
とはいえ、さすがに味方がいないところに腰を下ろしていられるほど面の皮は厚くない。それもあって、人の多い休憩所には近寄らず、こんな人の少ないこの無料休憩所を利用しているのだ。
表向きには『身寄りが無い人間だから、できるだけ節約している』という顔で。
たとえSRキラーで得た資産があったとしても、有料休憩所など気軽に利用できるものではない――――恥ずかしくて。
歩き出そうとしたところで重低音のような振動が休憩所を揺らす。最初の出撃が始まったのだろう。
基地から発進するロボットたちの咆哮のようなそれは、向井の空きっ腹によく響いた。
少し歩いて複数の廊下の合流点まで行けば、先程までの人気の無さが一転して人が多くなる。その多くは今日という日、出撃日に用がある者たちだ。
土曜から日曜にかけての基地の人口密度は特に高くなる。
これは一部の戦績優秀なパイロットを除けば、出撃の前日である土曜の夜から基地に詰めるためである。多くは基地の仮眠室を利用して睡眠をとり、食事や入浴もすべて基地内で済ませてしまうほど。
出撃から帰還するまでの間、パイロットは基地内から出れないという取り決めは契約に入っているもの。破ればそこそこの罰則が科されるため外に出るに出れないからだ。
これはプロとはいえまだ社会経験の少ない少年少女である彼らが、遅刻やすっぽかしなどの非常識な行為について甘く見ている場合の、一種の戒めの意味もある。
もちろんこの契約を組み込んだ国からすれば、単に恐怖からの逃走を防止をするために基地という檻に囲い込むという、監視の意味合いのほうがずっと強いのは言うまでもない。
向井が聞いたところでは、高屋敷長官からの説明という形でサイタマ独立への追従によって、こういった国主導の契約にも若干の変化があるかもしれないと伝えられている。
とはいえ、それが反映されるのはフロイト政権の国際社会での地位がもう少し落ち着いてからの話になるだろう。
時刻を確認しながら向井がやってきたとき、たまたま有料休憩所を利用する身なりの良い客がゲートを潜っていった。
有料休憩所の前も準スペースとして扱われており、利用しないものがサイドの壁に寄りかかるなどして待っていることはできない。これはブースの品格を維持するためのものだと思われるルールだ。
入口に貧乏人がたむろしていたら金持ちが入り辛いし、何より不愉快だからだろう。
利用は15分単位なのでなるべく時間を見切りたいところだが、席を取るという意味でも向井は入場を決意してチェックを抜ける。
玉鍵たちに端末で休憩所にいるかいないか確認すればいいだけの話だが、そこは男としてなけなしのプライドが勝った。
女に金が無い男と思われて平気なほど向井という少年は達観していないし、他人に金をせびるヒモの素質も無かったのである。
チェックを通った時点で営業スマイルを浮かべたウェイトレスが寄ってきたので、何かを言われる前にやや被せ気味で待ち合わせがあることを向井は伝える。ここは一人で利用する場合は主にカウンター席を進められるためだ。
そして店員はあまりこの店を利用したことのない向井の顔でも覚えていたようで、
席に着くと絶妙なタイミングで差し出されるメニューからして、そこいらの店とは一線を画する。
あえて手書きという形で丁寧に作られた物理媒体のメニューから漂う、言いようの無い高級感は偽りではない。
記載されている料金は向井の金銭感覚とは釣り合わないものばかり。しかしそれをおくびにも出さず、少年は比較的リーズナブルな朝食セットを頼む。
これは値段に関係なく多くの利用者が頼むメニューなので、さしもの向井でもそこまで気負いはない。それでも厨房や控室でケチ呼ばわりされてそうだなという、なんともネガティブな感情がチラついてしまうのだが。
ウェイトレスが下がると、ここでようやく席から見える美しい環境映像と場を包むように奏でられている穏やかなBGMに気が向く。いずれもこの席がもっとも楽しめる配置であることは想像に難くない。
まさしくVIP用の席。ただし、それは向井を意識したものでは無いと分かっている。
これは向井グントという平凡なパイロットの延長線にいる、細かい事でも決してしくじれない、たったひとりの高名な少女のためだ。
それは太い客というだけではなく様々な意味合いでのもの。
群を抜くエースパイロットとしての敬意もあるだろう。群を抜く美しい容姿への敬意もあるに違いない。
だがしかし、それは誰のものよりも群を抜く、この都市に住む人々への貢献に対する敬意が大きいのではないだろうか。
そう、これまでの彼女の貢献にこそ、誰もが尊敬の念を抱くのだから。
多くの戦利品で都民の生活を潤し、悪辣な一族の支配から街を開放する切っ掛けとなり、襲来した敵から街を救ってさえ見せた貢献に。
身も心も実力も、まさしく英雄と呼ぶに相応しい少女。皆が掛け値なく尊敬を抱いてしまう存在だからこそ。人々は礼を払うのだ。
「向井」
来店したことには気付いていた。なぜなら彼女が姿を現すだけで多くの人間は反応がおかしくなるからだ。
ある者は一点を凝視して声を詰まらせ、ある者は魂を抜かれたようにうっとりとその姿を眺める。
中には信仰対象でも降臨したかように、厳かに首を垂れるものさえいるほど。これなら向井でなくとも気が付くだろう。
「待たせたか?」
やがて席の背後から聞こえてきたのは、やはり涼やかな声。
言葉少なでありながら、驚くほど空間を支配して耳に入ってくる。そんな不思議な力を持つ声が耳に届いて、向井は努めて冷静を保ちながら振りかえった。
「いや、待っては――――」
「ハァーイッ、向井っち」
玉鍵の肩に気安く手を回したピンク髪の少女を前に、向井はビシリと脳が硬直するのを感じた。こちらに軽く手を振っている見知らぬはずの少女の顔を、どこかで見覚えがある気がしながら。
かなりの人数が遠巻きにしている中でグラウンドにいる。ちょっとだけ離れた所には向井もストップウォッチを持って立っている。
1000メートルトラックがあっても中庭みたいなこじんまりとしたスペースと感じるのは、ちょっと前まで地表にいた影響だろうな。上はテニスコートからして何枚もあるような広いところだったせいだ。
あ、嫌な事思い出した。ヤメヤメ。
チッ、テニスルックなんてするもんじゃねえな。ミニスカアンスコとか、とんだエロ衣装だったわ。アスカに誘われたからって気安く応じるんじゃなかったぜ。
赤毛のねーちゃんや訓練ねーちゃんまで、自前のテニスウェアで参加するしよぉ。遊びにも本気で取り組む大人がいると収集がつかねえわ。
……足元にはぜえぜえ言いながら四つん這いになっている夏堀。顔からパタパタとこぼれ落ちる汗はグラウンドの色を変えていた。
上から見るとホントに真っピンクでスゲーな。そういう髪染めってだんだん地毛の色が出てくるから、染め直し続けるの大変じゃね?
なんかずーっとどっかで見たことあると思ったらアレだ、どっかの準チョコ菓子だわ。初めはイチゴ味でかじってると途中からチョコになるサクサクのやつ。
オレはああいうの食えないから、他の奴が食ってるのを見たことがあるだけだけどよ。名前なんだっけ? カクリコンとかなんとか言ったような? いや、カクリコンは大気圏で燃え尽きたやつか?
それはともかく、おまえは何がしたいんだ夏堀よぉ。
(出撃前に大汗かくほど全力でどうすんだか。軽くアップするって言うから付き合ったのによ)
100メートル走3本に始まり、幅跳び、300メートル、高跳び、そして最後には1000メートル走。
さすがに途中からおかしいから突っ込もうとしたが、なんか初めのウェーイ感が消えて鬼気迫る顔だったから気後れしちまったい。
まあ若いから出撃までには回復するだろう。それまでに水分補給と疲労抜きに甘いものでも食っとけ。
《低ちゃんもイジメっ子だネ。少しは花を持たせてあげたらいいのに》
(バカ言うな。こういうとき手を抜くと相手には分かっちまうもんだろ)
ただのアップならそれでもいいが、なーんか
(あー、でも確かに罪悪感がすげぇ。こんなイメチェンした直後だ、もう少し配慮したほうがよかったかもな……)
見るだけでテンションだだ下がりなのが分かる。夏堀は部活で陸上やってるらしいし、どれかで勝つもりだったんだろう。
悪いな。この体はスーツちゃんの支援なしでもアホみたいに基礎能力が高くてよ。鍛えてなくても国内トップ、ちょっと鍛えたら世界アスリートクラスって言われてるほどなんだ。
(けど夏堀も大したもんじゃねえか? あんなに動けるとは思わなかったぜ)
パイロット訓練ってのは基礎体力と筋力作りが主で、こんな風に競うような事はしないから気付かなかった。夏堀の部活での評価って、もしかしてかなりレベル高いのかねえ?
《いや……ちょっと異常かも。どの記録も中学生部門ならトップクラスだよ》
(夏堀がそのトップクラスってことじゃないのか? パイロットやってると命賭けってことで、生命の危機に付随してか妙にメンタルやフィジカルが強くなるやつがいる)
なんと言ったらいいか、パイロットしてると体というか頭というか、とにかく常人からちょっと逸脱する感じの、変なスイッチが入るやつがたまにいるんだよな。生き物としての覚醒、とでも言えばいいんかね。
個人差はあるがやたらと身体能力がついたり、思考力速度が上がったりする。
言わばオレがスーツちゃんの補助を受けたような感じ。それもナチュラルの状態からなるってことだから劇的だ。
まあ能力が上がっても体力は常人からそんな変わらんから、今の夏堀みたいに運動が過ぎればヘバることになる。こっちは地道に心肺能力をトレーニングで上げていくしかない。
「うぶっ……」
(《吐いたーっ!?》)
最後の1000メートルが堪えたか? ものすげえペースと形相で走ってたからな。それにカフェでもりもり食ってたのもあるかもしれん。
そのうえ向井のトーストまで一枚勝手に食っちまってたし。あいつ節約してるみたいだから、これに懲りたらタカるのは遠慮してやれよ。
「大丈夫か? 悪い向井、水道に連れて行ってやってくれ」
「あ、ああ、わかった」
体調悪いときはしゃあねえよな。さて、オレはこの虹色物体を片付けるか。掃除道具はどこで借りればいいんだ?
すっぱいにおいのする液体を片付け終わる頃、向井だけが困惑顔のまま1人で戻ってきた。
遠巻きにしていた連中がオレがこんなことしなくていいとか言っていたが、こういうのをなんとかするのがチームメイトなんだよ。清掃してる業者がいるとしてもな。
たとえ仕事でもゲロなんざ片付けたく無いだろ?
「夏堀は?」
向井はオレが問いかけるとバツが悪そうな顔して、少し目を背けた。
「一人にしてくれと言われてな。その……トイレに入られたらどうしようもない」
ああ、ゲロゆすぐ水道と言ったらトイレに行くわな。それに女子トイレに入られたら男の向井がポツンと外で待っているわけにもいかないか。オレだって男のときなら人目が気になって無理な話だ。
「分かった。ありがとう(よ)。十分だ」
(うーん。食ったものまるっと戻しちまったようだし、少し心配だな)
《……やっぱりなにか腑に落ちないゾ、低ちゃん》
(あん? というと?)
《なっちゃんの運動能力だよ。調べたけどパイロットテストの時よりメッチャ伸びてる》
(そうか? 中学となれば運動能力が日ごとに伸びてくる時期だろ。パイロットテストの時より成績が良くなってても、そこまで変じゃないんじゃねえか?)
《伸びたにしても伸び幅がおかしいよ。これじゃまるで火事場の馬鹿力でも発揮したみたい》
(これは……確かに変だな)
網膜投影で出された夏堀のテストでの成績と、今の運動をスーツちゃんが計測した値には確かに開きがあり過ぎる。
参考比較として出された中学生の記録、そのトップに近いじゃん。短距離と長距離で同時にトップクラスなんてあるもんか?
エースで4番なんて歌があるように、ジュニア世代くらいまでならオールラウンドもありえそうではあるが……。
これはもう戦いに行く状況じゃ無くなったかもしれんな。今日はテンションもおかしくなってるようだし。最悪はチームメイトの体調不良ってことで出撃を取りやめるか。
夏堀の件で向井と話すと、やはり向井も夏堀の変化に違和感を感じていた。少なくとも
とれば後はオレたちか。スローニンはキャンセルで、
整備の連中、せっかく用意したロボットを片付けろと言われたら徒労感に突っ伏しそうだなぁ。まあこういうときのために普段から差し入れでご機嫌とってんだ。差し入れ分って事で働いてくれ。
「玉鍵、さん」
あん?
今日の予定について話していると、三島んトコのモジャ毛の高身長女、野伏がやってきた。
ちょっと漏れてくる他人事めいた雰囲気からすると、今日の出撃はする気が無いっぽいな。
「ミコト、から、あなた、の、チームメイト、の、こと、で、話が、ある。大事、な、話」
向井とお互いの顔を突き合わせるも、こいつはあまり行動主張する気はないようだ。付き合うから好きにしてくれって顔に書いてある。
出撃予定まであまり時間が無いが、夏堀の話となると先に聞いたほうがいいな。ちゃちゃっと済ませるか。
「野伏、向井もいいか?」
「いい、よ」
こっちと言って歩き出す野伏に二人でついていく……こいつ身長高いな、中坊なのに170以上あるか? 筋肉も見た目よりしっかりしてる。特に服越しにうっすら見える広背筋がやたらガッシリしてら。
もしかしてこいつ、カラテマンの
やってきたのは基地内でこれまで入ったことのない区画。何度かチェックゲートらしきものを抜けていくと、そのたび明らかに監視カメラが増えていく。
廊下に塗られている侵入制限を表すカラーリングも、そこらの職員やパイロットでは入れないセキュリティランクだ。
オレは入れるが向井は無理な場所。それを野伏が端末で三島に連絡を入れて仮認証を与えることで通させる。
(おいおい、あれってマシンガンタレットじゃね?)
目的地らしい場所には、なんとも威圧的なドアの両サイドに自動式の機銃が設置されていた。
向井がビクリと反応したのも無理はない。どちらも小銃サイズのようだが人間殺すには十分な威力だ。
銃口はどちらもこちらに向いていないが、ひとたび命令が下ればコンマ数秒で照準して撃ってくるだろう。
《だいぶ厳重だね。作戦室とかのほうが緩いくらいだゲソ》
ゲソ? いやどうでもいいか。スーツちゃんの瞬間硬化で守られても小銃クラスで撃たれたら骨折しちまう。もしここで敵対されたら変に逃げずに銃身の内側まで一気に間合いを詰める、くらいしか手が無いな。もしくは野伏を人質に取るかだ。
〔やあ翼の君。入ってくれ〕
プシュリという空気が抜けるような音がして、気圧が変化する感覚と共にドアが開く。長官室もこんな感じのドアだったな。つまり頑丈ってことだ。
(翼の君ってなんだろう? ドアロックの暗号かね?)
《ラストパスだ!》
(それは絶対違う)
《こんなスーツちゃんに一言だけ言わせてほしい》
(あ、ハイ。どうぞ)
《いくら高角度シュートに対抗したいからって、何人もゴールポストに登るのはルール違反では?》
(あの漫画世界のスポーツとこっちのスポーツはルールが似て非なるものなんだろ。放っといておやり)
オレが見てる漫画をスーツちゃんまで見るようになったのは別にいいんだが、細かい事はノリで通すべき漫画にも突っ込みいれてくるから困るぜ。
中は――――思ったより普通だな。洋風の豪邸の玄関って感じだ。勝手に未来風の使いにくそうなわけわからん部屋を想像してたぜ。
「どうぞ」
脇に避けて入室を促す野伏の横を通って入る。
おお、絵画やら変な壺やらの調度品まであるのか。こりゃまたいいご趣味で。オレにこの手の価値はさっぱりだがよ。特に壺、すげえ形だなオイ。
《これは良いものだ。低ちゃん、指で弾いてチーンッてやってミソ》
(やんねえよ、割れたらどうすんだ)
「こっち」
再び前をいく野伏に案内されて通された一室では、いつもの白衣姿の三島がソファに座っていて、こちらにブカい袖をヒラヒラさせていた。
「やあやあ、わざわざすまないね。そちらが出撃前なのは知っている。手短にいこう――――ああ、その前に少しだけ。今ヒカルはこのラボの一室で薬抜きの最中なんだ。だから悲鳴や怒鳴り声、泣き落とし、妄言なんかが聞こえてくるかもしれない。どうか大きな心で許してくれ」
ここラボラトリーなのかよ。基地に間借りしてる三島の豪邸なのかと思ったわ。
「……依存性のある薬を?」
向井の言葉に痛ましい顔でこくりと頷く三島。野伏は顔を背けて、やるせない表情をした。
「脳改造の影響もあるが、やはり薬の投与による負債が大きい。今がちょうど一番辛くなってくる時期だよ……ここを折り返してから初めて治療の始まりになる」
そりゃキツいな。泣いて叫んで罵って、あいつのために治療しようってのに、当の
「そして玉鍵。これはたぶん君のチームメイトも無関係じゃない」
あ゛?
《なるほど。なっちゃんの変化の理由は――――》
「――――夏堀が
《落ち着いて低ちゃん。みんなビックリしてるよ。いきなり過ぎて規制できなかったナリ》
(っっっ~~~~チッ!)
スーツちゃんの言う通り、いきなり立ち上がったオレを全員が目を丸くして見ている。いつも荒いと規制されちまう声がそのまま出たってのもあるだろう。
そこから三島による
《テンション高いときはさらにアップ、下がるとさらにダウンって、躁鬱を繰り返すヤバイやつじゃん》
(スーツちゃんが言った通り、発揮してる力が火事場の馬鹿力ってのもヤバイ。脳のリミッターが外れてるって、いずれ体か頭が壊れるぞ)
「玉鍵、君にはとても世話になったから、ボクが夏堀マコトの治療を引き受けてもいい。けどそれは手遅れになる前だ。悪いがヒカルより症状が進んでしまっていたら助ける自信が無い」
「頼む。今すぐ引っ張ってくる」
薬の影響がどのくらい進行しているのかは分からないが、早いに越したことは無いだろう。
「向井、最悪ブン殴ってでも連行するぞ。おまえも女と躊躇せず殴れ。助けるために腹くくってくれ」
「わかった……行こうっ」
(今はどこだ? 端末は圏外?)
《このラボのセキュリティが高くて無線を遮断してるだけだよ。外に出ないと》
クソ、頭が回ってねえな。焦るな、パイロットは出撃中止にでもしないと基地の外には出られない。チームの場合は申請に全員の名前が必要だ。ここから1人でフラリと出て、どっかに行っちまうって事はありえないんだ。すぐ見つかるさ。
って、ヤベエ。出撃時刻になっちまった。キャンセル入れねえと。
野伏に見送られてドアから出ると、こっちが端末を弄る前に連絡が入る。宛名はやっぱ
〔嬢ちゃん今どこじゃ!?〕
「すまん。三島のラボだ。今出たと――――」
〔おまえんとこの夏堀! あいつ出撃しちまったぞ! 嬢ちゃんのキングボルトに乗って!〕
「「《はあっ!?》」」
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